「あのね、いい子にしてたらパパとママがむかえにきてくれるの!」
穢れを知らない、無垢な少女は言う
いや、穢れは知っていた
けれどそのうえで、必死で信じていた
迎えに来ないと分かっていても、捨てられたんだと分かっていても、それでも、『両親』を信じて待ち続けていた
そして、白い服の人達……科学者達に、どんな実験をされても、笑顔で、「パパとママがいつか迎えに来てくれるから大丈夫!」そう言って、耐え続けた
けどそれは逆に、彼女を作り出しているのが両親への想いだけだった
それがなくなってしまえば、今まで信じていた少女は土台から崩れさる
そしてそれは、9歳の時に崩れた
実験で移動していた時、誰かがひそひそと話すのが聞こえた
「なあ、77657って一時的に預かる契約なわけ?」
「あ?ああ、違うらしいぞ。完全に引き渡す契約らしいが……どうも両親が交わした嘘の約束を信じているらしい」
「そうか……可哀相に。たとえ迎えに来ても完全に引き渡す契約なら両親でさえ引き取れないのにな」
そう、話す声が聞こえた
けれどそこにあったのは絶望ではなく、ただ、「やっぱり」と言う虚無感だけ
初めから約束が果たされることはなかった
それをバカみたいに信じていただけ
けど、信じればいつか報われるって言っていたのは?
それも、嘘だ
信じ続けて、その果てに待っていたのはこの結果。
結局信じても何にもならなかった
両親が迎えに来ると言って、科学者たちは「そっか。じゃあ、それまで頑張ろうね」そう言い続けていた
それも、嘘
全部何もかも嘘だった
両親との約束も、それを肯定する科学者たちも、実験は死ぬことはないって言っていたことも、あの部屋が両親が居ない子たちを一時的に入れておく部屋だってことも、全部……嘘だったんだ
この世界には嘘しかない
小さい頃の少ない友達だって、面白いから仲良くしてただけで、裏で色々と言っていたのを聞いたことがある
でもだからと言ってこの人生が変わる訳はない
変わるとも思っていない
変えようとも、思わない
ただ信じて来たものが壊れて、自分と言う人格が壊れて行く音がしただけ
そのことに誰かに非があるとは言わない
だって、嘘だと分かりきっていることをバカみたいに信じ続けていた自分が、バカだったから
僅か、9歳にして風香はそのことを思い知らされた
知った瞬間から、風香の人格は今までと逆だと言っても過言ではないものに変わってしまった
何も信じることはなく、孤独を好んだ。
気に入らない人が居れば能力で殺し、己の都合のいいように他人を使い、何もかもを拒絶し……けれど、ただ、その気になればいつだって出られるのに、それだけは一切しようとしなかった
出てもやることも、行くところもなく、どうすればいいのか迷うだけ。
その理由もあったが、一番は
『もう何もかもがどうでもよくなったから』
だった
そんな人生を送っていたある日のクリスマス。
このコンクリートの部屋で寒いと思いつつ能力を応用し、温まっていた
ふいに、鉄格子の窓の外に影が見える
誰かが通ったのだろうと大して気にせず、ただこのクリスマスと言う日を思い浮かべていた
ただだからどうということはなく、このくだらない毎日に、ちょっとした変化が欲しかっただけだ
この国では、クリスマスは前の日のクリスマスイブと言う日に祝うことが多いらしい
なんだかなあ
そう思いながら、窓を見てみる。
―――先ほどの影の人物と目が合った
黒い髪に黒い瞳の、目立たない容姿に小柄な体。
けれど風香と同じ年くらいの……少年
自分と同じ年くらいの人間に会うのは酷く久しぶりだった
だから珍しくて、思わずじろじろ眺めてしまう
「あっあのっ!」
不意に少年が口を開く
どこか緊張しているような印象だ
普段の風香ならば無視するが、今回はクリスマスと言うことと、同じ年代の人に会う機会はめったにないことを踏まえ、会話につきあってやることにした
「あぁ?」
ただし、思いっきりドスの聞いた声で
しかし物凄く怖い声で返事を下に関わらず、少年は嬉しそうに顔を輝かせる
「よかった!答えてくれた……」
どころか、そんなことまで言い出した
おそらく噂か何かを聞いており、風香があまり会話に応じないことを知っていたのだろう
しかし風香はそんなことに興味はない。
ただすぐに用件を言わないのであれば、無視するか殺すかだ
「あの、今日ってクリスマスだよね。外、出たいとか思わないの?」
鉄格子の外から、少年が尋ねてくる
愚問だ。
風香にとっては外に出たいとは思わないし、第一そんなことをすれば実験の途中で頭に埋め込まれたチップのプログラムが発動し電流が流れ、無事では済まない。
もしかすると脳に異常をきたす可能性だってある
「お前、それは外に出られない私への嫌味か?ぶっ殺すぞ」
別に、外へ出たいとは思わない
ただ少年の問いかけが少し気に入らなかっただけだ
にも関わらず――
「そっか……ボクも君の噂を聞いて外に出して上げられないか父さんに掛け合って見たんだけど、許可は出なかったんだ……」
肩を落とし、残念そうに俯きながら少年はそう言った
けど、嘘だと思った
こういう言葉が嘘でなかったことなんて一度もない
だから――今回もきっと、ただ信用させようとしているが為の嘘
そんなものは、信じない
「で、せめて何かしてあげたいなーって思ってクッキー作って来たんだけど、来る途中に不良にからまれちゃって逃げてたらどぶにはまってものの見事にどぶの中へ沈んで行ったよ……」
ははは、と乾いた笑みを浮かべながら少年が言う
嘘だとは思えない実に巧妙な嘘だ
その嘘に対し、「あ、そ」と適当に愛月を打つ
と、突然俯いていた少年がひらめいたようにこちらを見る
「そうだ!この首にかけてる十字架のネックレス、母さんの形見なんだけど……よかったら君にあげるよ!」
……………は?
「バカか、お前。なんで初対面の人間に母親の形見渡すんだよ」
首に賭けている赤い石のはまったシルバーの十字架のネックレスを見せながら言う海流に、不機嫌そうに言う
最も、風香は母親の形見だなんてこれっぽっちも思っていないため、どうでもよかったのだが
「うん。そうなんだけどさ、君の方が似合うと思うし……このネックレスは小さいころからボクの事、守っててくれたんだ。だから君のことも守ってくれると思って」
――馬鹿馬鹿しい
「守る?ハッふざけんな。噂聞いたろ?私は守られる必要なんざどこにもねーんだよ」
この、成長するとともに大きくなっていく力さえあれば――
しかし、この力は大きすぎる
今の風香では制御は不可能だろう
もっとも、風香が使える力だけでも十分だった
それはおそらく、少年も知っていることだった
にも、関わらず
「うん。だけど君は1人なんだってね……だから、君が1人じゃないように……寂しくないようにってお守り」
どこか寂しげに言うと、海流はネックレスを外し、此方へ差し出した
そして、風香に笑いかける。
なぜだろうか……
その笑顔は、まるで自分が無くしてしまったものを持っているかのようにキラキラしていて……
眩しかった