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Last-modified: 2012-08-24 (金) 20:02:17

374 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/28(木) 22:49:12 ID:qFwooMZZ

続きです。

第四章 封印せし者(その2)


「セシリア先生!それに、みんなも・・・!いったい、どうしてここに?」
 セシリア達の姿を認めたロイが、驚きの声を上げる。今頃、中学生である
リリーナやウォルトは勿論、教師であるセシリアもまた学校に待機しているはずだ。
それが、どうして竜があふれる町中、それも災禍の中心と思しきベルン署の
すぐ目の前であるここにいるのか。
しかし、疑問には答えずにセシリアがロイに声をかける。
「ロイ、それは後にしましょう。とりあえずは、この道を外れます。
リリーナ、ウォルト!あなた達も一旦下がるわよ!」
 セシリアが声をかけると、リリーナとウォルトはロイの方へ向かって来て、
その両脇を支えるようにして歩く。
「ロイ様!大丈夫ですか!?」
「ロイ・・・ひどいケガ。さぁ、私達に捕まって」
「・・・ありがとう、二人とも」
 幼馴染達の心底心配そうな顔を見て、ロイがすまなそうに、それでいて確かな
感謝をこめて伝える。

「ロイ。まずは、こっちへいらっしゃい。癒しの魔法をかけてあげるわ」
 セシリアの言葉に、ロイは困惑の表情を浮かべたまま、それでも素直に従う。
 ロイが足を引きずりながらセシリアのもとへ向かおうとすると、すぐにウォルトと
リリーナがその脇を支える。
 セシリア達が現れたすぐ後、ロイとセシリア達は大通りの脇に入った小道、
ロイが来た道とは丁度はす向かいとなる路地に撤退した。ロイやセシリア、
リリーナやロイのクラスの同級生たち十名前後が狭い路地裏に密集しているせいか、
やや窮屈に感じるかも知れない。
 竜達は去る者は追わないのか、それとも先程の魔法の威力を警戒してか、
追ってくる気配は無い。

 二人に支えられ、ロイがセシリアの前に来る。セシリアは何か言いたげな、
怒っているような表情をした後、一度ため息をついてからロイに語りかける。
「・・・ふぅ。まぁ、説教はこの件が落ち着いてから、ということにしましょう。
さぁ、ロイ。目を閉じて、気を楽にして」
 ロイが素直に目をつむると、セシリアは右手に持った杖を馬上からロイの頭にかざす。
 掲げた杖の先端に収められた青い水晶に日の光があたり、セシリアが乗っている馬の
前足の横に、青い影が浮かぶ。そして、癒しの魔法が込められた杖にセシリアが
己の魔力を流すと、今度は水晶自体が淡い輝きを放ち始める。
「・・・聖女エリミーヌよ。その奇跡の業をここに!」
 真白。
 目を閉じているロイでも分かるほどの眩い光があたりを白く染め上げる。
先程のフォルブレイズやミュルグレが力を解き放った時と同じ輝きが杖の
先端から洩れ、次いで、やわらかい光がロイを包み込む。
(暖かい・・・。まるで、陽だまりにいるようだ)
 ロイは自身の体が、暖かい何かに包まれていくのを感じた。
季節が冬ということで、そのぬくもりに心地よさを感じるわけではない。
もっと、生命の根源に訴えかけるようなそれは、あるいは母親の胎内を思わせる。
全身を包む心地よさにロイが意識をゆだねると、先程まで体中にあった痛みが
まるで溶けていくかのように消えていった。
「さぁ。もう目を開けていいわよ」
 セシリアの声に、ロイが瞼を開ける。自分の体を見渡し、リリーナとウォルトから
体を離してもらい、手や足をぶんぶんと振ってみる。
「すごい・・・。傷も痛みも、全く残ってないや。
それどころか、体力まで元に戻ってる!
先生、今の魔法はもしかして・・・」

375 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/28(木) 22:50:11 ID:qFwooMZZ


 自らを包み込んだ魔法の正体に思い至り、確かめるような視線をセシリアに送る。
 優れた回復魔法やその使い手でも、傷の治療と体力の回復を同時に、それも
完璧に行うのは難しいとされる。回復や、相手の精神に異常をきたす種類の魔法、
魔道書ではなく杖を用いて行使される魔法は、ほとんどがその対象を一つに絞られるため、
「傷の治療」と「体力の回復」という二つの動作を同時に行うことができないのだ。
高位の杖の中には複数の対象へ奇跡の力を示すものもあるが、そのようなものでも
完璧な治療を行うのは難しい。
 しかし、何事にも例外があるように、複数の対象を、完全に回復治療する
ための魔法、その媒体となる杖も極僅かではあるが存在する。それが――
「えぇ、あなたの予想しているとおりよ。えらいわロイ。
ちゃんと、私の授業の復習を怠っていないようね」
 見上げてくるロイに対して、セシリアが右手に持った杖を掲げてみせる。
その杖の細長い銀の柄には細やかな金の細工が施されており、柄の先に青く
透き通る水晶がはめられている。水晶の周りは金冠で覆われており、その両脇
にやはり黄金の、翼のような飾りが一対伸びている。太陽に照らされキラキラ
と輝く水晶は、まるで命の輝きそのものかのようだ
 美しさと荘厳さ、そして神秘さが同居したその杖を見て、ロイが(予想は
していたものの)驚きの声を洩らす。
「やはり・・・【聖女の杖】ですね?それに、フォルブレイズやミュルグレも。
一体、どうやってここまで持ち出したんですか?
いや、そもそも、どうしてここにいるんです?
学校で待機してるように指示したのは、先生じゃないですか」
 矢継ぎ早に質問を、セシリア達の姿を見た時から思っていた疑問を浴びせる
ロイに、セシリアが馬から降りながら、不機嫌さを隠そうともせずに答える。
「えぇ。指示しましたとも。教室で待機しているように、クラスにいた『みんな』にね」
 『みんな』を強調しながら、セシリアがロイの前に自らの顔を近づけながら言う。
セシリアよりもまだ幾分身長の低い、ロイの視線と自分の視線を合わせた為に
やや屈んだ態勢になったので、お互いの顔が近づいたのだ。
「それなのに、教室に様子を見に戻ったら誰かさんが居なくたってるんですもの!
私がどれだけあなたを心配したか・・・。大切な生徒の身に何かあったら、
悲しむのはご家族だけではないのよ?」
「はい。――すみませんでした」
 怒った顔を、それでも本当に心配そうな顔をしているセシリアに、ロイが素直に謝る。
 セシリアはそれを受けて一応は許したのか、それとも今は叱っている余裕がないのか、
一拍置いて話を切り替えようとする。
「――まぁ、説教は後でと言いましたからね。今は、用件だけを済ませましょう」
(やっぱり後で続けるのか・・・)
 仕方ないと思いつつも、ロイはややげんなりと心の中でつぶやく。無論、
顔には出さないが。――出したら『セシリア先生のお説教授業(チュートリアル)』
が五割増コースになるのは間違いない。
「それで、私達がどうしてここにいるかね?それはもちろん・・・」
「お前を心配して来てやったに決まってんだろ!」
 セシリアが言い終える前に、その脇からひょこっと、くすんだ金髪の少年、
チャドが顔を出して言う。
さらにその脇から緑色の髪をした、よく似た―というより、目つき以外まったく
同じ容姿をした二人が顔と声を出す。チャドの親友であり、ロイのクラスメート
でもある双子の兄弟、ルゥとレイだ。

376 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/28(木) 22:51:00 ID:qFwooMZZ


「ロイってば、一人で飛び出して危ない真似するんだもんね。
しかも、あんなケガまで負ってさ」
「・・・ふん。俺はお前みたいにお人よしじゃないからな。
誰かれ構わず助けに飛び出すなんて馬鹿はしないけどな」
「それでも、クラスメートのためには学校を飛び出しちゃうんだよね、僕の弟は」
「チッ・・・」
 兄の言葉に、レイが恥ずかしそうに顔をそむける。
「みんな、ロイ様を心配して、お力になるためにここまで来たんです」
「私達みんな、ロイのことが大切ですもの」
 三人の言葉を受けて、両隣の幼馴染も恥ずかしがる様子もなくロイに伝えてくる。
「ウォルト、リリーナ、みんな・・・!」
勝手に教室を飛び出した自分のために駆けつけてくれた。
そんな級友達の姿に、ロイの言葉が詰まる。

「ロイ?よろしくて」
「あ、はい!お願いします、先生。」
 そんな教え子たちの姿を微笑ましく、そして誇らしく見つめていたセシリアが、
しかし今は時間がないとでも言うように話を元に戻し、ロイもセシリアに意識を向ける。
「どうしてここにいるか。その理由は、チャドが言った通り、あなたを心配してよ」
「ありがとうございます。みんなが来てくれなければ、竜にやられてしまっていたと思います」
 ロイが、セシリアにというよりも、この場にいる全員に向けて礼を言う。
先程までは何が何でも突破すると決めていた竜の群勢。今でも選択に後悔は無いが、
実際問題、あの後どうなっていたかを考えると恐ろしいものがある。
「いいのよ、ロイ。だって、私達いつもロイに助けられているんだもの。
だから、私達もロイを助けなきゃ」
 今度答えたのはリリーナだ。その言葉に対して、ロイが申し訳なさそうに返す。
「そんな。僕なんか、みんなに何もできていないじゃないか。
そんな僕のために、こんな危険なところまで・・・」
「くすっ。ロイの、そういうところに助けられてるってことよ」
「?」
 ロイには、リリーナのほほえみの意味が今一つ把握できなかったが、
「いいじゃない。大事なのは、私達があなたを助けたい、そう思ったことでしょう?」
「・・・・・・」
 それでもロイの胸に、熱いなにかが込み上げてきた。

「・・・こほん。よろしくて?」
「す、すみません、先生!私ったら・・・」
「あの、話の続きをお願いします!」
 先ほどのよりも幾分不機嫌そうな声で、セシリアが見つめ合う二人の間に
割って入ると、ロイとリリーナがパッとセシリアの方に向いた。
そしてなぜか、二人の胸に先ほどとは別の熱、恥ずかしさが湧いてくる。
それを腹の中に押し戻すかのように、ロイが焦った調子でセシリアに続きを促した。
「ここにいる理由は言った通り。でも、ここに来れた理由、つまり、ロイが
ここに向かっていると知ることが出来たのは、ソフィーヤの占いのおかげよ」
「ソフィーヤの?」
 ソフィーヤは確か、朝は学校にいなかったはずだ。周囲を見渡してみても、
その姿は見えない。ロイがそう考えていると、その疑問を感じ取ったセシリアが
先んじて答える。
「ソフィーヤは遅れて学校に来て、今はスー達と一緒よ。町の中で、逃げ遅れた
人を彼女の力で探して、避難させているはずよ」
 なるほど。ソフィーヤが一緒ならば、ベルン署の人間では見つけられないような
(寝たきりで動けない老人等は、家に避難を促す警官が尋ねてきても、出られずに
留守だと思われてしまうかもしれない)、逃げ遅れた人の救出もはかどるだろう。
スーの馬を使えば、その効率も上がる。
 セシリアの短い説明でそこまで理解し、ロイが納得の表情を浮かべる。
「それで、ソフィーヤは占いで何と言っていたのですか?」
 そして肝心の部分について尋ねると、セシリアがまたも簡潔に、要点だけを
掻い摘んで答える。

377 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/28(木) 22:51:58 ID:qFwooMZZ

10
「あなたが危険だということ。ベルン署に向かっていること。
怪我をしていること。封印の剣を失っていること。
・・・これだけ分かっていれば、私達が学校を抜け出す理由は十分かしらね?」
 セシリアが、少し冗談めかした笑顔を作りながら言う。教師でありながら
生徒を引き連れて学校を抜け出したことに対して、やはり少なからずまずい
と感じているのかも知れない。
「それで、あなたがベルン署に向かっているということは、ベルン署にあなたの目的。
そして、今回の事件の原因があるのでしょう?」
 すぐに真面目な顔を作り直して、セシリアがロイの顔を見つめてくる。
「はい。そして、その為にはゼフィール署長と戦わなくてはいけません」
「ゼフィール署長・・・。彼は、強すぎるわ。勝算はあって?」
 ゼフィールの名を聞き、セシリアの肩がロイ達に気づかれない程度に強張る。
 ベルン署長ゼフィールと言えば、この町でも屈指の戦闘力を持つ化けものだ。
そんな相手に、ロイのような子供が挑むなど正気の沙汰ではない。
「・・・正直、ありません。さっきも、ゼフィール署長と戦い、負けてしまいました」
「! そう・・・。あなたの傷は、竜につけられたものではなかったのね?
でも、無事で本当に良かったわ」
 口に出すことで、今さらながらその事実を改めて認識する。
 自らの言った言葉にロイが沈痛な面持ちを浮かべると、それを見たセシリアは
自らの驚き―ゼフィールとすでに交戦したといことへの驚きだ―を押し隠して、
慰めるように声をかける。
 しかし、セシリアの声を受けてもロイの顔は晴れない。なまじ、今まで一人で
突っ走り、そして自らが動くと決め込んでいた為に深くは考えていなかったが、
こうして皆に救われ、落ち着いて足を止めてみると、置き忘れていたショックが
追い付いてきたようだ。
「相手が神将器を持っていたとはいえ、封印の剣を持っていたのにやられてしまった・・・。
しかも、封印の剣もゼフィール署長に持っていかれてしまいました。
次に戦うときは、彼の手にはエッケザックスと封印の剣があります」
 やはり自らの神器、封印の剣を用いて負けてしまったことと、
剣を失ってしまったことが堪えていたらしい。
 ロイにとって封印の剣は、別に生まれたときから持っていた宝物でも、
両親の形見でもない。偶然手にすることになった剣だ。
 しかし、それでも封印の剣がロイを選んだように、ロイにとってもまた、
かの剣は掛け替えのないものであり、自らの体の片割れの様に思っていた。
そして、それだけに封印の剣の力に、絶対の自信も持っていた。
 それらが、すべて奪われてしまったのだ。
 今まで意識していなかったショックと不安に苛まれるロイに、しかしセシリアは
笑みをつくりながら言う。
「安心なさい、ロイ。あの剣、【封印の剣】はあなたにしか扱えない筈よ。
たとえゼフィール署長が強大な力を持ち、元々あの剣を伝えてきた家の者だとしても、
結局あの剣が選んだ主はあなたなのだから。
だから、警戒すべきは彼の持つ神将器【エッケザックス】のみよ」
 『エッケザックスのみ』といっても、エッケザックスもまた尋常ならざる
力を持つ神器なのだが・・・。そう思わないでもなかったが、今さらそんな
ことを気にしていても仕方がない。
 どちらにせよ、自分が為すことは一つだ。ゼフィールを倒し、イドゥンと
ファを救いだす。
 そう考え、ロイが気を取り直す。
「ありがとうございます、セシリア先生。
・・・それでは、僕はもう行きます。傷が治った今なら、竜の攻撃を避けながら、
きっと署まで辿り着いて見せます」
 そう言って、ロイがセシリアやリリーナ達に背を向けようとし、それをセシリアが声で制する。

378 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/28(木) 22:52:49 ID:qFwooMZZ

11
「一人で行くのかしら?ロイ」
 まるで授業中に生徒を試すような、さっき言った公式を覚えているかどうか
確認する時のような言い方だ。
「・・・いえ」
 その言葉に、ロイが足を止め、改めてみんなのほうに向きなおる。
 その視線の先には、リリーナにウォルト、セシリアにルゥ、レイ、チャド。
キャスやシャニーの姿もある。
 ロイは一人ひとりにその意思を確かめるような、それでいてなにかを頼むかのような目線をやる。
「僕一人の力では、ベルン署まで辿り着くのは難しい。
危険だと分かっていることにつき合わせて悪いとは思うんだけど、
みんなの力を貸して欲しい」
 まっすぐと見据えるその瞳。その力強さは、兄姉達から譲り受けた兄弟家の眼だ。
 その眼を見て、各々が嬉しそうに声を上げる。
「はい、ロイ様!」
「行きましょう?ロイ」
「へへへ、そうこなくっちゃな!」
 そしてセシリアも、満足げな笑顔を浮かべる。
「よろしい。でも、焦っては行けなくてよ?ロイ。
私の話はまだ終わっていません」
「え?」
 セシリアの言葉に、ロイの口から思わず音が漏れる。
「先ほどのあなたの質問。【聖女の杖】や【業火の理】がここにある理由だけど・・・。
実は、私達が学校を抜け出す前に、理事長が貸して下さったものよ」
「理事長が?」
 意外な人物が出てきて、ロイが少し驚いた顔をした。
「えぇ。私達のやろうとしていたことを存じ上げていたようね。
それで、教材用にアトス様やゼロットさん、ヨーデルさんやダヤンさんから
お借りしていた神将器を、特別に貸して頂いたのよ」
「そうだったのですか・・・」
 教材用。そういえば、いつか授業で人竜戦役について習った際、せっかく
本物があるのだからということで実物を借りてきてもらって見た記憶がある。
デュランダルやアルマーズはそのあとすぐ兄弟家に持ち帰ったのだが、他の
物はまだ学校で保管していたらしい。
「それで、今大事なのは、私達が借り受けてきた神将器では、竜と戦うことは
できても、ゼフィール署長には勝てないということよ。
・・・残念だけど、私達と彼では力の差がありすぎて、例え同じ神将器を
持ってしても、彼とは渡り合えないの」
「・・・」
 ロイは黙って聞いている。つい先ほどゼフィールの力を目の当たりにし、
その身に受けたロイにはその言葉の意味が十分過ぎるほどに理解できていた。
彼は、強い。強すぎる。だからこそ、ロイも元々リリーナやウォルトに
ゼフィールと戦って貰おうとは考えていない。
 なにより、彼と戦い、この事件に決着をつけるは自分の仕事だと、ロイは
そう考えていた。
「だから、私達に出来るのは神将器を使って、竜たちを引き付けることだけ。
その後は、あなたの仕事になってしまうわ」
「はい、分かっています」
 ロイの返事に迷いは無い。
(・・・まったく。ここまでまっすぐなのも、考えものかもしれないわね)
 自分の身の安全というものを勘定から抜かしているようなロイの姿を見て、
セシリアは教育方針を考えなければなどと思う。
「まぁ、いいわ。それでは、私達は目の前の大通りで、竜をなるべく署から
遠ざけるようにします。
ロイ、あなたはベルン署の裏門から中に入りなさい」

379 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/28(木) 22:55:03 ID:qFwooMZZ

12
「裏門?そんなものがあるのですか?」
「えぇ。署の裏手。集会などを行うためのグラウンドにあるらしいわ」
 幸いなことに、ロイ自身は警察署の世話になるようなことはしたことがない。
署の裏門について知らなくても無理はないだろう。
「もっとも、その裏門に出るにしても、この大通りを進まなくてはいけない
ことには変わりないわ。裏門へと行くには、ここからさらにベルン署に寄った
脇道に入る必要があります。
その道を通れば、竜との戦いを避けられるでしょう」
「そこまでの道なら、俺達が知っているぜ」
 先ほどと同様に、チャドから横から顔を出す。その隣には、オレンジ色の
髪の少女、キャスもいる。
「まぁ、脇道とか裏口とかはあたし達の専門だからね」
「ありがとう、二人とも。助かるよ」
 チャドやキャスは、身のこなしこそ素早いものの、他のクラスメート、
リリーナやルゥ達と比べて戦う手段に乏しい。それなのにここまで駆けつけて
くれたことにロイが改めて感謝を示す。
「べ、べつにあんたを心配してきたわけじゃないんだからねッ!?
あたしは、その、町が大変だから出てきただけなんだから、勘違いしないでよッ!」
「うん、分かってるよ」
「・・・どういう意味で『分かってる』わけ?あんた」
 顔を赤くしてまくし立てたキャスに、ロイは落ち着いた体(てい)で返す。
その様子が、どうやらキャスは気に入らないようだ。
「おい。いいから、道の説明をするぜ」

 それから、短い時間でロイ達は打ち合わせをすると、いよいよ竜がひしめく
大通りに打って出ることにした。
 その直前に、リリーナとシャニーがロイに話しかけてくる。
「ロイ君。これを受けとって」
 シャニーが、天馬に括りつけられた物をはずして、リリーナと二人で持って
ロイに差し出す。
「なに?」
「エリウッド兄様がロイに渡して欲しいって、預けてくださったものよ」
 ロイが両手を差し出してそれを受取る。その手に、ずっしりとした重量が伝わる。
「これは・・・!本当に、エリウッド兄さんが僕にこれを渡してくれたの?」
 それを手にした瞬間に、ロイにはその白い布に包まれたものが何であるのかが
分かったようだ。
顔にはっきり驚きと、喜びを浮かべてリリーナとシャニーに尋ねる。
「うん。それと、リンさんも一緒だったんだけど、ロイ君のこと、心配してたよ?」
「そうか・・・。ありがとう、シャニー。リリーナも。おかげて、勇気が湧いてきたよ」
「気をつけてね・・・ロイ!」
「あぁ。分かっているよ。よし!それじゃあ、みんな、行こうッ!!」
「よーし、いっくぞーッ!」
「「「おーッ!!」」」
 ロイの号令に、シャニーが、他のみんなが答え、そしてロイ達は身を隠していた
脇道から大通りへと戻る。

380 :とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール):2010/01/28(木) 22:55:53 ID:qFwooMZZ

13
――グゥウウオオオアアアァアッ!!
 ロイ達の姿を見て、ベルン署の前を塞いでいた竜達が再び雄たけびを上げる。
 しかし、その声に怯む者はいない。
「精霊達よ、私に力を貸してッ!」
 リリーナがその言霊に力を宿し、魔道書に魔力を通す。
「疾風の弓よ、貫けッ!」
 ウォルトの持つ神将器が、風を巻き起こす。
「みんな、無理をしては駄目よッ!」
 セシリアが癒しの杖を掲げながら、風刃を飛ばす。

 それらで出来た竜達の隙を縫いながら、ロイが大通りの少し先にある脇道を目指す。
チャドとキャスから聞いた、裏門へとつながる道だ。
 そして、ロイがその脇道に入ろうか否かというところで、リリーナの張り上げた
声がロイの耳に届く。
「ロイーッ!ヘクトル兄様が、『後のことは気にしないで思いっきりやって来いッ!』って、
ロイに伝えてって――ッ!」
 リリーナの声にロイが右手を大きく上げて答えると、その姿は脇道へと消えていった。

(まったく・・・ヘクトル兄さんらしい励ましだな)
 リリーナの声を思い出しながら、ロイが走る。その足には力が戻っており、
風を切るようにして路地裏を疾走する。
――『後のことは気にしないで思いっきりやって来い』
 実にヘクトルらしい、いい加減で投げやりで適当で、それでいて頼もしい励ましだった。
 次に、ロイは背中に背負った白い包み、エリウッドから託されたものにそっと右手を回す。
白い布越しに、硬い感触が伝わり、それでいて体の奥底から力が湧きあがる
ような感覚に包まれる。
 ヘクトルの、リンの、そしてエリウッドや駆けつけてくれたセシリアやリリーナ、
友人達の気持ちに、ロイの心が勇気づけられる。今からあのゼフィールと
対峙するというのに、その顔にはかすかに笑顔が浮かんでいた。そして・・・

 ロイは目の前に迫ってきた黒塗りの大きな門を、開けることなく、その上部に
手をかけて飛び越える。
 タッ、と。靴が土の地面を踏む音がする。
 ロイはそのまま目線を前方に移す。その先には、
「・・・まったく。警察署の門を飛び越えるとはな・・・」
「ゼフィール署長・・・。
――! イドゥンさん、ファッ!」
 倒さなければいけない男と、救わなければいけない少女達の姿があった。