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Last-modified: 2011-08-15 (月) 22:07:05
   第四章 封印せし者(その1)
   1
   「・・・ロイ様はご無事でしょうか?」
    どこかの部屋の中で、女性の声が聞こえる。
   「さぁ?私の占いでは、そこまでは分かりませんでしたから。
   でも、きっと大丈夫よ。」
    もう一人の女性、というよりも少女の声が聞こえる。言葉の内容とは裏腹に、
   その口調には自信が溢れていた。
   「信じているのですね」
   「えぇ。私の自慢の弟ですもの」
    どこか、まるで会社の社長室や執務室のような立派な部屋に、声の主、
   二人の女性がいる。
   部屋の奥、大きな窓の前には木製の仕事机(一目で高級品と分かる光沢を持っている)
   があり、その上には高く積まれた大量の書類と、書きかけの文書、インク瓶に
   無造作にさされた羽ペン等が置いてある。いかにも、急な来客に仕事を中断
   したといった風情だ。一人で仕事をするにはいささか広い部屋の真ん中には
   やはり高級そうな、来客者と話をするための小さなテーブルが置いてあり、
   絨毯の上に置かれたソファの上に、二人は腰かけている。
    その二人の姿は実に対照的と言えた。
    最初にロイのことを心配した声を上げた女性は、高級な衣服に身を包み、
   かつそれが全く嫌みとならないほどに洗練された美貌を持つ、大人の女性といった雰囲気だ。
   輝く黄金の髪はゆるくウェーブがかかっており、その美しさをさらに引き立てている。
   が、その美しい顔も今は憂いで満ちている。
    一方、それに向き合って座っているのはとても大人の女性とは言えないような
   少女である。身につけているのは質素な服で、白銀に輝くストレートの髪と
   あいまって、どこか儚げな印象を見る者に与える。が、その少女の持つ瞳は
   何処までも真っ直ぐに前を見据えており、それが少女の持つ儚さを打ち消し、
   また別の美しさを醸し出していた。
   「羨ましいですわ、ミカヤ様。そこまで強く御兄弟を信じることができるなんて」
   「ギネヴィアさんも、まだゼフィール署長を信じているのでしょう?」
   「・・・何故でしょうか?」
   「だって、家族じゃない」
    銀色の髪を持つ少女―ミカヤ―を、どこか羨ましそうに見る女性―ギネヴィア―に、
   少女(と言っても、実際はミカヤの方がずっと年上なのだが)がきっぱりと告げる。
   「例えどんな時だって、心の奥底ではそう願っている。家族ってそういうものでしょう?」
    迷いのない言葉と表情は、しかしギネヴィアには眩しすぎた。目を逸らすように、
   顔を俯ける。
   「兄には、私の言葉は届きません。一体、なぜこのようなことを引き起こしたのか・・・」
    ギネヴィアの言葉に、ミカヤは窓の外に目を向ける。
   ソラには飛竜が舞い、町の何か所からは、煙が上がっているのが見える。
   「・・・最初は、町や住民は襲わないようにしてたみたいだけど。
   どうやら、もうあちこちで戦いが始まっているみたいね」
   「この町の人々は、大人しく避難をするような方ばかりではありませんから。
   竜が町に現れたとなれば、剣を持つ人も多いでしょう。
   そうすれば、竜もまた牙をむきます」
   「あの子達は、無事にロイのところまで着けるかしら?」
    あの子達とは、リリーナやシャニー、ロイの友人達のことだ。今頃はもう、
   ソフィーヤからの話を聞いて、学校を抜け出しているはずだ。
   ロイがあの強大な力を持つゼフィールと戦うには、彼女たちの協力が不可欠だ。
   「おそらく、大丈夫でしょう。竜の指揮系統は詳しく存じ上げませんが、
   現場で直接署員が指示を出せば、それに従うようです。
   ベルン署の方の中には、私と懇意にしている者もおりますし、
   その・・・兄の力のおかげで、私の頼みを聞いてくれる者もおります。
   その者達に頼んで、エレブ中学の生徒たちの中で、ロイ様の手助けをしようと
   する者への竜の干渉を止めてもらいましたから」
    最後に、「あまり褒められたことではありませんが」と付け加えながら
   ―おそらく署員でない自分にそれだけの権限があることを指してのことだろう―、
   ギネヴィアが顔を上げてミカヤに伝える。
   「ありがとうございます、ギネヴィアさん。あなたが力を貸してくれて、
   本当によかったわ」
   「いえ・・・。この事件は兄が起こしているものです。
   それでしたら、私には協力する義務がありますから。
   でも、本当にロイ様は大丈夫でしょうか?」
    ギネヴィアが、再び疑問を口に出す。ミカヤは大丈夫だと信じ切っている
   ようだが、ゼフィールのことを誰よりも知っているギネヴィアには、とても
   楽観できない。
   「兄は、本当に大きな力を持っています。いくらお強くても、ロイ様はまだ子供。
   それに、あなた方の予言で、ロイ様が倒れる姿が映ったと・・・」
   「それは、ソフィーヤちゃんの占いよ。私が見たのは、あの子が毅然と立ち向かう姿。
   それに、ソフィーヤちゃんも最後にはロイが立ち上がって、進む姿が見えた
   と言っていたわ」
   「そうですか・・・。それにしても、すばらしいお力ですわ」
    未だ不安の色を消せずに、それでもギネヴィアはミカヤやソフィーヤ達の
   持つ『力』を称賛する。
    通常知りえない未来を知り、それに対処することを可能とする予見の力。
   それは、持たざる者からすればまさに夢のような力かも知れない。
   しかし、それに対してのミカヤの反応は冷めたものだった。
   「そうでもないわ。本当は、こんな騒ぎになる前に止められた方が良かったんですもの。
   朝、悪い夢――竜が町に現れる夢を見て目が覚めて、それでニイメちゃんの
   ところに相談に行ったら、他の子、ソフィーヤちゃん達も同じ夢を見たって・・・」
    ――どうやら、町の占い師達はなにか不吉を感じ取ったら、それが自分だけの
   思い過ごしでないかどうかを確認するため、『山の隠者』とも称される高名な
   闇魔道士、ニイメのところに集まることにしているらしい。
   「本当はそこで、事件が起きること自体を止められれば良かったのよ」
    そう言うミカヤの顔には、事件の発生を止められなかった後悔や、自責の
   念が浮かんでいる。もちろん、彼女達には何の責もないのだが。
   「結局、原因を突き止めることもできなかったし、事件の中心にロイが関わるって
   占え(みえ)たのも、ベルン署が関わっているって占えたのも、事件が起き始めて
   からだもの。
   占いや予言の力といっても、けして万能でもなければ、絶対でもないわ」
   「そうなのですか・・・。でも、それならなおさら、どうしてそこまで
   ロイ様達を信じられるのですか?」
    占いや予言が絶対ではないというのならば、彼女が見たというゼフィールに
   立ち向かうロイの姿すら幻で、そこまで辿り着くことさえ出来ないかも知れないのに。
   「言ったでしょう?家族だから、信じられるって。信じることに、それ以上の
   理由なんか私はいらないわ。
   たとえ占いの結果が最悪だったとしても、それでも私は、弟達の方を信じますもの」
    先ほどと同じ、迷いのない瞳でミカヤは言い切った。
   その家族としての、姉としての在り方を見て、ギネヴィアは思う。
   (これが――)
    これが、弟妹達を守ってきた姉と、兄に守られてきた自分との差なのか――。
   なにか、自分には手の届かない強さを見せつけられたような気がして、
   ギネヴィアは自分の気持ちがさらに傾いでいくのを感じた。
    その視界の隅で、ミカヤが立ち上がるのが見える。
   「――町に出るのですか?」
   「えぇ。もう、ここで出来ることはありませんから。だから、私もみんなと
   一緒に戦わないと」
    そう言って、ミカヤは再びギネヴィアに礼を言ってから部屋の出口に向かう。
   その姿を、ギネヴィアはどこか遠くを見るように、それでいて、まるで憧れる
   かのように見つめ、そして再び俯いてしまう。
   (私も――。私も、あれだけ強く家族を信じ、飛び出していければいいのに。
   お兄様を信じたい。でも、その思いを貫く強さが、私にはありません・・・)

278 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/23(土) 21:24:48 ID:6LUOjQXx

   3
    優しかった兄。この町の平和を守ろうと、ひたむきに努力を続けていた兄。
   しかし、その兄は今や、己の目的の為に自らが守ると誓った町にその剣を向けている。
    兄を止めるために自分も彼女やロイのように駆け出したい。しかし、それは
   兄に対する裏切りではないのか?いや、そう考えることこそが、そもそも逃げの
   言い訳に過ぎないのでは?
    兄を信じたいという心と、変わってしまった兄への不安。
   自分が兄を止めなくてはという義務感と、兄を裏切りたくないという思い。
   様々な迷いが、彼女の心と足を、この部屋に繋ぎとめているかのようだった。
   ギネヴィアがそんなことを感じていると、ミカヤがドアの前で、その動きをふと止めた。
   「私、思うのだけど――」
    そして、まるで道に迷った自分の妹達に接するような口ぶりで言葉を紡ぐ。
   「信じるということは、強さよ。
   でも、信じたいと、そう願い続けることも、やっぱり強さだと、そう、思うの」
    振り返らず、しかし強く言うミカヤ。
   「あなたの中に、お兄さんを信じたいという心があり続けるのならば。
   ――きっと、それがギネヴィアさんの持つ強さなんだと思います。」
   「信じたいと願い続けることが――強さ」
    ミカヤの言葉がギネヴィアの耳に、そして心に届く。
    ミカヤは、心を痛めつつも兄を、ゼフィールを信じたいと願い続けている
   ギネヴィアの心を見透かしているかのように言った。あるいは、本当にこの
   巫女には自分の心が見えているのでは?と、そうも彼女は感じたが、それは
   なぜか不快ではなかった。
    ミカヤは強い。兄弟たちを強く、迷いなく信じ続ける、姉としての強さを持っている。
   そして、自分も。兄に守られるだけだった自分でも、兄を信じたいと願う心は強さを
   与えてくれると、ミカヤはそう言ってくれた。
    もしもミカヤの言うように、自分の中にも『強さ』があるというのなら、
   自分がすべきことは、一体なんだろう?ギネヴィアはそう考えて、
   (何をすべきかなど、分かり切っているではありませんか)
    そして、至極単純な結論を導きだした。
    下を向いていた顔が上がる。彼女の心を覆っていた霧が、晴れる。
   「それじゃあ、失礼しました」
    ガチャリ、と。ミカヤの手がドアを開ける音がする。
   「――待ってッ!」
    その、ギネヴィアにはとても珍しい大きな声に、ミカヤは振り返る。
   そこには、顔を上げ、真っ直ぐにミカヤを見つめて立ち上がるギネヴィアの
   姿があった。
   「私もご一緒します。光魔法ならば、私にも多少の心得がありますから。
   お邪魔にはなりません」
    そして、続ける。
   「私もロイ様を、そして兄を信じたい。ロイ様ならば、兄を止めて下さる。
   兄の中に、きっと今もある優しさを、取り戻して下さる。そう、思います。
   ですから、私は町へ。ロイ様の代わりに、ロイ様の住む町を守りたいと思います」
   「――それじゃあ、一緒に行きましょうか?」
    ミカヤの顔に、彼女らしい、やわらかな微笑みが浮かぶ。
    ギネヴィアも笑顔を返す。それは、先程までの愁いの表情ではない。
   彼女が本来持つ輝きを取り戻したかのような、確かな、強さを持った笑顔だ。
    こうして、白銀と黄金。二人の光の担い手もまた戦場へ。

279 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/23(土) 21:26:04 ID:6LUOjQXx

   4
   「・・・はぁ、・・・はぁ。くっ」
    苦しげな呼吸をしながら、ロイは進む。その進みは遅く、体中の痛みを
   抑えつけながら、それでもその歩みに弱さは見えない。
    前進の意思。イドゥンを、ファを救うと決めたその意思が、彼の体を騙して
   足を進ませる。もっとも、エッケザックスの一撃を受けた彼の身体の傷が
   癒えたわけでは当然ない。
    あの後――。ゼフィールに封印の剣を奪われ、それでも立ち上がってから、
   ロイは真っ直ぐにベルン署を目指している。もちろん、真っ直ぐといっても
   馬鹿正直に最短距離を進でいるわけではない。先ほど学校から兄弟家へと向かった
   時のように、竜を避けながら、回り道をしながら進んでいる。
    封印の剣を失い、しかもゼフィールに敗れた傷が残っている今、竜に
   襲われれば逃げることさえままならないだろう。
   (その時はその時だ。逃げることができないのならば、例え見込みが薄くとも、
   戦うしかない)
    そして、戦う以上、負けるわけにはいかない。
   自分には、やるべきことがあるのだから。
    そう考えながら、ロイは今の自分に出せる最大の速度で道を進み、脇道から
   大きな道に出る。
    戦うといっても、それはあくまで最後の手段。例え回り道になり、時間が
   かかってしまっても、竜を避けながら進んだ方が、早く、確実に目的地に
   たどり着ける可能性が高い。目的達成を焦り、手段を選ばなかったが為に、
   その目的を達成できないなどは最も避けなければならない。
    ロイの頭は、冷静に考える。そして、
   「冷静に考えても、ここは『最後の手段』にでるしかないみたいだ」
    脇道から大通りに出る曲がり角の壁に身を隠しながら、道の先を見据える。
    いまロイが着いたのはベルン署へと続く大通り。ベルン署へ行くには、
   この道を進まなければならない。竜を避けて通ってきたこの脇道から大通りに
   出れば、ベルン署はもう目の前だ。
    道幅は広く、車が片道三車線、合わせて六車線もある大きな道路だ。
    しかし、その道を埋めているのは車などではない。
    竜。竜。竜。竜、竜、竜竜竜竜・・・。
    ちょうどロイが来た脇道の少し先から、道幅いっぱいに大量の竜が蠢いていた。
   「署には近づけさせたくないということか。
   ということは・・・やっぱり、イドゥンさん達はベルン署にいるッ!」
    まるでベルン署への道を塞ぐかのように密集している竜。その姿を見て、
   ロイは絶望ではなく希望を見出す。この先に、目的の人物がいる。
   ここを越えれば、その人に会える。
   その確信を得て、ロイは身を隠していた壁を離れて道の真ん中に進み出る。
    これだけの竜から、身を隠して道を進むのは無理だ。しかし、この先にこそ
   目指すべきものがある。ならば、採るべき道は一つ。目の前にいる竜を全て
   倒してでも、この道を行く。
    腰から、護身用として持ち歩いている細剣(レイピア)を抜き放ち、
   それを顔の前に立てて翳す。一瞬、本当に一瞬だけ目を瞑り、己の中に湧いて
   出そうになる恐怖を追い払う。
    そして、目を見開き目の前の竜群(いじょう)を睨みつける。
   「――行くぞッ!」

280 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/23(土) 21:27:16 ID:6LUOjQXx

   5
    ロイの足が、前へ、目指すべきベルン署へと進みでる。
    竜は当然ロイの姿に気づき、一斉に威嚇の咆哮を上げる。
   ――グゥゥウウオルルゥアァァアアアアアアッッッ!!!
    数多の竜の雄叫びは、それだけで地面を揺らす。並みの者ならば、すぐさま
   逃げ出すような―いや、やはり並みの者ならば腰をぬかすか失神するかだろう―
   状況の中で、ロイはしかし恐れずに進む。
    蛮勇。無謀。愚。そんな言葉が良く似合う前進で、そしてそれは正しかった。
    今のロイに竜と戦う力など無ければ、この状況を打開する策なども無い。
   そして、勝ち目も無いのだ。
    そんなことは、ロイだって百も承知だ。しかし、進むしかない。進んで、
   辿り着かなければ、あの竜の少女達は救えないのだ。
   ならば、不可能を乗り越えてでも進み続けることこそが、最大の勝機であり最高の策だ。
   「はぁあああッ!」
    気合いと共に、ロイが駆ける。傷を負ったその進みは遅い。しかし、ロイの
   速度が遅くとも、仮に止まっていたとしても、竜もまた威嚇に怯まないロイを
   敵とみなして向かって来ているのだ。両者の距離が無くなるのは時間の問題で、
   実際それはもう次の瞬間に迫って来ていた。
    眼前に、先頭の竜の巨大な姿が迫って来る。ロイは、じっとりと嫌な汗を
   かいている手で、細剣を握る手に力を込める。
   (――来るッ!)
    覚悟を決め、必ずここを突破してみせると心に誓っているロイだが、
   それでも打開策の見えないこの状況に、背筋が冷たくなるのを感じる。
    そして、ロイにとって絶望的なまでの戦力との戦闘が始まる。その第一手は――

281 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/23(土) 21:29:41 ID:6LUOjQXx

    ――カァッ!
    ロイの視界が一瞬、眩い閃光に包まれる。そして、その一瞬の後には焔の紅(くれない)。
   全てを焼き尽くすようなそれは、しかし火竜達の放ったブレスではなかった。
    ゴォオオオオ――ッ!!
    ロイの目の前の地面から大量に吹きあがる幾重もの火柱。それは、ロイに
   迫っていた竜の群れの先頭を飲み込み、燃やし尽くさんとしていた。
   「なっ――!」
    突然の事態に、ロイの思考が一瞬停止するが、ロイはすぐにこの火柱が
   何なのかに思い至る。
    火の竜をも灰塵へと帰す業火。そんな不条理なまでの焔は、この紋章町でも
   数えるほどしか存在ない。ヴェルトマー家に伝えられし炎魔法【ファラフレイム】に、
   兄弟家のセリカが操る最強魔法【ライナロック】。
    そして、エレブの地。古の刻より大賢者と共にあった竜殺しの神器。
   その名は、業火の理――
   「フォル・・・ブレイズ」
    ロイが、呆然と目の前の炎の名を紡ぐ。その美しいまでの紅にロイが目を
   奪われていると、炎壁の脇より迫ってきた竜がその顎(あぎと)を開き、
   ロイの真横に躍り出た。
   「しまったッ!」
    ロイが我に返り、目前の竜に向き合おうとするが、それよりも早く――。
   「ロイ様!危ないッ!」
    カァッ!――ヒュゴォッ!
    再び閃光が瞬き、次いで一迅の疾風が巻き起こる。
    疾風は、ロイを襲わんとしていた竜の側頭部に突き刺さると、そのまま
   竜の巨体を吹き飛ばす!
   「グアァオオオッ!」
    その叫びは、吹き飛ばされた竜のものか、あるいはその飛ばされてきた竜
   の体当たりを食らった竜か、それとも業火にのまれている竜のものか――
   いずれにせよ、竜の苦しげな絶叫がその場に響く。
   「今のは、ミュルグレか?それに、今の声は・・・ハッ!」
    言葉の途中で、ロイは自らの頭上に視線を移す。飛竜が、その大きな翼を
   広げて滑空してきている。今度は十分に構えがとれるタイミングで敵の接近に
   気付いたロイだが、しかしやはり、彼がその細剣を構える前に、ロイの後方から
   真横を通り、風の刃が一閃する。
    ザンッ!
   「グギャオォーー!」
   刃はそのまま上方へと向かい、ロイに迫っていた飛竜の二枚の翼を切断した。
   竜は、そのままバランスを崩し、真下にひしめいていた竜の群れに落下する。
   「これは・・・いったい?」
    あまりもの事態の急転換に、ロイが呆然と目の前の光景を見やる。
   先程の業火、フォルブレイズの炎はすでに消え去っていたが、竜達もいまや、
   ロイからやや距離を置き、様子をうかがっているようだ。
   「ロイ」
    その時、ロイのすぐ後ろから彼にとって聞きなれた声が届く。本来なら、
   ここで聞こえるはずのない声。
    ロイが驚いて後ろを振り向くと、そこには白馬に跨った、長い緑髪の美しい
   女性がロイを見つめていた。
   その後ろには、魔道書や弓を構えた幼馴染や、他の級友達の姿も見える。
    そして、緑髪の女性、ロイの学校の担任教師であるセシリアが、力強い声で告げる。
   「一人で戦えなどと、教えた覚えはなくてよ!」
    驚き目を見開くロイの前で、セシリアが、友人たちが、頼もしい笑顔をロイに向けた。