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Last-modified: 2011-06-05 (日) 23:37:36

656 名前: とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール) [sage] 投稿日: 2011/05/05(木) 23:24:07.80 ID:UDt/Dg9i
序章 とある日常の崩壊序曲(オーバチュア)2

 メディウスとの会談を終え、ネルガルは自らの研究所でもある自宅へと向かっていた。
ネルガルの自宅はエレブ地区にあり、竜王家から歩いて帰ろうとすると数十分の時間を要する。
転移魔法を使えば瞬時に自宅へと戻ることもできるが、特に急ぎの用事があるでもなく、こうして自らの足で自宅への道を進む。
そして、民家のブロック塀に囲まれた細い路地をしばらく進んだところでネルガルはおもむろに足を止め、低い声を発した。
「リムステラ、いるな?」
「――ここに」
 いつからいたのであろうか、ウェーブのかかった長い黒髪の女性―であろうか?中性的な外見を持った人物―がネルガルの背後に現れる。
 ネルガルの手で創り出された人工生命体、モルフであるリムステラは常にネルガルのすぐ近くに仕え、彼の助手とも秘書とも言える働きをしている。
先ほどメディウスと会っていた時から今まで、主に気を使い姿を消していたようだが、単に物影に潜み気配を消していたのか、
それとも本当にしばし傍を離れていたのかをネルガルは知らず、また知る必要がないことを知っていた。
 故に、ネルガルは背後に現れたリムステラに振り向くこともせず、必要なことのみを伝える。
「話は聞いていたな?お前は先に研究所へ戻り、準備を進めておけ。夜には竜が何体か、転移魔法で送られて来るはずだ」
「承知しました」
 リムステラもまた、一切の余分を口にすることもせずに主の命に従う。
見る者によっては異様なこのやり取りも、当の本人たちにとってはこれが最も自然な関係であり、ネルガルの命を受けたリムステラは
直ちに主の求めに応じるべく、転移魔法を唱えようとする――が、それを遮ってネルガルが再び口を開く。
「それと、イリアについての資料を出しておけ。気候や、魔術的地脈のデータが必要だ」
「――それでは、此度の計画はイリアで行うのですか?」
 イリアは、エレブ地区の中でも僻地にある氷雪地帯だ。冬が長く夏が短い厳しい自然環境にさらされ、生活する者も少ない。
なにより、標的である兄弟達が住む家からは遠い。
てっきり、紋章町の中心地でなんらかの作戦を決行するのだとリムステラは考えていたのだ。
 そんなリムステラの胸中を悟ったのだろう、ネルガルがここで初めてリムステラの方へ体を向け、説明する。
「――なにも、兄弟家全員を一度に相手取る必要はない。
竜のエーギルを使用する今回のモルフが後れを取ることなどそうそうあっては困るが・・・折角の実験だ。
確実性を欠きたくはない。メディウス老の話では、近々、兄弟家の内の何人かがイリアへ行くらしい。よって、実験はイリアで行う」
「なるほど、承知いたし――!」
 説明に納得したリムステラがネルガルへの返事を言い終わるか終わらないかの内に、何かに気が付く。
「人が来るようです。私は、これで」
「うむ。頼んだぞ」
 そうして、今度こそリムステラは転移魔法で姿を消す。リムステラが消えたことにより開けた視界の向こうに、なるほど、何人かの人間が
こちらに向かってくるのがネルガルにも確認できた。どうやら、少年達のグループのようだが――
「む、あれは・・・」
 視界の先に、見知った紅髪を見つけ、ネルガルは少年達が近づいてくるのを待った。
657 名前: とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール) [sage] 投稿日: 2011/05/05(木) 23:25:05.37 ID:UDt/Dg9i
「なぁなぁ、バナナって、おやつに入るのか?」
 くすんだ金髪と、やや鋭い目つきを持った少年―チャド―が、彼の両隣りにいる親友に語りかける。
「どうだろうね?入るとしたら、300ゴールドの割り振りを考え直さないとね」
「ハッ、馬鹿正直に300ゴールド分に収める必要なんてないだろ。そんなの、いちいちチェックしねーよ」
 それに答えるのは、緑の髪を持った双子、ルゥとレイだ。
「レイ、お前そんなこと言ったら元も子もねーじゃんかよ!なぁ、ロイはどう思う?入ると思うか?バナナ」
 レイの返答に不満だったチャドが、三人のやや前方を歩くロイに話題を振る。
「え?僕かい、そうだな・・・」
 ロイはロイで隣にいるウォルトと話をしていたのだが、すぐ後ろの会話も耳に入れていたようで、少し考えてから答えを返す。
「おやつに入る入らないは別として、最初からバナナを切ってタッパーか何かに入れて持っていけば、
お弁当のデザート扱いでいいんじゃないかな?」
「お、なるほど!その手があったか。さすがだな、ロイ!」
「なんだよ、そんなの屁理屈だろ」
「もう、先に屁理屈を言い出したのはレイじゃないか」
「あははは」
 ロイの答えに満足したチャドに、今度はレイが不満を言うがそれを(一応)兄であるルゥがたしなめる。
聞きに徹していたウォルトもそのやり取りに笑い声をあげる。
 そんな、他愛のない時間を過ごしながら道を歩いていると、
「あれ?」
 ロイが、前方でこちらを見ている人物に気が付く。どうやら、ロイ達が近づいて行くのを待っているようだ。
「ロイ様」
 ウォルト達もそれに気がついたようで、ロイに声をかける。
「うん、あの人は――」

「こんにちは、ネルガルさん」
「うむ」
 ネルガルのもとへやってきたロイが、ネルガルに挨拶をする。ネルガルがそれに返事をした後で、
ロイから一歩離れた位置に立つチャド達も慌てたように頭を下げる。
(――おい、誰だよこのおっさん)
(馬鹿。お前、知らないのかよ?)
(なんだよ、有名人か?)
 頭を下げながら、チャドがネルガルに聞こえないように小声で問いかける。どうやら、ロイとは知り合いのようだが・・・。
(闇魔道士の、ネルガルさんだよ。この町で魔道を扱うものなら、誰でも知っている)
 チャドの疑問に答えるは、もっぱらルゥの仕事だ。彼は、やはり小声で説明を続ける。
(闇魔道士でありながら、理魔法や、光魔法にまで精通してる、すごい人なんだ)
(なんでも、あのニイメばあさんよりも強い闇使いらしいぜ。エレブ地区じゃ、あのアトスの爺さんと並ぶくらいの怪物さ。
話じゃ、かなりヤバい爺さんみてぇだけど・・・)
(へー。そいつは・・・すげぇんだな)
 ニイメは、レイにとっては師匠に当たる人物だ。
負けん気の強いレイが自分の師よりも上だというからには、相当の実力者であろうことが魔道士たちの事情に疎いチャドにも伝わった。
(それで――)
 そこまで聞いて、チャドは視線を前方のロイ達に移す。
「ご無沙汰しています、ネルガルさん」
「あぁ、ずいぶんと久しいな」
 そんなチャド達を余所に、ロイとネルガルの会話が続く。
(なんで、そのすごくてヤバい爺さんと、ロイが知り合いみたいなんだよ?)
(俺達が知るか!)
658 名前: とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール) [sage] 投稿日: 2011/05/05(木) 23:25:53.17 ID:UDt/Dg9i
「お前たちは、どこかに出かける途中か?」
「はい、友達と買い物に」
「そうか――」
 会話を続けながら、ネルガルは目の前に立つ少年を見る。足の先から紅い頭まで、全身どこを見ても油断しきっている。
「ネルガルさんは、お散歩ですか?」
ロイは知らない。この目の前の男が、よもや自分達兄弟を狙っていようなどとは。
「いや、少々竜王家に用があってな。その帰りだ」
 今、ネルガルがその魔力を行使すれば、すぐにでもロイの命を刈り取ることができるだろう。
「竜王家に?ニニアンさんやニルスさんですか?」
「いや、メディウス老に呼ばれてな」
 言いながら、ネルガルはその右手をゆっくりと上げる。ロイはその動きに気付きながらも、当然ながらなんの警戒もしていない。
「それよりも、ロイよ――」
 そうして、その右手がロイのすぐ目の前を通過し――
「――!」
 そこで、初めてロイがすぐ目の前に来たネルガルの腕に反応するが、ネルガルの掌はすでに標的を捉えていた。その手は、迷いなく、
 ――ポス。
 ロイの頭の上に、『優しく』乗せられた。
「しばらく見ないうちに、また大きくなったのではないか?」
 そうして、ネルガルはくしゃくしゃとロイの頭を撫で回す。
「そ、そうかな?自分じゃ、そんなに伸びた気はしないんだけれど」
 ロイはくすぐったそうに目を細めながら、しかし友人たちの手前やや恥ずかしそうにして答える。
「いや、やはり伸びた。全く、お前は会うたびに伸びているようだな」
 ネルガルの片方だけ出された目からは、先ほどメディウスと話していた時の眼力が完全に失せ、目じりが下がっていた。

(――おい、なんか、そんなすごそうでもないし、ヤバそうでもないぞ?どういうことだよ?)
 そんなやり取りを見ながら、ロイ達の後ろでまた小声のやり取りが始まった。
(だから、俺が知るかよ!)
(まぁ、噂ほど怖い人じゃないってことなんじゃないかな?なんか、普通のおじいちゃんって感じだね)
(ネルガルさんは、昔からロイ様のことを可愛がっているんですよ。まるで、本当の孫みたいだって、よく言ってますよ)
そこに、ウォルトから助け船が出された。ウォルトとロイは本当に小さい頃からの付き合いだ。
ロイのことは大抵なんでも知っているウォルトの言葉なら信じられるのだが・・・。
(だからって、あの見た目でああ言う態度とられるとな)
(あぁ、完全にキャラ間違ってんじゃないかって気になるよな)
 珍しく、チャドとレイの意見が一致する。

「菓子を買いに行くのか?」
「はい、みんなで、林間学校で食べるおやつを買いに行くことになって」
 外野を無視して、ロイとネルガルのやり取りはまだ続いている。
あまり長引いて友人を待たせるのもよくないと思いながらも、ロイとしては自分を可愛がってくれるこの老人を無下に扱うことはできない。
「そうか、林間学校か。それは楽しみだろう。小遣いはもらったのか?」
「はい、ミカヤ姉さんとエリンシア姉さんから150ゴールドずつ」
「ならば、それは取っておくといい」
「え?」
 大家族の食費やら家の修繕費やらで、兄弟家の家計はいつも火の車だ。
学校行事のおやつ代でさえも、本当は節約した方がいいのだろうが、二人ともロイが何も言わずとも自分の財布から小遣いを出してくれたのだ。
 それを知ってか知らずかだされたネルガルの言葉の意味がわからず、ロイが首をかしげる。
「菓子なら、私の家にたくさんある。家の人間は菓子など食わぬから、好きなだけ持っていくといい。もちろん、ウォルト君や友達の分もある」
「よっしゃあ!儲けたぜ!」
「ちょっとチャド、少しは遠慮しないと・・・!」
 ネルガルの言葉を聞いて、いち早くチャドが反応する。
「いいじゃねーか、貰えるものは貰おうぜ。俺達だって、金が無いんだからな」
「それはそうだけど・・・」
 遠慮しようとする兄を、レイが説得にかかる。ロイ同様、チャドやルゥ達の家計にも余裕が無い。
 そんな友人達の様子を見ながら、ロイがネルガルを見やる。
「本当に、いいんですか?」
「言っただろう。家にあっても食べる人間がいない。それに、ロイが来れば妻も喜ぶ」
「それじゃあ、お邪魔しますね」
 そう言って、笑顔を向けるロイ。なぜ、食べる人間がいない菓子を用意してあるのか、まだ幼いロイには気が回らないようだが、
そんなロイの頭をネルガルがもう一度撫で回す。
659 名前: とある主人公の封印乃剣(ソードオブシール) [sage] 投稿日: 2011/05/05(木) 23:28:12.39 ID:UDt/Dg9i
 そうして、ネルガルの家へと向かうことになったロイ達。その道中で、ネルガルがふと問いかける。
「――ところで、林間学校とやらはどこへ行くのだ?」
「イリアへ。雪が残っていれば、スキーを。そうでなければ、ハイキングをする予定です」
「――む」
 ロイの答えを聞き、ネルガルの表情がやや強張る。
「? ネルガルさん、どうかしましたか?」
 それに気づいたロイが様子を覗うが、ネルガルはすぐに己の心中を悟られぬよう、表情を好々爺のそれに戻す。
「いや、なんでもない。『くれぐれも』気をつけていくのだぞ」
「はい、分かりました――?」
 やけに力の入った、しかし平凡なその注意に込められた真意に、ロイは気付かない。

【計画を変更しますか?】
 どこから会話を聞いていたのか、リムステラから魔法を使った念話がネルガルの頭の中へと届く。
【――いや、そういうわけにもいかんだろう。お前は準備を進めておけ】
 迷いが全くないわけではないが、貴重な実験の機会を逃すのもネルガルには耐え難いことであった。
【承知いたしました】
 主の返答を受け、リムステラはいつものように短い返事を返す。
「なぁ、ネルガルさんの家って、でかいのか?」
「闇魔法の本は、見せてくれそうか?」
「うーん、どうだろうね?家は大きいけど、本の方は、聞いてみないとね」
 ネルガルは、楽しそうに友人と歩くロイの姿を見て、
「――ふぅ」
幾年ぶりか思い出せないほど久しぶりのため息をつくのであった――。

第一章 に続く