17-426

Last-modified: 2011-05-30 (月) 23:24:25

このネタは以前私が書いた「Good Luck! 後編」(15-225)と
設定が重なっています。
それと、私の作ではありませんが「憧れの人」(13-390)の設定を
お借りしているので、できればその2つを先にお読み下さい。

前編 過剰なる愛

ウェンデル「・・・合格だ、見事じゃマリク」
マリク  「本当ですか!!ありがとうございます!!」

―目の前にいるわが師に深く頭を下げる。
ぼくの名はマリク、アカネイアパレス魔道学院の学生だ。
幼い頃から魔道を志したぼくは、カダインで魔道の基礎を学んでいたが、
一昨年、カダインと合併する形でパレス魔道学院が新しく設立されたため、
そちらに転入し、学生として魔道を学んだ。
しかし、たった今、講師認定試験の論文に合格した。
これで、ぼくも来年からは学ぶ方ではなく、教える方になる。

ウェンデル「16歳にして、合格するとはたいしたものだ、
      やはり、わしの目に狂いは無かったな」
マリク  「運がよかっただけです、ぼくなんか、まだまだ・・・」
ウェンデル「その初心をわすれることなく、これからも精進することだ」
マリク  「はい!!」
ウェンデル「この後は授業か?」
マリク  「はい、エリス先生の応用治療理論があります」
ウェンデル「そうか、エリスも喜ぶじゃろう」
マリク  「では失礼します」

―お辞儀をし、ぼくは先生の研究室を出た。
合格した嬉しさで今にも飛び上がりたかったけど、授業に行かなければならない。
ぼくは講堂に急いだ。

マリク  「席、あるかな?」

―応用治療理論の教室は大講堂を使っている。
それにも関わらず、人気のある授業なので、席は満杯近くになる。

エルレーン「マリク、こっちだ」
マリク  「エルレーン、すまない」

―既に着席していたエルレーンがぼくの分の席までとっていてくれた。
エルレーンは、ぼくと一緒にカダインでウェンデル先生に師事していて、
合併の際に一緒に転入した。

エルレーン「それで、どうだった!?」
マリク  「うん、合格したよ」
エルレーン「本当か!!?やったな、おめでとう」
マリク  「ありがとう、エルレーン」
エルレーン「しかし、結局認定試験もお前に抜かれたな」
マリク  「あ・・・」
エルレーン「気にするな、深い意味はない。
      それに、俺も来年には必ず追いついてみせるからな」
マリク  「うん、ぼくも応援するよ」

―彼はぼくより先にウェンデル先生に師事し、ぼくの兄弟子にあたるのだが、
先生は秘伝魔法エクスカリバーをぼくにお与えになった。
そのため、彼とは一時期険悪な関係だったが、それも今は修復され、
こうしてぼくの合格も素直に喜んでくれている。
ぼくと彼は切磋琢磨しあうライバルであり、かけがえのない親友だ。

エルレーン「お、鐘が鳴ったな、さ、愛しいあの方の登場だ」
マリク  「ちょ、ちょっと!!」

―授業の鐘が鳴り、鐘と共に授業担当の先生が講堂に入ってきた。

エリス  「皆さん、こんにちわ」

―学院最年少講師、エリス先生は柔らかな微笑みでみんなに挨拶した。
竜王家三巨頭の1人、ガトーの直弟子にして、
死者復活の奇跡「オームの杖」を使える一流の司祭。
その美しさと気品、わかりやすい授業で生徒からも大人気の先生だ。
ただ、ぼくにとっては、それ以上の意味がある。
幼い頃、ぼくやマルス様、シーダ様、兄弟家の皆は、
当時中学生だった彼女に色々なことを教わった。
一緒に勉強をして、一緒に遊んで、皆はそんなエリス先生が大好きだった。
その中でも、幼い頃病弱だったぼくは、いつも彼女にかかりっきりだった。
そんな中で、ぼくの想いは、気がついたら恋心に変わっていく。
彼女を追うために、魔道を志し、そして一昨年この学院に入ったとき、
ぼくは思い切って彼女に想いを告げた。
幸いにも、ぼくの想いは受け入れられ、ぼくとエリス様は恋人同士となる。
最愛の女性と相思相愛、これ以上ないほどの幸せを手にしたぼくだったが、
1つだけ、悩みがある、それは・・・。

エリス  「それでは、今日はテキストの284ページ、第8章から・・・
      と言いたいところですが、今日は授業はありません」
生徒   「えええええええ!!!」
リンダ  「え、せ、先生、どうしてですか!?」
エリス  「ふふふ、それはね・・・えい!!」
マリク  「え?」

―エリス様が杖を掲げると同時に、ぼくの体が光に包まれ、次の瞬間には
ぼくは教壇の上に立っていた。
レスキューの杖だ!!ユミナ専用のはずだけど、細かいところは気にしてはいけない。

エリス  「マリクーーーーーーーーーー!!」
マリク  「わ、わあああああああ!!」

―壇上にぼくが移動するやいなや、エリス様はぼくを思いっきり抱きしめてきた。
甘い香りと柔らかな感触がぼくのまわりを包んだ。

エリス  「会いたかった、とーーーーっても会いたかったわ!!!!」
マリク  「エ、エ、エ、エリス先生、い、い、今は授業中で//////」
エリス  「今は授業じゃないの、今はエリスとマリクの愛の時間なの~~~」
マリク  「そ、そ、そ、そんな・・・」

―ぼくを抱きしめる力が一層強まる、もう胸が当たっているとか、そういう次元じゃない。
先ほどぼくが言いかけた1つだけの悩み、それは、エリス様の過剰な愛だった。
想いを告げたのはぼくが先だったが、どうやら、エリス先生もぼくのことを
強く想っていてくださったらしく、恋人となってからは、ぼくに全ての愛情を注いでくれた。
こうして人前だろうが、お構いなしで抱きしめてくれるし、
「大好き」「愛している」といった言葉を彼女の口から聞かない日はない。
早い話が「バカップル」なのだが、彼女はともかく、ぼくの方がいまいちついていけていない。
エリス様に愛されるのはこれ以上ない幸せだが、それと同時にあまりにも恥ずかしい。

エリス  「ねえ、聞いたわよ、論文試験、合格したんですってね」
マリク  「は、はい、おかげさまで・・・」
エリス  「おめでとう!!来年からは2人で一緒に働けるのね、
      うれしいいいいいいいいいいいいいいい!!」
マリク  「あ、ありがとうございます・・・」
生徒達  「はあ、またマリクか・・・」

―人目を構わず、こんなことをしているだけあって、
今やこの学院で、ぼくとエリス様の仲を知らない人は、一人もいない。
先生方も、生徒と先生の恋仲を問題とする気も失せてしまったらしい。
今では周りの人も慣れっこで、「またマリクか・・・」呆れているだけだ。

エリス  「こんなおめでたい日に授業なんかしてられないわ。
      ということで、全員出席にしてあげるから、今日はお終いです」

―エリス先生にそういわれ、講堂の生徒達は席を立った。
大半の生徒は授業が無くなり嬉しそうだったが、
真面目な生徒はぼくを恨めしそうな目で見ながら講堂の外へと出て行った。
や、やっぱり、僕のせいなのかな・・・?

エリス  「マリク、食堂に行きましょう。
      マリクの大好きなご馳走、いーっぱい作ってきたからね」
マリク  「は、はい・・・」

―エリス様に言われるがまま、ぼくは講堂を出て、食堂に向かった。

エリス  「マリク、あ~ん」

―学院の食堂では料理を注文することができるが、
食事を持参している者が、単純に席として使うことも許されている。
ぼくとエリス様は後者に該当し、
席に着いたぼくの目の前には、手の込んだ重箱が並んでいる。
さすがに毎日とはいかないものの、ぼくの昼食の半分くらいはエリス様が作ってくださる。
ここのところ論文で忙しかったため、お昼を一緒にすることはなかった分、
今日のお弁当は気合が入っているようだ。
そして、2人分のお弁当のはずなのに、なぜかフォークやスプーンは1人分、
これが意味するものは・・・1つ。

マリク  「エ、エリス様、私も子供ではないので、自分で食べられますから・・・」
エリス  「い~や~、エリスはマリクに『あ~ん』ってしたいの~」
マリク  「そ、そんなことを言われても・・・////」

―お昼休みなので食堂は満員、そのど真ん中で「あ~ん」、いくらなんでも恥ずかしい。

エリス  「マリク、食べて~」
学生達  「くすくす・・・」

―毎度のことなので、周りの人たちは慣れっことはいえ、やはり笑いは起きる。

エリス  「はやく~」

―だめだ、どれだけやっても慣れることはできない・・・恥ずかしい!!

エリス  「食べて・・・くれないの?」
マリク  「え?」

―しまった!!エリス様を落ち込ませてしまった!!

エリス  「せっかく作ったのに・・・食べてくれないのね」
マリク  「いえ、そ、そういうことでは・・・」
エリス  「ぐす・・・」

―エリス様は机の上に突っ伏してしまった。
これは演技ではない、エリス様は本気で落ち込んでいる。
現に彼女のステータスはリアルタイムで下がっている。
あ、今、クラスもシスターに下がった・・・。

エリス  「私、もう愛されていないのね・・・」
マリク  「そ、そんなことは、あ、ありません」
エリス  「もうだめ、生きる気力を無くしたわ」
マリク  「いや、これくらいのことでなくさないでください」
エリス  「仕事なんか絶対無理よ・・・
      午前中の試験の採点もできないわ・・・全員0点でいいわね」
学生達  「な、なんだってーーーーーー!!」

―学生達が一斉にこちらを向く。そして、僕をにらんできた。

学生1  (馬鹿、何やってるんだよ、とっとと食え)
学生2  (俺、この単位おとすと卒業ヤバいんだよ!!)
エルレーン(マリク、ここは耐えてくれ!!)
リンダ  (マリクさん、おねがい!!)
マリク  「・・・・・・」

―周りから小声で圧力がかかってくる・・・ぼくは覚悟を決め、大きく口を開けた。

マリク  「ぼ、ぼく、エリス様に食べさせてもらいたいな・・・あーん」
エリス  「本当!!!!」

―エリス様はガバっと身を起こし、満面の笑みを浮かべた。
これも演技ではない、現にエリス様のクラスは司祭に戻ったからだ。

エリス  「はい、あ~ん」
マリク  「あーん」
エリス  「どう、おいしい?」
マリク  「は、はい、とても」

―ぼくの好みを知り尽くした方が、愛情をこめて作り、栄養バランスも完璧なお弁当・・・
まずいはずが無い。

エリス  「やったー。嬉しい、作ってきた甲斐があったわ」

―エリス様は少女のように朗らかな笑顔で、心からの喜びを表した。
その姿に思わず見とれてしまった時点で、ぼくの負けなのだろう。
でも、やはり笑った姿が一番可愛らしく、美しい・・・。

エリス  「じゃあ、次は私に食べさせて、あ~ん」
マリク  「え、いや、それは・・・」
エリス  「鬱だわ・・・全員の単位落としちゃえ」
学生達  (マリク!!!!)
マリク  「え、あ、ど、どうぞ、あーん」
エリス  「あ~ん、うーんとってもおいしいわ。次は私ね・・・あ~ん」
マリク  「あーん」
エリス  「うふふ、マリク、だ~いすき」
マリク  「あは、あはは・・・あはははは・・・」

―もう、どうにでもして・・・

マルス  「あーはっはっはっは、こりゃ傑作だ」
マリク  「笑い事じゃないですよぉ・・・」

―マルス様が学院を訪問なさったので、お昼の出来事を話したところ、大笑いされた。

マルス  「これを笑わずして何を笑うのさ?
      いやあ、愛されてるねえ、マリク」
マリク  「からかわないで下さい」
マルス  「え、でもマリクだって先生のこと好きなんでしょ?」
マリク  「そ、それは・・・もちろん・・・//////」

―今はどうであれ、先に想いを告げたのはぼくだ。

マルス  「それだったら、もっとイチャイチャしなくちゃ」
マリク  「げ、限度というものが・・・」
マルス  「甘い甘い、リグレ家のパント・ルイーズ夫妻に比べれば、
      男の方が恥ずかしがっている時点で君達のバカップりはまだまだ甘いね」
マリク  「うう、そうはいっても・・・」
マルス  「まあ、涙目オンパレードな緑キャラの中で、君は数少ない勝ち組なんだから、
      もっと積極的にこの幸せを享受しなくちゃだめだよ。
      あ、ところで、頼んだものあった?」
マリク  「どうぞ、コピーをとっておきました」

―ぼくは紙の束をマルス様に渡す。
図書館の本なので本当は違反なのだが、マルス様の頼みとあっては断ることはできない。

マルス  「ありがとう、これで計画は進むよ」
マリク  「今度はなにをなさるのですか?」
マルス  「ちょっとまだ言えないな」
マリク  「あまり無茶はなさらないで下さい。
      ご家族やシーダ様にご心配はかけないように」
マルス  「はいはい、そんなことより、君はエリス先生とラブラブしていなさい」
マリク  「すぐに話をそらさないで下さい」
マルス  「それにしても、エリス先生もよくやるよね。
      お弁当あ~んとか、いまどき中学生でもやらないってのに。
      少しは自分の年齢というものを考」
エリス  「考えて・・・何かしら?」
マルス・マリク「!!!!!!!」

―いつの間にか、ぼく達の後ろにエリス様が立っていた。
手にはトロンの書が開かれている。

マルス  「あ、あら~、え、エリス先生、こんにちわ」
エリス  「マルス君、先生、小さい頃これだけはやっちゃだめよって
      教えたこと、覚えているかしら?」
マルス  「え、えー・・・お、おぼえていないなぁ・・・
      ほ、ほら、ぼく、馬鹿だから・・・あははははは・・・」
エリス  「女の子の年齢のことをからかってはいけませんって、
      先生教えたはずなんだけどなぁ~」
マルス  「そ、そう言えば、教えてもらったこともあったかな。
      で、でも、先生はもう『女の子』って歳じゃ・・・」
エリス  「雷よ、我が声に応えて彼の者に裁きを」
マルス  「あ、そ、そうだ、シーダと約束したんだ、急がなきゃ。
      ししししし、失礼しまーーーーーーーーす!!!」

―マルス様は一目散にその場を走り去った。

エリス  「まったく、昔から逃げ足だけは速いんだから・・・」
マリク  「あ、あの、エリス様、いかがなさいましたか?」
エリス  「あのね、今度の魔道評議会の配布資料作成をしなければならないの。
      もしも時間があれば手伝ってもらえないかしら?」
マリク  「そういうことでしたら、喜んで」
エリス  「ありがとう、会議室をとってあるからそこでやりましょう」

―魔道評議会とは、月に一度、紋章町の魔道士たちが一箇所に集まって
魔道についての研究を行う催しだ。
一流の魔道士達が集まる一方、ぼくのような若い者達も参加している。
今回の会場はこの学院で行われ、ぼくとエリス様が学院代表で参加する予定だ。

エリス  「基本的な進行は決まっているわ。
      今回はエトルリアの研究発表が主だから、私達がやることはそんなに無いみたいなの」
マリク  「それでは、まずは発表者の経歴をまとめましょう。
      特にリグレのパント様については、詳しく載せなければならないでしょうし」
エリス  「そうね、パント様の資料はこれよ」

―会議室の机に山ほどの本と紙束を広げ、ぼくとエリス様はあれこれ論じ合う。
さすがにこういう時のエリス様は、非常に頼りになる。
そして、3時間後・・・

マリク  「・・・・・・誤字脱字ありません、5回確認したから大丈夫でしょう」
エリス  「あとはウェンデル様にお見せして、問題が無ければ、完成よ」
マリク  「とりあえず、ぼくの役目はおわりですね」
エリス  「あなたのおかげでこんなに早く終わったわ。ありがとう、マリク」
マリク  「いえ、エリス様のためでしたら、これくらい」
エリス  「ふふふ、じゃあ、これはご褒美」
マリク  「え?」

―エリス様は席を立ち、ぼくの方に歩み寄ってきた。
そして、ぼくの肩に手を添えると、瞳を閉じて顔を近づけた。
こ、これって・・・。

マリク  「エ、エリス様、あの、その・・・」
エリス  「いや?」
マリク  「いえ、そんなことは・・・」
エリス  「もう、いつも恥ずかしがるんだから」

―確かに初めてではないとはいえ、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
でも、いつまでもこうではいけない、
女性の方からここまでさせている時点で相当情けないのだ。
ぼくは覚悟を決め、彼女の肩に手を沿え、目を閉じ、自分も顔を近づけた。
誰もいない2人だけの空間、
かすかに感じる甘い香り、
ぼくと彼女の唇は今にも触れ合おうとしていた・・・
その瞬間・・・

エルレーン「ここにいたか、マリク。
      悪いが『魔道史概論』を貸して・・・くれ・・・ないか・・・」
エリス  「!!!!!!!!!!!」
マリク  「!!!!!!!!!!!」

―会議室のドアが開かれ、エルレーンが会議室に入ってきた。
抱き合いながら互いの顔を近づけているぼくとエリス様・・・
ぼくらが何をしようとしているかは、一目瞭然だ。

エルレーン「・・・・・・・・・」
エリス  「・・・・・・・・・」
マリク  「・・・・・・・・・」

―ものすご~く気まずい沈黙が会議室を包み込む。
数秒の沈黙が続いた後、エルレーンが口を開いた。

エルレーン「え、あ、あの、お、おおおおおおおおおとりこみちゅうでしたか、
      こ、こ、これは、ししししし、しつれいいたしました」

―そう言って、エルレーンは部屋から出ようとした、しかし・・・。

エリス  「待ちなさい、エルレーン」
エルレーン「は、はいいいいいいいいいいいい!!」

―エリス様の一声で、すぐに彼は立ち止まった。
いや、立ち止まったというよりは、動きを封じられたというべきか?
表面上はいつもの優しい声だったが、
今の「待ちなさい」には聞く者に恐怖を植えつける迫力があった。

エリス  「わざわざ『2人きりの』部屋に来て、
      『ノックもしないで』ドアを開けて
      『私達の邪魔をしてまで』本を借りにくるなんて・・・
      本当に勉強熱心なのね、えらいわ」
エルレーン「きょきょきょきょきょ、恐縮です、エリス先生」
エリス  「そんな熱心なあなたには、私が特別に授業をしてあげるわ。
      2人きりで、たっぷりとね・・・」

―そう言って、エリス様はエルレーンを部屋の外に引っ張り出そうとした。

エルレーン「そ、そんな、俺なんかにはもったいない、いや、あの、だから」
エリス  「遠慮しなくていいのよ」
エルレーン「おい、マリク、助けてくれ!!」
マリク  「・・・・・・・・・」

―エルレーンの必死の呼びかけに関わらず、ぼくは視線を落として黙り込んだ。
ごめん、エルレーン、止める力も勇気もぼくにはないんだ。
薄情でヘタレな友を許してくれ・・・。

エリス  「さあ、行きましょう」
エルレーン「いやだああああああああああ!!」

―エルレーンはエリス様に引っ張られ、会議室の外に連れ出された。
そして・・・

エルレーン「ぎゃああああああ、すみませんでした、勝手に入ってすみませんでした。
      だから、もうやめて、うぎゃあああああああああ!!」

―打撃音、斬撃音、雷鳴、蟲の鳴き声、様々な攻撃効果音と共に、
エルレーンの悲鳴が隣の部屋から聞こえてきた。
うう、ぼくは無力だ・・・。

エルレーン「だめ、本当に、死ぬ・・・やめ・・・
      いぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
      ・・・うげ・・・ぐふっ・・・・・・・・・」
マリク  「!!!!!!!!!!!!」

―い、今の悲鳴は明らかにさっきまでのものと質が違った。
つまり、その、早い話が・・・断末魔・・・。

マリク  「エルレーン!!!」

―ぼくは流石にたまらなくなって、部屋を飛び出し、隣のドアを開けようとした。
その瞬間、ドアの向こうからまばゆい光があふれ出した。

マリク  「こ、この光は・・・」

―力に溢れていながら、全てを包み込む温かさを秘めた光、それは生命の鼓動そのものだった。

エリス  「あら、マリク」

―光が消えると同時に、エリス様が部屋から出てきた。

マリク  「エ、エリスさま、一体何が・・・?」
エリス  「ふふふ、そんなことより、今夜アカネイアの丘の夜景を見に行かない?」
マリク  「え、あ、は、はい」
エリス  「じゃあ、7時になったら私の研究室に来てね」
マリク  「わ、わかりました」

―今のエリス様に逆らえるはずが無い。

エリス  「ふふふ、今夜が楽しみね」

―そう言って、エリス様は去っていった。

マリク  「エルレーン!!」

―な、何はともあれ今はエルレーンだ、ぼくは部屋の中に入った。

マリク  「!!!!!!!」

―部屋の中は異様な光景だった。
机や椅子は尽く破損しており、壁は黒焦げ、
さらに床にはおびただしい量の血液が流れていた、
一人の人間のものだとしたら間違いなく致死量だ。
この部屋でどんな惨劇が繰り広げられたのか、想像するのもおぞましい。
しかし、何より異様だったのが、そんな凄惨な部屋の中にもかかわらず、
エルレーンがその真ん中でニコニコ笑いながら立っていたことだ!!

マリク  「エ、エルレーン、だ、大丈夫!?」
エルレーン「ん、俺か?見ての通り、すこぶる快調だ」

―嘘だ!!エルレーンの服はボロボロで、体のいたるところは血まみれだった。

マリク  「だ、だって、血が出てるじゃないか!!」
エルレーン「ああ、これか、ちょっと汚れただけだ。
      傷なんかひとつもないぞ、ほら、見てみろ」

―確かに、エルレーンの体に傷はひとつもなかった。
ただ、体が血に濡れているだけだ。

エルレーン「やはりエリス先生の指導は素晴らしいな、
      今日一日で、数百年の研究も及ばぬ精進を、俺は積んだ気がする」
マリク  「い、一体何が・・・?」

―確かにエルレーンの雰囲気は変わった。
ただ笑っているというだけではない、何か、人間として超越したものを、
ほんのわずかだが掴んだ・・・うまくいえないが、そんな感じだ。

エルレーン「あ、そうだ、マリク、お前への用事を忘れていた。
     『魔道史概論』貸してくれないか?」
マリク  「え、ええ、あ、ああ・・・あ、あの本はぼくのじゃなくて、
      図書館のなんだ。
      も、もう返したから、図書館にいけばあると思うよ」
エルレーン「そうか、では図書館に行こう、悪かったな」
マリク  「その前に、お風呂に入ったほうがいいと思うけど・・・」
エルレーン「ああ、そうだな、体を洗わないとな」

―エルレーンはそう言って、血に濡れた床をぴちゃぴちゃと音を立てながら、
部屋を出ようとドアへと歩き出した。
彼は終始、笑顔だった。
そして、部屋を出る前に、彼はこれ以上はないという極上の笑顔で
ぼくの方を振り向き、こう言った。

エルレーン「マリク、俺・・・今の人生なら、天国にいけるみたいだよ」
マリク    ( ゚д゚)

―エルレーンの発言にぼくは言葉を失い、ただ彼を呆然と見ることしかできなかった。

エリス  「マリクーーーーーーーー!!」
マリク  「エ、エ、エ、エリス様、人が見ています!!」

―アカネイアの丘で思いっきり抱きしめられるぼく。
ここは有名なスポットなので、夜とはいえ人は沢山いる。

エリス  「だって、大好きなんだもん、マリク、マリクぅ」
通行人  「くすくすくす・・・」
マリク  「人のいないところでやってくださぁぁぁぁぁぁい/////////!!」

―幼い頃から憧れ、ぼくにとって最も愛しい存在であるエリス様、
誰よりも美しく、誰よりもぼくに優しいエリス様、
そんな最愛の女性にこれ以上ないというほど愛されているぼくは、
世界で一番幸せな存在だ。
いままでぼくはずっとそう思ってきたし、今だってそう思っている。
だけど、実は、ぼくはとんでもない女性と愛し合ってしまったのではないか、
最近少しだけ、ほんの少しだけ、そう感じるようになった。
この幸せの行く先は、一体どうなるのだろう・・・?
甘い香りと、柔らかな感触、そして通行人の笑い声につつまれながら、
ぼくは思い悩んだ。

中編に続く