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Last-modified: 2011-08-15 (月) 22:10:04

マルス 「あーあ、暇だなー……なんか面白いこと……おっ」
サザ  「ふっ……ふっ……!」
マルス 「……なんかふうふう言ってる不審人物を発見しましたが通報した方がいいんでしょうか」
サザ  「……人聞きの悪いことを言うな」

 ボロいアパートの裏庭で筋トレに励んでいたサザが、額の汗を拭いながら振り返る。

サザ  「珍しいな、マルス。また悪巧みの最中か?」
マルス 「サザさんこそ随分人聞きが悪いことで」
サザ  「お前が裏でやってることを考えればな……あまりミカヤに心配かけるなよ」
マルス 「なんでそんな兄貴風吹かせてるんですか」
サザ  「実際お前よりは年上だ」
マルス 「年功序列って考え方は古いと思いませんか? 今の世の中は実力主義ってやつですよ」
サザ  「……そうかもな」

 ぽつりと答えて、サザはまた筋トレに戻る。低い生垣越しに眺めるマルスの視線など気にも留めないように、ただ黙々と。
 しばらくして、

マルス 「……サザさん」
サザ  「……なんだ?」
マルス 「もう三十分ぐらいはやってますけど」
サザ  「ああ。そろそろ休憩するか」
マルス 「休憩ってことは、まだ続けるおつもりで?」
サザ  「日課だからな。まだ半分にもなってない」
マルス 「暇ですねえ」
サザ  「始終見物してるお前に言われたくないぞ」

 無愛想に答えて、サザは立ったまま休憩に入る。
 マルスはしばらくそれを見つめて、苛立たしげに頭を掻いた。

マルス 「なんて言いますかね」
サザ  「なんだ?」
マルス 「無駄な努力って言葉、知ってますか?」
サザ  「知らないな。努力は無駄にはならない」
マルス 「現実を見ましょうよ。見たところ、サザさんはもう成長の限界に達してます。
      どれだけトレーニングを積もうが、アイク兄さんみたいにはなれませんよ?」
サザ  「知ってる。これは力を向上させるためのトレーニングじゃない。力を落とさないためのトレーニングだ」
マルス 「……サザさんの才能は別のところにあると思うんですけどね。
     純粋な戦闘力で最強格になれないと認めているんだったら、別のところに努力を注ぐべきだと思いませんか?」
サザ  「お前みたいにか?」
マルス 「……まあ、そうですね」
サザ  「なるほどな……お前の俺に対する嫌味が他の奴に対する嫌味よりもキツイ気がしていたが、気のせいじゃなかったか」
マルス 「……」
サザ  「……苛々するか? どう頑張っても大して強くなれない奴が、必死にもがいてるのを見るのは」
マルス 「……否定はしませんけどね。それ以上に不思議なんですよ。
     サザさんはアイク兄さんのことだってずっと見てるはずだし、漆黒さんにだって取るに足らない雑魚扱いされてる。
     そしてそれは揺るぎ様のない事実で、何をどう言ったところで『ミカヤは俺が守る』なんて台詞は単なるお笑い草の種だ」
     ……正直、理解できないんですよ。何故報われないと分かっているのにそこまで必死に努力出来るんですか?」
サザ  「……お前にもあったのか? ヘクトルやエフラムを見て、『どうして自分は兄さんたちみたいに強くなれないんだろう』と思ったことが」
マルス 「ご想像にお任せします」
サザ  「なら、そうさせてもらうか」

 サザは小さくため息を吐き、どこか遠くを見つめながら、

サザ  「俺は多分、強くなろうとして努力しているんじゃないし、団長や漆黒みたいなやり方でミカヤを守れると思っているわけでもないんだ」
マルス 「じゃあ、どういう?」
サザ  「一秒だ」
マルス 「は?」
サザ  「一秒、時間を稼げればいい。たとえば何か強大な敵がこの町に迫りつつあるときに、
     そいつらの足止めとして一秒でも多くの時間を稼げれば、それでいい。
     俺がこうして鍛えようとしているのは、そのための力だ」
マルス 「……たった一秒時間を稼いだところで、どうなるって言うんです?」
サザ  「そうだな。俺にとっての一秒はとても短いものだろう。俺が一秒生き永らえたところで、出来ることは一つも増えないかもしれない。
     でもそれが団長や漆黒やミカヤの一秒だったらどうだ?
     あの人たちなら、たとえ一秒だろうが時間が増えればその分、多くの物を守ってくれるだろうと思う」
マルス 「……」
サザ  「だから、一秒だ。俺はあの人たちの一秒になりたい。
     俺がいれば、団長たちの邪魔をする敵を一匹減らせるかもしれない。
     俺がいれば、団長たちに雑魚が群がるのを一秒遅らせられるかもしれない。
     だが、今鍛えなかったら、一秒を作るための力すら衰えて消えてしまう。
     自分の無力さや凡庸さは我慢できても、それだけは絶対に我慢できない」
マルス 「……本当に、そんな理由であれだけの修練を積めるものですか?」
サザ  「実際、やっているつもりだ。お前から見ると馬鹿らしいかもしれないがな。
     俺なりに、人を救いたいというミカヤの意志を助けるためにどうしたらいいか考えた結果がこれだ」
マルス 「……」
サザ  「……お前は立派だ。戦うための力は他の兄弟に及ばないかもしれないが、
     内心はどうあれ自分の才能をしっかり理解して、その上に努力を重ねている。
     並の奴に出来ることじゃないと思うぞ、それは」
マルス 「説教はごめんですよ」

 マルスはそう言って踵を返す。すると背後から、

サザ  「マルス」
マルス 「なんです」
サザ  「あまりミカヤに心配かけるなよ」
マルス 「善処します、とだけ言っておきましょうかね」

 気のない声で答えたあと、家路を歩きだす。
 背後からトレーニングを再開したらしいサザの息遣いが聞こえてきて、マルスは小さく微笑んだ。