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Last-modified: 2012-08-21 (火) 20:11:45

「っ……っく、」
子供が泣いていた。黒い髪の子供だ。
「う……っ……」
その子供が泣きながらも大切そうに抱えていたのは一冊の魔導書だった。緑色の表紙の、少し複雑な意匠の飾りが施されたそれは風の初等魔法、ウインドのものだ。
けれどその魔導書は最早使い物にならないだろう。
何故ならそれは、先に近所のガキ大将達に襲われた際にボロボロにされてしまっていたからだ。

セネリオは貧弱な子供だった。
父であるアシュナードとは似ても似つかない貧相さで、武芸なんぞてんでからっきしだ。そのせいか、アシュナードはあまり彼のことを構わなかった。
曰く、強くないものに興味はないーーだそうで。
祖父はそんなセネリオを見かねて、ウインドの魔導書を一冊彼に与えてくれたのだ。

だけどそれも壊れてしまった。
覚えたての子供が放った弱々しい風では、敵を追い払うことは愚か身を守ることですらままならなかったのだ。

364 :狂王と風使いと酷い有様:2011/07/21(木) 11:28:24.29 ID:IzGETlVp

「セネリオ」
「……ちちうえ?」
名前を呼ばれてーー思い付く限りその声に名を呼ばれたことはなかったのだがーー振り向くといかめつい顔の父が立っていた。
またいつものように無様だとか小童だとか言われるのかと身構えたが、どうにもその気配はない。
「使い物にならなくなって、それでも後生大事に抱えているのか」
「……ぼくはこれで……強くなりたいんです。これで、ちちうえに認めてもらいたいんです」
「己の身を鍛え扱う剣でも、槍でも、斧でも、弓でもなく魔導書を選ぶのか」
「……はい」
「ククッ……あの小僧め。言いよるわ」
「?」
何故か急に笑い出した父の姿に首を傾げていると、服の裾を突然がっちりと掴まれる。驚く間もなく、セネリオはずるずると引き摺られていった。
「蒼髪の小僧がなかなか面白いことを言うものでな。おまえが強さを求めているなどと。戯けが、と一蹴しようかとも思ったのだが」
「……アイクが?」
「ほう?あれはガウェインの教え子か。ならば益々面白いな。いずれ我と五分のところまでくるやもしれぬ」
「……ちちうえ、話がよくわかりません」
尚も引き摺られたままにセネリオがそうこぼすとアシュナードはまた笑い遠回しな返答を返す。
「魔導もまた強さの一つであることぐらいは認めてやってもいい。その貧相な身体つきだけはどうにかならんものかと思うが……」
「?」
「魔導書ぐらいは買ってやる。おまえがそれを志すと言うのであれば」
言葉を一度切ると、僅かな間を明けてアシュナードはそう言った。
もしかしたらそれは、アシュナードなりの気遣いだとか、照れ隠しーーそう言ったものだったのかもしれない。

今から十四年程前の話だ。

365 :狂王と風使いと酷い有様:2011/07/21(木) 11:31:13.63 ID:IzGETlVp

「へー、そんなことがあったんだ」
「ああ。俺も聞いたのはつい数年前だったが」
「でも今はああなわけね……あ、お兄ちゃん民家破損もう一軒追加」

「このっハゲ親父がぁーっ!」
「そのような風、生温くてたまらん。貧相な身体のままで我に勝てると思ったか?烏滸がましいわ!」
「ギガサンダー撃ってやる……!」

「親子喧嘩するのは別にいいんだけどさ、もっと穏便に済ませて欲しいよねー民家破損更に三軒ね」
「いやあ……相手はあの狂王だよ?無理な相談じゃないかな」
「セネリオもあれで火がつくと止まらない性格だものね。参ったわ」
「いや、別にいいんじゃないか?あれがあの親子なりのスキンシップなんだろう。それに修理費がうち持ちにならなければ仕事も増えるし」
「……」
「……」
「……呆れた」
「……俺は何かまずいことを言ったのか」

どぎゃーんっ!!

結局、周辺の民家は総計で三十軒近く破損被害にあったらしい。
狂王とその息子の風使いが今現在どんな親子関係なのかはご覧の通りだが、アシュナードはアシュナードなりにセネリオを認めているとかいないとか。

「はあ……また大量に破損させてしまって……酷い有様ですね」
「セネリオ、おまえが言うな」