プロローグ
レジェ・クシオ──拒絶区画とも呼ばれたメギドたちの都市は、深夜になっても活気を失うことはない。それはメギドたちの『議会』においても同様である。
睡眠をあまり必要としない純正メギドたちは議会の一室で夜通し議論を重ねていた。眠らず長時間の議論を進められると聞くと、ヴィータからすれば驚きや、はたまた羨ましいとも感じられるかもしれないが、『個』を持ち、自分の意見をなかなか曲げられないメギドにとっては『議論』自体が得意なことではない。
このように議会場が長時間『議席持ち』のメギドで溢れかえるのも、議題のひとつであろうと話がまとまるのに時間がかかってしまうという理由が大きい。そもそも彼らにとって、話し合いで社会の運営を行う機会などほんの少し前まで殆ど無かったのである。
◇
ゲストレイスは、議事録用のフォトン端末を机にコツンと音を立てて置き、わざとらしく咳払いして議会上のメギドたちの注目を集めると大きな声で叫んだ。
「静粛に!……本日の小議会はこれで終了とする!次の議題については、日が昇った後に開始予定だ
……で、よろしいですね、8魔星の方々」
「……あぁ」
答えたのは8魔星のサタンである。
サタンの合図を皮切りに、議会に出席していたメギドたちはめいめいに退席していく。
「今日も片付いた議題はこれを合わせて二件だけでしたか……」
「……まったく、話が一向にまとまりやがらねぇ」
サタンは眉間に皺を寄せながらゲストレイスに言葉を返す。
◇
『大いなるバビロン』──その厄災の破壊をソロモン王率いる軍団メギド72が成し遂げてからしばらくの月日が流れていた。フォトンが枯渇していた宵界メギドラルも、バビロン崩壊の折に各世界へフォトンの再分配が行われた結果、再びフォトンの溢れる世界へと復活の兆しを見せている。それまでフォトンの枯渇にあえいでいたメギドたちも、これでようやく本来求めていた古き良き戦争が行えると歓喜した。
しかし今度は別の理由で、メギド同士の戦争に新たなルールが設けられることになる。その理由はいくつかあるのだが、最も大きなのが、マグナ・レギオに属するメギドがその数を大きく減らしてしまったことにあった。
先のハルマゲドンの勃発、そして『母なる白き妖蛆』が率いる幻獣の大軍勢との正面対決、更には『混沌世界メギガルド』で巻き起こった空間崩壊、極めつけにメギドたちの生みの親とも呼べる上位存在『カトルス』の無差別な『叫び』によって、多くのメギドが犠牲になっていたのである。
また、世界は元に戻ったものの、メギドもヴィータも無作為な場所へと飛ばされてしまったことで、混乱期はその後しばらくの間続くこととなる。そんな状況だったこともあり、どの世界の種族もまずは自分たちの住む世界に帰ることが最優先課題となった。その間、無駄な争いや殺戮も無く、奇跡的な均衡を保ちながら、メギドとヴィータ、そしてハルマが協力しあいながらバラバラになった者たちを元の世界に戻していったのだった。
メギドラルでも、『はぐれヴィータ』をヴァイガルドへ帰すというミッションが『統一議会』により全メギドへ公布された。そして凡そのヴィータがヴァイガルドへの帰還を果たせたことで、次第に役目を果たしたメギドたちがレジェ・クシオに集まるようになった。そこでようやくメギドたちは先の戦乱で失った同胞の数を把握するに至ったのである。
『想獣』によるメギドの新しい発生により、メギドの種としての存続は果たされたものの、今現在のマグナ・レギオに属するメギドをこれ以上減らすことは、今後再び予期せぬ脅威に晒された際の防衛力を弱体化させることにも繋がってしまう。また、枯渇したフォトンを求めて計画された『ハルマゲドン』がその必要性を失ったことで、いよいよマグナ・レギオは自分たちが推進してきた『戦争社会』そのものの在り方について見直す段階に来ていた。
◇
先ほどまで議会場でメギドたちが行っていた『小議会』も、昨今のメギドラルで活発に行われている会議である。
この、『大いなる意思』を用いない会議自体はフォトン枯渇時代から定期的に開かれていた。
但し会議の内容はハルマゲドン計画や、大いなるバビロン計画など社会全体を動かすような大きなものではなく、どことどこが戦争をするだとか、新たに棄戦圏を追加するだとか、『まつろわぬ者』たちへの攻撃にどこの軍団を派遣するだとか、そういったものが主な議題であった。
しかしこの小議会も、当時取り仕切っていた『対話派』のダンタリオンが追放刑を受けてからは、開催される頻度はめっきりと減っていった。
そして、偶然なのか図られたことなのかは不明だが、以後の議会では『赤い月』計画の実行が主な議論の内容となっていく。
そんな経緯もあり、これまで物事の是非が『戦争』によって行われていたのが、『会議』での話し合いで決定していく急速な変化には、メギドの中には反発を覚える者も少なくなかった。
それを取り仕切る8魔星のサタンでさえ、こんなまどろっこしいことに時間をかけずにサクッと戦争で解決したいもんだぜと内心では思っていた。
「世界修復後の『統一議会』で休戦季(ネガルマ)だけじゃなく、常に戦争が禁止されるようになったからな…」
「戦争の禍根にならねぇなら遠慮なく発言が飛び交うってもんだろ」
不満を顔に表していたサタンに対してモレクがそう話すと、バールベリトも続く
「議会に限った話じゃねぇぞ
今じゃ無意味に命やフォトンが失われるような戦争は暗黙で避けられるようになったからな」
巷じゃ『賭け戦争』なんてのも流行ってやがるぜ」
『賭け戦争』は、かつて軍団メギド72と懲罰局との全面戦争がフォトン解放区で勃発した際に、メギド72の軍団員であるメフィストが周囲で様子をうかがっていた他軍団のメギドたちを巻き込んで「どちらが勝つか?」にフォトンを賭けさせたことに端を発する。
懲罰局戦争で大いに盛り上がったメギドたちは、やがて戦争の代替にこの『賭け』を行うようになった。
『浮島落とし』もそんな賭け戦争のひとつである。
「『賭け戦争』だ…?それ流行らせたの絶対メフィストのヤツだろ!
ったく、どいつもこいつもハルマゲドンを白紙に戻した途端に好き勝手しやがって…」
サタンとしてもそんな賭け事を思いつくメギドに元部下の心当たりしかなかったものの、急速に変化していくメギドラルに思わず悪態が出てしまう。
「しかし先のハルマとの戦争や、メギドラルを二分した大戦争、母なるものの幻獣勢力、混沌世界においての戦いで多くのメギドの命が失われたのは事実だ」
「今はメギドラルにフォトンが戻ったとはいえ、メギドの数を原状回復させていかねばなるまい」
ベルゼブフ──として今は8魔星の一員となったそのメギドはサタンに対して正論を話す。
「だからと言って急にメギドたちが話し合いで問題解決できるもんでもねぇだろ」
だいたい、こういう場で取り仕切ってたダンタリオンはどこ行ったんだよ」
「ヤツならヴァイガルドにいるぞ
今日はメギド72の手伝いをしているそうだからな」
エウリノームがそう言うように、追放刑を受けたダンタリオンだったがメギドラルの激動期に再び議会での取りまとめを行って以降、世界が落ち着いてからもレジェ・クシオに召集されることが度々あった。
「アイツがいねえなら、まとまる話も猶更まとまらねぇだろうが」
サタンとしてはこの小議会の立ち位置もベルゼブフ派とのバランスをとるための参加でしかなく、できることなら中立の立場として、追放メギドとなったダンタリオンにこの小議会をまとめてもらえるのはありがたいことであった。
もっとも、その相対する本物のベルゼブフは既にメギドラルから去り、ソロモンたちのアジトで暮らしているのだが。
「それを束ねるのが8魔星じゃないのか
ダンタリオンといえど、今では転生して両親と共に暮らしている幼きヴィータなのだ……小議会があるごとに呼びつけていたことの方が問題だろう」
それまで黙り込んでいたエウリノームが唐突に正論をぶつけてくる。
サタンとしては8魔星としてろくに活動していないのはお前もじゃねえかと言ってやりたい衝動に駆られはしたが、ある時期を境に同じくまともに議会に出席しなくなった自分も偉そうなことは言えないため「フン」とだけ鼻を鳴らして目を横にそらすのだった。
だがそこである人物に思い当たる。そう、いつもこういう場で勝手と言ってもいいほど話をまとめたがる存在が、なぜか今この場にいないのだ。
「そうだ、マモンだ!なんでアイツがいねぇ」
マモンは以前から、どのような些事を話し合う議会にも顔を出していた。今回の小議会にしても、メギドラルの行く末を占うほどの中身ではないにしろ、新たな社会を構築する上で必要な議題を話し合ってはいる。
だからこそ自分もベルゼブフたちも顔を出しているというのに、そこにマモンが来ないというのはおかしな話である。
マモンは8魔星の中でも以前からマグナ・レギオを動かす面で重要な立ち位置にいた。組織された大元の経緯から、本来8魔星の中でも強い影響力を持つのはサタンとベルゼブフだったが、強すぎる影響力は結果的にメギドラルを二分する戦いへと発展してしまった。
戦争よりも対話が求められるようになりつつある今のメギドラルにおいては、サタンもベルゼブフも先の戦乱では大きな派閥争いを引き起こした張本人に他ならないため、できればマモンに中心となってもらった方が余計な火種をくすぶらせずに済むのだった。
世界が変化した以前のマモン自身はどちらかというとサタンと結託することが多かったが、それも同盟を組むというよりはベルゼブフ率いるフライナイツに水面下で対抗する勢力がサタンやマモンの陣営だったことが大きかった。
「マモン様については私が言伝を承っています」
「おう、言ってみな」
ゲストレイスがマモンからの言伝を話し始める。
「今回の小議会についてだけど、私とルシファーは欠席するわ。メギドラルも落ち着いた頃だからヴァイガルドに行くことにしたの
どうせプロセルピナも姿を現さないのだろうけど……あなたたち、今まで散々無断欠席してきたんだから、たまには男たちで議会を何とかしなさい。いいわね」
サタンはいかにもマモンが言いそうな言葉として頭の中で変換して聞いていた。
「アイツ、何考えてやがんだ……」
「議会の出席率のことを言われてはここにいる我々の誰もがマモンに強くは言えまい」
「いや、俺は割と出てた方だぞ!」
サタンに対してベルゼブフが答えるが、バールベリトに関してはフライナイツ時代にもマメに出席していたことをここぞとばかりに訴えるのだった。
「いないヤツにこれ以上とやかく言っても仕方ねえか……
ただ、あのルシファーも出てこねえのは正直驚いたぜ」
「あいつこそ、次の統一議会あたりで正式に8魔星を降りる気なんじゃねえか?」
「!? マジかよ…いつそんなこと言ってやがった」
バールベリトがそう話したため、サタンは驚く。こうした『裁定』が必要な場にこそ、ルシファーなら率先して現れると思っていたからである。
「ああ…あの後、色々と目まぐるしかったからなぁ
確か抜ける意思をルシファー本人から聞いたのは今いるメンバーだと、俺とベルゼブフだけだったか」
「いや……私は『今の』ルシファーとはろくに話したこともない
おそらく、母なるものの受肉後に僅かな間、覚醒していた方の『私』だろう」
「俺とベルを『大いなる意思』に封じ込めた時の人格か……。追放刑や、懲罰局も無くなって、8魔星も抜ける覚悟となると
……ベルやアスモデウスに続いて、ルシファーもヴァイガルド側に身を置く覚悟なのかもしれねえな」
サタンはそう口にしてから、ふと今不在の相手が脳裏をかすめた。
(まさか、マモンのヤツも……)
「あれだけのことが各世界で起きたんだ。変わらねェ方が無理ってもんだろ」
「だけどよモレク…」
「ヴァイガルドのヴィータのことも、今じゃ『隣人』と呼ぶ『新世代』も多い。
片や、未だにオマエのでっち上げた『ハルマゲドン計画』に執着している一派もいる。
変わっちまった今の世界で、8魔星によるメギドラルの意思統一も難しくなっていくのかもしれねぇな」
サタンによぎった不安を読み取るように、モレクはそう話す。
「そういえば『デンジャー・ストライク』のヤツらもしばらく見てねぇな」
「ハルマとの休戦に強く反対していたからな。いずれは対峙することになるかもしれん」
そんなバールベリトとベルゼブフの会話を聞き、サタンは不敵に笑って見せる。
「そんときゃ再び戦争で応えるだけだ」
「何、そう簡単に時代は渡さねえさ…ク・ク・ク!」
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