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Last-modified: 2011-06-02 (木) 21:02:28

263 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 セリスの章 花吹雪 [sage] 投稿日: 2011/03/27(日) 13:40:15.66 ID:lTurdFHY
いつの頃からだろうか。
何かが違っている気がしてならない。
養い親のような青年がどこか違ってきたような…どこがどうと言われると返事に困るのではあるが。
自信に満ちた瞳はどこか落ちつかなげであり、大らかだった心は狭くなったような気がする。
自慢の剣術を披露する事も無くなった…何が変わってしまったのだろう。
だがまだまだ幼き日の事であり、それを言葉に表す事ができるほど言葉をもってはいなかった。
もう一人の親父分は死んだとその青年は言っていた。
いつの間にか姿を見せなくなった彼だが元気そうであったのに死んだと言われても子供心に理解できなかった。
セリス……三歳の日々に感じた違和感である――――――

紋章国の北方グランベル国には評判の芸妓がいた。
彼女の可憐さは蝶や華に例えられ、その白くて細い指先が奏でる三味線の音に聞き惚れる者は後を絶たない。
その美しさ見たさに遠く隣国から足を運ぶ者もいたほどである。
彼女が勤める料亭は常に盛況を呈していた。

「なんじゃセリスは他の座敷か…」
「誠に申し訳ありませんお客様。次は先にセリスを向かわせますのでどうぞ今後ともご贔屓に」
料亭の店主シャナンは頭を下げた。
こんな事は日常茶飯事だ。それだけ彼の店は潤っている。
十年ほど前までは名うての剣士として称えられた男だが、十年ほど前にセリスを手元においてからは一度も剣を振る姿を衆目に晒していない。
彼は客の接待を終えると他の芸妓にそこを任せて自室へと引き上げた。
本日の銭勘定の仕事があるのだ。
今日はいくら儲かっただろうか。笑いが止まらないとはまさにこの事である。

夜も更けてきた頃だろうか。
シャナンの部屋の扉を叩く音がする。
「んぅ…誰だ?」
多少の眠気を感じていたが瞳を擦って扉を開いた。
そこには可憐で艶やかな着物を纏ったセリスの姿があった。
「どうしたこんな時間に?」
「義父様…僕…聞いてほしい事が」
その口調にシャナンは眉をしかめる。
「…幾度も言っているが…お前は女の子なのだぞ。僕なんて言葉遣いをするな」
「あ…ごめんなさい」
仕草も歩き方も徹底して女子のそれを教え込んできた。
万一を恐れて同じ年頃の子とつき合わせぬよう気を配ってきた。
真実を知られぬようシャナンと名乗るこの男は最新の注意を払ってきた。
今の富はセリスが自身を女子と思っているゆえの事。それを手放す気はさらさらない。
「それでなんの用だ?」
「はい、私はこのところ夢を見るのです…昔の夢を…義父様とオイフェ…叔父様と…三人で暮らしていたころの」
「幾度も言うがオイフェは追いはぎに襲われて死んだ。早く忘れろ」
それを言うとシャナンは座布団に腰を下ろして銭勘定を再開した。
その背にセリスは違和感を隠せない。
本当に幼い頃の記憶だが…もっとシャナンの背中は大きかった気がする…
三歳の頃の微かな記憶だが…彼はセリスに「大きくなれ…強くなれ」と言っていたはずなのだ。
この男は何者なのだろうか……そんな事まで考えてセリスは小さく首を振った。

彼は身寄りの無い自分を養って育ててくれたのではないか。
そんな疑念を抱いてはバチが当たるというものだ。
セリスは完璧な仕草で小さくお辞儀をした。
「御免なさい変な事を言って。おやすみなさいまし義父様」
襖を閉めて足音が遠ざかるのを確認して長い黒髪の商人は溜息をつく。
「ふぅぅ……あやつに本当の事を知られるわけにはいかん。苦節十年、ようやく一流の芸妓に育て上げた金のなる木よ」
264 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 セリスの章 花吹雪 [sage] 投稿日: 2011/03/27(日) 13:41:35.02 ID:lTurdFHY
シャナンという男はイザーク流剣術の免許皆伝、その剣腕は音に聞こえた剛の者である。
友人のオイフェとともに諸国を放浪していた…らしい。
らしいというのはこのシャナンを名乗る男が伝聞で聞いた話題に過ぎないからだ。
彼の元から可憐な少年…この男はその時少女と思っていたが…に目をつけて盗み出したのが十年前の事。
それいらい華道に茶道に三味線にあらゆる教養を身につけさせた。
男の読みは当たり、こうして評判の店を持つに至ったのである。
だが負い目を持つ者は罪の影に怯えるもの。彼はいずれシャナンとオイフェが自分たちを探し出して復讐を遂げる事を恐れていたのである。
「あ…あいつらはあの子を男と思っておろう…だがこうして女としていれば気づかぬに違いあるまい。
 このまま終生左うちわでいたいものよ」
 

初雪の積もる寒い早朝。
今日もセリスは自分の部屋で三味線を奏でていた。
芸妓にはさまざまな教養が必要とされる。稽古を欠かすわけにはいかない。
その音色はどこか悲しげで寂しげであった。
「何か…何か違うのよね……義父様も…私も」
幼い頃より義父から女の子として育てられてきたが…あらゆる事に違和感を感じる。
本当にあの義父の言葉を信じていいのだろうか…
音に迷いを感じたセリスは稽古を切り上げて庭に出る事にした。
……庭から見上げる料亭は立派だった。
零細商人だった義父をここまでにしたのはセリスの美しさゆえの事だ。
「義父様は優しいし暮らし向きも豊かで…これでいいはずなのだけれど……」
憂鬱に溜息を零すセリスの横顔は男なら胸を掻き乱さずにいられないだろう。
彼女…彼に惹かれた者が塀の向こうにも一人いた。

「どうしたのだろうあの方は…今朝の彼女はどこか物憂げだ…」
赤い髪の妖術師は胸を痛めずにいられない。
彼は毎朝この道を通って塾に通っていた。こうして時折庭に出るセリスを見つめては恋心に胸を焦がした。
セリスが飛び交う蝶を愛でていれば胸が和んだ。
セリスが物憂げに溜息をついていれば心を痛めた。

彼はユリウス。グランベルに仕える名門ヴェルトマーの血縁に連なる者である。
優れた術の使い手としてグランベルの次世代を担う武将になる者として期待を寄せられている若者だ。

ユリウスは意を決してセリスに声をかけてみる事にした。
勇気を振り絞ると塀から顔を出す。話をするのはこれが始めてだ。
「そ…そなた…なにか困りごとでもあるのか?」
「お侍様? まぁお恥ずかしい…初めてお目見えする方に溜息を聞かせてしまうなどと」
セリスは頬を染めて袖で顔を隠した。
幼い頃から教えこまれてきた仕草だ。その可憐さはますますユリウスの胸を揺さぶった。
「あ……ああいや…ごめん…なんだか気になって…」
しどろもどろになるユリウスの仕草が可笑しかったのかセリスは鈴の音のような心地よい声で小さく微笑んだ。
「ささいな事でございますわお優しいお侍様。私とそうお年も変わらないようにお見受けしますがいずれのお方でしょうか?」
「あ…うん…僕は…いや、拙者はヴェルトマーの一門ユリウスと申す者。
 たまたま通りかかったものだから」
「あら、名家の方とも知らずにこれはご無礼をいたしました」
「い、いやいやいや! そんな事はいいんだ! 僕はまだ元服前の半人前だしさ…」

こうして知り合った二人はそれから取り留めの無い話をして別れた。
セリスは座敷の仕事があるし、ユリウスはこれから塾で妖術や兵法を学ばなくてはならない。

一人の商人の欲望が奇縁となって二人が出会うきっかけを作った。
それからというもの彼らは毎朝言葉を交わした。
その結果募るものは…セリスは違和感を只管大きくしていった。
ユリウスには友人としての好意をもっているが…なんだか自分は彼に近いような気がするのだ。
男女の違いというものを彼に感じないのは何故だろうか。
ユリウスは間違いなく男子なのに……セリスの苦悩を知らぬ義父は只管彼を女子として仕立てようとし続けるし…
265 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 セリスの章 花吹雪 [sage] 投稿日: 2011/03/27(日) 13:42:43.41 ID:lTurdFHY
そんなある日のことである。
元服を迎えたユリウスは意を決してシャナンの料亭を訪ねた。
セリスに求婚の意思を伝えるためである。
居間に通されたユリウスは開口一番「そなたの娘をそれがしにくだされ!」と言い切って頭を下げた。
これに慌てたのはシャナンである。
「お…お侍様!? 少々お待ちを!これは粗忽な娘…家柄も平民なれば貴方様のような名門の嫁は務まりませぬ!?」
冗談ではない。金のなる木を手放すわけにはいかない。
…いや、名門の嫁にすれば多額の結納金が期待できるが…それをしてしまうとさすがにセリスが男子である事がばれてしまう。
実のところいままでもそういう申し出はあったがすべてなんとか断ってきた。
男子を嫁にやってバレたら武士を謀ったとして斬られても文句は言えないからだ。
言葉を左右にして断ろうとするシャナンにユリウスは食い下がった。
二人の激論は数時間に及び……あまりのしつこさに辟易したシャナンはついに条件を出す事にした。
「あれは可愛い一人娘。手塩にかけて育ててまいりましたものをそうそう手放すつもりはございませぬ。
 なれどお侍様があの娘を大事にしてくださるのならば考えましょう。
 その熱意の証として…五つの物を結納金代わりに持参していただけますか?」
「五つ…とは?」
「秘宝中の秘宝、紋章の国に二つと無い五つの宝にございます。
 言い伝えに曰く…かつてラーマンの社から百年前に盗み出されて失われたと伝え聞く宝珠…
 光…闇…命…大地…星…それらの名を冠する宝珠をお持ちくださればあの娘を嫁に差し上げてもようございます」
赤い髪の妖術師は顔をあげた。
その顔には喜びが煌きあふれていた。
「誠か!? 約束だぞシャナン殿。待っていてくだされ。例え幾年掛かろうとも必ず探し出してご覧にいれる!」
言うが早いかユリウスはさっそく駆け出していった。
すぐに旅支度を整えて出立するそうだ。
その背中を見送ってシャナンは呆れて笑った。
「馬鹿な男だ。すっかり浮かれおって。そのような胡散臭い言い伝えなど迷信に決まってるだろうが。
 ああせいせいしたわ。ありもせん物をいつまでも探して旅先でおっ死ぬといいわ」
シャナンははなからセリスを手放すつもりなど無かったのだ。
だが…彼の言葉を襖の裏側で聴いていた者がいた。

「義父様…オイフェ叔父様と一緒にいた頃の義父様は人を謀るような方ではありませんでしたのに…」
ユリウスの求婚にも驚いたが…それよりもシャナンに感じる違和感は大きくなるばかりだ。

疑いを抱きつつも評判の美人として衆目を集めるセリス。彼を籠の鳥として利に走るシャナンを名乗る男。
そしてセリスへの想いから無謀な旅路へと出たユリウス……
一人の商人がついた嘘が幾人もの人生を巻き込み逃れがたい泥濘へと引きずり込んでいった―――――

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