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Last-modified: 2011-08-15 (月) 00:48:56

第三章 とある主人公の烈火乃剣(デュランダル)

 ――朝。ロイが学校を飛び出す数時間前。まだ、紋章町が静けさを保っていた時間。
 自宅を出て、仲良く学校へ向かう三人の姿があった。
「あ~。なんか、かったりぃな」
 青い髪をオールバックにした体格の良い青年がぼやくと、そのすぐ後ろを
歩いていた、緑のポニーテールの少女がつっかかるようにして口を開く。
兄弟家のヘクトルとリンだ。
「なによ、朝からだらしないわね。どうせ、夜更かしでもしていたんでしょう?」
「ちげーって!いや、なんか夢見が悪くてよ」
「夢見?」
 一番後ろを歩いていた紅髪の青年、エリウッドが尋ねる。
「おう。なんか、嫌な夢だったぜ」
「まさか、また怪しい予知夢なんかじゃないでしょうね?」
「ははは。ヘクトルだったら、それもあるかもしれないな。
それで?どんな夢だったんだ?」
 二人の態度に多少顔をしかめながらも、ヘクトルは続ける。
「つっても、しょせん夢だからな。あまりよく覚えちゃいないんだが・・・。
確か、竜が出てきた夢だったな」
「「竜?」」
 ヘクトルの言葉に、エリウッドとリンディスの声が揃う。それを面白そうに見ながら、
「おう。なんか、たくさん出てきた気がするな」
「・・・それは、予知夢だとしたらご遠慮願いたいところだな」
 たくさんの竜。竜王家と親交があり、親しくしている友人もいるエリウッドでも、
たくさんの竜という単語には寒気を感じさせるものがあるらしい。
「だから、予知夢だなんて決めつけんなよ。ただの夢だよ、夢!」
 ヘクトルの言葉に、こちらはあまり気にしていないのか、リンが気軽に話を続ける。
「でも、あんたの夢もバカにできないからね。
・・・高校卒業したら、ミカヤ姉さんの仕事を手伝って占い屋でもしたらどう?」
 リンの言葉に「冗談じゃねぇ」と返した後で、ヘクトルは思い出したように言う。
「そういえば、今日はミカヤ姉上は朝から出かけてたんだったな。いったい、
どうしたんだ?」
「さぁ?でも、心配する必要はないって、そう言ってたみたいよ」
「へ~」
 自分から話しを振ったくせに、気のない返事をするヘクトルに、リンが眉を寄せる。
今にも突っかかっていきそうなリンを視界の隅に収めながら、エリウッドは
考えごとをしていた。
(・・・偶然だとは思うが。なにか、嫌な予感がするな)
「リンディス」
「へ?」
 前を歩くヘクトルの髪を引っ張ってやろうとしていたリンが、突然話しかけ
られてその動きを止める。
「ちゃんと、護身用の武器は持っているね?」
「え、えぇ。大丈夫よ、エリウッド。なによ、さっきの夢の話、本当に心配
しているの?」
 エリウッドの予想外に真剣な目つきに、すこし気後れしながらリンディスが答えた。
「・・・どちらにせよ、この町では用心しすぎるということはないからね」
「ちがいねぇ。とくにお前は、喧嘩っ早いしな」
「あんたに言われたくないわよッ!」
 再び喧嘩を始めそうな二人を、
(やれやれ)
といった顔を浮かべながらエリウッドがなだめにかかる。

 それはまだ、平和な朝の一幕だった。

 それから数時間後――。

 町を駆ける、燃えるような紅。火竜の鱗ではない、紅い髪をなびかせるその
影はしかし、ロイではなかった。
 その紅のすぐ後ろには、同じく駆ける翠。やや遅れて蒼の影が続いている。
「しかし驚いたぜ!担任の先公が居なくなるや、いきなり窓から飛び降りるん
だからよッ!」
 一番後ろを走る蒼、ヘクトルの言葉を継いで、翠の尾を揺らす少女―リン―
が続ける。
「驚いたのはこっちよ!町に竜が溢れてるって話を先生から伺った直後、
上からエリウッドとヘクトルが飛び降りてくるんだものッ!!
・・・まぁ、ヘクトルのは飛び降りるって言うより『落ちてきた』って感じだけど」
「うるせぇ!俺はお前たちほど身が軽くねぇんだよ」
 相も変わらず言い合いを続ける二人の声を聞きながら、先頭を走る紅髪、
エリウッドが振り返らずに声をかける。
「・・・二人とも。同じクラスのヘクトルはまだしも、リンディスまで着いて
くることはなかったんだぞ?」
「馬鹿言うなよ。俺の他に、誰がお前の背中を守れるってんだ?」
「そうよ!エリウッドったら体が弱いくせに、私たちが見てないとすぐに無茶
するんだからッ!」
 さっきまでの口論など無かったかのように息を合わせる二人。エリウッドは
朝と同様に『やれやれ』といった顔を作ろうとしたが、しかし浮かんでくるのは
笑顔だけだった。

 三人が今こうして、竜が溢れる町中を走っている理由は説明するまでもないだろう。
 町に異変が起きて、それで誰かが傷つきそうなら、解決するよう動く。理由など無い。
それが、彼らが兄や姉の姿から学び取った、当り前のことだからだ。
三人は走り、自宅を目指す。そこには、それぞれの愛用する竜に抗うための
神器が眠っている。家まではあと少し。いま走っているこの道のすぐ先に、
目指す兄弟家がある。
 あるのだが――。

「げ。おいエリウッド!目の前に竜がいるぞッ!」
「当然、見えているよ!」
「先生のお話だと、竜は人を襲ったりはしていないようだけど・・・」

「グゥルアアアアアッ!!」

「めちゃくちゃ殺る気まんまんじゃねーかッ!?」
「・・・そうみたいね。どうする?エリウッド!」
 走りながら、前方に現れた竜について意見を求めるリン。学校を出てから
ここまで、何体もの竜を見かけては迂回を繰り返してきたが、すでにそのせい
で随分と時間を無駄にしている。
「――突破しよう!」
「!――分かったわ」
「マジかよッ!?正気か、エリウッド!」
 エリウッドの提案を聞いた二人が、全く異なる反応を返す。
「僕は正気だよ、ヘクトル。ここに来るまでで大分時間を無駄にしている。
家を目の前にして、ここから迂回するのは避けたい。それに、すでにあの竜は
僕たちを敵と認めているようだ」
 エリウッドの言葉通り、前方にいる竜はこちらに向かってその巨体を突進させて来る。
「ちっ。はらぁ括るか!」
 ヘクトルが諦めるように言う。しかし、その口元には目の前に迫った戦いに
高揚しているのか、僅かな笑みがある。
「それで、作戦は?」
リンが問う。ヘクトルも、エリウッドの方を見て彼の言葉を待つ。
「――リンディス、君の素早さで竜をかく乱して隙を作ってくれ。その隙を
見計らって、三人で続けて、同じ急所を攻撃するんだ。
そうすれば、竜とはいえ傷をつけることができるだろう」
 竜は、人を遥かに凌駕する存在だ。今エリウッドが語った作戦など、到底
実行不可能だろう。また、奇跡的に連続攻撃が成功したとしても、それでも
竜の鱗を貫くことは不可能だ。――通常ならば。
 しかし彼らは、竜殺しの神器に選ばれし主達だ。それが三人も揃って、
この程度の不可能乗り越えずしてなにが神器の主といえよう。
「よし、その作戦で行こうぜ!だが、それだけであの化け物を仕留められるか?」
「少なくとも、少しくらい動きを止めることは出来るだろう。
ヘクトル、竜が動きを止めたら、君は家まで走って僕たちの武器を取って来てくれ。
その間の時間稼ぎは、僕がする」
「・・・了解!」
「二人とも、来るわよ!」
 作戦を伝えている間に、竜はすでに目前へと迫って来ていた。
「よし、行くぞッ!」
 三人は走る足をゆるめず、そのままの速度で竜と対峙する!

「グオオオォーーンッ!」
「来なさい!」
 雄たけびを上げながら突進してくる竜を正面から見据えるリン。エリウッド
とヘクトルは、万が一彼女が竜の攻撃を捌ききれなかった時に、いつでも助け
に入れるように脇に控える。
 一直線に向かってくる竜はすさまじい質量をもってリンを潰しにかかるがしかし、
リンはそれを右に跳躍して交わす。その動きにあわせ、エリウッド達もそれぞれ
脇に飛びのき、竜が通り抜けるざまに牽制の攻撃を竜のその太い足に浴びせる。
 エリウッドの剣もヘクトルの斧も、竜の鱗を傷つけることまではかなわぬが、
それでもリンが竜の攻撃をかわすのを手助けする程度には、竜の気を逸らす
ことに成功していた。
 突進をかわされた竜は、その後も爪や尾を用いて目の前を飛びまわるリンを
捉えようとするが、彼女の素早い動きに翻弄され、いまだ攻撃が届くことはなかった。
「いけそうよ、二人とも!」
「油断をするな、リンディス!」
「分かってるわ!」
 竜相手に油断などするわけない。それでも、リンの心には余裕があった。
自分一人では到底そんなもの持ちようがなかったが、ここには自分の動きを
誰よりも理解してくれている兄二人がいるのだ。
「ねぇ、エリウッド!三人で一緒に攻撃をするなら、私、あれをやってみたいわ!」
「あれって・・・もしかして、あれのことかい!?」
「そう、それよ!」
「おいおい!あの恥ずかしいのを、お前やりたいのかよ!」
竜の攻撃をかわしながら声を掛け合う三人。三人でいることで『油断ではない余裕』
を感じているのは、エリウッドとヘクトルも同様のようだ。
「いいじゃない!私、あの子達がやるのを見てて、少しいいなって思ってたのよね!」
「俺には理解できねぇな」
 渋るヘクトルだが、
「いや、やってみようヘクトル。タイミングを合わせて攻撃するのにも、
合図があった方がやりやすいかもしれない」
「・・・そんなもんかね。まぁいいけどよ」
「やった!さすがエリウッド、話が分かるわッ!」
 話をしながら、リンが竜の爪を避けるために道路わきのブロック塀を蹴り上げ、
竜の頭上、上空を飛び越える。『身動きの取れない上空』を。
 自分の頭の上を通り過ぎる獲物を見上げ、竜は自らの勝利を確信する。
それはつまり、必殺の姿勢が整ったことを意味する。竜はその口を、空中を
愚かに飛ぶ標的にに向けて開く。その奥に、チロチロと、炎の輝きが灯る。
瞬間、竜の口から凄まじい勢いで炎のブレスが解き放たれ、リンに向かう。
 リンは空中でそれを瞳に捉え――

「エリウッド、できたわ!『隙』よッ!」
 叫ぶ。
 火竜の息吹が彼女を飲み込む瞬間、ヘクトルが空中の彼女の足を自らもその
場で跳躍して掴み、思い切り引っ張って投げる。ヘクトルのすぐ上を、灼熱の
息吹が焦がす。エリウッドはすかさずリンを抱きとめ、そのまま素早く彼女を
下に降ろす。
 火竜はその姿を縦長の瞳孔で捉えていたが、自らのブレスの勢いを支える
ために、動くことができない。竜はリンがいた上空を向いたまま、虚空に
ブレスを吐きかける。上を向いたまま、『喉元をさらして』!
「ヘクトル、リンディス!行くぞッ!
トライアングル!」
「「「アターーック!!」」」
 エリウッドの合図にあわせ、三人が一斉に攻撃を仕掛ける。先頭を切った
リンが、手に持った月の精霊剣(マーニ・カティ)で、さらされた喉元に斬撃
を浴びせる。そこにすかさずヘクトルが愛用の斧、ヴォルフバイルを叩き込む。
先程までの牽制と違う、全力の一撃を浴びた竜の首元は鱗が剥がれ落ち、
その下の皮膚が僅かに切り裂かれた。そこに、エリウッドが細剣(レイピア)
を深く突き刺した!

「グアァオォオォォーーーウ!」
 無防備の急所に傷を負わされ、堪らず叫び声を上げる竜。その動きが僅かだが、
確実に止まる。
「今だ、ヘクトル!行けッ!!」
「まかせろ!」
 竜の動きが止まった隙に、その巨体の脇をすり抜けてヘクトルが兄弟家へと走る。
 今の連携攻撃(トライアングルアタック)は完璧に決まったが、それでも
竜を戦闘不能に陥れるまでには足らない。ヘクトルは切り札を手に入れるために、
自宅の物置を目指す。
「さぁ。ヘクトルが帰ってくるまでは、僕が相手になる!」
 叫び終え、痛みによる硬直を乗り越えた竜に、エリウッドが立ちはだかる。

 その後の作戦も、先程までと同様だった。消耗したリンに変わり、
エリウッドが代わりに竜の攻撃を引き付け、かわす。リンはエリウッドの邪魔
にならないように気を付けつつ、竜の動きを邪魔するための牽制を放つ。
 先ほどと違う点は、
一、手痛い反撃を受けた竜の攻撃はより凶悪さを増していた。
一、エリウッドにはリンほどの素早さは無く、避けるのにより高い集中を強いられている。
一、ヘクトルがいない分竜の動きを邪魔する牽制役が少なく、その効果はほぼ失われた。

「・・・厳しいな」
 どれくらいの時間が過ぎた頃か、紙一重で攻撃を避け続けいていたエリウッドの
口から声が漏れる。それを聞いて、リンがエリウッドに声をかける。
「武器を取りに行くの、私かあなたが行ったほうが良かったんじゃない?
ヘクトルが行くより、早く取って来れたわよ」
 過ぎたことと思いつつも口に出すリンに、しかしエリウッドは否定の言葉を述べる。
「いや、ヘクトルがベストの選択だった。リンディスは自分で思っているより
も消耗しているし、ヘクトルよりも僕の方が攻撃を避けるのは上手い。――!」
そこまで言って、エリウッドが何かに気づいて言葉を止め、そして続ける。
「それに――」
 その口元には、笑み。
「それに?」
竜の攻撃を避けながら、エリウッドは視線を前方にやる。それは、竜と道路脇の
塀の隙間。その更に奥だ。リンも、エリウッドの視線の先を見る。
「!」

 その先にはヘクトルがいた。背後に自らの神将器、【天雷の斧】アルマーズ
を突き立て、両手に巨大な剣の柄を握っている。そして、それを握ったまま
体をコマのようにぶんぶん振りまわし――
「エリウッド!受け取れぇーーッ!!」
 エリウッドの背丈ほどもあるその大剣を、まるて砲丸投げか何かのように
思い切り投げつけてきた。

 巨大な金属の塊は、まるでよくダーツか何かのように空中を渡り、重力など
知らないとばかりに竜の頭上を飛び越えた。
 エリウッドは、先ほどリンがやった様に塀を蹴り上げて高く跳び、回転しながら
飛んでくる自分の愛剣をキャッチする。剣は勢いを失わずにエリウッドの体を
後方に飛ばすが、エリウッドは空中で体を縦に回転させてバランスをとり、
背後にあった電柱に『着地』する。
 その衝撃で足に痺れが走り、なおも彼の体を後方に飛ばそうとするデュランダルの
重量に剣を支える腕全体が悲鳴を上げたが、エリウッドはそれを無視するように
眼前の竜を見据える。
 竜はエリウッドに向けて大きく口を開き、ブレスを浴びせようとしている。
が、それよりも早く、エリウッドが電柱から跳躍する!

――ザンッ!!
 竜の固い鱗を、まるでナイフで紙を切るかのごとく引き裂き、
【烈火の剣】デュランダルとその主は大地に立つ。
その背では、竜がゆっくりと崩れ折れる。
 ズズーン、と。大きな音とともに地面が揺れる。
「それに、こんな反則(ショートカット)は、ヘクトルじゃないとできないだろう?」
「――信じらんない」
 見事勝利をおさめた相棒を称えるかのように走ってきたヘクトルと、ハイタッチ
を交わすエリウッド。
 リンがその後ろから、力尽き痙攣する竜を避けるようにして二人の傍に寄って、
呆れたような声を出した。