【アナタの標に成れたなら】

Last-modified: 2020-04-30 (木) 14:15:14

概要

此の道は悪終道に当たる。
或る日に家出をした主人公は或る女性に助けられ、暫く交流を持つ。だが其の後、恩人が自殺してしまう。其の後、意図してか同じ運命を辿る。終で其う取れる描写をする。

ブラジャー→衬衣
キャミソール→衫衣
ワイシャツ→襯衣
ベスト→袢衣
背広→褂衣
コート→纏衣
パンティー→褻裳
股引→亵裳
パニエ→襦裳
スコート→裠裳
ズボン→裙裳
オーバースカート→帬裳
HS6年3月某日――(左の)助手席に座る学装(上服は脱いで掛け布団代わりにして居る)の《《スグ》》が目を覚ますと、窓の外には見知らぬ風景が広がって居た。
「⋯⋯あっ、あの《《ふつづ》》さん。今何処ですか?」
己の車を運転する喪装(上服は運転席の頭《ヘッド》| 《・》抑制《レストレイント》に引っ掛けて在る)の同い年の女性〖青《さお》天《あま》井《い》| 《・》増《ふ》続《つづ》〗に尋ねる。
「《《ワタシ》》の家が在る県には入ったから、小一時間で着くと思うよ」
「其の途中に用役区域《サービスエリア》か便利《コンビニエンス》| 《・》店《ストア》⋯⋯はぁはぁ。其の何方かって在りますか?」
返答をするや否や、更なる質問を投げ掛けたが、其の表情は優れているとは云い難く、
|Balashoe《バラシュー》 |Zairova《ザイロヴァ》 【豊里耳《とよさとみみ》| 《の》神子《みこ》】 〈|HS《ヘーセー》〉 〖五味田《ごみた》| 《・》葛生《くずお》〗
邦暦―― HS6年4月11日。事無渠中学校の昇降口でスグが、黄色の前護謨靴を脱ぎ下駄箱に入れた直後、外履の上に一通の手紙が乗って居るのに気が付く。
〝果たし状とかかな? 入学早々学服が襤褸々々に成るとか運が無いなぁ〟
其う思い乍ら封を開け、中身を黙読する。
〝えっ!? 『今日の放課後、体育館の裏で待ってます』……ボク其所への行き方良く分かんないんだけど〟
思っていた内容と違い驚かされた。
だが其れ以上に、不親切な呼出しに困惑した。
〝全く、新1年生を呼出すなら裏面に地図の1つでも描いて呉れれば良いのに〟と不満が募る中、目的地への行き方を知る為、上履の色が違う生徒を探す。
〝青……は確か2年生だっけ? 彼の人にしよう〟
尋ねる事にしたと或る女子生徒の下に近寄り「すいません」と声を掛ける。
洋宿《ホテル》〖|ATEDEMO《アテデモ》〗の5階の一室で中学生の〖やさ〗が目を覚ますと、傍らに茶髪の女性が寝ていた。
服《ドレス》襯衣《シャツ》一枚――ではなく寝服《パジャマ》の上下を着た女性に目を遣った後、直ぐに己にも視線を注ぐ。
やさの恰好も女性と似たか寄ったか――揃《ペア》風体《ルック》と云って差し支え無い意匠《デザイン》の物で、女性との関係は決して浅くは無い事を指し示していた。
〝眠ってる⋯⋯のかな? だったら起きる前に逃げた方が良いよね〟
胸中で其《そ》う思い、退室する為に床に足の裏を付けようとした時、
「きゃん」
突如、右手を握られて思わず声を上げてしまう。
即座に、其れをしている人物であろう女性の方に顔を向けると湿《ジト》目でやさを見詰めていた。
「⋯⋯⋯⋯」
丸で【蛇に睨まれた蛙】みたいに動けず、声も上手く出ない。
〝動けない。押し退けてでも外に出なきゃならないのに。何うしたら良い、何うしたら良い……〟
此のまま会話に持ち込んでも上手く立ち回れないので、必死に頭を働かせ打開策を考える。
然し、
〝くっそぉ、眼差しの所為で全くと云って良い程集中出来ねぇ〟
結局、何にも浮かぶ事は無く意を決して話
「あの済《す》いません。其方《そちら》〖真似《まね》| 《・》誰何《すいか》〗さんのお宅で宜《よろ》しいでしょうか?」
〈|HS《ヘーセー》〉2年7月某日。〖事無彼荘《ことなかれそう》〗の564号室の扉を開けるべく〈校装《こうそう》〉の少女――《《すいか》》が己の鞄に手を入れる。が併し⋯⋯
「あれっ!? 鍵が無《ね》ぇ」
衣嚢《ポケット》や其《そ》れ以外の場所も弄《まさぐ》るが、お目当ての物は出て来ない。
〝くそっ、一層《いっそ》窓を割れば何《なん》とか⋯⋯〟
其んな危うい考えが浮かんだ矢先、
「すいかちゃぁん」と声を出しながら階段を上る者が居た。
喪服を着た女性――《《むかえ》》が近づいて来て、
〖凡星駅〗に各停中の列車に〖ヘヅチ〗が乗り込むと、吊革を持つ程では無いが席の過半数が埋まっていた。
〝空いてる場所、空いてる場所⋯⋯有った〟
暫く見回すと、幾つか誰も座っていない場所を見つける。
〝一番近いのにしよ〟
乗り降りの際の移動を面倒臭がり、出入り口から最短の距離に在る場所に腰を下ろす。
直後、プシューと鳴りながら扉が閉まり、ガタンゴトンと音を立て、次の目的地を目指して動き出す。
〝終点まで眠ろ〟
其う決めて寝ようとした其の時、
「⋯⋯セン」
「はっ!?」
突如、右側の耳元で声を出され、意識が一気に現実に戻って来る。
「えっと、何?」
思わず声のした方に体を向けると、
「〖良染《ラセン》〗⋯⋯其れが《《わたし》》の通称、元い渾名だよ」
ヘヅチと同い年位の少女――ギガンがいた。
「あっ、はい。《《うち》》は〖経土《ヘヅチ》〗って云うの⋯⋯あっ、勿論貴女と同様に渾名ね」
開口一番、相手が名乗ったのでヘヅチも自己紹介をする。
其れと同時にギガンの体に視線を遣る。
〈|HS《ヘーセー》〉6年8月某日――〖雑星中学校《ざっせいちゅうがっこう》〗の屋上で〖ヘヅチ〗は苛めを受けていた。
〈嬢《ぜう》ちゃん〉
〈冬眼《ふゆまなこ》| 《・》流岩《リュウガン》〉(本名〈冬眼《ふゆまなこ》| 《・》釛之助《こくのすけ》〉)
〈皇国大学《こうこくだいがく》〉
並立襟の服《ドレス》襯衣《シャツ》(学蘭《ガクラン》同様、第一釦は裑上《みごろうえ》釦)
勝拾《かとお》|木々一《ききかず》
→ヘヅチ 度達《たびだち》 | 《・》土還《とかえ》 たびだち とかえ 経土《ヘヅチ》 ヘヅチ うち きみ  
→ナタメ 方角《ちらつの》| 《・》誅女《ちゅこ》 ちらつの ちゅこ 方女《ナタメ》 ナタメ こなた そなた  
→へづち 度経《タビダチ》 | 《・》土還《トカエ》 タビダチ トカエ 経土《へづち》 へづち ウチ キミ   
参→ナタメ
肆→へづち
伍→ナタメ
陸→へづち
漆→ナタメ
捌→へづち
玖→ナタメ
拾→へづち
終→全前日譚
零→全 後日譚

序 壱 弐

鳫涅《カリソメ》| 《・》偽《イツワ》 カリソメ イツワ 涅鳫《ねがん》 ねがん
鳫涅《かりそめ》| 《・》偽《いつわ》 かりそめ いつわ 涅鳫《ネガン》 ネガン
利己《とおの》| 《・》苛《さいな》 とおの さいな 利苛《リイラ》 リイラ

台襟や低立襟では着物の襟首に肌が触れてしまうからであろう
踝下の裳裾、踝中の袖と横襠靴、踝上の単皮、
彼の時代にさも当然の如く洋靴を履くなど時代の先取りにも程がある。
最も、首都でも大学でも無いのに学蘭を学服として用いていた作品よりかは、遥かに時代考証を確り遣れていた訳だけど
本革《レザー》 合皮《れざぁ》 麻布《ズック》 短靴《シューズ》 長靴《ブーツ》 直線《ストレート》片《チップ》 踝《ロー》下《カット》 踝《ミッド》中《カット》 踝《ハイ》上《カット》 滑入《スリッポン》 編上《レースアップ》 忍寄《スニーカー》 硬貨《コイン》怠者《ローファー》
ナタメ(主人公)銀髪 ネガン(死人(数箇月前))黒髪 ねがん(主裏)白髪 タット (死人(数日前))釛髪 たっと(副表)白髪 リイラ(敵)血色 
〈HS〉六年某月某日の朝方。
窓掛の隙間から天然の光が寝室に差し込む。
それに触発されたように、其処の寝台の上で横に成っていた寝装の少女―― 〖ナタメ〗は体を起こす。
敷と掛の布団の間に潜り込んで早六時間。
一睡も出来ず、剰え目の下に隈が出来る始末。
俊敏さの欠片も無い体を引き摺って、休み休みで素足を床に付ける。
立ち上がろうと力を込めるが怠くて叶わない。
〝体が鉛みたいに重い⋯⋯それに室内なのに寒い〟
声を出すのも億劫なので心の中で其う呟く。
衣々が開襟・裑中、裑下の二釦・踝上袖・胸下衣裾、裳々が低裳裑・踝上裳裾。
ナタメの寝衣は其んな胴体部の露出が顕著な物なので冷気を強く感じるのも致し方ない。
増してや冬に近づく此の時期では、上衣の一枚でも羽織らなければ、例え確り眠っていても体を動かし難いのだから尚更だ。
〝疾っ疾と箪笥から内套取って来よ。はぁ⋯⋯〟
溜息を吐き、一思いに目的地まで移動する。
だが⋯⋯
「あぎゅ」
直前で止まる事が出来ず激突してしまう。
制動足踏の取れた車のような状態で動き出せば此うなる事位、ナタメは経験上知っていた。
しかし判断力の鈍ったナタメは目先の事に囚われ、其の後に待ち受ける事柄についての思慮が及ばなかった。
〝痛い痛い痛い痛い痛い⋯⋯〟
心中で大袈裟な反応を示すが、客観的に見れば其処までの重傷と云う訳ではない。
むしろ本当に痛い時には『痛い』などとは言えないのだから。
〝早い所回収しちゃおう〟
目当ての物が在る引き出しを開け同じ色の内套――胸衣・女股裳・足套を取り出す。
其の二つを片手で握る。
そして⋯⋯
〝やれやれ⋯⋯また彼の衝撃を味わうのか⋯⋯〟
少々項垂れた後、覚悟を決めたように箪笥を閉め、その反動を利用し寝台の在る方向へ体を飛ばす。
「あぁ~」
悲鳴を漏らしながら布団の上に背中から飛込する。
〝持ってるよね?〟
不安になり左手に目を遣る。
〝ふぅ、良かった〟
ホッと一息吐く。
感覚が鈍っているので落とした事に気づかないかもしれない。
其んな不安は急に終わり、少し皺が寄る暗いには確りと握られていた。
〝此んな調子じゃ授業も碌に聞けない。少しだけでも寝てお⋯⋯こう⋯⋯〟
其れに安心し、同時に身を案じたナタメの意識は一分も経たずに落ちていくのだった。

気付けば烏賊墨の世界にナタメは立っていた。
色が分かり難いものの、周囲の情景から人通りの少ない裏道的な所であることを理解する。
〝えっ!?〟
上方や周囲に気を取られて気付かなかったが、下方――足元に人の形をした何かが俯せであった。

其れの腹周りは液体的な物が付いている。
体の正面が見えないので不明な点があるが、倒れている物が屍で腹などを刺されていたとしたら、其の液体は血液を置いて他には無い。

寝装《しんそう》の少女――《《ナタメ》》は烏賊墨《セピア》色の世界に立っていた。
〝〟
〝〟

学装の少女――《《タット》》

「はっ!?」
〈|HS《ヘーセー》〉6年某月某日の暁時の事。
〈体夢〉から目を覚ますと寝衣が余す所無くぐっしょりと濡れているのに気付く。
〝〟
〝〟
衣袖・裳裾が踝上の洋甚平を脱ぎ、内套・学服を着ていく。
そして寝台の上の髪留を拾い、姿見の前に立ったとき、
「⋯⋯はぁ」
タットと同じ(都会流行の)着熟しの学装――其れを鏡越しに目にしたと同時に、顔が暗みを帯び、気分もやや下がる。

「あのさ⋯⋯鳥渡良い?」
中学校での昼食を終え席を立って間も無く、《《ナタメ》》は背後から声を掛けられた。
「ん? 何ですか?」
振り向きながら其う問い返す。
直後、視界に映ったのは今まで喋った事が無い、別の組乃至違う学年の《《生徒》》だった。
〝⋯⋯誰?〟
其の言葉を口には出さず心の中で呟く。
眼前の生徒は上服の袖を捲り襟を立てていた。其れは、ナタメの様な〈都会《セントラル》流行《スタイル》〉、周囲の者の様な〈地方《ローカル》流行《スタイル》〉、其の何方とも異なる(強いて云えば後者寄りの)着熟しだった。
「《《ボク》》は〖鳫涅《カリソメ》| 《・》偽《イツワ》〗――皆からは〖涅鳫《ねがん》〗って呼ばれてるんだ」
其う自己紹介した生徒――《《ねがん》》は間髪入れず、
「理由は後で話す、だから今直ぐ空き教室に来て欲しいんだけど⋯⋯大丈夫?」
と、問うて来た。
「べっ、別に良いけど⋯⋯」。
取り敢えず断る理由も断らない理由も無いので、相手の意に添う事にした。
「と云う訳で善は急げ、早っ早と行こうか」
ねがんは早歩きで目的地に早歩きで向かい始める。
ナタメは其の背中を追い、数秒遅れで退室した。
〝凄い喋るなぁ、此んな人が《《あたい》》に何の用なんだろう? まっ、同性だからよもや襲われるなんて事には成らないだろうけど⋯⋯〟
暫く考え答えを探すが結局、
〝聞くのが手っ取り早いだろう〟
と云う結論に達し少々距離を詰め、
「あのさ⋯⋯知ってるか分からないから一応するね。《《ウチ》》は〖方角《ちらつの》| 《・》誅女《ちゅこ》〗――皆からは〖方女《ナタメ》〗って呼ばれてるんだ」
意図して(一人称と己の本名と通称を除いた)ねがんの科白を模した自己紹介をした。
「ごて⋯⋯」
「何う云う用事か教えて頂けませんか? 『後で話す』とは言われてもウチは其んなに気は長くないので着く前には説明してもらいたいのですが」
恐らく『ご丁寧にどうも』と言おうとした言葉を遮って意趣返しと云わんばかりに此方から一方的に話し始める。
と云っても口下手な性分の所為で二の句が思い付かず、
〝⋯⋯ずるい、あんなポンポン言葉を並べれて〟
と、嫉妬が入り混じった目を、話題其方退けで向けていた。
其んな視線(と言葉を中断された事)を意に介した様子も無く律義に、
「ごめんね、実は⋯⋯」
冒頭で謝罪の言葉を述べ、理由を告げ始める。
しかし⋯⋯
〝意図が掴めない。否、本当は分かってる。どうせ此女も他の奴らと同じ⋯⋯〟
「⋯⋯と云う訳なんだ」
「えっ!?」
思考に夢中に成る余り説明を碌に聞いていなかった。
〝ヤバい、話全く聞いてなかったよ⋯⋯〟
無口な性格の所為か動揺は顔に出なかったが心中では酷く焦りを感じる。
「あっ、ああ其うだったんだ」
と、適当に相槌を打った。
〝⋯⋯やっちゃったな〟
と数秒の後に後悔する。
聞こうとして聞き逃すなど本末転倒も良い所。
〝⋯⋯何を言っていたかは分からない、でも人通りがある中で教えられる事であったのは確かだろう〟
一度肯定した手前、再び聞くのは難しい。
故に想像で其の内容を特定する事しか出来ない。
彼れ此れ考えるが結局欠落した箇所が多過ぎて話の本筋すら分からない。
〝⋯⋯と、其う此うしてる間に着いちゃったよ〟
と或る空き教室にねがんが入っていくのを見て、其う思いながらナタメも後を追う。
「⋯⋯で、具体的に何んな要件で此処に連れて来たの?」
其れから十秒弱の時が経った後、意を決したように飛び降りる。
〝〟
〈眠装〉の中学生――〖ナタメ〗は知らぬ間に烏賊墨色の世界に立ち尽くしていた。
金縛りに成ったみたいに四肢は動かず、屍のように胸が上下しない。
只、目だけが機能し眼下の光景を捉えていた。
周囲の特徴から何処かの屋上である事は分かった。
そして己以外に居る人間――その素性まで含めて理解出来てしまった。
〝〖タット〗⋯⋯何うして貴女が此処に?〟
口が動かないので心の中で其う思う。
普段のナタメと同じ〈都市的〉な着熟し方の〈学服〉――其れを纏ったタットが金網に手を掛け崖っぷちに立つ。
〝はっ、目先〟
此の後のタットがするであろう行動を察した。
しかし、だからと云って何うする事も出来ない。
 依存《えながら》| 《・》屋戸樹《やどぎ》→宿り木→ミスティルテイン 仮身納《かみな》| 《・》宿借《やどか》 →宿借り→パグールス |MISTILTEINN《ミスティルテイン》 |MIST《ミスト》 |LTEINN《ルテイン》 |PAGURUS《パグールス》 |PAGURU《パグル》 |BALASHOE《バラシュー》  |ZAIROVA《ザイロヴァ》  産男《むすお》 産女《むすめ》 産子《むすこ》 帝児《ひおみこ》 帝娘《ひめみこ》 帝彦《ひお》 帝姫《ひめ》 帝子《みこ》   

「ふぁっ、何んだ〈体夢〉か」
〖みすと〗がベッドの上で目を覚ます。

第三部のOPの
西暦1986年5月11日から10月29日
HS1年
洋暦

三釦で開襟の寝衣で袖と下裾は踝上
臍上の上裾で臍下下裑――寧ろ冷えない方が可笑しい位よ

依存《えながら》| 《・》翠人《みすと》| 《・》屋戸樹《ヤドギ》→依存《えながら》| 《・》翠人《みすと》→みすと 
依存《えながら》| 《・》流照飲《ルテイン》| 《・》屋戸樹《やどぎ》→依存《えながら》| 《・》流照飲《ルテイン》→ルテイン 
依存《えながら》| 《・》波包《パグル》| 《・》宿借《やどか》→依存《えながら》| 《・》宿借《やどか》→やどか 
首口《ネック》 上裑《ボディス》身衣 上裾《スカート》居衣 穿口《ウエスマン》 下裑《ライズ》股上 下裾《インシーム》股下 折返《クリース》 折返《ラッピング》 裾口《ヘム》
|REMILIA《レミリア》| 《・》|SCARLET《スカーレット》 |CUSULA《キュシュラ》| 《=》|REIM《レイム》 |BAROK《バロック》| 《・》|VAN《バン》|-《=》|ZIEKS《ジークス》 四季《しき》| 《・》映姫《えいき》 坂上《さかのうえ》| 《の》田村麻呂《たむらまろ》
月《モン》| 《=》本《リベル》| 《・》皇帝《カエフィリ》→月帝《モンデイ》/帝子《みこ》/皇《みかど》/王《きみ》
|MJ《メージ》 |TS《タイショー》 |SW《ショーワ》 |HS《ヘーセー》 |RW《レーワ》[#lcd802b8]
「⋯⋯はっ!」
〈邦暦《ほうれき》〉――〈|MJ《メージ》〉某年某月某日の朝方。
〖図館《はかだて》| 《・》余他《あまた》〗こと〖あまた〗が目を覚ます。
寝惚け眼でこの部屋――応接間の掛時計に目を遣る。
「今は九時半⋯⋯最後に見たのが八時二〇分位だったから半刻近く寝てた事になるのか⋯⋯」
驚きは顔や態度にそれ程出てはいない。が、内心では〝マズい、しくじったなー〟と思いながら焦りを感じていた。
ここが自宅なら兎も角(例え己の家でこんな時間まで眠り扱けるのもそれはそれで問題だが)他所様の家、それも今日から職場になるであろう場所で転寝をしてしまったのだ。心証が悪くなる事はあっても、これで良くなる事は決してない。

図館《はかだて》| 《・》余他《あまた》 
が転寝から目を覚ます。最後に時計を見た際には七時三七分を指していて、現在は八時一〇分を差していた。詰り三三分以下の間眠っていたと云う事になる。幸か不幸かその間に待ち人は来なかったらしい(最も来て居いたら来ていたで大変な事に成っていただろうが)。只々待つのも退屈だったのでリスクこそ有ったものの良い暇潰しにはなった。だが良い事尽くめではなかった。低立襟の服襯衣(円形尻尾で正背の裾は股引越しの股尻を隠す)が少々寝汗で湿っている。これでは待ち人からの心証が悪くなる可能性があった。故に慌てて羽織(腿中丈で袴の投げを隠せる――今着ている和無袖の着物はこれより少し長い丈)に袖を通し、襯衣の露出部分を減らす。付け焼刃だが遣らない寄りは増しだろう。そして身形の整えはこれだけではない。己が座る椅子の裏に置いておいた踝中丈の靴一組を手に取り足元に移動させる。その直ぐ後踵の上まである馬乗袴の裾をたくしあげ脛から爪先までが露わになる(最も踝下まである股引とそれの裾口に履口を仕舞った足套の所為で肌の露出は皆無だが)。そして慣れた手付きで靴を履くと足套がすっぽり隠れた。寛ぎたいからと脱いだ訳だがこれを見られていたらと思うと身の毛がよだつ。己の軽率な行動を恥じる。心に確り留めた後立ち上がる。袴の裾口が靴に掛かり、袴の裾も元の位置に戻る。
足套(白踝上丈) ガクラン゠トップ(台繋詰襟・甲袖・間裾・無切込) ガクラン゠ボトム(中身頃・膝下裾) 折襟シャツ(S襟・踝下袖・踝下袖間裾・七釦) ベルト(茶)
足套(白・踝上丈) セーラー゠トップ(水夫襟・甲袖・間裾・無切込) セーラー゠ボトム(中身頃・踝下裾) スカーフ(紺)  
足套(黒・踝上丈) ブレザー゠トップ(背広襟・甲袖・間裾・背切込) ブレザー゠ボトム(中身頃・膝下裾) 折襟シャツ(R襟・踝下袖・間裾・七釦) ネクタイ(深緑) ベルト(黒) 
足套(黒・踝上丈) ブレザー゠トップ(背広襟・甲袖・間裾・背切込) ブレザー゠ボトム(中身頃・踝下裾) 折襟シャツ(R襟・踝下袖・間裾・七釦) ネクタイ(深緑)
足套(黒・脛下丈) スーツ゠トップ(背広襟・甲袖・間裾・背切込) スーツ゠ボトム(中身頃・膝下裾) 台繋折襟シャツ(R襟・踝下袖・間裾・七釦)
肌近→足套(中身頃・爪丈) スーツ゠トップ(背広襟・甲袖・間裾・背切込) スーツ゠ボトム(中身頃・中身頃・踝下裾) 折襟シャツ(S襟・踝下袖・間裾・七釦) 
手套《てぶくろ》・足套《くつした》→厚 腕套《てぶくろ》・脚套《くつした》→薄 複皮《ふび》 単皮《たび》 手甲《てっこう》 足甲《あっこう》 腕絆《かいはん》 脚絆《きゃはん》 籠手《こて》 籠足《こあ》 手掛《てがけ》 足掛《あがけ》
「うぅん?」
《《と或る桜》》に寄り掛かり眠りに就いていた〖宮処《みやこ》| 《・》香赤《かせき》〗がふと目を覚ます。日は沈み掛けていて月が昇るまで時間は余り残されていない。
「ヤバイ、寝落ちしてた⋯⋯ってもう夕暮れ時じゃん」
現在の大まかな時刻を悟り思わず立ち上がる―― が、
「痛ったい」
地べたの上での転寝が響き節々に痛みが走る。声を出すのと地に膝を突くのは略同時だった。
「戻ろ、正直心許ないけど未だ時間有るし⋯⋯」
立ち上がるのが困難と判断ししゃがみながら先程の位置と体制に戻る。
上下ジャージにサンダルと吸水性に劣る服の所為で、流れ出た汗が今尚残存し非常に不快に思う。
〝とことん付いてないなぁ――こんなベタベタしたまま回復を待たなきゃならないし、かと言って下着姿を公衆の面前で晒す訳にも行かないし⋯⋯〟
香赤の胸中では嫌と言う程愚痴が吐かれていた。
ドンドン、ドンドン――外から複数回、手と扉が接触する音が室内に響き渡る。
〝ちっ、うるさいなぁ⋯⋯無視しよ〟
声――及び部屋の主たるが冷たくそう吐き捨てると、拒絶するように布団の中に全身を隠す。
ドンドン、ドンドン――それから暫くしても音は鳴り止まない。
〝若しや居留守使ってんのがバレてんのか? 部屋に盗聴器でも仕掛けてんのか?〟
長々と続く喧しい接触音が香赤を暫し疑心暗鬼にする。
〝……ふぅ、全く――相も変わらず高圧的な態度一辺倒、懲りないわねぇ。【押して駄目なら引いてみろ】って言葉を教えて遣りたいわ……最も――してあげた所で⋯⋯だけど〟
「雨隹《さめとり》| 《・》亘木《こうき》・雨隹《さめとり》| 《・》皿子《さらこ》・雨隹《さめとり》| 《・》山人《やもうど》――この三名は死亡しました」
「あっ、あの⋯⋯無事なの?」
 「だ・か・ら、《《うち》》の息女《むすめ》の《《わかめ》》ちゃんは生きてるのかって聞いてんのよ?」
「わ⋯⋯か⋯⋯め? 雨隹《さめとり》| 《・》我代女《わかめ》さんの事ですか? それなら――」
「貴女《あなた》の息女《ムスメ》の《《ワカメ》》ですよ」
「否ぁ『嘘よ』とか言われても⋯⋯《《アタイ》》、雨隹《サメトリ》| 《・》我代女《ワカメ》以外の何者でも無い訳ですし」

わかめ ワカメ わたこ
雨隹《さめとり》| 《・》|良々女《いいこ》
弋一止《よくいっし》| 《・》|良々女《いいこ》
雨隹《サメトリ》| 《・》我代女《ワカメ》
宮処《みやこ》| 《・》亘木《わたこ》 亘る 木陰

霍青娥
髪挿《かみさ》| 《・》青邪《あおや》
羽衣《はごろも》| 《・》香赤《かせき》
雨隹《さめとり》| 《・》亘木《こうき》 綿亘 庭木 
雨隹《さめとり》| 《・》皿子《さらこ》
雨隹《さめとり》| 《・》山人《やもうど》
雨隹《さめとり》| 《・》我代女《わかめ》
宮処《みやこ》| 《・》芳《かぐわ》
宮処《みやこ》| 《・》娥《うつく》
古《いにしえ》| 《・》娥《うつく》
雨隹《さめとり》| 《・》我代女《わたこ》 我が名 代石 巫女 

土方《ひじかた》| 《・》たかつ 
土方《ひじかた》| 《・》アガト 
茨掻《バラガキ》| 《・》アガト 
茨掻《バラガキ》| 《・》たかつ 
崇《アガ》都《ト》 崇《たか》都《つ》
ネームプレートには《《土方 崇都》》と書かれていた。 
花茨のいばら、引掻傷のかき、崇拝のすう、都人のみやこ――って書きます
口で説明しながら、手では地面に《《茨掻 崇都》》と刻む。

初《しょ》氏《じ》物《もの》語《がたり》
杉樽《すぎたる》
偽《いつわり》| 《の》沈《しずみ》虹《にじ》

冬《ふゆ》眼《まなこ》| 《・》流《りゅう》岩《がん》
「⋯⋯はっ」
雨隹《さめとり》| 《・》|良々女《いいこ》がベッドの上で目を覚ます。
長袖長裾(この世界における《《長》》を冠した服の丈は概ね七割五部前後である)で寒い色をした病衣の上下に身を包んだ己の体に視線を遣ろうとする。
併し、
〝あっ〟
胸中で或る事に気づく。
布団が弊害と成って居る所為で其れは叶わない。
我慢が苦手な良々女《いいこ》は即座にそれを捲る。
そうこうしてより正確な情報を得る。
横に成り続けていたので多少は裾が上に引っ張られている筈。
にも拘わらずトップスの裾はボトムスの身頃《またがみ》を丸々隠しており、それ故に〝ワンサイズ大きいのしか無かったのかな?〟と感想を抱いた。
〝⋯⋯それにしてもどうしてこうなったのか誰か説明してくれないかしら〟
それから間を殆ど開けず興味が別の物に移る。
例え見たくて見たくて堪らなかった物でも一度見てしまえば興味が失せる。
気の移り変わりが激し過ぎるのが良々女の悪い癖であった。
〝目が覚めた時に誰かいるってのが定番じゃないの?〟
図々しくそう思いながら、分からぬ焦れったさを枕に打つける。
直ぐに形の戻る物に八つ当たりをしたのは、体を労わってか将又修理を面倒臭がったからか――それは当人にしか分からない。

「憎い⋯⋯憎い⋯⋯憎い⋯⋯憎い⋯⋯」
アパート溺情荘の五六四号室に住む者の一人――土方《ひじかた》| 《・》たかつは掛・敷布団の間に包まって延々恨み言を呟いていた。
「どうしてあんな奴が同居人なんだ。地べたを這いずるミミズにすら劣る下等生物の癖に⋯⋯」
たかつが声高々にストレッサーたる者の悪口を言う。
普段ならそんな事は口が裂けても言う事は無い。
前述の同居人は元より隣室の住民などの存在もあって胸の内に押し留め続けて来た。
しかし今日だけは違った。
そういう我慢する原因となっている者共は悉く外出しており溺情荘にはたかつ一人しかいない。
帰宅時刻を明確には知らないものの最低でも後一時間位は気兼ね無く本音を壁に打ち撒けられる。
その予想を外出前の発言から立てて、有らん限りの鬱憤を吐き出していた。
「ゴホ⋯⋯ゴホ⋯⋯」
喉を抑えながら膝を突く。
普段其処まで声を出す事は無い。
故に慣れない事をした反動が全身を襲った。
〝水飲も〟
言葉を口にする事を出来れば遠慮したかったので、胸中で呟く。
立ち上がる。
そして歩きだそうとした――その時。
〝あれっ?〟
体に違和感を感じる。
〝頭が痛い〟
苦悶の表情を浮かべながら壁に凭れ掛かる。
独り法師の現状に最初は歓喜に打ち震えていたが、今となっては〝助けて〟と、その者達の手でも良いから借りたいと思ってしまう。
〝くっそお、何に考えてんだ。あんな奴なんかを当てにしようとしかけるなんて⋯⋯俺も落ちたものだ⋯⋯〟
一瞬考えて首を横に振り自嘲する。
〝最低だな。普段は嫌だ嫌だと思っておいて都合が悪くなれば助けてください――そう思っちまうんだから⋯⋯〟

――
⋯⋯
〝〟
「」
()

土方《ひじかた》| 《・》崇都《たかつ》→土方《ひじかた》| 《・》たかつ
土方《ひじかた》| 《・》崇都《アガト》→土方《ひじかた》| 《・》アガト
茨掻《ばらがき》| 《・》崇都《たかつ》→茨掻《ばらがき》| 《・》たかつ
茨掻《ばらがき》| 《・》崇都《アガト》→茨掻《ばらがき》| 《・》アガト
偵謎《ていめい》| 《・》真実《まこと》
移党《イトウ》| 《・》有事《ユウジ》
祟羅《たたら》| 《・》彼遷《かせん》
祟羅《たたら》| 《・》呪《まじな》→祟羅《たたら》| 《・》まじな
祟羅《たたら》| 《・》呪《ノロ》→祟羅《たたら》| 《・》ノロ

〝何《ど》うして? ⋯⋯何うして? ⋯⋯〟
自室のベッドの上の掛・敷布団の間――胸の内で土方《ひじかた》| 《・》たかつは試案していた。
〝何んでなんだ? 何んで彼んな奴が同居人なんだ〟
本心では此の行為に意味なんて無い事位分かっている。
其れでも考えずには居られないのだ。
幾ら僻《ひが》んだ所で現実は変わらない。
其れを理解しているから、思っている丈では――何にか行動しなければ変わる訳が無い事を知っているから頭を働かせ策を練る。
〝矢張り⋯⋯遣らねばならぬのか?〟
其の問いは自問自答か将又《はたまた》神に縋《すが》っているのか。
当人さえも其れは分からない。
〝⋯⋯⋯⋯〟
己が胸に答えが無い。
其れを示すかの様に心中でも無言が続いた。
我は幕府の犬である
洋暦《ようれき》1995年8月9日午後9時30分――呉藍《くれない》県|葡萄《ぶどう》市|酔呑《すいてん》町|双心《ふたみ》にあるアパート溺情荘《できなさそう》の563号室から火の手が上がり炎は荘全体にまで燃え広がった。
それから30分ほどで消火が終わり、救助活動の過程で火元の隣室564号室の住民――土方 崇都が救助された。
彼男《かれ》は直ぐ、市立葡萄病院に搬送された。
発見と救急車の到着が早かったこともあり、命に別状は無かった。
しかし他の者はそうではない。
アパート溺情荘の二〇七号室から火の手が上がった。
その余波は隣室の二〇六号室に住む者の一人――土方たかつにも及んだ。
〝しっ、死ぬのか?こんなところで? ――折角覚悟を決めてあんな事までしたって云うのに⋯⋯〟
ほんの数分前までは何に不自由無く動けていた。
しかし、煙はあっと言う間にこの部屋にまで広がり、逃げる力をも奪い去っていった。
〝死にたくない⋯⋯死にたくない⋯⋯〟
胸の内でたかつは本音を漏らす。
口を介して喋る事はもう出来ないから。
〝俺は死なない―― 絶対、生き残ってやる〟
死に物狂いで床を這いずりながら廊下に出る。
体の動きが明らかに鈍っている。
必死に足掻く。
〝あ、と⋯⋯す⋯⋯くぉ⋯⋯〟
三和土が目前に迫った所で限界が来た。
後少し―― 其う言い切る事無く、たかつの意識は落ちてしまった。

土方アガトがと或る病室で目を覚ます。
土方《ひじかた》| 《・》たかつが異変に気付いた切っ掛けは些細な事だった。
空調を用いていないのに室温がおかしい位高い。
最初は最近の気候の変化は激しいなと気にも留めていなかった。
しかし尋常成らざる速度で気温・体温は上がって行った。
あっ、熱い⋯⋯苦っ、しい
数分経った頃には最早――耐え忍び続けられる状態では無くなっていた。
気分が悪くなり段々意識が朦朧として来る。
ゴホ⋯⋯ゴホ⋯⋯と咳き込みその場に片手・片膝を突く。
死んじゃうのかな
五体満足とは程遠い状態に陥り心まで参ってしまう。
地蔕を必死に這い摺る――が些とも進みやしない。
更に数分経って漸く、三和土が見える所まで辿り着いた。
だが其処で限界が訪れる。
薄れ行く意識の中でたかつが思い浮かべたのは――
人知れず点いた火は見る見る内に大きくなっていく。
その過程で生じた煙は奥へ奥へとの根を広げる。
やがて或る男の下にまで到達し部屋全体を包み込む。
「ゴホ⋯⋯ゴホ⋯⋯」
男は咳き込み直後その場に膝を――数秒後には手も自室の床に突く。
〝隣人が小火でも出したのか? それとも何処ぞの放火魔の標的にでもされたのか? もしくは……〟など彼れや此れや原因について考えるが最早後の祭り。
そんな僅かな思案の間にも濃度は高まり、それに比例し男の意識が朦朧としてくる。
〝死ぬのか? ……あんなに頑張ってのに? その努力も灰燼に帰すってのかよ〟
涙を流す。
そしてその場に倒れ蹲る。
〝死に物狂いで玄関に向かっても意味なんて無いよな……〟
全てを諦め絶望したような悲しみの表情を浮かべながら、男の意識は途絶えたのだった。

「はっ」
と或る病室のベッドの上で土方アガトは目を覚ます。
〝此処は……何処だ? 一体何があったって云うんだ〟
病院の一角であることは瞬時に理解できた。
しかし逆に云えばその程度しかノー・ヒントで分からない。
〝どういう経緯で現状に至ったんだ? ―― 皆目見当が付かない〟
不明な点は多々有る。
しかしそれに対する答えは今直ぐには得られない。
はっ
土方《ひじかた》| 《・》アガトが目を覚ますと白の比率が高い空間――病室が目に入った。
此処⋯⋯何処?
病院である事は何んと無く悟った――が入院経験が無いので己が何うして其処に居るのか―― は理解し切れていない。
四季《しき》| 《・》映姫《えいき》
|mini《ミニ》| 《・》|skirt《スカート》
|remilia《レミリア》| 《=》|scarlet《スカーレット》
|tank《タンク》| 《=》|top《トップ》
|s《エス》|.《・》|p《ピー》|.《・》|k《ケー》.
|portgas《ポートガス》| 《=》|d《ディー》|.《=》|ace《エース》

|H《アビ》|A《ア》|L《ラ》|F《フランセーズ》
はっ
はっ
〖あがと〗

むにゅ
どうしよう、初対面の人との話の広げ方とか分かんないんだけど⋯⋯
⋯⋯何にこの状態、どうすれば解除されんの。何んか話切り出さないと解けない感じ?
あっ、あの?
えっ! そんな⋯⋯
おい、待ってくれよ~
追い掛けたいのに足が碌に動かない。骨折とかしてる訳でもなさそうなのに⋯⋯
何んにせよ、待つしか無いんだよな

土方あがとが目を覚ますと傍らに同い年位の女性――紅紫がいた。
巣屋々々眠っており、或る種の行き違いが起こった様だ。
⋯⋯誰? 此の女
紫の方に目を遣って、あがとは真っ先に其う思った。
えっ! 何云事? 此の女に全くと云って良い程心当たりが無いんだけど⋯⋯
声には出さず聴牌る。
何故己が此処に居るのか、紫は一体誰なのか。
分からない事が多すぎて中々冷静さを取り戻せない。
記憶喪失⋯⋯と云う訳でもなさそうだな。良くも悪くも以前の事を普通に覚えてるし、恐ろしい程普段通りだし。何故入院したのかが不思議過ぎて溜まらないぜ
胸中は右往左往しているが、其の影響が全くと云って良い程体に現れていない。
丸で何も困っていないみたいに。
むにゅ
突然音が聞こえた。
はっ!
驚きの余り其れの発生源に体ごと向き直る。
すると其処には寝ぼけた紫の姿があった。
音の正体は彼女の寝言だった。
ふぅ~ 
正体を知り安堵する。
最も今此の場で其う云う音を出せる候補は限られているので、確かめる前から殆ど正体は分かっていた様なもの。
しかし其れでも確かめずにはいられないのが人間。
其して⋯⋯
じぃ~
見詰められる時に戸惑ってしまうのもまた人間。
何うしよう、起きちゃったよ。初対面の女と何う会話を広げれば良いんだ⋯⋯
聴牌り具合は先程の比ではない。
紫の為人が雀の涙程も見当が付かぬ以上、下手すれば反りが合わなさ過ぎて流血沙汰に成る事だって充分考えられる。
コミュニケーションを取り心を触れ合わせていない現段階では、無数の可能性が有る。
殴られたりしないかな⋯⋯鳥渡した事で目くじら立てたりしないかな⋯⋯
なので悪い可能性ばかりがあがとの中を駆け巡る。
不安過ぎて迚ではないが話を切り出せない。
一層敵だと云う確証を得て斬り掛かれたら何れ程楽か。
あっ⋯⋯あの?

土方《ひじかた》| 《・》崇都《あがと》→ 土方《ひじかた》 あがと
土方《ひじかた》| 《・》崇都《タカツ》→ 土方《ひじかた》 タカツ
土方《ひじかた》| 《・》崇都《たかつ》→ 土方《ひじかた》 たかつ
茨掻《バラガキ》| 《・》崇都《たかつ》→ 茨掻《バラガキ》 たかつ
米原《よねはら》| 《・》崇都《たかつ》→ 米原《よねはら》 たかつ
米原《よねはら》| 《・》崇都《アガト》→ 米原《よねはら》 アガト
土方《ひじかた》| 《・》崇都《あがと》→ 土方《ひじかた》 あがと
土方《ひじかた》| 《・》崇都《タカツ》→ 土方《ひじかた》 タカツ
土方《ひじかた》| 《・》崇都《たかつ》→ 土方《ひじかた》 たかつ
茨掻《バラガキ》| 《・》崇都《たかつ》→ 茨掻《バラガキ》 たかつ
米原《よねはら》| 《・》崇都《たかつ》→ 米原《よねはら》 たかつ
米原《よねはら》| 《・》崇都《アガト》→ 米原《よねはら》 アガト
土方 崇都  茨掻 崇都  米原 崇都  

志《こころざし》| 《・》半《なかば》が目を覚ました途端、自室の窓から見える外の天気と比べて余りに対照的な、暗い表情になる。
そんな面構えにも拘わらず普段通り、起床後直ぐに布団から出る。
眠たくない訳が無い。
本当なら惰眠を謳歌したい。
しかし、それを出来なくしている理由がなかばには有った。
〝くっ、くっそお〟
浴衣“とそれを締める共布の帯”からジャージの上下などに着替える最中、外に漏れぬよう必死に抑えながら胸中で愚痴る。
穴があったら入りたい心境の者は、得てしてその `穴'を作ろうとも探そうともしない。
そんな活動的な者は、今のなかばのような状態に陥る前に、逃げるなり他者に縋るなりといった行動に移す。
餌を強請る雛のようにただ救いを求めて待つだけ、みたいなことにはならない。

“の結婚後の名前”〖志《こころざし》| 《・》思《おもい》〗
(旧姓〖土方《 ひじかた》| 《・》思《おもい》〗)
〖ナカバ〗〖おもい〗
〖土方《ヒジカタ》| 《・》半《ナカバ》〗
〖志《こころざし》| 《・》遂《とげる》〗
〖洋源《みなもと》| 《の》守《かみ》| 《・》且決《しばらき》〗
〖溝河《みぞか》| 《・》邦狭《ほうこう》〗
白→ジャージ゠トップ(無袖・帯裾)・ボトム(中身頃・踝下(長)裾)・トレンチ・コート(踝上袖・膝中裾)・靴(踝中丈)・ボクサー・ブリーフ(中身頃・一裾)・足套(脛下丈)
黒→タイツ゠トップ(踝下袖・間裾)・ボトム(中身頃・踝下(短)裾)・プレーン・ベルト

ボクブリと足套だけを穿(履)いた姿
゠ボトムを穿くと踝から上の下半身が黒一色になった。
“゠ボトムと同色の”踝中靴を履くと足套が丸々隠れる。
穿いている二つのボトムスの間に゠トップの裾を仕舞う。

ボクブリ(ボクサー・ブリーフ)or足套
タイツ゠トップス/シャツ
タイツ゠ボトムス/股引
ジャージ(スーツ)゠ボトムス(ミドル)
ジャージ(スーツ)゠トップス

黒→スーツ゠ミドル(無袖・帯裾)・ボトム(中身頃・踝下(長)裾)・フロック・コート(踝上袖・膝中裾)・靴(踝中丈)・ボクサー・ブリーフ(中身頃・一裾)・足套(脛下丈)
白→シャツ(踝下袖・間裾)・猿股(中身頃・踝下(短)裾)・プレーン・ベルト

「遣馬《ヤバ》い、寝てた」
【洋暦《ようれき》】一九九五年三月二日(木)の昼下がり。
〈岐阜《ぎふ》県《けん》〉〈恵那市《えなし》〉〈山岡《やまおか》町《ちょう》〉〈(字《あざ》)下《しも》手向《とうげ》〉に在る一軒家に住む`匿《かくま》家《け》'の長男〖匿《かくま》| 《・》屋取《やど》〗は目を覚ました。
「ん! 何者だ?」
「今日《こんにち》は」
「⋯⋯誰?」
「っっはあぁ⋯はあ⋯」
⋯。⋯⋯。⋯⋯⋯。
少しくすんだ天井。
カーテンの隙間から差し込む光。
何の変哲もないいつも通りの自室を見渡し、游雅はため息を吐いた。
〝なんだ、夢か〟
不運なことにどうやら悪夢で目が覚めてしまったらしい。
〝今は何時だろう〟
枕の横に置いていたアラームを見る。
〝⋯7時? だろうか〟
いつもより早く起きてしまったようだ。
学校まで徒歩15分ほどかかるので、少し二度寝ができるだろう。
〝あと20分だけ⋯〟
そう思いながら再び布団にくるまる。
と、その時だった。
ピーンポーン
「ああ、もう分かったよ⋯!」
はだけたパジャマを手早く整え、玄関の扉を開けた。

「ゆうくん、おはよう!」
扉の前に立っていたのはアパートの隣に住む少女、穂多留だった。
「おはよう、穂多留⋯こんな朝早くからなんの用かな?」
「もう⋯? ゆうくん、全然早くないよ! 冗談はいいから、ほらさっさと学校行く準備して」
7時15分ーーーそれは隣に住み、同じ高校に通う穂多留が起こしに来る時間である。
「⋯待たせるのも悪いから、穂多留は先に学校に行っててくれないか?」
「はぁ⋯。そう言ってぎりぎりまで二度寝するつもりなんでしょ、分かってるよ」
「くっ」
「私、下で待ってるから、早く準備してね~」
何でもお見通し、とばかりに彼女は階段へ向かっていった。
「さて⋯準備するかな」
扉を閉め、学校へ行く仕度を始める。
手始めに布団を押し入れにしまい、顔を洗う。
ハンガーにかけてあった制服に着替え、歯磨きをして、髪を整えて⋯。
20分ぐらいで仕度を済ませると、游雅は階段を降りて下へ向かった。
「あ、やっとゆうくん来たー!」
「わりぃわりぃ、待たせちまったな」
「別に―」
「もしなんかあったら俺のこと置いていっていいからな」
「まあ、ゆうくんを待ってて学校送れそうになっちゃったらそうするけどさ、極力ゆうくんと一緒に学校に行こうとは思ってるよ」
「そ、そうか。それは⋯ありがとな」
「っっ! ⋯勘違いしないでよね。ゆうくんがズボラだからいけないんだよ。学級委員長として見逃せないだけだから! もしゆうくんが学校に何度も遅刻するようになったら、他の生徒も気が緩んで、遅刻するようになっちゃうかもだからね!」
「よ! さすが学級委員長!」
「もう! 全く直そうとする気ないな!」
「もし私が起こさなかったらゆうくんどうなると思ってるの⋯?」
「⋯遅刻?」
「その通り!」
「だ、大丈夫だよ。その時は、ちゃんと1人で起きるから⋯」
「⋯⋯へぇ」
じ~っと見つめてくる彼女。
「な、なんだよ⋯」
「本当かなぁ?」

「こんの糞《くそ》野郎《やろう》」
「グファッ」
は“左の”頬《ほお》を殴られ、居間の床に倒れ伏した。
攻撃《こうげき》したのはの母親である
だった。
がこんな事をしたのは癇癪《かんしゃく》持ちだからに他ならない。
八つ当たり以外の何物でもない暴力。
それを今に至るまで幾度と無く受け続けて来た。
〝くっ、くっそお〟
|忌々《いまいま》しく感じながらおもいに目を遣る。
しかし、怒りを含めあらゆる感情を表に出さない。
睨《にら》もうものなら更に激化してしまうから。
それをしっかり理解している故、なかばは目に光すらも宿らせない。
虚ろでなければ、ただでさえ長い`地獄《じごく》'、それを味わう期間が更に延びる羽目に成るのだから。

無抵抗のお陰でいつもと同じ位の時間で済んだ。
自室に逃げるように“足を引き摺りながら”戻った。

〈洋暦《ようれき》〉一九九五年八月二十八日(月)の朝の事。
夏休み明けの最初の日、“此処《ここ》一箇《いっか》月の堕落した習慣が抜けぬまま”登校した〖餡《あん》| 《・》飲雲《ノウン》〗は席に着いた際に或る事に気付いた。
〝今日は私《あたい》が一番乗りか⋯⋯〟
ほっ、と一息|吐《つ》き、独り法師《ぼっち》の教室を見渡しながら其《そ》う思う。
七月以前の朝に此処《きょうしつ》に入った時には“挨拶しかしない程度の間柄の”誰が居た。
でも今日《きょう》は其う云《い》う訳《わけ》ではなかった。
〝始業式の日に態《わざ》と休むとも思えないし、不測の事態による到着時刻の遅れ? 其れとも私が早く来すぎただけ?〟
本の少しの間、現状に至った理由を考える。
しかし、
〝あー、止めだ止め〟
手掛かりが少な過ぎて答えを絞り切れない。
故に、早々に匙《さじ》を投げてしまう。
「起立、気を付け、礼」
〈洋歴《ようれき》〉一九九五年〇月〇日の午後の事。
学級委員の一人が“短歌で云う”上の句を言い、
「有難う御座いました」
他の生徒らが下の句にを言った。
「⋯⋯⋯⋯」
ショート・ホームルームが終了し、此のクラスに在籍する〖匿《かくま》| 《・》屋取《やど》〗は無言で席に腰を落とす。
直後、机の中の教科書類を片付け始める。
「其う云えば知ってる?」
「此れから‘ファミレス’行こうぜ」
「彼の糞野郎、絶対許さねえ」
一方、他の者達は堰を切った様に談笑に洒落込み始めていた。
〝妬ましいな〟
独りに慣れている故、口は使わず胸の内で本音を紡ぐ。
屋取《やど》には其んな事が出来る関係性の友達などいない。
だから、何んの利害関係も無く、言葉を交し合える間柄と云うのに憧れを持っていた。
「鳥渡良いかな?」
渇望の眼差しで彼らを見ていると、近くで其んな言葉が聞こえる。
屋取は聞こえた其れを無視し、席を立った途端、
「チ・ヨ・ツ・ト・イ・イ・カ・ナ?」
先程と同じ言葉を“明らかに強調した言い方で”口にした。
〝自意識過剰と思われたら嫌だな〟
其う思いながら、「僕の事ですか?」と声の主に尋ねる。
「其うよ、逆に貴男以外の誰がいるの?」
声の主は同級生の〖紅《くれない》| 《・》紫《ゆかり》〗だった。
最も、屋取に取っては“赤とまでは云わないが”他人以外の何者でも無い存在。
其んな紫《ゆかり》と言葉を交わすの何んて、勿論初めての事。
「他の人には見えないお友達とか?」
だからか普段なら言う機会すら無い言葉を“此処ぞとばかりに”口にする。
「私《あたし》、其んな痛い子じゃないんだけど」
其んな揶揄いがお気に召す訳も無く、怒った様子で突っ掛々って来た。
「御免なさい」
席に再び着き、紫の方を向いて頭を下げ、謝罪する。

「違う違う。其う云う訳じゃないわよ。一月後《ひとつきあと》位には戻って来るから」
「所で⋯⋯目先《まさか》とは思うけど⋯⋯『その間、自炊《じすい》しなさい』なんて言わないよね? 多分二週間目辺りで挫折《ざせつ》して三食‘今備荷《コンビニ》’弁当生活に成っちゃうんだけど」
「其れに関してはヒ・ミ・ツ」
「其んな事言って、結局言わないんでしょ? 〈言《い》う言《い》う詐欺《さぎ》〉はもう通じないよ」
「まぁ私の口からは言う事は無いのは間違いないと思う⋯⋯けど」
「言わずとも、貴男《あなた》なら自《おとず》ずと察《さっ》せるわ」
「⋯⋯⋯⋯」
「まっ、早く食べちゃいなさい」
「はっ、はい」
「ご馳走《ちそう》様」
「お粗末《そまつ》様」

〝遣馬《ヤバ》い、鱈腹《たらふく》食《く》ったら眠たく成って来た〟
〝取《と》り敢《あ》えず、学蘭《ガクラン》を脱いで莫大小《ジャージ》姿に成ろう〟
〝もっ⋯⋯もう、限界だ⋯⋯ぐふぅ〟

「此処《ここ》は何処《どこ》だ!?」

登場人物

双心顕(ふたみ・あらわ) ≒双心顕(スゴウラ・うつし) →双心あらわ・双心うつし(アリス・マーガトロイド)≒双心アラワ・双心ウツシ(霧雨魔理沙)
標似合(しるべ・にあ)洩矢諏訪子?) 

媒導(以下「甲」と称す)も又、先代と同じ末路。其して標似合(以下「乙」と称す)、運命託人も同様に。
甲に当たる人物が乙に当たる人物を助ける。
『魂のバトン・タッチ』→止んでいる人間を助け、其の人は後々死ぬ。其して活かされた人も助ける。

主題

連鎖する自殺の一片を描写する。長い歳月で培われた習慣には抗えない。受動的なだけでは幸せは離れてしまう。

副題

山中に不思議な存在が隠れ住んでいる。不思議な夢を見る地点が在る。初代の存在についての探求。

キャラクター

粗筋

1995(平成7)年5月2日火曜日
選択肢1「家出する」か「家出しない」か。
家出する 正路→準備を始める。
家出しない 不路→現状維持。③~の道に入る。
選択肢2「右」か「左」か。
右 正路→見つける。其して『魂の棒・渡』に巻き込まれる。
左 不路→見つけない。神隠しに遭い、廃人と化し、記憶喪失状態になる。⑥~の道に入る。
選択肢3「扉を開ける」か「扉を叩く」か。
不路→
正路→

生→中学生の制服 制→高校生の制服
陽→茶のプレーン・ベルト・ボトムスの裾は共に八部裾・脛下丈靴下・下にジャージを着る(其れの上の袖と下の裾は共に九部丈)上の裾は凡裾で下の身頃は(生服含め)中・生服は男女上下共に上袖下裾が区部丈・ 
影→黒のサスペンダー・ボトムスの裾は、男は十一部、女は零部(超ミニ・スカート)・靴下は、中が白で高が黒、男は脛下で女は脛上・下にシャツ及其れの裾かペチコートで直に触れぬ様にする・シャツの袖が十部、制服上の袖が九部・

日記

其の一~‘生服《せいふく》’(中学`生'の制`服'の略称)・青服《せいふく》(高校生(`青'春時代)の制`服')について

男子の生服のトップス=学ラン
女子の生服のトップス=セーラー(服)
(男子、及び女子の)青服のトップス=ブレザー 
上記の通り、`せい'服のトップス`には'固有名詞が付いている。

しかし、
男子の生服・男子の青服のボトムス=スラックス
女子の生服のボトムス=プリーツ・スカート
女子の青服のボトムス=ボックス・プリーツ・スカート
と、必ず対となるボトムスがあるにも関わらず、これといった固有名詞が無い。

共布《ともぬの》、異布《ことぬの》に関わらず、同時に着用する事が前提ならば、
ボトムスにも何んらかの固有名詞を与えた方が、語弊を生まれにくく出来るのでは?
其う感じた故、前述の、ボトムス、及びトップスに、新たな固有名詞を与えた。

下記が其の表記の`一例'である。
男子の生服のトップス=学ラントップ
男子の生服のボトムス=学ランボトム
女子の生服のトップス=セーラートップ
女子の生服のボトムス=セーラーボトム
(男子、及び女子の)青服のトップス=ブレザートップ
(男子、及び女子の)青服のボトムス=ブレザーボトム

また、同様に、スーツやジャージにも上記の法則に当て嵌めると、
ジャージのトップス=ジャージトップ
ジャージのボトムス=ジャージボトム
スーツのトップス=スーツトップ
スーツのミドルス=スーツミドル
スーツのボトムス=スーツボトム
となる。

中学制服(陽男)

黒の学ラン上(八部袖・帯裾(青のジャージ上未満)・詰襟)+黒の学ラン下(上身頃・八部裾)+青のジャージ上(九部袖・帯裾(黒の学ラン上超過))+青のジャージ下1(身頃中・九部裾)
白のTシャツ(短袖凡裾)+青のジャージ下2(身頃中・短裾(黒の学ラン下未満))+白の脛下丈足套+茶のプレーン・ベルト+白の前護謨靴+(白のスニーカー+白の体育館靴)

中学制服(陰男)

黒の学ラン上(九部袖・隠裾・立襟)+黒の学ラン下(上身頃十一部裾)
白の立襟シャツ(十部袖凡裾)+白の脛下丈足套+黒のサスペンダー+茶のローファー+(白のスニーカー+白の体育館靴)

中学制服(陽女)

白のセーラー服上(八部袖・隠裾(赤のジャージ上未満))+白のセーラー服下(中身頃・八部裾)+赤のジャージ上(九部袖・隠裾(白のセーラー服上超過))+赤のジャージ下1(中身頃九部裾)+赤のリボン
白のTシャツ(短袖凡裾)+赤のジャージ下2(身頃中・短裾(白のセーラー服下未満))+白の脛下丈足套+黒のサスペンダー+白の前護謨靴+(白のスニーカー+白の体育館靴)

中学制服(陰女)

白のセーラー服上(九部袖・隠裾(白のセーラー服下未満))+白のセーラー服下(上身頃・零部裾)
白の半襟シャツ(十部袖・凡裾)+白の脛上丈足套+茶のプレーン・ベルト+茶のローファー+(白のスニーカー+白の体育館靴)+白のペチコート(白のセーラー服下超過)+赤のリボン

高校制服(陽男)

紺のブレザー上(八部袖・凡裾)+紺のブレザー下(身頃上・八部裾)+青紫のジャージ上(九部袖・凡裾)+青紫のジャージ下1(身頃中・九部裾)
白のTシャツ(短袖尻中裾)+青紫のジャージ下2(身頃中・短裾(紺のブレザー下未満))+白の脛下丈足套+茶のプレーン・ベルト+白の前護謨靴+(白のスニーカー+白の体育館靴)+赤のネクタイ

高校制服(陰男)

紺のブレザー上(九部袖・隠裾)+紺のブレザー下(身頃上・一部裾)
白のドレス・シャツ(十部袖)+黒の脛下丈靴下+茶のローファー+(白のスニーカー+白の体育館靴)+赤のネクタイ

高校制服(陽女)

紺のブレザー上(八部袖・帯裾(赤紫のジャージ上未満))+紺のブレザー下(身頃上帯八部裾)+赤紫のジャージ上(九部袖凡裾)+赤紫のジャージ下1(身頃中帯九部裾)
白のTシャツ(短袖尻中裾)+赤紫のジャージ下2(身頃中短裾(紺のブレザー下未満))+白の脛下丈足套+茶のプレーン・ベルト+白の前護謨靴(白のスニーカー+白の体育館靴)+赤のリボン

高校制服(陰女)

紺のブレザー上(九部袖・隠裾)+紺のブレザー下(身頃上零裾)
白のブラウス(十部袖隠裾)+黒の脛上丈靴下+茶のローファー+(白のスニーカー+白の体育館靴)+赤のリボン

17

「あっ、其《そ》う云《い》えば何《な》んだけど⋯⋯」
「えっ!? 何《ど》うしたの?」
「私《わたし》、明日《あした》から暫《しばら》く家空けるから」
「⋯⋯理由は何んなの?」
「出張だけど」
「其う云うのって猛努《もっと》前から分かる事じゃないの?」
「今回の出張はね、本当は別の人が行く筈《はず》だったの。でも其の人が突如《とつじょ》入院しちゃってね。其れで急遽《きゅうきょ》、私に白羽の矢が立った……って訳《わけ》」
「代役として行くのが決まったのって、何日《いつ》?」
「一昨日《おととい》⋯⋯だけど」
「其の日の夜に言ってくれれば良かったんじゃない?」
「⋯⋯面倒臭《めんどうくさ》くて」
「其んな些細《ささい》な事が面倒《メンド》いのに、僕《ぼく》を産むのは面倒くなかったと⋯⋯」
「彼《あ》の時は彼の時、今は今」
「丸《まる》で『誰々くんは買って貰ったのに』とか言って駄々を捏ねる子供を叱る母親みたい⋯⋯僕の方は其んな事、唯《ただ》の一度も言った事無いのに⋯⋯」
「五月蠅《うるさ》いわね⋯⋯悪かったわよ」
〝本当《ホント》は其んな事思ってない癖に〟
「猛《もう》良いよ。今更|彼《あ》うだ此《こ》うだ言っても後の祭りだし」
「で、期間は何の位? ⋯⋯若《も》しかしなくても、出張という名の左遷?」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「あのさ、気に食わないからって無視ってのは酷くね。己《おの》が子供より子供っぽいって⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「鳥渡《ちょっと》、‘吐入《トイレ》’行って来るから」
〝何う遣《や》ってご機嫌を取り戻せば良いのやら⋯⋯〟
〝|揃々《そろそろ》戻らないとご飯冷めちゃうよな〟
〝何も変わっていない⋯⋯否《いや》、変える事から一時《いっとき》とは云え、逃げた様な物だから当然と云えば当然か〟
「戻ったよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「あのさ⋯⋯」
「先《さっき》はご免なさい」
「⋯⋯⋯⋯」
〝飽くまでも無視を決め込む気か⋯⋯〟
「」
「」
「」

77

「‘出套《アウター》’⋯⋯着たまま寝ちゃってたんだ。体痛いんじゃない?」
自室に入った直後、出套を脱いで‘入套《インナー》’姿になる。

99

「うっ、ヤバい。寝てた」
〖匿《かくま》| 《・》屋取《やど》〗が目を覚まし、即座に後悔する。
其《そ》して直ぐ。窓(を覆うカーテン)の上の掛《かけ》時計《どけい》に目を遣《や》った。
「ウゲっ、もう十九時かよ」
時刻を見て落胆する。
短針は七、長針は十二を差しており、外からは日の光が全くと云《い》って良い程差し込んでいない。
「はぁ⋯⋯此《こ》んなに眠ったら明日の起床時刻に影響が出そうだぜ」
明日訪れるかもしれないハプニングを考えると、途端に気が重くなり、溜息を漏らす。
しかし、其んな事をした所で`眠った'と云う事実はもう変えられない。
「目覚《めざまし》時計でも掛けとくか」
だから、今から予め、対策を講じる事にする。
普段なら此んな物に頼らずとも布団から出れるのだが、【昨日の今日】元い〖今日の明日〗で、また予期せぬ事態に見舞われるかもしれない。
寧《むし》ろ、其の可能性は充分過ぎる程有る。
今の今まで、其れを実証し続けていたのだから。
「其れにしても何《な》んで寝てしまったんだ⋯⋯俺《おれ》」
普段なら帰宅直後にベッドの上で横に成《な》っただけで意識を失うなんて事は起こっていなかった。
「少なくとも此処《ここ》数年は、特に問題も無く活動出来ていたのに⋯⋯」
其れが今日、突然、出来なくなった(明日以降は普通に、今日寝ていた時刻に起き続けられる可能性が有る現段階では、`出来なかった'の方が適切か)。
と云う事は、`何んらかの原因によって其れが再発した'と云う事だ。
「何にが切っ掛けなのやら⋯⋯」
一寸先は闇並に分からぬ問題に困惑しつつ、必死に答えを当て嵌めようと、必死に知恵を絞る。
「学校での事は⋯⋯本当に何時も通りで、先公に説教食らったとか、ストレスを感じる事も特に無かったし⋯⋯」
一日を振り返ってみた物の、此れと云った心当たりは無い。
寝落ち以外は⋯⋯。

48

「うっ、ヤバい。寝てた」
〖匿《かくま》| 《・》屋取《やど》〗が目を覚まし、即座に後悔する。
其《そ》して直ぐ。窓(を覆うカーテン)の上の掛《かけ》時計《どけい》に目を遣《や》った。
「ウゲっ、もう十九時かよ」
時刻を見て落胆する。
短針は七、長針は十二を差しており、外からは日の光が全くと云《い》って良い程差し込んでいない。
「はぁ⋯⋯此《こ》んなに眠ったら明日の起床時刻に影響が出そうだぜ」
明日訪れるかもしれないハプニングを考えると、途端に気が重くなり、溜息を漏らす。
しかし、其んな事をした所で`眠った'と云う事実はもう変えられない。
「目覚《めざまし》時計でも掛けとくか」
だから、今から予め、対策を講じる事にする。
普段なら此んな物に頼らずとも布団から出れるのだが、【昨日の今日】元い〖今日の明日〗で、また予期せぬ事態に見舞われるかもしれない。
寧《むし》ろ、其の可能性は充分過ぎる程有る。
今の今まで、其れを実証し続けていたのだから。
「其れにしても何《な》んで寝てしまったんだ⋯⋯俺《おれ》」
普段なら帰宅直後にベッドの上で横に成《な》っただけで意識を失うなんて事は起こっていなかった。
「少なくとも此処《ここ》数年は、特に問題も無く活動出来ていたのに⋯⋯」
其れが今日、突然、出来なくなった(明日以降は普通に、今日寝ていた時刻に起き続けられる可能性が有る現段階では、`出来なかった'の方が適切か)。
と云う事は、`何んらかの原因によって其れが再発した'と云う事だ。
「何にが切っ掛けなのやら⋯⋯」
一寸先は闇並に分からぬ問題に困惑しつつ、必死に答えを当て嵌めようと、必死に知恵を絞る。
「学校での事は⋯⋯本当に何時も通りで、先公に説教食らったとか、ストレスを感じる事も特に無かったし⋯⋯」
一日を振り返ってみた物の、此れと云った心当たりは無い。
寝落ち以外は⋯⋯。

43

「あっ、其《そ》う云《い》えば⋯⋯母さん、明日《あした》から暫《しばら》く家を空けるから」
〖匿《かくま》| 《・》屋取《やど》〗が(親と共に)夕ご飯を食べている最中、母親である〖匿《かくま》| 《・》空我《うつわ》〗が其んな重大発表をした。
幸い、其の瞬間は手で皿を持ったり箸《はし》の先にお数《かず》を持ったりしてなかったので、茶碗を引っ繰り返すだの割るだのと云う事態には成らなかった。
「⋯⋯えっ! マジで?」
数秒の思考の後、言っている事を理解し、驚きの声を発す。
「実は先週には既に告知はされてたんだけど⋯⋯ほら、貴男《あなた》って|限々《ぎりぎり》に成らないと行動に移さないし」
空我《うつわ》が理由を弁明みたいに話している中で、(事態を把握した)屋取《やど》の胸の内に、
〝だとしても、もっと早く言えよ〟
其んな自分勝手な意見、元い不満が募《つの》る。
確かに、直前にしか準備を始めない事は否定出来ない。
が、其れ以前に言ってくれたら、其の時に心の準備が出来て、直前で心身共に慌蓋《あたふた》する事は無かったのだから。
故に、一周回って、其んな気遣《きづか》いなど有難《ありがた》迷惑以外の何物でもなかった。
しかし、親子関係が拗《こじ》れるのを危惧《きぐ》し、其の意見はお蔵入りにして、
「先週でも急過ぎると思うけど」
代わりに、其んな当《あた》り障《さわ》りの無い言葉を口にした。
「本当は別の人が担当するはずだったのよ。でも事情が有って行けなくなって⋯⋯其れで私に白羽の矢が立ったって訳」
申し訳なさそうに語る母。其れを向かい合う席から何《ど》うでも良さそうに見ていた。
相変わらず不満|垂々《たらたら》な状態が続いている。

73

九月十二日(月)の五時三十分の事。
〖餡《あん》|  《・》飲雲《のうん》〗(一六)が自室のベッドの上で目を開けると、強い光が瞼《まぶた》を中心に照らされている事に気付く。
〝まっ……眩《まぶ》しい〟
起床直後と云《い》う事もあってか声にはならない。
しかし、顔面《がんめん》を照らす朝日が不愉快である事には変わりない。
半開きの左右のカーテンの隙間から、木漏れ日みたいに降り注ぐ光ですら気が触れてしまいそうになる。
「熱い」と口走った時には、既に床に素足《あし》の裏が付き、窓に向かって歩を進め、僅《わず》か数秒で目的地に辿り着く。
「許すまじ」
|忌々《いまいま》しげにカーテン(の裾)を掴《つか》みながら、勢い良く内側に引っ張り、全閉《ぜんへい》する。
「……疲れた」
`一仕事'と云って良いのかも分からないハプニングに対処してから間も無くの事。
気付けば体は自然とベットの方を向き、其処《そこ》に戻ろうとしていた。
丸で、鳥が己《おの》が巣に帰って来るみたいに。
「ベッド……ベッド」
譫言《うわごと》の様に呟《つぶや》きながら、口にも出していた場所に到着した。
ほんの数十秒離れただけで、禁断症状が露骨な程現れてしまった。
直前の一連の動作で既に目は冴えている。
しかし、起きたくて起きた訳ではない。
寝る前にカーテンを確《しっか》り閉めてさえいれば、何時《いつ》もより早く起こされる事は無かったのだ。
だから、
〝もう少し休んでいたい〟
と無意識の内に思い続けていた。
本来出なくても良かった時間に出る事を強いられたストレス、其して普段の生活習慣が、ベッドに戻らせる。
其《そ》んな此《こ》んなで、掛《か》けと敷《し》きの布団の間に、好物でも見つけたみたいに一目散に潜り込み、其れ等の温もりを(大部分は寝間着越しだが)肌で感じ始める。
〝……暖かい〟
『熱い』よりもずっと丁度|良《い》い温度。
先月などと比べると平均気温はやや下がり気味で、現時《げんじ》を含む一部の時間帯は、少々寒いと云わざるを得ない。
故に、日がもう少し登るのを待つ事にした。
先程動けたのは所詮《しょせん》【火事場の馬鹿力】に過ぎない。
其れを今再び発揮出来たなら、早起きによって生じた時間に、何かしら普段と異なる活動が出来たかもしれない。
新しい未知な事を恐れる余り、古い既知な事にしがみ付こうとするのは飲雲《のうん》の悪い癖だった。

〈洋歴〉一九九五年三月二日(木)深夜、〖某県《ぼうけん》〗〖某市《ぼうし》〗〖某町《ぼうちょう》〗で〖写同一家三人殺害事件〗が起こった。
被害者は〖写同《しゃどう》| 《・》斗陰《とかげ》〗(四二)・〖写同《しゃどう》| 《・》現《あき》〗(三八)・〖写同《しゃどう》| 《・》陽子《はるこ》〗(六五)の計三人。
被害者の死因は共通して、刃物で刺された事による出血性ショック死。
凶器は傷口の形状から小型のナイフと断定。
現場に其れらしき物が無い事から、犯人が持ち去った物と思われる。
また、此の家の長女〖写同《しゃどう》| 《・》隠女《おぬめ》〗(一六)の行方が(何時からかは不明だが)分からなくなっており、警察は重要参考人として彼女の行方を追っている。

68

〖某県〗〖某市〗〖某町〗に在るアパート〖出来情荘《できなさそう》〗の一〇七《いちまるなな》号室の自室にて、〖写同《しゃどう》| 《・》隠女《おぬめ》〗は布団に潜り込んでいた。
‘掛《かけ》’(布団)と‘敷《しき》’(布団)の間で、ベッドがやや軋む程にビクビク震えていた。
隠女が此《こ》んな様子になった原因は、同級生からの苛《いじめ》が原因だった。
父親がいない母子家庭。
行苛子《いじめっこ》に取って、〈行苛《こうか》〉する理由など其《そ》の程度で良《い》い。
其の事を、身を以《もっ》て味わわされ続けた。
近くの人に救いの手を求めた。
にも拘《かか》わらず其れを掃《はら》われた。
己に飛火《とびひ》するのが怖い。其んな周囲の者の自己保身が|増々《ますます》隠女を追い詰めた。
反撃出来る物ならしたい。でも、其れが出来たら苦労はしない。かと云《い》って反撃する事も出来ない。
差《さし》で遣《や》れば勝てない事は無いだろう。
併《しか》し、相手は複数。一人を倒しても、他の奴等《やつら》から攻撃を受ければ、反撃しなかった際より悲惨な目に遭《あ》う。
*63
“HS”二十一(“洋歴”二〇〇九)年某月某日の朝方の事。喫茶店〖宿命の支流〗のマスター〖店長主人〗は暖簾を入り口掛け、営業時間になった事を利用者達に知らしめる。
今日は平日、「朝より夜や夕方に営業した方が儲かるのではないか?」と云う意見も無い訳ではない。
其う云う意見を言う者に限って、此処を訪れた事が無い。一度でも飲めば其んな事は言えなく無る。
普通のコーヒー。メニューや値段を見ても、其うとしか思わない。
開店後初めて此のコーヒーを頼んだ者も、まさか特別な物が出される等と思っていなかったに違いない。
詰まり、普通の物を、其の者は求めていた。
併し、其の期待は裏切られた。良い意味で。
或る者は「値段を倍にしても訪れる人は其処まで減らない」と良い、又或る者は「コーヒー・マシンよりコーヒー・マシン」してると言う。
無論、手作りなのだから一日に作れる量は限られる。
開店当初は皆飲めていたが、遠方からも客が来るようになった現在では、開店前から人が並ぶ始末。
現に、店の外には十人近くの人が列を作っていた。平日で此れなのだから、休日は何れ位なのかは想像に難くない。
「⋯⋯⋯⋯」
並んでる人は誰も入ってくる気配を見せない。常連さんなら開いた途端に流れ込んで来ても可笑しくないのに。
故に、眼前の者共は一見さんなのだ。味の良さは音に聞いている。でも、実際に己の下で味わった訳では無いので、本当に美味いか分からない。其んな不安が足を止めている。
〝此れだから平日は苦手なんだよな⋯⋯〟
心中で飽きれてしまう。
「どうぞ」と声を掛けて、漸く暖簾を潜ってくれた。
其してカウンターの中に戻る最中に、席に着いた客達から順に注文を聞いていく。
〝今日は一見さんしか居ないのか〟
此れから数十分と続くであろうラッシュを想像し溜息を吐き乍ら、店長はコーヒーを淹れ始めるのだった。

此の店の客の間で、真しやかに流れている暗黙の了解がある。
『`限定コーヒー'は一元さん優先』と。訪れる者の中には其の日に飲めない人も、何うしても出てしまう。既に飲んだ事の有る人も、限定コーヒーを飲もう物なら、不飲者続出で一年先まで飲めません状態になるかもしれない。
其う考えてくれるのか、大抵のリピーターは普通の物を頼んでくれる。
〝もっと作れる物なら作りたい〟
其れが最近の悩みだった。
バイトを雇っていない訳ではない。
が、「学校をサボって働いてくれ」とは流石に言えない。学校から苦情できてしまうし、時給が何れ程良かろうと、学校側がOKを出さなくなり、此方の負担が増大してしまう。
店長本人ですら、何故美味しいコーヒーが淹れれるのか理解していない。掛けた努力は`何所に店を構えるか'、其う云う立地に関する事柄の方が遥かに大きい。
普通に淹れているだけ。特別な手法なんて無いし、分からない。だから、バイトに教えた負担の軽減が図れない。
〝門外不出クラスのコーヒーを、其んなひょいひょい教えて良い物か〟
其う考える事も無い事は無い。が、其んなプライドよりも、
〝少しでも肩の荷を減らしたい〟
其う云う気持ちの方が強かった。
最も、教えられなければプライドの有無等関係ないのだが。
「⋯⋯⋯⋯」
店先に並んでいた客達同様、無言になってしまう。正直、顔見知りでなくても、話を聞いたり或いは振ったり。其う云う技術が要るのに、其れが上手く出来ない。
コーヒーの味が何れ程良くても、悪くは無いが良くも無い。其んな現状では何れ右肩下がりになっていく。其んな未来が見えてしまう。
「お待たせしました」
其う言って最後の限定コーヒーを客に出す。品名も言った方が、出し間違い防止の為にも良いのだが、全員同じ物を頼んでいるので、其れを割愛した。意識的ではなく、無意識的に。
〝学生以外のバイトも雇わないと身が持たねぇな〟
客の手前、意の内で其う考える。正直、店長の技を模倣出来る者が現れてくれれば(パクられる可能性も有るにせよ)有難い。
が、何分相手依存なのが欠点。
此方で教えられる様、レシピを確立した方が未だ現実的。
彼れや此れやと考えている時、ふとと或る事柄が頭を過る。
〝限定コーヒーで開店資金の為に用立てた資金もチャラに出来た。併し、此の先何うなるか何て分からない。此処は一つ新しい試みをしてみるのも良いかもな⋯⋯〟
「鳥渡良いですか?」
カウンター席のと或る客に話し掛ける。此の人⋯⋯彼女は生憎限定コーヒーを飲めなかった者。同情の気持ちも有って、彼女を選んだ。
「はい、何でしょう?」
彼女が返事をする。普通のコーヒーで我慢してます。其んなオーラが此方にも伝わってくる。
「試食⋯⋯元い試し飲みしていただきたいコーヒーが有るのですが⋯⋯何うです?」
正直、実行に移している中でも不安は拭えない。下手すれば不味い物を飲ませる羽目になるのだから。
「内容に由ります」」
内容、詰まり何んな構成か。其れ次第と云う事だろう。
「今まで此の店で使った事の無い豆を用いています。私が飲んだ限り、既存のコーヒーに引けは取らないと思うのですが⋯⋯主観と客観は必ずしも一致しないので、此うしてお願いしている次第です」
予め用意しておいた説明文を諳んじる。即興で考え乍ら言うのは何うも不得手であるが故に、必要とされる時が分かっている(此の場合、己が拒否すれば永遠に機会は来ない)ならば、先んじて作成しておくのが性分なのだ。。
「お幾らで?」
意外な質問が来て少し戸惑う。が、直ぐに
「まっ、まさか。此んな何処の馬の骨が作ったか、其方が分からない豆を用いたコーヒーで金なんか取れないですよ」
豆の原産地を尋ねられる可能性が有る返事だったが、幸か不幸か其う云う類の言葉は来なかった。心中で、不安が杞憂に終わり、ほっとする。
其う此うして、其のコーヒーを作り始める。
片手間に作れる物ではないので何うしても無言になってしまう。口数が少ないのは何時もの事だが。
「どうぞ」
結局、終始無言のまま完成の時となる。不安半分、期待半分で出した。其のコーヒーを喜んでもらえる様、意の中で神頼みをしながら。
美味しいです
普通の奴と比較した場合は……何うですか?
……ゴクッ
思わず生唾を飲み込む、受験の合格発表直前の様な緊張が二人の間に走る。
此方の方が上です
飽く迄個人的な意見何ですが……此方の方が好きです。普通の由り稍苦みが絶妙な味わいを生み出していて……
普通のは苦過ぎない、元い少し甘めに作っている。限定コーヒー程万人受けはしそうにないな……
其う、少し落胆しつつ、後日、又別の人に限定のと飲み比べて貰おうか。其う考えた。
今日では無いのは、何方のコーヒーも豆を又調達しなければ作れないから。
今回のが失敗した時に取り返しが出来る限り付く様に一杯分しか用意していなかったのだ。
「其っ、其うですか……」
暫く考え事に夢中で言葉を返し忘れていた事に気付き、慌てて返事をする。
少なくとも此の人にとって味は悪くは無い。然し、其の評価は作成者の手前の優しい嘘の可能性が無くは無い。だから、引き続き比較をさせて品数を其れ成りに充実させていこう。
初めての試みの幸先が良かった。其れに安堵し乍ら、此れも挑戦の一環と、客達との会話に洒落込むのだった。

御免ください
其れから小一時間程経って、新しい客……元いリピーターの通毎茶呑が来た。其の顔に見覚えが有ったので、会話を中断し、普通のコーヒーの準備を始める。
宴会の最初はビール、其れと同様に、此の店の一杯目は普通の奴。其んな決まりも何時の間にか出来ていた。特別注文が無い限り其れを出すようにしている。抹茶の後にお茶菓子を食べると美味しく無いのと同様、食べるのに適した順番がある。
嘗て、普通のコーヒーを挟まずに別の奴を頼んだ者がいた。其の時は少々苦しそうな顔をしていたが、次に来た際に定石通りに飲んだら幸せそうな表情になった。目撃者と云う名の客が大勢いて、其の何方にも居合わせた客が其の事実を広め、半ば風習と化していた。
当然、茶呑も其れに従う。正直、ファースト・オーダーを聞く手間が省けるのは有難い。誰とも知れぬ(リピーターの中に居る)其れを広めた者に、口にはしないが
感謝をしていた。
私、此う云う者なのですが……
其う言って懐から手帳を取り出した。実際に見るのは初めてだったが、ドラマ等で見た事が有ったので、其れが何か直ぐに分かった。
警察の方だったんですか
余り目立っても困るだろうと思い、小声で茶呑に其う問い掛けた。前に名乗った時には、其んな事等一言も言っていなかった。今回は仕事で、今まではプライベートで来ていたのだろうと結論付ける。
何よ様な要件ですか?
疑問に思い尋ねる(此れ以降は顔を近づけヒソヒソ声で会話した)。
実は……骨が見つかったんです
動物の骨なら騒ぎにもならない。となると、
人骨か
其う結論付けて、話を広げに掛かる。
然し……肉が無くなるまで、普通数年掛かる訳ですから聞き込みしても収穫は余り得られないと思うのですが……
其う意見を出した後、あっと心中で気付く。
茶呑は骨が見つかったとしか言っていない。山の中とかなら分かり難いだろうが、其れが誰かの住居等なら話は別。其の人に事情を聞き、其の周辺を虱潰しにでも当たれば犯人に当たるだろう。
なのに、此う云う所に来ていると云う事は、容疑者が逃げて、其れを追っている。と云った所か。
……犯人の目星は付いたんですかね?
不安気に尋ねると、其の発見場所の持ち主が昨夜から行方不明になっているんです
職業柄、余り操作情報を話せない為か、稍言葉足らずな返答をする。だが、其れで充分内容は理解出来る。
其の持ち主が最有力容疑者なのだろうと
あっ、どうぞ
此方の考え事の所為で手、元い口を止めていた事に気付き、慌てて対処した。此れからはしないようにしよう。其う思った。
現場近くの住民の話によると、其の人は何時も同じ名スーツ……恐らく複数着在るのを気回しているのだとと思われる其れ等……姿で一昨日に外出したっ切り戻っていないらしいんです。
スーツ姿、就活生達が揃いも揃って、丸で示し合わせたみたいに良く似たのを来ていたのを覚えている。色によっては、茶呑が追ってる人だと判別出来ない可能性が有る。
何んなスーツなんです?
個人的な趣向で尋ねる。彼方の言いたい様に言わせてやりたいが、我欲を抑え切れなかった。
紫のドレス・シャツ、桃色のネクタイ、黒のスーツと茶色の革靴、足套は……未だ分かっていません
スーツや履物ははありふれた色だが、其れ以外でなら探しようがある。が……。
すいません、生憎心当たりがないです。
申し訳なさげに言うと、茶呑は、グイッとコーヒーを飲み干した後、席を立ち、他の客にも尋ね始めた。
聞き込み何て初めてだったな
遣った事の無い事。、何とか切り抜ける事が出来た。其れに安堵した直後に、又別の客が遣って来る。一難去ってまた一難、休める時は未々訪れないらしい。

あの、マスター
談笑している輪の外から、呼びかけられる。顔を見てみると、先程試し飲みしてもらった彼女だった。
何うしました?
慌てて近くによる。無論、話相手に断りを入れてから。
先程のシャツだのネクタイだの言っていた時有ったじゃないですか
はっ、はい。有りましたけど……
其れ成りに声量を抑えた積もりだったのに聞こえていたのか……
意外な事実に驚かされつつ、相手が紡ぐ二の句に備えた。
私では無いんですけど、友人が昨日其んな様な人を見たと言っていた事を思い出したんです。
茶呑はもう既に店を出て、目撃者探しに向かってしまった。思い出すタイミングは最悪と云って良い。犯人ではないのだから、同じ名場所にもう一度戻って来るとは考え難い。此の情報を伝えるには、
後程、携帯で一報入れてやるか
其う思い、情報を引き出しに掛かる。
昨日の何時頃か分かります?
私の家で、午後七時頃ですけど……
何故貴女の家……と云うか其の名も知らぬ人に家入られてる
其う不思議がって気付く。多分彼女が言っているのは、昨日其う云う話を(友人と云うことから電話等で)聞いた時刻の事で、其の友人が目撃した時刻の事だとは思っていないのだろう。
決定的な認識の違いに頭を悩ませる。其れを解消するのは決して楽な事では無い。
其の友人と連絡って付きますか?
終業後に成らないと難しいです
其うですか……連絡が付いたら教えたください
其りゃあ其うだ。誰も彼もが平日の昼間に時間が取れる訳では無い。此れ又認識違いに己を戒めたくなる。
其んな此んなでカウンターに戻った時、もう十二時になっているのに気付く。
鳥渡昼食食べてきますので……
客の一人に其う言って奥に向かう。或る種の店番を客に(セルフ・サービスで)遣ってもらうのは忍びない。
矢っ張り、日中にシフト入れるバイト入れなきゃな
其う思い乍ら、スタッフ・ルームに向かうのだった。

其れから三日後の休日。三人程新しく人が入り、普通のコーヒーに関しては作業を分担出来る様に成り。幾分かは楽に成った。
其して例によって客とのコミュニケーションに、勤しんでいると、
上手いコーヒーのお礼と云っては何ですが、と或る学生の話をさせていただきます
先週初めて此処を訪れた来た一見さん……〖写同隠女〗が物語を始めた。他の客も興味津々な様子。
其れと……此の話の主人公、此方の都合で名前を仮名にするんですげど宜しいですか?
確りと確認を取る。別に何も言わずに代えても十中八九バレないだろうに。
〖不明未知〗って呼ぶ事にしますね
其の場で思い付いた感じをさせず、写同は其う云う。話す度に仮名を変えているのだろうか。
此れは十数年前の話何ですけど、未知の友人が飛び降りをしたの。其の直後に何うして死んだんだ、と嘆いた。死自体もさることながら、己の無力さを呪った。友人が亡くなる前日、未知は会話をしていた。其の時明らかとまでは云わないが、何時もと違う様子だった。其の時に何らかの行動をしていれば最悪の事態は防げたのではないかと。
友達の死⋯⋯か。私は其う云う経験が無いんですよね
店長が其う返す。歩んで来た人生が異なるのだから何う云う気持ちになるのか、ピンと来ない事が有る何て珍しくも無い。
其の友人が死んだのは同級生からの虐めが原因だったんです
虐め?と思わず尋ねた。其れが原因だとしたら復讐に走る⋯⋯併し只の友達に其処迄するか⋯⋯否、親友と云う可き間柄だったかもしれない。
其れから数日後、虐めっ子が学校に来なくなったの
不登校⋯⋯でも此処で無関係な話を持ち出す訳ないし、其の友達を虐めていた奴の事だろう
一日だけですか?
一応尋ねた。虐めっ子が罪の意識等殆ど感じないだろうから、罪悪感で休むとも考え難い。或る程度は答えは分かっていたが、念の為に確認した。
其れ以降よ、もう二度と登校する事は無かったわ⋯⋯
転校⋯⋯したんでしょうか。虐めが晴れて其処に居ずらくなった等の理由で⋯⋯

57

“HS”六年某月某日の昼下がり。急に降り出した雨を避ける為、某県某市某町に在る喫茶店《カフェ》〖宿命《フェイト》|の《・》支流《フォーク》〗に一人の客⋯⋯〖写同《シャドウ》| 《・》隠女《オヌメ》〗が暖簾《のれん》を潜る。
傘を差していたのか、空の水より汗の方が、服を湿らせていた。
「いらっしゃいませ」
マスターこと〖店長《みせおさ》| 《・》主人《ぬしうど》〗がグラスを拭き乍ら、写同《シャドウ》に其う声を掛ける。
時間帯の所為か店内はガラガラで、何処でも自由に座れる。其の上でカウンター席を選んだ。
「コーヒー、ブラックで」
然して迷う様子も無く、頼む品を決め、口に出す。「ご注文は?」と尋ねられる前に言った事から、早く欲しいと云う意図が透けて見える。
其れを汲み取ってか、マスターは直ぐに作り始める。其の動作を目の端で見ながら、写同は考える。
〝何を喋った物か……〟と。
生憎、|一見《いちげん》さんなので、当然の事だが二人は初対面。喧嘩や嫉妬等の恨み辛みは無いにしろ、
逆に何も無さ過ぎて何う切り出した物かと思い悩む。
別に口を必ず開かねばならぬと云う決まりは(店側には恐らく)ないだろうが、利用者たる写同には有った。
其処で注文の品が出来るまでの間に、内容の構成を考える。言いたい事は、予め用意していたのに、順番に関しては遂に完成させられなかった。苦手だから、何うしても上手く出来ず、放り出してしまったから、此んな土壇場になって作成を強いられている。
「どうぞ」
コーヒーが渡される。結局未だ不完全。だが……。
〝無いよりかは増し〟と、不十分のまま、話し出す事にした。
「あの……マスター?」
次の作業に移る前に主人《ぬしうど》を呼び止める。「何でしょう?」と問い返してきて直ぐには言葉を返せなかった。が、数秒の時間を経て、
「良い店ですね……此処」
結局、当たり障りの無い話題を振った。流石に行き成り私事を話し始めるのも何うかと思った故に。
「其うですか? 自分では良いのか悪いのか良く分からないもので⋯⋯」
謙遜なのか、灯台下暗しなのか、マスターは肯定も否定もしない。他力本願では駄目と云う、無言のメッセージなのだろうか。
「酒⋯⋯元いコーヒーの肴に何か話をしていただけません? 静かなのが少々苦手な物で⋯⋯」
真剣な顔付で写同は頼む。
〝無茶振りだったか〟
顔をうつ向かせた直後、
「其う言われましても⋯⋯取り合えず⋯⋯お互い自己紹介しましょうか」
其う言ってマスターは語り出す。彼男《かれ》の「しましょうか」は確認ではなく或る種の事後報告らしい。其んな気迫が全身から迸っていた。
「店長に主人と書いて`みせおさ・ぬしうど'です」
何う云う字を書くか、及び其れに対する返答がぱっと頭に浮かんだ。
「“MJ”時代のご先祖様、店の長である事に誇りを持ってたんでしょうね⋯⋯常人以上に」
又同時に、
〝此の人の親は、息男《むすこ》に主の人になって欲しかったんだな〟
己の中で答えを出したので、其れを問う事は無かった。
「家族構成とか何んな感じなんですか?」
〝一方的に言わせているだけでは聞きたい事を口に出してくれない〟
と思い、此方から積極的に話を広げに掛かる。
「妹人《いもうと》が一人⋯⋯」
其処まで言ってマスターが口籠る。
〝言い難い話題だったか〟
少し後悔した後に、
一身上の都合で本名出せないので、主人公の名前、〖不明《フメイ》| 《・》未知《ミチ》〗って云う仮名《かめい》に置き換えさせてもらう

95

`親友'の死。其の悲報を〖餡《あん》| 《・》飲雲《のうん》〗が知ったのは、登校して急遽設けられた全校集会での事。
〝何うして飛び降りなんて⋯⋯〟
体育館に集められた生徒の中で、飲雲だけは心此処に非ずな状態で話を聞いていた。飲雲と親友は、只の同学年の生徒と云う訳ではなかった。
家族よりも大切な存在、少なくとも飲雲の方は其う思っていた。
併し、親友も其う思っていたかは分からない。
本当に其う思っていたなら相談の一つ位していた筈。其うすれば、自殺を仄めかす発言から、其れを止めれたかもしれない。
最も、今となっては後の祭り。何れ程過去を悔いても、失われた命は戻らない。其して、救えなかった、元い放置した事実は消えない。
「此れで話を終わります」
発言者の校長がお辞儀をして壇上から退く。碌に話を聞いていなかった事に内心焦る⋯⋯が、
〝まあ、重要事項は後で`友達'から教えてもらえば良いか〟
其う、楽観的に思い乍ら、周囲に合わせて体育館から退出する。
人混みの中で、何う尋ねるか思い悩んでいた。其れ程喋るのが得意と云う訳ではないので、アドリブで話しても、相手が要領を得ない事は想像に難くない。故に、考える。
〝但、宛ら喪に服してる重い空気。此れに包まれた中で聞くのは憚られるな⋯⋯〟
皆とは又違った理由で気が重くなる。
何んな理由が有れ、聞き逃したのは此方の過失。問い質さないと寄り酷い事になる。
「彼の、鳥渡良いかな?」
教室へ各々が重る中、飲雲は意を決して重要事項の有無を確認する事にする。
「何だい?」
声を掛けた相手が此方に体を向けた。

12

平日の午前九時の事。二《ツー》| 《゠》部《ピース》の【水夫《セーラー》服《ドレス》】の下に、【莫大小服《ジャージ》】の上下を着た少女〖餡《あん》飲雲《のうん》〗は、〖喫茶店《カフェ》〗で黒《ブラック》珈琲《コーヒー》を味わっていた。他に誰も座らぬ仕切机《カウンター》席で、食卓机《テーブル》席の客と距離を置くみたいに。
「其所の学生君、若しかして⋯⋯木靴《サボ》りかな?」
突然、主人《マスター》に其う問われる。此んな真っ昼間所か朝早くから【制服】姿の者が居たら不思議に思うのも無理は無い。が⋯⋯。
〝他の人には尋ねないのか?〟
其う云う疑問が浮かぶ。確かに大学生ならいざ知らず其れ未満の者が、学校でも病院でも増してや家でも無く、休日に来る様な場所に居るのは聊か不自然。
併し、其れは飲雲以外の者にも言える事。
普通の会社等なら始業時間に差し掛かる今、此んな所に居るのは可笑しい。見た所、飲雲以外の客は皆【私服】だ。
此所は有給を取って来なければならぬ程、休日は空いていないのだろうか。
色々と考えを巡らせ、一つの結論に至る。
〝詮索されたくないからこそ、他に誰も座らないんだ〟と。
「`と或る事件'の所為で、今日は授業無し。早々に帰宅する事を余儀なくされたんですよ」
素直に事情を話す。思案していた所為で返答に数十秒掛かってしまったが、気に触った様子は無く、ほっと一息吐く。
「と或る事件? 何んな事だい?」
直後に、濁した部分に興味を持たれてしまう。
〝言う積もりが無いから言い換えたのに〟と呆れ乍ら、
「亡くなったんです」
事情を話す事にした。
同級生が屋上から飛び降り自殺をした事。其れに頓挫して教員達が会議をするので、生徒達は帰宅と云う名の厄介払いに遭ったと。
「……其れは、穏やかでは有りませんね」

11

“HS”五年二月△日□曜日。☓☓県〇〇市の某学校で、其所に通う〖写同隠女〗さん十六歳の遺体が発見された。
屋上からは彼女のスリッパと一枚の紙が発見された。
其の紙には「複数の生徒から虐めを受けており、其れを苦にして自ら命を絶つ」等と記載されていた。
筆者不明であったものの、現場の状況から彼女が書いた可能性は極めて高く、警察は筆跡鑑定を急いでいる。

26

`同級生'の自殺。其《そ》の事を、登校するまで、彼女こと〖餡《あん》飲雲《のうん》〗は知らなかった。
亡くなったのが他のクラスの人だったから、教室に居るだけでは気づけない。
周りのクラスメイトが何時《いつ》に無く騒いでいた事に関心を示さず、(入学当初からの習慣である)寝た振りを決め込んだのが仇となった。
事前情報を何も得ずに伝わった其の悲報は、飲雲の意《こころ》に凄まじい衝撃を与えた。

結局、其の日は授業を行わずに帰宅する事となった。
恐らく、教員同士で今後の事について話し合う為だろう⋯⋯と其んな予想をし乍《なが》ら帰路に着く。
何《ど》うにも気分が上がらない。其のまま真っ直ぐ下校する気にはなれず、飲雲は普段なら殆ど行かない町に繰り出す事にした。

「此所《ここ》は⋯⋯何所《どこ》だ?」
数十分歩いた飲雲は呟き、認めた。己が道に迷った事を。
初めて行く所では仕方がないと云えば仕方ないのだが、適当にぶらついていたら現在地が分からなくなった。
正直、途方に暮れて其の場に座り込みたい気分だったが、人目があるので其うも行かず、半ば強制的に歩く事を強いられていた。
今直ぐにでも近くの人に道を尋ねたい所だが、其の人が知っている確証はないし、知らなかった時に気不味くなるのが嫌だった。
|抑々《そもそも》、現在の時刻は午前九時頃。普通の人は働きに出ていて、人通りは限りなく少ない。居ない事はないが、其の人が知らなかった時に、真の意味でお手上げ状態になるのが怖い。
故に、他者に頼らず、何の打開策も打たず、只々歩を進めていると、
「お嬢ちゃん」
背後から声を掛けられたので、誰かと思い振り返る。
「⋯⋯誰?」
ついうっかり、礼節を欠いた疑問符が口からでた。見た事も、何所の馬の骨ともしれる者に、声を掛けられ先程とはまた違った恐怖心が生まれる。

38

〖小戸山〗の中腹に木製の橋が架かっていた。古びた其《そ》の外見から、随分昔に作られ、現在は碌《ろく》に使われていない事が伺える。
其の下には水が流れていた。余り太くは無く、成人男性なら余裕で飛び越えられる程度の幅。
其して其の両端には砂利が在り、其の片側に"生人《いびと》"が、片膝を抱えて座っていた。
黒の(サイドに白のラインが入った)ジャージの上下を着て、素足にサンダルと身窄《みすぼ》らしい恰好。
此んな形《なり》だが、一応、茶《ちゃ》んとした名前はある。が、人里離れた所、其れも独りで生活していたら、名乗らないし呼ばれもしない。故に、疾《と》っくの昔に忘れてしまった。
ただ、覚えたはいない物の、此所に来る以前に何の関わりも無い一般人達が付けた"二つ名"ならある。其の名を〖童子《わらべこ》〗と云《い》う。
漢字だけとは云え、鬼を意味する名を付けられる原因が生人、元い童子にはあった。併《しか》し、其んな経歴など、自然の中では糞の役にも立たない。其んな物よりも、自然の中で生き延びる為のスキルの方が余程大事。其んな時、
グー、と腹が鳴った。昨日、夕御飯として食べた木の実。其れが、ストックしていた最後の食糧だった。故に、又《また》調達しに行かねばならない。
其れをする為、立ち上がる。野生の動物達に取られてしまい、煮え湯を飲まされた事もある。最も、煮え湯でも腹が満たせるのなら、喜んで口に含むだろうが。

23

〖小王《レグルス》〗は就寝中に夢を見た。
否《いや》、正確に云《い》えば其《そ》れは夢ではない。過去に起きた紛れもない現実。忘れたくても忘れられない、忌まわしい記憶。
其の中では、現在の知識を用いて、当時の己ならしない選択をする⋯⋯何《なん》て事は出来ない。嘗《かつ》て体験し、其の事を覚えているのだから、遣《や》って遣れない事はない筈《はず》。
なのに其れが叶わない。間違っていると、分からない訳は無いのに、事実を並沿《なぞ》るみたいに、何時《いつ》も同じ結末に行き着く。併《しか》し、
「はっ⋯⋯」
夢は閉じ、現実が開く。予定調和に反した道を、又《また》、進んだ訳ではない。かと云って筋書き通りの道を歩んだ訳でもない。
【悪魔《プロバーティオー》|の《・》証明《ディアボリカ》】⋯⋯沈黙をしていれば未定のまま。逆らう訳でも従う訳でもない。何方も選ばず、頭《ず》っと立ち止まり現実に引き戻されるのを待ち続けていた。
其うして夢から覚めるのを待った。皮肉な事に、今までと異なる選択は、何かを選び取るのではなく、何も選ばない事でしか掴めない。唯《ただ》、耐えるだけの時間は宛《さなが》ら拷問だった。
でも、其れは其の場|凌《しの》ぎにしか過ぎない。後顧《こうこ》の憂《うれ》いが無くなった訳ではない。寧《むし》ろ、未だ残っている。明日か明後日か一月後か、再び見る事になるだろう。今までも其うだったのだから。
「全く、我|乍《なが》ら嫌になるぜ。何《ど》うして此《こ》うも遅起きなんだよ」
ベッドの上で目を覚ます。体は起こせない。否、睡眠中に精神に蓄積した疲労の所為《せい》で、怠くて手足がとても重く感じる。其んな状態でも、連は上半身を起こす。何もしては行けない、永遠に続くとも思える程続いて、此れからも繰り返されるであろう夢幻。其の時よりは、しようと思えば出来る、無限の可能性に満ちた現実の世界の方。其の事実だけで精神的苦痛は幾分かは減った。でも、
「⋯⋯辛い」
再び敷布団の上に上半身が落ちる。丸で逆再生みたいに、先程とは真反対な光景。掛布団は捲れたままだが⋯⋯。
遣らなくても良いのに遣ってしまう時もあれば、遣らねば成らぬのに遣る事が出来ない時もある。体は(朝食を未だ食べていない為、若干の飢餓状態に在るとは云え)健康其の物。既存の脂肪|等《など》を栄養に変換しなければ生命維持が不可能と云う訳ではない。現に、喋るのには何の苦労も感じなかった。
でも、心の整理が付いてない。夏休み明けの登校が億劫なのと同じ様に、一度異常に慣れると通常に戻るのは困難。だから、普段以上に掛と敷の布団の間から出るのに手間取ってしまう。
「病み上がりかよ⋯⋯俺《おれ》」
壁に手を付き乍、何とか立ち上がり、自嘲気味に呟く。何時もの倍近くの時間が掛かってしまった物の、連は其れ程切羽詰まってない。夢を引き摺り、意識の外の方に在るには在るが、普段の起床時刻は朝の五時。目を覚ましたのが五時半で、現在の時刻が六時。一時間のロスが在るとは云え、帳尻を合わせる事は其れ程難しい事ではない。
其んな此んなで羽々《ぱぱ》っと仕度《したく》を始める。寝巻から制服に着替え、髭剃りや爪切り等の身|嗜《だしな》みも整える。
連は現在、独り暮らしをしている。だから、朝食の準備も己の手でしなければならない。最も、其う云う生活習慣を続けて来たので冷蔵庫に残り物等が在る。今日は時間に余裕が無いので、其れで腹を満たす事にする。
「何れにしたら良いのやら」
中身を確認し食べれる物を確認する。焼き蕎麦、炒飯、野菜炒め、色んな物が在った。何れが良いかと思案していると、
「お兄《ニイ》ちゃん」
背後から声を掛けられる。髪色が

19

「あっ、其う云えば⋯⋯わたし、明日から出張する事になったから」
〖サブロー〗が食卓を囲み、腹を満たしていた時、彼男の母親の【囁詞遣】が思い出したかのように呟く。
此れと云った文句は無かったが、問い質したい事はあった。
「事前に言うとか出来なかったの? おれに」
やや呆れ気味な声で質問する。すると少し困った表情になり、
「御免ね、急に決まった事だったから」
申し訳無さそうに回答を返す。
端っから咎める気など無かった。ただ此んな土壇場で言って欲しくなかった。其の意思を伝えれれば良かったのだ。
「まぁ其れは其れとして⋯⋯」
空気が少し重くなってきたので話題を変えることにした。
「酷くね、其の仕打ち」
率直な感想を言うと云う形で。
「……えぇっと、何が?」
訳が分からない、と云った様子で同様している。

四月一日の昼下がりの事。上下揃いの黒い(側面に白いラインが入った)ジャージを着た少年〖會山連〗は何気無く、ファミ゠レス〖FIEND‐MORS〗(散等には、見る人が読み易い様にする為か"フィーンド・モルス"と片仮名で表記している)に入店する。席は八割方埋まっていたが、五六名位なら(殆ど待たずに)入れそうな、絶妙な空き具合。

17

〖サブロー〗は自室で目を覚ました。
カーテンの隙間から漏れた光だけでは未だ頭は呆っとしている。手足も上手く動かせない。
其れでも何とか体を起こし、ベッドから降り、一思いにカーテンを開く。朝日が部屋中に降り注ぎ、眠気は概ね消えた。が、
「眠い⋯⋯」
完璧に消えた訳では無い為、再び布団の中に潜り込み仰向けになる。
もう少し微睡んでいたいと云うのもあったが、何より寒くて着替えが困難だった。
日は登ったと云っても、急激に気温は上がってはくれない。最初は何うしても徐々にしか変化してくれない。
故に、待たざるを得ない。
再び出るまでの間、横になろうと枕に頭を乗せて休もうとした……其の時。
「二度寝何てしても良いと思っているんですかーー?」
何者かの手によって掛布団を引っ剥される。
「御前、誰だよ……」
稍低い声を、布団を奪った奴に打つける。序に視線も合わせると、其所には⋯⋯。
「あたしは〖参堺《さんがい》コサメ〗⋯⋯妹の名前、忘れちゃった?」
「否、其う云う訳じゃ⋯⋯」
サブローが四度路戻路していると、コサメの顔が瞬く間に歪んでいく。次の瞬間には手に抱えている布団が此方に飛んできた。投げ付けたと気づいた時には、
「痛いっ」と、思わず声を漏らしてしまう。打つけられた衝撃は大した事は無かった物の、反射的に声を上げてしまった。
「何するんだよ⋯⋯警察に通報するぞ」
苛っと来たので、脅しの言葉を掛ける。此れで大人しくしてくれ、と思い乍。
「彼のねぇ、其んな事している時間、有るの思ってるの?」
問答無用で却下される。が、腹は決めているので(固定)電話の下へ向かおうと立ち上がった其の時、
「参拝《さんぱい》のさん⋯⋯に、彼の【堺町御門《さかいまちごもん》】のさかいと書いてがい、子供《こども》のこ、春雨《はるさめ》のさめで`参堺子雨《さんがいこさめ》'だよ。思い出した?」
「あっ、ああ」

〖双心《スゴウラ》ウツシ〗は樽《たる》の中に(三角座りで)隠れていた。
夜が明けたばかりの都会の路地裏と云う、薄汚く辺鄙《へんぴ》な場所。其所《そこ》に不自然に在る其れの見呉《みてくれ》は頗る悪く、或る意味周囲に馴染んでいた。
至る所が襤褸々々《ぼろぼろ》で、蓋の上から伸し掛かるだけで壊れてしまいそうな脆さが伝わってくる。
問題点は其れだけに留まらず、縦長の形状の所為《せい》で寝返りが打てない⋯⋯元い、打つ事は出来るが樽が壊れてしまう。色んな意味で落ち着いて眠れない劣悪な寝床。
其んな、不衛生な物の中の、制約の多い空間に好き好んで入る者は先《ま》ずいない。
が、ウツシは其れを潜伏場所に選んだ。
普通の人なら意図して此んな所にはこない。来ても、酔っ払いが何の気なしに來るくらいだ。
其して悪気無く、吐瀉物《としゃぶつ》を打《ぶ》ちまけ、処理もせずに住まいに帰る。
立ち寄るのは元より、留まる何ての愚の骨頂。
故に、好き好んで來る人はいない。
寝心地は最悪だが、人通りの関係で、咎められ難い点だけ見ればホーム゠レスに取っては(或る意味)天国なのかもしれない⋯⋯地獄と比較すれば、だが。

樽の、襤褸さ故に開いた隙間から、光が差し込んでくる。丸で、木漏れ日みたいな心地良い熱が、体温を(申し訳程度だが)上げてくれる。意識こそ保っていたが、朧気だった意識が、徐々にではあるが覚醒していく。
日光と云う、天然の目覚時計の力を借りても尚、呆《ぼお》っとしていた。併《しか》し、
「全く、鬱陶《うざ》い奴らめ。丸《まる》で、砂糖に群がる`蟻《アリ》'みたいだな。好い加減諦めてほしいぜ」
靴音が迫ってきていた。一秒経つ毎《ごと》に鈍々《どんどん》大きくなっていき、
「彼《あ》の野郎、何所《どこ》行きやがった、見つけたら只《ただ》じゃ置かね
え」
樽から決して遠くない地点で立ち止まった靴音の主⋯⋯スーツ(其の他諸々)姿の`蟻'は人目も憚らず、不満を垂れていた。
此所には人なんて滅多に来ないから別にしても良いのだが、此の`蟻'は、十中八九其んな事は気にしない。
勤め先と関係が無い所なら、息を吸うように他者に不快感を散き散らす。
其の癖、迷惑を掛けている事に気づかず、寧ろ己の行動は十全正しいのだから、感謝されることは有っても、文句を言う何て以ての外。親の教育が成ってない⋯⋯等《とう》の御門違《おかどちがい》兼《かつ》己と云う物の理解が途轍《とてつ》も無く浅い癖に、其れを棚に上げて、文句を垂れ流す。
ウツシは第一声から、`蟻'を、嫌いなタイプの人種だと判断した。否、人とすら認めてず付けた渾名《あだな》通り、`虫'だと思うことにした。
「イライライライラ」
出来得る限り外に漏れぬ様に、(主観的に見ても)静かな声でウツシは呟いた。
外の`虫'の存在は元より、性格は其れ以上に気に食わないのだ。ストレスを抑え続ける等、目の前に置かれたステーキを我慢し続ける位には難しい。増してや、普段から言いたい事を口に出してきたなら猶更⋯⋯相手に其れを悟らせぬよう腹話術で其れを呟き、其の際に生じる音も雀の涙程に抑えれる。其んな風に人と関わって来た佛だからストレスの大半は、抱え込み乍《ながら》外に流れていく。
其れから間も無く、足音が迫ってきた。ストレスの所為で、良くも悪くも、危機感も恐怖も感じなかった。併し、其の所為で不意を突かれてしまう。
「はぁっ⋯⋯」と、相当接近しないと喋っている事すら認識出来ない声が漏れた。其れは驚き故の物。`虫'に取っては、何気無かったかもしれない。併し、其が死亡フラグと成ってしまう。何と哀れな事だろうか。
「おりゃ」と、掛け声と共に飛び出す。突然、中から飛び出して来たウツシ(頭を避けて左腕)に押し退けられ、地面に尻餅を付いた。
其の隙を見逃す訳も無く、ウツシは、体を左に傾けて、樽を横に倒す。
其して直ぐに右手で、樽の内壁を叩く。
すると、転々《ころころ》回り始め、二人の間に其れなりの距離が生まれた。
稍《やや》持多《もた》ついてしまった物の、何とか樽の外に出れた。
併し、何とか距離を生み出したにも拘わらず、既に立ち上がった`虫'が迫ってきていた。
ウツシの風体は、所々破けた白の半袖T.シャツにシンプルな、裾が何故か赤黒く成っている踝まで覆うジー゠パン(当然の如くプレーン・ベルトが締められている)、脛下丈の白い足套《ソックス》とスニーカーと云う、酷くカジュアルな姿。スーツ姿の`虫'とは色んな意味で対照的。
動き易さの違い故か、縮まった人間《じんかん》が又《また》開いた。
「おい待て」
其の直後に、`虫'に背を向けて走り出した。当然其れを追い掛け、捉えようとしてくる。併し、静止の声等全く聴かずウツシは腰のベルトを走り乍にも拘わらず、流暢に解《ほど》き、剣先を右手で握る。其して⋯⋯。
「なっ、何だと!」
突如としてウツシがUターンした物だから驚いてしまったらしい。一瞬呆けた顔をしている。が、直ぐに再起動して攻撃をしようとする。併し、
「グファッ」と声を上げたかと思うと、其の場に倒れ伏せる。瞬く間に接近したウルシの右拳が、鳩尾を穿ったのだ。`虫'は重力に従って後ろに倒れる。
意識も息もある仰向けの`虫'の頭部側に回り込む。
右手で体を起こし、右膝を突支棒《つっかいぼう》代わりにする。
横になっていた体、元い首が縦にした瞬間、左手のベルトを顎の下に通した。其して流れるな無駄の無い動作で項《うなじ》の辺りで交差させ、思いっ切り絞め上げる。

[雀の涙程の音位、相当接近しないと聞こえない。が、出している側に取っては実際に聞こえるかは問題ではない。例え可能性が低くても、己を追い詰める存在を排除せずにはいられない。 [#r1c12e43]

呼吸が先程とは又違って意味で正常ではなくなっていく。
次第に体が震えてする。全身から汗が溢れて、樽の内壁を湿らす。
併し、其れでも現状維持の方が良いと考え、今更己の考えを曲げたりせず、其処に留まる決意を再びした。が、極限状態の所為か、己の選択を直ぐに後悔してしまう。
迷っては諦め、迷っては諦めの繰り返し。
音は鈍々迫ってくる。心臓は爆々鳴っている。其れを維持する為か、先程みたいな過呼吸に戻り始める。
両手で口を(空気が循環する程度に)塞ぎ、音を漏らさぬ努力をする。
早く行け⋯⋯早く行け、と強く念じる。声には出さないし、止められぬ息の吸い吐きの所為で出す事すら叶わない⋯⋯が、若《も》しも呟けたのなら、其れは呪詛のように絶え間無い物となるだろう。
其うなったら呼吸音よりも外に聞こえてしまう。
「⋯⋯行ったか?ーー良かったぜ」
外の風景は見えないのにも関わらず、壁に両手を着け、辺りを伺う動作をする。
確証と云う確証は何も無い物の、靴音が彼方に行った事。其の明確な事実を、確かめるように、或いは己に言い聞かせるように、不安げな声で口に出す。其れと同時に、滞っていた息も、再び円滑に行き来し始める。
其して直ぐに普段通りの量に戻り、態とらしい動作と共に溜息が吐き出される。
緊張を解けれて歩っとする為にしたようだ。
病は気から、肉体が精神を蝕む事もある。
だが、逆も然り。肉体の動作に合わせて精神に影響を齎す事もある。
例えば、辛い時に口角を上げれば、自然と幸せな気持ちに成っていく様に。
故に、無意識では無く有意識でも、或る行動する事によって感情を調節《コントロール》した。
「ん?」
疑問を感じた。突如、音が聞こえ始める。
先程の物とは違い、遠くからだけでなく近くからも聞こえる。
其して蓋の上からも聞こえる。此れは人工の物と云うより天然な其れと云える。
「雨っ⋯⋯か」
蓋を打ち付ける音から発生源の正体に気づき、其れの名を呟く。
確かめるみたいに。其れと同時に、必然的に未だ留まる事を天に強いられてしまう。
其してウツシは目を閉じて、
「⋯⋯若しかしたら、此れが最後の自由かもしれない」
(目にはしていない)曇り空に感化されたのか、先程の以上のネガティブな思考に陥る。
今まで遣る事が山積みだった。其して其れを中断し、其れ以外の事柄をせざるを得なくなった。
でも暇な時に遣るような事がウツシには思い付けない。
否、逃亡の最中である以上、何もせずに雨止みを待つ方が良いのは言うまでもない。が、他事に気を取られ敵の接近に気づけなかった⋯⋯何て事に成ったら目も当てられない。
だが、其れでもウツシは何かをせずには居られなかった。
「独《ひとり》尻取《しりとり》とか良いかもな」
一応周囲に出来得る限り聞こえぬよう、雀の涙程の量で考え事を口に出す。
胸中で一から十まで思案すれば良いのだが、生憎ウツシは無言で上手く考えを纏めるのが不得意。
故に、妥協してか細い声量で言葉を紡いで遣る事を決めた。
其んな此んなで独尻取を始める。独言を呟いている唇は腹話術師みたいに殆ど動いていない。ウツシの会話場面を相当近くで見なければ、常人なら喋っている事にすら気づけないだろう。
樽は硝子製ではないので当然透明ではない。音さえ殆ど出さねければ其れで充分。
併し、ウツシは其れを続ける。否、止められない。其れを意識せずに変える事など略不可能。普段耳と鼻に乗っかっている(度の入った)眼鏡を掛けずに歩く位には。
「リンゴ、ゴリラ、ラッパ、パンツ、積木《つみき》、啄木鳥《きつつき》、きっ⋯⋯狐《きつね》⋯⋯」
尻取の定番から始める。最初は本々と出てきていた。
だが徐々に出るまでに長く時間が掛かるようになる。
其れから小一時間続ける。其の頃には既に雨音は聞こえなくなっていた。
「⋯⋯瓜《うり》、りっ⋯⋯リボン」
慌てて`ん'の付く言葉を言い、尻取を終わらせる。其して頭で(外側にしか取手が付いていない)蓋を持ち上げ、外の様子を確認する。未だ晴れ切ってはいないが、傘を必要としない程度には止んでいた。が、
「不味い」
慌てて頭を下げる。併し、
「うぁ」
ウツシならざる者の手によって蓋が持ち上げられ、再び外気が入ってくる。雨上がりの直後と云う事もあってか、未だ気温は低いまま。
御負《おまけ》に半袖の|T《ティー》.シャツに(ジーンズ・パンツ改め)〝ジー゠パン〟姿(更に言うなら至る所が樽同様に襤褸々々)では寒いに決まっている。
故に、声は上げれるのに立ち上がれない。膝を抱えねば収まらないので、何もしなければ蓋を開けた者のされるがまま。
意を決したウツシは、ボトムスに巻いている白いベルト(プレーンではなくハイ・ウエストの方を締めている)を手慣れた動作で外し剣先を右手で握る。其して即座に構えた後⋯⋯。
「おりゃあーー」
何もしないよりかは増しと感じ、掛け声と共に(右側に障碍物《しょうがいぶつ》が在り、其れを退かしていなかったので)左側に体当たりをする。
其して倒れ様に外に飛び出し、主に左手を使って華麗な受け身を取り、蓋を開けた者の姿を探して視線を彷徨わせる。
「あっ」
探していた人物が視界に入った途端、尾錠の近くに右手で軽く掴み乍《ながら》、相手の方へ体を向ける。
黒のパンツ・スーツ、及び同色のパンプス、白のドレス・シャツ、手や顔と殆ど同色の(パンティー゠ストッキング改め)〝パン゠スト〟に身を包んだ女性が居た。
右手には(ウツシが入っていた)樽の蓋が、左手には先程の雨の際に差していたと思われる傘があった。既に畳まれ、其の先端を地面に着けていた。
「うっ動いてくれるな。危害を加えんとするなら⋯⋯容赦はしないぜ」
洋帯に添えた両の手を強く握り、怒気を孕めて言い放つ。腕には武者震いが生じているが其れを無視して言いわしたが、恐怖は全くと云って良い程抜けない。
「⋯⋯⋯⋯」
相手は何も言い返さない。其れ所か恐怖すら感じていない様に見える。
故に、彼女が物調面な所為で考えが読めない。選んでいるのか選ぶ気が無いのかもわからない。
悪魔の証明で、無言が答える必要が無いからなのか、思案中だからのかは分からない。未確定でも良いので何かしら言葉を返してくれたら此の状況から抜け出せるのに
「義を見てせざるは勇無きなり。何もせぬなら、其れで良い。俺《オレ》は此所《ここ》から立ち去らせてもらう」
其う言い放ってウツシは彼女に背を向ける。現状攻撃をしてこない以上、己の言い分を曲げる事に成る故、交戦せず撤退する事を選んだ。其の時⋯⋯。
「待って」
彼女の第一声が辺りに響く。
ウツシは(念の為に)直ぐには其の指示を聞かず、数秒の間に彼女との距離を問ってから振り返った。
「何の用だ。此んな、何所の馬の骨とも知れない某を呼び止める理由が皆目見当付かないぜ」
己を卑下しつつ疑問を投げ掛けた。ベルトに込める力は緩めないまま。
「数十分前に君を見かけたの」
見かけた、其れだけで樽の前まで追ってくるだろうか。
其う感じたものの、只問い質して答えてくれるか確証が持てなかった。故に⋯⋯。
「で、一目惚れして樽の中まで追ってきた、と?」
稍煽る様に、自意識過剰に、何う考えても有り得なくて各省の無い理由を(勝手に)当て嵌める。
其うする事で、其れを正したいと思わせる、間《あわ》良《よ》くば知りたかった事を口走ってくれるかもしれない。其んな期待を込めた。
「勘違いしないでください。別に其んなんじゃ有りませんから」
少しむっとした顔で答える。其して即座に、
「社会人のツンデレ⋯⋯可愛過ぎるぜ」
感想が出て来た。考えるずに発した素の言葉。
「むぅーー」
顔が赤らめ御立腹な様子。ウツシは数秒の時間の後、
「其の⋯⋯御免なさい」
勢い良く頭を下げる。ベルトの所為で手を付けない形にはなった物の、感情の爆発を先に封じる。
此方が何をしても空回りするなら、一層彼方に全てを任せる事にしたらしい。
「全く」
呆れたように物申す。
其処から感じ取れるのは怒りではない。が、決して好印象は抱いて居ないらしい。
「謝るなら最初からしないでよね」
剥れて文句を垂れる彼女に、
「過ちを経ずに、人は成長出来ない」
「人には絶対に間違ってはいけない時がある」
名言風の言葉に捲くし立てられず、其の言葉を否定する言葉を返してきた。
「うぐぐ⋯⋯」
丸で予め用意していたような台詞の所為で、即座に言葉を返せない。押し黙ると予想していたの状況と全く異なる状況になったのだ。
「まあ其れは其れとして⋯⋯」
ウツシは思い切って話を変える事にした。相手の反論と云う狙撃で沈んだ、船と云う己の意見に歯噛《しがみ》付くのは愚かな事だから。
「貴女《あんた》、若しくは貴女の知り合いに、免許を持っている奴はいないか? ⋯⋯あっ、車のな」
脈絡も無く、運転免許証の有無を補足混じりに尋ねる。
「えぇっつと、私《あたし》は無いけど、持っている知り合いならいるわ」
「其の人に今直ぐ連絡付けて、此所に来てもらえる様に話を付けてくれないか?」
稍《やや》焦った様に頼み、頭を下げる。流石に此んな虫の良い話、聞いてくれる訳は無いか⋯⋯と諦めかけた其の時⋯⋯。
「分かった⋯⋯頼んでみる事にするわ」
「有難《ありがて》え」
此んな自分本位な願いを門前払いしなかった。
其の事実の余り、地辺田《じべた》に手を付き、感謝の言葉を言った直後に思わず泣いてしまう。不潔な手で其れを拭うが、直ぐに後続の涙が目から溢れてきた。
其う此うしている内に彼女は此の場から走り去った。恐らく公衆電話を探しに行ったのだろう。偶々《たまたま》知り合いが近くに居るとも思えないし。
「⋯⋯大丈夫だろうか」
突如、不安に襲われる。連絡の付いた相手が来てくれないかもしれない事、彼女が嘘を吐いていて`蟻'共の仲間かもしれない事。不安は一切拭えない。
「矢張《やはり》、生きて返さず土に還すべきだったか」
不意に、其んな悍ましい言葉が口から紡がれる。
藁にも縋る思いの癖に、其の藁を欠片も信用していない。
其んな為体《ていたらく》では信用されにくい。だから結局裏切られ、又人を信じ裏切られる。其の繰り返し。
己しか⋯⋯否、己さえも信用していない。其んなウツシが先程隠れていた樽、ではない何所か別の場所に隠れる事にしたのは極自然の事で⋯⋯。
「糞《くっそ》、碌《ろく》な物《もん》が無《ね》え」
樽の右横の障碍物には入れそうもない。人一人入れそうに無いし、抑々《そもそも》開閉する蓋が設けられていないから。
「猛直《もうじき》戻ってくる。其う信じて、又、尻取すっか。リ、リーチ⋯⋯」
悩んだって仕様《しょう》が無い。其う結論付け、リボンの`リ'から再開する。
隠れられそうな場所が見当たらぬ故、樽の近くを来留々々《くるくる》周り乍延々と尻取を続けた。
己の選択に自信が持てない。だかた其れから逃避する為、必死に別の事を考え、気を紛らわす。
今更何うしようも無い事は分かっている。一度振った賽子の目が出たら、もう変わらないように。最早、引き返せぬ所まで来ているのだ⋯⋯今も昔も⋯⋯。
「唐揚、ゲーム、ムース⋯⋯」
尻取に集中出来なくなってきている。言葉を絞り出すまでのスパンが鈍々《どんどん》長くなっていた。
其れ以降は`ん'の付く言葉で終わらせるでもなく、未だ続けるでもなく、何もせずに延々と同じ所を回り続けていた⋯⋯其の時。
「又、`蟻共'の足音か? だが、先《さっき》の奴と同一人物ではないはず。同じ方向から此方に向かっているし⋯⋯なら誰だ?」
本の少し前まで迷いに迷っていた。其れが嘘みたいに、今度は直ぐ答えを出せた。否、本能に身を任せたと云った方が正しいのか。
其して、瞼を閉じ、耳を澄ませる。
「彼《あ》の女《ひと》よりかは`蟻共'の靴音に近い、でも、其の何方にも属さぬ者の可能性も捨て難い」
分かり易く敵か味方か判別出来れば良いが、其れは決して容易くない。増してや、己の読みの裏を掻いて第三者を装うかもしれない。
若しも敵だった時、己に降り掛かる損害は計り知れない。にも拘わらず、敵で無かった際のメリットは驚く程少ない。其うなると、答えは分かり切っている。
次の瞬間には、既に走り出していた。此の辺の地理に聡くない故、当推坊《あてずっぽう》に探さざるを得ない。最悪、移動する前よりエンカウント率が上がるかもしれない。
でも、只《ただ》待つ事なんて出来ない。何《ど》うせ捕まるなら、足掻けるだけ足掻きたい。其う強く考えていた為か、足取りが何時《いつ》もより頭《ず》っと軽い。
表通《おもてどおり》までの道程《みちのり》は酷く長い。
初見の通路に既視感|等《など》有る訳も無く、先程以上の不安に襲われながら、未だ薄暗い裏通《うらどおり》を駆け抜けていた。
口からは二酸化炭素混じりの空気が絶え間無く出ていく。逃げる事に全神経を集中させるべき場面で、ウツシは或る事について考えていた。
彼女は信頼に足る人物か? 不安はぬぐえない。#v93f0a51]

〖双心ウツシ〗は樽の中に隠れていた。
木で出来た其れの見呉は頗る悪いと云って良い。至る所が襤褸々々で、上から伸し掛かるだけで壊れてしまいそうな脆さを感じさせる。又、縦長の形状の所為で寝返りが打てない⋯⋯元い、打てるが樽が壊れてしまう。色んな意味で落ち着いて眠れない物。
其んな、制約の多い空間に好き好んで入る者は先ずいない。
が、ウツシは其処を潜伏場所に選んだ。普通の者なら留まり続けるのは難しい。肉体は大丈夫でも、早々に精神が何うにかなってしまう事は想像に難くない。故に、其処に居るウツシは尋常な者ではなかった。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
樽の中で呼吸を落ち着かせる。此の音が外に居るかもしれない他人の耳に出来る限り入らぬように、小さく静かに。
其れから間も無く。遠方から靴音が聞こえてくる。
「はぁっ⋯⋯」と、小刻みな呼吸を無理繰り抑える。本当は今直ぐにでも逃げ出したい。其んな恐怖で体が震える。併し、其うするよりも隠れる方が良いと考え、実行した。今更変えても、隠れずに走るより悲惨な結果が見えているから。
音は鈍々迫ってくる。心臓は爆々鳴っている。
早く行け⋯⋯早く行け、と強く念じる。声には出さない⋯⋯が、若し出していたら其れは呪詛のように見えるだろう。
「⋯⋯行ったか?はぁーー良かったぜ」
不安げな声を思わず盛らす。同時に滞っていた息も、円滑に行き来し始める。其して普段通りの量に戻り、力無い溜息が吐き出る。緊張を解けれて歩っといたようだ。
「ん?」
疑問を感じた。突如、音が聞こえ始める。先程の物とは違い、遠くからだけでなく近くからも聞こえる。其して蓋の上からも聞こえる。
「雨っ⋯⋯か」
正体に気づき、其れの名を呟く。必然的に未だ留まる事を天に強いられた。其して⋯⋯。
「⋯⋯暇過ぎるぜ」
今まで遣る事が山積みだった。其して其れを中断せざるを得なくなった。其んな時にする事がウツシには思い付けない。
否、逃亡の最中である以上、何もせずに雨止みを待つ方が良いのは言うまでもない。が、他事に気を取られ敵の接近に気づけなかった⋯⋯何て事に成ったら目も当てられない。だが、其れでもウツシは何かをせずには居られなかった。
「独尻取とか良いかもな」
一応周囲に出来得る限り聞こえぬよう、雀の涙程の量で喋っている。胸中で一から十まで思案すれば良いのだが、生憎ウツシは口に出さねば上手く考えを纏められない。が、大々的に声を出せない。故に、か細い声量で言葉を紡ぐ。
其んな此んなで独尻取を始める。其れ、元い独言を呟いている唇は腹話術師みたいに殆ど動いていない。ウツシの会話場面を相当近くで見なければ、喋っている事にすら気づけないだろう。樽は硝子製ではないので当然透明ではない。音さえ殆ど出さねければ其れで充分。併し、ウツシは其れを続ける。否、止められない。其れを意識せずに変える事など略不可能。普段耳と鼻に乗っかっている(度の入った)眼鏡を掛けずに歩く位には。
「林檎、大猩々、喇叭、全丈下服、積木、啄木鳥、きっ⋯⋯黄色⋯⋯」
尻取の定番から始める。最初は本々と出てきていた。だが徐々に出るまでに長く時間が掛かるようになる。
其れから小一時間続ける。其の頃には既に雨音は聞こえなくなっていた。
「⋯⋯瓜、りっ⋯⋯利本」
慌てて`ん'の付く言葉を言い、尻取を終わらせる。其して頭で(外側にしか取手が付いていない)蓋を持ち上げ、外の様子を確認する。未だ晴れ切ってはいないが、傘を必要としない程度には止んでいた。が、
「不味い」
慌てて頭を下げる。併し、
「うぁ」
蓋が持ち上げられ、再び外気が入ってくる。太陽が顔を出した直後と云う事もあってか、未だ気温は低いまま。御負に半袖のT.襯衣に(綾織洋右袴・全丈下服改め)〝自一゠羽尓〟姿(更に言うなら至る所が襤褸々々)では寒いに決まっている。
故に、声しか上げれず立ち上がられない。膝を抱えねば収まらないので、何もしなければ蓋を開けた者のされるがまま。故に⋯⋯。
「おりゃあーー」
最早静かにする必要は無いと感じ、掛け声と共に(右側に障碍物が在り、其れを退かしていなかったので)左側に体当たりをする。其して倒れ様に外に飛び出し、華麗な受け身を取り、蓋を開けた者を探し視線を彷徨わせる。
「あっ」
探していた人物が視界に入った途端、下服に巻かれている白い洋帯(平素ではなく上・腰括の方を締めている)を手慣れた動作で外す。、其して即座に構えた後、相手の方へ体を向ける。
黒の全丈下服・洋裃、及び同色の壮麗短靴、白の襯衣服、手や顔と殆ど同色の(左股衣゠薄足套改め)〝羽尓゠布須〟に身を包んだ女性が居た。右手には(ウツシが入っていた)樽の蓋が、左手には先程の雨の際に差していたと思われる傘があった。既に畳まれ、其の先端を地面に着けていた。
「うっ動くな。危害を加えんとするなら、此方も容赦はしないぞ」
洋帯を強く握り、怒気を孕めて言い放つ。腕には武者震いが生じているが其れを無視して言いわしたが、恐怖は全くと云って良い程抜けない。
「⋯⋯⋯⋯」
相手は何も言い返さない。無言は肯定と洒落込みたい所だが、物調面の彼女は何方とも取れぬ表情を続けるばかり。選んでいるのか選ぶ気が無いのかもわからない。悪魔の証明で、無言が答える必要が無いからなのか、思案中だからのかは分からない。未確定でも良いので何かしら言葉を返してくれたら此の状況から抜け出せるのに。
「無視か⋯⋯なら此方も自由にさせてもらうぜ」
其う言い放ってウツシは彼女に背を向ける。現状攻撃をしてこない以上、己の言い分を曲げる事に成る故、交戦せず撤退する事を選んだ。其の時⋯⋯。
「待って」
彼女の第一声が辺りに響く。ウツシは直ぐには其の指示を聞かず、数秒の間に彼女との距離を問ってから振り返った。
「何うした、某に用が有るのだろう」
「そっ、それがし?」
ウツシの特徴的な一人称に、要件を言うより先に疑問が口から出て来たらしい。
「此方の事より其方の事だ。早々と続きを述べてくれ」
相手の問いには答えず、話を戻す腹積りの様子。路線から外れる切掛と成った張本人にも拘わらず。
「あっ、はっ、唯」
余りの自分勝手っぷりに呆気に取られている様子。併し、直ぐに先程の仏頂面に戻し、
「数十分前に君を見かけたの」
漸く彼女は本題を語り出す。(恐らく)予想外の突事で言わせて貰えず、焦らされた為に鬱憤が溜まってしまった。其れを察してか、
「で、一目惚れして樽の中まで追ってきた、と?」
場を和まそうと、敢えて自意識過剰な台詞を吐く。最も先程の我儘っぷりの所為で此れが素と思われる可能性も充分にあるが。
「勘違いしないでください。別に其んなんじゃ有りませんから」
少しむっとした顔で答える。怒気を強めれる状況を作る事で瓦斯抜きを図ったらしい。
「社会人の突照って珍し過ぎるぜ」
未だ弄る事を続け本題から悉く外していく。ウツシの自己・速度な態度に彼女の視線が鋭くなっていく。怒りを外にこそ出さないが中では滾りに滾っているだろう。其れ故にか⋯⋯。
「其の⋯⋯御免なさい」
勢い良く頭を下げる。洋帯の所為で手を付けない形にはなった物の、感情の爆発を先に封じる。此方が何をしても空回りするなら、一層彼方に全てを任せる事にしたらしい。
「全く」
呆れたように物申す。其処から感じ取れるのは怒りではない。が、決して好印象は抱いて居ないらしい。
「謝るなら最初からしないでよね」
剥れて文句を垂れる彼女に、
「過ちを経ずに、人は成長出来ない」
「人には絶対に間違ってはいけない時がある」
名言風の言葉に捲くし立てられず、其の言葉を否定する言葉を返してきた。
「うぐぐ⋯⋯」
丸で予め用意していたような台詞の所為で、即座に言葉を返せない。

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同年7月6日土曜日→標似合の自殺。