Skywinder氏作/Pariah/Chapter03

Last-modified: 2024-11-29 (金) 20:02:34

スタースクリーム釈放から10年後

オプティマスは自身のオフィスで、直近の報告書に目を通していた。事態は思った以上に深刻だった。

ヴォスとケイオンがメガトロンの手に落ちた。さらに部下のジャズの報告によれば、ターンは正式にディセプティコン側につくことを表明した。あの都市の支配者がショックウェーブという優秀な戦略家であることを考慮すれば、非常にまずいニュースだった。さらにこのショックウェーブという男は冷酷な科学者としても知られる危険人物だった。事実、彼の政敵の多くはなんの前触れもなく蒸発している。そんな者が、メガトロン側についたのだ。

一方でオートボット軍は、正式な協力都市がそう多くなかった。小規模都市のタイガーパックスやカァルコンは参戦に消極的で、ただ有志がオートボット軍に入ってくることはあった。アルティヘクスとポリヘクスは中立を保ちつつも、多くの市民が首長の許可を受けて新たな故郷を作るために、星を離れていった。両都市はメガトロンの中立都市に手を出さないと言う宣言を信用せず、可能な限りの市民を守るべき輸送船を多く用意し、希望者の星外脱出を許可したのだ。もはやどちら側につくかの問題ではないのだ。一方でクリスタルシティはディセプティコン派とオートボット派で分裂していたが、誰もがそのように派閥を決めているわけでもなかった。そしてアルティへクスとポリへクス以外の中立都市でも多くの市民たちが、首長の許可なしで退去を始めているようだった。オプティマスは彼らの幸運を祈りつつも、願わくばこの流れには至ってほしくなかった。

志願兵の不足、市民らの星外退去、様子見を続ける都市……オートボット軍はかろうじて形を保っている状態だった。さらに言うならば、志願者の多くは戦闘経験の少ない、もしくは皆無の民間人に過ぎなかった。戦いでは単純な頭数ではなく、戦略、技術、武器がものを言うが、技術については皆戦闘経験に乏しく。戦略家はいないに等しい。技術者ならばそれなりにいるが、うち1人は自己の名人、もう1人は技術者というよりも宇宙生物学専門の学者だった。いずれもこの環境には慣れてもらわないといけない。

改めて、現在の情勢を振り返る。今や残存する都市国家も少なくなってきた。直近ではシムファーがメガトロンの軍勢により攻め込まれている。なんでも50日ほど前、中立を宣言すると同時に、メガトロンやディセプティコンを「愚か者の軍勢」と謗り、かの暴君が何を差し向けようと決して屈しないなどと宣言したそうだ。案の定その宣言は暴君の逆鱗に触れ、即座に大軍勢が送り込まれた。偵察兵の話によれば、軍勢は都市をぐるりと包囲し、一歩でも都市から逃げようものならことごとく撃ち殺されるという。都市内部まで潜り込んだ偵察が見たものは、極度の飢えに苦しみ死に至る市民らの姿で、もはやいつ陥落してもおかしくない状況だった。これを聞いたオプティマスは都市を救うべくシムファーへ軍を送った。

カリスはいまだに立ち位置を表明していなかった。何せ都市はディセプティコンの領域のすぐそばにあり、恐ろしくて声明が出せないのだ。少なくとも、この都市からオートボットに参加する者は今のところいない。

残るはプラクサスだが、こちらは正式にオートボット傘下となり、およそ5割の成人らが兵士として参入した。一見すれば朗報だが(同都市出身のプロールも誇らしげだった)、オプティマスとしては不安を覚えずにいられなかった。
プラクサスはヴォスに近く、かつアイアコンからは遠い。もしメガトロンが敵となった彼らに牙を剥いたら、オートボット軍は絶対に間に合わない。何よりもヴォスにはシーカーがいるのだ。

ふと、あるシーカーのことが脳裏をよぎった。
スタースクリームと初めて会ったあの日。彼は実に印象に残る人物だった。第一印象こそ最悪だっが、一対一の話し合いを経たことで、攻撃的な性格の裏に秘めた明晰な頭脳が明らかになった。いま思えば、あの理不尽な裁判を含めた悲惨な経験を経てきた彼が、初対面でかつ何よりも憎む権力者であるオプティマスに、あそこまで明かしてくれたのは特別なことだった。
しかしやはり第一印象というのは拭いがたい。その後呼びつけたアイアンハイドがまさしくその前兆だった。


「冗談でしょう!?」
アイアンハイドは叫ばずにいられなかった。ようやくオプティマスに呼び戻されたとき、プライムに無礼な口を叩いたあのシーカーに1発ぶちこめると思っていた。実際、部屋に踏み入れてすぐさま怒鳴りつけてやろうとしたのだが、ひと言発する前にオプティマスに制されてしまった。それどころか、シーカーがオートボット軍に入ることを決めたというのだからなおのこと納得がいかない。

「こいつは目上の者への礼儀というものがまったく成っていません!あなたに対してまるでそんじょそこらの雑魚相手かのように話しかけたんですよ!だいたいこいつは問題児の人殺しです!俺は絶対に認めませんからね、こんな──」

「ゴミってか?」
スタースクリームはさらりと言った。彼もまた、目の前のやかましい男が気に食わなかった。なにせ目上の者への口の利き方がどうと人を罵りながら、自分自身がプライムに対して大声で文句を言っているのだ。
というより、口喧嘩は得意分野だし数少ない娯楽だった。いかに稚拙でも口論らしい口論は久しぶりだった。これまでは売り言葉をけしかけても、形になることもなかったから。
楽しむなら今のうちだ。次はいつ楽しめるかわからないんだ。

「ケダモノ?下等生物?クソシーカー?」
背もたれに身を預け、敢えて挑発的に笑って淡々と続けた。
「社会の恥?ご所望ならいつまでも言い続けられるぜ。ああでも、高尚な議会がお待ち『あそばせ』とあらば、そんな時間もないよなあ。」

「貴様っ……!」
アイアンハイドが拳を作った。新しい仲間だろうが関係ない。一刻も早く、目の前のニヤケ面をボコボコに叩きのめしたかった。

「いい加減にしろ。」
そこでオプティマスが割り込んだ。
「アイアンハイド。気に食わないのは君の勝手だ、好きになる必要はない。しかし彼は軍に入ることに同意してくれた。これから君は彼を訓練生として扱え。決して『特別扱い』せず、他と同じように扱うことだ。良いな?」

「しかし司令!」
アイアンハイドとしては、なぜ彼がこのシーカーをここまで庇うかを理解できなかった。そこまでする理由がまるでない。奴は無礼で、口が悪く、何よりも仲間を手にかけた人殺しだ。いずれもオートボットの理念に反する。
しかし所詮、この特別収容棟にいる誰もがそうなのだ。

「もう1度だけ言うぞ、アイアンハイド。良いな?」
議論の余地はなかった。彼もスタースクリームと同じく、決断したのだ。そしてその決断が揺らぐことはない。

アイアンハイドは険しい目を向けたが、ようやく引き下がることにした。
「わかりました、司令。」
正直、わからない。なぜオプティマスがこうも意固地に振る舞うのか。そしてこのシーカーについても気に食わないままだった。
どうあれ、課せられた仕事はこなすまでだ。だが決して楽をさせるつもりはない。このシーカーの曲がった根性を徹底的に叩いて、序列というものを刻み込んでやるのだ。

アイアンハイドの返事に、オプティマスも頷いた。ほぼ納得していないのは承知だが、今は彼の言葉を信じることにした。そして、今度は横でにやけているスタースクリームを見据えた。

「そして君もだ、スタースクリーム。」
アイアンハイドを見つめていた顔がこちらを向いた。
「どうか、部下たちを煽るようなことは控えてほしい。気の短いものも何人かいることだし、君も彼らも含め、軽率な言葉をきっかけに治療室を圧迫するような事態は望ましくない。」

スタースクリームは楽しみの時間が終わりだと察して、しょげながら答えた。
「……確約はできないが、努力する。」
これが最初で最後の自由となるだろう。果たしてプライムが自分の話を信じてくれたかは定かでないが、少なくともちゃんと耳を傾けてくれたし、チャンスを与えてくれた。こんなことは、もう長いこと経験がなかった。それを無下にしたところで損するだけだ。

アイアンハイドが彼を睨みつけるのを見て、オプティマスはため息をつきそうになった。
スタースクリームの煽りを完全に止めることはできないとは思う。というより、アイアンハイドのように短気な者にとって、回答がどうあれ関係ないだろう。結局彼も考えを決めてしまったわけだし、それを曲げることはないだろう。
話はまとまった。スタースクリームの言う通り、時間は限られている。
「アイアンハイド、獄長を呼んでくれ。スタースクリームは我々と共に来る。」

アイアンハイドはスタースクリームを鋭く睨みつけたあと、オプティマスを見上げた。今にも何かを言いたそうだったので、オプティマスは間髪入れずに言葉を続けた。
「日の終わりには、彼らを本部に連れて行かねばならない。時間通りに進めることが重要なのは、君もわかっているだろう?」

さすがにこれにはアイアンハイドも従った。マーキュリオンの脅しが脳裏を離れないのは自分も同じだ。もしあのサイバトロニアンの恥のような男と再び会うことがあれば、そのときだけオートボットの理念を忘れてしまうかもしれない。元はと言えばやつのせいでこのような状況にあるのだ。これから、戦闘をするための体力もなければ技術もないような囚人どもの訓練をしなくてはならないのだ。おまけにその中には、口の利き方を知らない上に小賢しい人殺しシーカーがいる。あまりの腹立たしさに、自分たちに飛行型と軍用機が必要だと言うことを忘れてぶん殴ってしまいそうだった。隙あらば背中の小洒落た翼もベキベキにへし折ってしまいたい。

それは叶わないので、訓練の時に思う存分に期待直してやることにした。

「了解です、司令。」
そう言って、アイアンハイドは苦い気持ちのまま退室した。

アイアンハイドと同じく、オプティマスも議会の命令が気に食わなかった。選択の余地などないからこうして来たにすぎない。だがそのおかげで、奇怪な巡り合いにより、過去のあやまちがひとつ正される機会と巡り会えた。
このスタースクリームは、最初からここにいるべき者ではない。そしてきっと他にも、同じように不当に収容された者もいることだろう。
残る彼らを救えないことは心苦しいが、せめてここにいる彼だけはなんとしてでも助けてやりたい。そしてそれに文句を言うものがいれば、なんとしてでも止めなくてはならない。

掠れた声がオプティマスの気を引いた。
「分の悪い賭けだぜ、アンタ。わかっているだろうな。」
スタースクリームを見ると、アイアンハイドに向けたニヤケ面は失せ、ひどくやつれた顔が浮かんでいた。

「わかっている。」
オプティマスは返した。

「なぜだ?信じる理由なんてないじゃないか。」
結論や限られた自由がどうあれ、スタースクリームはどうしてもはっきりとしておきたかった。それに加え、警告も必要だった。
「危険な賭けだ。このことが知られれば、議会だけでなく、クリスタルシティのサイエンスアカデミー評議会からも目をつけられるぞ。奴らが始末したがっていた俺を、アンタは解き放っちまった。絶対に見逃しちゃくれないぜ。」

オプティマスは彼をじっと見下ろした。おそらく説明しても納得はしてくれないだろう。ましてや、たとえ間接的にでも、オプティマスが個人的に議会を困らせるためにスタースクリームを利用していると知ったら、決して気に入らないだろう。

彼を満足させずとも、ある程度の懸念を解決すべく言葉を選び、答えた。
「そうだな。君の話してくれた内容が、私の議会に対して持つ疑念と合致した。そういうやり口は私も嫌いでね。」

スタースクリームは考え込むように首を傾げた。何か含みがあるのはなんとなく察したが、追及したところで話してくれないだろう。それでも彼が話を聞いてくれただけでなく、信じてくれたことまではわかった。その事実が、長年不信と絶望に満ちていたスパークにほんの少しだけ安らぎを与えてくれた、このことは当分覚えておいて損はないだろう。

囚人たちにも嫌われ、さんざん汚名をかけられた身にとって、こういう些細な良い思い出は今後の支えになる。

面会室の外からぎゃあぎゃあとやかましい口論が聞こえ、オプティマスを見上げた。しばらくは彼と会うこともないだろう。
今はプライムの言葉を信じることにした。そしてそのことを伝えないままで終えるつもりはなかった。

伝えねばならなかった。

「さて、お時間というわけだな。」
「そのようだ。」
敢えて演技がかった声で言うと、オプティマスも静かに返した。きっと彼の目には気まぐれに映ったことだろう。

「別れる前に、ひとつだけ言わせてくれ。……ありがとう。」
そう告げる声に、先ほど張ったような虚勢はなかった。
礼を言うのは苦手だった。ずっとスカイファイア以外に感謝する理由がなかったし、たとえ本当に感謝したとしても伝えることはなかった。だが今は……今回ばかりは、どれだけ難しくとも、言わねばならなかった。
「話を聞いてくれてありがとう。この恩は必ず返す。信じてくれないと思うが、借りは絶対に返す主義なんだ。」

オプティマスは静かに頷き、了承の言葉を発しようとしたところでドアが勢いよく開かれた。アイアンハイドとあの失礼な獄長が看守を伴って入って来た。誰も言葉を発さず、看守らがスタースクリームを乱暴に押さえて連れ出すと、獄長もオプティマスを冷たく一瞥してから二言もなく去っていった。

その様子を黙って見つめていた。おそらくアイアコン監獄の管理官は、この知らせを聞けばさぞかしお怒りになることだろう。あらゆる騒動に備え、急ぎ基地へ戻る必要があった。

「かなり不満げでしたよ、司令。」

「だろうな。」

「あのシーカー、問題しか起こしませんよ。」

この話題は聞き飽きた。
「私はもう決めたんだ、アイアンハイド。何よりも、飛行型はいつでも求められる人材だ。さあ、帰ろう。」

また文句を言いたそうだったので、すぐに手で制した。
「いいから、帰ろう。今日はいろいろあった。お互い疲れているだろう?業務に戻る前にひと休みしようじゃないか。」

そこまで言うと、アイアンハイドは黙って頷き、2人は外に出た。

基地に戻るまでの間、会話は一切交わされなかった。


アイアンハイドの予想は的中した。
スタースクリームは問題を起こした。彼自身がではない。どうやら今回の話はオプティマスより先に本部に……より正確に言えば、議会の耳に届いていた。あの出来事についてはとうぶん忘れられそうにない。


オプティマスが監獄訪問とそれに伴う『徴兵』の報告書をまとめているとき、いきなりドアが乱暴に開かれた。顔を上げると怒り心頭のマーキュリオンと、その隣に知らない機体の姿があった。緑がかった金色の塗装と、全体的に細い形状が特徴的だった。おそらくは小型の陸用車両の類だろうと推察した。

作業を妨害されたことには少し腹が立ったが、オプティマスは静かに立ち上がり、不満を隠すように丁寧に告げた。
「議員どの、このたびはどういったご用件で?」

「囚人らを釈放したようだな、オプティマスプライム。」
マーキュリオンは怒りを抑え込むようにしていった。

オプティマスは片眉を上げた。ほんの数分前に監獄から帰って来たばかりで報告書もまとめていないにも関わらず、マーキュリオンの耳に届いたというのは意外だった。そして、マーキュリオンと隣の男がここに来た理由について、実に嫌な想像がついた。ついでに誰が原因なのかも。あの獄長はずいぶん口が早いようだ。

そこまで考えて、オプティマスは慇懃な態度を保ち、より落ち着いた声で続けた。
「何か問題がおありですか、議員どの?私はご命令通りに務めを果たしましたとも。ええ、徴兵は成功です。何か失念しておりましたか?」
マスクの下でひそかに笑った。他人を煽るのは趣味ではないが、今回だけは例外とした。

マーキュリオンは今にも怒りが爆発しそうだったが、何かを言う前に隣の小さい方が止めた。
「マーキュリオン殿、ここは私に喋らせてはくれないか。」
媚びへつらうような笑みを浮かべた男は、柔和な声でオプティマスに話しかけた。

「このたびは、シーカーを軍に迎えたようですな。名は、スタースクリームと。」

その瞬間、オプティマスの顔から笑みが消えた。
予感的中か。
決して声色を変えず、返答した。
「よくご存知ですな、まだ囚人の名は議会にすら公表していないはずですが。そして、あなたご自身は議会の方ではないとお見受けします。」
目前の2人は少し身を固くした。その反応を確かめつつ、言葉を続けた。
「お名前をうかがっても?そして、どの囚人が傘下に入るかが、なぜそうも気になるのでしょうか。」

細身の機体の表情は明らかに固くなり、声色は刺々しくなった。
「失礼。私はクリスタルシティの科学評議会のトランジットと申します。」

スタースクリームがオプティマスに警告したことを思い出した。
早速か。

「なるほど。それでトランジットどの、あなたにどのような関係がおありでしょうか?シーカーが仲間に加わることに問題はないはず。彼らは軍用機かつ飛行型で、メガトロンに大半を掌握された機種です。仲間に加えられるならばこの上なく歓迎したい。それが名誉ある科学評議会のご訪問とどのように関わるのでしょうか?」

「わかっていないようですな、オプティマスプライム。あの男は危険極まりないのですぞ。冷酷な殺人者で、アカデミー在籍中も暴力問題で知られておりました。何度も喧嘩を起こしたり、不正行為を働いたことで、本来なら退学になってもおかしくない様な有様でした。任務の末にパートナーがいなくなったという話ももはや必然です。あのような犯罪者、監獄に閉じ込めておくべきですぞ。」

説明を聞き、オプティマスは静かに返した。
「ではそれらの証言資料全ての提供のご用意ができていらっしゃるということですね?」

トランジットは少し安堵した様で、また気味悪い猫撫で声に戻った。
「いいですとも、証言者ならいくらでも……」

「そうではなく、書証のご用意はできていらっしゃるのでしょう?」
オプティマスのカマかけはうまくいったようだ。トランジットは硬直し、マーキュリオンの目が険しくなった。

「失礼だがプライム。なぜ書証など必要だと?参事の言葉と証言者で十分なはずだろう。」

「人は嘘をついたり、都合の悪い情報を隠すことだってできるのですよ、議員どの。」

再びマーキュリオンが激昂しかけて、トランジットがまあまあと宥めた。今度はさすがに先ほどのような冷静さはなかった。その上で、再びオプティマスに向き直った。
「ええもちろんですとも。書証なら用意できます。クリスタルシティに戻って全部用意いたし……」

「スタースクリームの加入を止めるためにわざわざ私のところまでまいられたのであれば、全てご用意はされているのでしょう?」
強引に言葉を遮り、トランジットを鋭く見据えた。
「まさか隠し事をなさっているわけでもありますまい。それとも何がなんでも彼を監獄に幽閉すべき『事情』でもおありで?」

2人からの返答はなかったが、どちらも可能ならオプティマスのことを殺したくて仕方がない様な目をしていた。
これは確実に捉えた。そのうえで、変わらず落ち着いた声でさらに畳み掛けた。

「議員どの。確かあなたはこう命じられましたね。特別収容棟の囚人たちから募兵せよと。これが単なる要請ではなく命令であると、あなたは明確になさいました」
その言葉に対し、今度はトランジットがマーキュリオンを鋭く睨みつけた。
「1人でも多くを迎えるようにと命じられました。その中にシーカーがおりました。そして彼は募兵に応じました。」
彼と個人的に話したことは伏せることにした。どうせこの者たちには関係がない。
「私は彼の経歴などまったく知りませんでしたが、もし彼があなた方のおっしゃるような『冷酷な殺人鬼』であれば、相手を殺すことがつとめとなる兵士として、この上なく望ましい人材ではありませんか?」

どちらもわなわなと震え、唯一トランジットだけがまともに聞き返すことができた。
「ちょ、ちょっとお待ちを。『あなた方のおっしゃるような』とは、どういう意味ですかな?」

オプティマスはマスクの裏でほくそ笑んだ。彼らの反応自体が、スタースクリームのみの潔白の裏付けとなったのだ。
「言葉通りですよ、参事どの。」

沈黙がおりた。オプティマスの言葉への反論がこれ以上出ないのか、トランジットもすっかり取り乱してしまった。代わりにマーキュリオンが必死に声を抑えて喋り始めた。
「オプティマスプライムよ、飛行型を得ることはともかく、殺人鬼をわざわざ傘下に入れるまでもないはずだ。」

「おや、おかしなことを言いなさる。特別収容棟の囚人らは殺人鬼と狂人の集まりであると、あなた様もご存知でしょう。というより、かの収容棟の囚人らは最も危険な犯罪者達であるとお伝えしたはず。それでもあなた様はこれを明確な命令とし、経歴関係なく募兵せよとおっしゃりました。それ以上何も制限をかけられなかったのに、今更言葉を曲げられるとは驚きですね。」

再びトランジットがマーキュリオンを睨みつけた。2人のオプティックが静かに明滅を始め、何やら無線で会話していることがわかった。ついに2人はまたオプティマスを見上げた。マーキュリオンに至っては、怒りを隠しきれていなかった。
「あのシーカーを除外しろ、オプティマスプライム。これは命令だ。」

言葉に対し、オプティマスはまっすぐ見つめ返した。
「あいにくですが、彼はすでに兵舎におりますよ。」

「なんだと!?許可もなく囚人らを移送するなど──」

「あなた様は、当日中に囚人たちを本部に招集せよと命じられました。ご命令通りにすべて果たしましたとも。」

その瞬間、トランジットが激昂した。
「愚か者!あいつがあの収容棟にいると知っていただろうに!決してあそこから出さないと約束したではないか!」

「黙れトランジット!!」
マーキュリオンが一喝したが、もはや手遅れだった。オプティマスの抱えていたスタースクリームへのわずかな疑念も、トランジットの言葉によってすべて掻き消えた。この茶番に付き合い理由もなくなった。

「他に何がございますか。おふた方。」

穏やかな声で2人の口論を止めた。トランジットが何か言いかけたところで、オプティマスはほんの少しだけ無知の皮を外すことにした。
「参事どの。先ほど申し上げたように、人は嘘をついたり、都合の悪い事実を隠すことができます。しかし同じように、適切な揺さぶりをかければ、おのずと真実を見せることだってできるのですよ。」

言葉の意味を理解してか、トランジットの目の色がさっと白くなったように見えた。あとは何も言わず、逃げるように部屋を出ていった。マーキュリオンも同じくドアへ向かったが、その前にオプティマスを一瞥した。
「これで終わりと思うなよ、オプティマスプライム。」


その通りだった。その後もマーキュリオン議員は数年にわたって何度も押しかけてきた。しかしオプティマスは姿勢を決して曲げなかった。「兵士が必要だ」「そしていかなる人材も求められる」と。やがてなんの前触れもなく訪問は止んだが、理由はなんとなく察した。そして不思議なことに、科学評議会の方はトランジットの訪問以後まったく関わってこなかった。どうやらオプティマスの意思の硬さと警告がしっかりと伝わったようだ。いずれはスタースクリームにも教えてやりたい。彼の悪戯っぽい笑顔がなんとなく浮かんだ。

しかし議会の反応は、今後の前兆に過ぎなかった。あの訪問事件の後、報告書を無事提出し、5時間後に予定された会議のためにようやくひと休みした。
会議は決していい方向に進まなかった。予想通り、プロールはスタースクリームの名に反応した。彼の冷徹な目がいっそう冷たくなり、普段の無感動な声とは違う、怒気の孕んだ声で訴えたのだ。


「やつは我々を攻撃したのですよ、司令。逮捕に向かったエンフォーサーのうち、2人はオプティック脱落、他2人は顎部破損、挙げ句の果てに取り押さえる直前に1人が腕を引きちぎられかけたんです。やつは裁判中も勾留中もずっと看守らに暴言や恐喝を吐き続けました。アイアンハイドの報告や監獄の記録からしても、その傾向はなにひとつ変わっていません。即刻監獄へ返すべきでしょう。このような人材はオートボットに求められません。」

それを聞いたアイアンハイドも、オプティマスを見ながら言った。
「でしょ?この頑固頭ですら俺と同意見なんですよ。」

レッドアラートに関しては、囚人というものが本部にいるという事実だけですっかり参っており、プロールの説明がいっそう不安を募らせた。

「議会が我々に犯罪者達を受け入れることを強要するだけでもたくさんなのに、凶暴なシーカーが仲間に加わる!?きっとみんな寝首を掻かれてしまいますよ!それならいっそメガトロンに降伏した方がマシだぁーー!」

こればかりは避けたい事態だった。なぜ彼を受け入れたかをちゃんと説明したかったが、おそらくまともに聞いてくれないだろう、プロール、アイアンハイド、レッドアラートの反応からして、シーカーに騙されていると返ってくるのが関の山だ。状況が異なれば、自分もそう思ったことだろう。
しかしスタースクリーム自身は当初、議会の傘下に入るくらいなら居残ると言い張っていたのだ。仲間になってくれと無理強いしたのはオプティマスの方で、しかも必死の説得をしてまで引き入れた人材だった。彼の身の上話だって、本当なら初対面の相手に明かせるものではなかっただろう。

だからこそ断言できる。スタースクリームは嘘などついていない。彼の言葉は他者への不信で塗り固められているのでなく、強い意志によるものだった。むしろこのことで誰かを操っているのは、オプティマスの方だった。

彼との約束を違えるつもりはない。そんなことをすれば、それこそスタースクリームの信頼を裏切ることとなる。

「レッドアラート。報告書に目を通したのであれば、議会が彼らを制御するための装置を用意したことは知っているだろう。それさえあれば、寝首を掻かれる心配などない。」

これを聞いたラチェットが顔を顰めるのを見た。やはり彼にとっても受け入れ難い話なのだろう。オプティマスは密かにラチェットへ通信を送り、会議後に話をしたいと伝えた。それに応える様に、ラチェットは小さく頷いた。

説明を聞いたレッドアラートは不満そうにしつつ引き下がった。彼も装置の説明を見て、それがいかに緻密で、いかに危険なものを理解した。だからと言ってシーカーに対して背を向けるつもりはない。あの機種は野蛮なことで知られるのだ。

「そしてプロール。君の懸念はもっともだ。エンフォーサーには君の知人が多く在籍していたし、戦争直前の騒動で多くの仲間を失ったことも理解している。しかし現実問題として、我々には軍用機や航空戦力が必要だ。そういった志願者はあまりに少ない。いてもミニボットの飛行型が数名程度だ。より強力で、確実な味方が必要なのだ。」

プロールは返事をしないどころか、いっそう目を鋭くした。これの意味するところに嫌な予感しか感じなかった。おそらくスタースクリームに語った懸念は現実となるだろう。たとえ傘下に入るという事実を認めても、決して彼を仲間として受け入れることはないだろう。しばらく注意しておかねばなるまい。

一方、ジャズは何も言わず、固い表情をしていた。普段明るい彼がこうも静かなのは意外だった。果たして彼が何を考えているかは、オプティマスにもわからない。

すると、ラチェットが声を上げた。

「オプティマス。私はシーカーの身体的構造をある程度理解していますが、限られた知識です。ヴォスは以前から交流の少ない都市国家でしたし、シーカー種や軍用機に対する差別が横行してからはさらに閉鎖的になり、情報が極めて少ないです。もし今後シーカーが仲間に加わるのであれば、治療の際に必要な部品を確認するため、彼と会ってボディスキャンの許可をいただきたいです。」
「ラチェット!」
「プロール、あいにくだが私はオプティマスに賛成だ。ヴォスがケイオンと同盟を組んでいるのは公然に秘密だ。望もうが望むまいが、制空権はディセプティコン側にある。正直、たった1人でもシーカーが仲間に加わることは喜ばしいし、私も臨床データの中にシーカーの情報を加えたいところだ。」

どうやらラチェットはこの件について前向きに考えてくれているようだ。現時点で、3人がシーカーの参入に否定的で、1人は意見を表明せず、1人は今後彼を受け入れてくれるかもしれない。

あとはパーセプターとホイルジャックだが、どちらもスタースクリームの名が挙がってからひと言も発していなかった。しかし、名を聞いた瞬間にホイルジャックが目を大きく開き、パーセプターも目を光らせたのを見逃さなかった。どうも2人は彼を知っているらしい。

2人は、他が静まり返ったことに少し不安そうにしていた。全員が彼らの意見を待っていた。

ついにパーセプターが口を開いた。その声が、無感動な彼の発する中でも特に冷静な声だとオプティマスは感じた。

「ホイルジャックと私は意見を控えるとしよう。」

その言葉にプロールが怒鳴った。
「本気か!?」

パーセプターは態度を変えずに続けた。
「本気さ。そもそも皆の反応は、裁判以後の服役中の彼の情報と印象に基づく。アイアンハイドの監獄での対応がまさしくそうだし、レッドアラートの意見は長年培われたシーカー種および軍用機への偏見が大きく占める。彼の服役前の話は少しも出ていない。重ねて言おう、意見を控えさせてもらう。」

どうやら彼らは口に出さないだけで何かを知っているようだと、オプティマスは悟った。おそらくスカイファイアやスタースクリームのことを同業者として知っているのだろう。察するに、他の誰もが知らない情報を2人は抱えているに違いない。

普段は冷徹なプロールが、ホイルジャックとパーセプターに憎悪の視線を向けた。ホイルジャックはかなり居心地悪そうにしており、パーセプターはまったく動じずに見つめ返したが、どちらも意見を曲げる様子はなかった。

これ以上の議論は無駄と判断し、オプティマスは改めて自身の意見を表明した。
「レッドアラート、アイアンハイド、プロール。君たちがスタースクリームの仲間入りを認めたくないのは理解した。だがラチェットも言うように、我々には航空戦力が足りない。それに、これはシーカーの行動原理や特色を学ぶ絶好の機会だ。我々には、スタースクリームの持つ知識や能力、特に戦闘能力が必要だ。私は彼と個人的に話をし、いくつか条件を提示した上で同意をもらった。だから私は決めたし、それを曲げるつもりは決してない。」

レッドアラートは少しびくっと跳ねた。アイアンハイドとプロールは厳しい視線を投げかけてきたが、いずれも言葉を発さなかった。

「他に意見がないなら、会議を終了する。アイアンハイド、3時間後に兵舎へ向かい、新たな仲間達の訓練を開始してくれ。では、解散!」

プロールはすぐさま出ていき、アイアンハイドも続いた。レッドアラートも慌ただしく出ていった。おそらく囚人達の来訪に備えて警備システムのオーバーホールを行うことだろう。やがてジャズもゆっくりと立ち上がり、静かに出口へ向かったが、最後にひと言だけ発した。

「これが正しい判断であると祈っておりますよ、司令官。」

最後にホイルジャックとパーセプターが体質した。そのとき、ホイルジャックの目がどこか嬉しそうだったことを見逃さなかった。少なくともあの2人は、スタースクリームの味方になってくれそうだと、オプティマスは胸を撫で下ろした。

ひそかに微笑みながら、ラチェットに向き直った。
例の装置について話をしなくてはならない。


最初の会議では、装置についてラチェットとおおよそ40分ほど話し合った。その後何度目かの話し合いで、装置のスパークチャンバーとの連結部に、ある欠陥を見つけた。
連結部はチャンバーを貫通することはないが、周辺の配線を貫通する形になっていた。このため囚人自身では取り外せないが、十分な技術を持つ者なら簡単に「調整」できる仕様となっていた。あいにく装置を外せようが取り付けが甘かろうが、囚人達は初陣を生き抜けるかも怪しい。だが顛末はどうあれ、ひとまずは保留で良いだろう。

回想から戻り、目の前の報告書を読みに戻った。特にシムファーに関連する報告には、ひどく嫌な予感がした。今はきっと、向かわせた舞台がディセプティコンと交戦している頃だろう。今のところは特別な報告もないが、それが何を意味するかは考えたくなかった。

そのとき、ドアの呼び出しアラームが鳴った。

「入れ。」

開いて現れたのはジャズだった。目元を覆うバイザーは暗く、口元も苦々しく歪んでいた。

「ジャズ、どうした。

「シムファーに関する報告です。」

口ぶりだけで十分察した。

報告は戦況に暗い影を落とした。


シムファーの戦場にて、彼は横たわっていた。周囲からは死にゆく者達の断末魔の叫びが聞こえてくる。その魂がマトリクスに導かれるごとに、声は減っていった。
3色の目立つ彼は、それでも叫ばなかった。全身に鋭い痛みが走っても声を上げなかった。あらゆるセンサーが故障していた。翼は曲がり、エネルゴン管も破れ、ゆっくりと体液が流れ出ていた。墜落したときに重要器官を損傷したようだ。あのとき、攻撃してきたシーカーも相手が敵だと気づくまで時間がかかっていたことを思い出す。弾丸の雨が降る中でかろうじてロボットモードに戻り、その間に翼を撃ち抜かれたが、なんとか相手に銃を向けて数発撃ち込んだ。そのうちの1発が、相手のスパークチャンバーに命中した。その後の行動が甘すぎた。あれだけ厳しい訓練を経てきたのに、油断してしまった。目の前で命を奪われ、色を失くしている機体を眺め、初めて誰かを殺してしまったと気づいてしまい、呆気に取られてしまった。その瞬間、敵が背後から忍び寄ってきたことにも気づかず、あとは胸に空いた大穴が物語っていた。

自分は死ぬのだ。そう察した。しかし連中に死にゆく自分の悲鳴を聞かせるつもりはなかった。

先刻の記憶にふけるあまり、近づいてくる足音にも気づかなかった。いつの間にか緑色の機体がこちらを見下ろしていた。まるでトンネルの向こうから話しかけられるかのように遠く感じながら、彼が大声をあげるのが聞こえた。
「おい、生存者を見つけたぞ!誰か治療班を!」

どうやらプライマスがまだ生きろと仰せの様だ。
最後にそう思いながら、スタースクリームの意識は落ちた。

←2話 目次 4話→