~ 神々の最終戦争
そして英雄の時代へ ~
それは、悪戯の神(後にハイヨレナイコサンと呼ばれる)から始まった。
黒の神々の勢力の力は日に日に増していたが、神々はすぐさま戦を始める事はせず、
準備等に時間をし、開戦の機を伺っていた。
それは黒の神々も同じで、ただただ互いに武力を膨れ上がらせていた。
最初はいつ戦が始まるのかと期待に胸を膨らませていた悪戯の神であったが、いつまで経っても
始まらないので、これを非常に面白くないと感じていた。
グラバリジェは世界に目覚めをもたらした神であるが故に、彼を起こすには千匹の祝福された鶏の鳴き声が必要であった。
悪戯の神はこの鶏を全て平らげ、その姿を黒い鳥に変えると、黒の神々の長の元まで飛び、グラバリジェが昼寝をする時間を教えたのである。
黒の神々はその言葉を信じ、進軍を開始した。
最果ての空が真黒に染まり、黒の神々と、邪な生物や種族が神々の大陸へと進軍していた。
木々を焼きつくし、山を破壊し、川と谷を埋め、波のように軍勢が押し寄せていた。
エヴァー・ドーンの率いる戦士たちの大部隊がそれを迎え撃つ。
投石機に弓の雨を振らせ、近づくより先に黒の種族達を撃ち殺してゆくが、波は留まること無く押し寄せる。
エヴァー・ドーンが槌を敵陣に叩き込むと共に、戦士たちも波にその身を打ち付けるように各々が剣を、
矛を、斧を、棍を振りかざして突撃した。
金属音が交じり合い、血飛沫が大地を染めた。
流れた血は邪悪な者達を奮い立たせ、多くの邪気を放つ。
空は分厚い血のような赤黒い雲に覆われ、光が差し込まなくなった。
雲はどんどん空を犯していく。
戦の火蓋が切って落とされたのは、黒の大陸と繋がる最果ての地のみではなかった。
ほんの一滴ですら死に至る猛毒のように、ソレイプスの撒いた種があちこちで増殖し、
悪魔に魅入られた人や生き物が各地で猛威を振るい始めた。
その他の神々も軍勢を率いて最果てに向かっていたが、皆これらの対処に追われ、足止めを受けていた。
その間も、エヴァー・ドーンの槌は黒の者たちを塵芥のように散らし、その雄叫びは戦士たちの
魂を震わせ、獅子奮迅していた。
だが、黒の軍勢は一向にその数を減らさない。
更に折悪しくは、黒の侵攻はは陸地のみならず、空からもであった。
彼らが気付いた時にはその頭上を赤黒い死の雲が覆い尽くし、黒い雨を振らせ始めた。
戦士たちは纏わり付く泥のような黒い雫をその身に受け、黒の軍勢から徐々に押され始める。
死の雲は彼らを多い、通りすぎて世界中に広がっていく。
そして雲の中からは無数の黒き翼を持つ者達が飛び出し、世界中をあっという間に黒く染め上げていく。
だが銀月の龍とその眷属達は絶大な力を以って黒き翼を持つ者達を喰らい、殺し制空を奪い返していった。
ヴェルディアラ率いる鳥や鳥人たちは空から地上の邪悪な者達を空から啄み、地上の軍勢を空から
援護していた。
方々から責められ、悪魔とその眷属たちは圧されていく。
しかし、その空からの援護は突然止む。
そして驚くべき事に、唐突に空から鳥や龍たちが落下し、殺し合いを始めたのである。
地上で闘う戦士たちが空を見上げると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
龍が鳥たちを食い散らし、鳥たちは群れて竜達を突いて肉を食らっていた。
見る見るうちに両者は敵対者同士のように争いを始めた。
分厚い死の雲が銀月の聖なる光を阻み、そして死の雲から生まれた黒き空飛ぶ者が鳥や龍の姿を真似て
彼らに襲いかかったのである。
互いに勘違いをした鳥や龍たちは互いに同士打ちを始めたのであった。
銀月の龍が怒り、鳥たちを蹴散らし始めると、ヴェルディアラも龍たちを食い散らし、襲いかかった。
大空覆うヴェルディアラと銀月のアルジェルム、この二者の戦いは皆を混乱させ、悪魔の眷属達は
再び勢いを取り戻し、戦士たちを押し返していく。
そして追い打つように、悪魔たちは戦士たちに生まれた疑心暗鬼に取り入り、彼らにも同士討ちを始めさせた。
戦場は大混乱に陥っていた。
一方、最果ての地も戦士たちの死屍累々が山を成し、劣勢であった。
黒の種族は巨獣や邪龍を呼び出し、邪悪な呪術をも用い、戦士たちを見る見る内に血肉の塵に変えていく。
エヴァー・ドーンも血まみれになりながらも戦っていた。
だが、黒の神々の長、滅ぼす者が遥か遠く、己の城の玉座から立ち上がり、槍を構えて彼に向けて放つと、
それはエヴァー・ドーンの心臓を貫いた。
するとエヴァー・ドーンの身体は見る見るうちに黒く染まり、黒の巨神と化して戦士たちに襲いかかった。
戦士たちは後ろ盾すら失い、為す術もなく死んでいく。
最果ての地が全て黒く染まららんとした…その時、一筋の光が差し込んで黒の巨神の振り下ろす槌を弾いた。
光の剣を携えた明日へのブレイブレードである。
その背後からは英雄たちの軍勢が黒の軍勢を迎え撃った。
時を同じくして、窮地にあったのは陸や空だけでなく、海もであった。
降り注いだ黒い雨はすぐさま世界中の海を黒く染め上げた。
海そのものでもある大海のワルアラは苦しみ呻き、高々と噴き上げた潮すら黒く染まっていた。
この悪況海の邪悪、グランアビスの力を増大させ、津波を引き起こして陸を飲む。
この津波はアンダリアの力をも奪い、大地で闘う戦士たちの助力をも奪う結果となった。
この状況を打破すべく動いたのはソルティエス。
ソルティエスは巨大な神船と共に水平線を埋め尽くす軍船を率いてグランアビスを討つ。
神船の挑発で海面に姿を表した海獣に向けて大砲の雨あられを放つ。
砲弾はグランアビスに直撃するが、その分厚い皮によって弾かれる。
さらには陸地に目を向けていたグランアビスは船の大群に向けて2,3度と長い足を動かすと
大波が起き船を飲み込んでいく。
それに耐えて沈まなかった船の船員たちも海や雨に混じった邪悪な者の血をその見にあびて
体力を奪われていく。
ソルティエスは神船を単騎でグランアビスへ向けて特攻をかける、だが手下の海獣達が現れて
それを阻む。強引にグランアビスへ一撃を負わせるものの、効果的な一手とは成り得ない。
そして更には、世界中の海から集まった海獣達が波に耐えた船団を襲い始め、大砲の音が鳴り響き
海上の決戦が開始された。
炎と熔解のイグニシアの住まう炎の国では、死の霧、群れる邪悪…蝗が発生し、人も、動物も、植物も、全てを喰い荒らしていた。
その様子を知りながらも、イグニシアは沈黙していた。
イグニシアは、現象に近い存在であり、己の意志から外界に接触する事はなかったし、予見されていたこの戦についても
我関せず、という立場を示していた。
だが、炎の国の民が黄金を山と積むと姿を現し、秘めていた怒りを爆発させるように蝗を焼きつくし、
巨大なゴーレムの軍勢を生み出して戦わせた。
北方では悪魔勢の方が数などは優勢ではあったが、フェルクリスの氷の絶壁と猛吹雪により固く守られ、
相手の侵攻を許さず、戦況はまさに凍結状態であったので、被害も少なかった。
そしてかの冥府は多くの戦死者と悪魔、グールやヴァンパイアと呼ばれる邪悪な化物たちで溢れかえり
死者の国は大混乱に陥っていた。
だが、神淵のハーヴェストや死神、地獄の騎士たちが鎌や剣を振るい続けていたが、やはりその数は一向に減らない。
冥府に溢れかえる戦死者の魂は、人間のものだけでなく地上の悪しき種族の魂も数多くあり、
彼らは悪魔やグールに転生し更に力を増して彼らに襲いかかったのだ。
その余りにもの数に、冥府から溢れた死者や者達は地上を闊歩し、地上の戦士たちを襲った。
黒の軍勢とまともに対峙し合い、苦戦を強いられていた最果ての地はさて置き、
大陸の戦況が好転しない理由はいくつかあった。
その中でも特に大きかったのが、グラバリジェの不在、そしてラゼオンの不在である。
この二人の主神が欠けていた事は戦況に大きな影響を与えていた。
グラバリジェはいつぞの戦いの時と同じく、眠っているのであるが、後者のラゼオンはそうではなかった。
ラゼオンの神言には絶対な力があり、彼はそれを危惧していた。
特に滅びの言葉を発する事を恐れ、戦はやむなしと考えていたものの、己がそこに参戦する事には
大きな不安を覚えていた。
ラゼオンは世界が己の発した言葉で狂う事を善しと考えなかった。
(口は災いのもと、ということわざは彼が己を戒めるために発した神言の一つであるという説がある)
なので、彼の元に神々や人々が訪れ、助力を願っても、神殿に篭り、座禅を組んだまま一言も発することがなかった。
神々は諦め、彼の前から立ち去ったが、彼の神言無しではこの戦は治まらないであろうと皆考えていた。
かの遠き東の端の島、那義では、このような状況下であっても、刀の神カナタと鞘の神カルハは二人で睦まじく過ごしていた。
例に漏れず、そこにも邪悪な者達の軍勢が迫っていたが、カナタは刀を抜き放つと道を断ってしまったので
何人も彼らの愛の巣に足を踏み入れることが出来なかった。
そこへ白月から降りてきたアキシャルファルが、二人に呼びかけ大陸の戦況を伝えて援軍として助力を乞うと、
二人は立ち上がり、邪悪な者達の軍勢で満たされた道をその刀で切り開き、那義人の軍勢を率いて出征したのであった。
そして最果ての地。
接戦を繰り広げる黒く染まったエヴァー・ドーンとブレイブレード。
彼らの接戦とは別に、英雄たちの軍勢は、最果ての地から追いやられ、白の大地の目前にまで前線を後退させていた。
英雄たちの軍勢は劣勢であった。
後退する英雄軍に攻め押す黒の軍勢。
だが、黒の軍勢が白の大地に足を踏み入れようとした途端、風をきる音と共に一人、死んだ。
その者の鎧の隙間に矢が突き刺さり、首を貫いていた。
ひゅん、ひゅんとニ、三と続く。
黒の軍勢が空を見上げた時には、矢の雨が彼らを射抜いた。
英雄軍が振り返ると、そこには地平線一列に援軍が並んでいた。
白美の駿足・フィディウスが率いるケンタウロス達と騎馬兵、そして弓を構えるエルファ族の軍勢を率いる銀の弓・エルファ=アリア。
フィディウスが天に翳した剣を振り下ろすと同時に雄叫びを上げ、突撃する。
ケンタウロス達もそれに続き、その隙間をエルファ軍の必中の矢が抜けていく。
英雄たちは再び敵に向き直ると、剣を叩き込んだ。
冥界では既に死神たちの鎌が溢れかえる悪魔やグールの首のかたちに変形していたが、不死の死神や地獄の騎士達も
悪魔の牙で魂に深い傷を負い、存在が消滅した者も少なくなかった。
それを聞いた十二星仙の紡輪は、導きのランタイトの元を訪れた。
ランタイトは戦線に参列する力を持たない死者たちを、霧の島と呼ばれる安住の地へ匿っていた。
紡輪はランタイトに、力を持て余らせている死者達もこの戦に役立てる術がある、と提言した。
ランタイトは、力を持たない者達を戦線に立たせることを拒否したが、紡輪は首を横に振った。
悪魔たちの軍勢の側面に回り、冥府に穴を掘って海に開通させる事が出来れば、海水が流れ込み彼らに大打撃を与える
事ができるだろう、と言った。
紡輪は蛇であった頃に冥府を巡り尽くしていたので、抜け道を知り尽くしていた。
ランタイトと紡輪は死者たちを連れ、悪魔たちの軍勢の側面にあたる冥府の東へ辿り着くと、穴を掘り始めた。
その頃、海では、ソルティエス率いる海軍と、海の悪魔グランアビス、そして彼の従える邪悪な海獣たちが
争っていた。
しかし、彼らは海中への有用な攻撃手段を余り持たなかった為、苦戦を強いられていた。
だが、海中からぼこ、ぼこぼこ、と大きな泡が立ったのを彼らが見たのと時を同じくして、大渦が現れ、
急激に水位が減少し始めた。
大渦に攫われた船や海獣もあったが、その多くは、水位の現象によって現れた陸地に打ち上げられ、その無防備な姿を晒す。
ソルティエスは船の足元にだけ海を造り、陸地を縦横無尽に駆け回り、攻撃をしかけた。
特に身体の巨大な(島ほどの体躯だった)グランアビスは陸地に取り残されており、その長い足を必死に前へ、前へと
海へ、海の方へと伸ばし、のそり、のそりと動き始める。
それはまるで、山が動いているかのようであった。
まさに陸に上げられた魚にような無防備な状態であった。
だが、その一本一本が川の様に太い腕はまだまだ力強く、調子よく砲撃に撃って出る軍艦を叩き潰す。
その度に力強い波が放たれ、陸を津波が襲う。
グランアビスは遂に海まで到達し、大きな足を挙げ、再び大津波を起こす初動を取った。
海軍勢は再び絶望を味わう。
大津波が軍艦を襲う。
だが、荒々しい津波が彼らを飲み込む前に、それらは豪火と共に蒸発した。
地が割れるような啼き声が響き渡る。
彼らが後方を振り返ると、そこには山よりも遥かに巨大な龍が彼らの視野を塞いでいた。
龍皇イン・ジャェアであった。
その口から吐き出されるブレスは海を瞬時に焼き払い、グランアビスを再び丸裸にした。
グランアビスは苦しげに呻き、しかし、勇ましくもイン・ジャェアに絡みつく。
だが、それより大きな龍はびくともしない。
イン・ジャェアはグランアビスを咥えると、剥がして放り投げた。
宙を飛んだその巨体が地面に叩きつけられると、地震が起き、大穴が空いた。
怯んだそこへ、ソルティエスが神船の穂先に備え付けられた巨大な銛をグランアビスの大きな瞳に深く深く突き刺すと
その巨体は神船に絡み付いて暫く暴れ、ソルティエスを船上から放り出したが、やがて動かなくなった。
(だが、後にグランアビスの骸からは海水が溢れ、この辺り一体は再び海となり、荒々しい海獣達が数多く住んだ)
そして、一方の冥界は大洪水が起き、辺り一体が浸水していた。
ランタイト、紡輪と死者たちが開けた穴から勢い良く溢れだした海水は大津波となって悪魔の軍勢目掛けて走り、
彼らを押し流した。
だが津波の勢いはすぐには止まらず、冥府の死神騎士たちの軍勢もそれに飲まれる勢いだった。
前線で指揮をしていたハーヴェストは冥府の軍勢を撤退させると、一度冥府から脱出したのであった。
ランタイトや紡輪達は元々用意していた船に乗り、冥府を出て彼らと合流すると、地表世界の荒れ模様を知り、
神々の軍勢の援軍に向かった。
刀の神カナタ、鞘の神カルハ、白月のアキシャルファルの那義・兎軍はあちこちから湧き出る悪魔たちの軍勢を
打ち破りながらラゼオンの神殿にたどり着いていた。
相変わらず一言も口を開く素振りも見せない神言の御前で、アキシャルファルとカナタ、カルハは餅を作ると三方に載せ、
舞を踊った。
それは那義の人々や白月の兎達も囃子を行い、壮大な物だった。
ラゼオンはついに気を惹かれ、神殿の扉を開け放った。
しかしやはり一言も発さず、ただ黙って舞を最後まで見届けた。
舞が終わり、囃子が止むと、鞘の神カルハは刀の神カナタに神太刀を厳かに差し出した。
カナタは手を伸ばしてそれを引き抜くと、頭上に高らかと掲げ、ラゼオンを縦一文字に切って落とす。
するとついに、ラゼオンの“迷い”が断ち切れ、ついにその手のひらを彼らに見せたのである。
真実を語る右手で『勝利』を。
虚偽を語る左手で『敗北』を語った。
すると世界中を覆っていた死の雲に穴が空き、彼らの頭上に聖なる光が降り注いだ。
それは、世界を覆い尽くす死の絶望と比べ、ほんの小さな物であったが、彼らにとっては十分の、約束された勝利の希望だった。
ラゼオンは笑顔で彼らを祝福すると、再び塔の中へと戻った。
結局、ラゼオンは戦には参列しなかったが、塔の扉が閉まる時、その隙間から梟が飛び立った。
それは、ラゼオンの魔法の全てを受け継いだ、英知のジーニアスであった。
その頃、大陸の各地に点在し、神々の軍勢と争っていた悪魔の軍勢達が一挙に後退・退却を始めていた。
神々の軍勢はそれぞれ追撃をかける。
そうしていると彼らは図らずとも次第に各地で戦っていた他の神の軍勢と合流していった。
それは、悪魔の軍勢が撤退しているのではなく、軍をある一点に集結させている事を意味していた。
誘い込まれていようとも、この戦争を終わらせるために、彼らには退くという選択肢はなかった。
だが、悪魔軍の数の余りにもの数に、神々は驚きを隠せなかった。
彼らの軍勢の倍はいると思われたからである。
彼らが集結したのは神々が治める大陸と隣接して存在する神魔領。
その境で、彼らは神々の軍勢を待ち構えていた。
そして、その軍勢の中心では火が焚かれ、淫猥な宴が繰り広げられていた。
邪神・ソイクレプスが姦淫・情欲の邪神となったシナルナと交わり、そして悪魔や魔人を産んでいた。
その周囲では魔物や悪魔たちが囚われた女性たちを獣のように犯していた。
ソイクレプスは神々の軍勢が集ったことを知ると、シナルナと睦み合ったまま、進軍の号令を出した。
最果ての地では、相変わらず黒に染まったエヴァー・ドーンとブレイブレード、フィディウス、エルファ=アリア、
神々の軍勢と黒の軍勢が争っていた。
彼らは多くの血を流し、戦士たちは多くを殺したが、多くが死に絶えた。
戦況は熾烈を極めていた。
そこへ、一人の神が訪れた。
安寧のロキソである。
彼女はフィディウスに、黒く染まり怒り狂うエヴァー・ドーンの元へと己を連れてゆくようにと言った。
フィディウスはロキソを背に乗せると立ちふさがる黒の軍勢を蹴散らしながら、接戦を繰り広げる
ブレイブレードとエヴァー・ドーンの元へと駆けつけ、高く跳躍するとその肩に乗り、森のように茂るヒゲをしっかりと掴んだ。
ロキソはフィディウスの背から降りると、エヴァー・ドーンの口の中へと入り込んだ。
すると、暫くしてエヴァー・ドーンは苦しみだし、遂には大槌を投げ出して、胸を掻き毟り始めた。
だが、その黒く染まっていた身体が、足元からじわじわと失せてゆき、ついには胸元までせり上がり、エヴァー・ドーンは
その口を大きく開いた。
嫌な予感をした誰もが一目散に彼の前から退くと、予期された出来事が起こり、どす黒い吐瀉物が辺りに撒き散らされた。
その吐瀉物は大地を溶かして川を造り邪気を放った。
放たれた蒸気に触れるだけで、戦士たちがもがき苦しんで死ぬほどのものであった。
だが、体内を侵していた毒が抜ける事でエヴァー・ドーンは正気を取り戻したのであった。
神々は一度安堵をつこうとしたが、エヴァー・ドーンは立ち上がる力がなかった。
“滅ぼす者”の放った一撃が心臓を貫いていたので、その体を動かしていた邪気が消え去り、
もはや死に体だったのである。
そして、その身体を、背後から容赦なく二本目の槍が貫いた。
ようやく居城の玉座から立ち上がり、戦場に姿を表した“滅ぼす者”の放った一撃であった。
その姿は、神々ですら息を呑むほどに、禍々しい黒の気を放っていた。
一歩、一歩、地響きを打ち鳴らし近付いて来く様を、誰もが魅入られたようにじっと見ていた。
沈黙を破ったのは、エルファ=アリアの放った矢であった。
だが、その指先は震えていたので、“滅ぼす者”の肩口を通り抜けて背後の黒の軍勢を飛び散らせただけだった。
次にフィディウスが盾を構えたまま剣を振り上げ、飛び込む。
滅ぼす者はエヴァー・ドーンに突き刺さっている槍を引き抜くと、フィディウスに叩きつける。
槍とともにフィディウスの盾は砕け散り、その衝撃のまま彼女は跳ばされ、大地に打ち付けられた。
そして、ブレイブブレードが剣を掲げて斬りかかると、滅ぼす者は抜刀し、切り返す。
ブレイブレードの聖なる剣は弾かれ、遠くの丘へと跳び、突き刺さった。
戦士や英雄たちは絶望に包まれる。
興奮した黒の種族は彼らに次々と襲い掛かる。
黒の軍勢が大地を埋め尽くす。
戦士たちが、英雄たちが死んでゆく。
だが、最後にエヴァー・ドーンは立ち上がると残り僅かな力を振り絞り、槌で天をぶっ叩いた。
天が裂けるような破裂音が世界中に轟き、天宮で昼寝をしていたグラバリジェはようやく目覚めた。
そして、この悲惨な世界の現状を目の当たりにして、激怒した。
激怒は雷雲を産み、神々の大陸を覆い、空を閃光で包んだ。
空を覆っていた死の雲が悲鳴を上げながら炸裂し、消滅していく。
そして雷雲が雷光を発し、鳥や龍に化け、彼らを相打ちにさせていた死の雲が生み出した邪悪な存在を撃ち殺していった。
鳥や龍達は割れに返り、争いを止めたが、ヴェルディアラは死の雲を大量に吸い込んだために目が眩んでいた。
アルジェルムはヴェルディアラに逆鱗を突かれ、我を失っていたのである。
龍や鳥たちが見守る中、二つの空を覆う影が、争いを続けていた。
そこへ、落雷を避けながら、その背に鼠…十二の星仙の一人、勢炎を乗せた梟、英知のジーニアスが現れた。
英知のジーニアスはヴェルディアラの眼前まで飛ぶと、魔法を唱えた。
光を放つ英知の魔法は、ヴェルディアラが銀月の龍を啄む為に空いた瞬間にその中へ飛び込んだ。
するとヴェルディアラはアルジェルムから離れ、大地に落ちて暴れ始めた。
その体内では魔法がその巨体を蝕む死の雲を浄化しているのであった。
アルジェルムはそれを追い、大地に降り立つが、のたうつ鳳を喰らおうとした時、その頭に勢炎が飛び乗った。
眼前に現れたそれを見て、アルジェルムは振り落とさんと頭を激しく動かす。
勢炎はしっかりと頭にしがみつきながら、その頭部に手を当てると、すぽん、とアルジェルムの「怒り」を盗み出した。
アルジェルムは正気を取り戻すと空高く飛び上がり、翼を大きく広げ、虹の光を発した。
雷雲は銀月の龍を避けるように散ると、夜空が顕になり、月光が大地に降り注いだ。
雷雲が生み出す落雷と、その隙間から射す銀月の光が悪魔たちの頭上に降り注ぎ、千と、万と軍勢を焼き払う。
アルジェルムは極彩色の聖なる光線を吐き、悪魔たちを滅ぼし、そしてついには邪神を焼いた。
そして、邪神ソイクレプスは身体を焼かれ、もがき苦しみながら神魔領の奥地へと退却していったのである。
最果ての地。
滅ぼす者の一撃は、神々の盾と剣を打ち砕き、千の戦士を殺した。
戦士たちは滅ぼす者が剣を振り上げる度に絶望を覚え、膝を着いた。
神々も死を覚悟し、絶望に飲まれながら、それでも尚、その前に立ち刃を交え続けていた。
しかし、滅ぼす者が殺し、傷つければ傷つけるほどに邪悪の軍勢はその血を糧に力を増してゆく。
彼らは、後退して黒の軍勢と距離を保った。
その一瞬の間は安息を彼らに与えるどころか、絶望に追い打ちをかけた。
戦士たちは剣を投げ出し、断頭台に向けるように、その首を差し出し始める。
そして、黒の時代の到来、神々の時代の終わりを口にし始めた。
絶望の輪は一気に広がり始め、戦士たちは力を失い始めたていた。
だが、それでも尚、彼らの肩を抱き、立ち上がろうとする者がいた。
ブレイブレードと、その英雄達であった。
彼らは絶望の中にあっても尚、希望を持ち続けていた。
英雄神は、拳を握り、親指を天に突き立てると、先陣を切り、黒の軍勢へと最後の突撃をかけた。
勇気という剣を掲げて。
戦意を喪失していた戦士たちは彼らの背に勇気づけられ、剣を再び握ると、我先にと黒の軍勢に向かって突撃する。
その時、死の雲を割いて光が彼らを照らした。
その隙間からは、先ず、聖なる朝を告げる呼金がギルランディーナの軍勢と共に現れた。
見る見るうちに雲は霧散し、聖なる光が一体を照らす。
そして龍の軍勢、鳥たちの軍勢が姿を表し、最後に甲冑で武装した雷神グラバリジェの率いる雷獣達が姿を表した。
黒の軍勢はその眩しさに目を背け、目を覆う。
次に瞼を開けた時、再び絶句した。
地平線の向こう、今まで追い詰めていた残党より更に背後を彼らの援軍が埋め尽くしていた。
広大なるアンダリアを筆頭に、水の女神ウォルパルサ、導きのランタイト、炎と熔解のイグニシア…
最果て以外で戦っていた神々がそこへ集結していた。
黒の軍勢は数では負けぬ物があったが、それでも彼らを萎縮させるだけの勢いが神々の軍勢にはあった。
銀月のアルジェルムが翼を虹色に輝かせブレスを吐くと、黒の軍勢が藻屑となり、
アンダリアが大地を叩くと彼らの足元が裂けてその隙間に引きずり込まれ、
ウォルパルサが右手を上げると地面のあちこちから水が湧き出て、川となって方々から彼らを押しつぶした。
グラバリジェが地上に降り立つと、その前に出た刀の神カナタと鞘の神カルハが頭を垂れた。
すると二人は一つの“断ち切るものと覆うもの”となった。
グラバリジェは“断ち切るものと覆うもの”を手に取ると、稲妻の速さで滅ぼす者へと斬りかかる。
二人の神は斬り合い、互いに血をまき散らしながら戦った。
グラバリジェは、後にこれらが精霊となったその体内に流れる雷流を散らし、
滅ぼす者は、後に神々の大陸で人を呪う邪精となったその黒い血を散らした。
壮絶な戦いの末、雷神の刀が滅ぼす者の剣を打ち砕き、そのまま身体を両断した。
体勢を崩したそこへもう一撃を与えその首を刎ねる。
見ている誰もが勝利を確信した瞬間であったが、その首、身体が撒き散らす黒い血は雷神へと再び襲い掛かり
その身に纏わり付く。
べったりと張り付いたそれはグラバリジェに絡み付いてぎゅうぎゅうと締まり、苦しめる。
黒い血の放つ強い邪気と、グラバリジェ自身の身を案じ、すぐさま他の神々は助けに入ることができなかったが、
エルファ=アリアは聖化された銀の弓を構えると、兜の奥で青白く光を放つ滅ぼす者の右目を射抜いた。
そして反対の左目をブレイブレードの聖剣が貫く。
すると兜はきゅうきゅうと音を立てながら縮み、その力を失い、グラバリジェに纏わり付いていた身体からも
黒い血が溢れ大地に染み込んで消えていった。
黒の軍勢は蜘蛛の子を散らすように方々に逃げ惑い、姿を消した。
こうして、神々の戦いは終わった。
傷ついた身体を癒すために天宮に帰ったグラバリジェは、激怒した。
己の御座所を堂々と陣取り、ぐっすり眠る悪戯の神を見つけたのである。
悪戯の神が寝言で「ハイヨレ(高き御座所の主)」と呟いたのを聞くと、大きな鼻ちょうちんを作る鼻をつまみ
「ハイヨレナイコ(高き御座所の偽りの主)」と叫んだ。
この時から、悪戯の神はハイヨレナイコサンと呼ばれるようになった。
グラバリジェはハイヨレナイコサンが慌てふためくより先にその尻を蹴飛ばした。
ハイヨレナイコサンは遠くまで飛ばされて戦場となった広い荒野にめり込み、そこには大きな人の形をした穴ができた。
この穴はとても深かったので、後にも消えることはなかった。
荒れ果てた荒野には生き物も植物も一切無いほど荒れ果てていたので、ハイヨレナイコサンが「トモイナイ(誰もいねぇ・・・)」
と嘆いたので、そこはトモイナイ大平原と呼ばれるようになった。
ハイヨレナイコサンは大陸への帰路途中、天宮で盗んだ生命の種の入った袋から、その中身を
ばらまきながら帰ったので、その道に様々な動植物が産まれ、賑わった。