武田家
神仏を尊ぶ武田晴信は常日頃から
出家したいと考えていたが
なかなか踏み切れずにいた
晴信は悩んだ末に
学問の師である岐秀禅師に
相談をもちかけた
岐秀
晴信殿がわざわざお呼びとは
よほど重要なことでございましょう
いかなる御用ですかな?
武田晴信
岐秀禅師のもとで学ばせていただいてから
わしは森羅万象に関わる様々な
ことを知りました
武田晴信
つきましては仏門に入り
学問の道に励みたいと思っております
岐秀
……ほう、仏門に入ると
武田晴信
しかしながら、出家したいと思う一方で
軍を率いて版図を広げたいという思いもある
この悩みゆえ岐秀禅師をお呼びした次第です
岐秀禅師はふと、庭先に視線を移した
晴信もそれにならう
しばしの沈黙のあと、岐秀禅師はつぶやいた
岐秀
さすれば剃髪の儀を行って形は僧となり
今までどおり戦いを続ければよいのでは
ありませんか?
武田晴信
……半僧半俗ということですか
岐秀
何も俗世を完全に捨て仏門に入らねば
修行に励めぬということもありますまい
岐秀
今の晴信殿にとって肝要なのは
より高みを目指す志かと思います
武田晴信
……なるほど
そういう考え方もありますな
岐秀
しかし、晴信殿が寺社を擁護するのを
快く思わぬ者もいると聞きます
岐秀
家中の方々は出家など承諾するで
しょうか?
武田晴信
……それに関してはいささか考えが
ございます
それから数日後
晴信は、家中の重臣たちを集めた
飯富昌景
御館様、本日は一体いかなる御用で
ございますか?
武田晴信
突然だがわしは出家したいと思っている
そこで皆の意見を聞きたいと思い
集まってもらった
飯富昌景
い、隠居なさるのですか!
武田晴信
まことに御仏にこの身を捧げるのであれば
それが最も良いかもしれぬな
晴信の言葉に、家臣たちは驚愕した
そんな中、昌景がかろうじて声を出す
飯富昌景
今、御館様が隠居なさっては
武田の家はもちませぬ
なにとぞ、ご再考を!
武田晴信
……ふむ
おぬしらがそこまで申すのであれば
こたびは剃髪の儀を行うに留めておこう
飯富昌景
それを聞いて安心いたしました
やはり御館様あっての武田家に
ございます
こうして晴信は言葉巧みに自らの出家を
家臣たちに承諾させたのであった
間もなく、晴信の剃髪が行われ
信玄という法名を授かった晴信はさらに
天下統一の志を強くするのであった
その他の大名家
武田晴信が岐秀禅師の導きで
剃髪の儀を終え、信玄と号しました