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Last-modified: 2007-06-15 (金) 22:47:43

紋章町へようこそ!

 

 とある休日の朝。珍しく家族全員が勢ぞろいしている主人公家の居間に、チャイムの音が鳴り響いた。
 「はーい」と返事をしてぱたぱた玄関へ走っていくエリンシアの背を見ながら、兄弟達は首を傾げあう。

ロイ   「こんな朝早くから、誰だろうね」
シグルド 「誰かの友人が遊びにきたのではないか」
マルス  「んー……今日は誰も来る予定はなかったはずですけど」
エリンシア「まあまあ皆さんおそろいで。さ、どうぞ上がって下さいな」
ユリア  「お邪魔します」
ミルラ  「……おはようございます」
チキ   「おはよーっ!」
ファ   「はよーっ!」
セリス  「やあ、ユリアじゃないか」
エフラム 「それに、ミルラたちも。どうした、何か用か?」
ミルラ  「……」

 エフラムに尋ねられたミルラは、ユリアの後ろに隠れたまま出てこない。

ユリア  「……ミルラ、恥ずかしがっていては伝わらないわ」
チキ   「じゃ、チキが説明してあげる!」
ファ   「ファもするのーっ!」
チキ   「駄目だよ、ファの宿題じゃないもん!」
ファ   「チキお姉ちゃんだって違うでしょ!」
チキ   「ムキーッ!」
ファ   「フギャーッ!」
ユリア  「ほらほら二人とも、こんなところで喧嘩してはご迷惑でしょう……」
エフラム 「……で、どうしたんだ、ミルラ」
ミルラ  「……実は、学校で社会科の宿題が出たのです」
エリウッド「社会科の宿題?」
リン   「って言うと、歴史とか地理とか公民とか……」
マルス  「それは中学校の内容ですよ姉さん。ミルラたちの年なら……ちょうど、各地方の特徴とか、そういうのをやってる頃じゃないですか?」
ミルラ  「はい。それで、自分たちが住んでいる町について調べて来いと言われたのです」
ヘクトル 「……で、何で俺らの家に来る流れになるんだ?」
アイク  「あれだけでかい家だ、この町について書かれた本ぐらい、いくらでもあるんじゃないか?」
ミルラ  「それは……」
ユリア  「確かに、紋章町の歴史について書かれた本はたくさんあります。一般に出回っていないようなものまで……」
マルス  (……それは、凄く興味があるけど……)
ユリア  「ですが、この宿題のことをデギンハンザーおじ様にお話したら、
      『そういうものは書物に頼るよりも、己の目で見て確かめるべきだ』と諭されまして」
ミカヤ  「……相変わらず堅い人ね」
ミルラ  「でも、おじ様の言うことは正しいと思うんです」
チキ   「だから皆で紋章町を探検することにしたの!」
ファ   「たんけん、たんけんっ!」
リーフ  「うーん、まあ、百聞は一見にしかずとは言うけど」
ロイ   「でも、隅々まで見て回るには広すぎるよこの町」
マルス  「馬鹿みたいに広いからねえ」
アルム  「そうだね。それに、バレンシア地区は僕やセリカでもないと滅多に行かないし」
セリカ  「いいところなのにね」
エイリーク「案内してくれる人がいないと、そこがどういう場所なのか分かりづらいところもあるかもしれません」
ユリア  「はい。わたしもそう考えました。それで、皆さんのお力をお借りできないかと」
セリス  「つまり、僕たちに紋章町を案内してほしいんだね?」
ユリア  「そういうことになります。図々しいお願いではありますが……」
セリス  「そんな、気にしなくてもいいよ……あれ、でも、竜王家って人がたくさんいるのに、町に詳しい人はいないの?」
ユリア  「……方々を旅して回っている、フォルセティおじ様という方が、いることはいるのですが……」
セリス  「その人は駄目なの?」
ユリア  「はい……最近はそっくりさんで親友でもあるレヴィンさんと遊び呆けてばかりで、家にいなくて……」
セリス  「うーん……あ、そうだ、ユリウスは? ユリウスだったら、十ニ魔将の皆を引き連れていろんなところを遊びまわってるみたいだし、町にも詳しいんじゃない?」
ユリア  「ユリウス兄様は面倒くさがって手伝ってくれません……全く、あの怠け者……」
セリス  「え? ユリア、今なんて……」
ユリア  「あ、いえ、なんでも……それで、いかがでしょうか? お忙しいようでしたら……」
セリス  「ううん、大丈夫だよ。ねえ皆、案内してあげられるよね?」

 セリスが全員の顔を見回す。ヘクトル辺りは渋い顔をしていたが、
 基本的に今日は全員外出する予定がなかったので、竜王家の姉妹の願いは承諾されることとなった。

エリンシア「まあ、ピクニックみたいで楽しそうだわ。お弁当作るから、ちょっと待ってくださる?」
ユリア  「何から何まで、ありがとうございます。わたしも手伝いますから……」
セリス  「あ、僕も手伝うよ、姉さん」

 そんなこんなで一時間ほど後に、主人公家と竜王家の姉妹は紋章町の散歩に出かけることとなった。

ヘクトル 「……って言ってもよ、移動はどうするんだ?」
リーフ  「だよね。徒歩じゃそう遠くへは行けないし」
ユリア  「大丈夫です」

 と、ユリアはナーガの魔導書を取り出した。

ユリア  「わたしが竜に化身しますから、皆さんは背に乗ってください」
セリス  「え、大丈夫なのユリア」
マルス  「うーん、我が家は少々重量級の方々が多いですからね。
      仕方がない、アイク兄さんとヘクトル兄さんとリン姉さんには降りてててててててっ!」
リン   「わたしとアイク兄さんとヘクトルの体重が同じだとでも?」
マルス  「ちょ、ちょっとした冗談じゃないですか! いたいいたいいたいいたい!」
チキ   「リンのお姉ちゃんとマルスのお兄ちゃんはいつでも仲良しさんだね!」
ファ   「わーいっ、ファもやる、ファもやるーっ!」
マルス  「ちょ、今乗っかるのはよして! 痛い痛い、痛い上に重い!」
リン   「まだ言うか!」
マルス  「いや、リン姉さんのことじゃなくて!」
ユリア  「……大丈夫です、この家ごと持ち上げても平気なぐらいですから……」
セリス  「たくましいんだねえ、竜って」
ユリア  「……! いえ、誤解しないで頂きたいのですが、竜体が丈夫なのであって、決してわたしがラナ並の隠れマッチョということでは……」
セリス  「? 何を言ってるの、ユリア?」
ユリア  「ああいえ、何でもありません。と、とにかく、わたしが化身したら背に乗ってくださいね」

 ~紋章町上空~

ヘクトル 「おー、こりゃ爽快だな」
ロイ   「町が一望できる……こんな高さまで来たのは初めてだなあ……」
エイリーク「……改めて見ると、やはりこの町の地形は変化に富んでいますね」
マルス  「そもそも、『町』って表現するには大きすぎる気がするんだけどね」
リン   「山あり谷あり草原あり……その上、竜やら魔物やらベオクやらラグズやら、生き物もたくさんいるものね」
シグルド 「さて、では、町を見て回ろうか」
ユリア(竜)「そうですね……どこからがいいでしょうか」
ミカヤ  「とりあえず、町全体を見渡せる場所で説明しましょう」
ユリア(竜)「はい。では……この辺りでどうでしょう」
ミカヤ  「うん、ありがとう。ええと、それじゃ……全体の案内はマルスに譲りましょうか」
マルス  「何故僕なんです?」
ミカヤ  「友達というか知り合い多いし、いろんな場所行ってそうだから」
リーフ  (なにより元祖主人公だしね)
ロイ   (メタ的発言は駄目だよリーフ兄さん)
マルス  「まあ、間違いではないですけどね。さて、じゃあ皆、紋章町全体のことを簡単に説明するね」
チキ   「はーいっ」
マルス  「まず、紋章町は見ての通り凄く広い。任天都炎区紋章町、なんて言ってるけど、
      炎区はほとんど紋章町で全部埋まるぐらいだからね。
      だから、いっそ他の市町村を合併して『紋章区』に改名したらどうかなんて言われてるぐらいなのさ」
リーフ  (こういう設定にしておけば、後で新作が出たときも『合併しました』って言って、スムーズに紋章町入りさせられるもんね)
ロイ   (メタ的発言は駄目だってばリーフ兄さん)
マルス  「ちなみに、任天都には他にも輪区やら茸区やら星カビ区やらもあるけど……まあ、今は関係ないから省くね。
      で、紋章町は大別して八つの地区に分かれてるんだ。それぞれの名前は、分かるかな?」
ファ   「んとね、んとね」
ミルラ  「……アカネイア地区、バレンシア地区、ユグドラル地区、エレブ地区、マギ・ヴァル地区、
      テリウス地区、竜王地区、紋章地区……です。社会の時間に習いました」
ファ   「ぶーっ、ファが言おうと思ったのにぃ」
マルス  「うん、正解。いやあ、ミルラはお利巧さんだね。くれぐれも、その辺りはエフラム兄さんを見習っちゃ駄目だよ」
エフラム 「……」
マルス  「……あの、兄さん。ちょっとは怒ってもらわないとこっちも張り合いがないんですが……」
エフラム 「……いや、紋章町って八つも地区があったんだなあと驚いてるところで」
ヘクトル 「知らなかったぜ」
アイク  「ああ。局地的には知っているんだが」
マルス  「……えー、で、地区の配置は、中心に竜王地区、その隣に紋章地区を置いて、それらを囲むように他の六つの地区が配置されているね」
チキ   「チキたちのお家は紋章町の真ん中だったのね」
マルス  「そうだね。どうしてかは後で説明があると思うけど。
      それと、もう一つ知っておいてほしいのは、どこの地区にも『竜』に関する遺跡があることなんだ」
ファ   「竜って、ファたちみたいな?」
マルス  「そう。君たちの家が紋章町の中心に位置しているのも、その辺りと関係しているんだよ。
      さて、それじゃ、実際にそれぞれの地区を見て回ろうか。
      僕ら兄弟も、一人一人よく行く地区は違うから、それぞれの地区に詳しい人に案内してもらおうね」
チキ   「はーいっ」

 ~アカネイア地区、上空~

マルス  「おっと、まずは僕からか。さて、ただ今真下に見えておりますのが、
      紋章町でも一番古くから存在しているエリア、アカネイア地区です」
ロイ   「うん、確かにマルス兄さんに縁が深いね、ここは」
マルス  「アカネイア地区は、旧市街と呼ばれることもある。要するに、昔は栄えてたけど今は落ち目って訳だね。
      でも、その分重要な文化遺産なんかも多いし、人がいなくて静かな分、金持ちの別荘なんかも多いんだよ」
リーフ  「いいよねえ、僕もここに別荘建てるぐらいのお金を稼いでみたいよ」
マルス  「ははは、夢を見るのは実にいいことだと思うよリーフ。
      まあ、アカネイア地区に関しては、子供が遊ぶような場所はあんまりないって言ってもいいかもね。
      考古学の見地から見れば、古い分かなり興味深い場所らしいけど」
エイリーク「そうですね。サレフ先生も、時折ここに調べ物に来ることがあるそうです」
マルス  「今はともかく、大人になったらなかなか楽しめる場所だと思うよ。
      後は……そうだねえ、参考までに観光できるような場所を上げておくと、
      リゾート目的ならタリス島、掘り出し物を漁るならぺラティ、舶来品ならワーレンの港町、
      ハイキングならマケドニア山地、宝探しならマーモトード砂漠、
      命がけで運試しがしたいならデビルマウンテンってとこかな。
      ああ、それと、皆はあんまり興味がないかもしれないけど、
      カダインの学院は本の貯蔵量が凄いし学者もかなり多いから、調べ物をするときは最適だと思うよ。
      この地区の『竜』に関する遺跡は、ドルーア、フレイムバレル、飛竜の谷、氷竜神殿、竜の祭壇。
      それと、ナーガ教の総本山でもあるラーマン神殿があるから、ナーガ教の人たちの数も多いよ。
      ああそうだ、後一つ、忘れてたことがあった」
ミルラ  「なんですか?」
マルス  「アカネイア地区は、傷薬の名産地なんだ。
      紋章町で使用されてる傷薬のほぼ八割ほどがこの地区で大量生産されているんだ。
      安価で、特効薬には劣るけどちょっとした傷ならたちどころに癒す傷薬は、
      遥か昔から紋章町の人々に愛され続けているんだ。もっとも、製造法は秘伝とされていて、未だに公表されていないんだけどね」
リーフ  「人の生き血で作っている、なんて噂もあるよね」
チキ   「えーっ!? それ、本当なの?」
マルス  「ははは、まさかね。本当だったら今頃大騒ぎになっているよ。さて、次に行こうか……」

 ~その頃、地上~

リフ   「……よくぞこの『傷薬庵』に来られましたな、ロジャー殿」
ロジャー 「……職を失って途方に暮れていた俺をスカウトしてくれたことには感謝けどさ……聞いてもいいか、リフ司祭」
リフ   「なんですかな」
ロジャー 「ここは一体何をするところなんだ? 傷薬を作る、というのは聞いてるけど、それらしい設備はどこにも……」
リフ   「……ロジャー殿。あなたは昔から、傷の治りが早いと言われていませんでしたかな?」
ロジャー 「……ああ。けど、何でそれを……?」
リフ   「わたしもそうなのです……いや、この庵には、そういった体質の者達ばかりが集められています。はるか昔から」
ロジャー 「ど、どういうことだ、それは?」
リフ   「……その答えは、この先にあります」

 言いつつ、ガラリと戸を開けるリフ。その先には、たくさんの男達がぐつぐつ煮立つ風呂に入っているという衝撃の光景が!

ロジャー 「……なんだこりゃ。いや、まさか……」
リフ   「……もうお分かりでしょう。アカネイア印の傷薬とは、あなたやわたしのような体質の者の『出し汁』から作られるものなのです!」
ロジャー 「あんた、だいじょうぶかい?」
リフ   「常識から外れることであるのは百も承知。ですがこれも人を救うための道なのです。
      わたしは司祭リフ。たたかうことはできませんが、きずぐすりをつくることができます」
ロジャー 「今更そんな自己紹介されても……」
リフ   「とにかく、あなたにも今日からこの『傷薬風呂』に入っていただきますので」
ロジャー 「一日中風呂に入る仕事なんだな……まあいいけど。(服を脱いで)よっ、と……うお、結構熱いな……」
ジェイク 「よーう兄さん、あんたもこの仕事にスカウトされたのかい」
ロジャー 「おう。あんたもかい?」
ジェイク 「そうなんだ。俺彼女がいるからさ、この仕事で稼いで暮らしていかないと」
ロジャー 「そうなのか。俺のほうは親も死んじまったし恋人もいないけど、生きていかなけりゃならないからなあ」
ジェイク 「うんうん。ま、頑張ろうぜ。っつっても、風呂に入ってるだけだけどな」
ダロス  「なに、いい仕事さ。海賊なんかに比べりゃよっぽどマシだ」
ベック  「そうだよな。戦車も廃業になって、サンダーボルトも役立たずになっちまったし」
ロジャー 「いい奴等みたいだな……良かった、ここなら友達もできそうだ」
リフ   「そうですな。我らは言うなれば傷薬仲間といったところでしょう」

ロジャー 「……しかし、あれだな。俺、今まで何の疑問もなく傷薬使ってきたけど……これからは止めておこうかな」
ジェイク 「そうしなよ。俺もここに入ってからは一度も使ってないし、彼女にも使わせてないからな」

 ~バレンシア地区、上空~

アルム  「やあ、今度は僕らの番だねセリカ」
セリカ  「そうねアルム、頑張ってバレンシアの魅力を皆に伝えなくちゃ」
シグルド 「(ピーッ!)はいそこ近すぎです、もっと離れて! あといちいち見つめあわない、視線を合わせるのは三秒まで!」
セリカ  「シグルド兄さんはいつもそうやって!」
アルム  「あははは……ところで皆は、バレンシア地区には来たことがあるのかな?」
チキ   「んーん、ないよ」
ファ   「危ないから近づいちゃ駄目だってイグレーヌが言ってた」
ミルラ  「……怖いところが一杯だと聞いています……」
アルム  「……落ち込むなあ」
セリカ  「でも仕方ないわ、確かに、そういうところが多いのも事実だし……
      さ、落ち込んでいないで、バレンシアのことを話してあげましょうよ」
アルム  「それもそうだね。さて、まず、バレンシアは大きく二つの地方に分けられる。
      北のリゲル、南のソフィアだ。で、この地区の一番の自慢は、その地味の豊かさにあるんだ」
チキ   「地味ってなあに?」
アルム  「大地が持つ力……ってところかな。バレンシアでも、特に南のソフィアは農業が盛んでね。
      その理由は、土地が凄く肥えてて、作物が育ちやすいことにある」
セリカ  「ソフィアは、大地母神ミラさまの加護を受けているの。
      だから、とても自然が豊かだし、生産されている作物の種類もとても多いのよ。
      種類が多いだけでなく、質も紋章町一と言われているし」
エリンシア「そうね。ソフィア産といったら、お野菜も果物も高いものばかりですし」
エイリーク「漁獲高も素晴らしいですね。ヒーニアス様も、ソフィアの魚はフレリアのと同じぐらい美味だと仰っていました」
リーフ  「不思議なことに、日照りのせいで生産量が落ちる、ってことも滅多にないんだよね」
セリカ  「それがミラ様の加護なのよ」
ファ   「ねーねー、ミラさまってなあに?」
セリカ  「いいことを聞いたわねファ。ミラ様って言うのは、この大地に豊穣をもたらしてくださる偉大な神様で」
アルム  「そうそう、豊穣神ミラって言ってね。お米や野菜を育ててくれるとってもいい神様なんだ」
ファ   「ふーん」
アルム  (危ない危ない……ミラ教のことセリカに語らせると長くなるからなあ……)
セリカ  「……アルム?」
アルム  「あ、いや、なんでもないよ。で、ソフィアの凄いところは、作物だけじゃないんだ。
      ここの名産品はもう一つあるんだよ。それが、各地の洞穴の奥で湧き出ている『聖なる泉』なんだ」
ミルラ  「……死者を復活させる、というあの泉のことですか?」
アルム  「やあ、よく知ってるね。でもちょっと違うかな。
      聖なる泉は、湧き出ている場所によっていろいろと効果が違うんだよ。
      死者を復活させるというのもそうだけど、他にも力を上げたり素早さを上げたり……
      もっとも、湧き出る量には限りがあるから、昔はともかく今は政府の管轄下におかれているところが多いけど」
セリカ  「死者を復活させる聖なる泉の水は、薄められて特効薬の原料にもなっているのよ」
チキ   「へーっ! 凄いのね、バレンシアって」
アルム  「そう。とてもいいところだよ。何よりのどかだし、田園風景が延々と続いてて心も休まるしね。
      僕の友達も皆この辺りに住んでるんだけど、皆純朴で親切で、いい人たちばっかりなんだ」
セリカ  「お役人さんも温厚な方たちばかりで、旅行者の人は皆来て良かったって言うの」
ファ   「そうなんだーっ」
チキ   「でも、バレンシアって怖いところだって言ってるよ、皆」
アルム  「あー……」
セリカ  「それは、その……」
アイク  「……魔物が大量に跋扈する土地だからな、ここは」
アルム  「ちょ、アイク兄さん、そんなストレートな」
アイク  「隠していては紋章町の案内にはならんだろう」
アルム  「それはそうだけど……ああもう、仕方ないなあ。
      確かに、アイク兄さんの言うとおり、バレンシアは紋章町でも一番魔物が多い土地なんだ」
セリカ  「それもこれもドーマ教の……」
アルム  「セリカ、宗教がらみの説明は後にしようよ……と、とにかく、南のソフィアとは打って変わって、
      北のリゲルは人間が生きていくには少し厳しい土地なんだ」
チキ   「どういうこと?」
アルム  「さっき言ったとおり、魔物が多いんだね。ゾンビやらスケルトンやらガーゴイルやらドラゴンゾンビやら……
      沼にはオープスが飛び交ってるし、おそれざんって場所には恐ろしい妖術師たちが勢ぞろいしているんだ」
ミカヤ  「懐かしいわねおそれざん。巫女修行って行ったことがあるわ」
アルム  「ジュダ司教やらヌイババ爺さんやらタタラ婆さんやら……妖術師にはおっかないのばっかりでね。
      正直、あそこには近づきたくないなあ。いつも不気味な空気が漂ってるし」
セリカ  (……おぞましい儀式を繰り返すドーマ教の連中には、その内痛い目を見てもらわないと……)
アルム  「他にも迷いの森やらドーマの塔やらドーマの沼やら……ちょっと、普通の人は近づかない場所がたくさんだしね。
      そうそう、この地区の『竜』に関する遺跡は、竜の山だよ。竜って言っても、ドラゴンゾンビだけどね……」
アイク  「その分修行の場にはもってこいだな。竜の山でドラゴンゾンビ百体斬りに挑戦したときは……」
アルム  「アイク兄さんの武勇伝はまた後でいいよ……まあ、バレンシア地区に関してはこんなところかな。
      一応念を押しておきたいけど、北は凄く危ないけど、南は素晴らしい土地だからね」
セリカ  「そうそう。なんたって、食べ物がおいしいし、水遊びできるぐらい川がきれいだし、可愛い動物や綺麗なお花もたくさん……」
ファ   「うー……」
チキ   「うー……」
マルス  「どうしたんだい二人とも、泣きそうな顔して」
ファ   「だって、ドラゴンゾンビって悪い竜なんでしょ?」
チキ   「チキたちもいつかはそうなっちゃうのかなあ……」
マルス  「(悪い竜って言うか、思いっきりはぐれ飛竜の死体なんだけどね……)
      大丈夫だよ、竜王家の人たちは大人になっても皆いい竜ばっかりじゃないか」
ユリア(竜)「そうよ二人とも。それに、悪い竜なんかになったら、デギンハンザーおじ様の雷が落ちるし……」
ミルラ  「……お仕置きはイヤです……」
エフラム 「安心しろ、お前達は悪い竜などにはならんし、そうもさせん。俺が約束しよう」
ミルラ  「エフラム……」
リーフ  (こういうところで子供に好かれるんだろうね、エフラム兄さんは……)
アルム  「さて、ちょっと怖い思いをさせたお詫びに、バレンシア地区最大の名所を見て行こうか」
セリカ  「ユリアさん、ちょっとあっちの方に飛んでいただけますか?」
ユリア(竜)「分かりました」
ファ   「わぁーっ!」
チキ   「すごぉーいっ!」
ミルラ  「きれいです……」
アルム  「驚いた? これがバレンシア地区最大の名所、リゲルの滝だよ」
セリカ  「紋章地区でも一番大きな滝ね。ここが紋章町の川のほとんどの水源にもなっているって話よ」
セリス  「凄いなあ……バレンシア地区は紋章町でも一番自然が豊かな場所だって言うけど、本当だね」
リン   「あら、エレブ地区だって負けてないと思うけど?」
エリウッド「まあまあ、いいじゃないか。僕らの出番はもう少しあとだよ、リン」
マルス  「じゃ、次の地区へ行きましょうか」

 ~ユグドラル地区~

セリス  「あ、ここは僕らの出番だね、シグルド兄さん、リーフ」
リーフ  「だねえ」
シグルド 「そうだなセリス。とは言え、何から説明したものか……」
チキ   「どうして悩むの?」
シグルド 「うむ……何というか、広いところだからね」
セリス  「そうだよね。紋章町で一番大きな地区だし」
リーフ  「ユグドラル地区だけでも、グランベル、ヴェルダン、アグストリア、シレジア、イザーク、
      イード、アルスター、トラキア、ミレトス……と、九つの地区に分かれているからね」
シグルド 「とりあえず、わたしの職場近くから説明しようか……」
リーフ  「グランベルだね」
シグルド 「うむ。グランベルというのは、簡単に説明するとオフィス街だ。
      所属する分野はそれぞれ違うが、いずれも大企業のビルが軒を並べているぞ」
セリス  「でも、通りが一つ違うだけで町工場が立ち並んでいたりもするんだよね」
シグルド 「うむ。とは言え、町工場はほとんどドズルの下請けばかりだがな……」
セリス  「そうそう、僕の友達もこの辺に住んでる子たちが多くてね。皆、ほとんど貴族で大企業の息子さんや娘さんばかりなんだ。
      ラナのところは弓の弦にルーツがあると言われる弦楽器製作のトップメーカーユングヴィ、
      ヨハンさんやヨハルヴァはさっきシグルド兄さんが言ってたドズル、
      アーサーやティニーは紋章町の電力事情を一手に担うフリージ電力、
      コープルやリーンは全自動蘇生組合(オーム・バルキリーコミュニケーションズ)で有名なエッダ製薬、
      サイアス先生やアゼルさんは炎を扱うところには必ず影響があるというファラグループの一員だし……」
リーフ  「そんなにいっぺんに捲くし立てたって分かんないと思うよ、セリス」
セリス  「あ、そうだね、ごめんごめん」
リーフ  「ともかく、紋章町に展開してる大きな会社はほとんどここに本拠を構えてるって言ってもいいんじゃないかな」
シグルド 「そうだな。反面、多少自然とは縁が遠い土地になっているとも言えるが、
      それでもヴェルダン辺りの湖や森は森林浴にはもってこいだ」
リーフ  「逆に言えば、自然が残ってるところってあそこぐらいのもんだよね……
      そうそう、それと、シレジアの天馬便とトラキアの飛竜便は、紋章町内の流通には欠かせない存在だね。
      手紙や贈り物なら荷の扱いが丁寧な天馬便、大きな荷物や急ぎの荷物は飛竜便って感じで」
セリス  「他には……そうそう、ミレトスがあったね。紋章町でも一番大きな商業地区だよ」
シグルド 「歴史もなかなか古いしな。デパートやらレストランやらゲームセンターやら大きな本屋やら……
      何か物を探したり、カラオケなどの人工的な遊びがしたいのなら、ここに来るのが一番だろう」
リーフ  「夜はちょっと危ないけどね。それに、オフィス街でもロプト系列のところはなんか危険な雰囲気だし。
      そう言えば、テロ集団ベルクローゼンの本拠地がここにあるって言うのは本当なのかな」
シグルド 「まあまあ。そんな危ない話を子供達にしても仕方がないだろう。皆も、夜中は子供だけでうろつきまわってはいけないぞ」
三人   「はーい」
リーフ  (……って言っても、この子たちなら竜に化身すれば多少の危機は乗り切れそうだけどね……)
セリス  「……んー、こんなところかなあ。あ、そうだ。ここの『竜』に関する遺跡は、ダーナ砦だよ」
チキ   「あ、そこ知ってる!」
ファ   「家のおじいちゃんとかおばあちゃんとかが、集会所に使ってるところだよね!」
ミルラ  「……町の人たちもここで交流していると聞いています……」
シグルド 「……由緒正しい場所のはずなんだがな……」
リーフ  「んー、ま、その辺は置いておいて……ユグドラル地区に関してはこんなところなんじゃない?
      そうそう、名家や金持ちの家の数が多い分、変な風習とか決まりごととかも多いかな。
      許婚やら政略結婚やら跡目争いやら、僕らにはかなり縁の遠い話も、この地区じゃ日常風景みたいなもんだって言うし」
マルス  「そうだね。スキャンダルのネタも大抵この地区が発祥になることが多いし」
セリス  「うん……僕らが通う学校でも、そういう家の間での問題が生徒の間にまで及んでギスギスしたり、
      そのせいで一時的に学校を休んだりとか、そういう子がいるぐらいだしね。
      ご先祖様や親同士の問題が子供にも及ぶなんて、おかしい話だと思うんだけど」
シグルド 「うむ。我々から見れば実に滑稽な話だがな」
リーフ  「ナンナやミランダやサラも、そういうゴタゴタに巻き込まれてて大変だったっけ」
セリス  「あ、そうだ、それそれ。リーフ、一時期家出して、アルスターで過ごしてたんだよね。
      あの三人ともそこで知り合ったとか。ねえ、その話は聞かせてくれないの?」
リーフ  「長くなるからまた今度ね……さ、次行こうよ、次」
マルス  (……うまく逃げたね、リーフ……)

 ~エレブ地区、上空~

エリウッド「やあ、今度は僕らの番だね」
ヘクトル 「面倒くせえな……お前らに任せるぜ、俺は」
リン   「ぐうたらしないでよねヘクトル」
ロイ   「まあまあ……さて、ここエレブ地区は……
      さっきリン姉さんの言ってたとおり、自然が豊かな土地、かな」
リン   「緑の多さや作物の生産量ではバレンシアに劣るかもしれないけどね。
      だけど、このエレブ地区は、紋章町で一番変化に富んだ土地なのよ」
エリウッド「山岳地帯に草原平野、雪山から砂漠まで何でも揃ってるからね。
      魔の島っていう離島は、いろいろあって外界と隔絶されてるせいで独自の生態系を築いているし」
ロイ   「西方三島では未だに鉱脈が発見されることがあって、開拓も盛んに行われているしね」
リン   「あとは……そうね、それぞれの地区に、昔からの伝統が根強く残っているわね」
ファ   「伝統?」
エリウッド「そう……リキアの民芸品やサカの遊牧民、イリアの傭兵稼業にベルンの警察組織と……
      昔から伝わるものを大事にしている土地なんだ、ここは」
ロイ   「そんなに広くはないけど、少し歩けばガラっと変わるんだよね、土地も、人も」
エリウッド「それに、ナバタの砂漠奥のオアシスでは、ベオクもラグズも竜族も、皆仲良く暮らしているんだよ」
リン   「これも、昔から厳しい環境で生き残るために、それぞれの種族が力を合わせて暮らしてきたおかげだって言われてるわね」
ロイ   「あそこだけじゃなくて、皆で協力していきましょうっていう気風が強いよね、エレブ地区は」
エリウッド「そうだね。他の地区に比べると特産品なんかも少ないけど、いい土地だよ、なかなか」
リン   「サカの草原には紋章町一速くて体力もある馬っていう、立派な特産品があるけどね」
ロイ   「リン姉さんは本当にサカが大好きだよね」
リン   「もちろんよ。サカの地平線に沈む夕陽の壮大さ、皆にも一度は見てほしいわ。
      それに、遊牧民はお客さんを大歓迎する風習があるから、草原を旅するのにも困らないし」
エリウッド「産業と言えば、遊牧民だけじゃなくて海運業も盛んだね。
      この地に本拠を構えるベルガー商会は、紋章町の海の交通網を一手に担ってるんだよ」
ヘクトル 「……ところでお前ら、重要なことを忘れてるぜ」
リン   「……? 何かあった?」
ヘクトル 「博打だよ、博打」
エリウッド「あー……」
ファ   「ばくちってなあに?」
ミルラ  「……賭け事ですか?」
ヘクトル 「そうだ。ここはな、闘技場やら賭博場やらが一番多い地区なんだぜ」
リン   「……正直、汚点だと思うんだけどね」
ヘクトル 「サカじゃ昔から競馬やってるし、バドンって港町にはデケエ闘技場と賭博場があるしな。
      それに、紋章町全域のそういう施設を取り仕切ってる連中の総本山もあるんだぜ、ここには」
エリウッド「任侠集団、黒い牙だね……」
ヘクトル 「そうそう、あいつらだ。この辺は、紋章町で一番ヤクザの勢力が強いって評判だな。
      カタギには手を出さねえっていう昔ながらの掟を守ってるから、黒い牙の連中自体の評判も悪くねえ。
      最近何かと話題のテロ集団ベルクローゼンも、ここじゃおいそれと悪さをできねえって噂だぜ」
チキ   「かっこいいねえ」
リン   「駄目よそんな風に言っちゃ。どんなに取り繕ったって、悪い人たちなのには違いないんだから」
ヘクトル 「付き合ってみりゃ案外悪くない連中だぜ」
エリウッド「でも本当、ここはあんまり行政府の力が強くないな。
      バドンの港にはファーガス海賊団がいるし、イリアも傭兵たちの組織が強い。
      ベルンの警察組織も、黒い牙を押さえつけるよりはむしろお互いに干渉しないように上手くやってる感じだし、
      西方三島も開拓者のリーダーが取り仕切ってる感じだから一種の無法地帯だし、
      リキアにしたってちょっと地区が違えば決まりごとも人の性格もガラッと変わるしね」
ロイ   「その辺りが時代遅れとか言われる理由なんだろうね。自由な気風があって僕は好きなんだけど」
リン   「自由すぎるのも問題でしょ。犯罪者のグループとか怪しげな集団とか、ほとんどここに本拠を置いてるって噂よ」
エリウッド「悪の魔術師ネルガル率いるモルフ団の本拠もここにあるって噂だしね」
リン   「全くもう、どうしてこう悪い連中ばっかりなのかしらね」
ロイ   「まあ、そんな風に言うほど危ない土地でもないんだけどね、実際は……
      ええと、ここの『竜』に関する遺跡は、竜の門と竜殿かな」
ファ   「知ってる! 竜殿って、ファたちのお家の別荘だよ!」
チキ   「あそこに行くと竜族はみんな元気になれるって、ヤアンおじちゃまが言ってた!」
ユリア(竜)「私たち竜族にとっては聖域とも言える場所です。
       竜の門も、その力を解放すれば別の世界へも移動できる巨大なワープゲートなのだとか」
ロイ   「竜の門に関しては、エトルリア大学の高名な大賢者、アトス教授が機能を研究してるらしいね。
      その全容が明らかになれば、誰でも自由に世界中に移動できるようになるとかならないとか」
ミルラ  「凄いです……わたしもエフラムと一緒に世界旅行してみたいです」
リーフ  「……だってさ、エフラム兄さん」
エフラム 「……世界中を放浪する武者修行の旅……悪くはないな」
エイリーク「兄上、それはミルラの言っていることとは少し違うと思いますが……」
エリウッド「総括すると、この時代に至っても未だ未開の土地って感じなのかな、エレブ地区は。
      いい意味でも、悪い意味でも。さ、次の地区へ行こうか」

 ~マギ・ヴァル地区~

エフラム 「む……ここは俺達のようだな」
エイリーク「そうですね。さてミルラ、チキ、ファ。あなたたちは、マギ・ヴァルに対してどのような印象を持っていますか?」
ファ   「んとね、お金持ちの人たちがいっぱいいるとこ!」
チキ   「魔物とかお化けとかがたくさんいるところ!」
ミルラ  「……闇の樹海があるところです……」
エイリーク「そうですね。三人の印象は、全て正しいといえるのではないかと思います。
      マギ・ヴァルは、中央の闇の樹海を挟んでさらに三つの地区に分かれているといっても過言ではありません」
エフラム 「金持ちの家が立ち並ぶ東部、闇の樹海が広がる中央部、古代の遺跡の中に魔物が跋扈する西部、だな。
      この辺りは実際に立ち寄ることも多いから、俺もよく知っている」
エイリーク「兄上の仰るとおりですね。まずは高級住宅街という印象が強い、東部から見ていきましょうか。
      ここはユグドラル地区に次いで、昔から続く貴族の家が多い土地です」
エフラム 「まあ、貴族じゃなくて単なる成金連中も多いがな。その辺りがユグドラルとは大きく違う」
エイリーク「そうですね。ここに居を構えている人たちはほとんどが財産家です。
      そうでない人たちはほとんど隣のエレブ地区に流れていってしまうので、
      幾分か排他的な気風が強いとも言えます。少々、嘆かわしいことですが」
エフラム 「ここのお上品な雰囲気は、貧乏人には耐えがたいからな……
      貴族のお屋敷に勤めてる使用人やら騎士団の連中やらにしても、
      給金はかなりいいからそこそこ贅沢な暮らしをしているし」
エイリーク「基本的には余暇を持て余している人々が暮らしているので、
      彼らがスポンサーについている芸術家たちも、多くがこの地区に集まっています。
      美術館に博物館、コンサートホールや劇場なども、大きなものはほとんどがこの地区に存在していますね。
      そういった施設は、最近急成長してきたカルチノという商業区に集中していますが」
シグルド 「うむ、カルチノのことはよく耳にするな。あくまでも商人達が商品を売買するために集まるミレトスに対して、
      カルチノの方は芸術的なものを売り物にしていると聞いている。それがマギ・ヴァルの富裕層に受けて、
      近年急速な成長を遂げてきたのだという」
ヘクトル 「エレブのでけえヤクザの中でも、洒落者の連中はよくカルチノを利用するって噂だな」
エイリーク「そうですね。そういった方々も増えてきていると聞いています。
      それでも、優雅さを失うのが最も恥ずべきこととされているため、
      この地区から貴族の醜聞が漏れるというのは滅多にないことですが」
エフラム 「カルチノ以外は……そうだな、ここにある学校はほとんど貴族の子弟が通う学校ばかりだな。
      エイリークの通うルネス女学院や、ヒーニアスの通うフレリア高等学校やら……
      一般科目にダンスやら音楽やらが取り入れられているような高級な学校だそうだ。
      俺なら死んでも入りたくないな。そんなところに言ったら息を吸うのも無理そうだ」
エイリーク「……兄上はもう少しでいいから、勉学にも興味を示してください」
エフラム 「そういうのは双子の妹であるお前に任せてある。
      お前には出来ん武術の道を究めるのが、双子の兄である俺の役目だ」
エイリーク「もう……マギ・ヴァル東部に関しては、こんなところでしょうか。
      カルチノは古典的な演劇から少々難解な前衛芸術まで、
      芸術に関係するものは何でも見ることが出来ますから、興味があるなら訪れてみるといいと思います」
ロイ   「その代わり、映画とかポピュラーなアーティストのライブやコンサートなんかは皆無なんだよね……」
セリス  「そういうのを見るならミレトスの方がいいんじゃないかな、多分」
エフラム 「そうだな。その点に関してはマギ・ヴァルは圧倒的に劣る。
      骨の髄まで金持ちの街という感じなんだ、ここは。お上品なものばかり追いかけているんだな、要するに」
エイリーク「その表現も少し印象が悪いですが……事実かもしれませんね。
      マギ・ヴァル東部はこのように富裕層の方々が多く住んでいますが、まだ開発の手が及んでいない外縁部には、
      素朴な竜信仰を守って細々と暮らしている、ポカラの里の人々もいます。
      さて、それでは次に、中央部の闇の樹海を見てみましょうか」

ファ   「うわぁ、すごい森だねえ」
チキ   「見て見て、ずっと向こうの方まで緑が広がってるよ!」
エイリーク「そう……ここは闇の樹海。遥か昔に、魔王フォデスが封印されたという伝承が残っている土地です」
エフラム 「魔王というのが本当にいたのかどうかは眉唾物だが……
      まあ、この街にならそういうのがいたとしてもおかしくはないな」
エイリーク「そうですね。それに、この樹海自体も常に瘴気が噴出していて、
      繁殖している動植物も他では見られないものばかりですし……魔物も多いですから、
      どのぐらいの動植物がここに存在しているのかは未だにはっきりしていませんが」
リーフ  「そうそう、ときどき新しい種類の植物とか、動物が発見されたりするんだよね。
      いいよねえ、僕もここでなんか発見して大金持ちになってみたいよ」
マルス  「まあ、金持ちになったって、リーフの貧乏臭さじゃマギ・ヴァルに住むのは無理だろうけどね」
リーフ  「ちょ、それひどくない?」
ヘクトル 「いいじゃねえか、お前、あんな辺にスカしてる金持ち連中みてえになりてえのかよ?」
リーフ  「……いや、それも確かに嫌ではあるけどさ」
ファ   「ん~……」
ロイ   「どうしたの、ファ」
ファ   「んとね、この森って魔物がたくさん住んでるんでしょ?」
エイリーク「ええ、そうですね」
ファ   「そんなとこの近くで暮らしてて、お金持ちの人たちは怖くないの?」
エイリーク「いいところに気がつきましたね。実は、闇の樹海の周辺には結界が張り巡らされているのです」
チキ   「結界?」
エイリーク「そう……太古の時代、魔王を封じるために作られたと言われている、五つの聖石の結界です。
      ファイアーエムブレムとも呼ばれるこの聖なる石の力によって、魔物たちは闇の樹海より東へは
      立ち入れないようになっているのです。
      もっとも、結界には小さなほころびがあるらしく、時折街の方へ魔物が侵入しそうになることもありますが、
      ロストン家所属の聖騎士団が常に闇の樹海と貴族の居住区を監視しているため、
      居住区まで魔物が侵入したことは今までに一度もないそうですが」
エフラム 「そもそも、ここに貴族が多いのも、元々は闇の樹海の魔物が紋章町に入り込まないように押さえ込むためだったという話だろう。
      聖石が配置される前は、あくまでも人の手によって魔物の侵入を押さなければならなかったらしいからな」
エイリーク「よくご存知ですね、兄上」
エフラム 「ラーチェルに耳が痛くなるほど聞かされたからな、彼女のご先祖様の武勇伝とやらを」
ミルラ  「……」
ミカヤ  (あ、ミルラちゃん面白くなさそうな顔してるわ)
エリンシア(嫉妬しているんですね。やはり、あんなに小さくても女性なのですわ)
ミルラ  「……闇の樹海、わたしとおとうさんはよく来ます」
エフラム 「そうなのか?」
ミルラ  「……はい。竜族の中でも、わたしたちの種は魔物と戦うことに特化した竜族なのだそうです。
      古の魔王との戦いでも人に味方して戦ったとか。
      ですから、今でも時折闇の樹海を見回って、結界が壊れていないか調べているって言ってました」
エフラム 「そうか……じゃあ、この樹海はミルラたちにとっては庭みたいなものなんだな」
ミルラ  「そのとおりです」
ミカヤ  (得意そうな顔……)
エリンシア(微笑ましいですわ……)
リーフ  (……今はまだ微笑ましいで済むけど、嫉妬が高じて両者正面衝突なんてことになったら、とんでもない事態になりそうだね)
マルス  (竜VSロストン家所属の聖騎士団……うーん、ちょっと見てみたいね、これは)
エイリーク「闇の樹海は未開の地であると同時に古戦場でもありますから、
      この場所を舞台にした戯曲や物語なども数多いですね。
      さて、それでは最後に、西部方面を見てみることにしましょう」

アイク  「む……ここは俺もよく来るな」
エイリーク「さすがアイク兄上です……三人とも、下にたくさん石造りの建物があるのが分かりますか?」
ファ   「うん、見えるよ!」
チキ   「いろんなところにたくさんある……あれ、なんなの?」
エイリーク「これが、マギ・ヴァル西部方面の有名な遺跡群。
      大小合わせて二百以上存在していると言われているこれらの遺跡は、総称としてラグドゥ遺跡という名前で呼ばれています」
ロイ   「有名なところだよね。教科書にも載ってるし」
リーフ  「でも、ここも闇の樹海と同じで魔物が凄く多いから、やっぱり全容は解明されてないんだよね」
ファ   「そうなのー?」
リーフ  「うん。古代の財宝も大量に眠ってるって言うから、そういうのが目的で探検に来る人が多いらしいんだけど……」
エフラム 「……その多くは、魔物との戦いや、凶悪な遺跡の罠にかかって命を落としているらしいな」
アイク  「己の実力を過信してはいかんということだな。俺も、遺跡の一番深いところまでは潜ったことがない」
マルス  「かなり凶悪な魔物がいるって話ですからね」
エイリーク「そうですね……歴史的な建築物としても価値が高いとサレフ先生が仰っていましたが、
      やはり魔物の数の多さゆえに、研究は遅々として進んでいないそうです」
シグルド 「うむ……アカネイアのラーマン神殿やユグドラルのダーナ砦と共に、
      この遺跡群も古くから存在しているらしいが……
      いつか研究が進めば、紋章町の歴史教科書も全面的に書き直されるかもしれないな」
エイリーク「……マギ・ヴァル地区についてはこんなところでしょうか」
エフラム 「東部と西部でまるで正反対の顔を持つ土地、と言ったところだな。
      さて、それじゃ、早々に立ち去ることにしようか」
ファ   「? どうして?」
エフラム 「それはな……」

 ピーッ!

ヴァネッサ「そこの竜族の方、この空域は危険空域に指定されて……」
エイリーク「ああ、ヴァネッサさん。お勤めご苦労様です」
ヴァネッサ「あなたは……ターナ様のご学友の、エイリーク様ですか。
      失礼致しました。ですが、闇の樹海と遺跡群上空は危険空域ですので、許可なしに立ち入られては困ります」
エフラム 「すまない。今日は瘴気濃度も安全レベルだというから、大丈夫かと思ったんだが」
ヴァネッサ「……確かに、今日はガーゴイル警報もビグル警報も出ておりませんが……かと言って、規則を破られては……」
マルス  「許可なら取ってありますよ、ほら(ぴらっ)」
ヴァネッサ「……これは、通行許可証……確かに、このサインはヒーニアス様の筆跡ですね……」
マルス  「まあそういうことなんで。さ、用も終わったことだし、さっさと立ち去りましょうよ」

エイリーク「……マルス。いつの間に、ヒーニアス様の通行許可など頂いていたのですか?」
マルス  「ははは、何かの役に立つかと思いまして、事前にね。
      (本当は、チェイニーに変身させて偽造させたんだけど……ま、黙っててもいいよね、役に立ったんだし)」
チキ   「ねーねー、さっき言ってた、瘴気濃度とかガーゴイル警報とかってなあに?」
エイリーク「そうですね、では最後にそれを説明することにしましょうか。
      瘴気濃度というのは、その名の通り闇の樹海の奥からあふれ出る瘴気の濃度のことです。
      瘴気は魔物の活動に影響を及ぼします。瘴気の濃度が濃ければ濃いほど、
      魔物の数も、その質も強大になるのです」
エフラム 「特にガーゴイルとビグルは空を飛ぶからな。瘴気濃度が濃い日だと、
      強力な個体が結界を突き破って上空に飛び出してくることすらある」
エイリーク「ですから、ああやってフレリア家の天馬騎士団の方々や、グラド家の竜騎士団の方々が闇の樹海上空を見回っているのです。
      最近はエトルリア大学のカナス教授やグラド帝国大学院のノール教授が瘴気濃度を計測するアイテムを作り出したとかで、
      魔物の出現がある程度予測できるようになっているらしいですが」
エフラム 「闇の樹海の奥からは瘴気が無限に吹き出てくるらしいからな。
      魔物は瘴気を取り込んで生きているという。ここに魔王の伝承なんかが残っているのも、それが原因なんだろうな」
エイリーク「三人も、竜に化身して空を飛べるからと言って、うかつにこの空域に近づいてはいけませんよ」
三人   「はーい」
エフラム 「……じゃ、次のところへ行くとするか」

 ~テリウス地区~

アイク  「……ああ、俺達の出番か」
エリンシア「懐かしいですわ……この辺りも、最近ではあまり来ることがなかったから」
ミカヤ  「最近はすっかり主婦業に専念してたものね、エリンシア……
      さて、テリウス地区だけど……ここの一番の特徴は、紋章町一ラグズの人たちが多いっていう点ね」
ファ   「ラグズって、あのねこさんとかとらさんとかになる人たちのこと?」
ミカヤ  「そうね。でも、皆のお家の竜燐族の人たちだって、竜よりはラグズに近いのよ」
チキ   「そうなの?」
ユリア(竜)「デギンハンザーおじさまやクルトナーガお兄様は、化身するときに竜石や魔導書を使わないでしょう?」
ミルラ  「……だから、ラグズに近いということなのですか?」
ユリア(竜)「そう……とは言え、竜には変わりないから、わたしたちの一族だということには違いないけど」
ミカヤ  「……それで、このテリウス地区は、ラグズの居住率がベオクよりも高い唯一の地区なのよ」
エリンシア「他の地区にもラグズの方々は住んでいますが、ここに比べると圧倒的に数が少ないですね」
アイク  「それに、古来の王族とやらの血を引いている連中も皆ここに住んでいるな」
ミカヤ  「そうね。ニケさんやラフィエルさん、ティバーンさんにネサラさん……
      そうそう、住んでいる種族によって、テリウス地区はさらにいくつかの区画に分けられるわ。
      ベオクが住んでいるクリミア、デイン、ベグニオン……獣牙族はガリアの山林に。
      鳥翼族はキルヴァスとフェニキス、セリノスの森に。狼族の人たちは、以前は前人未到と言われていたハタリに住んでる。
      竜燐族の人たちも、一部は竜王地区に住んでるけど、大部分はゴルドアに住んでいるみたいね」
ファ   「ファたち、そのゴルドアってところ行ったことないよ?」
ミカヤ  「皆は、竜族であって竜燐族じゃないから……じゃないかしら。
      ゴルドアの人たちはかなり排他的だっていう話だから。
      でも、皆なら人よりもラグズに近いから、この地区ではどこでも歓迎してくれるんじゃない?」
エリンシア「逆に言えば、この地区を訪れるとき、わたしたちのようなベオクは注意が必要かもしれません」
チキ   「どうして?」
ミカヤ  「ラグズの中には、ベオクを毛嫌いしている人たちもいるから。
      もっとも、それはベオクの方も同じで、ラグズを『半獣』なんて呼ぶ人たちもいるみたい」
アイク  「馬鹿げた話だと思うんだがな」
ミカヤ  「……昔から根強く残っている偏見だから、すぐには解決されないでしょうね……」
エリンシア「でも、きっといつかは、皆が手を取り合える日もやってきますわ」
マルス  「だといいですけどね……ところでこの地区にはもう一つ重要な要素がありましたよね?
      我が家でも馴染み深い……」
ミカヤ? 「その通り! ここはアスタテューヌ教の総本山なのよ!」
リーフ  「うわっ、びっくりしたっ!」
セリカ  「出たわね邪神!」
ユンヌ  「ぶーっ! その呼び方嫌いだってば!」
アルム  「ふ、二人とも、こんな空の上で喧嘩はやめようよ」
セリカ  「ふん!」
ユンヌ  「ふーんだ!」
アルム  「参ったなあ……」
リーフ  (……なんだかんだ言って結構仲いいんじゃないの、この二人?)
ロイ   (どうかなあ……)
アイク  「……ユンヌ、わざわざミカヤ姉さんの体使って出てきてるんだから、説明ぐらいはやってくれ」
ファ   「おばちゃんおばちゃん、アスタテューヌ教ってなあに?」
チキ   「教えてミカヤおばちゃん!」
ユンヌ  「お、おばっ……オホン、わたしはまだおばちゃんなんて呼ばれる年じゃないのよ。
      それにね、わたしはミカヤじゃなくて、混沌の女神ユンヌ……」
ミルラ  「……学校で習いました。数千年前から存在している、混沌の女神ユンヌ……」
チキ   「じゃ、おばあちゃんなんだ!」
ファ   「ねーねー、アスタテューヌ教ってなあに? 教えてユンヌおばあちゃん!」
ユンヌ  「あ、扱いがひどくなってる!? くぅ、これだから子供は……!」
セリカ  (自分だって精神年齢は子供と大差ないくせに……)
アルム  (抑えてよセリカ……)
ユンヌ  「ぐぅ……なんか納得いかないけど、まあいいわ。
      アスタテューヌ教っていうのはね、正の女神アスタルテと、負の女神ユンヌ、
      そしてその間に位置するアスタテューヌ神を信仰する宗教なの。
      このテリウス地区のベグニオンに総本山がある、由緒正しき宗教なのよ!」
マルス  (由緒正しき宗教ってのも、なんかうさんくさい感じがするけどね……)
アイク  「アスタテューヌ教と言えば、神使というのがいたな……。
      一応、この辺りのベオクの頂点といえば神使ということになるらしいが」
エリンシア「そうですね……とにかく、このテリウス地区を説明するとき、
      ベオクとラグズという二つの種族の存在を欠かすことは出来ないのです」
チキ   「でも、どうしてこの辺りだけ、そういうのがあるの?」
アイク  「さあな。昔からラグズはこの辺りに住み着いていたというし……
      あまり外の環境で暮らしたがる連中でもないから、他のところには広がっていないんだろう」
ユンヌ  「皆無って訳じゃないけど、数は圧倒的に少ないわね。
      あ、それと、この辺りは他の地区と違って山に行っても森に行っても海に行ってもラグズが住んでるから、
      ある意味紋章町で一番開けてる地域って言えるかもしれないわ」
アイク  「そうだな。ラグズはベオクではとても暮らしていけない土地にも平気で住み着くからな」
エリンシア「最近は、神使様の融和政策のおかげもあって、ラグズとベオクの距離も縮まりつつあると聞きますが……
      やはり、偏見は根強いようですね」
チキ   「皆で仲良くできればいいのに……」
ユンヌ  「そうね。人たちは、外見はともかく心の方はそれほど大きな違いはないんだけど……なかなか難しいみたい」
三人   「……」
エリンシア「ふふ、難しい話ばかりでは退屈でしょうから、この地区のいいところもお話しましょうか」
アイク  「そうだな。まずは……食い物がうまい」
ユンヌ  「あと、お祭りも多いわね。他の地区よりも、宗教の浸透率が断然高いから。
      それに、最近ではベオクのお祭りにラグズが参加したり、その逆もまたあったり……
      昔に比べてもかなり賑やかになってきているのよ」
ファ   「そうなんだぁ……」
チキ   「すごいねぇ……」
ミルラ  「……エフラム、今度一緒にお祭りに行きたいです……」
エフラム 「時期がきたら、な」
ミカヤ  「……さて、これで竜王地区と紋章地区を囲む、六つの地区の案内は終了ね」
マルス  「じゃ、次は竜王地区に行ってみましょうか」

<停止>