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Last-modified: 2007-09-10 (月) 01:31:40

真面目も休み休み言えと

 
 

 高いところに設置された板の上でガタガタ震えるヒュウ。その下には熱湯で一杯の水槽が。

 

ヒュウ  『いいかお前ら、押すなよ!』
レイ   『分かってるさ』
チャド  『分かってるって』
ヒュウ  『押すなよ、絶対押すなよ!』
二人   『おらぁ!(ゲシッ)』
ヒュウ  『ちょ』

 

 二人に押されて板の上から落下するヒース。下にあった熱湯風呂に、まっ逆さまに落下する。

 

ヒュウ  『あぢぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!』

 

リーフ  「ははははは、相変わらず面白いねー、アチョー倶楽部の定番芸」
ロイ   「もはやどういう意図でぱくったんだか全然分かんなくなってるけどね」
リーフ  「まあまあいいじゃないか、とりあえず笑っておけば」
エイリーク「許せません!」
リーフ  「……」
ロイ   「……」
エイリーク「こんな、ひどいことを……! 公共の電波で流して、皆で大笑いするだなんて!」
リーフ  「……あの、エイリーク姉さん?」
ロイ   「……何をそんなに怒ってるの?」
エイリーク「あなたたちも見たでしょう、今のシーンを。
      あの方が『絶対押すな』と必死になって懇願しているというのに、
      それを無視して笑いながら後ろから突き落とすだなんて! 人間のする所業とはとても」
リーフ  「いやいや、違うってば!」
ロイ   「あれはああいうネタなんだよ」
エイリーク「……どういうことですか?」
リーフ  「だからさ、『押すなよ、絶対押すなよ!』って言ってる人を」
ロイ   「言ってるそばから突き落として、押された人が熱くて暴れまわりつつ無茶苦茶キレるっていう」
エイリーク「とてもひどい話だと思います。早速放送局に抗議の電話を」
リーフ  「いやいやいやいや!」
ロイ   「だから、あれはそういうギャグなんだよ」
エイリーク「……よく分かりません」
リーフ  (……どうしよう、ロイ)
ロイ   (うーん、エイリーク姉さん、何でもこなすけど唯一ユーモアセンスと言うか
      そういう冗談を理解する遊び心だけは壊滅的なレベルだからねえ)
リーフ  (……とりあえず説明してみようか)
ロイ   (無駄だと思うけどね)

 

 ~十分後~

 

リーフ  「……という訳で、この人たちのネタにはこのぐらいバリエーションがあってだね」
ロイ   「他にも『俺がやるよ』『いやいや俺が』『……じゃあ俺がやるよ』『どうぞどうぞ』とか」
エイリーク「一瞬で手の平を返すのはあまり褒められた態度では」
リーフ  「いや、だからね」
ロイ   「もういいじゃないかリーフ兄さん。別に分からないからって困ることでもないし」
リーフ  「そりゃそうだけど」
エイリーク「……申し訳ありません、勉強不足のようです……」
リーフ  「いや、そんな真剣に悩まれても」
ロイ   (どちらかと言うとこの状況が冗談みたいだな……)

 

シグルド 「ただいまー」
エリンシア「お帰りなさいお兄様……あら、その箱は?」
シグルド 「よく分からないが、アルヴィス課長から預かるように言われてね」
エリンシア「アルヴィスさまから……それで、中身は?」
シグルド 「大変高価なツボらしい。『君の給料に換算すると二十年分ぐらいになるだろうか』とか真顔で言われたよ」
エリンシア「まあ、それはそれは……厳重に管理しなければいけませんわ」
シグルド 「その通りだな。ただでさえウチには真っ先に壊しそうなのが数名いることだし」

 

 そう言いつつ一歩踏み出した瞬間、シグルドは躓いて転んでしまった。

 

シグルド 「あぁっ!?」

 

 タイミングよく蓋が外れて、例のツボがポーンと空中を飛んでいく。

 

シグルド 「ギャァァァァァァッ! 私の二十年が!」

 

リーフ  「……という訳でさ」
エイリーク「……つまり、『~~するなよ、絶対~~するなよ!』と言われたらあえてそれをするのが決まりであると」
ロイ   「決まりと言うかお約束と言うか」
リーフ  「で、やられた側は無茶苦茶キレると」
エイリーク「……それがこの冗談の基本なのですね。勉強になります……」
リーフ  (勉強されても困るんだけど……)
ロイ   (まあいいじゃない、話半分って言うか)

 

 居間からやって来た三人が玄関の辺りに差しかかったとき、ちょうどよく例のツボが飛んできて、エイリークの腕にスポンと収まった。

 

エイリーク「!? ……これは?」
エリンシア「ふぁ、ファインプレーだわ! エイリークちゃん、とってもいい子!」
エイリーク「はい?」
シグルド 「よよよよ、よくやった、エイリーク! ああ、これで私の二十年が……!」
エイリーク「……状況がよく分からないのですが、このツボはどうしたら……?」
シグルド 「そのままにしているんだ! 落としちゃいけない!」
エイリーク「……! 落としてはいけないのですか?」
リーフ  (あ、なんか)
ロイ   (ヤバそうな雰囲気が……)
シグルド 「そうだ! いいか、落とすなよ! 絶対落とすなよ!」
エイリーク「分かりました!」

 

 エイリークは両腕を振り上げて、ツボを思いっきり床に叩きつけた。
 凄まじい音を立てて、ツボが粉々に割れる。明らかに修復不可能である。

 

シグルド 「ギィヤァァァァァァァァァァァッ!」
エリンシア「え、エイリークちゃん、何を……!?」
リーフ  「あちゃあ……」
ロイ   「やっちゃったよ……」
エイリーク「……早速実践の機会が来るとは思いませんでした。
      これが世間で流行っている、面白い冗談というものなのですね」
シグルド 「エエエエエ、エイリークゥゥゥゥゥ! お前は自分が何をしたのか分かっているのかぁ!?
      ににに、兄さんは、二十年が、兄さんの、兄さくぁwせdrftgyふじこlp;@:」
エリンシア「落ち着いてくださいまし、お兄様!」
エイリーク「さすがシグルド兄上、この冗談のことを理解しておいでなのですね。お見事なキレッぷりです」

 

 ちなみにツボは偽物だったそうで、「割っちゃいました」と正直に白状したシグルドに対し、アルヴィス課長は
 「君の管理能力を試したのだ。この程度の仕事も出来んようでは君の実力もたかが知れて云々」だのなんだの、
 数時間ほども嬉々として説教を垂れ流したそうである。