全大名家
豊臣秀吉亡き後
五大老の筆頭である徳川家康は
徐々に天下取りへの野望をあらわにしていく
秀吉が設けた、私的婚姻禁止の掟を破り
有力大名との縁組みを進めていった
これに対し
豊臣恩顧の大名である石田三成は
残る五大老と五奉行の連名で問罪したが
家康は、一時の失念であるととぼけ
罪を認めようとしなかった
同じ五大老の前田利家が没すると
いよいよもって、専横に拍車がかかる
そんな中、家康に対抗するため
会津の大名・上杉景勝が
軍備増強の動きを見せた
上杉に叛意あり
家康は諸大名に
上杉討伐の命を下したのであった
越前の大名・大谷吉継は
家康の上杉討伐に加わるため
江戸へと向かう途中
親友である石田三成の居城
佐和山城に立ち寄った
大谷吉継
家康殿が上杉討伐の命を下したぞ
石田三成
そのことなら、聞き及んでおる
大谷吉継
ならば、話が早い
大谷吉継
誰かお主の一門の者を
上杉討伐に参加させるのだ
大谷吉継
家康殿と、うまくいっておらぬだろ?
この機に、仲を修復しておくのも
悪くなかろうて
石田三成
刑部の心遣いには感謝する……が
その必要はあらず
石田三成
我はこれより、家康に対し挙兵いたす
大谷吉継
なっ、それは余りにも無謀ぞ、三成!
大谷吉継
お主の太閤殿下への忠義はよくわかるが
世の流れは家康殿に傾いておる
大谷吉継
それが、わからぬお主でもあるまい
石田三成
確かに刑部の言うとおり
流れは家康に傾きつつある
石田三成
だからこそ、この機を逃してしまっては
家康を討つことが、かなわなくなる
大谷吉継
考え直すのだ、三成
お主も家康殿の恐ろしさを
わかっておろう
大谷吉継
そもそも、お主と家康殿とでは
兵力に差がありすぎる
大谷吉継
更に言えば、戦の経験でも
お主は家康殿に大きく劣る
これでは万に一つも勝ち目はない
石田三成
それなら、心配に及ばず
石田三成
すでに、安国寺恵瓊が働きかけ
毛利輝元殿に我らの大将として
大坂城に入ってもらうこととなった
石田三成
他にも、島津や宇喜多、小早川といった
大名が我が方に加勢してくれるとのこと
石田三成
それに、戦の采配はそれがしではなく
ここにおる左近が執る
石田三成
左近の力は
お主も十分にわかっておろう
通称「左近」と呼ばれる島清興
三成に過ぎたる者とうたわれた
希代の軍略家である
三成は左近を配下にするために
己の知行の半分を提示して
召し抱えたという
島清興
非才の身なれど、家康に負けぬよう
我の持つ軍略の限りを尽くしまする
石田三成
これなら、家康を倒すこともできよう
どうじゃ刑部
お主も我が方に付いてくれぬか?
大谷吉継
…これ以上諫めたところで
お主の気持ちは変わらぬのであろう
石田三成
全ては義のためじゃ
大谷吉継
わかった、お主の力になろうではないか
石田三成
ありがたい
戦上手の刑部が味方とあらば
我らの勝ちは決まったも同然
石田三成
左近よ、さっそく家康打倒の策を考えよ
島清興
ははっ、かしこまりました
大谷吉継
(三成よ
毛利や島津もお主のためには
心から戦ってはくれぬであろう)
大谷吉継
(そのような結束で
あの家康殿に勝つことなど
夢のまた夢)
大谷吉継
(そんなお主にワシがしてやれるのは
親友としてお主のために
死ぬことくらいだ…)
細川家
上杉討伐に向け軍を進めていた家康の元に
三成決起の知らせが入る
三成は佐和山城にて挙兵すると
家康に付き従い進軍中である大名の
その奥方たちを人質に取ろうとした
それに頑なに抵抗し
悲劇的な最期を遂げたのが
細川忠興の妻である玉子であった
玉子は熱心なキリスト教信者であり
ガラシャという洗礼名を拝受していた
小笠原秀清
奥方様、石田三成の手の者に
屋敷を囲まれておりまする
小笠原秀清
これは、いったい!?
明智玉子
三成殿は、私を人質とする気でしょう
明智玉子
徳川殿につくであろう忠興様の
動きを封じるために
小笠原秀清
三成め、なんと卑劣な!
小笠原秀清
…ですが、この状況では
もはや降伏する以外に道は……
小笠原秀清
我らだけでしたら、最期まで戦い抜き
細川の誇りを見せつけてやる
所存でありますが
小笠原秀清
奥方様にもしものことがあっては
殿に合わせる顔がありませぬ
悔しいことではありますが、ここは……
明智玉子
よいのです
明智玉子
心優しき忠興様のこと、私が捕らわれて
しまっては、きっと、家康殿に誠心誠意
尽くすことができなくなるはず
明智玉子
そうなっては、忠興様の立場も苦しくなり
ひいては細川家の存続も危うくなりましょう
明智玉子
逆臣である明智光秀の娘である私を
あの方は離縁もせず
ただただひたすらに愛し続けてくれました
明智玉子
もう、それだけで十分……
小笠原秀清
……奥方様
明智玉子
秀清、ひとつ頼みがあります
明智玉子
私はキリシタン故に
自害できませぬ
明智玉子
そなたの槍で私の胸を突いて欲しいのです
小笠原秀清
そんな!
それがしにはできませぬ!!
明智玉子
忠興様の重荷には、なりたくないのです
小笠原秀清
で、ですが……
明智玉子
私の最初で最後の頼みです
そなたには辛い思いをさせてしまいますが
どうか、どうか……
小笠原秀清
……か、かしこまりました
明智玉子
ありがとう、秀清の忠義
たとえこの身が無くなろうとも忘れませぬ
明智玉子
ちりぬべき 時知りてこそ 世の中の
花も花なれ 人も人なれ
明智玉子
忠興様、先に参ります
明智玉子
玉はあちらの世で
忠興様がいらっしゃる日を
いつまでもお待ちしております
明智玉子
秀清、お願いします
小笠原秀清
くっ……御免!
最後に玉子は
慈愛に満ちた聖母のような
笑顔を見せたという
小笠原秀清
皆の者、屋敷に火を放て!
奥方様を三成の手に渡してはならぬ
小笠原秀清
かくなるうえは、三成の手の者を
一人でも多く道連れにするのだ!
細川の意地、しかと見せつけよ!!
小笠原秀清
(奥方様ひとりに寂しい思いはさせませぬ
すぐに後を追いますので
しばしお待ちくだされ)
三成、挙兵の知らせを受けた家康は
上杉討伐に従軍している諸大名を集め
下野国・小山にて評定を開いた
徳川家康
先ほど、上方にて石田三成が
挙兵したとの知らせがござった
徳川家康
皆様方の中には、妻子を大坂にて
人質に取られているものもあるであろう
ご心中お察し申す
徳川家康
思うところあらば
早々にここの陣を引き払い
大坂に戻られるとよかろう
徳川家康
石田方として
次は戦場で相対することになろうと
この家康なんら恨みに思うことはあらず
徳川家康
道中の安全に関しては、補償いたす故
戻らんと思う者は遠慮なく申し出られよ
諸大名が沈黙をする中
尾張の大名である福島正則が立ち上がった
福島正則
何をおっしゃいます
それがしは家康殿にお味方いたしますぞ!
福島正則
こたびの三成めの挙兵
決して秀頼様のご意志にあらず
福島正則
己の野心を抑えられぬ故の所業
断じて許すわけにはいかぬ!
黒田長政
我も家康殿にお味方いたす
三成こそ、天下に仇なすものなり!
黒田長政
幼い秀頼君のご威光を
己の欲望のために利用するとは
言語道断である!
細川忠興
家康殿、それがしに我が妻玉子の無念を
晴らさせてくだされ!
細川忠興
三成めの首、必ずやこの忠興が
上げてみせましょうぞ!!
山内一豊
それがしも家康殿にお味方いたしますぞ
山内一豊
我が城は、東海道にあります故
進軍する際には、存分にお使いください
徳川家康
ご助力かたじけない
この家康、皆々方への恩は決して忘れぬ
徳川家康
三成を討ち果たした暁には厚く報いる故
どうか力を貸してくだされ
家康は上杉景勝への備えを
伊達政宗をはじめとする
東北の諸大名に託すと
三成と雌雄と決するべく
軍を西へと進めるのであった
真田家
家康率いる本隊は東海道を
息子の秀忠率いる別働隊は中山道を
進むこととなった
上田城主・真田昌幸が別働隊に合流するため
軍を進めていると
下野国・犬伏に差し掛かった辺りで
三成からの密書が届いた
真田幸村
父上、三成殿はなんと?
真田昌幸
上方にて家康打倒の兵を挙げた旨
太閤様の御恩を忘れてなくば
秀頼様に忠節を誓えとのこと
真田昌幸
秀頼様への忠節と書かれてはいるが
要は己の陣営に味方せよとのことじゃな
真田昌幸
さて、いかがしたものか……
そなたはどう考えるか、信幸?
真田信幸
それがしは
家康殿にお味方するべきかと存じます
真田信幸
家康殿は今、飛ぶ鳥を落とす勢い
これに逆らうべきにあらず
真田信幸
戦上手で名将と呼ばれる家康殿では
いくら他の大名が束になってかかろうとも
敵いますまい
真田昌幸
そなたの妻の小松殿は
本多忠勝殿の娘で、家康殿の養女でもある
真田昌幸
やはり、義父に対しての
恩は断ち切れぬか?
真田信幸
はい
真田昌幸
源二郎、そなたはどうじゃ?
真田幸村
それがしは、三成殿にお味方いたす
所存にございまする
真田幸村
家康殿が秀頼様を蔑ろにしておるのは事実
豊臣に恩を受けた身としては
三成殿を助けるのが筋かと思いまする
真田昌幸
源二郎の妻は大谷刑部殿の娘であるが
この書状によると刑部殿は
三成殿に付くそうじゃ
真田幸村
ならば、それがしも義父に対しての恩を
断ち切るなどできませぬ
真田昌幸
我が息子たちながら、義理堅きこと
真田信幸
父上はいかがいたしまするか?
真田信幸
三成殿と父上は義兄弟の間柄
やはり、源二郎と同じく三成殿に?
真田昌幸
わしも三成殿に付く気でおる
真田昌幸
だが、これは義兄弟の間柄で
あるからだけではないぞ
真田昌幸
こたびの戦い
真田家にとって領土を広げる
またとない機会
真田昌幸
書状によると三成殿が勝利した暁には
甲斐、信濃を我が真田家に与えると
書かれておる
真田昌幸
これに乗らぬ手はあらず
真田昌幸
どうじゃ、信幸
そなたも乗ってみぬか?
真田幸村
一緒に戦いましょうぞ、兄上
真田信幸
父上、源二郎……
真田信幸
申し訳ありませぬが
やはりそれがしには
家康殿を裏切ることはできませぬ
真田昌幸
あいわかった
真田昌幸
信幸は最後まで家康殿に
忠節を尽くすがよい
真田昌幸
父と子が敵同士となるのは辛きことだが
この戦、どちらが勝利しようとも
我が真田の名は残る
真田昌幸
家のためには
かえって好都合ともいえよう
真田昌幸
信幸よ、これより我らは上田城に戻る
我らのこと、そなたの口から
家康殿に伝えるのだ
真田昌幸
次に親子が相まみえるのは戦場やもしれん
そのときは、お互い死力を尽くして
戦おうぞ
真田信幸
ははっ、父上、源二郎
これが今生の別れでござる
然らば、ごめん……
こうして真田家は
それぞれ家康方と三成方に
分かれて戦うこととなった