2-324

Last-modified: 2007-06-15 (金) 22:45:01

ロイ「ただいまー」
エリンシア「(小さな声で)あら、お帰りなさい」
ロイ「? どうしたの姉さん。廊下に座り込んで」
エリンシア「しー。静かに」
ロイ「…………?」

 疑問に思い、何気なく居間を覗くと……

マルス「……ました。そして……」
チキ「ひっく……ひっく……」
ファ「……ふぇ、うぇぇぇぇん……っ」
ミルラ「ぐすっ、ぐすっ」

 何かを語って聞かせるマルスと、泣き崩れる竜王さん家の子供たちが。

ロイ「ええっ!? ちょ、もがが!」(口を塞がれる)
エリンシア(静かに! もうすぐ終わるから)
ロイ(……えと、マルス兄さん、何を聞かせてるの? 怪談?)
エリンシア(いいえ、ただのお伽噺よ)
ロイ(お伽噺……?)

マルス「……こうして桃太郎は、結局一度も抜かなかった刀を仕舞い、その旅を終えました。めでたしめでたし」
ミルラ「ぐすっ。よかった、ですっ。青鬼さん、ぐす、誤解が解けて……」
チキ「赤鬼さんも、ひっく、友達に会えたんだね。よか、たね。……っ」
ファ「ももたろさん、やさしいね……」

ロイ「…………。ええと、どんな話?」
エリンシア「桃太郎と泣いた赤鬼を足したアレンジ、と言えばいいのかしら? 桃太郎が鬼ヶ島の鬼の噂を聞いて退治に向かうのだけれど、そこにいたのは、泣いた赤鬼の最後に旅に出た青鬼だったっていう……」
ロイ「……はあ。なんか、マルス兄さんが語るには、らしくなさそうな話だね……」
エリンシア「そうかしら?」
ロイ「だって、いつだったか兄さん、好きなお伽噺を聞かれて『猿蟹合戦だね。小賢しい復讐方法が僕好みだよ』とか答えてたし」
マルス「……よく覚えてるねそんなこと」
ロイ「そりゃあね。ああマルス兄さんだなあって妙に納得しちゃったし」
マルス「まあ、自分でもそう思うけど。……それよりエリンシア姉さん」
エリンシア「なに?」
マルス「チキたち、泣きつかれて眠っちゃったんだ。そろそろ帰る時間なんだけど……」
エリンシア「まあ。……そうね。起こすのも可哀相だし、今日はうちで夕食を召し上がっていって貰いましょうか」
マルス「そうだね。じゃあ、ちょっと竜王さん家まで話に行ってくるよ」
エリンシア「ええ、お願いね」

ロイ「泣き疲れるほど感動的な話だったのかな……。ちょっと聞いてみたかったかも」
エリンシア「マルスちゃんの話し方がとても上手かったんですもの。即興だった私とは大違い」
ロイ「? 大違いって、なにが?」
エリンシア「あの話はね、昔、私がマルスちゃんに聞かせたお伽噺なの」
ロイ「そうなの?」
エリンシア「ええ。……ねえロイちゃん。初めて泣いた赤鬼の話を聞いたとき、どう思った?」
ロイ「え? ……ええと、ちょっと感動して、その、少し泣いた……かな」
エリンシア「……ふふ。良い子ねロイちゃん」
ロイ「いや頭を撫でるのはやめてよ姉さん。……それが、何なの?」
エリンシア「あのね。マルスちゃんに泣いた赤鬼を聞かせたとき、……物凄く怒ったのよ」
ロイ「怒ったって……なんで?」
エリンシア「『友達のために頑張った青鬼が、友達に会えなくなるなんておかしい』って。善いことをした青鬼が報われないのはおかしいって、泣きそうな顔で文句を言ってたの」
ロイ「…………」
エリンシア「それで、その後、幼稚園で桃太郎の話を聞いたらしくて……そのときも凄く腹を立てたのよ」
ロイ「……なんて?」
エリンシア「『悪さをしてるっていう“噂”だけで退治するなんて間違ってる。もしかしたら、青鬼みたいに悪いふりをしてるだけかもしれないのに』って」
ロイ「……ああ。それで」
エリンシア「そう。あの子のために、即興で二つを足したお話を聞かせてあげたのよ。……とっても厳しく文句を言われたけど」
ロイ「そ、そうなの?」
エリンシア「それはもう。子供騙しにしても酷すぎるって」
ロイ「……あはは」
エリンシア「……けどね。その後寝る前に、『もしそんな桃太郎がいるなら、安心して青鬼になれるね』って。そう言ったのよ、あの子は」
ロイ「……、それって……」
エリンシア「あの子は昔からそう。いつもずっと、青鬼役を買って出るような子なのよ」
ロイ「…………。そういえば、さ。エリンシア姉さんは、あまり叱らないよね、マルス兄さんのこと」
エリンシア「ええ。私はあの子が、本当はとても優しい子だと知っているもの。皆を騒がせるような悪戯も、きっと誰かのためになってると、そう信じてるから」
ロイ「うん……。最近、少しだけ分かった気がする」
エリンシア「そう。……けど、もし悪戯の現場を見かけたら、ちゃんと止めてあげてね? あの子は、私たち兄弟に桃太郎役を期待しているのだから」
ロイ「……うん。……ああ、そっか。いつもリン姉さんの前で悪戯するのは、そういうことなんだ」
エリンシア「ええ。きっと、そういうことなのよ」

エリンシア「さあ、夕食の準備をしましょうか。ロイちゃんは、チキちゃんたちに毛布を掛けてあげて?」
ロイ「うん」