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Last-modified: 2007-08-12 (日) 13:30:47

動機はもちろん兄上です

 

 いつも騒がしい兄弟家だが、その日はいつもと違って非常に静かだった。
 居間に兄弟全員が集まり、皆それぞれに神妙な面持ちで、エイリークの弾くヴァイオリンの音色に耳を傾けていたからである。
 滑らかに流れる旋律により、家中の空気が優雅なものに変わっていく。
 やがて演奏を終えたエイリークが静かに息を吐き出すと、見ていた兄弟のほとんどが盛大な拍手を贈った。

 

ロイ   「さすがエイリーク姉さん!」
リン   「地区予選突破おめでとう!」
エリウッド「素晴らしい演奏だったよ!」
エイリーク「ありがとうございます、皆さん」

 

 少し照れたように頬を染めながら、エイリークは頭を下げる。

 

エイリーク「この前は、わたしのせいでリーフに迷惑をかけてしまいましたから。
      必ず、あのときよりもさらに良く演奏してみせます」
セリス  「うん、エイリーク姉さんならきっと出来るよ!」
リーフ  「頑張って……なんて、エイリーク姉さんには言う必要もないかな」
マルス  「だねえ。こっちが見てて安心感があるぐらいだし」
ミカヤ  「それにしても、地区予選をトップの評価で通過、とはね」
シグルド 「うむ。兄弟である我々としても鼻が高いな、これは」
アルム  「これなら、明日の都大会も優秀も間違いなしだね」
セリカ  「そうね。皆で応援に行きましょ」
エリンシア「それじゃ、今夜は前祝いにご馳走作ろうかしら」

 

 と、思い思いにエイリークへの賛辞や応援の言葉を贈る兄弟たち。
 しかし、当のエイリーク本人は、どこか浮かない顔であった。

 

ロイ   「どうしたの、エイリーク姉さん?」
エイリーク「いえ……あれを」
ロイ   「あれって?」

 

 と、ロイがエイリークの視線を辿ると、そこには座ったままグースカ寝こける三人の姿が。

 

ヘクトル 「……ぐおー……」
エフラム 「……ぐー……」
アイク  「……俺の肉……」

 

 言うまでもなく、兄弟家の脳筋三人組と名高い彼らである。

 

リン   「……こいつらは……」
マルス  「まあまあリン姉さん、アイク兄さんたちに芸術を理解しろっていう方が酷ですよ」
ロイ   「うーん、エフラム兄さんは、絵だったら割と好きなのになあ……」
セリカ  「演奏が始まって三秒もしない内に寝てたわよ……」
リーフ  「兄さん達はのび太ですか」

 

 ひそひそと囁きあう兄弟たちの前で、困った三人がそれぞれに目を覚まし始める。

 

ヘクトル 「……あー……よく寝た」
エフラム 「……なんだ、もう終わったのか……ふあ……」
アイク  「……腹が減ったな。飯を頼む」
ミカヤ  「あなたたちねえ……」
エイリーク「いえ、いいのです。これもわたしの技が至らないせいでしょうから」
ロイ   「いや、さすがにそれは謙遜が過ぎるんじゃないかなーって……」
アルム  「……ちなみに、一応感想をどうぞ、兄さんたち」
ヘクトル 「……? 何の感想だ?」
エフラム 「よく分からんな」
アイク  「いい子守唄だった」
マルス  「これはひどい」
エリンシア「めーでしょ三人とも、せっかくエイリークちゃんが晴れ舞台に立つのだから、
      たとえ個人的に興味がなかったとしても、少しは応援してあげないと」

 

 怒られた三人は、それぞれ困惑や呆れの表情で顔を見合わせる。

 

ヘクトル 「……っつってもなあ……」
エフラム 「俺達にああいう高尚な芸術を理解しろという方が間違っている」
アイク  「俺に出来るのは戦うことだけだ。そういうのは他の皆に任せる」
リン   「またそんなこと言って……」
エイリーク「……やはり、まだ努力が必要なようですね……」
リーフ  「いや、この三人の場合はいろいろと特殊だから、エイリーク姉さんはあまり気にしなくても……」
エイリーク「いえ、そういう訳には参りません。そもそも、わたしがこういったことを始めたのは、
      それが目的というか、きっかけのようなものなのですから」
セリカ  「こういったこと、って言うと……」
アルム  「ヴァイオリンとかピアノとか、ひょっとして勉強とかも?」
エイリーク「そうです」
ロイ   「え、何それ?」
シグルド 「初耳だな」
マルス  「是非、詳しく聞きたいですね」
エイリーク「……あれは、数年前のことです……」

 

 ~エイリーク、数年前の回想~

 

エイリーク「あにうえ、あにうえっ」
エフラム 「なんだエイリーク」
ヘクトル 「どうした」
アイク  「何かあったのか」
エイリーク「このご本がとっても面白いのです」
エフラム 「本なんてイラネ」
ヘクトル 「外で殴りあった方が楽しいぜ」
アイク  「そうだな」
エイリーク「えー……でも、ホントに面白いのに……」
エフラム 「分かった、じゃ聞いてやるから読んでみろ」
ヘクトル 「面倒くせーなー」
アイク  「仕方ないか」
エイリーク「わかりました、それでは……」

 

 ……三十分後

 

エイリーク「……というお話だったのです」
エフラム 「ぐー……」
ヘクトル 「ぐおー……」
アイク  「……にく……」
エイリーク「……」

 

 ~回想終了~

 

エイリーク「……といったようなことが」
リン   「……この三人は昔からそんな感じだったのね」
ヘクトル 「うるせーな、覚えてねーぞそんなこと」
ロイ   「そりゃ寝てたんだから覚えてる訳ないよ」
マルス  「……で、その間抜けな思い出が、どうやってエイリーク姉さんのモチベーションに繋がったんです?」
エイリーク「……眠り続ける兄上たちの前で、わたしは納得できずにいました。
      『このご本、本当に面白いのに……』と。こんな面白い本を楽しまない人間がいるなどとは信じられなかったのです。
      とすると、兄上たちが退屈して寝てしまったのは、わたしの語り口が面白くなかったからに違いないと思いました」
リーフ  「……じゃあ、まさか……」
エイリーク「そう……わたしは、兄上達に芸術の素晴らしさを伝えるために、勉強や習い事に打ち込むようになったのです!」
全員   「な、なんだってー!?」
エイリーク「伝達者であるわたしの力量が高まれば、兄上達の心にもきっと素晴らしい音色や文章が届くはず……!」
アルム  「いや、それはいろんな意味で難しいんじゃないかなーって……」
エイリーク「わたしは諦めません! いつの日か必ず、兄上達にも芸術の素晴らしさを理解していただくのです!」
シグルド 「おお、エイリークが燃えている……!」
ミカヤ  「……この子もこの子で、言い出したら聞かないものね……」
エリウッド「この数年間努力を続けて、それでもダメなのにまだ諦めないとは……」
リン   「恐ろしい気力だわ……!」
ロイ   「……でもさ、正直……」

 

ヘクトル 「おい、どーでもいーけど飯はまだなのかよ」
エフラム 「腹が減っては戦が出来ん」
アイク  「そうだな。芸術なんぞで腹は膨れん」

 

ロイ   「……この三人に芸術を理解してもらおうっていうのは、実現不可能な目標なんじゃ」
ミカヤ  「それは言っちゃいけないわ」
エリンシア「そうですわね、不可能だと思ったら道半ばで気力が尽きてしまいかねませんし……」
リーフ  (ということは、エイリーク姉さんはこれからも『脳筋兄上達に芸術の素晴らしさを分かってもらう』という
      実現の見込みが全くない目標に向かって走り続けることになるのか……なんて気の毒な)
エイリーク「そうと決まればまた特訓です。早速オリヴァーさんのところに行ってご教授頂かなければ……!」

 

 ……とまあこんな感じで燃えに燃えたエイリークは、都大会もトップの成績で突破し、
 ついに全国区の音楽コンクール、ヴァイオリンの部で優勝を飾り、日本一の座に収まることとなった。
 ヴァイオリンを優雅に弾きこなす絶世の美少女というので、
 その後は女学院外にも大量のファンが出来たらしいが、それはまた別の話である。

 

 また、コンクールで優秀を飾り、テレビのリポーターや音楽雑誌の記者などからインタビューを受ける際、
 「ここまで来られたのは誰のおかげだと思いますか」
 というようなことを聞かれたエイリークは、迷いなく
 「もちろん、家族……特に兄達のおかげです」
 と言い切り、またも聴衆の感動を誘うこととなった。

 

 ちなみにその兄達はと言うと、会場全体がエイリークの演奏に感動の涙を流していた中、
 平気な顔でグースカ寝こけて口の端から涎を流していたそうである。

 

 そんなこんなで、エイリークの芸術を極める道はまだまだ続く!
 頑張れエイリーク、負けるなエイリーク! 多分その道の先には何もないと思うけどな!

 

 <おしまい>