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Last-modified: 2007-06-15 (金) 22:37:38

レッツ・クッキング

 

~とある土曜日~

チキ   「ただいまーっ!」
ファ   「ただいまーっ!」
ミルラ  「ただいまです」
ユリア  「お帰りなさい、三人とも」
セリス  「こんにちは、皆」
ファ   「あ、セリスのお姉ちゃんだっ!」
セリス  「あはは、お兄ちゃんだよ」
チキ   「(くんくん)あれ、なんだかいい臭いがする……」
ミルラ  「甘くておいしそうな匂いです……」
セリス  「うん、今、ユリア姉さんと一緒にクッキーを焼いてたところなんだよ。ね、ユリア」
ユリア  「はい。もうすぐ焼きあがりますから、皆も食べますか?」
チキ   「うんっ」
ファ   「食べる、食べるっ」
ミルラ  「食べたいです」
ユリア  「それじゃ、まずは手を洗ってきてください。ちゃんとうがいもするんですよ」

チキ   「むぐむぐ」
ファ   「んぐんぐ」
ユリア  「二人とも、お口の周りに食いカスがついているわ。もっと、ゆっくり食べなくては」
セリス  「そうだよ。そんなに急がなくても、まだまだたくさんあるからね」
チキ   「むぐっ……だって、ユリウスお兄ちゃまが帰ってきたら全部食べられちゃうもん!」
ファ   「んぐっ……そうだよ! だから今の内にたっくさん食べておくの」
ユリウス 「ただいまー」
ミルラ  「……噂をすれば影です」
ユリウス 「あん? 何言って……うわっ、セリス、何故お前がここに……!?」
セリス  「お帰りユリウス。今ユリアと一緒にクッキー焼いてたところでね」
ユリア  「ユリウス兄様もいかがですか?」
ユリウス 「ユリアの焼いたクッキー!? 食べる、絶対食べる!
      ……あ、でもお前の焼いたやつはいらないからなセリス。どっかに避けとけよ」
ユリア  「……チキ、ファ。ユリウス兄様が遊んでくださるそうよ」
ユリウス 「ちょっ」
チキ   「ホント!?」
ファ   「わーいっ! 遊ぼっ、遊ぼっ!」
ユリウス 「や、やめろお前ら、その竜石を持って僕に近づくなぁぁぁぁぁぁっ!」
セリス  「あはは、あんなに楽しそうに妹達と遊んであげるなんて、ユリウスはいいお兄さんだなあ」
ユリア  (……セリス様は相変わらず人を見る目がありません……)
ミルラ  「……」
セリス  「あれ、どうしたのミルラちゃん。おいしくなかった?」
ミルラ  「いえ……とても甘くて、おいしいです」
セリス  「そう? よかった、どんどん食べてね。こっちはチョコクッキーで、こっちには砕いたアーモンドが入ってて……」
ミルラ  「あの、セリスさん、ユリアお姉ちゃん」
セリス  「ん?」
ユリア  「なんですか?」
ミルラ  「お願いしても、いいですか」

~その日の夜、主人公家にて~

セリス  「あ、エフラム兄さん」
エフラム 「なんだ、セリス」
セリス  「あのね、明日、何か予定とかある?」
エフラム 「明日か? ヘクトルと一緒に黒い牙の連中相手に模擬戦をやる予定だったが」
セリス  「あー……そうなんだ。あの、それって、今からキャンセルできないよね?」
エフラム 「……何かあるのか?」
セリス  「うん……実は、明日の昼頃、ミルラちゃんがウチに来る予定なんだ」
エフラム 「ミルラが? 何でだ?」
セリス  「今日、竜王さん家に行ったときにそういう流れになって。
      ユリアと一緒にクッキーを焼いたんだけどね、ミルラちゃんが
      『ご馳走になったお返しに自分も作る』って言い出して、明日持ってくるんだよ」
エフラム 「そうか。だが、それなら俺がいる必要はないんじゃないか?」
セリス  「うーん……ミルラちゃんはさ、多分僕じゃなくて、エフラム兄さんにクッキーを食べてもらいたいんじゃないかな」
エフラム 「俺に?」
セリス  「うん。えーと、何ていうか、日頃の恩返し、みたいな」
エフラム 「ミルラがそう言ったのか?」
セリス  「言ってはないけど……多分、そうだと思うよ。
      きっと、クッキー届けたときにエフラム兄さんがいなかったらがっかりすると思うな」
エフラム 「……分かった。そういうことなら、模擬戦は取りやめにしよう」
セリス  「いいの?」
エフラム 「ああ。ミルラがクッキーを焼くなんて、初めてのことだ。
      初めてのことに勇気を出して挑戦しようと言うんだから、見届けてやりたい」
セリス  「……エフラム兄さんが子供達に好かれる理由、よく分かるよ……」
エフラム 「? なんだって?」
セリス  「ううん、なんでもないよ。それじゃ、お休みエフラム兄さん」

~翌日、昼過ぎ~

 ピンポーン

セリス  「あ、来たみたいだよ、エフラム兄さん」
エフラム 「ああ。出迎えるとするか」

ミルラ  「こんにち……あ、エフラム」
ユリア  「こんにちは、エフラムさん。いつも妹がお世話になっています」
エフラム 「ああ。急にどうしたんだ、ミルラ」
セリス  (あ、エフラム兄さん、微妙に台詞が棒読みだ……)
ミルラ  「あの、これ」
エフラム 「この包みは?」
ミルラ  「昨日、セリスさんにクッキーをご馳走になったので……お返しにと思って、作ってきたんです」
エフラム 「お前がか?」
ミルラ  「……はい」
エフラム 「そうか、それはありがたいな。まあ、とりあえず上がって、ジュースでも飲んでいけ」
ミルラ  「……お邪魔します」
ユリア  「お邪魔します……あの、セリス様」
セリス  「やあユリア。どうやら無事に作れたみたいだね、クッキー」
ユリア  「……いえ、それが……」

~居間~

エフラム 「……」
ミルラ  「……」
エフラム (……この、俺の目の前でテーブルの上に載せられている物体は一体なんだ。
      炭の塊のように黒く、何か変なものがはみ出しているように見える、この物体は)

 戦慄するエフラムを、廊下からこっそり覗き込む影が二つ。

セリス  「……ユリア、手伝ったんじゃないの?」
ユリア  「わたしも、手伝うと言ったのですが……『是非とも一人で作りたい』と言って聞かなくて。
      加えてユリウス兄様の治療もしなければいけなかったので、ずっとついている訳にもいかず……」
セリス  「……ちなみに、味は?」
ユリア  「見た目どおりです」
セリス  「……つまり、まずいんだね」
ユリア  「ええ、とても。本人も味見をしましたが、ミルラも竜族である以上、
      味覚が皆さんよりも広いですので、あれが一般的においしくないということには気付いていないらしく……。
      チキやファにも好評でしたので、本人も安心したようで。
      わたしはその辺りの機微を学んでいますので、あの味が人間には受け入れがたいと知っていましたが、
      ミルラのやり遂げた表情を見ていると、どうしても真実を告げられなくて……」
セリス  「大変だ……!」

ミルラ  「……」
エフラム (……覚悟を決めろエフラム。こんな、泣きそうな目で俺を見つめるミルラの気持ちを、裏切る訳にはいかん……!)

 ぱくっ。ゴリゴリ、ガリガリ……

セリス  「……クッキーを食べてる音じゃないね、これ……」
ユリア  「……そうですね……まるで石か何かを無理矢理噛み砕いているような……」
セリス  「……ねえユリア、あれ、本当に普通のクッキーを作ろうとしたんだよね?」
ユリア  「……エフラムさんへの愛からか、いろいろと『おいしくなりそうなもの』を入れたようですから……」
セリス  「……愛情の空回りだね……悲しいな、なんだか泣きそうになってくるよ……」

 バキッ、ボキボキッ、メキッ……ごくん。

エフラム 「……」
ミルラ  「……ど、どうですか、エフラム」
エフラム 「……ああ、おいしいぞ」
ミルラ  「ほ、本当ですか」
エフラム 「ああ。俺は嘘は言わん。見た目は少し悪いが、味はなかなかこう、なんというか……独特だ。
      うまい、と思えなくも、ない。つまりは、うまい」
ミルラ  「よかった。どんどん食べてくださいね」
エフラム 「……ああ、分かっている……!」

ユリア  「ああ、セリス様、エフラムさんがまるで殉教者のようなお顔に……!」
セリス  「いや、どちらかと言うとあれは死地に赴く戦士……!
      優しい、優しすぎるよエフラム兄さんっ!」

~一時間後、玄関先~

エフラム 「……」
ユリア  「……そ、それでは、お邪魔しました」
ミルラ  「エフラム、クッキー食べてくれて、ありがとうございます」
エフラム 「……いや、逆だ。礼を言うのは俺だぞ。ごちそうさまだ。腹が一杯になったから少し残してしまったが、
      残りの分も後で食べさせてもらう。また作ったら持ってきてくれ」
セリス  (に、兄さん、自らそんな地雷を……! 凄いや、尊敬するよ兄さん!)
ミルラ  「はい、もちろんです。今度は、今日よりもっとおいしいの作ってきます!」
エフラム 「……ああ、心の底からそう願う……その意気で頑張れよ」
ミルラ  「はい!」
ユリア  「……では、わたしたちはこれで」
ミルラ  「さよならです、エフラム」
エフラム 「ああ、またな……」
セリス  「……」
エフラム 「……」

 バタッ。

セリス  「う、うわぁ、エフラム兄さんが倒れた! 誰か、レスト、レストーッ!」

リン   「あははは、そんなことがあったから、ソファーで寝てるのね」
エフラム 「うぷっ……笑い事じゃないぞ、リン」
リン   「ごめんごめん」
ヘクトル 「へっ、似合わねえことするからだぜ。大体な、そういう場合は『まずい』って言ってやるのが本人のためだろうが」
エフラム 「……俺達のような往生際の悪い性格なら、それもいいかもしれんがな。
      ミルラの性格だと激しく落ち込んだり、『自分は駄目だ』と思い込んで、諦めてしまうかもしれない。
      引っ込み思案なミルラが、せっかく勇気を出して新しいことに挑戦したんだ、その芽は大事に育ててやりたい」
ヘクトル 「……ケッ、カッコつけやがって。そんなんじゃ、次もそうやってぶっ倒れることになるぜ、お前」
エフラム 「望むところだ。幸い、あちらにはユリアたちもいてくれるしな。
      少しずつ味もマシになるだろうから、それまではとことん付き合うさ」
セリス  「エフラム兄さん、僕感動したよ! 僕も、エフラム兄さんみたいに人の心が分かる優しい人になりたい!」
エフラム 「……それはいいが、とりあえずエリウッドの薬箱から胃薬を取ってくれ……胃袋が限界だ」
リン   「ふふっ、子供の相手も楽じゃないわね」
エフラム 「まあな。だが、誰かが努力して成長していくのを見るのは、悪い気分じゃない。
      こちらも負けずに頑張ろうという気になれるからな」
ヘクトル 「……そりゃいいんだけどよ、テーブルの上に乗っかってる、このクッキーとは呼びたくない物体はどうするんだ?」
セリス  「うーん……」
リン   「……剣が『壊れた剣』になると、元が何だったか判別出来なくなるじゃない?
      これはさしずめ『壊れたお菓子』って感じよね……」
エフラム 「うまいことを言っている場合か……とりあえず、少し休んでから俺が食べる」
セリス  「大丈夫なの?」
エフラム 「もちろんだ。俺のために作ってくれたものだ、俺が食べるのが当然の」
アイク  「ただいま」
セリス  「あ、お帰りアイク兄さん」
アイク  「……なんだこれは?」
リン   「……クッキーよ」
アイク  「……珍しい形だな」
ヘクトル 「それで済ませられるのかよ!」
アイク  「ほう……どれ」
リン   「ちょ、兄さ」

 ぱくっ。ゴリゴリ、バリバリ、ボキボキ、メキッ、ごくん。

セリス  「……」
ヘクトル 「……」
リン   「……」
エフラム 「……」
アイク  「……なかなかうまいな」
四人   (マジッスかーっ!?)
リン   「あ、アイク兄さん、本当に大丈夫なの!?」
セリス  「レストとか、必要ない!?」
アイク  「……? 何をそんなに騒いでるんだ、お前ら」
ヘクトル 「マジかよ……ここまで底抜けか、アイクの兄貴は」
エフラム 「俺達とは味覚の作りからして違うとでも言うのか……!」
アイク  「よく分からんが、このクッキーがまずくないかと聞きたいのか?」
四人   「そう!」
アイク  「……まあ、確かに普通の食べ物とは味の方向性が違うがな。
      それでも、今まで俺が食べてきたものの中ではかなり上等な部類だ」
リン   「……今まで食べてきたものって、たとえば?」
アイク  「そうだな……冬のマケドニア高地に一人取り残されたとき、洞窟の中でネズミを焼いて食ったことがある。
      他にも止むを得ず蛆虫やゴキブリを食ったこともあるが、最初は腹痛で三日三晩苦しんだな。
      アドバイスを聞きつつその辺の雑草を食べたときもあるし、泥水をすすって死にかけたこともある。
      魔物も食ったぞ。ガーゴイルは不味かったな。バールは量だけはあるが舌が痺れそうになるし、
      ウォームの魔道書で呼び寄せられた虫をお椀一杯食べたときは舌が腐り落ちるか思った」
リン   「……聞くだけで具合が悪くなってくるわね」
アイク  「人間、食わなければ生きていけないからな……どれもこれもギリギリの選択だった。
      とにかくそういう訳だから、それは食い物の範疇に入る分ずいぶんマシだと思うぞ」
四人   「……」
リン   「……ま、まあ、アイク兄さんはいつもいろいろと桁外れだし」
セリス  「そ、そうだよね。凄いなアイク兄さんは。僕には真似できないよ」
ヘクトル 「クソッ、こんなところでも兄貴の背中の大きさを実感させられるとはよ……!」
エフラム 「やはり俺は修行が足りんのか……!」
リン   「……いや、そういう問題じゃ……大体、こんなの出来るのは我が家でもアイク兄さんぐらいしか」
リーフ  「ただいまーっ! あ、クッキーだ。へへっ、もーらいっ」
リン   「ちょ、リーフ」

  ぱくっ。ゴリゴリ、バリバリ、ボキボキ、メキッ、ごくん。

リーフ  「……うーん、いいね、ビターよりもさらに深い苦味。なかなか味わい深いよ」
四人   「そんな馬鹿な!」
リーフ  「……? どうしたの、皆」
リン   「り、リーフ……一体どうしちゃったの、あんた」
リーフ  「どうしたのって?」
ヘクトル 「そのクッキーだよ! なんで平気で食えるんだ、お前は」
リーフ  「なんでって……ああ、僕、ここ一年ほど味覚を鍛えてるんだよ」
エフラム 「味覚を鍛える、だと?」
リーフ  「そうそう。今の世の中、いつまでまともなご飯が食べられるか分からないからね。
      雑草とか木の根っことか、あと虫とか。そういう比較的得やすい栄養源を摂取して、
      舌と胃袋を慣れさせてるんだよ。今の僕なら衣・食・住の内、食の分野に関しては
      お金がなくてもいくらかは確保できる自信があるね」
四人   「……」
リーフ  「ま、とは言っても、出来ることなら人間的な食事をするのが一番だけどね」
アイク  「そうだな。やはりエリンシアの飯が一番だ」
リーフ  「だよねえ。願わくばいつまでも姉さんのご飯が食べられますようにって感じだよ」
アイク  「全くだ」
リーフ  「あ、アイク兄さん。今度カエルの卵試してみようと思ってるんだけど」
アイク  「カエルの卵か。あれはなかなかいい食感で……」
リン   「……思わぬ伏兵って感じね、これは……」
セリス  「凄いなあ、二人ともたくましいや」
リン   「うん。まあ、リーフの場合はどっちかと言うとしぶといって感じだけどね……」
セリス  「これは僕も」
リン   「見習わなくていいから」
ヘクトル 「……エフラムよ。俺らもやってみるか?」
エフラム 「……遠慮する。今日の体たらくを見る限り、あの道は俺には向いていないようだからな……」

<おしまい>