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Last-modified: 2009-04-13 (月) 00:01:34

 主人公家、居間にて。うなだれたヘクトルとエフラムの前で、エリンシアが腰に両手を当てて立っております。

エリンシア 「ヘクトルちゃん、エフラムちゃん」
エフラム  「……」
ヘクトル  「……いい加減ちゃん付けは止めてくれよ姉貴」
エリンシア 「駄目です。あなたたちがいつまでもやんちゃだから、わたしもこの呼び名を改められないんですよ」
ヘクトル  (ぜってー嘘だ)
エフラム  (詭弁だな……)

ロイ    「ただいまー。あれ、ど、どうしたの、何かエリンシア姉さんが久しぶりに怒ってるけど」
セリス   「ああ、ロイ。それが……」

エリンシア 「ヘクトルちゃんとエフラムちゃんは、また喧嘩して庭の木を倒しました。間違いありませんね?」
エフラム  「喧嘩じゃない」
ヘクトル  「そうそう。俺達は訓練してて」
エリンシア 「何と言ったって庭の木を倒した事実に変わりはありません。そうでしょう?」

ロイ    「そういうことか」
セリス   「うん。ぼく、ヘクトル兄さんとエフラム兄さんを止めようとしたんだけど……」
ロイ    「そりゃ無理だろうな……いや、セリス兄さんの努力は認めるよ、努力は」
セリス   「ぼくの力が足りないばっかりに」
ロイ    「……僕個人としては、あの二人を止められるセリス兄さんなんて見たくないなあ」
セリス   「どうして? 男の子はたくましい方がいいんでしょう?」
ロイ    「いや、兄さんはそのままの方が兄さんらしいというか……まあいいや。それで、エリンシア姉さんが怒ってるんだ」
セリス   「うん。困ったなあ、どうしよう」
ロイ    「別にそんなに心配するようなことじゃないと思うけど」
セリス   「でもね、マルス兄さんが言ってたんだ」
ロイ    「なんて?」
セリス   「『女の人は怒ると小皺が増えて大変だから、なるべく怒らせないようにしないとね』って」
ロイ    「……」
セリス   「どうしよう。ぼく、よく分からないけど、小皺が増えると大変なんだよね?」
ロイ    「セリス兄さん、それ間違っても姉さんたちに直接は言わないでね……」

エリンシア 「本当にもうあなたたちは。これで五十七回目ですよ」
エフラム  「凄いな、そこまで細かく覚えてるとは」
ヘクトル  「さすが姉貴、テリウス大学主席の座は伊達じゃないな! いよっ、自治会長!」
エリンシア 「おだてたって駄目です! もう、ちっちゃいころは逆に木に弾き飛ばされて怪我をしていたというのに……」
エフラム  「それが今や逆に木の方が倒される図式になった訳だ」
ヘクトル  「成長の証だな。喜んでくれよ姉貴」
エリンシア 「……」
馬鹿二人  「ごめんなさい」
エリンシア 「……それで二人とも、これからわたしがどうするか、分かりますね」
エフラム  「……さあ」
ヘクトル  「……何だったか、な」
エリンシア 「悪い子にはお仕置きが必要です。ぶん殴って差し上げますわ」
エフラム  「ちょ」
ヘクトル  「姉貴、勘弁」

 ゴン! ゴン!

エフラム  「っ~~~!」
ヘクトル  「あ、相変わらず効くぜ……」
エリンシア 「今日は晩御飯抜きですからね。お腹を空かせて反省しなさい」
エフラム  「!! そ、それは……」
ヘクトル  「勘弁してくれよ姉貴、横暴だぜ!」
エリンシア 「明日の朝ごはんも抜きの方がよろしいのかしら?」
馬鹿二人  「ごめんなさい」
エリンシア 「よろしい」

ロイ    「うーん、相変わらず見事な叱り方……」
リーフ   「どちらかと言うと、高校生にもなって拳骨喰らうあの二人はどうなんだろうと思うけどね」
ロイ    「あ、リーフ兄さん。夢の世界からもうお帰りですか」
リーフ   「うん……夢の世界でもラッキーヒットで殺されたよ。僕の安息の地はもうどこにも存在しない……」
ロイ    「ハハハ……」
セリス   「でも凄いなあ、エリンシア姉さんは。ぼく、将来子供が出来ても、あんな風に毅然と叱れる自信がないよ」
ロイ    「……」
リーフ   「……」
セリス   「? どうしたの、二人とも」
ロイ    「いや、別に……」
リーフ   (『それってパパになるって意味? それともママになるって意味?』なんて聞けるはずもないよな……)
アイク   「ただいま」
ロイ    「あ、お帰りアイク兄さん!」
アイク   「ああ。……? ヘクトルとエフラムはどうしたんだ? ずいぶん落ち込んでいるようだが」
リーフ   「ああ、実はかくかくしかじかでご飯抜きになってね」
アイク   「そうか……エリンシアもたくましくなったな」
リーフ   「どういう意味?」
アイク   「昔はヘクトルやエフラムが物を壊してもなかなか怒れずにおろおろするばかりでな。
       ミカヤ姉さんとシグルド兄さんはなかなか家に帰ってこないから、必然的に叱るのは俺の役目になっていたんだが」
ロイ    「……アイク兄さんのお仕置き」
リーフ   「聞いただけでも寒気がしてくるよ」
アイク   「だが、あるときヘクトルの頭を思い切り殴ったら、あいつの頭が地面にめり込んでしまってな」
ロイ    「うわぁ」
リーフ   (……ひょっとしてヘクトル兄さんの成績が悪いのって、その辺が原因なんじゃ)
アイク   「あのときは俺も焦った……で、それ以来、エリンシアは頑張って二人を叱るようになったんだ」
ロイ    「無理もない話……」 

ロイ    「ところで兄さん、このニ、三日はどちらへ……」
アイク   「マケドニアの森林地帯だ。英雄アイオテに習って素手で飛竜を捕まえようと試みたんだが、
       残念ながら格闘戦になってしまってな。殺すしかなかった」
ロイ    (つまり素手で竜を屠ったんだ……)
リーフ   (どんどん現実離れしていくなアイク兄さんは……僕なんか夢の中でだってそんな風には振舞えないよ)
セネリオ  「ではアイク、僕はこの辺りで。分割した竜の肉はご近所に配った後、
        この家の冷蔵庫に入る分だけ計算してそこのクーラーバッグにいれておきましたので」
アイク   「ああ。いつもすまんな、セネリオ」
セネリオ  「いえ。それでは」
ロイ    (そして相変わらず影のように現れて影のように去るセネリオさん……謎だ。あの人も謎だ)
セリス   「……決めた!」
ロイ    「何を?」
セリス   「アイク兄さん、今度はぼくもアイク兄さんと一緒に修行に行くよ!」
リーフ   「えぇ!?」
アイク   「……どうしてだ?」
セリス   「ぼくももっと強くなりたいんだ。アイク兄さんみたいに」
アイク   「俺のように?」
セリス   「そう。ぼくも、アイク兄さんみたいになりたい!」

ミカヤ?  「いけません、セリスさま!」

ロイ    「……」
リーフ   「……急にどうしたの、ミカヤ姉さん。それに今、『セリスさま』って」
ミカヤ   「わたしじゃないわ。また誰かが体を……でも誰かしら今の。ユンヌやアスタルテともまた違った感じだったし……」
ロイ    (ユリアさんだ……!)
リーフ   (ガチムチなセリスなんか見たくないからって、霊体を飛ばしてきたんだ……! これが愛の成せる業か!)
アイク   「……だが断る」
セリス   「ど、どうして?」
アイク   「強くなりたいと思うお前の気持ちはよく分かる。しかし、今のお前では俺についてくるのは不可能だ。
       お前はオープスの群を一人で突っ切ってアークオープスを倒せるか?
       急降下してくるガーゴイルを地面に引き摺り下ろして止めを刺せるか?
       千を超える精霊の猛攻を一人で退けることができるか?」
セリス   「それは……」
ロイ    (そんなことやってたのかアイク兄さん……)
アイク   「だが、そうだな。俺の友人を師匠として紹介してやってもいい」
セリス   「アイク兄さんのお友達?」
アイク   「そうだ。昔は一緒に修行に出かけたものだが……『俺の天職を見つけた!』と言って豆腐職人になってしまってな」
ロイ    「変な人だね……」
アイク   「腕は確かだ。面倒見もいいしな。頼めば基礎のトレーニングぐらいは見てくれるだろう」
セリス   「……分かった、まずはその人に教えてもらってみる」
アイク   「ああ。ここから近いところにある豆腐屋にボーレという男がいるから、週末にでも訪ねてみてくれ」
セリス   「うん。頑張るよ、ぼく。絶対アイク兄さんみたいになってみせるからね!」
ロイ    (それは止めておいた方がいいと思うな……いろんな意味で)

 で、週末

ロイ    「電話だよアイク兄さん。豆腐職人の人から」
ボーレ   『おいアイク、話が違うじゃねえかよ!』
アイク   「何がだ?」
ボーレ   『俺はお前の弟が来るって聞いてたんだぜ!』
アイク   「だから行かせただろう」
ボーレ   『何言ってんだ、あんなスプーンよりも重い物持ったことなさそうな女の子寄越しやがって!
       あれならミスト相手に組み手する方がまだ気が楽ってもんだぜ!』
アイク   「……あれは俺の弟だぞ、間違いなく」
ボーレ   『あのな、俺がいくら馬鹿でもそんな嘘に騙されるかよ』
アイク   「信じられないなら直接確認すればいいだろ」
ボーレ   『どうやって』
アイク   「股間でも触って」
ボーレ   『通報されるわボケェ! 相変わらず社会常識のねえ野郎だ。とにかく、お前の妹さんには帰ってもらうからな(ガチャ)』
アイク   「(受話器を置きつつ) 前途多難だな、セリスの奴も……」