34-10

Last-modified: 2011-06-01 (水) 19:37:56

10 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リーフの章 地を這う者達 [sage] 投稿日: 2011/02/24(木) 20:08:29.39 ID:2uadGq8/
その日は雨が降っていた。
道行く人々は傘を差し足早に往来を進んでいく。
すでに夜の帳が下り家路につく人の姿もまばらになった……

闇夜に紛れて一人の少年が足音も無く歩いている。
視線は両脇に…さりげなくさりげなく…
少年は夜目が利いた。
彼の目は…右手に傘を持って歩く一人の侍の姿を捉える。
周囲に人影は殆ど無い…狙いどころだ……編み笠を被らずに利き手を塞いでるなんて間抜けな男だ。
ひさびさのカモだ、最近はみんな用心深くなって仕事がやりにくい。

少年は音も無く彼の背後に歩み寄ると背中から軽くぶつかった。
「おっとごめんよお侍さん」
「なんじゃ小童…気をつけんか…」
軽く手を合わせて詫びて見せると足早にその場を後にする。

背後から聞こえてくる「財布、儂の財布が無いぞ!」などという喚き声を背にして……

都の暗がり、うち捨てられ崩れかかった廃屋が少年の寝床だった。
ここいらは都の治安を預かる検非違使も嫌がって近寄らない貧民たちの巣窟であり、
それだけに少年にとって過ごしやすい地区であった。

住処とする廃屋に帰ってきた少年はさっそく今日の成果をあらためる。
財布の中にはわずかばかりの小銭、貧乏侍なんてこんなものだろう。
だがこればかりでも自分にとっては大金だ。
数日は食いつなぐ事ができるだろう。
思えば丸一日ロクな物を食べていない。
明日なにか腹に溜まる食い物を買いにいこう。

崩れかけた廃屋で雨漏りを避けられる場所にうずくまる少年が思う事はただ食う事だけであった。

少年は物心ついた頃には都の裏路地をうろついていた。
親の記憶は無い。自分の名も知らない。名付けられなかったのかも知れない。
いつ生まれたのかもわからないから自分の年もよくわからない。
恐らく十歳くらいだとは思うのだが。

その日その日を生き延びるために…日雇い、物乞い、盗み、できそうな事はなんでもした。
少年は常に飢えていた。米など食べた事も無い。
手に入れたわずかな銭で辛うじて食いつないでいた。
「腹減ったなぁ…この銭で…安くて腹持ちのするもん食おう…」
ふと天井を見上げる。雨が止んだようだ。
崩れかかった天井の隙間から満月が顔を覗かせていた。

彼は時々わからなくなる。
何故に自分はこんなところでこんな真似をしているのか。
だが結局答えは一つだった。
死にたくないからだ。死にたくないからただ生きている。
では何故死にたくないのかというとなんの答えも出てこなかった。
11 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リーフの章 地を這う者達 [sage] 投稿日: 2011/02/24(木) 20:09:14.16 ID:2uadGq8/
その時である。
少年の耳が物音を捉えた。
野犬でも来たのならいい食料になる。
少年は傍らの短刀を手にとる。昔油断した侍から盗んだ物だ。
売らずに護身用にずっともっていた。どうしようもなくなったら売るつもりではあるが。

「犬かな……猫でもいい……ネズミだって食える…」
すきっ腹を抑えつつ立ち上がり…そっと外を伺う。
そこにいたのは……着流しを纏った細身の男だった。
「リフィス…なんだ…食い物かと思ったのに…」
「ご挨拶だな葉、食われてたまるか」

葉、それは少年の仮の名である。
仲間内は彼をそう呼んでいた。
以前は単に「お前」だの「名無し」だので済ませていたのだがそれでは不便だ。
ある時少年の寝床の裏の木に葉が生い茂っているのを見て誰かが呼ぶともなしにそう呼び始めた。

「それで…なんか用事?」
リフィスは廃屋に歩み居ると腐った畳に腰を下ろす。
「おう…仲間内でよ。人を集めて貴族相手に仕事をしようと思ってな」
「仕事?」
リフィスは声を潜めた。
「…何年か前によ…ヌミダって野郎の屋敷を襲った連中が段取りしたんだ…そんときゃかなりの金銀財宝が手に入ったっていうぜ…
 今回はよ。ルネス家の屋敷を襲うってんで人を集めてる。お前も一枚かまねぇか?」

なるほど…上手くいけば見た事もないような銭が手に入るだろう。
葉の知らぬ事ではあるが、貴族が斜陽を向かえ貧窮しているとはいえ、それでも貧民とは比較にならない財産を持っている。
だが…この時、葉の感覚は嫌な予感を感じ取っていた。
葉は頭の回転は速いほうであった。いくつかの考えを整理して…リフィスに返事を返す。
「やめたほうがいいよ…多分…僕らは使い捨てだ」
「あん?」
「だからさ…盗賊たちがなんだってわざわざ仲間を増やすのさ?
 分け前が減るっていうのに……考えてみりゃわかるだろ……
 新しく集めた連中を囮にでもして自分たちだけもらうもんもらって逃げるんだろ……僕はやめとく」
それに対するリフィスの返事は冷淡なものであった。
「そうかい、じゃあ勝手にしな。こんな貧乏暮らしで惨めに野たれ死にするといいぜ。
 俺はごめんだ……お前も覚えてるだろ? ロナンの奴が食うもんも食えずにガリガリになって死んだのをよ。
 チャドはスリにしくじってぶった切られた…俺は奴らみてぇにはなりたくねぇ…絶対にこんなとこから抜け出してやるんだ…」
言う事を言うとリフィスは背を向けて立ち去った。
彼の背中を見送りながら葉は酷く疲れた顔をしていた。
リフィスを説き伏せて止めようとは思わなかった。
おそらく彼は死ぬだろうが…すべてどうでもよかった。
遅いか早いかの違いだけ…なら好きにさせてやるしかないだろう……

数日後……リフィスが役人に市中引廻しの上、磔獄門にされて死んだと聞いても葉は眉一つ動かさなかった。
ああやっぱりな…と思っただけだった。
12 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リーフの章 地を這う者達 [sage] 投稿日: 2011/02/24(木) 20:10:10.28 ID:2uadGq8/
ルネス家襲撃のあらましはこうである。
夜半に盗賊達は塀をよじ登って押し入り、家中の者を手にかけながら蔵の中身を略奪した。
しかる後に外に控えていた妖術使いがレスキューと呼ばれる転移術の一種を用いて盗賊達を脱出させたのである。
その時リフィスたちは置き去りにされたらしい……
駆けつけた役人が逃走をはかるリフィスたちを追い回している間に盗賊たちは都を出たと風の噂に聞いた……

なおルネス家には葉の実の姉がおり、三人の盗賊を斬ったゼトの奮戦によって難を逃れたのだが…
それは葉の知る由もないことである。

リフィスの死から七日が過ぎ…葉は再び路上に繰り出していた。
銭も底をついてしまった。また稼がなくてはならない。

都の裏路地を歩みながら市中の様子を見て回る。
お世辞にも賑わっているとは言いがたい。
荒れた世相を現しているのか身なりのよい者もほとんど見かけなかった。

「…今日は…期待できないかな」
そう思って場所を変えようとした時である。
質のよい染物で彩られた着物を着た娘がもの珍しげに周囲を見回しながら歩いている。
同じ年頃の娘だ。お供の者もいない。
まさに絶好のカモだ。
「…どこかの貴族の姫様かな? 世間知らずにはいい勉強だよ」
小さく呟くと葉はそっと歩み寄った。
至極自然な仕草で偶然を装って軽く肩をぶつけると素早く財布を抜き取る。
「おっとごめんよ」
娘は眉を顰めてこちらを睨み付けると一言吐き捨てた。
「気をつけなさいな…フン、汚らしい…」
葉の姿を一瞥してすぐに踵を返す。
別に腹は立たなかった。
自分の身なりが汚らしくみすぼらしい事くらい自分が一番よく知っている。
それよりも手に入れた財布が重いことを喜びつつ娘から離れようとした時――――――

壮年の男に腕を掴まれた。
「…っ!?」
「小童…いま取った物を出してもらおう」

その声に驚いたのか娘は足を止めて振り返る。
「コ、コノモールッ!? どうしてここに!!!」
「ミランダ様。お忍びで屋敷をお出になるのをお見かけしましたので急ぎ追ってまいりました。
 外にはこのような不埒者がおりますゆえお控えなさいますように」
コノモールと呼ばれた男は葉の腕を捻りあげる。
たまらず葉は財布を取り落とした。

「しくじっちゃったかぁ……」
男の腰に差された刀に目がいく。
たぶん自分はここで手打ちにされるだろう……チャドやリフィスと同じように失敗すれば死ぬしかないのだ。
だが不思議と怖くは無かった。
どの道生きていても同じ事の繰り返しなのだ。
いつかはこうなると思っていた。遅いか早いかの違いだけだ。
葉は何一つ楽しみのないこの世に未練はなかった。
積極的に死にたいとも思わなかったからただ生きてきたのだ……

釣り目をさらに吊り上げた姫君が歩み寄ってくる。
この家臣に手打ちを命じるんだろう。
ああ……これで終わりだ……
13 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リーフの章 地を這う者達 [sage] 投稿日: 2011/02/24(木) 20:11:14.09 ID:2uadGq8/
だが姫君の口から発せられた言葉は葉の予想を裏切った。
「そなたの名は?」
……真意を測りかねて葉が沈黙していると姫君は葉の頬を平手で打った。
ピシャリと音が響く。
「このわらわが名を尋ねているのに黙りこくっているとは無礼な者ね。
 名乗りなさい」
「無い」
事実である。他に答えようが無い。
「無いはずが無いでしょう。それともわらわに名乗る名は無いというの」
見かねて姫君の従者…コノモールと呼ばれた男が口を差し挟んだ。
「ミランダ様…なんのお戯れですか…姫君ともあろう方がこのような者と直に話をするものではありませぬ」
「お黙りなさいコノモール。今は私が話をしているのです。臣下のそなたにいちいち口を差し挟まれる筋合いはないわ」
臣下の男を睨み付けるとミランダと呼ばれた姫は再び葉に向き直った。
「それでそなたの名は?」
「葉…それで通ってる…めんどくさいしその名前でいい」
「葉…? 葉って…木に生えてるあの葉っぱ?」
「そうだよ…」
姫は相好を崩すと軽やかな声でひとしきり笑った。
「知らなかったわ。そんなに間の抜けた名の者がこの世にいるなどと…そんな者にすら不覚をとったわらわは滑稽もいいところだわ。
 よろしい。わらわから一本取った褒美にそなたに名を授けてあげます」
「はぁ!?」
この姫様は急に何を言い出すのだろうか。
葉は戸惑い困惑した。
だが姫君は葉の困惑をまるで知った事ではないと言わんばかりだ。
「そうね…葉…葉………古い言葉…神代の時代には葉の事をリーフと読んだそうよ。これからそなたはリーフと名乗るがいいわ」
「リー………フ?」
「そうリーフ」

どこか満足したような姫君はコノモールに目配せをした。
主の意を察した従者は少年の腕を放してやると地に落ちた財布を拾う。
「ありがたく思うのだな。姫様はそなたを許すと仰せだ。本来ならこの場で手打ちとなるところなのだぞ」

生まれて始めて少年は名前を得た。
初めて名で呼ばれて…彼はただの葉…誰にも知られる事無く散っていく儚い葉から一人の人間…リーフとなった…

リーフはただ呆然と立ち尽くしていた…
名で呼ばれる事がこれほど心地よく…自分を感じれる事だと始めて知った。

姫君と従者が立ち去った後も…日が落ちるまで少年は路上に立ち尽くしていた―――――

次回

侍エムブレム戦国伝 生誕編
 
~ エフラムの章 友 ~