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Last-modified: 2012-08-21 (火) 19:29:15

「あれ、ライブの杖がもう無いわ」

壊れてしまったライブの杖を片手に、スペアの杖を探しながら家の主ミカヤは言った。
ここ最近、我が家の腕白坊主達に対して癒しの杖を使うことが多かったせいか杖の消費が速い。
ただ、今まで杖のスペアが無いとまではいかなかった。

「最近、使用頻度が高かったのと同時にバーゲンセールも少なかったですからね」

ミカヤに返事を返したのは次女のエリンシアである。
毎回ライブの杖等癒しの杖はバーゲンセールのときに一度に購入することが多い。
そうでもしないと癒しの杖だけで一家の財政が圧迫されてしまい、ひもじい生活を余儀されなくなってしまうのだ。
しかし、突然の大怪我など、非常事態が起きたときに対応できなくなってしまうので、
常に少数ではあるがスペアは置いておくようにしておいているのだが…
そして、その非常事態とはこういった杖のスペアが無いときによく起きるのも事実である。

「まずいわね…。エリンシア、ちょっとスーパーでライブの杖を数本買ってきてくれる?」

悪い予感がするから、と付け足したその言葉に対し、分りましたとエリンシアが外に駆けていく。
占い師という職業柄、こういった悪い予感は良くあたる。
何事も無ければいいんだけど、と思うが残念ながらこういうときの悪い予感はよく当たるものだ。
その悪い予感はエリンシアが外出した数分後に、家のチャイムが鳴らされることで事実となったのである。

248 :懐かしき思ひ出:2011/07/17(日) 04:16:58.81 ID:916AbtUH

「ミカヤさん!大変です!ロイが…!」

玄関を開けると、視界に入ってきたのは蒼い髪の少女リリーナとその肩に腕を回しぐったりとしている、
我が家の末男ロイであった。
とりあえず二人を家の中へ招きいれ、ロイを介抱しようとすると同時に、リリーナから事情を聞く。

事の発端は学校の帰り道であった。リリーナと同級生のウォルト・シャニーの4人組で帰路についている際に事件は起きた。
近所で飼われている火竜が逃げ出したとの事で、学年でも腕の立つ4人はそれを止めようとしていたのだが、
運が悪いことに火竜がリリーナに向けて火を放ったのだ。
ロイはリリーナを抱えて火を避けようとしたが、タイミングが遅かったせいか足に火が襲い掛かり、
結果足に火傷を負ってしまったのである。
気絶させることで火竜を止め、ロイの足の治療をしようとしたのはいいが、癒しの杖や傷薬が無いことに一同は気づく。
学校に戻ったほうがいいかも知れないと思ったのだが、幸いにもロイの家からそんなに離れていないということもあり、
一同はロイの家へ運ぶことにした。
家へ帰ればライブの杖があるだろうと踏み、ウォルトに火竜の件等その場を任せるとシャニーは愛馬に二人を乗せ、
ロイの家へ向かった。
ロイの家の前で二人を降ろすと、ミカヤ達と普段交流の深いリリーナにロイのことを任せ、シャニーは帰っていった。
これが現在までの一部始終である。

249 :懐かしき思ひ出:2011/07/17(日) 04:17:40.04 ID:916AbtUH

「そ、そんな心配することでもないんだけどね」

額に脂汗をかきながら説得力の無いことをロイは言う。
リリーナはそんなロイの姿を見て目に涙を浮かべながら、ただひたすらにごめんなさい、と繰り返している。
ミカヤはエリンシアが杖を買ってくるまでの辛抱だから、と二人に言ったもののさすがにこのままロイを放置するのは気の毒である。
このまま途方に暮れていてもしょうがないので、とりあえず応急処置だけでもしたほうがいいとの結論に至ったのだった。

「リリーナちゃん、ちょっと洗面器に冷たい水を入れて薬草とタオルを一緒に持ってきてくれる?」

リリーナはその言葉を聞くや否や洗面所へ駆けていく。古くから我が家との付き合いなのでどこに何があるのか位は把握している。
その一生懸命なリリーナの姿はミカヤにとってはこれ以上にないうれしいものであった。

「やっぱいい子ねーリリーナちゃん。これなら我が弟も将来の心配は要らないわね」

微笑みながらうりうりと肘でロイのことを軽く突き、ミカヤは言う。
今は関係ないでしょとロイは顔を真っ赤にして言うが、やはり姉として弟の将来は心配なのである。それが姉というものなのだろう。
そんな軽口を放ちながらミカヤは火傷したロイの足に右手で触れる。
その右手の感触を感じたロイは、痛みに顔をしかめつつもふと懐かしい気持ちになった。
ミカヤが何をしようとしているかがわかったからだ。
そして、この懐かしい気持ちはいつ経験したものだったかを思い出していく。
あれは確かまだ、小学校入学当時の歳幼い頃だった―

250 :懐かしき思ひ出:2011/07/17(日) 04:19:46.04 ID:916AbtUH

「痛いよー姉上ー」

びーびー泣きながらロイはミカヤの足元へ抱きつく。
まだ腕白だった頃のロイはしょっちゅう自分で体に怪我を作っていた。
幼馴染の子達や兄弟と遊んでいると良く怪我をする。子供特有の腕白さであった。
ロイは怪我をすると、そのたびにこうしてミカヤへ甘えていたのである。
ミカヤはそんなロイをはいはいといいながら決して邪険にせず、頭をゆっくりとなでる。
そして微笑みながら怪我のある部分を、右手で優しく撫でながらこう言うのであった。

「大丈夫。いたいのいたいの、とんでいけ」

ミカヤが右手で触れている部分が暖かくなっていき、次第に痛みが消えていく。
この言葉とともに感じられるミカヤの右手の感触が、ロイはとても好きであり、安心するのであった。
どんなに悲しいときでも、辛いときでも、ミカヤがやさしく微笑みながらしてくれた子の行為がロイにとっては幸せだった。
どんなときでも、この右手の感覚があれば頑張れた。
そんな幼い頃の記憶であった―

251 :懐かしき思ひ出:2011/07/17(日) 04:22:19.44 ID:916AbtUH

「そういえば、こうしてあげるのも久しぶりね」

ミカヤが傷口をやさしく触れながらロイに言う。
成長することで我慢を覚え、手がかからなくなっていくと同時にいつの間にかすることが無くなったこの行為。
時間というものはあっという間に過ぎていくものだと、幼い頃のロイを思い出しながら、ミカヤはまたその頃と同じ事をする。

「大丈夫。いたいのいたいの、とんでいけ」

その言葉とともにロイの足へ懐かしく、優しい感覚が駆け巡った。
痛みが次第に薄れ、額の汗も引いていく。
ふとミカヤの顔をみてみるとやはりあの時と同じ顔をしていた。
優しく、安心させてくれる顔。
その顔はやはり昔とまったく変わらないものであった。

「…はい、これで後は応急処置だけで大丈夫ね」

少々痛みは残ったが、それでも十分だ。
リリーナが慌てて洗面所から戻ってくると急いでロイの足へと応急処置をしていく。
そうしているうちにロイが先ほどと打って変わって落ち着いた表情を浮かべているのに気がついたのであった。

「あ、あれ?ロイ、さっきあれほど痛がっていたのに…」

リリーナが疑問に思っているとロイは我が家特性のおまじないをしてもらったから、とはぐらかすように言った。
ミカヤの右手のことは他の人には喋らないことにしている。
あの右手の力は、ほかの人が見たら驚くだろう。そして中には恐怖を覚え、気味がる人もいるかもしれない。
だが、ロイは驚かないし、恐れてもいない。
あの右手の優しい感覚を知っていること、そして右手のことに関してなにも言わないミカヤを信じているからであった。

(ありがとう、姉上…)

ロイとリリーナとの空気を察したのか、ひょこひょこと階段を上り自室へ戻っていくミカヤの背中を見ながら、心の中でそう言った。

252 :懐かしき思ひ出:2011/07/17(日) 04:25:13.94 ID:916AbtUH

「ただいま。あれリリーナちゃんこんにちは。いったいどうしたんだい?」

エリンシアと共に帰宅したシグルトが、包帯を巻いたロイと共にいるリリーナを見て言う。
エリンシアとともに帰宅したのは、エリンシアがスーパーから帰宅する最中に仕事の帰り道であるシグルトとばったりと会い、
荷物もちをさせていたからである。

リリーナはロイが怪我をした事情と、その怪我に対しロイが我が家のおまじないをしたと言ったことも話した。
シグルトはリリーナに感謝しつつロイの怪我の割にはあまり痛そうじゃない顔を見て、おまじないのことをふと考える。
そして癒しの杖を一本リリーナに渡し、予備の杖をしまいに階段を駆け上っていった。
リリーナはロイにライブの杖をかざし、怪我を完治させると再度ロイへごめんなさいと謝った。
しかし、ロイにとってはむしろありがとうといいたい気持ちになってしまっていた。
リリーナに言うと疑問に思われるので言いはしなかったが。

「リリーナちゃんどうもありがとう。夕飯食べていくかしら?」

エリンシアのその言葉に怪我をさせてしまったのは自分だから、と言いご馳走になるわけにはいかないと思っていたがそうはいかなかった。
半ば押し切られる形で結局夕飯をいただくことになってしまったのである。
夕飯の支度を手伝う、との条件付ではあったが。

253 :懐かしき思ひ出:2011/07/17(日) 04:31:44.72 ID:916AbtUH

シグルトが杖のスペアを置きに二階へきたが、まず向かうのは倉庫ではなくミカヤの部屋だった。
姉上、入るよ、とミカヤの断りなしに入ってきたシグルトにミカヤは反応することができなかった。
それどころではなかったからである。
ごろごろとのたうちまわりながら、足を押さえてうーうー言っている姉の姿を見てやれやれとシグルトは思った。
やはり予感が的中した。

「ほら姉上。杖持ってきたから。相変わらず無茶をするね」

ミカヤは横になりながら杖を受け取り、シグルトにごめんね、と舌を出しながらいった。

ミカヤの右手の力は相手の怪我を治すことではなく、その怪我の痛みを自分に移すことであった。
ロイの足の痛みを自分の足に移した結果、このとおり激痛が走るようになっていたのである。
ただ、本人にもプライドがあり、ロイとリリーナには痛がっている素振りを見せなかった。
口元が少しひくついていたが気づかれていないと信じたい。

「しょうがないじゃない。リリーナちゃんに心配かけたくないのと、ロイの痛みを和らげたかったから。
姉としては放っておけないわ」

この右手の力の詳細を知っているのはシグルトだけである。ほかの家族はこの力のことをまったく知らない。
教えてしまうと逆に心配かけてしまうからだが、シグルトにも教えようと思って教えたわけじゃなかった。

過去にこの力を使った際、苦しんでいるミカヤを見て家族に知らせようと思ったが、泣きそうな顔でやめてくれとミカヤに言われたのである。
そのときにこの力について知ったのであった。

シグルトは秘密を守る男である。ミカヤもシグルトであればほかの家族にばらされることはないだろうと安心したのだった。

「あ、そういえば仕事でちょっと指を切ったんだけど…」

シグルトはそういってミカヤに絆創膏の張ってある指を見せると、察したのかミカヤはいはいと微笑みながらシグルトの指に右手をかざす。
痛みはあまりなかったのだが、ミカヤの右手の力を過去に経験している身としてはやはりロイが少々羨ましかった。
自分だって姉上に甘えたいときがある。いつまでたっても姉上は姉上だ。
そしてこれからも。

「大丈夫。いたいのいたいの、とんでいけ」
                                 おはり