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Last-modified: 2011-06-05 (日) 23:33:16

551 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ミカヤの章 都の怪 [sage] 投稿日: 2011/04/22(金) 00:36:04.65 ID:z903nno2
その日は新月の夜であった。
都中を漆黒の闇が覆いつくし重苦しい沈黙が辺り中に満ちている。
このような夜に好き好んで出歩くのは盗賊か…でなければ物の怪くらいだろう。
都の治安を預かる検非違使従五位下左衛門少尉クレインは提灯の仄かな明かりを頼りに歩を進める。
本来なら夜警などもっと下の者がやる事なのだが…衰退した今の朝廷ではあまり人を雇う事もできず、
クレイン自ら職務に当たっていた。
腰には太刀、背には弓。
物々しい井出たちだ…誠に嘆かわしい事だが治安が極めて悪化した今の都の夜ではこれでも足りないくらいだ。
ましてこの所は一枚葉の盗賊達が活動を活発にしている。
どうにかしなければならない。
「月が欠けたる事も無し…などと私の先祖は歌ったものだけれど…今や新月の闇の方が都や朝廷に相応しいよ」
軽く溜息をつく。
だが憂いばかりではなかった。
個人的な事だが吉事もあった。クレインは一月前に祝言をあげたのだ。
新妻を思うと頬が綻ぶ。
「あまり遅くならないうちに帰ってやらないとね。ティト」
歩みながら呟きが漏れるのは幸福とともに闇の中を一人歩く不安がさせている事かも知れない。
若き検非違使は都を流れるミスル川にかけられた五つの橋の一つ、カルレオン橋に差し掛かった。
やや古くなった木造の橋の上を歩むとギシギシと音が鳴る。
どこか痛んで腐っているのだろうか。軽く足でつついて確かめながら歩を進める。
そんな事をしているとふと妹の事を思い出した。
家庭的にはクレインは順風満帆と思いきやそうでもないのだ。
小姑となった妹が何かと嫁をいびるのが彼の悩みの種であった。
「……あの娘にも困ったものだよ…いつまでも兄離れできないのだから…いい加減嫁にいく歳だし早く縁談を纏めてやらないとな…」
思わず呟きが漏れる…
その時であろうか、クレインの視界に人影が映った。
その者は橋の欄干に寄り添って川を見つめていた。
目の覚めるような紅い衣と紅い髪の娘であった。
「……?」
いつの間に…と思わざるをえない。
闇夜とはいえさほど大きくも無い橋の事、人がいれば渡り始める前に気付きそうなものだが。
ともあれほうっては置けない。若い娘が夜道を一人で歩くものではない。ほっておけばたちまち盗賊にかどわかされてしまうだろう。
「そこの娘、何をしている?」
まずは声をかけてみる。
返事は無い。振り向きすらしない。
異に思ったクレインは娘に歩み寄ると再び声をかけた。
「このような夜更けにそなたのような娘が一人で出歩くものではない。
 家はどこだ? 送っていくから…」
「……イ…サ…マ……」
「何?」
クレインは生まれてこの方このような重く淀んだ声を聞いた事が無い。
まるで地の底から響いてくるような―――――

娘はゆっくりと振り返った………
青白い顔と紅く輝く瞳はまるで…………
「そ…そなた!?」

焦って後ずさったクレインの肩が掴まれる。
娘の細腕とは思えぬ力……周囲の空気がたちまち凍り付いていくようでクレインの首筋を冷たい汗がつたった。

……ニ……イ……サ……マ……
552 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ミカヤの章 都の怪 [sage] 投稿日: 2011/04/22(金) 00:36:32.35 ID:z903nno2
炎正十三年…サナキ帝の生誕と即位から十三年目に当たるこの年の始まりは人々にとってまたいつもの年が巡るだけの事であった。
戦は止まず野盗や妖怪が跳梁跋扈し先行きの見えない人生を人々は手探りで進んでいく。
多事多難とも言うべき年の始まりは万人に等しく訪れる。

―――――ミカヤはこの日、紋章の国の都…シエネで年の始まりを迎えた。
ゴルドアの龍神大社を出て二ヶ月が過ぎていた。

「都の割には人が少ないわねぇ」
肩の上の小鳥が呟く。
彼女はユンヌ。主神アスタルテにまつろわぬ古き神の一柱にて祟りをなしていたところをミカヤが調伏し今は旅の道連れとなった。
ユンヌを肩に抱いたミカヤは巫女装束に編み笠を被った旅姿であった。
周りから見れば各地のお社を回る巡礼者と見えたやも知れない。
だが彼女の目的はそうではない。両親からの手紙にあった顔も知らぬ弟妹たちを捜し求めてこの地に来たのだ。
「ねぇミカヤ、それで貴女の妹ってのは?」
「エイリークというらしいわ。父様のご友人のファード様という方の養子にしたってこの手紙には書いてあったの」

父母から届いた手紙にはミカヤの十四人の弟妹の養子縁組先が記させていた。
ミカヤ達の両親は各地を旅してまわり…旅先で生まれた子は古い友人や知人の元に養子に出していたのだ。

シグルド……グランベル国侍大将バイロン殿
エリンシア…クリミア国大名ラモン殿
アイク………デイン国侍大将ガウェイン殿、近日中に他国へ流れると申され候
エリウッド…オスティア国侍大将エルバート殿
ヘクトル……トリア国キアラン村名主ハウゼン殿
エフラム……ジャハナ国の出、在グラド国、野武士ケセルダ殿
エイリーク…シエネの都、ルネス家大納言ファード殿
リン…………ワーレンの街、雑貨商コーネリアス殿
マルス………同じく
アルム………リキア国行商人マリナス殿、全国津々浦々を巡る者にてリキア国に留まりし日短く候
アンテーゼ…同じく
セリス………イザーク国の出、剣客シャナン殿、旅の方にて在地は無きもの也、なおオイフェなる者を伴い候
ルー…………レンスター国材木商フィン殿
ロイ…………エトルリア国侍大将セシリア殿

ミカヤが広げて見せた手紙を覗き込んだユンヌは頭痛がしてきた。
「これ…養子に出したのって十何年か前の事でしょ? 今どうなってるかなんてわからないじゃない。
 しかも旅人の子とかどうやって探すのよ?」
「そうね…会えないかも知れない。会ってみたところでその子はもう自分の人生を歩んでいるでしょう。
 でも…いいじゃない。私には探す時間はいくらでもあるもの。生のあるうちに一目見ておきたいのよ。
 私の…兄弟たちをね」
手紙を丁寧にたたむとそっと懐にしまう。
都の大通りを歩みながらミカヤはユンヌの羽を撫でた。
「ここまできたのだもの。あとはルネス邸を探すだけよ。広い街だけれど日の落ちるまでには見つけたいものね」
それにユンヌは大仰に頷いた。
この二ヶ月、路銀を節約するためほとんど野宿で過ごしてきたのだ。
聞けばルネス家は朝廷に仕える公家であるという。その家の娘に実姉が尋ねてきたとなればそれなりのもてなしをしてくれるに違いない。
「そうなりゃ山海の珍味が味わえるわね。ここのところずっとろくな物食べてないし」
「貴女、仮にも神様でしょ。あんまり意地汚い事言うものじゃないわ」
553 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ミカヤの章 都の怪 [sage] 投稿日: 2011/04/22(金) 00:37:08.22 ID:z903nno2
二人は道行く人に道を聞きながら初めての都を探索する。
都は荒廃し胡乱な視線を向けるものや怪しげな者も少なくなかった。
こちらは女の一人旅である。ユンヌはいるが傍からはただの鳥でしかない。
思えばこの二ヶ月幾度か盗賊にも襲われた。
幸いミカヤは巫女として優れた術の使い手であったため返り討ちにできたが…それでも用心にこしたことはない。
「草鞋もすっかり痛んでしまったわね…できれば新しい物が欲しいけれど…」
「いいじゃないいいじゃない、ルネス家に行ったら貰いましょうよ」
そんな話をしながら二人は橋に差し掛かった。
橋の上では幾人かの人だかりが出来ている。
「おや、なにかしらね…ちょっと見てくるわっ」
「あ…もう、ユンヌったら…」
ユンヌは神とは思えぬ天真爛漫な心の持ち主だ。好奇心も大変強く興味を引かれる物があればすぐに飛んでいってしまう。
二ヶ月一緒に旅してその事はよくわかった。
苦笑いしながらその後を追う。ユンヌは人ごみの上を忙しなく飛び回っていた。
「何かあったんですか?」
野次馬らしき男を掴まえて声をかけてみる。
男の顔色は青ざめていた……
「死人だよ…」
「死人?」
「ここんとこ…毎晩のようにこの橋の上で誰かが殺されておるんだ…朝になると屍が橋の欄干から吊るされてて…」
一瞬盗賊の仕業ではないかとも思ったが…男の話によると死人達は財布や荷物を持ったまま吊るされているという。
人々は死んだ男を引き上げて役人が遺体を引き取りにくるのを待っているらしい…
「こりゃリグレ家のクレイン様だて……気の毒になぁ、奥方をもらったばっかりじゃったのに…」
横たわっている男は身なりのいい若者だった。
着物には家紋があしらわれており、身分の高さを伺わせる。
だがそれ以上にミカヤの意識を引いたものは……
「祟り…ね」
周囲に妖気の残り香のようなものが感じられたのだ。
ミカヤの肩に舞い降りたユンヌも気がついているようだ。
二人は人ごみから離れると周囲を伺いつつ言葉を交わす。
他の者に鳥が話をするところを見られてはいらない騒ぎを起こしかねない。

「ユンヌ…どう見る?」
「強い怨念が感じられたわ。亡霊か物の怪か…なんにしてもろくなもんじゃないわね」
「そう…ね、なんにしてもほうっておくわけにもいかないでしょうね」
ユンヌは面倒そうに嘴を尖らせた。
「え~ルネス家はもうちょっとじゃないのさ。先にそっちに顔を出そうよ~
 も~野宿続きでクタクタだよ~」
「そう…ルネスの家はこの近く、エイリークが犠牲になる事があってはいけないわ」
こうなるとミカヤは頑固だ。無理からぬ事だがユンヌは諦めてミカヤに付き合う事にした。
554 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ミカヤの章 都の怪 [sage] 投稿日: 2011/04/22(金) 00:37:50.30 ID:z903nno2
さっそくだが二人は近隣の人々に話を聞いて回る事にした。
まずは事件のあらましを調べてみようと思ったのだ。
ある団子屋の店主は「あの橋で人が吊るされるようになったのは一月前からじゃ…恐ろしや恐ろしや…」と語り
機織の娘は「夜毎殺されたのは若い男の人ばっかりよ。もう七人も…クレイン様は美丈夫でらっしゃったのにもったいないわよね」と話した。
厳めしい顔つきの検非違使は「追いはぎでなければ辻斬りだろうよ。
武芸者の中にはな…剣腕を高めるには人を斬るのが手っ取りばやいという輩が出るようになっての。
人心の荒むこと誠に嘆かわしい」と天を仰いで溜息をついた。

中でもミカヤの意識を引いたのは飴売りの老婆の言葉だ。
「あの橋はカルレオン橋と言ってのぉ…まぁだ儂が娘だった頃の話じゃ…
 あの橋の持ち主だったカルレオンという公家にそれはそれは美しい娘がおってのぉ…」
ミカヤの肩の上でユンヌが欠伸をした。
事件にまったく関わりの無い年寄りの繰言だと思ったのだろう。
だがミカヤはユンヌを指で小突くと老婆に続きを促す。
「娘が年頃になると…都中の公家の若様方がこぞって娘を嫁にしようと争ったもんじゃ…
 じゃが娘は首を縦に振らんかった…どうしてだと思うかの?」
「誰か心に決めた方がいたのかしら?」
他にそれらしい回答も無いだろう。
「そうじゃ…じゃがその方が問題での…その方は娘の兄上であったのじゃ…
 兄上は妹が己に慕情を抱いておる事を知ると姿をくらませてしもうた…
 娘を正道に戻すにゃ自分が居なくなることで忘れさせるしかないと思ったんじゃろうの…」
なにやら茶々をいれようとしたユンヌをミカヤは握って黙らす。
この神は思慮が足りなくて困る。鳥が人前でしゃべったらどれほど相手が驚くだろうか。
老婆は重々しい息を吐いた。
思い出すのも忌まわしいのかも知れないが…その眼は数十年前を見据えているようであった。
「じゃがの…娘は耐えられなかったんだろうの…夜毎都を練り歩いたり叫んだり…まるで…いや、あれは本当に乱心しておった。
 やがてその娘もいずれかに姿を消してしもうた…娘の姿を最後に見た者はの…あの橋の上で紅い衣をまとった娘がなにやら呟いておるのを見かけたと言うておったよ。
 大方身を投げたのじゃろうのぅ…巫女様…あの娘の霊が迷うて悪さをしておるのなら鎮めてやってはくれんかの」
「ありがとうお婆さん。そうね…もしそうならどうにかしないとね」
礼を言うとミカヤは飴をいくつか買い求めて老婆の側を離れた。

大方その娘が怨霊となって祟りを成しているのだろう。
問題は何故今になってという事だ。
数十年も前の話で…今まで何もなかったというのに。

二人は夜を待つ事とした。
逢魔ヶ刻を過ぎればそれはもう物の怪の時間だ…
調伏するにせよなんにせよ日没を待つべきだろう。

夜の帳が下りたシエネの都は動く者一人とて無い薄気味悪さだ。
時折犬の遠吠えが聞こえる。
「ちくしょ~ホントなら今頃は公家の屋敷で贅沢三昧してるとこだったのにさー」
「厚かましいわよユンヌ。妹の家に迷惑かけたらまたお仕置きするからね」
「あっ嘘嘘!大人しく慎ましやかにしてるわよ。鳥的に」
しばし橋のたもとで様子を見てみるが…何も起こらない。
妖気も霊気も感じられはしなかった。
一刻ほど時が過ぎ、やがて飽きたユンヌが騒ぎ出した頃…向こうから若い男が走ってくるのが見てとれた。
若い男だ。肩に弓を背負っている。彼も検非違使だろうか。
なんにしても危険だ。怨霊退治の場に素人がいてはまずい。
ミカヤは焦って彼に声をかけた。
「お役人様、この橋に近寄っては危のうございます」
「何を言う小娘。危ないからこそこの私が辻斬りを退治せねばならぬ。
 お主こそさっさと帰れ」
「この橋には恐ろしい怨霊が出るのです。貴方様の弓など通じませぬ。どうかお引きください」
「戯言を言うなうつけもの。怨霊などいるはずあるまいが。私は辻斬りを討ち取って武名をあげ、
 今度こそエイリークにこのヒーニアスの想いを受け入れてもらうのだ。さっさとそこを退けい!」
555 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ミカヤの章 都の怪 [sage] 投稿日: 2011/04/22(金) 00:38:22.90 ID:z903nno2
ミカヤは耳を疑った。
彼の口からははっきりとエイリークと言う言葉が出た。
その時である……ミカヤの首筋に寒気が走ったのは……
はっと背後を振り向く。
闇の中に紅い衣をまとった娘が佇んでいた。
赤い髪…赤い瞳…ミカヤは瞬時にさとった。あれは…物の怪の類だと。
「…んぅ? なんだ。また小娘か…最近の娘は何を考えておる。夜更けに出歩くなどけしからん。
 おい娘!」
「駄目!」
溢れ出した妖気が周囲に満ちていく。
鬼火が形を成し青白い炎が闇に浮き上がった。

ィ……サ…マ……
「む…娘…?」
その男…ヒーニアスもまた娘の異様さに気がついたのか。一歩後ずさった。
ニ……イ……サ……マ……
娘の眼ははっきりとヒーニアスを見据えている。
妄執が沸き立つようだ。
「な…何を言っておる? 私には確かに妹がおるが…貴様など妹にもった覚えはないぞ!」
シ……テ……
鬼火が青白い炎を吐いた。万物の肉では無く魂を焼く炎だ。
霊力を持たぬ者が浴びればたちまち霊魂そのものを焼き尽くされてしまう。
とっさに前に出たミカヤは印を切り呪いの炎を弾いた。
これは…暗黒の術に近い……
「お…おのれ!化け物!このヒーニアスに術を放った罪は重いぞ!」
検非違使が弓を引く。無駄な事だ。相手には実体が無いのだ。怨霊に武器など通じるはずもない。
だが……ヒーニアスが放った矢を…紅い衣の娘は掌で弾き落とした。
「触った!?」
それはミカヤにとって意外な事であった。
霊は物に直に触れる事はできぬはずだが…
「ん、大体読めてきたわ」
肩の上の小さな神が落ち着き払って言葉を紡ぐ。
「あの娘…生きてる存在よ。一応」
「じゃあ…」
「こんな事やりそうなのはフォデスね…悪趣味なんだから…」
おそらく数十年前にフォデスより力を授けられた娘は、この国を守護するアスタルテの力によって抑え込まれていたのだろう。
だがここ近年の人心の荒廃によって信心が廃れ…神の力が弱まって…活動を始めたのだ。

紅い髪の娘はまるでミカヤ達など存在しないかのようにヒーニアスへと迫った。
ア…ナ…タ…モ…
「な…なんだ!?」
重苦しく響く声が次第にはっきりと聞き取れるようになる。
この辺りの霊気が増したためだろう。すでに周囲は闇夜で閉ざされ、この場は人界の理の外にある。
「貴方も…妹がいながら…」
「いたからなんだ!ターナの事など今は関係あるまい!」
「いながら…他の…女の名を呼ぶのですね…許せない」
それは怨念そのものだった。
あまりに深い慕情は狂気を帯び関わる者全てを深遠へと引き込もうとしている。
娘はヒーニアスの体を掴んだ。
軽々と片手で宙に吊り上げた。娘の力ではない。
「うおっ…なっ…」
瞬間…光が帯となって娘に突き刺さった。
ミカヤが放ったセイニーの術だ。青白い鬼火が揺らめき勢いを弱める。
娘に放り出されたヒーニアスが腰を打って小さく呻いた。
「邪魔…するのね…」
「邪魔するわよ。哀れな娘。天に帰る時が来たのよ」
「そう…貴女も…妹から兄を奪うのね…」
556 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ミカヤの章 都の怪 [sage] 投稿日: 2011/04/22(金) 00:39:05.93 ID:z903nno2
身のうちから妖気が沸いてくる。あの日妖怪を束ねる鬼神にいただいた力。
数十年前のあの時、自分の想いを裏切ってとある娘と去っていった兄レイヴァンを呪い続けて得た力。
七年と七月と七日の間、鬼神フォデスに呪いの成就を願い続けて…娘は鬼そのものとなった。

吹き荒れるような妖力がミカヤの結界を蝕んでいく。
深すぎた愛情は憎しみと呪いに変わり果て妖力の糧となっている。
それだけではない。額より角を生やした娘は人知を超えた剛力を持ってミカヤに迫る。
一見娘の細腕だがあれは見た目どおりの力ではない。クレインという男も首をねじ折られていた。
「ミカヤ、彼女にはフォデスが力を与えているわ。怨念がそのままその身に力を与えている!」
娘の腕を辛うじて避けたミカヤの額から汗が零れ落ちる。
術や霊力なら得手だがミカヤの体は普通の娘に過ぎないのだ。
とても格闘などできるものではない。
「ちょっとあんた!なんとかしなさいよ!」
「なんと!鳥がしゃべった!貴様も妖怪か!」
「それどころじゃな~い!」
ユンヌがヒーニアスを急かしてミカヤに加勢させようとしている。
すでに信仰を失ったユンヌにかつての神代の時代のような神通力は無いのだ。

逃げ回り距離を取るミカヤに対して娘は鬼火から闇の炎を放ってくる。
光の術で辛うじて相殺した。術ならどうにか互角だろうが……術を撃ち合っているといつの間にか近づいてくるのだ。
あの腕に捕らわれてはいけない。
時折ヒーニアスが引け腰ながら矢を放つ…のだが娘は軽く腕を振って矢を弾き飛ばした。
それどころか狙いがそれた矢がミカヤの方まで飛んでくるのだからたまったものではない。
「なにやってるのよこの役立たず!」
「う、うるさい!私の弓は妖怪を狙うようには出来てないのだ!」

窮地であった…下がり続けたミカヤは橋の欄干まで追い詰められていた。
娘は紅く暗い瞳を向けている。
ミカヤを捕らえたら迷う事なく首をへし折るだろう…
首筋を嫌な汗が伝う……冗談ではない。妹に会いにきて…そしてその目前で死ぬわけにはいかない……

その時であった。横合いから風を切って一本の太刀が飛んできたのだ。
娘は腕でそれを払いのけたのだが…ミカヤを眼前にして致命的な隙を作っていた。
集中力が刹那の一時途切れ…霊力の防壁が弱まっていたのだ。
破れる! 直感的にそれを悟ったミカヤは幾条もの光を放って娘の霊魂そのものに突き刺していった。
たちまち妖気が弱まっていく。
「恨みを忘れっ……」
紅い髪の娘から角が消え失せていく…
「静まり給え……プリシラ!」
飴売りの老婆から聞いたその娘の名を呼んだ。
言霊はそのものの本質である名前を束縛していき調伏する。

青白い妖気が消え失せ、赤い髪の娘は霞のように消失していった…
胸のうちに怨念を抱いて………
妖怪たるものが妖気を失ったら後に何も残るものは無かった……
557 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ミカヤの章 都の怪 [sage] 投稿日: 2011/04/22(金) 00:39:38.50 ID:z903nno2
「はぁ…っ」
酷く疲れた。
溜息を零して橋板の上に座りこむ。
今はあまり物を考えたくはないが…
鬼となった娘に捕らわれかかる瞬間…何者かが太刀を投げてきた…
誰が助けてくれたのだろうか…
ミカヤは太刀を拾おうと立ち上がりかかり…その者を見た。
ゆっくりと歩み寄って太刀を拾い上げたその者は浅黄色の狩衣をまとった若い公家…
いや…男装をしているが…まだ若い娘だ。
青く長い髪を風に靡かせて……
「巫女殿、見事な術でした。なれど都の夜は鬼門の方位より物の怪が現れます。ゆめゆめお忘れなきように」
ミカヤには確信があった。
胸のうちに湧き上がるものがあった。
巫女としての霊能力?姉としての直感?
言葉としては言い表せないが心のうちに確かな確信があった。
震える唇でミカヤは妹の名を紡ぐ。
「エイリーク……っ!」

橋の袂で赤い髪の娘が滅びるのを見て取った老婆は踵を返した。
まさかとは思ったが…数十年ぶりにその顔を見た…変わらぬ若さ。変わらぬ…執念じみた慕情…
老婆は溜息をはいた…
「プリシラ様………来世では多幸でありますように……」
かつて自分とともに都を離れたレイヴァンももはや三年前に逝ってしまった。
この数十年もの間…夫レイヴァンは残してきた妹の目が覚める事を期待し…
プリシラが姿を消したと風の噂に聞いてからは…言葉にはしないが胸のうちに苦悩を押し隠して自分や子供たちのために働いてくれた。
飴売りの老婆…かつて若かりしころは緑なす髪をした純朴な娘…レベッカはレイヴァンの墓前に報告をするためにその場を歩み去っていった。

続く

次回

侍エムブレム戦国伝 邂逅編 

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