○トラレ (79-726)

Last-modified: 2008-02-10 (日) 22:40:35

概要

作品名作者発表日保管日
○トラレ79-726氏08/02/1008/02/10

 

作品

 『漫画みたい』なんていう比喩表現は、大抵の場合は面白おかしな物事を例えて使用される場合が多いと思う。
 だが、今俺の身に起こっていることは、妙だ、という意味ではおかしなことには間違いないのだが、それが面白いことか、といわれると全然笑えるような事態なんかでは決してない。
 おっと、少々訂正が必要かもしれない。といっても、おかしな、とか笑えない、なんてのではなく、『俺の身に』ってところをな。
 もうみんなお気付きだろうとは思うが、その通り、またハルヒに関する厄介ごとなのである。
 なんていうか、その、漫画の『フキダシ』というものを想像してみていただきたい。ああ、実際にそのキャラクタが何か喋っているセリフの方ではなく、モノローグ的な雲みたいな形状の奴の方を。
 その雲型が、俺の眼前に絶えず浮かんでいる、というのは一体何の冗談なんだかね。
『――お腹空いたわね――』
 ああ、俺もだ。まあ、四時限目終了まであと十五分の辛抱だな。なんてことを口に出して言えるはずもない。ハルヒ自体はずっと黙ったままなんだからな。
 要するに、今の俺はハルヒが今何を考えているのかを、その『フキダシ』によって読み取ることができてしまうようになってしまったのだ。
 何故こんなややこしいことになってしまったのか、俺は昨日の放課後のことを思い出していた。
 
 ………
 ……
 …
 
 今の俺の顔面は液体でビショビショに濡れてしまっている。
 といっても感動や悲しさのあまり、涙が零れるのを止められない、などというのではなくって、目の前に座っている古泉の野郎が俺に向かって、飲んでいた朝比奈さんのお茶を思いっきり噴き出したためだった。
「ひょ。ひょえぇ~~!」
「…………」
「ちょ、ちょっと古泉くん。大丈夫?どうかしたの?」
 珍しく驚いた様子のハルヒだったが、こいつは自分の先程の質問のせいで古泉がこんなことになった、なんて全く思いも至らないであろう。
 暫くの間、激しく咳き込んでいた古泉だったが、
「も、申し訳ありません。お見苦しい姿を晒してしまい、失礼致しました。すみませんが、今の拍子に何をご質問いただいたのか失念してしまったようです。もう一度伺ってもよろしいでしょうか」
 と、俺にではなくハルヒに対して謝罪の言葉を発した。
「え、あ……うん。あの、古泉くんは超能力って本当にあると思う?ってことだったんだけど――」
 そういう質問を、超能力者本人が、その正体をひた隠しにしている相手からされる、というのはどういう心境なのだろうかね。
「あっ……キョ、キョンくん――大丈夫ですか?」
 ようやく俺の顔面の惨状に気付いたらしい朝比奈さんは、自分のハンカチをさりげなく差し出してきたが、俺は何も言わずにそれを固辞した。古泉の体内から放出された液体であなたの持ち物を汚すわけにはいきませんからね。
 しかし、ハルヒが朝比奈さんに向かって未来のこととか質問した場合にはどうなってしまうことやら。ああ、そうなっても問題無いように、『禁則事項』ってプロテクトが用意されているのかもな。
「…………」
 長門は相変わらず本に目を向けたままである。まあ、長門ならハルヒから宇宙人に関することを質問されたとしても、難解な語彙によるわけの解らん解説で煙に巻くことであろうし、何も心配することはないだろう。
「超能力……と一言に仰いましても、どう回答したものか漠然としていて、僕も少しばかり悩んでしまいますね。涼宮さんが想定している超能力は、具体的にはどういった種類のものなのでしょうか」
「そうねえ…………あ、そうだ、『テレパシー』なんてのは、どうかしら。よく『虫の知らせ』とか昔からいうじゃない?実は訓練次第でテレパシーが使えるようになったりとか、そういうのって面白いと思うんだけど」
 そういうとハルヒは悪戯っぽい笑顔を浮かべて
「そうだ、キョン。あんた、今からあたしが考えてることを当ててみなさい。――大丈夫よ、あたしが強力な念を送ってあげるから、いくらあんたでも絶対解ると思うわよ」
 おいおい、無茶言うな。そんなの百パーセント無理に決まってるだろ。
「なによ。そんなことだからキョンはダメなのよ。あんたって、もうちょっとは前向きに物事を考えられないわけ?」
「まあまあ、涼宮さん。いきなりではなく、もう少し難易度の低いものから始めていっても宜しいのではないでしょうか」
「あら、そうかしら」
 古泉はほんの僅かの間だけ思案する様子だったが、
「……そうですね、今ここにサイコロが二個ありますが、僕が彼に見えないようにこのサイコロを振る。彼はその目の合計が偶数か奇数を当てる、といったようなことでは如何でしょうか」
 という提案をした。
「そうね――いいわ。じゃあ、せっかくだしみんなでやってみましょうよ。いい、キョン。目指すは正解率十割なんだからね」
 やれやれ。
 というわけで、俺は強制的に目隠しをさせられ、古泉、朝比奈さん、長門、そしてハルヒの四人に対して、サイコロ実験の被験者となることになったのだ。
 で、その結果はというと、一人当たり十回の試行に対する正解回数は、古泉に対して四回、朝比奈さんと長門に対しては六回、そして――
「ちょっと、キョン!どういうことなの?なんで十回ともハズレちゃうわけ?あんた、ほんとにやる気あるの?」
 だから、やる気とか、そういう問題じゃないだろうが。
「しかし、十回続けてハズレというのもある意味大したものですね。確率的にいっても、この場合は――」
「……偶数の目、奇数の目が出るそれぞれの確率をどちらも二分の一と仮定した場合、十回の試行全てが不正解となる確率は千二十四分の一」
 なんだ、つまりそれは千回に一回も起こらないような珍しいことって意味なのか、長門?
「そう」
「む~~」
 憂鬱そうなしかめ面で唸りを上げるハルヒ。機嫌が急降下していくのは誰の目からも明らかだ。
「あっ、で、でもそれって逆に、キョンくんにとって涼宮さんが特別なんだ、ってことにもなったりとか、その、しませんか」
 あ、あの、朝比奈さん。それはちょっと逆効果な気が――
「なによ。キョンって、そんなにまであたしのことが嫌だったの……」
 案の定、ハルヒはかえって拗ねる一方であった。
「おい、ハルヒ。たかがサイコロ十回振ったのが外れただけで、どうしてそんな結論になるんだよ」
「たかが?――もういい、知らないわ。…………あたし、帰る」
 そう言ってハルヒ溜息を一つ吐くとおもむろに立ち上がり、スタスタと歩いてドアから出て行ってしまった。
 何だよ、その反応は。子供じゃないんだから、そんなに悔しがることもなかろうに。
「本当に、困ったものですね」
 ああ、全くだ。
「何かまるで他人事のようですが…………あなたのことですよ、僕が言いたいのは」
 はあ?
 古泉はいつもとは違った冷めた笑みで俺を見ていた。
「いい加減、自覚されては如何ですか。涼宮さんにとってあなたが特別な男性である、ということを」
 なんだよ、その特別な男性ってのは。
 まあ、仮に千二十四歩ぐらい譲って、その特別とやらを自覚したところで、何の能力も無いただの高校生である俺が、サイコロの目をいつでもピタリと当てられるようになるとでも言いたいのか?
「そうではありません。――――どうしてすぐに涼宮さんのことを追いかけないのですか?そもそも、涼宮さんがお帰りになるのを、あなたは何故、黙って見過ごしてしまえるのですか?」
 そんな、ハルヒの退屈しのぎの気紛れに付き合うのならともかく、あいつが癇癪を起こす度に、一々俺が宥め賺してやらないとでもいけないってのか?勘弁してくれ。
「お忘れなのですか。あなたは涼宮さんに選ばれた唯一の――」
「生贄か人柱ってところか?俺一人が全てを背負って犠牲になれば、この宇宙の破滅を逃れられるからって――」
 古泉の言葉を遮った俺だったが、最後まで話し終える前に、古泉は立ち上がると、俺の胸倉を掴んで
「取り消してください!『生贄』とか『人柱』だとか『犠牲』などという言葉を………………僕は、あなたの口からは二度と聞きたくありません」
 と、珍しく取り乱した様子で俺に食って掛かった。
 あまりのことに、つい俺も、拳を握り締めて身構えてしまう。だが、その手が掴まれたかと思うと、
「もう、やめて、やめてください~!わ、わたしが悪いんです。わたしが余計なこと言わなかったら、きっと涼宮さんも……だから、キョンくんと古泉くんが、ケンカするなんて、ダメ――ダメですよぅ!」
 朝比奈さんが俺の腕をその胸に抱きしめ、涙ながらに俺たちのことを必死に止めようとしていた。
 それを見て、古泉も手の力を緩め、さっきまで消失させていたスマイルを、少々バツが悪そうにではあるが取り戻していた。
「申し訳ありません。僕も、ついカッとなってしまいました。先程の三つの言葉は――僕自身が封印しようと心に決めていたことなんです。…………涼宮さんに初めて逢ったときから」
 それを聞いて、俺はいつか古泉に教えてもらった身の上話のことを頭に浮かべていた。
「ああ、スマン。……お前の事情も考えずに、俺は随分と無神経なこと言っちまったんだな」
「いえ……あくまでも僕個人の信条に過ぎません。それをあなたに強制する理由なんてものは――どこにも存在しませんから」
 その言葉に合わせて、俺も腕から力を抜く。
 途端に、朝比奈さんは俺から飛び退くと
「ふえっ、わ、わたし――あ、あの、キョンくん…………その、ご、ごめんなさい」
 と、涙を拭いながら、俺に向かって謝り続けた。いえいえ、朝比奈さんが謝る必要なんてありませんよ。さっきのは俺の言動が招いたことだったんですから。
「ぐすっ。そ、それじゃあ、訊きますけど……えぐっ。キョ、キョンくんは――涼宮さんを、自分にとって特別な女性だって考えたこと、あるんじゃないですか?」
 えっ?そ、そんなこと急に言われても――そもそも、ハルヒが俺のことを特別視している、なんてのも俄に信じがたい話なわけでして。
「すんっ――。でも……涼宮さんは絶対そうだって、わたしは思いますよ。この前も、わたしが鶴屋さんから聞いた、『気になる年下ランキング』の上位にキョンくんが入ってるって話をうっかり涼宮さんにしちゃったときも、その、なんていうか……大変でした」
 俺としてみれば、その、谷口あたりが好きそうな妙なランキングの方も気になるんですけど、ともかく、ハルヒのことは全然気にならない、ってわけでもないですが、特別な女性とか、そういうのもちょっと違う気が……。
「では、僕の方からも興味深いことをお伝え致しましょうか」
 何だ、古泉。その興味深いこととやらは。
「機関および協力的な関係にある組織内の男性陣の内でも、涼宮さんはかなりの人気なのですよ。モテモテといってもいいでしょう。それも幅広い世代間でね。曰く……『俺の嫁』『俺の彼女』『俺の女王様』『俺の妹』……などなど。キリがありません」
 それは結構なことじゃないか。
「本当に宜しいんですか?あなたという存在さえなければ、と思っている者も少なからずいるはずです。いえ、ひょっとしたら、あなたのことなど無視して、涼宮さんに熱烈なアプローチを仕掛ける者が出ないとも言い切れません」
 思わず、俺も唾をゴクリと飲み込んでしまった。まさか、ハルヒはそんな男に靡いたりするわけ……。
「もしもあなたの言う通りに、涼宮さんがあなたのことを何とも思っていないのであれば、十分に可能性はあるのではないでしょうか。いえ、寧ろあなたに想いを寄せているが故に、一気にその反動で、といったケースも考えられなくは無いことかと」
 古泉は悪戯っぽい視線で俺を一瞥すると
「……仮にそうなった場合……、つまり、他の男性に涼宮さんを『寝取られ』てしまった場合、あなたは果たして今のように平然としていられるものなのでしょうか?」
 と尋ねてきた。
 
 俺は何も答えられなかった。
 
 いつの間にか、椅子に座ってしまっていたらしい。記憶が飛んでいる気がする。
「あ、あの、キョンくん?だ、大丈夫ですか?」
「すみません。僕もあなたがそこまでショックを受けるとは思いませんでした。少々悪ノリが過ぎたようです」
 朝比奈さんや古泉に対して、何の反応も出来ずに、俺はただ固まっていた。さながら暴走してフリーズしてしまったパソコンみたいであろうか。
 
 気が付くと、いつの間にか俺は廊下でへたり込んでいた。
 どうやら古泉が朝比奈さんの着替えの邪魔にならないように連れ出してくれたらしいのだが、一切覚えがない。
 ふと見れば、隣に立っていた長門が、ずっと俺の方を見下ろしていた。
「……大丈夫?」
 ああ、スマン。長門にまで心配掛けちまったな。面目無い。
「いい。……あなたが気に病む必要はない。…………それよりも、気を付けて」
 ん?何のことだ、長門。
「涼宮ハルヒは、古泉一樹が言うところの『閉鎖空間』をまだ発生させていない」
 そうか、そういえば古泉の携帯電話には、覚えている限り何の連絡も来ていなかったっけな。ハルヒの機嫌って、そんなに悪いってわけでもなかったのか?
「そうではない。ただ、まだなにも起こっていない、という事実を問題視すべきであると判断」
 そう言って長門はいつもの視線を俺に向けている。だが、その瞳の中には、どことなく俺のことを心配していそうな色が見えるような気がしてならなかった。
「解ったよ。ありがとう、長門。せいぜい俺にできる範囲で気を付けてみるさ」
 そう言って俺は長門と共に、とっくに下校時刻を過ぎた校舎を後にしたのだった。
 翌日に、何が起こるかなんて解りもしない俺は、古泉に言われたことをずっと引き摺ってしまっていたせいで、長門の忠告のことをあまり気にも留めていなかったのだ。
 
 …
 ……
 ………
 
 というわけで、昨日古泉から言われたことが気になっていたというのもあり、俺はハルヒの先回りをして、ご機嫌取りに必死なのだった。
 例の『フキダシ』のおかげで、何をすれば良いのかはバッチリ解るのだが、正直、何かが間違っているような気がしてならない。
 それに、あまり先回りをやり過ぎるのもマズイだろうな。現に、ハルヒが言いたそうなことを先取りしてしまったせいで、ヘソを曲げてしまうことも数回あったし。厄介なことこの上ないぜ、全く。
 ちなみに、その『フキダシ』は、俺以外の誰にも見えていないようで、俺自身もハルヒ以外の誰からも『フキダシ』が出ているところは見ていない。それだけが唯一の救いってところだろうか。
 昼休みに、長門に現状を説明してみたところ、
「涼宮ハルヒからあなたに対して、局所的指向性思考ベクトル念波が出力されていることを確認」
 と説明を受けた。
 なあ、長門。何か対策は無いのか?
「あなたの体内にナノマシンを展開することによって、対ベクトル念波フィールドを形成することは可能。あなたが必要であるなら今すぐにでも注入を実行する。でも……」
 でも、何だ?
「出力が強大過ぎる。フィールドの有効時間は、持ったとしても、十数秒の間のみ」
 そうか。じゃあ、あまり意味がないな。止めておくよ、そのナノマシンとやらは。
「そう」
 俺の返事に、長門は頷いたのだったが、何故かその目が、とても残念そうに見えたのは一体なんだったんだろうね。
 しかし、このまま手を拱いているわけにもいくまい。なんとかこの異常事態を解消しないことには、俺にとってもハルヒにとってもいい結果にはならないだろう、と考えざるを得ないからな。
 でも、どうすればいいのやら、サッパリ解らん。この前の事件では、何とか俺の説得が功を奏したようだが、果たして今回はどうだろう。
 第一、前回俺が『最初から何もかも知ってしまうのはつまらん』って言ったのを、あいつはすっかり忘れてやがるんだろうな。
 
 その日の放課後、部室に行く前に、俺はハルヒに対して『二人きりで話がしたい』旨を告げると、例の美術部の倉庫らしき物置となっている、あの階段の奥の屋上への扉前に向かった。
 
「話って、一体なんなのよ?」
『ちょっと、キョン。二人きりで、こんな誰もいないところまで連れてきて、なに考えてるの?まさか……』
 声だけ聞いてる分には大したことがないのだが、『フキダシ』の分まで加わると、どうしてこう騒がしく感じるのだろうな。それに、なに考えてる、ってお前だって俺をここに引っ張ってきたことがあるだろ。忘れたのかよ。
「なんだ、その、大して時間はとらせないから」
「いいから、勿体付けないで、ちゃっちゃと言いなさいよ」
『な、なによ、大して時間は取らないって、期待して損しちゃったじゃないの。って、なに考えてるのよ、あたし。キョ、キョンに期待だなんて、キャー、やだやだ!』
 ぶすっとした口調のハルヒだが、その態度と『フキダシ』の中身の動揺っぷりにはギャップがあり過ぎる。うっかりすると、どちらに合わせたらいいものか、俺も間違えてしまいそうだ。
「なあ、ハルヒ」
 俺は覚悟を決めると、ハルヒの両肩に手を置いて、正面から見据えた。
「えっ――キョン?」
『って、ちょっと、なにこれ?や、やっぱり期待していいの?ま、待ってよ。その、あたし、まだ、こ、心の準備ってものができてないし……』
「お前、誰かからネタバレされるのって、腹が立ったりしないか?」
「へっ?」
『…………何のことよ?』
「例えば、読んでいる小説とか、まだ観てない映画の結末とかを、うっかり聞かされてしまったりとか、そういうのって嫌だったりしないか?」
「え、ええ。まあ、そうよね」
『ちょっと、キョン……あんたがなにを言いたいのか、あたしにはわかんないわよ』
 正直な『フキダシ』の中身に挫けそうになるが、頑張って俺は話を続ける。そのせいか、ちょっと両手に力が入りすぎてしまったかもしれない。気のせいか顔が数センチ程接近してしまった。
「前にも言ったかもしれないけど、俺だってそう思ってる。それに、例えばハルヒが俺のことをビックリさせようとして、何か仕掛けを色々してたとしても、予め俺がそれを全部知ってたとしたら、どうだ?」
「どうって、その……」
『やだ、ちょっと、キョンってば。顔――近い、近過ぎるわよ』
 スマンが、もうちょっとだけ我慢してくれ、とは声に出せないので心の中で俺はハルヒに謝る。
「そんなの、お前だってつまらないだろ。だから――ハルヒ、お前に頼みがあるんだ」
「……キョン」
『た、頼みって、何なのよ?え、あっ――今、あたし、ひょっとして、目、瞑った方が、いいのかしら?』
 ハルヒは頬を紅に染めると、瞼を閉じてしまった。ほんの少し突き出された唇が妙に艶かしい。って、今はそんなことを気にする場合ではない!
「いいか。俺はこれから先も、ハルヒが望まないようなサイコロの目を出し続けることになるかも知れん。それでも……お願いだから、俺のことを見捨てたりしないでくれないか」
 目を閉じたままのハルヒに俺は一気に続ける。
「正直、俺は鈍感野郎だし、ハルヒの考えを全て理解するなんて無理だろう。でも俺を信じて欲しいんだ、いつか、お前の望みを一つでも叶えられる、その日までは」
 俺がそう言った瞬間。何かガラスの割れるような音が聞こえた。と同時に、例の『フキダシ』は木っ端微塵になって、霧のように消え去ってしまった。
 ハルヒは目を開けると、俯きがちに
「なによ――やっぱりまた『ハズレ』じゃないの――」
 とボソボソ声で憤慨気味に呟いた。
「ハルヒ?」
 俺の声にそっぽを向いたハルヒは、
「ふんだ。そうやってキョンのことをずっと待ってたら、あたしおばあさんになっちゃうじゃないの。…………まあ仕方がないわね。いつまでも待っててあげてなくもないわよ。――あんまり期待し過ぎない程度にね」
 そう言ってハルヒは振り向きもせずに階段を駆け下りていってしまった。
 やれやれ、本当に何とかなったんだろうか、後で長門に確認した方がいいかもな。
 
 その数日後、俺はすっかり失念していた聖なるイベントがらみで、ハルヒたち三人娘によって仕組まれたサプライズ・アタックをモロに受けることとなってしまった。
 しかも、どうやら一ヵ月後までに、古泉と協力して、その三十倍返しとやらに奔走する羽目になりそうな気配である。先が思いやられるな。
「おや、その割には、あなたの様子がとても楽しそうにみえるのは、いったいどういうことなんでしょうか?」
 さてな。とりあえずはハルヒの驚いた顔を思い浮かべながら、せいぜい俺たちにできることをやるとしよう。
 口の中で溶け出す甘さを堪能しながら俺は、『アタリ』しか入っていないフォーチュン・クッキー、なんてのもいいんじゃないか、とか実にくだらないことばかりを考えていたのだった。

イラスト

落書き。三月十四日のひとコマ
『アタリ:今日一日、彼の唇はあなただけのものです!』
 
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