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Last-modified: 2012-08-21 (火) 15:20:06

364-382の続きです。
捏造設定を詰め込みながらの長編ものになります。
苦手な人はスルーお願いします。

第一章 とある学校の校外学習 (中編)

 イリア――エレブ地区北部の大部分を占めるこの地域は、一年のうちの多くが雪に閉ざされている。
針葉樹に囲まれた山肌の土地は痩せ衰えて農作物の育成に適しておらず、冬の間は物資の輸送すら困難
となるこの地は、人の生活圏としては紋章町で最も厳しい環境に置かれた場所の一つだ。
しかし、そのような厳しい環境にありながらも、生まれた土地を愛し、そこで暮らしたいと望む者は多い。
そこで、農作物が育たず、物資輸送の面から工業製品を輸出することも難しいイリアの人々が見出した産業が『人』である。
 厳しいイリアの地で生活をしてきたイリア人は精神が強い。
例え僅かな給料でも、仕事の、生きる糧を得られる手段があることの尊さを知る彼らは愚痴を漏らすことも
なく真面目に仕事に打ち込む。
そんな彼らを雇いたがる経営者は多く、結果、イリアの経済は出稼ぎの労働者が稼いできた金で賄われてきた。
年頃になれば男女問わずして故郷を出て、よその土地で働いて得た幾ばくかの金を持って家族の下へと帰る。
それが、イリア人の生き方であった。

「――しかし、近年になってようやく、この地方に新たな収入源が見つかったわ。
戦争が終わり、技術が発達することにより人々の生活が豊かになり、それにつれて人は癒しや娯楽を求め、
雪山の温泉やスキー場に出かけるようになったの。
今や観光は、出稼ぎ労働と並ぶイリアの重要な産業となっています――みんな、きちんと聞いていて?」
 山道に揺られる大型バスの先頭席の横に立ちながら、美しい緑の髪を持った女性がマイクを片手に話している。
が、残念ながらバスの中にいる四十人程の中学生の中で、彼女―エレブ中学の教師で、このバスに乗車している
クラスの担任であるセシリア―の話を真面目に聞いているものは殆どいなかった。
 当然と言えば当然だが、学校を離れての宿泊学習ということで生徒達のテンションは無意味なほどに上がっており、
バスに乗車してからずっと、近くの席の者と話したりトランプをしたり、完全にフリーダムな有様だ。
 ワイワイ、ガヤガヤと、車内は一向に鎮まる気配が無い。
ある意味健全な中学生の姿であるし、セシリアもある程度は仕方がないとし、真面目に聞いている数人の為に話を続ける。
「――そもそも、イリア地方は古くから湯治場として知られており・・・」
 が、折角セシリアがうるさい手合いを無視してくれたのに、そういう時に限って余計なことを言う者がいた。
ルゥやレイ達と、補助席を台にしてトランプをしていたチャドが、ボソッと呟く。
「っていうかよ、どうせだったらセシリア先生じゃなくて、バスガイドのおねーさんとかに説明してほしいよな。
それだったら、きっと俺も真面目に話聞けるぜ」
 ――ブワアァッ!!スパッスパッ!
「――あら?ダメでしょうチャド。きちんと窓を閉めなくては、車内とはいえ窓から突風が吹いてくることもあるのよ?」
「前!今、前から来たよ突風ッ!!先生、いちいちエイルカリバー使うのやめてくれよな!マジであぶねぇよ!!」
 パラパラと。切られたトランプの上半分が数枚と、金色の毛髪が何筋か補助席の上に落ちていく。
「あら、心配する必要はなくてよ。この魔法は高い命中率も売りですもの」
 あくまでも上品に、穏やかにセシリアは笑みを浮かべる。
気づけば、数秒前まで騒がしかった車内は驚くほど静かになっていた。
「あ、チャド『2』をたくさん持ってたんだ。じゃあ、8で流して革命するね」
「・・・ホント大物だよ、我が兄は」

674 :とある主人公の封印之剣(ソードオブシール):2011/06/20(月) 23:48:31.30 ID:TbgLBJcc

「イリアの湯治場が本格的に有名となったのは、神剣を求め旅をしていた戦士が氷竜の神殿と間違えて
立ち寄ったという記録が見つかってからですが・・・」
 ほどなくして、再びセシリアの話が始まる。
今度も全く静かというわけではないが、先ほどよりも随分とセシリアの声が届きやすくなっている。
 バスの一番後ろ、5人が並べて座れる席にいたリリーナは、しかしまじめな彼女には珍しく、セシリアの話の
半分も耳に入れていなかった。
 彼女の隣に座っているロイが、朝から元気が無いように見えるからだ。
「・・・」
 ロイは、先ほどからほとんど話をすることもなく、ぼーっと窓の外を眺めたり、セシリアの話に耳を傾ける仕草
―おそらく仕草だけで、耳に入っている様子はない―をするだけだ。
「ねぇ、ロイ?どこか具合でも悪いの?」
 たまりかね、リリーナがロイに何度目かになる同じ問いかけをする。
しかし、それに対するロイの返答も、同じことを繰り返すばかりである。
「え、何?リリーナ。ごめん、少しぼーっとしてたみたいだ」
「・・・ううん、何でもないの」
 慌ててリリーナの方に顔を向けるロイと、悲しげに彼から顔を背け、俯くリリーナ。
ロイに悪気がないとはいえ、折角林間学校のバスで隣の席に座れたというのに、これではあまりにもつまらない。
不満を口に出すことはしなかったが、どうしても顔には出てしまう。
 ロイもそんなリリーナを見てどうにかしようとは思っても、しばらくすると直ぐに思考の海へと沈んでいっていしまう。
 考えるのは、今朝のシグルドとセリカのことだ。
ロイに落ち度があったわけではないが、発端が自分の林間学校である故、どうしても気になってしまう。
「はぁ」
 それは、ロイとリリーナ、どちらのため息であっただろうか?
周りの楽しそうな空気とは激しく異なるその吐息に、ロイの隣、窓際の席に座るエリウッドが苦笑しながらロイの頭に掌を載せる。
「エリウッド兄さん?」
「エリウッド兄様?」
 ロイが驚き、隣のエリウッドの顔を見上げる。リリーナもまた同様だ。
 そんな二人に優しい青い眼差しを向けながらエリウッドが語りかける。
「ロイ。シグルド兄さん達のことは、君が気にすることじゃないよ」
「でも・・・」
「君が心配するのは分かるけどね。
でも、このことでロイが折角の林間学校を楽しめなかったら、シグルド兄さんもセリカもアルムも、僕だって悲しい」
 リリーナには何のことだか分からなかったが、今二人が話している内容が、ロイが何やら元気が無い原因なのだろう。
 だから、リリーナは心の中でエリウッドにエールを送る。
「大丈夫だ。
今までだって、みんなたくさん喧嘩をしてきたけど、仲直りできなかったことは一度もないだろう?」
「それはそうだけど」
 今回もそうだとは限らない。無いとは思いつつも、気になりだしたら余計なことまで心配してしまうのが人間だ。
 なお不安げな表情を見せる弟の頭を、エリウッドは優しく撫でてやる。
ロイは、今朝のヘクトルの乱暴な撫で方を思い出した。
(なんだか、最近よく頭を撫でられてる気がするな。同じ兄弟でも、ヘクトル兄さんと全然違うや)
 それでも、ヘクトルにクシャクシャと撫でられるのも―絶対に口には出さないが―実は嫌いではないのだが。

675 :とある主人公の封印之剣(ソードオブシール):2011/06/20(月) 23:49:29.77 ID:TbgLBJcc

弟の顔から不安の色がやや薄れたのを見て、エリウッドは続ける。
「とにかく、今は気にしないで、楽しむことだけを考えなさい。
でないと、折角リリーナが君と話したがっているのに、失礼だろう?」
「兄様ッ!」
 不意打ちに、リリーナが耳を赤くして抗議する。
何も、リリーナを目の前にして言うことではないではないかと、リリーナは目で訴える。
「――あ」
 が、その甲斐あり(?)ロイはここにきてようやっと、リリーナが先ほどまで様子がおかしかった理由に思い至る
―もっとも、リリーナにしてみれば様子がおかしいのはロイであったのだが―。
 ロイは、エリウッドを見上げていた頭を反対に向け、今度はリリーナの方へ向き直る。
その際に、ロイの頭に乗せられていたエリウッドの手が離れた。
「ごめん、リリーナ。僕、ずっと考え事をしていて。退屈、させちゃったよね?」
「きゃ!とと、と。あ、ごめんなさい。――べ、別に気にしないでいいのよ。何かあったんでしょう?」
 顔が赤くなっていたところで急にこっちに向き直られたから、リリーナは思わずのけぞって距離を取ろうとしてしまう。
結果、自分の右隣に座っていた女生徒にぶつかってしまい、短く謝ってから、ロイの問いに返答する。
「うん。でも、確かに僕が気にしてどうこうできることじゃないんだ。一旦、忘れることにするよ。だから――」
 そうして、ロイは朝、家を出てから初めての笑顔を浮かべる。
「だから、向こうに着くまでたくさん話そう!」
 その笑顔を見て、再び顔が熱くなるのを感じ、リリーナは急いでバスの前方に向き直る。
「もうっ。それより、少しは先生のお話を聞いておかないと、怒られるわよ?」
「あははは。それもそうだね」
 ロイもリリーナに習い前方、セシリアの方へと顔を向ける。
そして、セシリアの話を聞きながら、その合間にリリーナに話しかけ、それにリリーナも楽しそうに相槌をうつ。
(――やれやれ。とりあえず、ロイの方はこれで大丈夫か)
 そんな弟の姿を見て、エリウッドがほっと胸を撫で下ろす。今日はロイの付き添いで来ているのだ。
別のバスに乗っているエフラムやアルムで、ロイや他の中学生の面倒を見なくてはいけない。
そして同時に、ロイ達に林間学校を楽しんで貰わなくてはいけないのだ。
兄姉のことで、いつまでも弟に心配を掛けておくわけにはいかない。
(セリカの方は、きっとアルムが何とかしてくれるだろう)
 エリウッドがそんなことを考え、ロイとリリーナが楽しい会話を続け、シャニーがセシリアの質問に上の空で
答えられず怒られたり、ルゥが大富豪の座を不動にしている内に、やがてバスは目的地である、イリアの山中に到着した。

第一章(後編)につづく