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Last-modified: 2011-08-15 (月) 22:22:56

今日は今時の陽気から考えればかなり過ごしやすい日だ
寒すぎず、暑すぎず、程よい空気が優しく包み込んでる感じがする
そんな中俺は当然のごとく心地よい睡魔が襲ってきていた
俺はどんな睡魔だろうが逆らわず、そのまま身を任せるのを信条にしている
というわけで俺は部屋で腕を枕にし、その辺のソファーで心地よい睡眠を取る筈だった
「ハールさん! また寝てるんですか!?」
…この紅い髪の少女さえ来なければ

「ふあぁ…なんだ、ジル」
俺は仕方なく体を起こす、無視してもいいのだが俺がどういう行動を取ろうが
眠らせてくれる事は無いと言っていいからだ
俺が、ジル、と呼んだ紅い髪の少女は怒り半分、呆れ半分といった様子で
俺の元に歩み寄ってきた、また小言だろうが…
「なんだ、じゃありませんよ、午前中の仕事はどうしたんですか」
「仕事ったって今日の午前のは一件しかないだろう、急ぐこともない」
「いくら時間は指定されてないとは言えあまり遅いと失礼じゃないですか!」
「あぁ…うるせぇな」
ちなみにだがジルのいう仕事、とは飛竜を使った荷運びだ
飛竜は力強く、それでなかなか早いため便利とのことで
運送業としてはそれなりに儲かっている
ちなみに今日は世間一般で言う休日だがほぼ毎日営業しているため俺には実感が湧かない
「もう…そんなに寝たいなら仕事を終わらせてから寝ればいいじゃないですか」
「寝たいときに寝る、それが俺の信条だ」
「そんなもの信条にしないでください!」
「そういうお前はどうなんだ、お前も仕事あっただろうが」
「私はもう終わらせました、ハールさんと一緒にしないでください」
あーもう、と言った様子でジルが呆れた様子を全身で表現している、
脱力してるととってもいいか
「やる事やった後で寝るんなら私は何も言わないんですよ、
 快適な睡眠を取りたいならそうしてください」
「はぁー…わかった、わかったよ」
重い体を起こし支度をする様子にジルは驚いた様子だ
「あれ、珍しいですね、素直に動くなんて…」
「快適な睡眠のためだ」
「…やる事やってくれるならもういいです」
ため息をつくジルを尻目に俺は依頼者の住所をメモった紙を手に部屋を後にした

「あー…寒い」
さっき快適な陽気だとかいったが部屋の中と外ではだいぶ違う
とっとと仕事を終わらそうと思い、俺は飛竜のいる小屋の戸を開けた
小屋の中には飛竜は二頭いた、黒色と緑色である、俺の相棒は黒い方だ
「…よう、仕事にいくぞ」
相棒にそう言うと相棒はこんなに早くとは珍しいな、とでも言いたげに啼いた
「寝たければとっとと終わらせろって言われたんだよ」
結局それか、と言わんばかりにため息をつく相棒、性格面ではジルに似たか?
俺が相棒を連れて小屋を後にするときジルの飛竜が
いってらっしゃいとでも言いたげに啼いたのが聞こえた

相棒の背に乗り空を飛ぶ、風が地味に寒いぞ、おい
そんな事を思っていたら急に相棒が唸った
「ん? ああ、悪い悪い、依頼人はこっちだな」
今思えば行き先を告げてなかった、しっかりしろと不満の声を上げる相棒
「ああ、わかった、わかったから」
適当に受け流し、手綱を握り締めると相棒は進路を変え、寒空を飛翔した

ややあって無事に到着した、適当な所に飛竜を繋ぎ、依頼者の住居を訪問する
しばし待ち依頼者が出てきた
「ウホッ…あ、いや失礼」
何か言いかけたが何だ? まあいい、考えることでもないだろう
依頼者は紅い髪の男性だった
「依頼者のビラク殿か?」
「ああ、そうだ、待っていたぞ」
…ん? そういえば今気付いたがどこかで聞いた名だ…どこだったっけか、まあいい
「飛竜便だ、早速だが届け物を預かりたい」
「ああ、これだ」
ボスッと俺の手に小包が渡された、見かけに反して重量がある
だが重いかといわれると全く重くはない
「どこの誰に渡すんだ?」
「へっきゅ…ゲフンゴフン、失礼、兄弟家のヘクトルだ」
「…わかった、確かに預かった」
何故だろう、コイツの目が一瞬だけキラキラした物に変わった
それも俺に僅かながら鳥肌を立たせるとは…
少し足早に荷物を持って相棒の元へ急いだ、近くにいたら何かヤバイ気がする
「行くぞ相棒、行き先は兄弟家だ」
返事の代わりに俺を乗せる体勢を取る、暗黙の了解だ
俺は手綱を取り、再び飛翔した

「あぁ…やっぱり寒いな」
またしばらく飛行し、兄弟家に到着した、とっとと終わらせよう
届け物を手に呼び鈴を鳴らす、少しの沈黙の後家から人が出てきた
「はい、どちら様…あら、ハールさん」
出てきたのはエリンシア殿だった、一応面識はある
「飛竜便だ、ヘクトル宛てにな」
「まあ、この寒い中ご苦労様です、今本人を呼んできますから、とりあえず中にどうぞ」
「いや、構わない、外でいいさ」
「でも、寒いでしょう、冷えてしまいますし、せめて玄関口には居てくださいな」
「…わかった、感謝する」
言葉に甘え玄関に入らせてもらった、ここにいるだけでもだいぶ暖かく感じる
いくら快適な気候とは言えこの時期を飛行すれば自然に体は冷える
「おう、悪い待たせた」
依頼主の到着か
「届け物だ」
俺は小包を渡す、受け取ると届け物を様々な視点で見始める
「ふーん…誰からだ?」
「ビラク殿からだ」
…なんだ? 俺何か悪いことを言ったか?
急にヘクトルの顔が凍りついた、と思った直後
「んなもん持ってくるんじゃねぇーーー!!」
ものすごく青ざめた顔で届け物を突っ返された、おいおい…
「返されても困るんだが」
「うるせぇー! とにかくんなモン受け取らねぇぞ!!」
…何を必死になってるんだ? しかしこのままでも困る
「おい、いい加減にしてくれ、こっちとしては受け取ってもらわんと困るんだ」
「そうだ、ヘクトル、ちゃんとビラク殿の贈り物を受けろ」
少しイラつき始めたその時、ヘクトルの影から別の声が聞こえた
この声は確か…
「エフラム、だったか」
「ああ、そうだ、それはそうとしてヘクトル、何故ビラク殿の気持ちを受け取らん!」
「だからいってんだろうが! 何が悲しくて男が男からの愛なんぞ受け取らにゃならねぇんだ!!」
ちょっと待て、コイツなんて言った?
男が男…愛? いやいやいや…!?

「待て、お前らそういう関係だったのか…!?」
俺は思わず後ずさった、俺はとんでもない事に首を突っ込んでしまったか!?
「そうだよ、ヘクトル兄さんとビラクさんはそういうご関係に」
「戯言言ってんじゃねぇ、ロイ!! てめぇ、いい加減に…!」
「ああ、ごめんごめん、『まだ』、だったね」
「『まだ』じゃねぇ! 一切、俺はそんな関係にはならねぇからな!」
「やめて! これ以上家をカオスにしないで!!」
「ん、ハール、配達か? それはそうと姉さん、腹が減った」
「あ、はいはい、ちょっと待ってくださいねー」
いつの間にか兄弟家の長女や末っ子までいる…何故か続々と集まってきてる
というかこの騒ぎの中普通に過ごすそこの二人はどういう神経してやがる
「おい…とりあえず届け物は受け取れ、俺が困る」
そんな騒がしい中俺が口を開くと全員静まった、続いてヘクトルに視線が集中する
「ヘクトル、とにかく今は受け取れ、ハール殿に失礼だ」
どこから湧いてきた一家の長男…
「ちっ…わかったよ」
それだけ言うとヘクトルは届け物を手に走り去って行った
「…助かった、感謝する」
俺としては用件が済ませられたのだ、その意味を込めて礼を言った
「いや、むしろこちらが謝罪するべきだろう、すまなかったな」
逆に頭を下げられた、気にするな、と返し、俺は兄弟家を後にした

俺は相棒を繋いである場所へと足を運んでいた、ようやく帰れる…
「おい、待ってくれ!」
と思った矢先に呼びとめられた、しかもこの声は
「ヘクトル…何か用か」
「あんた、配達が仕事だよな?」
「ああ…それがどうした」
さっきの今だ、正直嫌な予感がした、そしてそれは悲しいぐらいに的中する
「なら俺からの依頼だ、これをあいつに届けてくれ!」
「はぁ!? つーかこれさっき届けたやつじゃねぇか!」
俺の手に再びさっきの小包が渡される、違うのは開けた形跡がある事と
さっきより重量が増していることだ
「依頼は依頼だ! 文句は言わさねぇ!」
「あのなぁ!」
「頼む、あいつのものを手元に置きたくねぇんだ、この通り!」
正直強引に突き返そうかと思った、だが目の前で土下座までするとは…
まあ…気持ちはわからんでもない、コイツにすれば非常事態なのだろう
さっきの騒ぎで俺はようやくビラクという名がなんで覚えがあったのか思い出した
巷で噂になっていたのだ、兄弟家のヘクトルにご執心なのだ、と
俺は深い溜息を吐いた
「…わかった、だが無茶な依頼はこれっきりにしてくれ」
「…! 恩に着るぜ! これは料金だ!」
ガバリと体を起こし、俺に通常より若干多い金を渡し笑顔で家にダッシュで帰っていった
…しかしなんで開けた形跡がある? まあいい、とっとと終わらせて帰ろう
「相棒、さっきの依頼主の所へ飛ぶぞ…」
心なしか相棒もげんなりした様子だった、わかるぞ、お前の気持ち

本来飛ばなくてもよかったはずの距離を再び飛翔し、先ほどの依頼主の元へ到着した
「ん? あんたはさっきの配達人じゃないか、どうしたんだ?」
「あんたに届け物だ、兄弟家のヘクトルからだ」
「何!? へっきゅんからだと!?」
とんでもない愛称らしきものは聞き流し、俺は小包を渡す、俺は何も聞いてないからな
「これ…さっき俺が送ったのと先日へっきゅんに送ったラブレターの束じゃないか…」
んなもん送ってやがったのかコイツは、つか重量変わるほどの量だったのか

「何故だ…何故返したんだ」
「あんたはヘクトルが好きなのか」
正直聞くのさえおぞましかったが、聞いてみる
「ああ、むしろ愛している、俺は…」
…目に見えて落ち込んでいる、しょうがない…
「…あんた、相手の気持ちを考えたことはあるか」
自分が送りつけたものを手にしながら俺に目を向ける、
こんなのは性分じゃないが…また面倒起こされてもかなわんしな
「あんたは何故自分が送った品を突っ返されたのか、その理由がわかるか」
「…」
…無言か
「ヘクトルの意思に反するからだ、あいつはこんなものを求めてはいない」
ビクッと体が動いた、現実を突きつけられたからか?
「ヘクトルは言っていた、おまえのものを手元に置きたくない、と」
「…」
ついに俯いてしまった、仕方ない、コイツ自身のためでもあるしな…
「自分の気持ちを示す前にあいつの気持ちを考えたか? もし考えたことがあるならば…」
「…あるならば?」
「その上で自分に向き合ったか? 本当にあいつの気持ちを理解しようとしたか?
 人の気持ちをわかる人間になれとは言わん、むしろそんな奴いない方がいい、
 人の気持ちをわかった気になっている奴が一番わかってないからな
 だが理解しようとする心は人と付き合う上で大事な土台じゃないのか?」
「…そうか、俺は、見えてなかったのか…」
…納得いったのか、あれで…?
正直最もらしい事を並べ立てた感じだが…俺に『愛』なぞわからんし…
だが、俺が言った言葉で心からの本音がある、人の気持ちがわかる人間を自称する奴が一番ダメだ
「すまない、目が覚めた、ありがとう」
握手を求められた、少し戸惑ったが、それに答えることにした、まあなんにせよこれで終わった
事の発端に背を向け、相棒の所へ歩き始める、片手を挨拶代わりに挙げながら

「じゃあな、俺はこれで…」
「へっきゅんが求めていたのは『俺自身』だったんだな!!」
「はぁ!!?」
俺は思わず振り返ってしまった、そこにはものすごく活き活きとしたビラクがいる
「つまり俺の送ったものを返したのはこんなものでなく『側にいてくれれば良い』という意味なんだな!
 全く、ツンデレだなぁ、ふふふふふ」
何やらものすごい方向に話が進んでいる、ていうか待て、もしかしてこれは俺のせいか!? おい!
「お、おい落ち着け、なんで」
「よし、君を俺とへっきゅんのキューピットの一人にしてやろう!」
「断固拒否する! ていうか人の話を…!」
「安心しろ! 式にはちゃんと呼んでやるとも!
 うおおおおお! 待っててくれ、へっきゅん、贈り物は俺だぁーーー!!」
聞け、と続けようとした俺の脇をものすごいスピードで走り去って行ってしまった…
どこからか持ってきた長いリボンを自分の体に器用に巻きながら…しかもピンク色の
…あいつキューピットの一人、と言ったな、他にもいるのか…
「なぁ、相棒」
繋いであった相棒の元へ到着し、俺は相棒に呼びかけた
なんだ、と問うような目で俺を見る
「…今日はいい天気だな」
天を仰ぎながらそう言った俺に
そうだな、という返事か相棒は短く唸った、ああ、良い天気だ
このまま帰ったら、寝るとしよう、こんなに恵まれた天気なのだから、
そしてまたジルに小言と共に起こしてもらおう、今日も何事もない一日だ、
いつもの日常を、いつも通りに過ごそう、俺は相棒に乗り帰路についた

「ハールさん? どうかしたんですか…?」
「何がだ」
「その…今までないぐらいに疲れた顔をしてるような」
「気のせいだ、俺は寝る、後で起こしてくれ」
「あ、ちょっと…しょうがないですね」

さあ、現実とは相反する世界、夢の世界へと旅立つとしよう