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Last-modified: 2007-06-15 (金) 22:12:36

ミカヤ、がんばる

ロイ   「うーん、困ったなあ」
ミカヤ  「あらロイ、どうしたの」
ロイ   「あ、ミカヤ姉さん」
ミカヤ  「何か困っているのなら、相談に乗るわよ」
ロイ   「え、でも……今電話したらリリーナがいなかったから、エリンシア姉さんかエイリーク姉さんに聞こうかと……」
ミカヤ  「まあ。わたしがエリンシアやエイリークより頼りにならないって言うの?」
ロイ   「いや、そういう訳じゃないけど」
ミカヤ  「大丈夫よ。わたしこれでも一家最年長、長女なんですからね。弟の悩みも聞けないで、お姉ちゃんは務まらないのよ」
ロイ   「うーん……」
ミカヤ  「そういう訳で、安心してミカヤお姉ちゃんに相談しなさい。そう、大船に乗ったつもりでね!」
ロイ   「……じゃ、聞くけど」
ミカヤ  「うんうん」
ロイ   「(ぴらっと問題集を出して)実は、数学のこの問題が分からな」
ミカヤ  「ロイ」
ロイ   「え?」
ミカヤ  「タイタニック号って知ってる?」
ロイ   「あの映画の?」
ミカヤ  「そう……1912年当時、『不沈船』とまで言われた、極限まで安全設計を施した豪華客船……
      でも、その末路は知っているわね?」
ロイ   「確か、氷山にぶつかって沈んだんだよね」
ミカヤ  「そう。つまり、どんな大船に乗っていても、常に沈没の危険性を考えていなければならないということね」
ロイ   「はあ」
ミカヤ  「ロイ。ミカヤお姉ちゃんという大船は沈んでしまったわ。これからはあなた自らの手足で大海を泳いでいくのよ」
ロイ   「……つまり、分からないってこ」
ミカヤ  「イヤァァァァァァァァァッ!」
ロイ   「うわ、ちょ、ミカヤ姉さん、逃げないで!」
ミカヤ  「ごめんねロイ、xとか見るとジンマシンが出るような、馬鹿なお姉ちゃんでごめんね!
      お姉ちゃん低学歴だから! 格差社会の犠牲者だから!」
ロイ   「いや、別にそこまで……あー、部屋に閉じこもっちゃった……」
ミカヤ  「しくしく……」
ロイ   「(ドンドン!)ねえさーん、出てきてよーっ!」
ミカヤ  「駄目よ! 姉さん情けなくてロイに会わせる顔がないわ! わたしの数学は分数の計算で終わっているのよ!」
ロイ   「いや、それ算数だよミカヤ姉さん」
ミカヤ  「うわーん!」
ロイ   「ああ、困ったなあ……」
エイリーク「どうしたのですか、ロイ。姉上が何か……」
ロイ   「ああ、エイリーク姉さん。実は……」
エイリーク「……そういうことですか。(コンコン)姉上、ミカヤ姉上?」
ミカヤ  「……なあにエイリーク。ああ、姉上なんて立派な呼ばれ方は私に相応しくないわ。
      『このクズ!』『負け犬!』『底辺!』とでも罵ってくれればいいのよ……」
エイリーク「そんなことはありません。姉上が満足に学校に通えなかったのは、
      幼い私たちの生活のために働かなくてはならなかったからではないですか」
ミカヤ  「そんなの言い訳よ。偉い人たちの中には働きながら勉強した人だって何人もいるのよ?」
エイリーク「ですが、その人たちが皆幼い兄弟を抱えていたという訳ではないと思います。
      いえ、そもそもそんなことは問題ではありません。他人よりも高いとか低いとか、
      そんなことには関係なく、姉上はとても立派な人だと、私は思います」
ロイ   「そうだよ。ミカヤ姉さん、今だって僕たちのために毎日路上で占いしてるし」
ミカヤ  「でもシグルドに比べると大した稼ぎでもないし……」
エイリーク「それは、『困っている人たちからたくさんのお金は取れない』という姉上の信条故ではありませんか」
ロイ   「そうそう。それに、『お金は必要以上に持ちすぎると、心が貧しくなる』っていうのも、僕、立派な考え方だと思うな。
      そういうのって凄く大切なことだと思うけど、学校じゃ教えてくれないもの」
エイリーク「そうです。私も……いえ、他の皆も、ミカヤ姉上やシグルド兄上のおかげで学校にも通わせていただいておりますが、
      かと言って自分が姉上や兄上以上に立派な人間だと思ったことはありません」
ロイ   「うん。僕も。自分がこれからどんなに勉強したって、二人みたいに立派にはなれないと思うな」

 そこまで言って、二人は反応を待つ。少しの間を置いて扉がガチャリと開き、目を潤ませたミカヤが顔を覗かせた。

ミカヤ  「……本当にそう思う?」
ロイ   「思う思う」
エイリーク「もちろんです」
ミカヤ  「……そうかしら。わたし、ちゃんとしたお姉ちゃんかしら」
ロイ   「いちいち確認するまでもなく、ミカヤ姉さんは立派な姉さんだよ」
ミカヤ  「ううぅー……ありがとう、二人とも」
エイリーク「お礼を言うのは私達の方です」
ロイ   「そうだね。いつもありがとう、ミカヤ姉さん」
ミカヤ  「ずずーっ……なんていい子たちなのかしら二人とも! お姉ちゃん感動で涙がちょちょ切れそう!」
ロイ   「あー、とりあえず鼻かんだ方がいいと思うな、姉さん」

ミカヤ  「そうよね、わたしだって一家の財政の一端を担っているんだもの、学校の勉強なんて出来なくても、立派なお姉ちゃんよね!」
ロイ   「ははは……立ち直るの早いねミカヤ姉さん」
エイリーク「ふふ、いいじゃないですか。姉上が立派な人なのは本当ですもの」
ロイ   「まあ、ね。正直言うといつも微妙に空回りしてて心配になるんだけど……」
ミカヤ  「という訳で、何か困ったことがあったらいつでもお姉ちゃんに相談しなさい、二人とも!
      何でも引き受けるわよ、勉強以外なら!」
ロイ   「ハハハ……それはまあ、次の機会に……」
ミカヤ  「そう? 残念ね……でも、確かに心配ないわよね皆は。わたしと違ってちゃんと学校に通ってるんだし」
ロイ   「んー、まあ、多分ね」
ミカヤ  「皆少なくとも歳相応の学力は備えているはずよね、うん」

 そんなことを話しながら居間に行くと、難しい顔を突き合わせている男が三人。

アイク  「……」
エフラム 「……悩むな」
ヘクトル 「……どーすんだったかなあ……」
ミカヤ  「どうしたの、そんなに難しい顔しちゃって」
アイク  「実は、エフラムが竜王家から帰ってきたんだが……」
エフラム 「ミルラに学校の宿題のことを聞かれて、答えられなくてな」
ヘクトル 「手ごわいぜ全く!」
ミカヤ  「……え、ちょっと待って? ミルラちゃんって小学生よね?」
エフラム 「ああ。だから宿題っていうのもこの分数の計算なんだが……」
ミカヤ  「……分数?」
ロイ   「……なんか、凄く嫌な予感が……」
アイク  「4/6+4/5……さて」
エフラム 「確か、両方足すんじゃなかったか? 答えは8/11だな」
ヘクトル 「いや。なんかそれ違う気がするぜ。上だけ足すんじゃなかったか?」
エフラム 「なら下はどうするんだ」
アイク  「……そうか。上は足して、下は大きい数が残るんだな」
エフラム 「なるほど、強い方が勝つという訳か」
ヘクトル 「じゃあ下は6が勝って、答えは8/6か。さすが兄貴、頭いいな!」
アイク  「任せておけ」
ミカヤ  「……」

ロイ   「(どんどん!)ねえさーん、出てきてよーっ!」
ミカヤ  「ゴメンね、役立たずなお姉ちゃんでゴメンね!」
ロイ   「違うから! 兄さん達がちょっとアレなのはミカヤ姉さんのせいじゃないから!」
アイク  「違ったみたいだな……」
エフラム 「下だけじゃなくて上も戦わせるんじゃないのか?」
ヘクトル 「じゃあこの場合は4と4で……おい、引き分けのときはどうするんだ?」
アイク  「相討ちになって0だろう」
エフラム 「なるほど」
ヘクトル 「さすが兄貴、頭いいな!」
アイク  「任せておけ」
ミカヤ  「うわーん!」
エイリーク「……皆さん、お願いですから少しは真面目に授業を受けてください……」
ロイ   「もうそういう次元の話じゃないと思うよ、エイリーク姉さん……アイク兄さんもう学生じゃないし」

<おしまい>