概要
作品名 | 作者 | 発表日 | 保管日 |
MASAYUME | 78-216氏 | 08/01/27 | 08/01/27 |
MASAYUME - Prologue
その空間は、どちらが前後上下左右とも付かない、不可解な場所であった。そう、喩えて言うならば、放送時間終了後テレビの砂嵐画像の中にでも放り込まれたかのような、とでも表現すべき世界の中で、二人の少女らしき影が対峙していた。
「あーあ、やっぱりあなたに見つかっちゃったかあ。流石は長門さんね」
「……朝倉涼子。なぜここに?」
朝倉涼子は、両手を長門有希に向けてひらひらと振り、
「うん。今ここであなたと争うつもりは無いわ。どのみち、わたしには自動的な情報結合解除指定が遅延設定されてるから、そう長くは居られないの。ここに来たのだって、上から後始末を頼まれただけ」
と、間合いを詰めようとする長門有希を制する。
「涼宮ハルヒへの干渉は危険。リスクが高過ぎる」
「ええ。解ってるわ。でも、まだわたしたちの中にも、あきらめが悪い連中がいて、そいつらが勝手になんか始めちゃったの。わたしはそれを止めに来たつもりだったけど、ほとんど無駄足だったかもね」
腕を後ろに組んで、朝倉涼子は長門有希の方にくるりと背を向けた。
「心配しないで。今回の件で発生した情報デブリは、ちゃんとわたしが完全消去しておいたから、涼宮さんには何の影響も残らないはずよ」
長門有希は、その闇色の瞳を相手に固定したまま、はっきりとした口調で告げる。
「そういう意味ではない」
「えっ?じゃあ、どういうことかしら?」
「『あなた』がここに来たこと、それ自体が問題」
朝倉涼子は、再度長門有希のほうに向き直る。僅かに困ったような表情。
「気にし過ぎじゃあないかしら?わたし自身は、彼女の意識下の閾域レベルを超えるような部分には、一切踏み込んでないもの」
「人間の無意識というものを過小評価すべきではない」
朝倉涼子は、ふうっ、と溜息をついて、長門有希に笑いかける。
「大丈夫だと思うけどな。まあ、いざとなれば、長門さん、あなたに任せるわ」
「彼女に対しての直の情報操作は現在封印中」
「へえ、知らなかったわ」
「…………」
無言で答える長門有希に対し、朝倉涼子は少しいたずらっぽく尋ねた。
「この前のこと、気にしてるの?それか、ひょっとして、涼宮さんに情が移っちゃったのかしらね」
くすくす笑いながら朝倉涼子は続ける。
「ただの観測対象に、それはないか。そもそも、涼宮さんは『彼』との恋敵みたいなもんだしね」
「そうではない」
「あはは。照れ隠しなんかしても無駄」
長門有希は、自信に満ちた口調で、はっきりと答える。
「涼宮ハルヒは、わたしのことを『大切な仲間』だと認識している。その思いは、わたしも同様」
朝倉涼子は、一瞬目を丸くした。直後、その表情が僅かに緩む。
「――まあ、いいんじゃない。そういうの悪くないと思うな、わたしも」
何も言わない長門有希に対して、朝倉涼子は韜晦するように小さく呟く。
「正直、羨ましいわね、涼宮さんが」
しばらくして朝倉涼子の身体が発光し始めた。やがて周囲の空間にじわじわと溶け込むように、その姿が薄れていく。
「そろそろタイムリミットかあ。ま、もう一度あなたと話が出来て、わたしは嬉しかったから。……じゃあね」
淡い光と共に、朝倉涼子は、その存在を完全に消失させた。
長門有希は、しばらく立ったままで、朝倉涼子が立っていた辺りを見ていた。
空間が揺らぎ、一瞬消滅した。
再度現れたダークゾーンには、もう誰の姿も無かった。色彩も音も無い世界。
そこにあるのは『怒り』でも『不満』でもなかった。全てのエネルギーと安定を失った世界は、やがて、何かに吸い込まれるかのようにその大きさを縮めると、跡形も無く消し飛んでしまった。