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Last-modified: 2011-05-30 (月) 22:45:03

普段は晩御飯の片付けが終わると静かになる夜の台所。
しかし、バレンタインを明日に控えたこの時だけは違う。兄弟家でもまた台所は戦場となっていた。

セリカ「姉さん、調子はどう?」
リン「う~~~~~~」
セリカ「………思わしくないようね」

呼びかけてもただただ唸っているリンの背中を見つめながら、セリカは心の中でため息を吐いた。
リンの周りには様々な食材や調理器具が散在しており、換気扇が回っているにも関わらず異臭が漂ってる。
それもその筈、リンは料理の腕がからっきし駄目だったりする。
元々一ヶ所に留まるのが苦手な性格だし、二人の姉の実力が非常に高い為、余計に料理から遠ざかっていたのだ。

セリカ「でも、どうしたの突然?去年までは市販の物で済ませていたのに」
リン「え?それは……その……」

ようやくセリカの方に振り返ったと思いきや、俯いたまま何やら口ごもっている。
その様子を冷静に眺めるがハッキリいって似合わない。勿論そんな事直接口に出すつもりはないけれど。

リン「年頃の女の子らしくするにはバレンタインのチョコぐらい自分で用意しないと」
セリカ「リン姉さん、まだ気にしてたんだ」

確かに、社会人になるとまとまった時間は取りにくいし、夜遅くまで起きるのも難しいだろう。
そういった意味では手作りチョコも少女と呼ばれる年代に限定されるものかもしれない。

セリカ「別に楽しいと思えないなら無理する必要なんてないのに」
リン「それは……そうなんだけど」

セリカ「……………リン姉さん、これだけは言わせて。ミラ教徒としてではなく、姉さんの妹として。
    私には姉さんに答えを示してあげられない。結局は本人の問題だから。
    でも、どんなに姉さんが自分の事で悩んでいても、私はいつだってリン姉さんの味方よ」
リン「そっか。ありがとね、セリカ」

普段の元気いっぱいなリンとは違い、しおらしいと感じるくらいだが、その目はセリカをしっかりと見つめている。
まっすぐで、ひたむきで、セリカの大好きな姉の目だ。

リン「でも、ごめん。今回のチョコだけは完成させるわ。一度やると決めたんだもの。
   セリカもまだ作り終えてないのに、邪魔する形になってしまうけど」
セリカ「別に気にしていないから。とは言っても、私はともかく姉さんはこのままだと……」

セリカも決して料理が得意ではない。
自分だけなら何とかなるのだが、それでも結構な時間がかかるので、二人とも間に合うか心配になってしまう。

エイリーク「よろしければお手伝いしましょうか?」
リン「エイリーク姉さん!その………いいの?」
エイリーク「ええ」

エイリークは優しく微笑むと散らかった台所の片付けを始める。
さすがにエリンシアと共に料理をしているだけあって動きが手馴れている。
とりあえず一段落してから気になる点を尋ねた。

セリカ「そういえば、エイリーク姉さんは今年のバレンタインどうするの?」
エイリーク「チョコばかりだと貰う人も大変でしょうし、甘さを抑えたクッキーを作ろうかと思ってます。
      幸い本命はいませんし、たくさん作れますからね」

女学園という閉鎖された空間によるものなのか、去年エイリークは大量のチョコを貰っていた。
そんな訳で、どうやら今年はホワイトデーとは別に渡してくれた人にお返しをするつもりなのだ。
なんと律儀な姉であろうか。大変な人気も頷けるというものである。
本命がいないと平然と言ってのける事に対しては不安を抱かずにはいられないが。

エイリーク「焼き上げは朝ですから、今は生地作りをするぐらいです。
      出来るだけ早く仕上げて、済んだらリン達のフォローしますよ」
リン「それだと姉さんの負担が大きくない?私はいつ終わるのかも分からないし」
エイリーク「いいものを見させていただいたお礼です」
リン「ううっ」

恥ずかしさで真っ赤になった顔で必死に弁明するリン。
そんなリンを全て理解したかのように優しく受け止めるエイリーク。
リンは気付いているのであろうか?今の二人の様子が年相応の姉妹そのものである事に。

セリカ「まったく、リン姉さんもエイリーク姉さんもどこか抜けてるところがあるし。
    私がしっかりしないと駄目よね」
エイリーク「ほら、セリカもさっきから照れていないで。
      困った事があったら何でも言ってくださいね。私はいつでも二人の味方ですから」