北国支社/鳴幹地方のアイヌ語

Last-modified: 2020-09-27 (日) 09:57:18

1.アイヌ語とアイヌ民族

アイヌ語とは

アイヌ語(Aynu itak/A=kor itak)は、鳴幹地方の先住民であるアイヌ民族(以下、アイヌ)が使用する言語です。
現実世界においても北海道を中心に今なお居住するアイヌ民族がもつ固有の言語です。
日本語とは文法・単語レベルから大きく異なった言語になっています。

後述のように、現実世界においてはアイヌ民族自体が国ごとに解体されてしまったことから、アイヌの人でもアイヌ語を話せる人は少ないのが現状です。日本においては母語話者は10人以下と推定されていて、ユネスコの「危機に瀕する言語」にリストアップされています。
1970年代以降はアイヌ語復活運動が盛んにおこなわれ、アイヌ語のラジオ講座や新聞が発行されるなど、「文化としての言語」の再生が図られています。

一方、鳴幹地方においてはアイヌ語は日本語と並び公用語に指定されていて、日常的に使用されている言語です。鳴幹地方の教育は日本語とアイヌ語双方で行われていて、鳴幹育ちの人間は日本語とアイヌ語のバイリンガルが当たり前です。

アイヌ民族

アイヌ語を説明するうえでアイヌ民族について避けるわけにはいきません。

現実世界では北海道や樺太・千島列島などに住んでいるアイヌ民族は、農耕をほとんどせず狩猟で生計を立てる民族でした。大量にとれるエゾシカや鮭、熊といった動物が『主食』で、他は山菜やキノコが主な食事でした。
貨幣は持たず、物々交換で物を手に入れていました。古くから日本人との交流はあり、主に丸木舟(チプ(cip))で移動をしていました。このため川が交通路となっていて、アイヌ語の地名の多くが川に基づいています。

アイヌ語で「アイヌ(Aynu)」は元々民族の自称ではなく、「カムイ(Kamuy:神)」と照らし合わせた時の「ヒト」であるとか、一人前の「人間」を意味する一般名詞でした。
(一般的な用法の”人間”を意味する単語には「クル(kur)」がある ex) cisekorkur [家(cise)を持つ人→家の主人])
民族の名前としてアイヌが使用されるのは、外部から移り住んできた日本人=和人が来てからです。

現実世界におけるアイヌ民族は、和人によって徐々に衰退していきます。当初は対等な交易相手でしたが、徐々にアイヌに対して支配的になり、アイヌの物は買いたたかれるようになりました。無論シャクシャインの乱、クナシリ・メナシの戦いなどを経て北海道が幕府の支配下になると、アイヌ文化を否定し日本文化を強制するようになります。この頃からアイヌや土人(本来は「土」着の「人」=先住民を意味する単語)が差別的意味合いを帯びてきます。
明治になって北海道のアイヌは一律に日本人となり、法律によってより厳密にアイヌ文化が規制されるようになります。これにより狩猟すらも禁じられたアイヌは困窮し、やがて他の日本人と変わらない生活へと変わっていきます。
現代日本のアイヌの人口は15000人強となっています。ただし、この数は「地域社会でアイヌの血を受け継いでいると思われる人、また、婚姻・養子縁組等によりそれらの方と同一の生計を営んでいる人」という北海道アイヌ協会によるアイヌ民族の定義によるものです。定義からもわかる通り、生活文化を共有する集団としての『民族』のつながりはほぼ消失しています。

一方、鳴幹地方においても混血が進んでいて、和人の血を引かない『純粋な』アイヌは鳴幹でもわずかとなっています。今では生活も和人と変わりありません。ただし、アイヌ文化が一般的に認知されており、イオロ(iwor:入会地)が保証されるなどアイヌの伝統的な権利も保証されています。

前述のようにアイヌが差別用語として使われてきたことから、民族としての自称には「ウタリ(Utari)」「アコロウタリ(A=kor utari)」が使われることがあります。

2.アイヌ語の表記と発音

アイヌ語には元々文字がありませんでした。そのため、アイヌ語は全て口頭だけで伝えられてきました。日常の会話であるとか、ユーカラ(Yukar:神々の物語・英雄譚)などの物語を通して受け継がれていました。
その後アイヌ民族が「日本人」や「ロシア人」になったことに伴い、文字での表記が考案されました。現在アイヌ語の表記は下の3種類があります。

①カタカナによる表記
②ローマ字による表記
③キリル文字による表記

鳴幹地方では②のうち『アコロイタク』(北海道ウタリ協会1994)によるローマ字表記を正書法としています。この表記はアイヌ民族博物館などでも採用されている一般的な表記です。

母音と子音

アイヌ語の母音と子音は次の通りです。

母音:a,i,u,e,o
子音:p,t,k,c,n,s,r,m,w,y,h,'

基本的にローマ字読みです。
・iは「ウ」「ユ」、uは「ヨ」「オ」「ヲ」になることがあります。
・c[発音記号:ts]は日本語のチャ行と同じです。
・s[発音記号:s]は日本語のサ行と同じですが、シャ行になることがあります。
・y[発音記号:j]は日本語のヤ行と同じで、母音「イ」の代わりに使われることがあります。
・w[発音記号:w]は日本語のワ行と同じで、母音「ウ」の代わりに使われることがあります。
・'[発音記号:ʔ]は無声破裂音で、日本語の「っ」に近いです。主に母音の区切りに使われます。'は文字上は表記されません。
 ex) teeta(te'eta)  この →「テータ」ではなく「テエタ」と発音 

濁音は存在しませんが、一部の子音は濁音として発音される他、外来語の濁音は近い子音で置き換えられることがあります。濁音については正書法がないので話者によって異なります。

ex) eaykap ~できない →「(エ)アイカップ」が基本の発音だが、「アイガップ」などと発音することもある。
   pasu バス

3.アイヌ語の特徴

日本語と比較した時のアイヌ語の特徴としては以下が挙げられます。

・共通語がない
・閉音節(母音が付かない音)が一般的
・アンシェヌマン(音の連結)、音韻変化がある
・動詞に自動詞と他動詞の区別がある
・動詞に人称変化がある

1. 共通語がない

アイヌには中心となる部落や首長がありませんでした。多数の方言がありますが、共通語にあたる言葉は存在しません。
現代日本では、アイヌ人口が今なお多く、文字や映像の記録が多い沙流方言が有力となっています。
アイヌ自体は交易などを通してゆるいつながりがあったため、文法面ではほとんど統一が取れています。

2. 閉音節が一般的

閉音節とは「子音+母音+子音」の組み合わせのことです。
日本語では促音(「っ」)や撥音(「ん」)などわずかですが、アイヌ語は閉音節を持つ単語が非常に多いです。
閉音節は小さいカタカナで表示されることが多いです。

kar (カラ:~を作る)
kap (カプ:皮)
ka  (カ:~の上)

アイヌ語の閉音節では、最後の子音が1つ前の母音の響きを伴って発音されることが多いです。例えばkarはka+rよりもka+r(a)→カラと発音されます。他国の言語(たとえば英語)の閉音節に比べればはっきりとした発音になります。

3. アンシェヌマン

アンシェヌマンとは単語間の子音と母音を連結して発音することです。日本語の「観音」(かん<kan+おん<on>→かんのん<kannnon>)と同じです。

ex)sap=an akusu [発音は[サパナクス(sapanakusu)]](私たちが下っていくと)

4. 音韻変化

アイヌ語の音韻変化は主に次の2つがあります。

①二重母音回避
アイヌ語では二重母音がありません。このため、母音が2つ以上連続する場合、片方の母音が消えるか、y,wといった子音に変化します。
単語の組み合わせで造語するときに起こります。

②子音の組み合わせによる変化
特定の子音が連続する場合に、前の子音が別の子音に変化します。
単語間でも生じる場合があります。

③子音の入れ替え
口頭言語だったアイヌ語では、単語内の子音が入れ替わる例が稀にあります。

①ex)kunne-i-wano(暗い-時-から)→kunneywano(朝から)
②ex)or(~のところ)+ta(場所の格助詞)→otta(~で)
   pon(小さな)+ seta(犬)→poy seta(小さな犬)
③ex) puyar=puray(窓)

5. 自動詞と他動詞の区別
アイヌ語には日本語の「~は」や「~を」といった格助詞がありません。
動詞によって必要とする目的語の数は異なります。目的語不要の自動詞もあれば、目的語を複数とる動詞もあります。
多くの動詞は-re/te(使役)、yay-/si-(再起)、e-/o-([目的語を増やす])、i-([目的語を減らす])など特定の単語を足すことで目的語の数が変わります。

ex)tura  ~を連れていく     目的語:1
  turare ~に~を連れてかせる 目的語:2

6. 人称がある
1人称(私/私たち)、2人称(あなた/あなたたち)、3人称(彼/彼ら)、一般人称の4つの人称があり、3人称以外は動詞に人称を示す単語をつなげます。この時、動詞と区別するため=で結びます。

ex)e   [彼が]~を食べる
  ku=e 私が~を食べる

一般人称が使われるのは ①不特定多数の人が主語の場合 ②受動態 ③私たち(聞き手を含む場合、含まない場合は一人称)などがありますが、ここでは省略します。

4.鳴幹地方のアイヌ語の特徴

鳴幹地方ではさらに以下の特徴があります。

・生活言語である
・造語運動が盛ん

1. 生活言語である

『アイヌ民族』で触れたように、現代日本においてアイヌ語を話せる人はごくわずかで、純粋な話者は一桁と見積もられています。
アイヌ語に触れているアイヌ民族はこれよりは多くいますが、日本人でもある彼らは日本語で暮らしています。
また、長年和人とは貿易を通して交流があり、基本語彙にも日本語からの借用が見られます(ex:icen 銭←「一円」より)

一方、鳴幹地方は(北国支社開始の)100年前まで和人との接触がありませんでした。
現実の北海道同様和人による統治によってアイヌの土地や権利は奪われる一方でしたが、規模に対し人口が小さかった和人の侵攻は鳴幹アイヌ世界を全面的に降伏させるには至らず、和人とアイヌの共同政権誕生によって現在に至ります。
このため鳴幹では日本語とアイヌ語の双方が公用語として使用されているため、アイヌ語が日常的に使われる言語となっています。
公教育は日本語・アイヌ語双方で行われているため、8割近くの住民が日本語とアイヌ語のバイリンガルです。
作中では北国支社営業部長・平岸藍沙が鳴幹出身のため、両方を話せます。

2. 造語運動が盛ん

公用語として利用されるため、日本語に比べ基本語彙が少ないアイヌ語の欠点を埋めるべく、既存の単語から新しい単語を生み出す運動が盛んです。
また、和人の影響が少ないことから、現代アイヌ語では日本語を借用している単語についても本来のアイヌ語語彙を活用した単語に置き換えられています。
ex:鉄道 kisa(現代アイヌ語←汽車) kaneru(鳴幹アイヌ語←kane(鉄)-ru(道))

5.基本的な文法

アイヌ語の語順は主語―目的語―動詞の組み合わせからなります。

ex)Sato nispa retar seta kor.
 佐藤さんは<主語> 白い犬を<目的語> 飼っている(持っている)<動詞>。

語順を変えると意味が変化します。

ex)Sato nispa kor retar seta
 佐藤さんが<主語> 飼っている<動詞> 白い犬<名詞> =名詞句

否定文は否定語somoを動詞の前に置くか、動詞の後に「ka somo ki」をつけます。

ex)Sato nispa retar seta somo kor.
 佐藤さんは<主語> 白い犬を<目的語> ~していない<否定語> 飼っている<動詞>。

ex)Sato nispa retar seta kor ka somo ki.
 佐藤さんは<主語> 白い犬を<目的語> 飼っている<動詞>  ~していない<否定語>