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性能一覧
| 耐久値 | 180 |
|---|---|
| 重量(kg) | |
| 火力 | 102 |
| 対気速度(km/h) | 206 |
| 海面速度(km/h) | |
| 最適速度(km/h) | |
| 最適高度(m) | |
| 最大降下速度(km/h) | |
| 失速速度(km/h) | |
| 上昇率(m/s) | |
| 機動性 | 179 |
| 同調機銃 | 口径 (mm) | 重量 (kg) | 発射速度 (rpm) | 砲口初速 (m/s) | DPS |
| 7.62 mm M2(S) | 7.62 | 24 | 545.0 | 850 | 13 |
|---|
| 翼内機銃 | 口径 (mm) | 重量 (kg) | 発射速度 (rpm) | 砲口初速 (m/s) | DPS |
| 2×12.7 mm M2(S) | 12.7 | 76 | 750.0 | 890 | 41 |
|---|---|---|---|---|---|
| 4×12.7 mm M2(S) | 12.7 | 76 | 750.0 | 890 | 41 |
| 6×12.7 mm M2(S) | 12.7 | 76 | 750.0 | 890 | 41 |
| 通常爆弾 | 重量 (kg) | 攻撃力 | 加害半径 (m) |
| 100 pound bomb | 45 | 1200 | 70 |
|---|---|---|---|
| 250 pound bomb | 113 | 3300 | 90 |
| ロケット | 重量 (kg) | 攻撃力 | 加害半径 (m) |
| 5"HVAR | 64 | 1200 | 40 |
|---|
機体
| 名称 | 耐久値 | 重量(kg) |
| XF4F-3 | 180 | 2603 |
|---|---|---|
| F4F-3 | 190 | 2613 |
| F4F-4 | 200 | 2763 |
エンジン
| 名称 | 馬力 | 重量(kg) | 方式 |
| R-1830-76 | 1200 | 567 | 空冷 |
|---|---|---|---|
| R-1820-94 | 1350 | 580 | 空冷 |
| R-1820-70 | 1450 | 620 | 空冷 |
| 派生元 | F2A Buffalo |
|---|---|
| 派生先 | F4U |
解説
史実
F4Fは、アメリカ合衆国のグラマン社が開発し、第二次世界大戦中に使用された艦上戦闘機である。愛称はワイルドキャット(Wildcat、山猫または野良猫の意。意地悪女という意味も持つ)。
後に続く同社製戦闘機の俗称となる「猫一族」の嚆矢となる。
ゼネラルモーターズ社でも生産され、GM製の機体は「FM」と呼称される。
生産機数自体はゼネラルモーターズ社製の方が多い。
アメリカ海軍は1936年の新型艦上戦闘機の開発を、ブリュースター社、セバスキー社とともにグラマン社にも競争試作を指示した。本機の最初の設計案は複葉機(XF4F-1)であったが、それでは他の案に劣っていたため、単葉機(XF4F-2)として再設計され選定試験に応じた。
結果採用されたのはブリュースターF2Aバッファローであり、本機は落選した。しかしアメリカ海軍は本機にも興味を持ち、開発を続行させた。
日本の零戦と比べると、アメリカ軍報告中にもあるように、速度性能、上昇性能、機動性能(特に低速時の格闘性能)で明白に劣っており、大戦初期には苦戦を強いられた。有名な空戦戦術「サッチウィーブ」を考案し、ミッドウェー海戦の時に零戦を1機撃墜したジョン・サッチ少佐も次のように述べている。
“(ミッドウェー海戦の零戦との戦闘で)我々が生還できたのは、奇跡としか言いようがない。F4F-4型は上昇力、運動性能、速力のいずれの点でも、情けないほど零戦に劣っている。 ”
一方、緒戦においても、「エンタープライズ」などに配備されていたほか、同艦がウェーク島に輸送した12機のF4F(VMF-211)のうち、日本軍の攻撃から生き残った4機のF4F(一説には5機)が反撃を行い、駆逐艦「如月」を撃沈するなど、圧倒的な兵力で押し寄せた日本軍に対して奮戦した事例もある。
「グラマン鉄工所(Grumman IronWork)」と呼ばれるほどの機体の頑強さからくる急降下性能や防弾性能など[5]、太平洋戦争初期において、零戦に対抗できる数少ない機として珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦などに参加した。また、アメリカ軍によりアリューシャン列島にて零戦がほぼ無傷で発見されると、鹵獲し徹底的な調査を行った。その際にいくつかの弱点が発見されると、対零戦戦術に有効に活用されることになる。
零戦最大の弱点は「高速飛行時の運動性の低下」及び「急降下性能の低さ」であった。
これを見抜いたアメリカ軍は「三つのネバー(Never)」と呼ばれる以下の勧告を、零戦との空戦が予想される全てのパイロットに対して行った。
ゼロ(零戦のこと)と格闘戦をしてはならない。
時速300マイル以下において、ゼロと同じ運動をしてはならない。
低速時には上昇中のゼロを追ってはならない。
またこれとは別に、「ゼロと戦闘をする際は、余分な装備は外し機体を出来るだけ軽くするように。」とも勧告している。
このような米軍の徹底的なゼロ戦の調査分析に加え、エシュロン隊形(ロッテ戦術)の徹底と、一撃離脱戦法(Dive&Zoom)やサッチウィーブ等の戦術が米軍内に浸透し始めると、零戦との力関係は互角以上となりキルレシオが向上(米軍の公式記録によれば、太平洋戦争でのゼロ戦とF4Fのキルレシオは開戦当初からミッドウェー海戦までで1:1.7、一撃離脱戦法とサッチウィーブが徹底された1942年年間のキルレシオで1:5.9、太平洋戦争全体を通じたキルレシオは1:6.9とされている)、後継機であるF6Fの投入まで米軍の主力艦載機として、その後も護衛空母搭載機として日本軍機と激闘を繰り広げたのである。
一方、ドイツ空軍との戦いにおいても、北アフリカ戦線において、英軍の「マートレット」を含め活躍し、海上では護衛空母に搭載されて対潜哨戒に使われた。ドイツの戦闘機は概ね高翼面荷重の高速機であった為、対日戦の場合とは逆に、艦上機としての低翼面荷重を生かした格闘戦でこれに対抗した。 また、零戦程ではないにしても、1941年時点の第一線級戦闘機の中では航続距離は長い部類であり、海上でも安定して戦えたことは、スピットファイア、Bf109と比べて大きな特長であった。
F4Fは日本では開戦初頭のアメリカが守勢に立っていた時期に使用されていたこと、また後継機のF6Fの活躍が目覚ましかったこともあり、長らく「零戦には性能で遠く及ばない”やられ役”」の扱いを受けており、その性能が公平な視点から分析・比較されるようになったのは近年のことである。
出典
F4F Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/F4F_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)

