埠頭から赤煉瓦の倉庫を抜けて、鎮守府宿舎に向かう道の外れに鳳翔さんの店がある
出撃から帰ってきて入渠をおえた艦娘達や非番の子達で、いつも賑わっている
その日は出撃を終えた気軽さと緊張感から解放されたい気持ちで鳳翔さんの店に入った
...
あら、いらっしゃい いつもの鳳翔さんの優しい声が聞こえた
わたしは こんばんは と、いいながら、奥のテーブルに付いた
ひとりの時は、ここが妙に落ち着くお気に入りの場所だ
ちょっと考えてから、アペリティーヴォとアンティパストを頼んだ
…
今日は静かだな… いつもだと、お店のあちこちで笑い声がするのに・・・
気が付いて、あたりを見回すと、カウンターに1人とわたしだけだった
カウンターには、大きな背中の男性が座っていた
ぼんやり眺めながら、背も大きいな、と、思った
その時、突然、その背中の大きい客が
「ママ 砂肝と軟骨、それと生お代わり」 と、大きな声で言った
大きな声の割に、妙に優しげな声音がミスマッチな感じがした
…
お待ちどぉさま~ 鳳翔さんが生ビールを男の前に置いた
男は、待ち遠しげにビールを握ると、グビリグビリと、音を立てて飲んだ
飲むというより、その太ったお腹に流し込むようだった
…
わたしは、速吸さんから補給を受ける長門さんを思い出して、クスっと笑った
どうして、この店に・・・
ここは鎮守府内なので、外部の人が訪れるのは珍しい
わたしは、背中の大きな男に、ちょっとした興味を持った
…
くたびれたブカッとした紺色の背広
靴の踵は、外側がかなりすり減っていた
椅子からはみ出しそうなお尻
隣の椅子に黒い皮鞄が置いてあった
これもかなりの年代物だ
鎮守府にいそうもないこの男は一体何者だろう・・・
わたしはアペリティーヴォを飲みながら、観察してみる気になった
男は軟骨をコリコリ音を立てながら食べた
串に刺さった軟骨を1口で2個ほど齧りながら、ビールを飲む
軟骨と砂肝を交互に齧る
ビールを飲む度、フォーっと唸り声に似た息を吐く
牛みたいだな・・・
わたしはいろいろな可能性を考えてみた
...
海軍軍令部から来た軍関係者
鎮守府関係者
提督の知り合いか
セールスマン・・・ なにか鎮守府に売り込みに来たのか
鳳翔さんの彼氏... これはないな
その時 誰かがわたしの頭の中で囁いた
スパイっ!
ハッとした。 スパイ!
深海のスパイかっ・・・
わたしはこの考えに憑り付かれてしまった
…
「ママ 砂肝 軟骨 ハツ! 生 お代わり」 突然 男が大声で言った
はぁーい 鳳翔さんが、それに答えた
「ところでママ ここで一番強いのは誰なの?」 男が聞いた
そうねぇ… 那智さんはかなり強いわよ。 鳳翔さんが砂肝を焼きながら答えた
「ほう そんなに強いの?」
強いわねぇ わたしもビックリしちゃうくらい。
それから男は酔いの回った饒舌さからか、鳳翔さんにいろいろ話しかけた
わたしは、そのやり取りをハラハラしながら聴いていた
鳳翔さん その男 スパイよ! 喉から出そうになった声を、やっと押し殺した
…
ここに伊良湖酒保 あったよね? どこにあるの? 男が聞いた
伊良湖食堂ね あるわよ? 鳳翔さんが答えた
…
男は世間話でもするような調子で、伊良湖酒保への道順や途中にある建物に付いて、
鳳翔さんに尋ねている
鳳翔さんも、酔っぱらいの世間話だと思っているのだろう
いろいろと男に話して聴かせている
続く
闇に気付かず楽しく遊んでいればよかったのですが・・・
気付いた者は・・・
闇の支配者 地上と深海を統べるあの人のところへ呼ばれるのです