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Last-modified: 2011-06-05 (日) 23:50:44

474 名前: 梅雨の時期1/3 [sage] 投稿日: 2011/06/04(土) 20:08:09.76 ID:gdkiFK7w
級友が傘を忘れたというので、ロイは持っていた折りたたみ傘を貸してしまった。
彼自身、兄たちには劣るものの体が頑丈だという自負はあるので、雨に濡れても別に風邪を引く心配はない。

「・・・あ!」

家への帰り道で角を曲がったロイは、雨粒が口に入るのもかまわず声を上げた。
雨で煙る視界の中、家の方面からよく似た髪の青年が、薄緑色の傘をさして近づいてきていた。

「エリウッド兄さん!今日、具合悪いんじゃなかったっけ?」

駆け寄ってあわてて声をかけると、腕に紺色の傘と、おそらくエリンシアの趣味であろう花柄の傘をかけていた兄がほほえんだ。

「うん。でも、昼過ぎに熱が下がったから」
「油断してたらダメだよ。すぐ帰らないと」
「ロイこそ」

エリウッドは兄らしい顔をして、咎めるように目を細めた。その間に紺色の傘を開いて手渡され、ロイは居心地悪くそれを受け取る。

「ほら、タオルもあるから」

そういって肩にかけていたカバンからタオルを取り出してロイの頭にかぶせ、エリウッドは少し怒った顔で言った。

「もうロイも中学生なんだから、あまり小うるさくは言わないけど。風邪は万病の元っていうくらいなんだ。気をつけないとダメだよ」
「ごめんなさい」
「折りたたみ傘を持っていただろう?あれはどうした?」
「貸しちゃったんだ。女の子に」

そうか、と兄は緩くうなずいて、それきりそのことは何も言わなかった。
話題をとりあえず説教からそらそうとして、ロイは目に入ったことを率直に聞いた。

「その花柄の傘は?」
「ミカヤ姉さんを捜すんだ。大通りに行けば見つかるだろうし」

エリウッドはそういって大通りに歩き出そうとした。
その何気ない仕草を見送ろうとして、早速よろめきかけた兄に病人だということを思い出したロイは慌てて追いすがり、兄の進路を妨害するように立ちふさがる。

「兄さん、風邪ひいてたんだから、早く帰らないと!姉さんなら、僕が渡しておくよ」
「雨ざらしになっていたロイのほうが問題だよ。僕はもう大丈夫だから」
「でも!」

もどかしげに食い下がるロイを眺めていたエリウッドは、じゃあ、と提案するように言った。

「ロイも一緒に来てくれないか?その方が多分、効率が良い」
「僕が行くよ。兄さんは帰って休んでて」

体の弱い兄は人一倍学校に思い入れがある。今日風邪をこじらせては、また病欠が増えるばかりだ。
花柄の傘を持って、エリウッドは困ったように笑った。
475 名前: 梅雨の時期1/3 [sage] 投稿日: 2011/06/04(土) 20:10:15.77 ID:gdkiFK7w
「ロイ」

言い返そうとして、ロイは口をつぐんで黙り込んだ。
兄を心配する気持ちはあるけれど、兄が家族を心配する気持ちも、自分は分かっているつもりだ。
渋々うなずくと、エリウッドは存外子どもっぽい顔をして笑った。
ミカヤが普段占いをしている大通りに向かって歩き出しながら、ロイは気になっていたことを聞いた。
476 名前: 梅雨の時期2/3 [sage] 投稿日: 2011/06/04(土) 20:12:18.83 ID:gdkiFK7w
「どうして兄さんが出てきたの?エイリーク姉さんとか、リン姉さんとかは?」
「リンはまだ帰っていないよ。男兄弟はみんな一度帰ってすぐ出かけていってしまって、エイリークは竜王家に居るエフラムを迎えに行ってる。セリカはアルムと一緒だった」
「エリンシア姉さんは・・・あぁ、何か久しぶりにジョフレさんと出かけてるんだっけ?」
「うん。ロイはまだ帰ってきてなかったし、ミカヤ姉さんもだから、心配で」

そういってエリウッドは申し訳なさそうに肩をすくめた。
心配で、という理由で飛び出してきた自分が心配されていることを、申し訳なく思っているのだろう。
しめったタオルで雨滴をぬぐいながら、ロイは言葉を探したが思いつかなくて、結局口をつぐんだ。
二人が大通りへの小道を抜けてミカヤを探すと、ちょうど正面から黒い傘を一つさした二人組が見えて、ロイは思わず隣に立つ兄の袖を引いた。

「兄さん、あれ」
「あれは・・・ペレアスさん?」

黒い傘の持ち主はペレアスのようだ。だが、ロイは隣に立つ人物に見覚えがあった。

「ミカヤ姉さんじゃない?」
「本当だ。・・・よけいだったかな」

エリウッドが首をかしげて、ロイも一緒に首をかしげた。
帰ろうか、とどちらともなく歩き出そうとしたとき、雨の向こうから声がした。

「エリウッド、ロイ!」

振り返ると、ミカヤが大きく手を振っていた。目があったペレアスが優しく笑って、ロイは意味もなく会釈を返す。
近づいてきて早速駆け寄ろうとする姉に慌てて傘を開いてやりながら、エリウッドが苦笑した。

「姉さん、ぬれますよ」
「お姉ちゃんのことはいいの!エリウッド、貴方病人なんだから!」

腰に手を当ててお説教モードになった姉にしかられる兄はどこか頼りない。
子どもの頃のようにしかられるエリウッドを横目に、ロイはペレアスに声をかけた。

「あの、ごめんなさい」
「え?」
「えーと、邪魔しちゃって」

マルスやリーフなら嬉々として出歯亀でもするだろうが、ロイは肩を小さくして謝った。
謝られた方のペレアスは意味が分からなかったらしく逡巡していたが、しばらくして笑ってうなずいた。

「邪魔なんかしていないよ。ミカヤの自慢話が裏付けられたから、僕としては良かったな」
「自慢話?」
「うん。きっと兄弟の誰かが迎えに来てくれるって。ミカヤは大事にされているんだね」

そう笑顔で言われると気恥ずかしい。
チラリとロイが後ろを見ると、まだエリウッドはミカヤにしかられていた。お説教は長そうだ。
いくら年をとっても弟は弟なんだなあ、と姉にしかられる兄を眺めて考え込むロイに、ペレアスが言った。
477 名前: 梅雨の時期2/3 [sage] 投稿日: 2011/06/04(土) 20:14:00.47 ID:gdkiFK7w
「放っておいて良いの?」
「うーん・・・良くないと思うけど、でもしかられるエリウッド兄さん、久しぶりだし」

別に嫌な意味で言っているわけではない。
しかる方も、しかられる方も、お互いを心配しているという気持ちがあるからこそ、なんとなく嬉しそうに見えた。
それに割り込んで強制終了させるのも忍びない。
478 名前: 梅雨の時期3/3 [sage] 投稿日: 2011/06/04(土) 20:18:18.00 ID:gdkiFK7w
「でも、風邪を引くよ。お兄さん、体頑丈じゃ無いんだよね?」
「あっ、そうだった!姉さん、兄さん!」

ミカヤのお説教がそれ以上長引く前に場を納めたところで、じゃあ、と手を振るペレアスにすかさずロイが声をかけた。

「ペレアスさん、良かったらうちに来ませんか?あの、姉さんのお礼で」
「そうね、是非!」
「いや、僕は・・・」

言いかけて、ペレアスは少しはにかむように笑った。

「ううん、やっぱりお邪魔しようかな」
「邪魔なんてことないわ」

ミカヤとペレアスが並んで歩き出す。その後ろをずいぶん距離を置いて並びながら、エリウッドが笑った。

「久しぶりだったよ、姉さんにしかられたの。前怒られたのも、梅雨の頃だったなあ」
「なんで怒られたの?」

エリウッドが首をかしげた。あまり怒られることのない兄だから、ロイはおとなしく言葉を待った。
だがエリウッドが何かを言う前に、水を跳ね上げる音がして、ものすごい速度でリーフが通り過ぎていった。後ろにはアレスやセティがこれまた必死の形相で続いている。

「・・・何?」
「早すぎて見えなかったけど・・・」

思わず顔を見合わせた二人に、遠くからリーフの叫びが聞こえた。

「神器なんて・・・神器なんてぇ!!」
「貴様、リーフっ!兄上からミストルティンをかすめ取るとは良い度胸だ!!」
「ライトニングまでも持っていかれるとは・・・!」
「弓兵にライブだからどうした!一撃必殺なんだよ!!」
「壊したら修理代が酷いぞリーフ!!」

遠ざかっていく怒鳴り声の応酬を聞いて、エリウッドがため息をついた。

「リーフも、傘四つもあったのにね」
「・・・リーフ兄さんって、難しいね」
「そうだね」

先を行くミカヤが振り返って大きく手を振った。脇を駆け抜けていったであろうリーフのことは気にしていないようだ。
速度を上げようとするエリウッドに、慌ててロイが追いすがる。

「ねぇ、兄さん!」
「ん?」
「どうして怒られたの、前」

エリウッドは肩越しに振り返って首をかしげた。まだ幾分か身長の負ける兄は、優しく笑った。

「忘れちゃったな」
「そっか。思い出したら教えてね」

479 名前: 梅雨の時期3/3 [sage] 投稿日: 2011/06/04(土) 20:19:25.57 ID:gdkiFK7w

ロイは兄を追い抜いてそういった。

「今でもそうなんだけど、小さい頃のロイは凄くエリウッドになついていてね」

後ろで仲良く会話をする兄弟を指さして、ミカヤは懐かしそうに喋った。

「梅雨の頃にエリウッドが迎えに来てくれて、ロイはお留守番してたんだけど、お兄ちゃんが心配で出てきちゃったのよ」
「何歳くらいの頃?」
「そうねぇ。ロイが小学校1年生くらいかしら。道が分からなくて、あの子迷子になっちゃって」
「けがはしなかったの?」
「それは大丈夫だったんだけど」

ミカヤはちょっと肩をすくめた。

「エリウッドが必死になって探してね。見つけたのは確か、リーフだったかしら。行動範囲はあの子とかぶっていたから」
「それで怒ったの?」
「酷いのよ、エリウッドってば」

怒ったように眉を寄せ、ミカヤは背後のエリウッドを見た。
つられてペレアスも振り返ると、エリウッドと目があって、思い人の弟は、隣に立つ弟と同じ角度で会釈をした。

「そこら中探し回ったあげく、肺炎になって病院に行っちゃうんだもの」
「それだけ大切だったんだね」
「そうね。でも、私には二人とも大切なのになあ」

空を見上げてミカヤがぼやいた。

「二人とも同じくらい、ミカヤのことを大切に思っているよ」

姉を探しに来た兄弟を思い出しながら言うと、ミカヤがはにかむように笑った。

「そうよ。だって、自慢の家族ですもの」