20150705近畿大学薬学部SCASP WS

Last-modified: 2016-01-04 (月) 09:02:12

CASP Workshop in 近畿大学薬学部
2015年7月5日、近畿大学薬学において「コクランのシステマティックレビューを学ぶ」をテーマにStudent CASP Workshopを開催いたしました。

使用した論文

Angiotensin converting enzyme (ACE) inhibitors versus angiotensin receptor blockers for primary hypertension
Review 
Li ECK, Heran BS, Wright JM



かれこれ10年ほど前に、ARBパラドックスという言葉が出てきました。
ARB:Angiotensin II Receptor Blocker
降圧薬であるARBは、従来のACE阻害剤を超える薬として満を持して登場しました。
血圧にかかわるホルモンである、レニン・アンギオテンシン系の経路にかかわるお薬です。


アンギオテンシノーゲン

↓・・・アンギオテンシン変換酵素により変換される・・これをACE阻害剤が止める

アンギオテンシンI



アンギオテンシンII

↓・・・ARBが阻害

ATII


ARBはさらにACEと同様の作用をもつ、キマーゼを阻害します。
つまり、ARBはACE阻害剤の効果に加えて、アンギオテンシンIIも阻害するので、ダブルで効果がある!
という宣伝を僕たちも若い時に聞いていました。
(ARBは僕が研修医の時に登場した新薬なのです。。年をとったもんだ。。)


あたりまえですが、疫学研究は、薬が作られてからデータがそろいます。
後付けで疫学研究の報告が続いてみると、ARBは決してACE阻害剤に優れているわけではない・・
そんな事実が分かってきました。
咳が少ないとか、血圧がACE阻害剤より下がりやすいという良い点もあるのですが・・


現在だと、おそらくARBはACE阻害剤に対する非劣勢を証明して世に登場するような薬だったのですね。
そんなに劣っていないから、ACE阻害剤で咳が出ちゃう人に使いましょう!
という流れ。
当時は、そういうのありませんでした。
だから、とにかくARBの方が優れているんです!ということを製薬会社も、製薬会社さんびいきの先生方も言い続けたわけです。


今回は、そのデータをまとめ上げたコクランライブラリを読むワークショップとなりました。

開催の概要

主催:伊藤栄次教授 
コーディネーター:近畿大学付属病院薬剤部 伊藤武志先生
プログラム
2015 年 7月 5日(日曜日)
10:00 ~ 受付
10:15~10:45   EBM概論 近畿大学付属病院薬剤部 伊藤武志 先生
10:50~11:20  システマティックレビュー概論 兵庫医療大学 清水 忠 先生
11:25~ SGL (1)&各グループで昼食
13:45~14:30  Feedback(1)
14:30~16:00 SGL(2)
16:00~16:45 Feedback(2)とまとめ
16:45~ 閉会のあいさつ  スタッフミーティング・片づけ

シナリオ

Aさん 59歳 男性 営業職  家族構成 妻・子供二人(共に独立している)
身長 168cm 体重 80kg


あなたは薬局に勤める薬剤師です。
いつも不定期に血糖降下薬を取りに来るAさんが来局してきました。普段通りジャヌビア50mg 1錠とノルバスク5mgを処方されていましたが、ちょっと神妙な面持ちで処方箋を持ってこられました。気になったあなたは話を聞いてみることにしました。


あなた:いつもと同じ薬ですね。体調はお変わりないですか?
Aさん:自分では何も変わらないんだけどね・・・血液検査でいろいろと悪かったみたいで、怒られてしまったよ。血糖も血圧も下がらないし、次もこのままなら薬を増やそうって言われてしまった。
あなた:そうなんですか。糖尿と血圧が両方になると、体が心配ですものね。生活の工夫も必要だと思いますけど、そのあたりはどうですか?
Aさん:みんなそういうんだけどさ・・・営業してると工夫なんて無理だよね・・・
あなた:そんなにデータが悪いんですか?
Aさん:そうなんだよ。そりゃたしかに食事は遅いし、体重も増えているし、煙草も止めてないよ。採血したら血糖もコレステロールも尿酸もみーんな高くてさ。血圧まで上がってね。やれ営業だ、歓送迎会だって、なんだかんだ1年中不摂生してるから、仕方ないけどさ。
先生は、若いのに腎機能が心配だってさ。次も血圧が高かったら、別の腎臓を守るための降圧薬を追加するって言われてしまったよ。
最初から使っていたらよかったな~って、先生は言ってたよ。


Aさんは48歳の男性で、身長165cm体重75kgで、年末から5kgぐらい増えているとのことです。持っていた血液データでは SCr 1.2mg/dl BUN 18mg/dl HbA1c 6.6% UA 8.5mg/dl T.Cho 250mg/dlでした。本日の血圧は154/90mmHgだったようです。その血液データの下に医師よりオルメテックあるいはタナトリルという薬を血圧が高ければ追加しますとコメントがありました。


あなたは、降圧薬の効果の違いを調べてみようと考え、PubMedにキーワードを打ち込みました。


EBMのStep3 文献の批判的吟味

コクランレビューなので、良くない点を探す・・というよりも、お手本を学ぶという意味合いが大きいですね。
まず、シナリオの吟味からはじめましょう。
EBMは患者さんにはじまり、患者さんにおわるのです。
参加者のみなさんがまとめてくれた内容を使わせて頂きます。

【患者さんの背景】

48才男性。営業職。妻・子供2人。もう子供は独立?
身長168cm・体重80KG → BMI:29.4(>25)より肥満である。
酒・タバコあり(期間・量は不明) 外食が多そうだ~
心疾患・脳血管障害のリスクあり
腎障害。糖尿病合併症(腎症・末消神経障害・網膜症)


データより
165cm 80kg (BMI 29.38 )半年で5kg増加している
Scr 1.2mg/dL BUN 18mg/dL
154/90
HbA1c 6.6% UA 8.5mg/dL T.Cho 250mg LDL LDLの値は不明
SCrより、CCr85.2(100)→腎臓が軽度低下している?しつつある?
血圧コントロールは不良かもしれない(この患者の場合の目標値は、130/80未満)


【現在の服用薬】
・DPP-4阻害ジャヌビア(シタグリプチン)50mgを1錠
・Ca2+拮抗ノルバスク(アムロジピン)5mgを1錠


【今回処方された薬】
オルメテック(オルメサルタン)…ARB(アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬)
タナトリル(イミダプリル)…ACE阻害薬

シナリオのPICO

I:interventionC:ComparisonO:Outcome
オルメテックを追加する追加しない血圧が下がる
タナトリルを追加する追加しない血圧が下がる
運動療法をするしない体重(BMI)が下がる
飲酒をやめるやめない尿酸値が下がる
禁煙するしない血圧が下がる
食事療法をするしない検査値改善、脳卒中・心筋梗塞・透析の予防
油こいものを食べない現状のままコレステロール値が下がる
塩分を控える現状のまま血圧が下がる
食事時間をかえる現状のまま体重が下がる・コレステロール値が下がる
プリン体を控える現状のまま尿酸値が下がる
スタチンを投与するしないコレステロール値が下がる
ゼチーア(エゼチミブ)などを投与するしないコレステロール値が下がる
α-GIを投与するしない血糖値が下がる
オルメテックタナトリル血圧低下、脳卒中・心筋梗塞・透析の予防
服薬指導をするしないコンプライアンス改善

IとCの班

InterventionComparison
服薬確認をするしない
お薬手帳を持たせるもたせない
仕事の種類をかえるかえない
ひと駅歩くあるかない
健康な飲み物を飲むのまない
血糖や血圧を測る測らない
趣味を持つもたない
家のご飯の時間を増やすそのまま
病識をつけるつけない
SGLT2内服DPP4内服
インスリン開始DPP4内服
教育入院をするなにもしない
休肝日を作る作らない
次の日の朝食に気をつける何もしない
リナグリプチンに変更シダグリプチン
ACE阻害剤あるいはARB追加追加しない
生活指導しない する
運動療法の導入 導入しない
一包化で服用時間をそろえる 何もしない
ピタバスタチンの追加 追加しない

Outcomeいろいろ

入院しない
痩せる
病識があがる
薬を飲むようになる
血栓ができない
営業の仕事を続けられる
血糖、血圧、コレステロール低下
体型が昔に戻って家族円満
健康に長生き
QOL向上
透析にならない
副作用の軽減
乳酸アシドーシスの予防
腎障害の抑制
アドヒアランスの改善

論文のPICO

P(患者の情報) 収縮期>140mmHg /拡張期>90mmHg 高血圧
I(介入)/C(比較) ACE阻害薬を用いるか/ARBを用いるか
O(結果) 
①Primary Outcomes
・全死亡率
・心筋梗塞・心不全・脳梗塞の死亡率
・心筋梗塞・脳梗塞などの罹患率(死亡した場合を除く)
・心疾患関連の症状の発症(入院も含む)
②Secondary Outcomes
副作用による中止
※ACE阻害剤は咳で内服ができなくなることが多いのです

文献検索について

①検索に用いた文献データベースは何か?
→CENTRAL(1946-2014.7)、MEDLINE(1946-2014.2)、EMBASE(1973-2014.1)、WHO ILT(?)、
 ISI Web of Science(?)
②どのような検索語で、どの期間の研究を調べたか?
→多数
③どのような種類の研究を調べたか?
→ランダム化比較試験(RCT)
④個々の論文の参考文献間で追跡して調べたか?
→参考文献まで調べた
⑤個々の研究者や専門家に連絡を取ったか?
→連絡を取った
⑥出版されていない研究も探したか?
→探した
⑦同じ研究が複数報告されていないか?
→複数報告されている研究は排除されている
⑧英語以外で書かれた研究も探したか?
→探した
⑨全ての研究が網羅的に集められたか?
→不明(集められているともいないともいえないため)
 ファンネルプロットは用いられていない


検索して得られた論文から、8本のRCTが選ばれました

集められた研究は、複数の評価者によって評価されたか?

→複数の評価者がおり基本2名、議論に応じて3名で評価される。
 評価者で評価のくい違いが生じた場合に、合意を形成して最終的に評価を下している。

集められた研究は明確な基準を持って妥当性を評価されたか?

→評価基準として、明確な基準をもって評価を行った
Risk of bias(Cochrane 5.0.Grade)で評価された

集められた研究の異質性heterogeneityは検討されたか?

→異質性は検討された
用いられた統計手法は、Cochran Q(カイ二乗検定)、I^2統計量も示されている。

結果は統合されたか(Meta-analysis)?

①最終的に採用された研究の件数
→合計8件(ランダム化比較試験8件)、症例数10963例
②集められた研究結果歯統合されたか?
→統合されている。
統合する際に用いられたものは、Fixed effect model固定(母数)効果モデルである。

結果の評価

→リスク比
結果果の評価の仕方

Outcome結果有意差範囲異質性勝者
全死亡率リスク比なし0.98(0.88-1.10)低いドロー
心臓疾患リスク比なし1.07(0.96-1.19)なしドロー
心臓死リスク比なし0.98(0.85-1.13)低いドロー
副作用中止リスク比あり0.83(0.34-0.93)低いARB

考察

これらの結果より、
・空咳を起こすACE阻害薬よりも、副作用が少ないARBの方が良い。
⇒他の効果は、ほぼ同じなのがよくわかりました。


・値段の安いACE阻害薬の方が良い。
⇒最近は安くなってきましたが、ARBは高かったのです。
タナトリル:ACE阻害剤の一例として 薬価59円
オルメテック:ARBの一例として 薬価 10mg:64.7円 20mg:123.3円
長期投与ならタナトリルの方が断然よい


・日本ではARBの方がよく処方されているので、ARBを服用する方が良い。
⇒まずACE阻害剤から使う、という先生も多数いらっしゃいます。


・ACE阻害薬とARBの副作用の発症の可能性の差をPrimary Outcomesとした論文を検討した方が良い。
という意見が得られた。


・ARBはジェネリックにしよう


・次の受診まで、健康的な生活にトライしてもらおう
⇒禁煙外来に行ってもらう、食べる順番を変えてもらおう、ビールをやめて焼酎に変えてもらう、奥さんの協力が必要だ、犬を飼って散歩してもらおう、自転車通勤してもらおう・・・などなど、学生さんならではの楽しい意見も多数でました!


・副作用の咳がでると、他の薬まで辞めてしまいそうなのでACE阻害剤は危険かも?


患者さんの価値観という点からは、
・何を望んでいるのか、もっと話を聞こう
・内服が増えるのが嫌みたいだから、合剤を検討
・孫ができたら禁煙するかもしれない
・子供にはやく結婚させよう
など、さまざまな意見がでました。


ARBの方が副作用が出ない点ですぐれているが、重大なアウトカムについてはACE阻害剤と同じである。
ACE阻害剤が安いという利点がある。
これらを知ってもらいたいワークショップでしたが、若者たちはさらりとこの点をクリアしてくれたわけです。