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Last-modified: 2007-06-15 (金) 22:34:29

おばちゃん

 

ロイ   「ただいまー」
ミカヤ  「あ、お帰りロイ」
チキ   「こんにちはーっ!」
ファ   「ちはーっ!」
ミカヤ  「あら、竜王家の……どうしたの?」
ロイ   「うん、この辺で迷子になってたみたいだから、とりあえず連れてきたんだ」
チキ   「ぶーっ! 迷子じゃないもん!」
ファ   「ないもん!」
ミカヤ  「あら、それじゃ、どうしてこんなところまで?」
チキ   「わたしたちは、前人未到の荒野を開く探検隊なの!」 
ロイ   「ほら、昨日テレビで探検隊ドキュメンタリーやってたから。
      『幻の秘境ハタリに伝説の狼族を見た!』ってやつ」
ミカヤ  「ああ、それで影響されてるのね……ふふ、なんだか昔のエフラムたちを思い出すわね」
チキ   「そんでねー、わたし隊長なの!」
ファ   「ファも隊長!」
チキ   「ぶーっ! 何言ってるのファ、隊長は一人だけなんだよ」
ファ   「やだやだーっ! チキお姉ちゃんばっかりずるいーっ! ファも隊長やるのーっ!」
チキ   「むきーっ!」
ファ   「ふーっ!」
ロイ   「こら、二人ともこんなところで喧嘩しちゃ駄目だよ」
チキ   「だってファが!」
ファ   「チキお姉ちゃんが!」
チキ   「むきーっ!」
ファ   「ふーっ!」
ミカヤ  「ふふ……じゃ、わたしは探検隊さんたちに、おやつをご馳走しようかしら?」
チキ   「え、本当!」
ファ   「ジュースもあるーっ?」
ミカヤ  「ええもちろん。さ、お上がんなさい。まず洗面所で手を洗ってきてね」
チキ   「わーいっ!」
ファ   「ジュース、ジュース!」
二人   「ありがとう、ミカヤおばちゃん!」
ミカヤ  「……」
ロイ   「ちょ、だ、駄目だよ二人とも、ミカヤ『おばちゃん』だなんて!」
チキ   「えー、どうしてー?」
ファ   「だって、マルスのお兄ちゃんが言ってたよ!」
チキ   「『ミカヤ姉さんはあれでも(ダキュンダキュン!)才なんだよ』って」
ファ   「大人の女の人はねー、20歳過ぎたら皆おばちゃんなんだよ! ユリウスお兄ちゃんが言ってた!」
ロイ   「な、なんてことを……!」
チキ   「ねー、違うのー?」
ファ   「ミカヤおばちゃん、(ダキュンダキュン!)才じゃないのー?」
ミカヤ  「……」
ロイ   (あわわわわ、どうしよう、姉さんきっと怒ってるぞ……! 何とかしてこの場を収めないと……!)
ミカヤ  「(にっこり)ええそうね、わたしは(ダキュンダキュン!)才だから、もうおばちゃんね」
ロイ   「……え?」
チキ   「あー、やっぱりそうなんだ!」
ファ   「ミカヤおばちゃんなんだ!」
ミカヤ  「そう。さ、まずは手を洗ってきなさいね」
チキ   「はーい!」
ファ   「チキお姉ちゃん早く早くーっ!」
ロイ   「……」
ミカヤ  「ふふ、ホントに元気な子達ね」
ロイ   「そ、そうだね……ははは、あんなのの相手が出来るんだから、
      エフラム兄さんやマルス兄さんはやっぱり凄いや、はははは……」
ミカヤ  「? ロイ、どうしたの? なんだかずいぶん顔が引きつってるけど……」
ロイ   「いや、えーと、その……」
ミカヤ  「なあに?」
ロイ   (……あれ? お、おかしいな、姉さん、全然怒ってないみたいだ……)
チキ   「ミカヤおばちゃーん!」
ファ   「お手手洗ったよーっ!」
ミカヤ  「はいはーいっ! もうすぐ行くから、ちょっと待っててねーっ!」
ロイ   「……」
ミカヤ  「……もう、どうしたのロイ、なんだか変よ?」
ロイ   「あ、えーと、あのさ。ミカヤ姉さん、怒ってないの?」
ミカヤ  「怒るって……何か、怒らなきゃいけないことなんてあった?」
ロイ   「いや、だってさ。チキやファが『ミカヤおばちゃん』って連発してるのに」
ミカヤ  「そんなの、怒るようなことじゃないでしょ?」
ロイ   「え、でも……」
ミカヤ  「ああ、そっか。わたしがそういうの気にするんじゃないかって、心配だったのね。
      でも大丈夫よ。むしろ嬉しいぐらいだもの、わたし」
ロイ   「う、嬉しい!? おばちゃんって呼ばれて?」
ミカヤ  「ええ。わたしの年を知っている人でも、『おばちゃん』なんて、なかなか呼んでくれないものね」
ロイ   「……『おばちゃん』って呼ばれて嬉しいっていう感覚、ちょっと分からないな……」
ミカヤ  「そうね。年相応って言うのかしら。そういうのに、ちょっと憧れがあるのね……」
ロイ   「……どういう意味?」
ミカヤ  「昔から見かけが変わらないでしょう、わたし?」
ロイ   「……うん。何故かは知らないけど」
ミカヤ  「だからかしらね。ときどき、どうしてわたしは普通の人みたいに
      年を取れないんだろうって思うことがあるの」
ロイ   「そうだったの?」
ミカヤ  「ええ。他の皆には内緒よ? 変に気を遣うような子たちばかりだから」
ロイ   「う、うん」
ミカヤ  「わたしも本当なら(ダキュンダキュン!)才だし、とっくに小皺を気にするような年になってるはずなのよ。
      でも、実際はずーっと昔の姿のまま。今じゃシグルドどころか、エフラムやヘクトルの妹だって言っても
      誰も嘘だと思わないぐらい。羨ましがる人もいるけど、わたしはあまりいいことじゃないと思ってる」
ロイ   「どうして?」
ミカヤ  「自然じゃないもの。人間はね、子供から大人へ、大人から老人へ……
      そんな風に生きて、死んでいくのが一番いいのよ。
      共に戦い、共に生きる。そして共に死んでいく……それが、一番自然なの」
ロイ   「……」
ミカヤ  「だからね、ときどき凄く寂しくなるわ。なんだか、自分だけ、皆に置いていかれるような気がしてね。
      ロイが立派な大人になって、素敵なお嫁さんをもらって……そのときも自分がこんな外見だったらって考えるとね。
      もしかしたら、皆が死んだ後も、わたしは今の姿のままで生きているかもしれない。それは、とても寂しいことよ」
ロイ   「……でも、姉さんは違うでしょ?」
ミカヤ  「ん?」
ロイ   「僕らは兄弟なんだし……たまたま凄く若い外見なだけで体の作りは一緒なんだから、
      生きるのも死ぬのも一緒だよ。きっとこれからすぐに年相応の外見になるよ」
ミカヤ  「……そうね。そうかもしれないわね」
ロイ   「そうだよ! ミカヤ姉さんだって、今にしわくちゃのお婆さんに……」
ミカヤ  「……ロイ? わたしにだったらいいけど、それ他の姉さんたちに言っちゃ駄目よ?」
ロイ   「わ、分かってるよ。そんなこと言ったらどんな恐ろしいことになるか」
ミカヤ  「ふふ、よく分かってるじゃない」
チキ   「ミカヤおばちゃーん!」
ファ   「おやつまだーっ?」
ミカヤ  「ああごめんね、今すぐに用意するから」
ロイ   「……でもやっぱり分かんないな。ミカヤ姉さん、『年考えろ』みたいに言われると怒るのに」
ミカヤ  「そういう風に言われるのは、大抵年考えない恥ずかしい格好してるときとかだから……
      自分が恥ずかしい格好してるって自覚はあるのに、それをからかわれちゃ……ほら、一種の照れ隠しよ」
ロイ   (……照れ隠しでレクスオーラぶっ放されちゃたまんないけど)

チキ   「もぐもぐ」
ファ   「ごくごく」
ミカヤ  「ふふ、そんなに急いで食べなくても、誰も取らないわよ」
チキ   「んー、だって家にいるときは、いっつもユリウスお兄ちゃまが横取りするもん!」
ファ   「そうだよーっ。だから、ファ、おやつは早く食べることにしてるんだよ」
ミカヤ  「あらそうなの。ウチもヘクトルとエフラムが取り合いを……」
ロイ   (うーん、そっか、だからミカヤ姉さんは(ダキュンダキュン!)才だってこと、
      人に隠そうとしなかったんだなあ。いやあ、今日はいろいろと勉強になった。
      紋切り型に考えちゃいけないな、価値観なんて人それぞれだし。
      ミカヤ姉さんの誕生日、今よりももっと落ち着いた感じの服でもプレゼントしてあげようかな)
リン   「ただいまーっ」
チキ   「あ、リンおばちゃんだ!」
ファ   「お帰りリンおばちゃん!」
リン   「……」
チキ   「うわぁーん!」
ファ   「怖いよーっ!」
リン   「はっ……ご、ごめんね、お姉ちゃん、つい怖い顔しちゃったわ。
      許してね、短気なリンお姉ちゃんを」
ミカヤ  (リン……気持ちは分かるけど、ちょっと大人気ないわよ……)
ロイ   (……ま、おばちゃん呼びされて喜ぶ人なんて滅多にいないよな、普通は……
      これからも、リン姉さんに対して年の話題は禁句だね)

<おしまい>