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Last-modified: 2011-05-30 (月) 22:14:22

手合わせの日

前スレ590-592の続きです
でも読んで無くても問題ないです

「悪いな、仕事帰りにこんなことを頼んで」
「…いえ…気にしないで下さい」
 ある日の夕暮れ、アイクとイレースの二人は市立の運動場にいた。
以前、アイクが雷魔法対策を立てたいと考えていたとき、何やら困っているイレースを助けた際に
礼として手合わせの相手を頼んだことが有り、二人はその約束を果たすためにここに来たのだった。
「今回は色々学ばせてもらいたいと思っている、よろしく頼む」
「…あ…はい、こちらこそ…それと…もし私が勝ったら…」
「ああ、一食くらいならなんでも奢ってやるさ、心配するな」
 アイクはイレースに手合わせの相手を頼んだときに、自分に勝てば一食奢る、という条件をつけて
いた。それを聞いたイレースは小さく微笑んだ。もし勝てば一緒に食事に行ける、勝てる見込みは
余り無いが、勝ったときのことを考えるだけで楽しい、それだけでもこの話を受けた価値はあると
イレースは思った。
「…まだ来ないか?」
 誰かと待ち合わせているのか、アイクは今の時刻を確認する。と、そこに人影が近づいて来た。
「おーっす!二人とも!」
「ごめんね、待った?」
 二人に近づいてきたのは、ワユとミストだった。ワユは普段通りの格好だが、ミストは回復の杖を
持っている。この手合わせのために、アイクが審判と治療役として二人に同伴を頼んでいたのだ。
「すまんな、わざわざ来てもらって」
「いーよいーよ、大将の戦いを見るのも参考になるし。それに一回審判ってやってみたかったし!」
「お父さんからもあんまり無茶させるなって言われてるから、やり過ぎないでよ?」
「ああ、わかってる。イレース、準備はいいか?」
「…はい、いつでも」
 装備の確認をする二人だが、アイクの武器を見たミストがあることに気付いた。
「あれ?お兄ちゃん、ラグネルは?」
 アイクが持っていたのは、彼愛用のラグネルではなく、どう見ても市販品の風切りの剣であった。
「これか?どうも俺は手加減が苦手だからな、切れ味を落として練成した風切りの剣を用意した、
 これなら本気で戦ってもやり過ぎないだろうと思ってな」
「じゃあ大将本気だね、どうすんのイレース、勝てる?」
「やるからには、勝ちます」
 二人での食事がかかっていることだし、と心の中で呟き、イレースは気合を入れる。
「お!珍しくやる気じゃん、よ~し、じゃあ始めよっか!二人とも位置について!」
「ああ、わかった」
「…はい」
 アイクとイレースは、互いに距離を取って向かい合う。高まる緊張の中、イレースはこちらを見て
集中しているアイクを確認して、はあ…とため息をついた。
(……素敵…)
 仕事場でも見るが、精神を集中して何かに打ち込んでいるアイクの姿は素晴らしいと思う。
あの鋭い瞳で、全力で自分だけを見てくれていると考えるだけで体温が上がる。その瞳に込められて
いるのが闘志ではなく愛情で、距離もこんなに離れずに、互いの吐息がかかる位の近くで自分のこと
を見つめてくれる日が来るのだろうかと、イレースは熱病にかかったかのような表情で考えていた。
「じゃあいくよ……始め!」
 ワユの合図が耳に入り、イレースは即座に我に返りアイクの様子を確認する。アイクはすぐには
イレースに攻撃せずにじりじりと歩き、どう動くかを伺っている様だ。
(…来ない?…あ、そうか…魔法対策を立てるんだから…何もさせなかったら意味無いよね…)
 ならば自分がすることは一つ、全力でアイクを攻撃することだ。イレースが用意した魔道書は
破壊力のある上級魔法ではなく、使い慣れたエルサンダーだった。下手に強い武器に頼るよりも
手に馴染んだものの方が良い結果を出せると考えたからである。
(………よし…!)
 イレースは意を決して魔法の詠唱に入る、アイクが見てくれていると考えると、魔力を紡ぐ
のにもいつも以上の力が入る。緊張がいい方向に作用しているのか、集中力も普段より数段上に感じる。
これならいい結果が出せそうだ。

(…アイクさん…私の全力、受け取って下さい…!)
 今まで唱えた魔法の中でも、会心の出来と言えるエルサンダーを放つ。次の瞬間、アイクの
頭上から凄まじい雷が降り注ぐ。が、それを察知していないアイクではない、魔法が発動した際、
瞬時にそれがエルサンダーであると見切り、その場を飛び退き回避を試みた、が。
「ッ!…何!?」
 雷鳴が轟き、雷がアイクの身体を貫く。確かに回避行動は取った、だがそれを嘲笑うかの様に、
アイクが動いたときには既に雷が降り注いでいたのだ。
「…うわ…凄いね」
「お~…やるじゃん、あの大将に避ける隙を与えないなんてさ」
 ワユとミストが感嘆の声を漏らす。肝心のアイクは雷の直撃を受け、地に倒れ伏してはいないものの、
片膝をつき、何とか踏ん張っている状態である。ダメージが大きく、まともに剣が振れるかも怪しそうだ。
「ありゃいいの入ったね…まだ動けるかな?」
「え?じゃあイレースの勝ち!?」
 自分の勝利、という言葉にイレースはぴくりと反応する。
(…え…?…勝っちゃった…?)
 相手はあのアイクである、正直勝てるなどとは思っていなかった。だが現に自分はアイクを
追い詰めている。片膝をつくアイクを視界に入れてしばらくした後に、ようやくそれが実感できた。
(…勝った…んだよね……やった…!…これでアイクさんと……どこ行こう…)
「イレース!集中!」
「…え?」
 ワユに声を掛けられたイレースがアイクの方を見ると、残った力を振り絞って剣を振りぬいたであろう
アイクの姿と、眼前に迫る衝撃波が視界に入った。次の瞬間、イレースの視界は一気に暗転した。
「あー、こりゃダメだ。はい、そこまで!ミスト、お願い!」
「うん、任せて!」
 そのやりとりを確認したイレースは、安心して意識を手放す。ミストの治療技術は信頼できる。
目覚めたときには、恐らくかなり酷い有様になっているであろう自分はもういないだろう。
(…油断したなあ…かなり…もったいなかった…か……も……)

「やるな、イレース。素晴らしい腕だ」
「…いえ、そんなことないです」
「謙遜するな、あそこまで追い詰められたのは久々だ。いい手合わせが出来た、是非礼をさせてくれ」
「そんな…っ…きゃ……あ…アイクさん…」
「…嫌か?」
「……いえ…お礼…して欲しいです…」

「…あっ……ん…あ…」
「イレース…」
「…アイクさん…アイクさん…!」
「…っ…!?」
「…!…ダメ…ダメです…!」

「ダメ…離れないで…!」
「…ぐお…おい!?イレース!」
「はい…?…!?あ、アイクさん…?」
 イレースが意識を取り戻すと、目の前にアイクの横顔があった。イレースの心臓が一気に跳ね上がる。
「治療が終わっても目を覚まさないから、俺がお前を家まで連れて行くことになったんだ。あの後俺も
 倒れたらしいから、引き分けだな。…それと力を抜いてくれ、ちゃんと背負ってるから心配するな」
「ご、ごめんなさい…」
 なるほど、あの後私はアイクさんに背負われて家まで送られていたのか、と把握するイレース。
道理で『あんな夢』を…
(…あ…っ…)
 先程みた夢を思い出すと、一気に身体が熱くなる。家に帰ってからなら幾らでも思い返したいが、
いくらなんでもこの状態ではあまりにもまずい。落ち着こうにも、想い人に背負われているという
この状況である、冷静になれというのが無理だ。そうしている内にも、アイク自身と、手合わせで
流した汗の匂いが鼻をくすぐり、イレースの体温はさらに上昇する。天国と地獄が同時に来た気分だ。
「…そ、そういえば手合わせの方はどうでしたか…?参考になりましたか…?」
 黙っていてはまずい方向に進むと考えたイレースは、気を紛らわすためにアイクと話すことにした。
「ああ、色々考えさせられた。俺の雷魔法に対する認識の甘さとかな」
「…そんな…」
「いや、甘かった。まさか初弾を避けることすらできんとは、考えをを改める必要があるな…」
 それを聞いてイレースは黙り込んでしまった。あれははっきりいってまぐれ以外の何でもない、
もう一度やれと言われても出来ないだろう。誤解させちゃったかなと思い、アイクの様子を
確認してみると、アイクは真剣な瞳で前を見据えていた。恐らく先程の手合わせを思い返している
のであろう。それを見て、イレースは小さく微笑んだ。やはり何かと真剣に向き合っているときの
アイクは素晴らしいと思う。
「アイクさん…私で良ければ、またお相手します…」
「…いいのか?」
「…はい」
 戦いは余り好きではないけれど、あの真剣な瞳で真っ直ぐ自分を見てくれるなら、あんなまぐれは
もう起こらないだろうが、手合わせをするのも悪くないと思い。イレースはアイクの肩に顔を埋めた。