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Last-modified: 2011-05-30 (月) 22:46:53

100 名前: 今日という日 [sage] 投稿日: 2011/05/14(土) 20:51:24.07 ID:R17eLWJO
 本日、2011年5月14日の土曜日。
 本来勤務日でないグランベル商社のオフィスにシグルドの姿が現れる。
「おはようございます」
 ほとんど人のいないオフィスに向けて、一応の挨拶をしながら自らの席を目指す。 
 時刻は午前9時半。けして「おはやい」時間ではないが、出勤日でないのだからと、休日はやや遅れて
出社するのがシグルドの数少ない贅沢の一つである。
 机の間を通り、課長席の丁度目の前の係長の席へ。係長のシグルドですら平日勤務だけでは処理しきれない量の
仕事があるのだから、課長ともなればそれ以上であろう。シグルドよりも早く出勤していたであろうアルヴィスと顔を合わせる。
「おはようございます、アルヴィス課長」
「・・・・・・」
 当然の如くアルヴィスへと挨拶をするシグルドだが、当のアルヴィスは、何やら怪訝な顔でシグルドを見ている。
「課長?私の顔にゴミでもついていますか?」
「――あ、いや。なんでもない。おはようシグルドくん。驚いたな、今日まで仕事か?」
 訝しんだシグルドが机の上に鞄を置きながらもう一度声をかけると、気を取り直したかのようにアルヴィスが返事をする。
「? はい、仕事が残っておりますので。別に珍しいことではありませんが」
 毎週、土日の少なくとも一方はシグルドもアルヴィスも出勤している。当然、休日のオフィスで顔を合わせることも珍しくは
ないのだが・・・。
 しかし、アルヴィスの態度に不自然さを感じ、「どうかしましたか?」と、シグルドが声をかけるより早く
「そうか。ならば、とっとと仕事を終わらせて家へ帰るのだな」
「はぁ。もちろん、できればそうさせてもらいますが・・・」
 と、無駄な話はこれまでにしようとばかりにアルヴィスの声がかかる。
102 名前: 今日という日 [sage] 投稿日: 2011/05/14(土) 20:52:11.74 ID:R17eLWJO
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 ――カタカタカタと、キーボードを打つ音だけが響く。休日だから当然とはいえ、二人以外には誰もいない。
 しばらく無言で互いの仕事に打ち込んでいたが、一時間ほど経った頃だろうか?アルヴィスが不意に声を出す。
「シグルドくん、仕事はまだ終わらないのか?」
「はい、申し訳ありません。もう少しかかりそうです」
 急に声をかけられ一瞬驚いたシグルドであったが、それを声に出すことなく答える。
「――そうか。頑張りたまえ」
「はい、ありがとうございます」

 それから更に一時間ほど経ち、シグルドが席を立とうとしたところで再びアルヴィスが声をかける。
「――帰るのかね?」
「・・・いえ、昼食をとりに行こうと思いまして」
「そ、そうか。ゆっくりしてきたまえ」
「??」

 更に、シグルドが戻り仕事を再開し、またしばらくすると。

「あと、どれ位で終わりそうだ?」
「――まだ、もう少しです」

「終わったか?」
「いえ」

「まだ帰らんのか」
「もう少し、仕事をしてから」

「シグルド君――」
「まだ終わりません」

 こんな問答が一時間と置かずに繰り返されていた。
 係長であるシグルドの書類は当然、シグルドの後に上司であるアルヴィスが目を通さなければいけないので、
その為に急かされているのだろう。シグルドはそう考えていたが・・・。
(今日はやけに急かしてくるな。何か用事でもあるのか?)
 ただでさえはかどらない仕事を前にしながらこの様にプレッシャーをかけられてはたまったものではない。
 
 そして、時刻はもうじき午後6時。平日の終業時間から一時間ほど経とうかというところで、問うアルヴィスにも、
答えるシグルドにも互いに限界が訪れた。
103 名前: 今日という日 [sage] 投稿日: 2011/05/14(土) 20:53:24.74 ID:R17eLWJO
「――シグルド!」
 ――勝った!と、シグルドは思った。社内の、仕事上での呼び方ではなく旧来の友人としての呼び方を向こうが
してきた以上、シグルドも遠慮する必要はない。今日一日のストレスをぶつけてやろうと、椅子から乱暴に立ち上がり
ながら、背後にいるアルヴィスへと向き直る。
「アルヴィス!そう急かしたところで、何も変わらないぞ!少しは落ち着いて仕事をさせて――」
 そして、振り返った先にあるアルヴィスの顔を見て、言葉が止まる。
 てっきり、自分と同じく苛立った形相でこちらを睨んでいると思いきや、その顔には何とも言えない苦笑いのようなもの
が浮かんでいた。今にも、「やれやれ」と言いそうな表情だと、シグルドは思った。
「――今日は、もういいから早く帰れ」
「アルヴィス?」
 アルヴィスの態度に、シグルドは戸惑う。
「一体、どうしたんだ?今日の君はおかしいぞ」
「やれやれ。――おかしいのはお前の方だ、シグルド」
 やっぱり言った。とは口に出さずに、シグルドは無言で先を促す。
「いつも、あれだけ家族家族とやかましいお前が、今日という日を忘れるとはな・・・。私も、すこしお前に頼って仕事を
任せ過ぎていたのかもしれんな」
 今日という日?はて、今日は祝日でも何でもないただの休日のはずだ。特に約束ごとも無かったはずだが――。
 そんな何も分かっていないような表情のシグルドをさらに苦笑しつつ、アルヴィスが机の引き出しから何かを取り出し、
シグルドへと差し出す。
「まったく、彼女も皮肉だよ。これを私に頼むとはな。――今朝、君が来る前にディアドラが訪ねて来てね。
君がまだ来ていないことを知ると、私に頼んできたよ」
「ディアドラが?」
 だったら、下手な贅沢などせずに、普段通り出社してくれば良かったと思ったが、そんな後悔は後回しでいいだろう。
なぜなら、そこまで来てようやっと、シグルドは自分が何を忘れていたかを思い出したのだ。
「このネクタイとタイピンはディアドラから。そして、この酒は私からだ。さぁ、後の仕事は私が引き受けてやるから、
さっさと帰れ!」
「――ありがとう、アルヴィス。我が友よ」
 両手を差し出し、ありがたく受け取る。それを丁寧に鞄の中にしまうと、すぐさま机の引き出しを開ける。
 そして、この日が来る前に家族に見つからないようにと、会社に用意していたあるものを取り出す。
 それも鞄の中に入れ、邪魔になりそうなスーツの上着を脱いで同じく鞄の中に詰め込む。
「それでは、私はこれで失礼する!恩に着る!!」
「――フ。それはやめておけ。私から恩を買うと、高くつくのでな」
 ――気にするな、という言葉を遠まわしに伝える友人兼ライバルの言葉を背に、シグルドは走りだした。
104 名前: 今日という日 [sage] 投稿日: 2011/05/14(土) 20:54:10.18 ID:R17eLWJO
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 ――ハァ、ハァ、ハァ。

 ――ドッ、ドッ、ドッ。

 ――ダッ、ダッ、ダッ。

(くっ!今、何時だろうか?家の夕飯は7時からだが――)
 そんな時間は、とうに過ぎている。長くなった日も、とうに暮れている。

 ――ハァ、ハァ、ハァ。息が上がる。

 ――ドッ、ドッ、ドッ。胸が苦しい。

 ――ダッ、ダッ、ダッ。走る足が痛い。

 限界だと、体が告げている。

(だから、なんだというんだ!)
 シグルドは、家で待っている姉や弟妹たちの姿を思い浮かべた。思い浮かべたたところで、何が変わるわけではない。変わるわけではないが――。

(どうせ、新しいネクタイがある!)
 シグルドは、スパートをかけるランナーのごとく、邪魔なネクタイを殴り捨て――ようとして、やはりもったいなくて鞄の脇収納に乱暴に突っ込む。

(少しでも、一秒でも、一瞬でも早く、家族のもとへ――!!)

 息が上がる。胸が苦しい。走る足が痛い。限界だと、体が告げている。
 しかし、待つ者がいるならば、その限界を超えることすら厭わずに、家族の為に戦う騎士が走る――。
105 名前: 今日という日 [sage] 投稿日: 2011/05/14(土) 20:54:33.21 ID:R17eLWJO
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「――ただいまッ!!」
 乱暴に、家のドアを開ける。が、家の中は真っ暗で、外灯すらついていない。
 ――ハァ、ハァ、ハァ――スゥ――
 初めの年は驚いたものだったが、もはや慣れたものだ。シグルドは荒れた息を整え、靴を脱いで居間へと向かう。
 そして、居間の戸を開けると――。

 ――パァン!パンッ!パーーンッッ!!

 激しい爆竹のような音と、顔に細かい紙切れや紙テープのかかる感触がし、次いでパッと部屋が明るくなる。
 部屋の中には兄弟達が勢ぞろいしており、食卓の上には赤貧生活の中において珍しく、所狭しとごちそうが並んでいる。

 そして――

「おめでとう、シグルド!」
 大家族の中、唯一年上である姉から、

「おめでとうございます!いつもご苦労様です、お兄様」
「おめでとう、兄さん。兄さんは今でも俺の目標だ」
 比較的、年が近く、自分と共に家を支えてくれている妹弟から、
 
「いつも、迷惑掛けてすまねぇ。おめでとうな、シグルド兄上!」
「おめでとうございます、シグルド兄さん。僕にとっても、兄さんは一番の目標です」
「シグルド兄上、おめでとう!また、俺に槍の稽古をつけてくれ」
「本当に、おめでとうございますシグルド兄上。今日は、たくさん食べて下さいね」
「おめでとう、兄さん!今日は、私も料理を手伝ったのよ!」
 高校に通いながらも、弟妹の面倒をよく見てくれる弟妹たちから、

「おめでとう、兄さん!今日は、とっておきの野菜を収穫したからね!」
「兄さん、おめでとう!今日位、ゆっくり楽しんでね!」
 いつもは手がかかるものの、本当は心優しい弟妹から、

「おめでとうございます、兄さん。思っていたよりも、はやく帰ってこれたんですね」
「おめでとう、兄さん!キュアンさんやエスリンさんからも、プレゼントを預かってきたよ!」
「おめでとうシグルド兄さん!僕達が楽しく生活できるのも、兄さんのおかげだよ!」
 まだまだ小さいと思っていたのに、いつの間にやらしっかりしてきた弟たちから、

 そして、そして――

「お誕生日、おめでとう!シグルド兄さんッ!!」
 数いる兄弟の中でも、最も自分と似ている弟から、シグルドに祝福の言葉が告げられる。

「――あぁ、私は、世界で一番幸せ者だよ。ありがとう、みんな。ありがとう、セリス。セリスも――」

 感無量となりながら、兄弟たちへの感謝を伝えるシグルド。しかし、今日の主役は自分だけではない。
 シグルドは鞄の中から会社の机の中に大切にしまっていたものを取り出す。ディアドラと二人で選んだまじないの込められた腕輪だ。
 セリスの手をとり、その腕にはめてやりながら、今日一番大切な言葉を、大切な弟に向けて紡ぐ。

「15歳の誕生日、おめでとう」

106 名前: 助けて!名無しさん! [sage] 投稿日: 2011/05/14(土) 20:56:04.84 ID:R17eLWJO
聖戦の系譜発売から今日で15周年だということで。