“世界観”
惑星は地球そのものだが、大陸によって文明社会や常識、生態系が全く異なるもので構築されたファンタジー世界。
各大陸は陸地や海を隔てているだけにも関わらず、陸路海路空路のいずれを以てしても交流できない期間が存在していた。その期間は紀元1世紀から20世紀だと語る研究者も居れば、各大陸の生態系から紀元前単位なら説明がつくと語る研究者など、その見解は様々で正確な期間は解っていない。
見えない壁は21世紀以降を境に突如として取り払われた為、大規模な人口移動が発生したが、現在は落ち着きを取り戻しており、個人や集団単位での往来がたまにある。
この世界に生きる人種は、人族を始めとする多様な亜種人類で構成されており、各大陸間の往来が起きたことでみな生活圏はまばらである。また、彼らの中で「亜人」を意味する単語が登場するが、この世界での亜人の意味は『自分達以外の種族』を指すものである。他種族を見下す差別的表現として用いるかは話し手の意図次第である。
- 大陸Aは現実での1990年代頃+1860~1890年代ベース。
- 大陸Bは現実での1400~1650年代ベース+神話の痕跡。
- 大陸Cは現実での年代ベースなし。
- 大陸Dは21世紀以降の未来の現代社会。
- 大陸Eと大陸Fは現在内容未定。募集中です。
- 北極・南極は無人。
- 大陸Aでは、「インターネットが発明され、世界的に普及し始めた現代社会」と「複数の国の地域では、今もなお西部開拓時代」が共存している。発展を遂げた現代社会の国が多い。
- 大陸Bでは、「大航海時代」と「神話」が共存している。倒壊した『バベルの塔』や沈没した『ノアの方舟』、『大陸Bの文明社会では作れないオーパーツ』が存在している。大陸Bの住人は、神々が人間と共存していた証拠だと熱く語る。長い航海の末に大陸Cを発見しており、現在は交流を図ろうと奮起している。
- 大陸Cでは、「魔法」と「錬金術」が日常的に存在することが常識。大陸Aと大陸Dの住人は、『魔法も錬金術も実在するわけがない。そんなものは空想上の産物だ。』と信じて疑わない。
- 街並み構成比率
中世ヨーロッパ調+魔法工房都市型:5割(中心部・内陸)
魔法産業都市型:3割(交通拠点・商業都市)
異文化混在型:2割(主に港周辺)
港近くは他大陸文化の影響が強く、奥地ほど純粋な大陸Cの文化になる
- 魔法・錬金術の利用階層
一般市民レベル:生活魔法(照明・調理・暖房・簡易治療など)
専門職レベル:物流・農業・建築・交通・武器製造
高位レベル:軍事・都市防衛・国家間インフラ(浮遊都市、魔導鉄道など)
- 街並み構成比率
- 大陸Dでは、「レトロフューチャー」と「サイエンス・フィクション」に分類されるジャンルの都市が混在する。宇宙や時空を走る鉄道都市などは、この大陸に属している。
- 大陸Eと大陸Fは現在内容未定です。提案がありましたらお知らせください。
- 北極・南極は、どこかの国や地域の人々が調査目的で来訪した痕跡がある。そのため人類未踏の地ではなくなっている。
「それは架空の惑星じゃない」
そう言い切った者が、これまでに何人もいた。
太陽系第3惑星、地球そのものだと。
ただし、並行して存在する、もう一つの地球——
少なくとも、彼らの中ではそうだったらしい。地理や大陸については、証言がよく一致している。
アフリカ、アジア、ヨーロッパ、北米、南米、オセアニア。
地図は現実のものと大差ない。
ただし、気候について語り始めると、途端に話が食い違う。
「ケッペンのは役に立たなかった」と言う者もいれば、「昔はそうだったらしい」と笑う者もいた。現代がいつかと尋ねると、多くは「分からない」または「自身の知る西暦だ」と答える。
なぜそう思うのかを聞いても、明確な理由を挙げられる者はいない。
ある編集員は「数字は共有できる。でも、時間は共有できない」と言った。
当たり前なことだが、言われてみれば確かにそうだ。歴史についても同様だ。
この世界の人類史は、我々の知るものとは異なる選択の積み重ねを辿ってきたらしい。
結果として、19世紀末から20世紀初頭と、20世紀末から21世紀の気配が混ざり合った社会が形成されている。
それを不自然だと感じている者は、ほとんどいなかった。建築様式に統一性はない。
高層ビルが立ち並ぶ都市もあれば、
19世紀の建物が現役で使われ続けている地域もある。
ある場所では金鉱が見つかり、人が集まった。
別の村では、何十年も変わらない農村生活が続いている。技術の発展も均一ではない。
電子機器が当たり前の場所もあれば、
機械仕掛けの道具と旧式のインフラに頼る土地もある。
インターネットについて語る者は少ない。
スマートフォンを見たと言う者は、ほとんど信用されなかった。「ここじゃ、暴力は褒められないが、必要不可欠な時もある」
似たような言葉を、我々は何度も聞いた。
暴力は、法や文化と生存が噛み合わなくなったときに使われる、実用的な言語として機能しているらしい。
銃や刃は、殺すためだけに抜かれるわけではない。
決意を示すため、規律を通すため、
制度が崩壊した場所に、決着をつけるため。暴力を拒む者もいる。
彼らは理念によって守られているわけではない。
貿易、金融、食糧、医療、情報、芸術など、
そうした分野で不可欠な存在になることで、生き延びている。「強さってのは、なにも力だけじゃない」
この言葉だけは、不思議なほど多くの証言で一致していた。
いつ手を止めたか。そして、なぜ止めたか。
それを語るとき、人々は少し言葉を選ぶ。
その沈黙の長さだけは、ほぼ同じだった。別の世界からやって来た者たちは、
「迷い人」あるいは単に「異世界放浪者」と呼ばれている。
数は少ないが、何十年にもわたって断続的に現れ続け、今ではすっかり見慣れた存在だ。
一般市民にとって、彼らは怪物でも救世主でもない。
通貨や習慣、技能の異なる、少し風変わりな余所者。
いずれ立ち去る、一時的な旅行者だ。
子どもたちは、彼らを自然に受け入れている。
彼らのいない世界を、そもそも知らないからだ。権力者にとって、迷い人は管理すべき現象である。
労働力であり、知識の源であり、同時にリスクでもある。
封じ込めるか、自律性に委ねるか。
明確な境界によって容認され、
慈悲は実利的に与えられ、処罰は躊躇いなく行われる。迷い人たちのあいだに、成文法はない。
あるのは、生き延びる中で身につけた規律だけだ。- 世界の均衡を崩さないこと
- 無辜の人々を巻き込まないこと
- 無謀の代償を他人に押しつけないこと
この掟を破った者がどうなるかについて、
我々は複数の証言を集めたが、結末はほぼ同じだった。
公に裁かれることはない。
孤立させられ、援助を断たれ、やがて排除される。
多くの場合、それを行うのは、同じ迷い人だ。
名前が記録に残ることは稀で、
残ったとしても、すぐに使われなくなる。多くの迷い人は、水のように場所を変える。
溜まらず、腐らず、氾濫しない限り、
この世界は彼らの通過を許す。この世界は“行為が目撃され、記憶され、語られたとき”
――物語になり得る。
少なくとも、我々が集めた話では、そうだった。
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