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Last-modified: 2011-06-03 (金) 19:45:30

487 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼 [sage] 投稿日: 2011/04/15(金) 00:13:49.07 ID:66uR/jl8
白銀の狼ニケ様が黄金の白鷺ラフィエル様を夫としてブルガル川のほとりで子孫を残した。
サカ民族の始まりじゃ。ロルカの子達よ。儂らサカの民には強くて誇り高い狼の血が流れておるのじゃよ。
何者をも噛み裂く強い牙と誰も追いつけぬほど速く走る逞しい四肢を持ったニケ様の血じゃ。
みなもニケ様に恥じぬ強い戦士におなり。一生懸命に鍛錬を続けておれば狼の血がみなに力を与えてくれるじゃろう。
強い強いサカの戦士たちは狼のようにあらゆる敵を噛み殺しこの広い広い大陸の果てまでも駆けてゆくじゃろうて。

~ ロルカ族の古老の昔語りより ~

「どうしたのだリン?その有様は」
「………」
ゲルの中で酒を飲んでいたロルカの族長ハサルは憮然として帰ってきた娘の姿に視線を向けて問いただした。
大体検討はつく。また喧嘩をしたのだろう。
ハサルの娘リンは顔にアザをつくり服も泥で汚れていた。
どうも男手一つで育てているせいかこの娘は負けん気が強くて喧嘩っぱやい。
悔しそうに瞳を伏せていたリンは顔をあげるとハサルにしがみついた。
「父さん…私、サカの子だよね? ロルカの子だよね?」

サカ民族の一部族、ロルカの族長ハサルがこの娘を拾ったのは四年前の事である。
サカ民族は放牧や狩をして暮らしているが、雨が少なく背の低い草しか生えないサカ草原の暮らしは過酷だ。
土地は農耕には適さないし家畜を育てるのも容易ではない。
ゆえにサカの諸部族は放牧をする土地を巡って部族間で戦争をしたり草原に近い異民族の村落を略奪したりもする。
その時もハサルは農作物を手にいれようとロルカの戦士たちを率いて草原を出ていた。
ロルカ族のベースキャンプ地を出て五日、七つの村落を村を襲撃し抵抗する民兵を殲滅して戦利品を手に入れたのだが…
そのうちの一つの村…死んだ村人達の中に海を渡って大陸に来たというとある島国の商人がいた。
ハサルはその商人が持っていた品物を襲撃戦で一番活躍した戦士に褒美として授ける事にした。
だが彼が持っているのは品物だけではなかった。彼は年の頃三から四ほどになる娘を連れていたのだ。
彼女は他の子供と一緒に村の倉庫にかくまわれて難を逃れていた。
だが降伏して生き残った村人たちの中に彼女を引き取ろうという者はいなかった。
それはそうだろう。たまたま旅の途中で村に寄っただけの縁もゆかりもない商人の娘だ。
「どうしたものですかね族長?」
戦士の一人が首を傾げる。
目的を達したからには速く草原に帰って腹を減らした家族に食い物を持ち帰ってやりたいというのが本音だろう。
ハサルにしても放っておいて帰ろうかとも思ったのだが…
「…あの戦いの中で泣き声一つあげずにいた子だ。鍛えれば案外強くなるかも知れないぞ?」
気紛れか酔狂か。ハサルはその娘を育てる事にした。少し前に妻マデリンに先立たれて寂しい思いをしていたというのもあったのかも知れない。
「娘、名は?」
「リン、父さんはどこ?」
ハサルは言葉を選んだ。嘘は好きではなかったがさすがに親の仇とあっては承知しないだろう。
「お前の父は俺にお前を預けて大陸の端へと旅立った。子供連れでは無理な旅だそうだ」
こうしてリンはハサルの娘となった。

それ以来ハサルはリンに狩の仕方も家畜の育て方も…遊牧民として必要な事を教えてきた。
草原で生きる術も、武器の扱い方も……
他の者の子と変わらぬように接してきたのだが……
だが子供とは無邪気で時に残酷なものである。
ロルカの子供達の中にはリンを異人の子としてからかう者もいた。
その度にリンは喧嘩をした。今日もそうだったのだろう。
悔しそうに唇を噛んでいるのを見るとおそらく負けたに違いない。
「父さん…私…ニケ様の血を引いていないから…」
ハサルは少しだけ考え込んだ。
「喧嘩するからには勝て。男も女も関係無い。負ければ草原では死ぬだけだ。
 胸のうちに牙を抱いていればニケ様の血を引いていなくてもサカの同胞だ」
サカの民は戦うに当たって男女を問わない。戦の時には男女ともに戦士となる。ロルカ族にも蛮勇を誇る女戦士が幾人もいた。
「強さは気力から沸いてくる。少し早いが…そうだな。サカの戦いぶりを見て学ぶといい」
そう言って笑うハサルの精悍な顔立ちはどこか猛獣めいて見えた。
488 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼 [sage] 投稿日: 2011/04/15(金) 00:15:29.10 ID:66uR/jl8
サカ民族の軍団が草原を南下し進撃を開始したのは六月の事である。
二年前、部族間抗争に明け暮れたサカを統一したクトラ族の族長ダヤンは
豊かな大地を手にいれようと諸部族の軍勢を糾合して二十八万騎にも及ぶ一大騎馬軍団を編成し東洋世界の覇者たるアカネイア帝国を脅かした。
それはまさに長年抗争を繰り返して内にむいていた武力を外に向けた瞬間だった。
これに対してアカネイアの皇帝ハーディンは勅令を発しアドリア太守ラングを総大将に任じた。
ラングはアカネイア北部諸侯の軍勢を糾合し、その総数は実に五十万に達した。大陸の戦は島国のそれとは桁からして違う。
無数の装甲兵や騎兵、射手、妖術師が整然たる隊列を成し、その後方には五十万もの兵を養う軽重隊が無数の馬車に大量の武器食料を輸送している。
数里にも渡って列を成す大軍は総大将ラングを中心に前衛にエイベル将軍アストリア将軍、後衛にトラース将軍ジョルジュ将軍を配してサカ軍団を粉砕せんと大陸を北上。

六月二十九日に両軍はメニディ平原で対峙した。
後の世に言うメニディ会戦は間もなく始まる。
戦場を見渡せる小高い丘の上に配置された本陣からラングは遠眼鏡を持ってサカ側の陣地を観察し…
軽く失笑すると遠眼鏡を参謀たちに渡した。
ラングに促されてサカの陣地を眺めた参謀の顔にも嘲笑が浮かぶ。
「これは酷い…蛮族蛮族とは思っておりましたが…こうも遅れているとは」
陣地に立っていたサカ側の戦士は簡素な皮の鎧や胸当てのみの軽装備で身を守っている有様だった。
「文化劣等な北辺の野蛮人にはまともな製鉄技術もないと見えますな。
 あのような装備では我が軍の矢を防ぐ事はできますまい」
「それに引き換え我が軍の将兵は帝都の工房で最新技術をもって作られた頑強な鉄甲冑で身を守っております。
 奴らの貧弱な武具では致命傷を与える事は困難です」
参謀たちは優勢を確信する。
無理も無い。当時のアカネイアは東洋に限らず世界でも最も文明の進んだ国であった。
彼らを見渡したラングは自身の顎鬚を撫でながら語りかける。
「世界に冠たるアカネイアに刃向かう愚かさを夷狄どもに思い知らせてやろうぞ。
 文明世界の軍隊の恐ろしさを野蛮な猿どもに教えてくれよう」

さて、アカネイア人たちが猿と蔑んだサカの軍勢を率いるのはクトラ族のみならずサカ民族全体の指導者となったダヤンである。
彼はこの年三十九歳。十二歳になる息子のラスを連れて本陣より数里先に配置されたアカネイアの陣地を眺めていた。
メニディは平らで起伏の少ない土地で木も少ない。障害物も無い代わりに身を隠せる場所も無い。伏兵の心配も無いがこちらも伏兵を使えない。
ダヤンに従うのは数年前までは抗争の相手だった諸部族の族長たちだ。
ロルカの族長ハサルやジュテの族長モンケといった有力者の顔もある。
モンケが感嘆の声をあげた。
「さすがにアカネイア、なんという大軍だ」
幾人かが同調したが恐れる色は無い。
「何、奴らは日頃鍬を取っておる農民が大半よ。弓の扱いでサカの戦士が遅れを取る事はありえん」
言葉に自信を覗かせつつダヤンは族長たちを見渡した。
彼らの幾人かは自分と同じように十から十二程度の子を連れている。
初陣させるにはまだ早いが戦を観戦させて慣れさせようというのだろう。
ダヤンの目線がハサルが連れている子…リンに留まった。
戦場を見せるにしてもまだ幼い。
「ハサルよ。その子はまだ早いのではないか?」
「俺は八歳の時に初めて鹿狩りに参加した。この子も八歳だ。サカ戦士としてそのくらいの経験は積んでもいい」
言い切ってリンの頭を撫でるハサルはこれからの戦に全身の血を滾らせていた。
彼だけではない。族長達は我先に先鋒を申し出た。
最終的にはダヤンはモンケに先鋒を命じ、ジュテ族の弓騎兵四万騎が動き出した。
489 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼 [sage] 投稿日: 2011/04/15(金) 00:16:16.04 ID:66uR/jl8
サカの陣地から騎馬隊が出撃したのを見て取ったラングは唇を吊り上げる。
「きおったぞ野人どもめ。目に物見せてくれる」
彼は参謀に目配せをすると参謀は兵に命じて伝令を送り出した。

アカネイアの本陣より一里程の位置に陣を張っていたトラース将軍は伝令から伝わった命令を受けて戦闘準備を整える。
サカ軍の先方の出撃は彼の陣からも見て取る事ができた。
「我らアカネイアは他国より百年は進んでいる事をこの一戦で示そう…楽しみだ」
彼の号令で台座に据え付けられた大筒の群れがジュテ軍の進路上に向きを変える。
「方位445…撃ち方始めっ!」
次々と鉄製の巨砲の群れが火を噴いた。

先陣の名誉を担ったジュテの戦士達はサカ人らしい優れた乗馬技術を持って高速でアカネイア側の陣地に迫っていったが先頭を走っていたモンケの耳が妙な風切り音を耳にする。
「…矢…ではない…なんだ? 玉…?」
空を仰いだモンケが見たものは空を覆いつくすような玉のようなものであった。
それが次々とジュテの軍勢の中に降り注ぎ…弾けて爆発した。
幾人かの弓騎兵が吹き飛ばされ四散したが、それよりもなによりも轟音に驚いた馬の脚が止まってしまったのだ。
落馬した者がいなかったのはさすがというべきだが……
「い、いかんっ引け引け!」
慌てたモンケが号令を発したが混乱に陥った馬を沈めるのはサカ人でも容易ではない。
その間にも次々と玉は降り注いで爆発する。
「なんだ、妖術か!?」
ジュテ族の一人が叫んだのも無理は無い。
まだアカネイアの陣地には距離があるのにこの攻撃…話に聞くメティオの術だろうか?
だが妖術使いは希少である。これほど無数の妖術を放てるほど大量の妖術師がいるとは考えにくい。

それはシューターと呼ばれる大砲の群れであった。アカネイアは世界に先駆けて火薬兵器を開発し実戦投入していたのだ。
通常では考えられぬ遠方への砲撃、妖術並みの長射程…しかも妖術の素養の無い者でも訓練すれば扱える事から大量使用も可能である。
戦況を遠眼鏡で見やるラングは高笑いする。
「見たか蛮族! これが文明人の知恵と力よ!」
一千門近いシューターが次々と砲弾を放ち、雨あられと降り注ぐ砲弾は地形すら変えるほどの威力と勢いでジュテの軍団を吹き飛ばしていった。
辛うじて統制を取り戻したジュテ族は退却を開始したが短期間にもかかわらずそれまでに三千騎を越す死傷者を出していた。
  
その様はサカ軍の陣地からも見て取る事が出来た。
「父さん! 同胞がやられているわ! 助けにいかないの!?」
娘は慌てて焦ってはいるが…怯えてはいない。むしろ闘志に満ちている。
その様子を満足気に眺めながらハサルは逃げ崩れるジュテ族を見やった。
二里ほども離れているが見通しのよさに加えてサカ人は総じて視力が高い。
「慌てるな。ダヤンの号令が出るまで待て。狼の群れが獲物を狩るときは首領の支持に従うものだ。なあ?」
ハサルの視線を受けたダヤンは苦笑いする。
「大した子だ。ラス、この子と戦ったらお前でも遅れをとるかもしれんぞ?」
ダヤンの子ラスは同世代の子供達の中では一番の弓の使い手である。
寡黙な少年はリンに視線を向けると一言も発さずに再び逃げてくるジュテ族に視線を向ける。
その落ち着き払った様子に苛立ったリンは食ってかかった。
「あなたの父さんに言ってよ! 速く助けにいくようにって! 何よサカ戦士がこれだけ雁首そろえて同胞の苦戦を見てるだけなの!?」
だが少年は意にも介さなかった。
「もう少し待て。父さんはもう少しで号令をかける」

ジュテ族の敗退を見て取ったラングは新たな命令を出す。
エイベル将軍アストリア将軍らに指揮された前衛軍団が動き出した。
相手の敗走を追撃して戦果を拡大し一気に戦いの流れを決めるつもりだ。
サカ側の貧弱な陣地を蹂躙しようと重装備の兵士たちが横列を組んで進みだした。
装甲兵の横列はまさに城壁が前進してくるような頑強さだ。

やがてサカの陣地に半里ほどまでアカネイア軍が接近するのを見て取るとダヤンはハサルに視線を向けた。
ジュテ族が打撃を受けた地点からあれだけ釣り出せばアカネイアの新兵器らしき物も届くまい。
「任せる。存分に暴れてこい」
「任された。お前等クトラが食う肉を残さなくても悪く思うなよ?」
彼は馬に飛び乗ると本陣から五百米ほどの距離に配置されたロルカ族の陣地に駆け戻る。
馬の背にはリンを共に乗せていた。
490 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼 [sage] 投稿日: 2011/04/15(金) 00:17:28.25 ID:66uR/jl8
族長を迎えたロルカの戦士達は既に騎乗し出撃準備を終えていた。
「ようしお前等! 狩りの時間だ!」
狼の血を引く戦士達はおう!と意気高い。
リンはハサルを見上げた。戦意と闘志を漲らせて犬歯をむいた笑みはまさに狼のようであった。
ハサルだけではない。
ロルカの戦士達…男も女も戦いに奮い立ち楽しげに語らい、中には討ち取った敵が多い方が今夜の酒を奢る…なんて話をしてる者すらいる。
現代に生きる者からすれば野蛮そのものだが、彼らにとって戦いこそが誉れであり人生であった。
リンもまた脚が震えているのを感じる。怖くは無い。昂ぶっているのだ。
血が騒いでいる。戦い…倒し…強さと勇気と…自身がサカの戦士である事を示したかった。
次々と陣地を駆け出していくロルカ戦士達を見送りながらリンが思った事は、
自分が初陣を向かえる年では無い事が残念だ…それのみであった。

突撃を開始したロルカ軍を見て取ったエイベル将軍は部下たちに引き続いての前進を命じた。
彼らの貧弱な弓ではアカネイア兵の装甲を貫通する事は出来まい。
正攻法を持って正面から踏み潰すのみ。
アカネイア軍の第一列に迫ったハサルは弓をつがえる。
族長に続いて戦士達も弓を馬上で弓を構えた。
矢継ぎ早に放たれる長弓射撃…数千本の矢がアカネイア軍の頭上に降り注いだが兵士たちはエイベルの号令で上方に盾を構えてやりすごした。
そこまでせずとも甲で弾いた者もいる。ロルカの長弓射撃はさしたる成果を挙げていない。
「蛮族め無駄な真似を…」
彼は横陣になった装甲兵を進めつつ射手に支援させて敵を粉砕するつもりであった。
陣形は横陣から相手の凸陣に対応して凹陣に組みなおし三方向から叩き潰してやろう…
そう決心して命令を下しかかり…下せなかった。エイベルの開きかけた口を矢が貫き頭まで貫通していた。
静かに倒れる将軍を副将は呆気に取られて見守るしか出来なかった。
なんという事だろうか。ロルカ族は第一撃の防御のためにアカネイア軍の脚が止まると接近して短弓に持ち替えての射撃を開始したのだ。
しかもまるで鷹のような視力と幼少期から狩りで培った弓術はアカネイア人の遠く及ぶところではない。
次々と放たれる矢は甲冑の隙間…間接部…兜の面の目の部分など防御不可能なほんのわずかな隙間に正確に撃ち込まれてくる。
次々と兵士が射倒されてアカネイア軍の陣形が崩れ始めた。
混乱の中で応射する射手もいたが弓を放つとすぐに陣形内の位置を特定されて複数人数から矢を射込まれハリネズミのようになって倒れていった。
だがこれだけなら数の優位を生かして陣形を建て直し反撃もできただろう。
とりわけおどろくべき事はロルカの戦士がアカネイアの指揮官を正確に把握しまっさきに狙撃していった事である。
エイベルに遅れる事わずか五分、指揮を引き継いだ副将も射倒された。
将軍級の武人ばかりではなく大隊長、中隊長らの下級指揮官も先に倒されていた。
数万もの軍団の中で彼らが正確に指揮官を察知して射る事ができたのは、幼い頃から狩りをして集団戦に慣れていたためである。
狼の狩りは首領に率いられて行うもの、集団の意思や陣形が変わる中枢にいる奴が指揮官だ。サカ人はほとんど本能的にそれを察して最優先に矢を射掛けた。
「ど、どうするんだ!? 次の命令は!?」
アカネイア兵が悲鳴を挙げた。最後に受けた命令はこの陣形のまま前進せよ…のみである。
戦い方を変えるにしろ引くにしろ命令が必要だが命令を発する者は既にいなかった。
その合間にも放たれるロルカの矢がアカネイア兵の陣形と心理を圧迫する。
信じがたい事だが小一時間ほどの間にアカネイア軍は六十人を超える将校を失ったのだ。
エイベルの軍団は完全に指揮系統を失った。

第二陣たるアストリアの軍団がこれを支援しようとしたのだが秩序を失ったエイベル軍の兵士たちが右往左往して進路や陣立てを結果的に妨害した。
苦虫を噛み潰したような顔をしたアストリア将軍は戦場を迂回して敵の後方に出ようと考えた。
目の前で友軍がやられる様を見て部下たちの戦意や士気が急速に萎えていくのか感じられたためだ。
このまま手をこまねいているわけにはいかない。まだ部下に戦う気力があるうちに状況を変えなければならない。
アカネイア兵の大半は元々は普通の農民である。それぞれの領主の徴兵に従って嫌々戦場に来ているに過ぎず士気は低い。
勝利と戦利品の夢を見ているサカ兵と違って勝って得る物も少なくてはそれも無理は無いが……
491 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼 [sage] 投稿日: 2011/04/15(金) 00:18:16.54 ID:66uR/jl8
だが進路を転じたアストリア軍の側面に統制を整えなおしたジュテ族が突入していく。
モンケは先の雪辱を晴らそうと戦士達を激励した。
「これ以上他の部族に遅れを取るな!陣形を広げて全軍で攻撃!突っ込め!」
凶暴な戦意と復讐心に胃を煮えたぎらせたジュテの戦士達が突進を開始する。

この状況を本陣で見ていたダヤンは戦機が到来している事を悟った。
武将としての彼は戦場の空気を読む事に長けており戦いの流れをよく掴んだものである。
「よし獲物は混乱しているぞ!突撃だサカの兄弟たち、柔弱なアカネイア人どもにサカ戦士の強さを思い知らせてやろう!」
クトラ族を主力に待機していた諸部族を全て投入し彼らは突進を開始する。
地響きを立て平原を揺るがすような軍馬の群れの轟音に、かろうじて戦場に踏みとどまっていたアカネイア兵の戦意は完全に挫けた。
「だ、だめだ…殺される!?」
一人の兵士が悲鳴を上げて逃げ出した。
本来なら敵前逃亡だがそれを咎める隊長はもういない。
一人がきっかけを作ると次々とアカネイア兵は陣形を乱して逃走を開始する。
退却の秩序も何も無いそれはまさしく潰走であった。
逃げ惑うアカネイア兵をサカ兵は追いたて矢を射込み青竜刀で首を叩き斬った。

その様をリンは陣地から眺めていた。
「狼が羊を飲み込んでいく……」
それはまさしく羊の群れを追い回し駆り立てる狼の群れのようであった。
いつか自分も狼の一人として大地を駆け巡り獲物を噛み千切る日が来るだろう…
その時までにもっともっと強くあらねば…同胞とはいえ子供ごときに負けている場合では無い筈だ。

「踏み留まれ!逃げるな踏み留まれ!」
アストリアの叫びが響く。
エイベル軍の潰走はアストリア軍の戦意をも道連れにした。
直ぐ近くで友軍が逃げ崩れるのを目の当たりにしては無理も無い。ましてアストリア軍もまたエイベル軍と同じく多くの幹部を失っている。
アストリアは卓越した身のこなしと盾でかろうじて矢を凌いでいたが指揮を取る余裕はもはやなかった。
「くそ…くそっ!おのれ…」
悔しげに唇をかみ締めながら挑んできたサカの剣士を叩き斬る。
皇帝より賜った宝刀メリクルソードは凄まじい切れ味で敵兵を胴斬りにした。
既に幾人もの敵を将軍自ら斬り殺したが、たった一人の奮戦では戦況は変わらない。
周囲の味方は死ぬか逃げるかしてしまい、アストリアはサカ軍の只中で孤立しつつあった。
掲げられたアストリアの剣の輝きに目を留めたハサルは弓を放った。正確にアストリアの目を狙った矢は盾によって防がれた。
第二射を放つ。体を捻って避けられた。だがそれまでであった。
サカ兵は集団戦法を得意とするものであり、東方の島国の武士や西方の騎士などと違って一騎討ちなどという作法は無い。
彼を手ごわしとみたサカ戦士達は数十騎がかりで矢を射込んでアストリアを討ち果たした。
無念の呻き声を上げて絶命した彼の遺体から戦利品というべきメリクルソードを拾い上げたハサルは呟く。
「ほぅ…コイツは見事な青竜刀だ…」
そういえばリンは弓よりも刀の方が得意だった。
大きくなったらくれてやろうか。
ふとそんな事を考えた。
492 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼 [sage] 投稿日: 2011/04/15(金) 00:19:16.46 ID:66uR/jl8
前衛が敗れて逃げ崩れてくる様は本陣からも見て取れた。
すでにラングに先ほどの余裕は無い。
「何を…何をやっとるのだ!馬鹿者共め!」
平常心を失ってどなり散らす総大将に参謀たちは恐る恐る問うてみた。
「御大将…そ、それでいかがいたしましょうか?」
「なんだと? こういう時に策を立てて献策するのが貴様らの役目だろうが!
 いかがしましょうとは何事だ無能どもめ!」
かっとして怒鳴りつけたもののラングとしても具体的な方策があるわけでもない。
彼らが真剣だが無益なやり取りで時間を浪費している間にも戦況は悪化していく。
結局彼らが出した結論は予備戦力として控えていたジョルジュの軍団の投入という当たり障りのない物であった。

だがジョルジュは前進命令にも関わらず動かなかった。
ラングの本陣から出撃を催促されても頑として命令を無視し続けた。
「将軍…よろしいのですか?」
部下が不安げな視線を向けている。
「今更我が軍が動いても戦況は巻き返せぬ。あの有様を見ろ。
 前進しても敗走する連中に陣立てを邪魔されて乱戦に巻き込まれて被害を出すだけだ。
 ならば布陣済みの陣地に篭って逃げてくる連中を収容し、敵が近寄れば弓で応戦すればいい。
 勝ちに乗っている時は逆に冷静になれないものでな。不用意に近寄ってくる敵もいるだろうよ」
「しかしそれでは命令無視に…」
「なに、気にする事はない。何かあったらお前は命令は届かなかったと言えばいい。そう心配するな」
実のところジョルジュはしたたかだったかも知れない。
後日ラングに問い詰められた時に備えて彼は出撃命令を伝えに来た伝令の兵を殺して埋めていた。
命令は届かなかったと言い張るためであるし、戦闘の混乱の中、送り出した伝令が無事に届く保障があるわけでもないのだ。
すでに彼は戦いの趨勢を悟り、部下達を無事に帰郷させる事を第一に考えていた…
…友人のアストリアの事だけは気にかかるが十万にも及ぶ部下の生命と引き換えに救出戦の危険を冒すわけにはいかなかった。

ジョルジュ軍動かずの報にラングはますます苛立ち…焦りを強めていた。
このまま戦況が推移すれば間違いなく負ける…負ける? 世界一の文明国であるアカネイアがいまだに狩猟生活をしてるような蛮族に?
信じられない事だが……負けて帰ればどうなるだろうか…これほどの大軍を率いながら敗れたとあっては間違いなくハーディンは彼を許さないだろう。
処刑は免れない…額に油汗を滲ませたラングは小さく呟いた。
「……て」
参謀は怪訝そうにラングを見て取る。
「撃て!シューターを使え!」
逃げるアカネイア兵を追ってサカ軍はシューターの射程内に入ってきてはいる。
だが敵味方は入り乱れており、シューターのような広範囲破壊兵器を使用する事は不可能な状態だ。
「御大将、今シューターを撃てば味方を巻き添えにしてしまいますぞ!?」
「かまわぬ!…いや、やむを得ぬ!ここで蛮族どもに敗れればアカネイア五百年の歴史が汚辱に塗れる。
 もはや犠牲を省みている余裕は無い!速く伝令を出さぬか!」
493 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼 [sage] 投稿日: 2011/04/15(金) 00:21:04.56 ID:66uR/jl8
こうして再び巨砲群が火を噴いた。
入り乱れたサカ兵とアカネイア兵の中に砲弾が飛び込み次々と爆発する。
爆発とともに土煙が上がり、吹き飛ばされた人間の腕や脚が宙を舞った。
「待て!?撃つな撃つな!?」
だがこの暴挙はさらに混乱に拍車をかけた。
いまだに踏み留まって戦っていたアカネイア軍の一部の部隊も恐慌状態に陥り、もはや全軍潰走の様相を示している。
「同胞ごと撃つとは…えげつない奴がいるもんだアカネイア人どもめ」
呆れたような声を出したハサルはまるで動じる様子も無く降り注ぐ砲弾を見つめている。
すでに飛んでくる方角は掴んだ。
距離も縮まっている。馬もこの大音響にある程度慣れてきたようだ…
やるか…小さく呟くと彼は近くにいた直属の戦士百騎ほどと共に戦場を駆けぬけて混戦域を脱し矢のような速さでトラースの部隊に迫った。
先ほどのジュテ族への砲撃はシューターを守る前衛が健在だったからこそ効果的だったのだ。
すでに前衛がいない今、シューター隊への道を遮る者はいなかった。
「いかん!?こちらに向かってくる小部隊を撃て!」
「あ、あの速度では照準がつけられません!?」
トラースの命令に部下は絶望的な返事をだす。
接近されれば砲撃は出来ない。
砲座から離れた兵士たちは弓や槍を手に取るが…彼らは砲の取り扱いには長けていても他の武器の訓練はあまり受けていないのだ…
もはや眼前まで迫ったロルカ兵に次々と射倒されていった。
トラースは自分でも気付かぬ内に戦死した。
敵将を素早く特定したハサル自信の弓で眉間を射抜かれたのだ。
シューター群を失ったアカネイア軍にもはや勝機は無かった。

本陣が陥落したのは夕暮れ頃の事である。
本陣を通過して逃亡するアカネイア兵たちにラングは「取って返して戦え!」と喚き続けていたが誰も耳を貸す者はいなかった。
「恐れ多くも儂は皇帝陛下より任じられた総大将だぞ!儂の命令が聞こえないのか!?」
だが誰一人として脚を止めない。混乱と人ごみの中で参謀たちも逃げてしまったようだ…
焦ったラングはとっさに槍を突き出した。
一人の逃亡兵が脇腹を突き刺されて倒れる。
周囲にざわめきが走った。
「敵前逃亡は重罪だ、儂自ら処刑する! 貴様らこやつのようになりたくなかったら…」
最後まで言い終える事ができなかった。
絶叫をあげた兵の一人がラングの肩口を槍で突き刺したのだ。
ラングは未だ総大将として兵を従えられると考えていたが…彼らにとってはもはや逃走の邪魔者でしかなかった。
たちまち次々と槍が突き出され、ラングは滅多刺しにされて息絶えた。
だがそんな混乱と同士討ちの時間も直ぐに終わる。
追いついてきたサカ軍は蛮勇を競い合い逃げ遅れたアカネイア兵を草でも刈るかのように地に打ち倒していった……

こうしてメニディ会戦は終わった。
アカネイア帝国の歴史的大敗であり王朝の栄光が地に落ちた事を内外に示す事となった。
この後アカネイアは急速に衰退する。
唯一さしたる被害を出さなかったジョルジュ将軍の軍団は敗残兵を可能な限りかき集めて帝都へと帰還した。
敗軍の将兵を語らず…彼は一言の申し開きもせず、生還した者の中の最上位者として粛々と処刑台に上り最後の責任を果たしている。
…辞世の言葉を彼は残さなかった。
494 名前: 侍エムブレム戦国伝 生誕編 リンの章 群狼 [sage] 投稿日: 2011/04/15(金) 00:22:53.12 ID:66uR/jl8
ロルカ族のキャンプは勝利に沸き立っていた。
帰ってきた戦士たちをキャンプに残っていた老人や子供達が出迎える。
誰もが口々に彼らの勇猛を讃え、並べられた戦利品に感嘆する。
 
そんな中にリンの姿もあった。
リンは周囲を見て…子供達の一群に声をかけた。
彼らを伴って少し離れた場所に行く。
子供達の一人ギィが苛立った声を出した。
「何の用だよ?」
少し前に不用意な事を言ってリンと大喧嘩したばかりである。
気まずいことこの上ないが不器用なギィは仲直りの方法を知らなかったのだ。
だが…リンに仲直りの意思は無かった。
彼女の身の内には人間が持つ原初の…野生…闘争心…蛮性…好戦性…そんなものが沸き立っていた。
「こないだの借りを返しにきたわ。負けたままではいられないの」
挑まれて流す道を少年は知らなかった。
たちまち取っ組み合いの喧嘩が始まる。
子供達どころか遠巻きに見ていた大人たちまでが「やれ!やれ!」と囃し立てた。
どちらが勝つか賭けをしている者もいる。彼らはよほど度を過ぎない限り決して喧嘩を止める事は無い。

「畜生!異人のくせに!」
「私はっサカのっ戦士だ!」
不用意な言葉…それが喧嘩の原因になったにも関わらず幼さゆえか感情が昂ぶると口をついてそんな言葉が出てしまった。
だがそれは返ってリンの闘志に火を付けた。
取っ組み合って地べたに倒れこむとリンはとっさに傍らの石を掴んでギィを殴りつける。
ギィが痛みに呻くと二回…三回と殴りつけ…四度目を振り下ろそうとした手を誰かに掴まれた。
荒い息を吐きながら睨み付けるリンをその少女は静かに見下ろした。
「勝負はついているわ…リン」
「スー……?」
その娘…子供達の中では一番の弓使いスーは膝を付くと弓を掲げた。
子供達の中で一番強かったギィが敗れたのだ。
それは子供達のリーダーが交代した事を示す。
囃し立てていた子供たちも次々と膝を付いた。

この日…幼き狼の群れは新たな首領を得た。
数年後に彼らの牙が何者を噛み裂くのか…それを知る者はこの時点ではいるはずもなかった。

戦国の世に奇妙な運命から引き裂かれた十五人の兄弟姉妹。
人の人生という長い物語は幼年期を…まだ序章を終えたばかりだ。

侍エムブレム生誕編 完

次回 

侍エムブレム戦国伝 邂逅編
 
~ ミカヤの章 都の怪 ~