告白の翌日 (86-711)

Last-modified: 2008-04-14 (月) 23:33:00

概要

作品名作者発表日保管日
告白の翌日86-711氏08/04/1208/04/14

 

作品

昨日、涼宮さんとキョンくんがお付き合いをはじめることになりました。
放課後部室で二人きりのときに、キョンくんが涼宮さんに告白したんです。
長門さんと古泉くんとあたしは、別の部屋から【禁則事項】を使ってお二人の様子を見守っていました。
覗き見するみたいでちょっと気が引けるんですけど、これはあたしたちにとってもすごく重大な出来事ですからね。見逃すわけには行きませんよね。
 
キョンくんの告白は、なんだかこっちが恥ずかしくなるぐらい、それはもう熱くて甘い告白でした。
真剣だけど優しい表情のキョンくんとか、うっとりした涼宮さんとかもう、すごくかわいかったですよ~。
キョンくんにあんなに言ってもらえて、幸せそうな涼宮さんがちょっとうらやましいなぁ、なんて思ってしまったことはヒミツです。
あ、いえ、誤解のないように言っておきますけど、あたしたち、別に興味本位で見てたわけじゃないですからね。
二人のお付き合いは未来の世界にも大きく影響しますし、古泉くんや長門さんももちろんお仕事上の必要があったんですよ?
 
まあとにかく、あのお二人が素直になってお付き合いをはじめるのは、あたしたちにとってもすごくうれしいことです。
それぞれの立場からしてもそうなんですけど、それ以上に、友達として、お二人には幸せになってほしいですからね。
 
涼宮さんとキョンくんは、昨日はそのままペアリングを買いに行ったんです。
今朝になって、お二人が指輪をしていっしょに登校してきたときはもう大騒ぎでしたよ。
3年のあたしたちのクラスでさえ、「あの」涼宮さんと団員その1くんがようやく正式につき合いだした、いやいやどうやらもう婚約してるらしい、なんて話題でもちきりだったんですから。
鶴屋さんもすごくうれしそうに、「いや~これはめでたいねっ。二人のお祝いのパーティーでもしなきゃいけないかなっ?」なんて言ってました。うん、それもいいかもしれませんね。
でも「ひょっとしてみくるは、キョンくんを取られちゃって残念だったにょろ~?」って、鶴屋さんにからかわれちゃいましたけど。
べ、別に、あたしはそんなんじゃないんだけどなあ・・・。
たぶん・・・。
 
放課後になるとあたしは急いで文芸部室に向かいました。鶴屋さんもいっしょです。
だって涼宮さんとキョンくんが今日どんな様子で登場するか、すごく楽しみじゃないですか。
長門さんと古泉くんはあたしたちよりも早く部室に到着していました。
いかにも当たり前のような顔をしてますけど、どうやってこんなに早く来れるんでしょうかこの人たちは。
鶴屋さんは長門さんと古泉くんに楽しそうに挨拶しています。
「今日はハルにゃんとキョンくんにおめでとうって言いに来たんだよっ。ここまで長かったからね~。古泉くんの苦労もようやく報われたねっ」
鶴屋さんの言うとおり、古泉くんはいつもいろいろと気を使ってくれてましたからね。
・・・もしかすると涼宮さんはあまり気付いてなかったのかもしれませんが。
古泉くんも気が緩んだのか、「いや大変でしたよ」などといつになくしみじみと語っています。こうしてみると古泉くんって苦労人ですよねえ・・・。
 
そうこうするうちに、ノックの音が聞こえました。古泉くんはここにいますから、ノックしたのは当然キョンくんですよね。
「ひゃ~い、どうぞ~」
みんなの期待の目が扉に集まります。
・・・扉を開けたキョンくんの後ろには、やっぱり笑顔の涼宮さんがいました。
手をつないだりはしていませんでしたが、二人でいっしょに来たんですね。
「こんにちは」と言いながらキョンくんは、ちょっと照れたような顔をしています。その手には例の指輪が光っていました。
涼宮さんは、そんなキョンくんを押しのけるように部室内を見回して、「もうみんなそろってるのね」と言ったかと思うと、そのまま挨拶もなしにずんずん入ってきて長机に飛び乗りました。
そしてあたしたちがおめでとうを言う暇も与えず、いつもの大声で快活に宣言したんです。
「あたしとキョンはつき合うことになったわ! みんなよろしくね!」
ふえ~、机の上から宣言する人なんて、あたしはじめて見ました。
あたしたちの先手を打ってくるとはさすが涼宮さんです。
 
涼宮さんはそのまま続けます。
「でも安心して。団長たるあたしは、SOS団の活動を少しだっておろそかにするつもりはないわ! もちろんキョンもよ。だからSOS団の活動はこれまで通り、全力で継続します!」
それを聞いたあたしは、なんだかうれしくなって、思わず笑ってしまいました。だって、あまりに涼宮さんらしいじゃないですか。
きっと涼宮さんは、何よりも先にそれが言いたかったんでしょう。
このSOS団を大事にする気持ちに変わりはないって。
「涼宮さん、おめでとうございます」
みんなの祝福を受けながら、涼宮さんは机の上で得意そうに胸を張っています。もちろん満面の笑顔ですよ。
鶴屋さんは大喜びで、「いよっ! さすがハルにゃん! おめでとうだよっ!」と言って手をたたいていました。
キョンくんの方を見ると、ちょっと困った苦笑いのような、でも優しい顔をして涼宮さんを見上げています。
それはキョンくんが涼宮さんにしか向けたことのない、そしてこれからもきっと涼宮さん以外の女の子には絶対に向けることがない表情です。
もちろんあたしにも。
・・・やっぱりちょっと妬けてしまうかも。
 
あたしたちはそれから涼宮さんとキョンくんを取り囲んで、指輪を見せてもらったり、昨日の様子を少しだけ教えてもらったりしました。
「キョンったら、ずーっとあたしのことが好きだったくせに、昨日になってようやく告白したんだから」
「なっ、そ、それはお互い様だろうが。それにそのことはもう昨日許してもらったはずだろ」
はいはい、ごちそうさまです。
赤くなってるキョンくんはかわいいですね~。
二人を見守ってる古泉くんも、今日は心からうれしそうな様子でした。
長門さんは・・・えーと、表情だけ見ればいつもどおりでしょうか。うーん。
それともひょっとして、なんとなく寂しそうな顔をしてるのかなあ?
キョンくんならもっとちゃんとわかるのかもしれないですけど。
 
鶴屋さんがいろいろ質問してたんだけど、涼宮さんもキョンくんも、キョンくんの告白の言葉だけは恥ずかしがって教えてくれませんでした。
実はあたしたち3人はもう知ってるんですけどね。二人ともゴメンなさいね。
 
ひとしきり話が終わると鶴屋さんは、「今日は二人のお祝いを言いに来ただけさっ」と言って、みんなに手を振りながら風のように去っていってしまいました。
みんなにお茶をいれようと思ったところだったんですが。
あ、でも今日あたしはまだいつものメイド服に着替えていません。着替えた方がいいでしょうか?
あたしがそう言うと、キョンくんと古泉くんは自主的に部屋を出てくれました。
 
部室に残ったのは涼宮さんと長門さんとわたしの3人です。
さっそく着替えようとすると、「待ってみくるちゃん」と涼宮さんに止められました。
「みくるちゃんと有希に話があるの」
「はあ、なんでしゅか?」
「・・・」
長門さんは無言で涼宮さんを見ています。
「・・・あのね」
涼宮さんは、珍しいことですが、少し俯いて言いにくそうにしていました。
「・・・あたし、みくるちゃんと有希が、キョンのこと好きだったんじゃないかと思うの」
「!」
 
驚きました。
涼宮さんにバレてたなんて。
そしてそのことを、涼宮さんがこうして口にするなんて。
あたしの気のせいかもしれませんが、長門さんもほんの心持ち驚いているように見えます。
 
涼宮さんはあたしたちの沈黙を肯定と受け取ったようで、さらに言葉を続けます。
「あなたたちには悪いと思ってるわ。あたしだけが抜け駆けしたみたいに、キョンとつき合うことになって」
「涼宮さん・・・」
しかし――と、わたしは心の中で考えます――涼宮さんがそう思う必要はありません。
涼宮さんは知らないけど、あたしも、そして多分長門さんも、そもそもキョンくんとお付き合いすることはできないのです。
そうすることは、あたしたちがここに来た理由そのものに反する行為だから。
 
いえ、それだけではありません。
もし仮に、許されないことですが、あたしが先にキョンくんに告白していたとしても、きっと彼は涼宮さんのことを思ってあたしを振っていたでしょう。
長門さんでもそう。
キョンくんは決して口には出しませんでしたし、涼宮さんは気付いていなかったのかもしれませんが、実際はすでにずっと前からもう勝負は決まっていたのです。
 
涼宮さんは顔を上げて、私たちを見つめます。
「でもあたしはもうキョンを離すつもりはない。これだけは譲れないの」
「ごめんね、みくるちゃん、有希」
それはほんとに予想外の言葉でした。
そこには涼宮さんの、あたしたちに対するまっすぐな誠実さが込められていました。
 
でも、涼宮さんが謝る必要なんてどこにもありません。
あたしは声も出せず、首をふるふると横に振るだけで精一杯でした。
「・・・いい。あなたが謝る必要はない」
あたしより先に、長門さんが口に出してくれました。
そう、長門さんの言うとおりです。
恋人を譲れないなんて当たり前のこと。涼宮さんは何も悪くないんです。
 
あたしも長門さんも、本当はこの時空にいるのはイレギュラーなんです。
あたしたちがここにいて、そしてキョンくんに出会うことができたのも、涼宮さんがいるから。
だから、全部あなたのおかげなんです。
そう口にできないのがもどかしい。
いつだってあたしは、本当のことを伝えることができないんです。
キョンくんにも、今の涼宮さんにも。
 
涼宮さんは、言葉を続けます。
「あたしね、・・・あたしがキョンとつき合うことで、今のみんなの関係が壊れてしまうのが怖いの」
涼宮さんはもしかすると、中学時代のことを思い出していたかもしれません。
あのとき彼女は、たった一人孤立していたはずです。
「みくるちゃんや有希が、ここから離れてしまうかもしれないって思うと怖い」
でも今の涼宮さんは、あたしたちを仲間として受け入れてくれています。
「あたしはそんなのは絶対にイヤ」
そしてあたしたちを失いたくないと。
 
あたしが考えている間にも、涼宮さんのストレートな言葉はあたしの胸に飛び込んできます。
「あたしは、みくるちゃんも有希も好き」
あたしは、あたし自身は、涼宮さんがキョンくんとつき合うからといって彼女に腹を立てたりしているでしょうか。
彼女に対して冷たい気持ちを持っているでしょうか?
・・・いいえ、決して。
涼宮さんがあたしたちを信頼してくれる、その思いを誰が裏切りたいなんて思うでしょう。
「だから、身勝手かもしれないけど、お願い。これからも友達でいて」
その言葉には、かつてのような一方的な宣言とは違って、涼宮さんの本当の思いがあふれていました。
 
「涼宮さん、・・・うっ」
なぜだか知らないけど、涙がこぼれてしまいます。
涼宮さんの言葉で、はっきりとわかったんです。
 
 あたしはキョンくんが好き。
 でも、あたしは涼宮さんには絶対に勝てない。涼宮さんはこんなに強くて優しい人だから。
 
 そしてあたしは涼宮さんが好き。
 怒ったり笑ったりして、恋をして、あたしたちといっしょにいる、この涼宮さんが。
 あたしがここに来たのは任務のためだけど、これだけはあたしの本当の気持ち。
 
だから、伝えなくては。
 
「涼宮さん、あたしも、涼宮さんが好き!」
あたしはいつも本当のことを言うことができないけど、せめて、今だけは。
「ずっと友達でいてくだしゃい!」
たとえあたしがいつかもとの時間へ帰らなくてはならないとしても。
 
涼宮さんは、泣いているあたしの手をとって、そっと肩を抱いてくれました。
「ありがとう、みくるちゃん」
 
あたしが落ち着くのを待って、長門さんが口を開きました。
「わたしも、あなたたちと共にいる。あなたが望む限り、わたしは決して離れない」
明らかに意志のこもった、はっきりとした口調でした。
 
長門さんがキョンくんのことをどう思っているのか、そしてそのことで涼宮さんやあたしに対してどういう思いを持っているのか、その本当のところはあたしにはわかりません。
でも、きっと長門さんはキョンくんが好きだったんだろうと思います。
純粋に、一途に彼のことを想っていたんじゃないかと。
それでも長門さんは、涼宮さんから離れないと言いました。
長門さんがそう言うのなら、彼女はきっと全宇宙を敵に回してもその言葉通りにするでしょう。
きっとそれは、義務や役割ではなく、涼宮さんに対する長門さんの気持ちなんだと思います。
 
「ありがとう、有希」
それは涼宮さんにも、十分伝わったでしょう。
 
涼宮さんはもとの晴れ晴れとした笑顔に戻りました。やっぱり涼宮さんには笑顔が似合います。
「あたし、あなたたちに出会えてほんとによかった! みくるちゃん、有希、これからもよろしくね」
「あ、あたしの方こそでしゅ」
「・・・」
長門さんは無言で頷いています。
そして涼宮さんは、ちょっと冗談めかした口調で続けます。
「だけどさっきも言ったとおり、キョンだけは渡さないわ! キョンにちょっかいかけたりしたら、あなたたちでも容赦しないからね!」
ふふ、最後はノロケですか、もう。熱々ですね。
「じゃ、この話は終わり。キョンたち呼んでくる! あ、みくるちゃんはもう今日は着替えなくてもいいわ」
涼宮さんはそう言って、気がついたときにはもう部室を飛び出していました。
 
こうして、あたしたちの関係は少しだけ新しくなりました。
あたしの密かな恋は破れてしまったけど、あたしはみんなと一緒にいられる日々が少しでも長く続くことを願っています。