559 :汚れた翼の過去6:2010/07/23(金) 00:04:53 ID:/LsZoPVC
森の中で、少女が今まさに汚されようとしていたその少し前・・・・・・
一人のラグズの男が上機嫌で空を飛んでいた
「いやー、今日はついてたぜ!
まさかこんなに綺麗な石をいっぱい貰えるなんて・・・・」
そう言いながら広げた男の手の中には、煌びやかな宝石がいくつも乗せられていた
ざっとみても、数十万はゆうに超える価値がありそうだ
「あの商人だかなんだかっていうおっさん、気前がいいねぇ。
ちょっとガキ一人助けただけだっつーのに・・・・・」
数刻前、彼はある商人の息子の命を救っていた
・・・といっても、たまたま通りかかったところに溺れかけていた子供がいただけなのだが
男はベオクに偏見は持っていないが、好ましく思っているわけではない
これはラグズの奴隷化が事実上黙認されている世の中では、当然の感情である
しかし、彼はベオクだからといって目の前の命を見捨てるほど冷血漢でもなかった
それが彼に、ベオクを救うという行動をとらせたのだ
それはともかく、助けた子供の父親がなかなかの富豪で
「ぜひぜひお礼を!!」
と言いながら大量の宝石を涙を流しつつ押しつけてきた
なにやら年をとってから初めての子供であり、この子がいなくなったらもう生きている意味がないとのことだ
そのへんの事情はともかくとして、こういうわけで男はいま巨万の富を無意識のうちに手にしていた
男本人としても、人に感謝されて悪い気持がするはずもなく、
さらに、金目の光り物をくれるというのなら言うことはない
そんなわけで男―――ネサラは鼻歌交じりに曇り空の下で羽を動かしていたのだ
しかし、突然その鼻歌が止む
560 :汚れた翼の過去7:2010/07/23(金) 00:05:51 ID:/LsZoPVC
眼下の深い森の中に、数人の男がみえた
無論、それだけなら別段珍しいことでもない
しかしちらりと、男たちの間に黒い羽が見えた気がしたのだ
しかもその森は、奴隷商たちのアジトになっているという噂があった
ちらついた黒翼が気になったのか、男は進路を変え、木々の元へと降りていく
そしてわざと、男たちの間に勢いをつけて着地するのだった
「・・・よっと」スタッ
「うおおお!?」
着地の衝撃で何人か男が倒れるが、たいして気にも留めない
傷だらけのラグズの子供を囲んでいる大勢の男達
これだけで、彼らの生業が分かろうというものだ
奴隷商などに同情する余地はない
「・・・やっぱりお仲間さんだったか。
おい、大丈夫か?」
「う、うん・・・・・・」
突然の事態に混乱している周囲は放っておく
意識は、傷ついたラグズの少女に向ける
彼女の言った通り、弱ってはいるが乱暴はされていないようだ
それを確かめている間に、男たちは我に返ったのか、襲撃者である男に喰ってかかる
561 :汚れた翼の過去8:2010/07/23(金) 00:08:05 ID:/LsZoPVC
「な、なんだてめぇはぁ!?
人がいい気分で仕事してる時によぉ!!」
「ぶっ殺されてぇのか、ああ!?」
「いやあ、邪魔するとかそういうつもりじゃないんだわ。
ただ、こいつを自由にしてやってほしいだけなんだ」
「はぁ?いきなり出てきて何言ってんのこいつ?」
「正義の味方気どりですかあ?
たった一人で何ができるってんだよ!!」
「兄ちゃん、あいにく今俺らは気が立ってんだ。
邪魔すんなら・・・・・兄さんも商品になってもらうぜ!」
そういいながら武器を構える男たちに対し、男は一言だけ言葉を発する
「そうか、そりゃあ残念だ」
その短い一言が発せられた瞬間
周囲の男たちの一人が唐突に吹き飛ぶ
「なあっ!?」
「お、おいっ!?」
間髪をいれずに、吹き飛んだ男のとなりの男も同じ道を辿る
男たちからすれば、突然仲間が吹き飛んだようにしか見えない
後ろにいた少女にもそれは同様だった
「今・・・・俺が見えなかっただろ?
お前らじゃ俺には勝てねぇよ」
そういいながら当の襲撃者は、リーダー格の男に近づいていく
男の顔は恐怖に歪むが、意にも貸さない
562 :汚れた翼の過去9:2010/07/23(金) 00:09:08 ID:/LsZoPVC
「ま、待て!」
「あ?」
「こ、これを見ろ!」
そういいながら男が取り出したのは、一枚の紙切れであった
「奴隷商認可証・・・・・?」
「そ、そうだ。
こいつを持ってる俺らに危害を加えようもんなら、
後で貴族サマからお前と、その周りに制裁が下るってわけだ!!」
「・・・・・・・・・・」
「それでも・・・・や、やるってのか?」
どこまでも矮小な男の台詞を聞いて、彼は考えを巡らせ始める
ここで男たち全員を倒し、少女を救うことはたやすい
更に、この男が本当の事を言っている保障はない
しかしもし本当だった場合、後々かなり面倒なことになる可能性は否めない
しばしの思考の末に男が出した結論は・・・・・
「・・・・・・分かった」
「へ、へへへへ!ものわかりがいいじゃねーか兄ちゃんよぉ!
特別にてめーは見逃してやr」
「いくらだ?」
「は?」
「寝惚けてんのか?
俺がこのガキを買いとるって言ってんだよ」
563 :汚れた翼の過去10:2010/07/23(金) 00:11:03 ID:/LsZoPVC
男の予想外の提案に、耳を疑う男たち
果たして何をたくらんでいるのか・・・・・
「・・・・・そういうことなら話は別だ。
だが、かなり高くつくぜ?仲間の慰謝料ももらってねぇしなぁ・・・・・・
そうだな、締めてごじゅ(ry」
「ほらよ」
ドサドサッ
軽い調子でそういいながら、男たちの目の前にいくつかの大粒の宝石を無造作に放る
ベオクの通貨など元よりもっておらず、彼にはこれしか支払う方法がない
男たちは先ほどの奇襲の時よりも驚いたのか、目を見張ったまま固まってしまう
まぁ、普通ラグズがこれ程の貴重品を持ち歩いていることなどそうそうないので、
男たちの反応は普通のことと言える
「あ、あ・・・・・・・?」
「これで足りるのか?」
「た、たたた足りねえ・・・・な」
本来なら宝石一個で十分もとがとれるのだが、
男の欲の深さがここでやめることを許さない
まぁ、慎み深い人間はそもそも奴隷商などやらないのだろうが
「そうか」ドサドサッ
564 :汚れた翼の過去11:2010/07/23(金) 00:14:28 ID:/LsZoPVC
嫌な顔一つせずに、また宝石を惜しげもなく放っていく
そしてそれらを地を這いずりながら浅ましく奪い合う男たち
(こ、こいつ馬鹿か!?
これだけあればこのガキ50匹は買えるぞ!!?)
(うっひょー!これ、一つ数十万Gはするぜ・・・・・!)
そんな男たちの醜い奪い合いなど気にも留めずに宝石をまき続ける男
しかし、その手が止まる
どうやら、手持ちの宝石をすべて出し切ったようだ
「悪いが、これ以上は出せねえ。・・・・足りるか?」
それを聞いて、男はまた悩み始める
もっと絞りとれるかもしれない
が、それで男がキレて、力に訴えてきたらこちらに勝ち目はない
もう取り過ぎな位に元はとったことだし・・・・・
「ま、まあこの位で勘弁してやるぜ!
本当はちっと足りねえけど、まけといてやるよ。
へ、へへ・・・・・じゃあな!!」
捨て台詞を吐きながら傷ついた男たちを引きずり、奴隷商達は去っていった
脅威となっていた男たちが消えたことで安心したのか、
少女は腰が抜けたようにペタリと地面に座り込んでしまう
「おっと、大丈夫か?」
「うん・・・・・気が抜けただけ」
「ならいいけどな」
565 :汚れた翼の過去12:2010/07/23(金) 00:20:43 ID:/LsZoPVC
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
そのまま、なんとはなし周囲は沈黙に包まれる
やがて、男の方が沈黙に耐えきれなくなったのか、少女に声をかける
「・・・・あー、その、なんだ。送ってやるよ。
今日は大変だっただろ?
家の方向は・・・・・・・」
「・・・・あたし、親いないんだ。
気がついたら、一人だったから・・・・・・」
しまった、と内心男は思ったが、表情にそれを出すことはない
考えてみれば、保護者がいるのなら奴隷商の噂のあるこの区域に子供が一人でいるはずがない
「・・・・・・そうか。んじゃあ、これ持っていきな」
いいながら男は、最後に残っていた大粒の宝石を投げてよこす
とっさに受け止めてしまう少女だが、
「こ、こんなのもらえないよ!
助けてもらった時もあれだけ・・・・・
あんたの取り分が無くなっちゃうじゃないか!!」
「・・・・・俺はもう今日は十分儲けた。
だから、それはお前がもってけ」
566 :汚れた翼の過去13:2010/07/23(金) 00:22:25 ID:/LsZoPVC
「え・・・・・?
だ、だってさっきもう何も持ってないって・・・・・・・」
「ああ、手持ちにはなーんにもねえ」
「だったら!」
なおも続けようとする少女を手で制し、話を続ける
「お前もカラスなら分かるだろ?
俺らは光るもんが好きだ。
コインや、さっきの光る石ころとかな」
「でもよ、それより俺は好きなものがあんだよ。
今日はもうそいつを2つももらっちまった。
これじゃあお釣りを払わねえと、女神サマに怒られちまう」
「コインや宝石より・・・・好きな、もの?」
「ああ。
・・・・・お前の目から、今出てるだろ?
きらきら光ってる、虹色の滴がさ」
「・・・・・!?」
そう言われるまで少女は、気が付いていなかった
自らの両眼から、涙があふれ出ていることに
567 :汚れた翼の過去14:2010/07/23(金) 00:24:03 ID:/LsZoPVC
涙を流すのは、久しぶりだった
親に捨てられてからというもの、強く生きることを余儀なくされてきたから
初めて盗みを働いた時も、その時ベオクに襲われた時も、今までずっと・・・・・・・
本当は寂しかった。怖かった。そしてなにより・・・・生きたかった
先ほどまでの男たちに、自分は恐怖していたのだ
そして今、救われた。目の前の、この男に
人に助けられるなんて、一体いつ以来のことか・・・・・
その事実が、凝り固まった感情をほぐし、氷解させていく
今流している涙が、安堵だけからくるものではないことを、少女はなんとなく理解していた
完全に理解するには、まだ時間がかかりそうだったけれど
なんとなく見つめられていることが気恥ずかしくなったのか、少女のほうから口火を切る
「・・・・・・い、言っとくけど誰も助けてなんて頼んでないんだからね!」
「ん?当たり前だろ。
俺がやりたいからやってるだけだ。
あーあ、今日はずいぶん損したぜ・・・・」
「何よ、さっきと言ってることが違うじゃない」
「俺の夢のためには金がいるんでね・・・・。
ま、そのためにせっせと稼いでるってわけなんだなこれが」
「・・・・・一応聞くけど、その夢ってなに?
あ、言いたくないならいいんだけど」
「・・・・キリヴァスの長になる。
そして、盗みやら奴隷がなくても生きていけるようにする」
568 :汚れた翼の過去15:2010/07/23(金) 01:00:36 ID:/LsZoPVC
「え・・・・・・・・」
初めは冗談かと思った
しかし、真剣な眼差しが嘘ではないことをひしひしとと伝えてくる
鳥翼族の長は、基本的に世襲制ではなく力、そして周囲の支持があればなることができる
その中でもカラスの長は、自分たちの種族を第一に考え、閉鎖的かつ利益重視になりがちだと言われている
しかし今の長は、人間にとりいっていて種族をないがしろにしていると専らの評判だ
税が払えないものを奴隷として売り飛ばしているという噂すらある
そんな長が何故存在できるかと言えば、ただ強く、そして金をもっているからだ
カラスの世界は、基本的に弱肉強食
上に立ちたければ、上より強くなければならない
「じゃあな。俺はそろそろいくぜ」
そう言いながら、男は飛び立つ準備を始める
「あ、待って・・・・!!
その、あんたの名前・・・・・教えてよ」
「ん、まだ言ってなかったか?
俺はネサラ。将来キリヴァスを背負って立つ男だ。
じゃあな!もう捕まんなよ!!」
最後にそんな台詞を残して、男は去って行った
「あ・・・・・、ネサラ、か・・・・」
(お礼・・・・言いそびれちゃったな。
それに、私の名前も・・・・・)
そんなわずかな後悔を胸に、少女は、空へと消えていく男を見送った
自らの救世主であり、将来の長であるその男を
569 :汚れた翼の過去16:2010/07/23(金) 01:03:49 ID:/LsZoPVC
それから数年・・・・・
キリヴァスの長が変わり、新長が打ちたてた規則に皆が騒然となる
全てをここで説明するのは難しいが、一言でいうならば・・・・
自由。この一言に尽きる
そしてこれを皮切りに、ラグズ奴隷制に待ったがかかる
紋章町の多くが、貴族たちの行き過ぎを感じ、不満を抱いていたのだ
同時にラグズ達も怒りの声を上げ始め、あわやベオク対ラグズの戦争まで話は進みかけていた
それを受けて、やっと上層部が重い腰を上げ、
貴族たちに調査のメスを入れ始めたのだ
そして一年後、ラグズ奴隷制は完全に廃止される
ベオク、ラグズの間で和解が進み、住居を決め和親条約を結ぶなど、
ベオクとラグズの親交がおおいに進んだ
これには各ラグズの長と、一部のベオクの助力が大きかったと言われているが、真相は定かではない
しかし、少女―――ビーゼは信じている
ネサラが、かつて自分を自由にしてくれたように、
世界を奴隷制という鎖から解き放ってくれたのだと・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・
「おっ!コインみっけ!やっぱ自販機の釣り銭漁りはいいねぇ!!」
「・・・・って、なんで今はあんななのよ・・・・・」
それは、作者にも誰にも分からない・・・・・・・