キョンのベタ告白 (86-41)

Last-modified: 2008-04-14 (月) 23:33:47

概要

作品名作者発表日保管日
キョンのベタ告白86-41氏08/04/0408/04/04

作品

部室に行くと、ハルヒしかいなかった。
他のメンバーが来ていない理由やその他のことについて、特に書き記すほどでもないごく日常的な会話をした。
学園祭が終わって間もないこの時期、ハルヒも特別な企画を考えているわけではなさそうだ。
たまにはこんな日もあるだろうさ・・・と思ってた俺が甘かったね。
 
ひとしきりの会話が終わって、さてゲームの相手もいないしどうすっかな、などと長門の本棚を眺めていたら、ハルヒが再び口を開いた。
「ねえ、そろそろはっきりさせてもいいと思うんだけど」
先ほどまでと特に変わらない、普段どおりの口調だった。
「何をだ?」
「あんたの気持ちよ。あんた、わたしのことどう思ってるの?」
「へ?」
すっかり虚を衝かれて間抜けな声を出してしまった。
思わずハルヒを振り返る。なんだって、今までの会話とまったくつながってないぞ?
 
ハルヒはこちらには目を向けず、団長席から窓の外を見ていた。
その表情から喜怒哀楽の感情は読み取れなかったが、少なくとも冗談を言っているようには見えない。
「どう思ってるってのは、えーと、あれだよな、SOS団団長だと思ってるとかそういう・・・ことじゃないよなうん」
さすがにそんな小学生レベルのはぐらかしが通用する空気じゃないらしいことぐらいは俺にも読める。
「あー、つまり好きか嫌いかとか、そういうことか?」
「当たり前」
心なしか答えがいつもよりそっけない。
いやしかしそんな急に言われても困る。たしかにハルヒの話が唐突なのはいつものことだが、まさかそんなド直球ストレートがハルヒの口から出てくるとは予想外だ。
さてどう答えたものか?
ハルヒとは今まで本当にいろんなことがあったし、その間ハルヒには言ってないこと、言えないこともたくさんある。
なんというか、答えにくい。ひじょーうに答えにくい。
「なんでまたそんなことを?」
 
ハルヒはこちらに向き直ると、まっすぐに俺の目を見つめてきた。
最初に出会ったころを思わせるような、冷たい無表情。
いや違う。あのときのような無関心ではなく、緊張の奥に感情を押し殺しているのがわかる。
「私が知りたいから」
どうやらハルヒの思考回路によれば、それ以上の理由も説明も一切必要ないらしい。はいはいそうですか・・・。
これでもまだ、いつものように「うっさいわね、とっとと答えなさいよ!」と怒り出さないだけましなのかもしれない、と思ってしまう俺もどうかとは思うが。
「いや、急に言われてもなあ・・・あー、ちょっと待っt「嫌」
俺の言葉はピシャリと遮られる。くそ、猶予の時間もなしかよ。
「これのどこが急だっていうの? 待つっていうなら今までですでにものすごーく待った。自分がこんなに忍耐強かったなんて思わなかったわ」
奇遇だな俺も初耳だ。お前が忍耐強いと言うなら、忍耐強くない人などこの世に存在しないぞ。特に毎日お前に振り回されてる俺の忍耐力なんかはきっと計測不能の域に達してるだろうな。
もちろん、ハルヒよりずっと忍耐強い俺はここでそんなことを言って火に油をそそぐようなことはしない。ヘタレだからじゃないぞ。
そんな俺の深謀遠慮(?)にもおかまいなしに、ハルヒはさらにたたみかける。今日はどうしたっていうんだいったい。
「いい? この一日一日をだらだらと無駄に過ごす気はあたしにはないの。どうすれば毎日が充実して記憶に残る日になるかってことを考えながら動いてるわけ。それなのにあんたはそうやってすぐ後延ばしにして逃げようとしてばっかりでしょ。おかげであたしがどれだけ迷惑をこうむってるか、あんたはまったくわかってない!」
最初は冷静に見えたハルヒだったが、言いながらだんだん腹が立ってきたらしい。次第に険しい表情になって詰め寄ってきた。
いったい何の話だ。なんでそう怒ってるんだか俺にはさっぱりだぞ。
「あー、わかった。わかったから落ち着けハルヒ」
何がわかったのか自分でもわからんがとにかく時間をくれ。俺だって何も考えてないわけじゃないんだが、そう焦ってもなんじゃないか、なあ。
「いーや、ぜんっっぜんわかってないわねあんたは」
うわ、全力で否定された。
しかもどうやら俺の言葉は逆効果だったようだ。
「わかってたらとっくの昔にはっきりさせてるはずよ! だいたい最初に会ってからどれだけ経ったと思ってるの。1年半よ1年半!
この間、あんたさえしっかりしてればどれだけ時間を有効に過ごせたかわからないわ。それなのにあんたときたらいつまでたってもフラフラふらふらと・・・」
ヒートアップしたハルヒは、唾を飛ばしながら俺のシャツの胸倉をつかんでぐいと持ち上げる。ぐお、やっぱりこうなるのかよ!
というかその馬鹿力をなんとかしてくれ、首が絞まる・・・
その間にもハルヒはなにやらぎゃあぎゃあ言っているが、もう俺に聞く余裕などない。
マジで苦しい。このままだと生命の危険だ。
とにかくはぐらかそうとしても無駄らしいということはよくわかったぞ、うん。
苦しさに耐えながら必死に答えを探す。ああ苦しい。早くしないと死ぬぞ俺!
俺はハルヒのことをどう思ってる?
 
ハルヒは毎回毎回俺の後ろの席に陣取ってるクラスメートで勉強も運動神経も抜群、俺を無理やり巻き込んで立ち上げたSOS団なる奇天烈団体の団長で、黙っていればすごい美人でスタイルも完璧なのだが、毎日のように俺たちをいいように振り回してとんでもない労苦とスリルと楽しみを味わわせてくれて、無意識のうちにも閉鎖空間や神人や無茶苦茶パワーで想像もできないような面倒ごとを引き起こし、さらにその閉鎖空間では俺のファーストキスの相手であり、ポニーテールも100Wの笑顔も輝く瞳も最高で、最初会った頃の仏頂面からは別人のように・・・というところまで、かつてないほどの思考スピードで一瞬のうちに考えてから即座に却下した。
駄目だ、これじゃ言い終わる前に俺が死ぬ!
 
もっと一言で言うとすればどうなる!?
「さあ答えなさい!」
わかった、言うから揺さぶるなハルヒ!
「・・・好きだ」
これが一番短い言葉だろう。
首が絞まってる分、苦しげな発音になってるのは許せ。
「嘘よっ」
おいおいおいおい! 俺の文字通り生死を賭けた告白を一瞬で否定すんなよ!
たしかに相手に締め上げられて言うなんて無茶苦茶かっこ悪いが、いくらなんでもそれはないだろ!
頭の中が白くなってきた。もう駄目か、これじゃあまりに情けない死に方だ、たった3文字じゃ辞世の句にもなりゃしないな・・・などと思った瞬間、締め上げていた力が突然消えた。
俺はそのまま崩れ落ちて両手をつく。ハア、ハア・・・
「は?」
ハルヒはぽかんとしている。
「キョン、今なんて?」
おい反応遅いよ! さっきの否定は単なる脊髄反射かよ! と突っ込みたかったが今はそんなことよりも呼吸を落ち着かせるのが先だ。ふう~。
いやいや、反応がもう少し遅かったら人生からさよならだったぜ。
危なかったがとにかく生還は果たした。ありがとう神様。
いや神様がこいつだったらそれはおかしいな。そもそもこれって幸運というよりむしろ死にかけた不運と呼ぶべきじゃないだろうか・・・
しかし俺にそんな現実逃避の暇も与えず、ハルヒは俺の両肩をつかんで引き起こし、顔を真っ赤にしながら俺の顔を真正面から覗き込んできた。
ハルヒ、顔が近いぞ。
なんつーかその、落ち着かないじゃないか。
「よ、よく聞こえなかったわ、もう一度いいなさい!」
うそつけお前ちゃんと聞こえてただろ。驚きながらもなんかニヤニヤを必死に抑えてるのが丸わかりだぞ。
こっちはかなり恥ずかしいのだ。
それにさっきのは、別にまったくの嘘というわけではないかもしれなかったりするわけだが、緊急事態に対応するためあまりに要約しすぎて正確さを欠いた発言だったような気がする。
出来ればこのままなかったことにしてもらえると、俺としては大変ありがたい。
「主語をはっきりさせて! 誰が、誰を、何だって?」
・・・こいつは先の俺の発言をスルーするつもりなんてまったくないらしい。がっつり食いついてきましたよ。
自分の都合の悪いことにはまったく聞く耳を持たないくせに。
ああもうそんな期待いっぱいの表情で見つめないでくれ。
なんだかついうっかり普段とは違う発言をしたいような衝動が湧き上がってくるじゃないか。
その小銀河を満載して輝く瞳とか、うれしそうにつり上がった形のいい唇とか、真っ赤に染まったすべすべの頬なんかをこの至近距離で見てたら、とても冷静ではいられなくなってくるぞ。
さっきからやけに俺の鼓動が激しいのは、もしかするとまださっきの酸欠が続いてるのかもしれないな。
その割にはハルヒの顔の細部がやけにまぶしく浮かび上がって見えるんだが。
あー、なんだか調子狂うぜ・・・。
 
「ハルヒ、俺はお前が好きだ」
うお、考えがまとまるよりも先に言っちまったよ俺!
しかも今度はしっかりハルヒの目を見たままだ。あーついにやっちまった。今度こそなかったことになんかできないぞどうする?
しかしその一方、それで妙に落ち着いた自分もいて、ああやっぱりこれでよかったんだろうな、なんてことを考えてた。
誰がどう見たってこれは必然、この状況でそれ以外の答えなんてあり得ない。
そうだろ? もうこの期に及んでまで言い逃れなんてできっこないさ。
ああそうさ俺はハルヒが好きだとも。好きにきまってるじゃないか!
ほら、ハルヒの顔を見てみろよ、こんな最高にうれしそうなハルヒを間近で拝めるのなんて、きっと俺ぐらいなもんだぜ?
うん、きっとこれは全部ハルヒのせいだ。ハルヒがかわいすぎるのが悪いんだからな!
 
俺の中で何かが吹っ切れた、いや、壊れた。
 
もう一度言ってしまったからにはあとはもう同じことだ。
こうなったら全部ぶちまけてやるぜ覚悟しろハルヒ! お前をどう思ってるかなんて、一言じゃとても言い尽くせないからな!
「聞いてくれハルヒ。いつからそう思ってたのかは自分でもわからないんだが、俺はお前と一緒にいられるのがほんとに楽しいんだ。俺たちを引っ張りまわすお前のロケットみたいな猛パワーや、面白いことを求めて止まらないその好奇心が好きだ。どこから飛んでくるのかわからないその発想力も、何も恐れない大胆な行動力も、ひとかけらの曇りもない輝くような笑顔も、仲間を大事に思う優しい気持ちも、ときどき素直じゃなくて照れ屋なところも、急に不機嫌になるワガママさだって、いやそれだけじゃない、まだ俺の知らないお前の性格もあるだろうが、ハルヒのことなら全部好きだ。俺はお前の一番近くにいたいし、もっと一緒にいろんなことをして楽しみたい。ハルヒといっしょにいられるっていうこの世界一の特権を他の奴に譲るなんて断固お断りだ。いや実際はいろいろと厄介なことも多いんだが、お前の最高の笑顔を見られるならどんな苦労だってそれで十分に報われるさ。お前を悲しませたり泣かせたりしたくない、お前に笑顔でいてほしいんだ。周囲がお前の敵になったとしても、お前に何か困ったことがあったときでも、俺は絶対にお前の味方だ。いや、たしかにお前はいつも正しいわけじゃないかもしれないが、お前が周りに対してあまりにひどい迷惑を掛けそうになったら、俺がなんとかして暴走を止めてやる。だからお前はお前のままでいてほしい。俺はいつもお前を見てる。今だけじゃなくて、これからもずっとだ」
 
うわあああ恥ずかしい! 我ながら口の回りっぷりにびっくりだぜ。
ほらそこ、性格違うとか言うな!
とにかく俺はこのときは自分でもわけのわからないテンションでべらべらとしゃべっちまったんだよ! 悪いか!
さすがのハルヒもこれほどのこっ恥ずかしいセリフは予想外だったようで、真っ赤になって呆然と俺の顔を見つめていた。
「あ、あんたねえ・・・」
どういう表情をしていいかわからないといった様子で口を開けている。
ああ、こんなハルヒを見るのははじめてかもしれないな。そんなハルヒもかわいいぜ?
そのおかげで勢いづいちまった俺は止まらない。
 
ハルヒをできる限り優しく抱き寄せて言葉を続けた。
「ハルヒ、今まですまなかった。お前が言うとおり、こんなこともっと早く言うべきだったのかもしれないな」
ここまで来ると我ながらどこか狂ってしまったとしか思えないのだが、これが例の精神病の威力というものだろうか。
「俺は今まで、ハルヒといっしょにいられる毎日がこのままでも十分楽しいって思ってたんだ。お前がSOS団を作ってから、毎日これ以上ないくらい刺激的だったからな。ハルヒとそれ以上の関係になろうとすることで今の日常が壊れるかもしれない、って思うと怖かったんだ。俺は宇宙人でも未来人でも超能力者でもない、それどころか普通の人間として見ても、なんのとりえもない凡人だ。それにひきかえお前はすごい美人で勉強も運動も万能だし、普通のことなんてまったく求めちゃいない。それに恋愛や男にも興味ないようなこと言ってただろ? だから俺は、お前が俺に特別な感情なんてないんだって思ってた。いや、本当は自分で勝手にそういう言い訳をして逃げようとしてただけなんだろうな。それぐらい俺は臆病だったんだ」
「・・・バカ」
ハルヒが俺の胸に頭を押し付けたままで言った。ハルヒはいつの間にか俺の背中に手を回している。
言葉とは裏腹に、ハルヒの口調はちっとも厳しくなかった。
「ああ、そう言われても仕方ないな。なんだか過去の自分を蹴り倒してやりたい気分だ」
朝比奈さんなら時間遡行は可能かもしれないが、さすがにそんな私情のために使う許可は下りないだろう。それに、今の俺は未来の自分に蹴り飛ばされた記憶なんて持っちゃいない。
「ハルヒが俺にイライラしてたときの態度も、今になってみればぜんぜん不思議じゃないのに、俺はずっとそれに気付いてやれなかったな」
古泉にもあれだけ言われてたのにな。まあ、あいつの言葉は意地になって無視してたからな。
「ごめんな、ハルヒ。でももう逃げるのはやめにする。こんな俺でもよければ、付き合ってくれ」
 
しばらくそのまま動きを止めていたハルヒは、突然顔を上げた。瞳が濡れて輝いている。
「バカ、なにが『こんな俺でもよければ』よ!」
涙が残っているがハルヒは満面の笑顔だ。
「あんたじゃなきゃダメに決まってるじゃない! そんなことぐらいわかりなさいよ!」
そう言うとハルヒは、今度は自分からしっかりと抱きついてきた。
俺もハルヒを抱きしめる。
近いけどずっと遠くにいると思っていた、こんなふうに手が届くなんて考えてもいなかったあのハルヒが、今ここにいる。
ハルヒの柔らかいぬくもりを感じる。
あまりに幸せでどうかなりそうだ。できるならずっとこうしていたいぐらいだ。
 
時間の感覚は失われていた。長かったのかもしれないし短かったのかもしれない至福の瞬間。
その姿勢のまま、沈黙を破ってハルヒが言う。
「ねえキョン・・・だけど条件があるわ」
「何だ?」
ハルヒは再度顔を上げる。
「あんたがさっき言ったこと全部信じる。だから、ずーっとあたしと一緒にいなさいよ」
「ああ、そうするさ」
「どんな理由があっても、急にあたしの前からいなくなったりしたら許さないから。覚悟しなさい」
「わかった」
「それから、あのときみたいなケガや病気も二度としちゃダメよ」
ハルヒの言う「あのとき」が何を指しているかはすぐわかった。去年の12月、俺が3日間意識不明だったあのとき。
階段の件は実際には俺の過失じゃないとはいえ、ハルヒのトンデモ能力がある以上、この先も俺がなんらかの形で宇宙的未来的超能力的な危険に巻き込まれることがないとは言い切れない。
しかし、仮にそうなったとしても、だ。
「ああ、ハルヒがそう思ってくれるなら大丈夫だ」
そう、ハルヒが願うならきっとなんとかなるさ。
いやハルヒだけじゃない。いざというときには協力してくれる大事なSOS団の仲間たちもいるんだからな。
「約束して」
「約束する」
俺がそう言うとハルヒは心持ち顔を上に向け、すっと目を閉じた。
まるでそうするのが当然というように。
このハルヒの魅力に抵抗できる奴なんて、宇宙中探したっていやしないだろう。
俺は右手を優しくハルヒの頬にあてて、ゆっくりと自分の唇を近づけた。
 
二度目の、ただしこの世界でははじめてのキス。
 
どれだけ経っただろうか。唇を離したハルヒは、満ち足りた、とても幸福そうな微笑を浮かべていた。
いつもの100Wの笑顔とは違った、まるで包み込むような笑顔だ。
ハルヒ、お前こんな表情もできたんだな。はじめて知ったぜ。
「そうね、仕方ないから今回に限って、今までの遅れは許してあげるわ。あたしの寛大さに感謝しなさい」
「はいはい。光栄ですよハルヒ様」
俺も今きっと笑っているだろう、と思う。
ハルヒは、俺がこの先一生忘れることはないだろうと思える美しい笑顔で言った。
「あたしも、キョンが好き」
 


 
名残惜しいが、そろそろ活動時間終了の時間だ。いつまでもここにいるわけにもいかないだろう。
しかしその前に、一つ思いついたことがある。
「なあ、ハルヒ」
「なあに?」
「明日、指輪を買いに行かないか?」
ほんとはハルヒに俺が贈った指輪をつけてほしいって思っただけなんだが、まあ、せっかくだからペアなんかもいいかなと思うのだ。
まだ高校生なんだからそんな高価なものはとても無理だが、記念みたいなものがあってもいいんじゃないか?
「もう、何言ってるのよキョン。そんなのダメよ」
え、あれ、何かまずかったか? 喜んでくれるかと思ったんだがな。
予想外の答えに若干うろたえた俺に、ハルヒはまぶしい笑顔で人差し指をつきつけて、こう宣言した。
「明日じゃなくて、今から行くに決まってるじゃない!」
 
おしまい