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Last-modified: 2012-08-23 (木) 19:49:34

179 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 エリンシアの章 激戦:2011/08/28(日) 22:02:22.40 ID:0PP/ZX3A

炎正十三年七月二十六日。

エリンシアはトハ海岸の潮風を全身に浴びながら水平線を見つめていた。
周囲は喧騒に満ち溢れている。馬の嘶きが響き大工たちの槌打つ音が響く。
デインとの和議以降両軍は人員を動因してトハ海岸に陣地を築いていた。
柵を張り石垣を積み上げ少しでもサカ軍に対する備えを強化するためである。
紋章の国の最西端たるクリミアの海岸線において大軍が上陸できる地形はこのトハを置いて他にはなく、
それだけに当然敵はここを上陸地点に選ぶものとエリンシアは見ていた。

「エリンシア、あまり風に当たりすぎると風邪をひくやもしれん。陣屋に戻ろう」
傍らに歩み寄った夫のジョフレが声をかけてきた。
だがエリンシアは軽く首を振る。
「いえ、兵たちが昼夜を別たず陣を築いているのに一人休む心持ちにはなれませぬ。
 今少し警戒にあたらせてくださいませ殿」
そう…デインとの同名が成ってから五ヶ月…これほどの期間があれば敵は既に準備を終えたとみてよい。
いつ海の向こうから大軍が押し寄せてきてもおかしくはないのだ。
「我が妻ながら勇ましいことよ…だがそなたは女子なのだ。そなたばかりを矢面に立たせては儂の面目が立たぬ」
そう言われては返す言葉もない。エリンシアはルキノを伴って陣屋へと引き上げた。
クリミアとデインが本陣としている陣屋にはクリミアの武将たちとアシュナードを始めとするデインの諸将が詰めていた。
一応は和議を結んだとはいえ両者の間には冷たい緊張感が漂っている。
それはそうであろう。不倶戴天の敵として何十年も戦ってきたのだ。
「奥方様。大納言殿よりの文が届いております」
そういってクリミアの将の一人ケビンが恭しく一通の文をエリンシアに差し出した。
大体内容の見当はついている。
エリンシアは憂鬱ではあったがそれを顔には出さずに文に目を通した。

それは朝廷の勅使エイリークからの一文であった。
援軍をなかなか送れずに申し訳がない。引き続き諸大名を説得すると記されていた。

エイリークはクリミアとデインの和約に立ち会った後に都に戻ると各地の諸大名の間を駆け回っていた。
帝からの勅命を伝えてクリミアに援軍を出させるためであるが…いずれの大名も周辺の敵対大名との戦に忙しくその命を真剣に聞くものはいなかったのだ。

エリンシアは無言で文を閉じる。
姉妹と名乗る事はクリミアのため許されぬがエイリークが力を尽くしている事は素直に嬉しかった。
だが同時に援軍の当てが無い事も覚悟を決めねばならない。
クリミア軍一万七千とデイン軍二万…この兵力でどれほど押し寄せてくるかわからぬサカ軍を迎えねばならないのだ。
そしてこの日…陣屋に届いた連絡は奇しくも二つであった。
一つはエイリークの手紙。もう一つは……

「申し上げます!」
海上への斥侯に出ていたデインの飛龍武者ジルが陣屋へと駆け込んでアシュナードの前で跪く。
「何か?」
「トハ海岸より西に二十里の海上にて大船団を発見いたしました!
 軽く見積もっても三千隻を超える軍船がこちらへ進路をとっております!
 まるで海を埋め尽くすかの如きありさまで…」
かつて見た事もないであろう巨大な敵軍を目の当たりにした赤毛の武者の顔色は悪い。
だがアシュナードはいささかも動じなかった。
唇を三日月型に吊り上げて彼は高らかと笑い声をあげた。
「喜べ者ども。それだけ敵が多ければうぬら手柄首を取り放題であるぞ」
その言葉にデインの将たちは「これあるかな我らが殿」と頷きあったのである。

180 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 エリンシアの章 激戦:2011/08/28(日) 22:02:44.78 ID:0PP/ZX3A

大海原の波を超え大小多数の軍船が進んでいる。
風に帆をはためかせ海を埋め尽くして進む姿は威風堂々。
ダヤンは東方遠征の総仕上げにジュテ族と南方平定を終えたロルカ族に出陣を命じ、
同時に大陸東岸の被征服諸国に船団の建造を命じた。
そうして用意された軍勢は兵員十五万、船舶三千四百隻に及んだ。

船団の中のロルカの将旗が掲げられた一隻。
その船上にはリンの姿があった。
先ほどから体調が優れず風を浴びに船上に出たのだ。
リンだけではない。サカ兵の大半は海を見るのすら初めての者ばかりだ。
その多くが長い航海による船酔いに苦しめられていた。操船は専ら異民族出身の降兵

「…嫌になるわよもう…早く陸にあがりたい…」
くらくらする頭を抱えてリンは深々と溜息をつく。
傍らでは側近のギィが船縁から顔を出して胃の中の物を海に零していた。
「ち…ちっきしょぉ……船がこんなに揺れるものだなんて…」
彼は子供の頃に大喧嘩をして以来、スーとともにリンの側近となった若者だ。
かつてリンに石で殴られた時についた頭の傷を布で覆って隠している。
「我慢なさい。ジュテのモンケ殿から私たちが上陸第一陣との言質は取ったわ。まっさきに陸にあがれるわよ?」
「こんなんじゃなきゃ先陣は大歓迎だけどよ…うぐ…」
ギィは青い顔色をして再び海の方を向いた。
その姿を見て…ふとリンは草の色が懐かしくなった。
思えばどれだけ遠くに来ただろうか。緑なす草原を出て大陸を駆け回って…ついには海を越えようとしている。
だが最後にサカ草原に帰ったのはもう三年は前にある。
いささかの寂しさがその胸をよぎって…軽くリンは首を振った。
敵はもうすぐなのだ。そんな事を考えている時ではない。
ロルカ族長として数万の戦士を預かり先陣を請け負った自分には他にもっと考える事があるはずである。
そうだ自分は戦士の族長なのだ。

リンは船首を…いや…その先に見える陸を見据えて腰の宝刀の鞘をそっと撫でた。
いつもは戦意と高揚感に満たされていく瞬間だが胸の内によぎる寂寥の念はどうする事も出来なかった。

炎正十三年七月二十七日。
正午前には船団は湾内に侵入を開始し見張りの戦士が海岸に陣が築かれている事を報告する。
リンは船首に立つと鷹のような視力でデインとクリミアの陣を見渡した。
「手はずどおりにやるわよ。まずはモンケ族長が事前砲撃をかけてくれるからその間に私たちは上陸用の小船に乗り移り前進する」
リンの命令を受け傍らのスーが小さく頷くと水兵に二、三の指示を出す。
ロルカの兵たちは二週間もの航海に苛立っており一刻も早く陸の敵を蹴散らして上陸する事を望んでいた。
特にギィはようやく船から解放されると喜色満面であった。

181 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 エリンシアの章 激戦:2011/08/28(日) 22:03:21.87 ID:0PP/ZX3A

一方のデインクリミア両軍は湾内を埋め尽くすような船の数に戦き、兵士たちは冷や汗をかいていた。
こちらは三万七千…対する敵は十万か二十万か……
妖術師隊を統率するユリシーズが感嘆の声をあげた。
「なんとも敵ながら壮観たる光景ですなぁ」
ジョフレが小さく息を呑む。
「それで…どうか…?勝てると思うか?」
「まずは我らがメティオの術で攻撃をかけます。可能な限り敵を減殺したらデインの飛龍武者と空陸から二面攻撃をかけて敵を撹乱殲滅…これしかありますまい」
信頼する家臣の言葉を聴きながら…なおもエリンシアは最悪の事態を忘れてはいなかった。
「それで勝てねば……」
「水際で敵を払えぬ時は内陸深く引き込み兵糧切れを待つしかありますまい…ですがこれは最後の手段でござる」
ユリシーズはそれ以上を口にしなかった。
そしてその作戦をエリンシアは決して許可しないであろう。
敵を引き込む時は彼らに奪われて利用される事を避けるため領土内の食料ことごとくを遠方に運び、運びきれない分は火をかけて焼き払うしかあるまい。
だがそれをすればクリミアの民は飢える。
そうすれば勝てるとわかっていてもエリンシアにはその手は使えなかった。
結局のところここで食い止める他は無いのだ。
「敵が動き出しました!」
ルキノの声が響く。ルキノは既に太刀を抜き兜の緒を締めた。
エリンシアは重い武者鎧をものともせずに天馬に飛び乗った。
ジョフレがユリシーズに命を下す。
「迎え討てい!残さず海の底に沈めてしまえ!」
「御意!」
ユリシーズに率いられた百名ほどの妖術使い達が印を切り呪文を唱え始める。
周囲に妖気が満ちていきそれは天に輝く巨大な火球を作り出していった……

その様子はロルカの旗船からも見て取る事ができた。
「そなえろ!メティオが来る!船団各船は縄を用意し海に落ちた者の救助体制!
 他の者はかまわずに上陸準備!」
リンが号令を下すと水兵たちが船の帆先に命令を示す紫色の旗を掲げ、それを見て取った各船の戦士たちはロルカの族長の意思を知りそれにそって行動した。
やがて天を切り裂くような轟音が轟きメティオの火球に討たれた船が次々と炎上し転覆する。
だがそれは無数の船団にあってほんの一部に過ぎない。
先鋒のロルカ船団に攻撃が加えられている様を見て取ったジュテ族長モンケは動じるでもなく片手をあげた。
「もとより妖術使いの多かろうはずもないわ。奴らの頭の上に矢弾の雨を降らせてやれい!」
モンケが命令を下すとジュテの各船の射手たちが船に備え付けられた砲群を操作し照準をつける。
それはかつてメニディの戦でアカネイア軍が用いたシューターであった。
アカネイアの都を落とした時に捕らえた職人たちに命じて作らせたものである。
次々と巨砲群が火を噴いた。
エレファントと称される炸裂弾が、クインクレインと呼ばれる矢が、ストーンヘッジから打ち出された巨岩がデインとクリミアの陣地に降り注いだ。

「馬鹿な…敵は…敵はこれほど妖術使いを抱えておるのか!?でなくしてはこの距離でこれほど攻撃できる説明がつかぬ!?」
クリミアの大名ジョフレは降り注ぐ矢弾の群れにうろたえ石垣の裏に身を隠した。
周囲は爆風と岩の破片が飛び散り武者が馬から転げ落ち足軽が矢に撃ち抜かれて崩れ落ちる。
驚きを隠せないジョフレにエリンシアは駆け寄ると彼の肩を掴んで揺さぶった。
「殿!しっかりなされませ!殿が動じては兵たちが浮き足だちまする!」
「あ、ああ…そうだった…」
彼は青い顔をしつつもどうにか平常心を取り戻し大声を出して兵を叱咤激励した。
「落ち着け者ども!敵はこの攻撃に紛れて上陸してくるぞ!」
その言葉にかろうじて踏みとどまったクリミア兵たちが見たものは戦鼓を鳴り響かせて押し寄せてくる無数のロルカの舟であった。

182 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 エリンシアの章 激戦:2011/08/28(日) 22:03:41.19 ID:0PP/ZX3A

陸だ!久々の陸だ!」

ギィが雄たけびを上げる。
うっぷんのたまったロルカ兵たちは凶暴なまでの戦意を解き放ち歓声をあげて舟から砂浜に飛び降りるとデインとクリミアの陣に迫った。
「今よ!敵はシューターに混乱しているわ!一気に突き崩して敵将の首をあげろ!」
先頭に立って賭けるリンは宝刀メリクルソードを抜き放ち一太刀で一人、二太刀で二人目の足軽を切り倒した。
押し寄せるロルカ兵にクリミア兵、デイン兵は石垣を頼りにこれを迎え撃った。
さして高い物ではないが彼らは柵や塀を活かしてかろうじて多数のロルカ兵の攻撃を持ちこたえている。
リンは軽く周囲に視線を巡らした。
まずはまっさきに敵の幹部を見分けて狙撃するのが遊牧民の戦法でありこの戦でもそれは変わらない。
戦士たちは優れた視力を武器に次々と敵の十人長や百人長と思しい者を狙撃している。
その中でもリンの視力は飛びぬけていた。

どこだ…どこにいる………あいつだ!
そいつが声を発するたびに兵たちの士気が上がっている…間違いないあの女が敵将!
「スー!」
その言葉一つで充分だった。数年来戦場を共にした側近は瞬時にリンの意思を察して弓をつがえた。
引き絞られた弓が兵たちを激励している女武者に向けられた………

「エリンシア!」
その言葉と甲高い金属音が響き渡るのは同時であった。
「な……殿…殿!?」
スーがエリンシアを狙って放った一矢…その風きり音に気がついたジョフレはとっさに飛び出し身を挺してエリンシアを庇ったのだ。
矢は兜に当たり兜の丸みで逸れていった。
だがその衝撃でジョフレはいささか強く兜の内側に頭を打ちつけ脳震盪を起こして落馬する。
エリンシアは瞬時にジョフレが致命傷ではない事を悟ると天魔を飛翔させて乱戦模様の兵たちの頭上を飛び越えて今の一矢を放った射手に迫った。
その手には名刀アミーテが握られている。
「我が殿に害成す者捨てておかれじ!」
スーが第二射を構えるより早く、風の如くエリンシアの切っ先はスーの喉下に迫る。

「させるかっ!」
それを阻んだのはリンのメリクルソードであった。
リンは目の前の敵将を睨み据える。
『我はクリミアが大名夫人エリンシア!我が地を侵すならば死を持って償っていただきます!』
緑髪の女武者は何か口走っていたが、リンがこの国にいたのは確か三歳かそこらの事。
この国の言葉などとっくに忘却の彼方だ。
「そっちから来てくれるとは好都合!父さんが残してくれたメリクスソードの錆びにしてやるわ!」
リンは裂帛の気合を込めてエリンシアに切りかかった。

『そっちから来てくれるとは好都合!父さんが残してくれたメリクスソードの錆びにしてやるわ!』
黒髪の女剣士が襲いかかってくる。
口走っている大陸の言葉はわからないがその戦意と闘士は瞳から見て取る事が出来た。
血に飢えて輝く青竜刀の打ち込みをしのぐと今度はエリンシアがアミーテを突き出す。
知る由もない。この異国の戦士が妹であるなどと知る由もなかった。
だが知っていたとしてもエリンシアはクリミアとその何万人もの民を戦火から守るためならば躊躇いなく斬ったであろう。
それは戦の無常というべきであろうか……

183 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 エリンシアの章 激戦:2011/08/28(日) 22:04:09.95 ID:0PP/ZX3A

突き、薙ぎ、払う。
巧みな剣術を持って振るわれるアミーテは凄まじい切れ味を持ってリンを襲うが、
リンもまた野獣のごとき身体能力を持って跳ね、避け、突く。
アミーテとメリクルソードが幾度も火花を散らしそれは数十合に及んだ。
リンは目の前の敵が長い戦歴の中でも五指に入る強敵である事を悟らざるを得ない。
だがサカ人は集団で戦うもの。敵の侍とやらが一騎討ちを好むのは勝手だがこちらがそれに付き合う道理は無いのだ。
密かに距離を取っていたスーが弓をつがえる。
クリミア兵の首を捻じ切ったギィが後ろに回る。
…これで決まる!
確信を持ったリンが全身のバネを活かしてエリンシアに襲い掛かろうとするまさにその刹那であった。
血飛沫が上がり無数のロルカ兵たちが吹き飛ばされて砂浜に転がる。
「何事!?」
それは怪異な巨漢であった。
巨大な黒い龍に跨った武将が縦横に太刀を振るうたびそれを防がんとした青竜刀も槍も鎧も意味を成さず切り裂かれ戦士たちの首が飛ぶ。
「たわいなし数を頼む異人ども!その程度か!大陸を征服した精鋭とやらは烏合の衆に過ぎぬのか!」
高笑いするデインの将アシュナードはリンを一瞥するとその旗印に目をつけた。
「女。貴様が将か。ならばその首叩き切ってくれるわ!」
強大な闘気を撒き散らしてアシュナードが迫る。
あの太刀をまともに食らえば軽装備のリンなど一太刀で真っ二つにされてしまうだろう。
「冗談じゃないわ!」
リンは仰け反って辛うじて初太刀を避けた。
前髪が数本切られて宙を舞う。
エリンシアから目標をアシュナードに変えたスーが矢を放つがグルグラントの一振りで矢は粉々になって消え去った。
「…ぬ、加勢を!」
アシュナードの加勢に入ろうとしたエリンシアだが無用の心配だったであろう。
彼はリンとスー。他に十人ほどのロルカ兵を同時に相手どってまったく引けを取らない。
エリンシアは襲い掛かるギィの青竜刀をしのぎながら、改めて今の味方…そして数十年来の敵の強大さを思い知るのだった。

アシュナードの猛威に奮い立ったのかデイン兵たちは意気上がりロルカ兵たちに襲い掛かっていく。
「騎兵は紡錘陣形!敵を切り崩すよ!」
プラハ率いる一隊がロルカ軍の右翼を崩し始めるとブライスの率いる重装備の武者たちも前進して軽装備のロルカ兵たちを切り伏せ始めた。
すでにデイン軍はシューターの猛威から陣形を立て直している。
その戦いぶりはさすがに数十年もの戦乱で経験を積んだ精鋭たちであった。
砂浜は血に染まり両軍将兵の屍で埋まっていく。
デインは飛龍武者を飛ばして勝負を決めようと図るがロルカの射手たちが次々と矢を放ち、
武者たちは鎧の間接部を射ち抜かれて龍から転げ落ちる。
戦意と闘志がぶつかりあい、まるで噛み裂きあうかのごとく兵士たちは死戦、死闘を繰り広げた……

184 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 エリンシアの章 激戦:2011/08/28(日) 22:04:28.92 ID:0PP/ZX3A

やがて夜の帳が下り、戦い疲れた両軍は兵を引いた。
デイン、クリミア両軍は陣を固め直しロルカ軍は船へと引き上げ湾の入り口まで後退した。
アシュナードらのあまりの豪勇に引く形となったがデイン、クリミアの犠牲も決して少ないとは言えない。
緒戦は痛みわけに近い形で終わった。
リンはアシュナードに討ちかかった同胞たちの死によって辛うじて九死に一生をえて旗船へと戻る事ができた。
船縁にへたりこんだリンは悔しさに声を震わせて夜の海を睨みつけた。
緑髪の敵将も龍に乗った敵将も…どちらも射ちとれなかったのは戦士の矜持に深い傷をつけていた。
「次は…次は必ず首を…首を獲ってみせる!」

一方彼女の姉は…エリンシアは陣屋で深い溜息をついていた。
周囲には負傷兵たちが幾人もうめき声を上げており、エリンシアは治療の符術を使って手当てにあたっていた。
中には手の施しようもなく息を引き取る者も少なからずいる。
「よく…よく戦いました。そなたらは武士の鑑です」
死に逝く者にしてやれる事は最後の言葉とその者たちの家族を重く遇する事である。
エリンシアが額に汗をしてる頃、意識を取り戻していたジョフレは満身創痍のクリミア勢を目の当たりにして深々と溜息をつくほかなかった。
「諸戦はかろうじてしのいだが…まだまだ敵の兵力は膨大だ…二陣、三陣ときたらいつまでも持ちこたえられんぞ…」

彼の不安を照らすかのように蒼月は天にありて夜の闇を照らしていた―――――

次回

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~ ミカヤの章 神風 ~