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Last-modified: 2011-05-30 (月) 21:20:40

314 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ロイの章 挫折 [sage] 投稿日: 2011/05/25(水) 15:14:38.37 ID:InRmRuIG
最初の戦いこそが最も困難な物である。
一の実戦は百の稽古に勝るものであり初陣の武人は実戦を知らぬ。
敵はそのような事情を考慮してはくれぬ。
むしろ組し易き獲物として容赦無く討ち取るだろう。
将来に人を残したくば将たる者は思慮深くあるべし。

~ 兵法家マーク著 兵書 陣編 より抜粋 ~

炎正十三年二月十五日。
オスティアの大名ウーゼルは城の天守閣にて頭を抱えていた。
幾重もの難題が彼の周囲を取り巻いているといってよい。
第一に最大の問題はベルンを治める大名デズモンドとの永きに渡る戦。
第二に朝廷よりの勅命。西国に兵を出せと…
第三に今年元服した若武者たちの初陣について…である。

彼は日頃の彼らしくも無く天守閣の一室をうろつきまわっていた。
臣下には見せられぬ姿だ。
決断を下す者、誰も背負えぬ責任を背負う者は常に孤独であった。

「泰平とはいかぬものよ…デズモンドめが…」
恐らくはデズモンドにも勅命は届いているだろうが…理由をつけて兵を出さない事は明らかだ。
…で、ある以上ウーゼルもまた西国の防備に赴く事はできない。
そんな事をしては留守中に領国を奪われる事は目に見えている。
もっともウーゼル自身ももしデズモンドが領国を空ければそれを奪い取るつもりでいたのでお互い様ではある。
そのくらいのしたたかさは持っていないと大名は務まらないのだ。
「…だれぞおらぬか!筆と墨を持て!」
彼が声をあげるとすぐに小姓が飛んできて文を書く支度をした。
ウーゼルは朝廷に詫び状を書く事としたのだ。西国に兵を出すわけにはいかぬと。
詫び状をしたためながら彼の頭脳はすでに次の懸案を処理にかかっていた。
今年は臣下の子弟たちが多く元服を迎えるのだ。
将来を嘱望される優秀な者も多いが未だ戦場を知らない。
彼らを戦に慣れさせる意味でもあまり厳しくない戦域に配して初陣を経験させなければ…
古来よりこれについては多くの武将が頭を悩ませることである。
いかに稽古で優れた際を示したものでも実戦で人を斬る事とは事情が違う。
采配を間違えれば将来を支えるべき人材を多く失う事になりかねない。
「そうだな…マーカスに任すか…あの者なら悪いようにはすまい」
マーカスは自分の父の代から仕える宿将中の宿将だ。
すでに七十近い老将であり槍の腕はさすがに衰えたが豊富な経験に裏打ちされた采配をウーゼルは信頼していた。
そういえば…ふと思い出す。
何年か前に募兵で拾ったあの小僧…ロイとか言ったか?
あの者も確か今年が元服であったな………
315 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ロイの章 挫折 [sage] 投稿日: 2011/05/25(水) 15:16:42.72 ID:InRmRuIG
炎正十三年二月二十五日。
オスティア軍千五百は武将マーカスに率いられて山中を行軍していた。
マーカスは四方八方に物見を放ち、国境沿いのベルン軍陣地の中でも守りの薄い箇所を割り出してそこを襲撃すべく軍を進めているのだ。
守りが薄いという事はひるがえせばさして重要な地点ではないという事である。
そこに打撃を加えたとてベルンにとってはさして痛手にはなるまい。
だがそもそも此度の出兵は若武者たちになるべく簡単な戦場で初陣を経験させようという意味合いが強く、
戦略上の目的はさして無かった。
幾度も繰り返されたベルンとの小規模な小競り合いの一つにすぎぬものであった。

「いよいよだな。此度の戦で俺は大将首をとってやるぞ!」
「なんのなんの、一番手柄はそれがしのものぞ」
血気盛んな若武者達が初陣を前に威勢を張り上げている。
誰もがそのような言葉で緊張を和らげようとしているのだ。
その中に…今年十四を迎えるロイという武者の姿があった。
彼は赤備えの武者甲冑を身に纏い兜は一本角をあしらっている。
腰には太刀と脇差、どこから見ても合戦に赴く武者姿だ。
「…やれる…やれるよ」
小さく呟く。
そうだ、オスティアに仕える前も仕えてからもどんな大人にも負けた事は無い。
自分の居合いは常にあらゆる試合で勝ちを収めてきた。
技量においてロイは静かな自信を持っていた。
いよいよだ…いよいよセシリアを奪ったベルンと戦える……
ふと、気がつく…手が震えている?
…武者ぶるいだ…そのはずだ…自らの手を強く握り締める……
落ち着け………

その時である。横合いから声をかけられたのは。
「お前さんも初陣かい坊や?」
ロイの跨る軍馬の隣を野武士の男が並んで歩いていた。
甲冑は胴のみ、額に鉢がねという軽装の武者だ。
傭兵であろう。
顔や腕を戦傷が彩っている。
当然といえば当然だが実戦経験の無い者のみで出陣はさせない。
今回の出兵には経験の豊富な者も出陣している。
316 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ロイの章 挫折 [sage] 投稿日: 2011/05/25(水) 15:18:57.45 ID:InRmRuIG
ロイはむっとした。
若輩なのは事実だがすでに元服は迎えているのだ。
武家では大人として扱われるべき年である。
「そうだけれど坊やってのは面白く無いね。僕にはロイと言う名前がある。取り消してほしい」
だが野武士はからからと笑って取り合わない。
「そりゃ残念だったな。俺は坊や扱いされてむきになる奴は坊やと呼ぶ事にしてんだ。坊や」
要するに一人前なら軽口くらい聞き流してみせろという事だろう。
言葉に詰まったロイはふいと前をむいて歩みを速めた。
そんな大人気ない行動をとってしまった自分自身にも不愉快を感じる。
「そう腹を立てるなって。お前さんの名前くらいは俺だって聞いた事があるぜ。
 オスティア最年少の臣下…御前試合じゃ負け知らずの実戦剣術だってな?」
「…そうだよ、僕はアンタみたいな大人にも常に勝ってきたんだ。今度だってどうってことはないさ」
「だからこそあぶねえんだぜ?」
意外な言葉が野武士から返ってくる。
ロイは驚いて歩をとめ彼を振り返った。
野武士は精悍な顔立ちを茶化すような形に歪めているが、目の奥の光は存外真剣であったやも知れない。
「お前さん…まだ人を斬ったこたねえんだろう?」
事実である。
ロイは多くの試合を経験し…セシリア仕込みの実戦方式で勝っては来たが……
「百の試合なんざ一度人をぶっ殺す事に比べりゃ屁みてえなもんさ。
 道場の無敵無敗がそこらの山賊にぶった斬られるなんて珍しいこっちゃねぇ。技量じゃねぇ度胸なんだよこういうのは。
ましてお前さんみたいに自信満々なやつぁあぶねえ。
 悪いこた言わねぇから後ろの方で戦場の空気に慣れるだけにしとけや」
「あ、ありきたりだけどさ。誰だって最初ってのはあるじゃないか…誰だってね」
自分が柄にもなく昂ぶって…固くなっているのを見透かされたようで不快だった。
ロイは男に一瞥もせずに歩を早める。
その背を見送って男は小さく苦笑をした。
まるで柄にもない説教をしたと照れるように。
「ディークの兄貴、どういう風の吹き回しですかい?
 いつもならあんな身なりのいい餓鬼なんぞにわざわざおせっかいなんざ焼かねえのに」
傍らで二人のやりとりを眺めていた傭兵がロイが離れるのを見てようやく声をあげる。
粗末な武装に身を包んだいかにも農民兵あがりという風体の野武士だ。
「なに…ちっとした気紛れさ。餓鬼がくたばるなんざ誰だって気分のいいもんじゃねぇからな。
 そろそろおっぱじまるぜワード」
317 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ロイの章 挫折 [sage] 投稿日: 2011/05/25(水) 15:21:04.25 ID:InRmRuIG
行軍を続けたオスティア軍は小高い丘の上まで足を進めていた。
眼下にはベルンの陣地が広がる。
柵で囲んだだけの簡素な陣地だ。
物見の報告では兵三百というところか。
だが主将マーカスはどうにも腑に落ちないものを感じていた。
ここはまったく重要な地点ではなく手薄なのも当然である。
兵力は少なく徹底的な偵察の結果伏兵の影も無い。
このまま軽く襲撃をかけて一当て戦ったらさっさと引き上げてしまえば目的は達成できるのだ。
だが…ならば何故…その程度の陣地にあの男がいるのか…
そう…ベルン軍の陣地に掲げられた将旗は龍に突き立てられた大太刀をあしらった…
あれはベルン大名家の紋…ここを守る主将はベルンの大名デズモンドの嫡子ゼフィールと物見が伝えてきたのだ。
「馬鹿な…何ゆえ嫡男をこのような重要でもない戦場に放り出して寡兵しかつけぬのか?
 みすみす討ち取ってくれと言わんばかりではないか?」
百戦錬磨の老将の疑問に答えるものはいなかった…
だが若武者達は沈黙を破っていきりたつ。
「マーカス殿!これはまさしく好機ですぞ!我らの手で大将首をとる絶好の機会逃すわけにはいきませんぞ!」
「む……」
ここまであからさまに餌をちらつかされると罠の可能性を考えてしまうのは当然である。
だが…いくら偵察しても情報を集めてもそれらしい痕跡すら発見できないのだ。
ここまで軍を推し進めれば敵もこちらに気付いただろうが援軍が来る気配も無い。
マーカスは判断の材料を少しでも増やそうと傍らの従卒に問いかけた。
「敵将ゼフィールの戦歴はいかなものであるか?」
「…年は十六…先年元服を迎えるも初陣はまだ……こたびが初陣のはずでござりまする」
ますます不可解だ。
普通大名の嫡子の初陣ともなれば楽な戦場を割り振る物。
それをこのような少数の兵しかつけずに放り出すとは……
だが罠の可能性もなく援軍も来ず…三百に対してこちらは千五百の兵力だ。
ここで戦いを躊躇う理由はなかった。

「よし、ならば叩き潰してくれよう。だが深追いは禁物。全軍に徹底させよ!」

全身を命じるほら貝が響き渡る。
ロイは奮い立った。
同輩の若武者達が雄たけびをあげて切り込んでいく中、彼は遅れを取るまいと軍馬に鞭打って駆け抜ける。
風が肌を切るようだ。
ときの声、剣撃の音、鍔迫り合い、矢の風切音、あらゆる物が聴覚を満たしていく。
人を斬った事が無い? それがなんだというのか。誰しも初陣はそうではないか。
「通用する…いける…いける!」
手綱を引き太刀を抜き放つ。
僚友からは槍や弓を薦められた事もあるが結局これが一番自分に馴染む。
蹄が大地を蹴りベルン兵との距離が縮まっていく。
あいつだ……あいつを……
ロイは目に映った敵から一人に狙いを定めた。
その雑兵は槍を取りこちらに向かってくる。
繰り出された槍の穂先はロイ自身よりも軍馬を狙ったものであった。
地に引きずり落とそうというのだろう。
だが……
勢いを落とさずに駆け抜けたロイは…目にも止まらぬ早業で太刀を振り下ろして槍の穂先を叩き落すと返す刃で雑兵の首を跳ねた。
鮮血が宙を舞い無念の目をむいた生首が転がる。
動悸が強くなる。息が切れそうだ。
「通用した…そうさ…いける…」
以前エディと立ちあった時もこんな感覚はなかった。
昂ぶっている? 戦慄している? わからないが…何かが突き上げる衝動となってロイを駆り立てる。

この時少年は多くの初陣の者がそうであるように冷静ではなかった。いられなかった。
剣腕に長けていても…実戦の剣に自信を持っていても…彼の精神はまだ未熟な少年のそれであったのだ。
恐怖、戦慄、高揚感…あらゆる物が心を突き抜けていく。

彼は次の敵を求めて戦場を駆け抜けていく………
318 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ロイの章 挫折 [sage] 投稿日: 2011/05/25(水) 15:23:09.21 ID:InRmRuIG
戦いは一方的なものといってもよい情勢を示していた。。
オスティア軍は数において勝り体勢において勝り勢いにおいて勝った。
必勝の図式を絵に描いたようでありマーカスの老練な指揮に若年で経験の少ないゼフィールが抗いようもなかったのであろう。
もっともこのような状況ではいかな名将が軍を率いていても敗北は免れなかっただろうが…
たちまちベルン兵たちは浮き足立ち逃げ崩れはじめる。
「よし、もう充分じゃ。勝ち鬨をあげて兵を引け!」
ともあれ目的は充分に達したとみてよい。マーカスは撤収を命じた。
だが…あまりにも容易な勝利は逆に兵を盲目にする。
この命令は必ずしも徹底しなかった。
逃げ崩れていくベルン兵を勝利に酔う一部の若武者が追い立ててしまったのだ。
その中にはロイの姿もあった。

「大将首だ…大将首を!」
いや…できれば生け捕りにすべきだろう……
ベルンに捕らわれて音沙汰の知れないセシリアの事を聞けるかも知れないし…
殿がお許しくださるのであれば捕虜交換といけるかも知れない。
初めての勝利に浮き足立ったロイは他の武者たちとともに後退するゼフィールの本陣に追いすがった。
「逃がすか!」
後退する敵の中に一際立派な鎧を纏った若武者を見つける…
細面の少年…というよりはそろそろ青年に近い歳の男だ。
陣羽織にベルンの家紋をあしらっている。あれがゼフィールだ…
確信したロイは馬を走らせる。
「若殿…!?」
「…逆撃をくわえて敵の追い足を鈍らせる。それしかあるまい」
混乱するベルン兵の中にあって主将ゼフィールは動じる色も見せず大太刀を抜き放つ。
「敵将!神妙にしろ、もはや逃げ場などないぞ!」
ロイは雄たけびをあげ勢いのままにゼフィールに迫る。
自分の剣は充分に通用してるのだ…負ける筈が無い。
今までもずっとそうだったように……
上段に構えた太刀を振り下ろし……軽く受け流された。
「……っ」
「……童が…うぬの軟弱な剣が通用すると思ったか……!」
次の瞬間である。
ゼフィールは流した勢いそのままに大太刀を振り上げたのだ。
信じがたい膂力であった。
ロイが纏っていた鉄の甲冑は胴から切り裂かれ軍馬の首が飛んだ。
もんどりうって倒れる馬の背から投げ出される。
ありえない…片腕持ちで大太刀を振るいあまつさえ太い馬の首ごと鉄の甲冑を切り裂くなどもはや人間業とは思えない膂力だ…
自らの血しぶきに視界を侵されながらロイは愕然とするものを感じていた。
そうだ…簡単な事だったんだ…上には上がいる……
戦場の高揚感に隠されていた自らの慢心と増徴を思い知った少年は地に倒れ付した。
せめてもの救いか軍馬の犠牲と鎧によって胴斬り真っ二つは免れたもののかなりの深手を負っているようだ…
傷は…どこだ…? ああ、腹が熱い……
この時彼は腹から胸にかけて深手を負い肋骨が数本ヘシ折れていた。
激痛に指一本動かす事もできない……
流れ出す血とともに力も抜けていった。
主将ゼフィールの剛剣に意気上がったベルン兵たちは動揺し浮き足立った若武者たちを容易く討ち取り撃退していく。
彼らが怯んだのを見て取るとゼフィールは今度こそ退却の好機を掴んだ。
「よし充分だ。本隊が追いついて来る前に引けい!」
地に伏した童に止めを刺そうとも思ったが…そのような些事よりも今は兵を統率して引きあげるほうが先だ。
そうだ、こんなところで踏みとどまって死ぬ時ではない。
まだ……まだ…やるべき事があるのだ……
自分に死を与えようと僅かな兵で戦場に放り出した父が自分が生きて帰ってくるのを見てどんな顔をするだろうか。
あやつが悔しがる様を嘲笑ってやるまでこんなつまらぬ場所で死ぬ時ではない……

オスティア方の武者達の追撃に一太刀を浴びせる形でベルン軍は撤退していった。
それを追う気力はオスティア兵には無かった。
こうしてベルンとオスティアの国境においての小競り合いはオスティア方の勝利に終わりつつもベルンも最後に一矢報いる形となった…
引き上げていくオスティア方にも勝利の高揚感は薄い。
無謀な追撃で将来をになうべき武将となるべき若武者五十八騎を失っては勝ち鬨をあげる気にはなれなかった。
319 名前: 侍エムブレム戦国伝 邂逅編 ロイの章 挫折 [sage] 投稿日: 2011/05/25(水) 15:25:13.21 ID:InRmRuIG
ロイが意識を取り戻したのはそれから三日後の事である。
気がついたらオスティア城の一角の自室で寝ていた。
彼はオスティアの僧兵のライブの術で治療を受けたあとも意識が回復せず三日三晩高熱を発して苦しんだのだ。
一命を取り留めたのはせめてもの救いだっただろうか……
いまだ充分には動けないが……早く稽古をしたい…あの男に一矢報いねば自分は前に進めない…
何が天才だ。自分など少しばかり小器用でいい気になっていただけの凡人もいいところではないか。
本当の天才とはあのような男を言うのだ。
まさに井の中の蛙だ。子供と侮られても仕方が無い。
そのような思いがロイの胸を抉る。
気ばかり急いても傷は癒えてくれず、ロイは床で悶々とした日々を過ごした。
ある程度歩ける程度には回復したが稽古に戻れるのはまだ遠い。
上着をまくると胸から腹にかけて大きな傷跡がある。
ライブの術である程度は癒えているが痕は残るそうだ。
この大きな傷痕を見るたびに自分は敗北感と屈辱に苛まれるのだろう…

その時である。
そっと襖が開かれてウーゼルの小姓が姿を見せたのだ。
「ロイ殿、殿よりのご命令でございます」
「何?」
いったい何事だろうか?
今自分にできる事は口惜しいが何もないであろうが……

「傷が癒えるまでの間、エルバート様のご子息エリウッド殿の仕事を補佐せよとの思し召しでごさいます……
 籠を用意しましたゆえご支度ください………」

次回

侍エムブレム戦国伝 邂逅編 

~ エリウッドの章 刹那 ~