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Last-modified: 2012-08-24 (金) 19:36:03

462 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 リンの章 折れた牙:2011/09/24(土) 18:18:35.61 ID:ICdD04F4

うみねこの鳴く声がトハの浜を覆いつくし夕闇が徐々に徐々に空も海も茜色に染め上げていく。
寄せては返す波に揺られて幾重もの板切れや帆の残骸が波間を漂っている。
威容を誇り東方征服を完成させようとしたサガ軍の哀れな末路であった。
波間を流離う船の残骸に混じって幾人もの水死体が流れている。
浜辺には幾人ものデインやクリミアの足軽が横行闊歩し砂浜に打ち上げられたサカ兵の遺体から首を取って我が手柄としていた。
戦の後の論功行賞で恩賞にありつくためである。
中にはまだ息のある者もいたが足軽たちは容赦なく止めを刺してその首を取った。
あるいは同国人なら情けをかけたのかもしれないが、相手は先の戦で数を頼みに多数の仲間を殺した異国の兵である。
そんな気持ちを起こす者は一人もいなかった。
「日暮れだ。そろそろ引き上げるか」
「おう、これだけ取れば結構な恩賞をいただけるだろうて」
「まぁ待て。向こうの岩場にも結構流れてきてるらしいぞ。デインの連中に先を越されないうちに行ってみないか?」
クリミアの足軽たちは松明に火を灯すと連れ立って砂浜を歩んでいく。
トハの海岸は南北に長く、まだまだ探せばサカ兵の遺体を見つけられるだろう。

――――俺たちはニケ様の血を引く戦士の一族……お前がその身に血を引かずとも後ろめたく思う事は無い。
心に牙を抱いていればソイツはサカの同胞だ―――

夕焼けに照らし出された父の横顔が胸を過ぎる。あれはいつだっただろうか。
懐かしい草原は西に沈みゆく日に照らされて………
ひどく頭が重い…父の顔が歪む。もう少しでいい。何かを伝えたいのにもはや時が無い。
意識が徐々に鮮明になるにつれ草原も父の顔も泡沫のごとく消えていった――――

体を起こす。体のふしぶしが痛む。気持ちが悪い。
目を覚ましたリンが最初にした事は胃に残った海水を吐き出す事であった。
むせ返り苦しみながらもそのことごとくを吐き出す。
早めに鎧を捨てたのがよかったのだろうか…それほど多くの海水を飲まずに済んだようではある。
「刀…父さんの…」
あった…しっかりと腕に抱いていた……
ほっと息を撫で下ろしたのも束の間。数刻前の破滅がまざまざと思い出されていく。
そうだ…自分たちは…自分たちの船団は台風に飲み込まれて…
「同胞は…ロルカの…みんなは?」
リンは重い体を引きずって立ち上がった。
周囲は海岸線の端、入り組んだ岩場のようだ。
ここに流れ着いたのは幸か不幸か。体のあちこちを打ちつけ擦り傷を作っていたが人目につかぬ場所のお陰で落ち武者狩りを免れたともいえる。
「だれか…いないの?ギィ…スー!」
周囲を見渡すと幾人か倒れ付した者たちがいる。
駆け寄って息を確かめる。息は…無い。鎧を纏っていた者たちは満足に泳げなかったのだろう。
だがそのうちの一人。長い黒髪の…あれはスーだ。
息がある。外傷もあまり無いようだ。リンは夢中になってスーに飛び乗ると気付けとばかりに殴りつけた。
「起きなさい!ここにいると敵が来る!起きろ!立て!戦士でしょう!」
襟首を掴んで揺さぶりもう一度気合を入れろとばかりに頬を張り飛ばした。
「……っ……痛い……」
「痛みを感じるうちは生きてるって事よ。肩を貸すから早く立ちなさい」
軽く水を吐き出したスーは恨めしそうな顔をしながら海水に濡れて張り付く長い黒髪をかきあげた。
状況を確かめるかのようにスーは周囲に視線を巡らす。
この頭の回転の早い側近の事だ。すぐに事情は悟るだろう。
それよりももう一つ気にかかる事があった。
「ギィは?」
まだ十にもならぬ頃から同族の子供達の中心核として絡んできた三人である。
気にならぬ筈が無い。しかもギィは疫病にやられていたというのに……
「わからない……」
「そうよね…」
だがあの状況で…あの暴風と業火の中で他の者の安否を確認する余裕があったはずもない。
首を振るスーの肩を叩くとリンは周囲の戦士たちの遺体から遺髪を取った。
言葉に出す必要も無い。いつか必ずみなの魂を草原に連れて帰るのだ。戦に破れた今、心に思う事はそれだけであった。

463 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 リンの章 折れた牙:2011/09/24(土) 18:18:58.38 ID:ICdD04F4

その時である。岩を踏みしめる音が響いた。足音であろう。金属の擦れ合う音もする。
間違いなく足音の主は鎧を着ている。

「リン…誰か来る……」
「多分敵よ……」
長年の戦士としての経験からリンは瞬時に状況を分析した。
幸いというか自分の手には宝刀メリクルソードがあるが、正直なところ傷つき疲れきり体が重い。
満足に戦える状態ではないだろう。スーに至っては武器すら持っていない。
足音から見て敵は四~五人という所だろう。これではとても勝負にならない。
二人は無言の内に岩陰に身を潜めた。
どうにかやり過ごすしかないだろう。
やがて松明の明かりが周囲を照らすのがわかった。
彼らは何事か話ながら岩場を歩んでいく。
こういう時はもどかしく思う。確かに自分は三歳くらいまではこの国の言葉を話していた。
それを覚えていさえすれば少しは彼らの会話から情報が掴めたかも知れないのだが、
十数年も聞きも話もしなくてはその言語を覚えておけるはずもない。

やがて彼らの声がしなくなるのを待って二人は岩場を抜け出した。
幸いというか古代に近い暮らし向きをしているサカ人の身体能力は高く二人とも夜目が利く。
それほどの苦労も無く人気も少なくなった夜の海岸を敵をやりすごしながら進む事ができた。
だが…口にはしないが…ここを抜け出してこれからどこへ行けばいいのか?
自分たちはまぎれもない異国人でありこの地を征服しようとした敵である。
見つかればたちまち捕らわれて首を取られるだろう。
戦士である以上その覚悟は常に出来てはいる。だが大人しく殺されてやる道理もまたない。
この国では潔さこそ肝要とされるらしいが自分たちはそうではないのだ。
なんとか大陸に帰る道を探らねばならない。その理由の一つとなったのが今、リンが足で触れて気づいた若者であった。
岩場を進んでいて足先で足元を確かめた折に触れるものがあった。それで気が付いたのだ。
「ギィ……」
そこに倒れ付していたのはいくつもの戦場を共にして青竜刀で武勇を誇った剣士であった。
それが敵の手にかかるでもなく疫病と嵐で命を失おうとしているのだ。
そう、彼は微かに息があったが助からない事は誰の目にも明白であった。
スーが彼の耳元ではっきりと言葉を紡ぐ。こういう時のスーは常に冷静に判断して戦死者にできるだけの事をしてやるのだ。
「…何か言い残す事は?」
弱弱しい掠れ声が漏れ出した…
「草原…草原に連れて…帰って……」
それが彼の最後の言葉だった。
「リン、髪を…」
「ん…判ってる…」
リンはギィの傍に膝を付くと一房の髪を手にとってそれを切った。
それを大事に掌で包みこむとギィが愛用していた髪止めで巻きつけて懐に仕舞う。
あるいはリンが敗北を実感したのはこの時だったかも知れない。
それまでは頭ではわかっていてもどこか現実味が無かった。
戦でやられるならともかくまさか嵐でここまで滅びる事になろうとは…
三千隻、十五万もの大軍が………先ほどから歩いていても生きている同胞を一人も見かけない。
ロルカの兵たちもジュテ族も………

勝って勝って…大陸を踏みしだいて…最後になって負けたのか……
だが今はともかく草原へと帰らなくては………
同胞たちの魂を連れて帰らなくては………

464 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 リンの章 折れた牙:2011/09/24(土) 18:19:49.78 ID:ICdD04F4

完全に夜の帳が下りたころ、リンとスーは海岸を抜け出して雑木林を進んでいた。
やや小高い丘のようだがこの国は大陸と違って地形の起伏が多く歩いているとどこに向かっているのかわからなくなる。
かといって道のような場所では誰かに見つかるかも知れない。
道ともいえないような獣道を辿っていく二人はやりきれない顔を隠しもしなかった。できなかった。
「……今日はここいらで野宿ね…スー…携帯食は?」
「…海で落とした…」
「奇遇ね。私もよ」
「水は嫌になるほど飲んだけれどね…」
正直なところ疲れきって食欲も無いがいつまでも飲まず喰わずでもいられない。
何か食べ物を調達しなくてはならない。
最悪の場合民家を襲うのも一つの方法ではあるが異国人の自分たちでは目立ちすぎる。
それをするとたちまち役人に捕らわれる可能性が強い。
「リン、夜に動くのは危険よ。日が昇ってから何か探したほうがいい」
「日中だと木こりやら何やらと出くわすかも知れないでしょ。多少の危険は目を瞑って日中休んで夜動いた方がいいわ。
 そしてどこかで船を分捕って……大陸に帰るんだから…」
「……わかった…部族は長に従うものだものね…」

だが半刻後。リンはこの判断を後悔する事になる。
悪い時は何をやっても裏目に出るものなのかも知れない。
何か食物…野生の芋でも木の実でも無いかと探し回っていたリンは頭上の木の実に気を取られて目の前の急斜面を見落としていたのだ。
スーが声をかけるのも僅かに遅れ……リンは声にならない悲鳴を上げて斜面を滑り落ちる羽目になった。
飛び出した枝やら石やらでいくつも擦り傷を作りなおかつ右足を挫いて山すその山道に転げ落ちた。
「……っ…くそっ…どこまでも…ええぃ…」
立とうと試みるが足が痛くて上手く立てない。こんなところで足手まといになるわけにはいかないというのに…
その時である…草を踏み分ける音がしたのは…
スーかとも思ったがスーが降りてくるには早すぎる。別の人間だ。
敵の落ち武者狩りだろうか……
「…これじゃ…これじゃ戦えない…っ」
立ち上がろうとして果たせなかった。まともに右足が利かない。
疲労も消耗も限界に達してきている。

ここが……ここが私の死に場所か―――――

そんな思いすら心をよぎった。いかに自分が生き延びようと願っても足掻いても命数はそんな事情を考えてはくれない。
かつて自分たちが討ち果たしてきた多くの敵がそうだったように自分にもその順番が回ってきたのかも知れない。

リンはそっと懐を撫でた。傍らの宝刀の柄を掴んだ。

ギィと…同胞たちの魂…父さんの残してくれた刀…うん…寂しくないね―――――

465 :侍エムブレム戦国伝 死闘編 リンの章 折れた牙:2011/09/24(土) 18:20:12.10 ID:ICdD04F4

だがリンの少し手前で立ち止まったその小さな人影は身を竦ませるばかりで何もしてこない。
「斬るなら斬れ!私も戦士。覚悟はできてる!」
リンは怒鳴りつけてから気が付いた。考えてみれば言葉が通じるはずもない。
『…あ…あの…異人…さん?』
相手が恐る恐ると言った様子で何かを語りかけてくる。
その言葉は理解は出来なかったが敵意は感じられなかった。
相手はなんと自分とそう歳も変わらない娘であるようだ。
敵兵ではなかった。
だが……見られた…役人に通報されたら一巻の終わりだ…
なんとか殺して口を封じるしかない…戦士で無い者を斬るのは不本意ではあるが…
リンは宝刀の柄に手をかけて……だが立ち上がる事もできず刀を抜く事もできなかった。
『い、異人さん…怪我をしてるの?』
だが娘はリンの振る舞いにおっかなびっくりといった様子ではあるがリンに歩みよるとリンの足首を掴んだ。
思わず呻き声が漏れる。
『折れてはいないようだけれど…待って。今、傷薬を出すから』
何を言っているかは判らない。だがこれだけは確信を持てた。
自分は巨大な敗北の中で微かな幸運を掴みえたのかも知れないと……

その娘の豊かな薄紫の髪を見ているうちに何故かそのような気持ちになった――――

続く

侍エムブレム戦国伝 死闘編 

~ アイクの章 修羅道 ~