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Last-modified: 2011-08-15 (月) 00:39:14

第二章 疾走―対峙(後編)

「――とりあえずは、竜王家に向かおう」
  走りながら、次の目的地を定めるロイ。現状、未だ情報は無いに等しい。
例えイドゥンがこの件に関わっていようがいまいが、これだけの竜が町に溢れ
ているのだ。
この町の竜族の元締めである竜王家まで行けば、何かしらの情報は掴めるだろう。
(竜王家の人達は、まだ家にいるだろうか?
いや、たとえいなくても、とにかくイドゥン達の手がかりを探さないと・・・!)
 幸い、竜王家は兄弟家の近所にある。走れば、それこそものの数分も掛からないだろう。
しかも――

 考えながら走るロイの前方に、火竜が横道から現れるのが見える。
火竜はロイの姿を認めるとそちらに向きなおる。
「グルゥゥオオォォオオオーーーーッ!!」
 火竜の咆哮が響く。どうやらロイを威嚇しているようだ。
しかし、ロイは立ち止まらない。
「見つかったか。威嚇をしているようだけど、近づいたら襲ってくるつもりか!?」
 疑問の答えはすぐさま出る。ロイに再び咆哮をあげる竜は、ロイが立ち止ま
らないと悟ったか、その巨体をまっすぐにロイに向けて突っ込んでくる。
 体当たりなどといった生易しいものではない。竜の巨体は、車道を走るトラック
ほどの大きさがある。しかも、その動きは想像よりも遙かに機敏だ。
こんなものとぶつかれば、とても無事では済まないだろう。
 しかし、それでもロイは怯まずに、敵意をむき出しにしてくる竜に向って
『警告』する。
「争う気がないのなら、通してもらう!もし戦いの意思があるのならば、
剣をもってでも押し通るッ!それが嫌ならば、おとなしくどいてくれッ!」
 竜は止まらない。そして、ロイも。このまま進めば間違いなく両者は
ぶつかり、その結果どうなるかは言うまでもないだろう。
 しかし、両者がぶつかることなどない。両者の距離がゼロとなる前に、勝負は着く。
 ロイは腰に下げた鞘から封印の剣を抜き放つ。竜は、まだ剣戟の間合いにはいない。
しかしそれでも、封印の剣にとっての間合いには十分だった。
 ロイが走りながら頭上に剣を掲げると、その剣身が炎に包まれる。
そして、ロイが剣を思い切り振り下ろすと、
 ゴガガァァッ!!
 未だロイの前方にあった竜の目の前で、巨大な爆炎が上がる。爆炎が竜を
巻き込むと、竜は先ほどとは違う種類の咆哮をあげて、足を止める。
 炎が晴れると、竜は完全に意識を失って崩れ折れる。
その際の振動で地面が大きく揺れるが、ロイは気にせずに走り続ける。
「――すまない。でも、今は立ち止まっている余裕はないんだ!」

 竜王家は兄弟家の近所にある。走れば、それこそものの数分も掛からないだろう。
しかも――竜はすでに、避けて通るに値しない。

「はぁ、はぁッ」
 学校を出てから走り通しのロイの息は、すでにかなり上がっている。それでも、
足を止めることなくロイは進み、そして前方に、竜王家の大きな屋根が見え始める。
家を出てからここまで、短い距離の中すでに数体の竜の相手をしたロイは、
一応の目的地の姿を目に納めて安堵する。
「はぁ、これで、イドゥンさんの、手掛かりをつかめれば、この事態も、
収めることが、はぁ、できる、はずッ」
 そう思い、さらに足を速めようとするロイの足が、前方にいる者の姿を捉えて
思わず止まる。
 竜ではない。竜では、今のロイの足を止めることはできない。
竜以上の威圧感を放つ者、それは――
「はぁ、ゼ、フィール、署長・・・。どう、して、ここに?」
 息を継ぎながら、ロイはその男、この町の警察機関の頂点に立つ男、
ベルン警察署署長、ゼフィールの名を呼んだ。

「兄弟家の末弟か。」
 男、ゼフィールが、ロイの姿を確認して声を発する。まだ二人の間には
幾ばくかの距離があるが、彼の低い声はロイの耳に問題なく届いた。
ゼフィールは、その手に先端に刃のついた槍を持ち、それを脇の地面に突き
刺すように置いて立っている。
「ワシがなぜここにいるか、と言ったが、それは、こちらのセリフだな。少年」
「え?」
「今、この町には竜があふれており、事態の対応にはベルン署があたっておる。
ワシが現場に出て指揮をとっていても不思議ではあるまい。
そして、町の住民は避難し、学生達は学校で待機しているはずだが、どうして
お前はこんなところにいる?」
「それは・・・」
 言われてみればもっともだ。本来、ここにいておかしくないのはゼフィールで、
いるべきでないのはロイの方だろう。
 何と言っていいものかロイが言い淀んでいると、再びゼフィールが口を開く。
「――まぁ、いい。ワシも、お前に用があったのだ」
「僕に、ですか?」
「正確には、お前の家にある物に、だ」
その眼が、ロイの腰に下げられている、封印の剣を捉える。
「――封印の剣と、ファイアーエムブレムを、借り受けたい」
 その言葉に、ロイは目を見開く。
「どうやら、今、ちょうど持っておるようだな。まぁ、町がこんな状況では当然だろう」
 町がこんな状況、ゼフィールの言葉に、ロイは思い出したように口を開く。
「――今、この町に何が起こっているのか分かりませんが、所長は、この剣を
一体何に使うのですか?もしも本当に必要ならば、持って行ってください」
 そこまで言って、一度ロイは言葉を区切り、そして、ゼフィールの目を
まっすぐに見据えて続ける。
「でも、僕も、目的があってここにいます。そして、その目的にはこの剣が必要です。
我がままなのは承知してます。けど、納得がいかない理由ならば、僕はこの剣を
手放すわけにはいかないッ!」
 ロイの言葉を受けても、ゼフィールは顔色一つ変えない。
「目的、か。それは、イドゥンを探すことか?」

「――!なぜ、それを知っているのですか?」
 ゼフィールの口から出た、予想外の名に、ロイの中の緊張が一気に高まる。
 そんなロイの姿を見て、ゼフィールを面白そうに口角を僅かに上げる。
「ふむ。考えみれば、手間が省けたというもの」
「なんですって?」
「元々、少年の家には剣を取りに行かねばならなかった。それに――」
 突然、ゼフィールから放たれる威圧感が増大した。
いや、それは威圧などではない、殺気とも呼べるものだ。
「それに、どのみち兄弟家の住人は、すべて攻撃対象に入っておる!
ここでくだらない問答など必要ない。わが力の前に膝折るがよいッ!!」
 ゼフィールが、手に持った槍を頭上に掲げると、その槍から閃光が放たれる――!
「うわ!?」
 ロイが驚き腕で目を覆うと、次の瞬間には、巨大な剣を持ったゼフィールが
迫って来る!
「くッ」
 横に飛びのき、ゼフィールの突進をかわすロイ。ゼフィールが再びこちらを
向き直ると、先ほどまで手に持っていた槍は大剣へと姿を変えている。
ベルン署長ゼフィールの持つ『神将器』。エッケザックスだ。
「一体、何をするのです!?僕たちが攻撃対象って、どういうことですかッ!?」
 ロイが、封印の剣を抜き放ちながら問いかける。
「その言葉の通りだ。お前たち家族は、この町にとって危険なのだ。
よって、竜の力を持って、その脅威をこの町から取り除く。
――もっとも。少年、お前だけは、ここでワシ自らが相手をしてやろう」
「僕たちが危険だって!一体、どうしてッ!?」
「お前たちだけではない。この町には、危険な力を持つ者が多すぎるのだッ!」
 言いながら、エッケザックスを振るうゼフィール。彼の剣もまた、封印の剣や
アイクのラグネルように、剣の間合いに囚われない剣だ。
衝撃波が、ロイの眼前に迫る!
「――くっ。封印の剣よッ!」
 迫る衝撃波を避けきれないと察したロイは、とっさに封印の剣を眼前に掲げる。
すると、ロイの目の前に光の壁のようなものが現れ、衝撃波の威力を削り殺し
ていく。封印の剣に込められた、持ち主を守護する力だ。
 ガガガガガガッ!
 吹き荒れる衝撃波の刃が、通路の両側のブロック塀を、そして、光の壁で
相殺しきれない分の威力がロイの体を傷つける。

「ぐぐ、く、おぉぉおおッ!」
 体を走る痛みに耐えながら、ロイが封印の剣から爆炎を巻き起こす。
「ぬぅッ!」
 爆炎と衝撃波が舞う中、ロイは足を前へ進める。
「あなたが何をもって、僕たちを危険と言っているのかは分からない。
けどッ!僕の兄たちを否定するようなあなたに、イドゥンさんが利用されて
いるというのならば、ここで、僕があなたを止めてみせるッ!!」
 叫ぶロイ。眼前の男は、自分の家族を、あの自慢の兄姉たちを否定した。
それだけで、立ち向かうには十分過ぎる理由だ。
しかも、ゼフィールは確かに、『竜の力』といったのだ。彼が、イドゥンを
利用してこの騒ぎを起こしていることに、疑問の余地はないだろう。
 突進してくるロイに、しかし男は不敵に構え、そして、言う。
「ワシがイドゥンを利用しているだと・・・?ふん。残念ながらその逆だ。
イドゥンの目的のために、ワシが力を貸しているのだ」
「――――え?」
 その言葉に、ロイの足が止まる。そして、無防備となったその体に、衝撃波
が突き刺さった。
「が、は」
 衝撃が体中を貫く嫌な音を聞きながら、ロイの体は数メートルも吹き飛ばされる。
 地面をしばらく転がり、ようやく止まったロイの体は、意識こそ失っていない
ようだが、ぴくりとも動かない。
「――もっとも、この方法をとることに、イドゥンは反対しておったがな」
 近づいてくるゼフィールの足音。彼は倒れ伏すロイのすぐそばまでやって来ると、
ロイの手に握られた封印の剣を、奪うように持ち上げる。
「ぁ、あ」
 ロイが小さく声を上げる。
「心配するな。この剣と宝珠はもともと我が家に伝えられていたものであるが――。
今は少年こそを主と認めている。用がすめば、返してやろう。
――事が終ったあとに、お前に剣の主としての資格が残っているとは思えんがな」
 そう言うと、今度は足音が徐々に遠ざかっていく。

遠くで竜が歩きまわる地面の振動が、体中に伝わってくるのを感じながら、
ロイは今朝の出来事を思い出す。
(イドゥンさんは、僕に自分を止めてほしかったのかな?)
 今朝、自分を待っていたかのように佇んでいた女性。
(ファは、どうしているんだろうか?)
 泣きそうな顔で、こちらを見てきた竜王家の末娘。
(イドゥンさんは、どうしてあのとき、何も言ってくれなかったんだろう?)
 ロイの手を握ってきた、冷たい手。ロイの瞳を見つめてきた、揺れる瞳。
(――どうして、あのとき、僕は彼女たちを追いかけなった!?)
 二人の様子がおかしいのに気づいていながら、結局見過ごした自分。
(あのとき、僕は何を考えたッ!?)
 『彼女がロイに助けを求めるのは過去の経験から不自然ではない。
しかし考えてみれば、彼女はいまやアイクやエフラムといった、より頼りに
なる兄達と知り合っている。ロイに助けを求めるのは不自然ではないが、
彼らを頼ったほうがより自然だろう』
(――違うッ!アイク兄さんや、エフラム兄さんは、彼女に親切にしているけど、
それでも、直接なにかの脅威からイドゥンさんを助けたことはない。
イドゥンさんの中で、兄さんたちは『親切な人』であって『助けてくれる人』
ではないんじゃないか?
僕が、僕が助けなくちゃいけなかったんだッ!)
 ぴくりとも動かない体の中に、何かが駆け巡る。
(――まだ、遅くはないはずだ。まだ、助けられるはずだ。
兄さん達じゃない。僕が、イドゥンさん達を助けるんだッ!!)
 四肢に、力を入れる。
「――お、あぁぁああああっッッ!!」
 そして、少年は立ち上がる。自分の役目を果たすために。竜の姉妹を救うために。

 封印の剣は無い。体はボロボロだった。だが、不安はない。
先ほどまでの、自分がどうすればいいのか判然としない、目先の目的地しか
定まっていなかった状況はもう終わった。
 目的地はベルン署。目的はイドゥンと、おそらく共にいるであろうファを連れ出すこと。
 やるべきことは、それだけでいい。
 頭の中から他の余計な迷いを振り棄てて、ロイは再び駆け出す。
足を引きずり、スピードは全く出ていない。
 それでも、意思を定めたその足取りは、力強かった。

第三章へ続く