著者代役逃亡記

Last-modified: 2025-08-17 (日) 17:49:30

第1話【追われるための生命】

私は走った。わけも分からずに、数多の奇妙な生物に命を狙われ蹂躙されながら。全身が痛い。幾度かどこから降ってきたのかも分からない瓦礫に巻き込まれ、スライドする木々に崖下へ落とされ、それでもなお走り続けた。それでもまだ追ってくる。跋扈する化け物たち。奴らから生きて逃れられるよう何度も祈った。恐怖の赴くままに、今にでも声をあげて泣き出したいという感情を押さえ込みながら何度も自分の身に幸運が起こることを願った。
その時、道端にあった石に躓きそのまま川へと飛び込んでしまった。幸いにも川の水は綺麗だったため傷が膿む心配は無い。しかし、川に飛び込んだ本人は川底に頭を強く打ち付けてしまったため、気絶してしまった。
「ヤツ、シンダノカ?」
「あの怪我のまま走り続けていたら消耗しているでしょう。その上川底に叩きつけられうつ伏せのまま気絶。直に溺死するでしょう。」
「デモ、コウイウノハ タイテイアトカラ イキテイル パターンガオオイ。」
「確かに創作ではそういったことがお決まりですね。一説によればここも"創作の域"にしかすぎません。死亡を確認次第遺体を持ち帰りましょう。」
「ソウダナ。」
「しかし川の流れが速すぎてもう彼女の姿が見えませんね。遠くに行ってしまう前に探してみましょう。」
追っていた化け物達がそんな様子を見て色々と話している。
一方、流れている彼女はまだ目を覚まさない。このままだとトドメを刺されてしまう。だが幸運にも体が一時的に沈み、水面下にのみ入口がある洞窟へと入り込んでいった。洞窟内にある空洞スペースにて体がまた浮かび、彼女の存在は偶然にも隠された。
「ドコニモイナイ。ココラニイテモオカシクナイ。」
「もしかして、死んだフリをして我々が去るのを待っていたのでしょうか?だとすると見事に踊らされましたね。」
そう言い化け物達はその場を後にした。
彼女は脅威から逃れることは出来たが、まだうつ伏せのままだ。このままでは幸運を無駄になってしまう。
「あれ?誰か浮かんでますね?新しいタイプでしょうか?」
洞窟の奥から幼い声が響いてきた。
「この体制じゃ溺死してしまいますね…というか息はあるんでしょうか?」
奥から歩いて来たのは銀髪の子供。なんとか水に浮かぶ身体を引き上げる。脈を確認し、手馴れた様子で心配蘇生処置を行った。
「ケホッ!ゴホッ…」
「良かった。まだ生きてるみたいですね。しかしこのままだと低体温症になってしまいますね。とりあえず"拠点"へ持ち帰りましょう。」
銀髪の少女が自分よりも少し大きい金髪の少女を担ぐ。
金髪の少女は意識が朦朧としていて何も分からないまま徒歩の振動を感じていた。
「着きましたね。とりあえず着替えさせて衣服を乾かしましょうか。」
到着したのは洞窟に似つかわしくない木造の一軒家。年季の入り方と規模からして銀髪の少女が建てたものでは無いことは明らかだ。
「広かったお家も独り占め出来なくなりましたかぁ。まあ、2人でも大きいくらいなんですけどね。ようこそ。遭難者の隠れ家へ。」
2人は家の中へと入っていった。

第2話【金と銀は打ち解け合う】

金色の髪の少女が花畑に立っている。気づけば上を向いており、不思議そうな表情で青色を見つめていた。花の背は少し高く少女の腰あたりまで伸びていた。時間帯は昼過ぎだろうか、太陽は下へ下り始めている。少女はここがどこか知らない。
少し離れた位置には背の高い不気味な"何か"が居た。水色の玉に赤い目玉の模様が入った頭部、上着から見えているむき出しになった骨、包帯だらけの手、その全てに不思議と親近感が湧く。
不気味な何かが少女に対して話し始めた。
はじめまして、ではないかな。
私の"計画"は初期段階に差し掛かった。
砕いて説明すると、君は私とは違う存在だ。
正確には同じ人物と言えるが、人格、肉体、能力、経験、記憶、何もかもが違う。少なくとも、同じとは言えない存在だ。
唯一継承したのは、"役割"のみ。
私が秘密裏に進めていた研究の資料は技術のマニュアル以外破棄済み、君は目覚めたあと、何も気にする必要は無い。
しかし、『鍵』とは全く別の何者かと置き換わっていたら混乱が起きるだろう。だから12族に理解してもらえる方法を伝えておく。
それは、自分がオリジナルそのものであることと、12使徒との関連性は何も無いとを証明することだ。
時間はかかる。それでも問題への解決に直結する内容だ。
1部の者にはあなたの旧名を伝えると協力を得ることはできるだろう。
その名は______

目を覚ますと木目の浮き出た天井。気絶する直前のことを瞬時に思い出し、急いで周りを確認する。少女がいる空間はなんの変哲もないただの部屋。手足には拘束具も付いておらず自由な状態。捕まったのでは無いと思いつつも警戒し音を立てないよう扉に手を掛ける。
その時だった、扉が急に開き額と衝突してしまった。
「ちょっ!?大丈夫ですか!?」
扉の向こうから驚いたような表情で姿を現した。
「ひっ!?やめろ!近づくな!まだ死にたくない!」
「死にません!死にませんし殺しませんから!?」
銀髪の少年が金髪の少女を落ち着かせ、話を進めた。
「あなたは川からこの洞窟に流れ込んで来たんだと思いますよ。」

冷静さを取り戻し警戒した目で銀髪の少年を見つめている。
「警戒しなくても大丈夫ですよ。不安なら離れて聞いてもらっても構いません。」
「…いや、いい。」
「そうですか、体調はどうですか?」
「問題ない。」
「良かったです。でも、怪我が酷いですね。救急箱を持ってくるのでゆっくりしていてください。」
「ねぇ…」
「どうしたんですか?」
「どうして、私に優しくしてくれるんだ?」
「どうしてって?」
「私は生まれた時のことを知らない。だけど、私が生まれた瞬間に何かあったんだ。私はその何かの犯人にされて、追いかけられて、皆敵で、味方なんて居ないと思ってた。私の身は生涯追われる身にあると思ってた。でもなんとなくだが君も奴らの仲間だと分かる。だけど私を味方として見てくれている。優しくしてくれる理由を聞きたい。」
「あ~…あなた、そうでしたね。でももしあなたが犯人だったとしても私は何もしないと思いますよ。というか、皆乗り気じゃないと思います。」
「それは、なぜそう考えるんだ?」
「皆、優しいんですよ。少なくとも12族、私達の中で凶暴な人は居ません。よっぽどのことが無い限り人を殺すどころか人を怪我させることすらしないと思います。」
「…」

第3話【不完全な証明】

思えばこれらの怪我は彼らによるものではなく、至る所で転んだり、瓦礫に木に突っ込んで引っ掛けたり、逃げる過程で自然に付いたものである。彼らは攻撃せずただ追いかけるだけだった。それも、少女に逃げろと言わんばかりの速さで。少女に対しての殺意は微塵も無かったという訳だ。少し、目の前の少年の言葉も信用出来ると思うようになった。
「なぁ。」
「どうかしました?」
「私、彼らと和解できるのかな。」
「多分…厳しいかと…」
「何故だ?聞く限りでは和解できそうな雰囲気なんだが。」
「今あなたが関与しているかもしれない問題は、私たち12族の存続にかかってるのでね…」
「…え?」
「【12使徒】って知ってますか?」
「いや…知らない…」
12使徒。それは世界全体の脅威であり最悪の存在。1度別の次元に出現し、その次元のほとんどを壊し、奪い、無に還した。12使徒によって引き起こされた災害の生き残りによってその存在が明らかにされ、12族は出現するその日まで対策を練り続けてきた。
「それとこれとになんの関連性があるんだ?」
「それじゃこの件に関連する【キーキャラクター】についても話しましょう。」
キーキャラクターは12使徒を退けることの出来る唯一の手段として知られている。そのキーキャラクターこそが12族の存続の鍵を握る存在、Key12である。
「その『鍵』さんをあなたが何かして消滅させてしまったという情報が出回っています。」
「知らない…私、『鍵』なんて奴知らない…どうして?」
「『鍵』さん、ラボを持っていたんですけど『鍵』さんの行方不明から1番最初にラボから出てきたのがあなただったという目撃情報がありまして。また、監視カメラのアーカイブによると、途切れる前の映像と後の映像で、あなたが居た位置と『鍵』さんが居た位置が合致しているなど…様々な調査の末あなたが犯人という扱いになったという訳です。」
金髪の少女は目を覚ました時は何も知らなかった。
だけど生まれる瞬間からこの姿で知識も運動能力も持っていた。まるで元々何者かだったかのように…
今朝見た夢を思い出した。そこから考えうる1つの可能性、そして自分が助かるための1つの道筋。
「待って。確証は無いけど、事件の謎が分かったかもしれない。」
「徐々に思い出していくタイプですかね?」
「いや、色々不完全な証拠を合わせたものだし、そもそもこの結論が可笑しいと感じるかも。私は真剣だから、笑わずに聞いてほしい。」
「どれくらい可笑しいかにもよりますけど…まあ思い出せない中頑張って考えてくれたんですよね。教えてください。」
彼女の考え出した結論を発表するのにはかなり勇気が要る。しかし言わなければ何も始まらない。夢の人物が言っていたことを思い出して口を開いた。
私が『鍵』自身かもしれない。
あまりにも斜め上すぎたのか銀髪の少年は少し固まった。
「…理由はなんでしょう?」
「私は生まれた瞬間、というか意識を持ち始めた瞬間から話せたし、自力で動くことも出来た。そして、君が言ってくれた監視カメラによる証拠。何かの拍子に『鍵』が消え、私が生まれたのならこれも辻褄が合う。」
そして勝ちを確信したような表情で最後の証拠を話した。
「また可笑しいと思うかもしれないけど、さっき夢を見たんだ。普通とは違う異質な夢。そこで私は『鍵』らしき人物と話をした。そいつは自分が『鍵』であることと自分が12使徒と関連性が無いということを証明しなければならないと言ったんだ。」
「その人の容姿は覚えていますか?」
「青い球体に赤い目玉の模様が付いた頭部に骨がむき出しの身体。青い上着に手に沢山巻かれた包帯。どうだ?」
「うーん…『鍵』さんの存在は機密にされていて、容姿が分からないんですよね。」
「じゃあなんで聞いたんだ。」
金髪の少女は不服そうな顔をした。
「一応ですよ。とはいえ証明がふんわりしすぎていて『鍵』と証拠するには少し不十分ですね…少なくとも私をはじめ、なんも考えてなさそうな人しか信じないでしょうね。」
「まあ、そうだな…」
何となく分かっていたがこれだけでは十分に証明することができない。
「今日はもう休みましょう。怪我も酷いし、こんな時間なので。」
「もうこんな時間なのか。」
銀髪の少女が照明を消した。部屋を出ようとすると金髪の少女が呼び止めた。
「ちょっと待った。」
「どうかしました?」
「名前、言ってなかった。私はReincarnation12。転生12って呼んで。」
「私もですね。私はSilver cell 12。銀とか好きな呼び方で呼んでください。」
「なぁ、銀。」
「あ、銀に決まったんですね。どうしました?」
「味方になってくれてありがとう。ほんとうに。」
転生12はそう言い微笑みかけた。銀は照れを隠しながら扉を閉め、自身の部屋へ向かった。

第4話【なかよし】

再び同じベッドで目を覚ます。身体中の痛みは引き、傷も殆どが治っていた。部屋を出て間取りを見てみる。2世帯住めるような少し広い一軒家だ。この家に住んでいるのは銀1人だろうか、寂しくは無いのだろうか…転生12は昨日聞けなかったことを改めて聞いてみることにした。
階段を降りると、昨日対話した少年の他に容姿が酷似した少女の姿があった。
「2人いたのか。」
「あっ!元気になったんですね。池の中でうつ伏せに気絶していたので肝を冷やしましたよ~…」
転生12はキッチンの席に付き、家事を分担している銀と銀色の少女に話しかけた。
「なあ、銀と…もう1人の女の子。」
「どうかしました?」
「この家、2人で住んでるのか?」
「うーん…"2人"でもあり"無限"でもあります。」
奇妙な答えが帰ってきた。
「えーと…え?」
「ああ、そうでした。私の能力で人数を増やせるんですよ。」
そう言いながら少女の銀はさりげなく2人に増えてみせた。転生12は思わず目を見開き、座ったまま後ずさりした。
&color(silver){「「まあ驚くのも無理ないですよ
。一見するとただの子供がこんな能力持ってるなんて思いませんもの。」」};
「お、おぉ…」
分裂した銀に交互に視線を向ける。どちらも同じ【銀】であり、2人に差異は全く感じられない。
「ちなみに、性別こそ違うもののこっちの銀も銀ですよ。一応分裂する際に性別も決められるんです。」
疑問の答えと同時に能力も判明したところで、銀が提案を持ちかけた。
「あなたを12族に認めてもらうステップとして今から協力者を集めましょう。」
「協力者?能力を使ってひたすら増やせばいい話じゃないのか?」
「そう簡単に行く話では無いんですよね~…」
実際のところ彼らは1部から信頼されやすい立場にあるが、活躍の認知度が低かったり雑用や下の階級を任されることが多かったりと情勢全体を動かすためにはあまりにも不十分すぎる。だから認知度の高い人物、高い立場からの信頼を持つ人物が必要となってくる。
「そっか…そう簡単に情勢を操れるわけでも無いのか…」
「ですが、あなたの境遇を理解してくれそうな人はそこそこ居ます。きっと彼らも分かってくれるはずです。」
「…そうなると願うよ。」
心優しい人物を味方につけようと考え、3人が訪れたのは都市部から離れたトレーニング場。転生12の安全を確保するためにまずは銀だけが協力を乞うことにした。銀が扉を開けると中には筋肉質な赤色の何かが居た。遠近法を考慮しても、銀の何十倍もの体長に見える。筋肉質で健康的な体とは裏腹に心情面では元気が無いように見えた。
「ギン、ナニカヨウカ?」
「お久しぶりですね。54-5です。」
「コタイノスウジハオボエテイナイ…」
そんな冗談を交えつつ交渉に入った。
「実は協力したいことがありまして…」
「デキルコトナラナンデモスル。」
「"出来ること"、ですか…あなた次第かも知れませんね。それじゃ入って来てください。」
金色の少女は恐る恐る顔を覗かせる。そこにはかつて自分を追いかけていた赤い化け物の姿があった。思わず体を固めてしまい、動けずにいた。
筋肉質な存在の方はかつて"追いたくないけど追っていた者"を目にし、目らしき何かを丸くしていた。
「ムキムキさん。怒らないであげてください。あの子だって被害者なんです。」
転生12を追わないでほしいこと、自分たちの味方になってほしいこと、転生12がオリジナルであることを証明したいことなど、全て説明した。
「こちらからもお願いしたい。私、怖いんだ。殺されそうになっているのが。君もこんなことしたくないだろう?」
赤く逞しい拳が小刻みに震える。
「私たちのワガママってことは分かってます。だけど、あなたは私の持つ意見を待っていたでしょう?どうか、協力していただきたいです。」
「ゴメン。」
震える野太い声はそう呟いた。
「ギンタチノキモチモヨクワカル。オデダッテソウシタイ。デモ、ミンナヲマモル。ミンナハキミノセイゾンヲノゾンデイルハズナノニ、コロサナイトミンナシヌ。」
「…。」
「オデ、ミノガス。キョウリョクデキナイ。ゴメン。ホントウニ。」
「…分かった。すまなかった。」
そうして筋肉男の在る場所を後にした。筋肉男の目には、転生12の体が少し震えているように感じた。

第5話【どうしようも】

2人が次に訪れたのは、綺麗な屋敷。次に訪ねる人物は、またもや転生12を追いかけていた人物だった。
筋肉男を訪ねた時と同じように転生12は最初に身を隠し、銀達が先に挨拶をすることにした。
小さな手でドアをノックする。
コン、コン、コン。
3回ノックをした後、向こう側から声が聞こえるまで待つ。
「はい。今、迎えます。」
ドアが開き、姿を見せたのは胴体が青い炎で構成された12族。
「おや、銀さんでしたか。ごきげんよう。本日はどのようなご要件で?」
包み込むような優しい声は到底転生12を追いかけていた人物とは思えないものだった。
「実は協力していただきたいことがありまして。」
「ふむ、どういった内容でしょうか。」
「どうぞ。出てきてください。」
茶会主催者の視界に転生12が現れる。
「捕獲報告は非力な私ではなく都市部にしていただけると助かるのですが…」
落ち着いたようで戸惑ったような声色に変わった。表情がない分、感情のこもった声が強調されている。
「いえ、捕獲したのではなく…」
銀達と転生12は今までのことを知った全て話した。
「つまり、証明をするために協力者を集めていると?」
ああ。だから、協力者になってくれないか?12族と私との良い仲が築けるはず…
「すみませんが、お断りさせていただきます。」
優しい口調から声色が変化した。
「…理由を聞いてもいいか?」
「私はメリットデメリットで動く人間ではありませんが、今回ばかりは別です。こちら側の社会的信用が不安定化してしまいます。」
「貴方は、今まで世間の評判などで判断するような12族ではなかったはずですが。」
「今の情勢は、そのあたりに敏感なのですよ。私は王家や貴族の方々に信頼を頂いている分、12族の敵とされている貴女と行動するのはかなり危険な状態です。ですから、この件に関わるのは少々難しい話で…」
「…そうか。すまない。この問題は自分"達"で解説する。」
転生12は一目散にその場を去った。
「転生さん…!すいません失礼しました。」
「銀さん。」
銀が踏み出そうとした矢先、突如として呼び止めた。
「なんでしょうか。」
「先程の地位の話は私だけのことではありません。貴女にも当てはまります。」
「ですが、私は自分のやると決めたことは最後までやります。私はあの人に幸せになって欲しいんです。新しい人生で、初の幸せを感じて欲しいんです。」
「貴女が崩れてしまうと都市部は機能を停止します。それは些細なことですが、貴女は大多数の群衆から失望されます。貴女のことを信頼している人は貴女が認識している以上に多く居るのですよ。それを意識して彼女をどうするか決めてください。」
少し間を開け、強調するように言った。
これは"皆さん"の願いです。
銀達は急いで立ち去った。振り返りつつ茶会主催者を見る銀達の目は、片方不安と片方悲しさで溢れていた。

第6話【激励】

その後も、12族の有名人とも言える者たちに協力を求めるも、全て断られてしまった。2人はクシロシティを歩き回り、すっかり疲弊していた。昼夜が共に沈みゆく中、銀達の拠点へ向かっている。
「無駄足だった。誰も、味方してくれない。」
「皆さん、まだ決断できていないようです。実際、私が連れていたとはいえ道中は安全でしたでしょう?」
「いや、みんな私を恐れていたんだ。だから近づく気にもなれなかった。厄災そのものを見たような、気味の悪いものと相対したような眼差しで。」
「公開されている情報に不確定要素が沢山混じっているので、貴女そのものが危険人物として解釈されているようです。でも、非力である私が貴女を連れていた。1部の人には、安全な存在、またはあまり脅威的でない存在と考えられているという解釈も出来るでしょう。」
「"解釈にすぎない"だろう?実際にそう考える人は居ないかもしれない。希望的観測でしかないんだよ…」
「大丈夫です。私たちが貴女にとって生きやすい世の中に変えていきますから。」
少女の方の銀は転生12の方に振り向いて手を差し出す。
「今日の貴女はもう疲れていると思います。次、頑張ればいいのですから。安心出来るように、手を握って…」
転生12は、銀の手をはたいた。
「安心出来るわけないだろ!」
突如とした出来事に銀は驚いた。
「結局、君の言うことはほとんど憶測と希望じゃないか!寄り添っているけど私の心境を1つも理解していないだろ!実際、君と私は無力だ!何も出来やしない!協力だって誰1人としてしてくれなかったじゃないか!」
少年の銀は少女の銀を庇うように間に割り込み転生12を宥めた。
「お、落ち着いてください!確かに不確定要素ばかりですが、信じなきゃいけないんです!信じなければ何一つ変わりません!」
「…どっちにしろ、私が12使徒と関係が無いとは限らない。キーキャラクターが私かもしれない話も、ただも希望にすぎない。ピンポイントで私がそうである奇跡はそうそう起きないんだ。」
転生12は帰り道と違う方向を向き始めた。
「どこに行くんですか?一緒に帰りましょう…?今の時間帯は危ないですよ…」
「私は逃げるよ。ずっと遠くに。」
「危険ですよ!この大陸は大部分が未探索で奇妙な存在が沢山います!いつ襲われてもおかしくないんです!特に貴女の場合並大抵の12族よりも耐久力がないのでもっと危険です!」
転生12は落ち着いて呟いた。
「…ごめんね、銀。」
「はい…?」
「君は、生きて欲しい。」
「それは…どういう…」
転生12は何も答えず暗い森の中へ向かっていった。
銀達はただ、立ち尽くすことしか出来なかった。
彼女の意思を尊重するために。彼女はそれが役目だから。
少女の銀は叩かれた手を抑え、少年の銀はそれを慰めるように抱きしめながら、元の場所へ帰っていった。

第7話【未踏の地】

時は過ぎ、様々な天体が空を動かし始める。同時に、転生12は目を覚ました。茂みに隠れていたため、身の危険は無かった。
「ああ言ったけど…1人は、寂しいかな。」
唯一仲間だった、優しく接してくれた仲間はもう居ない。銀達の気持ちを無下にしてしまうが、彼らを守りたかった。だから突き放したのだ。12使徒に関わりがあるかもしれない自分から遠ざけるために。
後悔はしていない。だから、もっと遠くに、誰にも見つからない世界の果てに行かなきゃならない。怖いけど、死ぬために。
目標はMETAfieldから脱出し、孤島や目立たない場所で死ぬこと。
銀から貰ったMETAfieldの地図を取り出し、自分の位置を確認する。ここはハコダテの北部のようだ。
脱出のための最短距離は、オー・キ・ナワのナッハ港だが、海を渡る必要が複数回あり、デッドゾーンを最も長く渡らなければならないため危険性が高い。かと言ってアオーモリやミヤザ・キまで行くのも骨が折れる。1番安定した場所はチーバだろう。デッドゾーン境界線までの距離が短く、海岸線は地質の関係上発展させづらいため人もほとんど居ない。
となると次にチーバまでのルートを決めなければならない。1度ホカイドーに戻ってイ・シカーワまで進むか、このまま北に進みドーゴ島を中継としてトット・リーに到着するべきか。イ・シカーワのルートは1度ハコダテとホカイドーを繋ぐ海底トンネルを歩かなければならない。銀が同行しているとタクシーに乗ることができたのでそこまで苦ではないが、1人となれば別だ。タクシー代は無く、休憩地点も無いため、とてもじゃないが選べるルートでは無い。そもそもトンネルに歩道は無いため不可能である。
つまり、最初からトット・リーへのルートを強制されていたのだ。
早速北上していくと、早速見覚えのある人物達が居た。
「…銀。そうか、銀は沢山居るのか。」
銀達は地質調査を行っていた。それぞれが無駄のない動きで自身の役割を完璧にこなし、順調に進めているようにも見える。
(彼ら達は私の事を知っているのだろうか?)
少女は目立つ長い金色の髪を花々と同化させ、木々の影から伺っていた。
その時。
「なーにやってるんですか?」
「何!?」

第8話【一瞬の思い出】

銀の1人に見つかってしまった。半目で訝しげな顔をしている。
「何!?じゃないですよ…貴女、もしかして侵入者さんですか?」
否定しようとも証拠が無く、否定のしようがない。かと言って本当の事を言ってしまえば、また保護されてしまう。…そして優しさに依存してしまう。
どうすれば良いか考えてみた。
「地図。」
銀から貰った地図は書籍型でありかなり詳細に記されている。METAfieldの覚えづらい奇抜な地名や空港、コンビニの位置や名産品までもが記されており、それが全部書かれているものだから侵入者ではないと証明するには十分だ。
「侵入者ではない。これが証明だ。」
そう言って地図を差し出す。
「ふむふむ…確かにこの地図は正式にMETAfieldへ入国した人しか購入出来ないものですね。でも貴女のような存在のパスポートなかったはず…ということは、新たに"発生"したのですかね?」
「"発生"?」
「立ちながら話すのもあれですし拠点の道中で説明しますね。貴女は信用出来る人のようですし。」
転生12は銀に着いて行った。
12族は何かしらの概念がモチーフとなってそれらを含有する物質、生物、現象等が1つの塊となり奇跡的に生物の形を持つ極めて不安定な存在。細胞、労働、繁栄など全く無関係の概念同士が結びつくため、12族の発生は数多の平行世界で時計の部品を水流に流し、同時に完成する確率と同等と言えるほど確率が低い。そのため12族が発生した場合には直ちに保護し、仲間の一員として迎え入れる必要があるという。
(新しい12族だと思われた以上、このままでは保護されてまたホカイドーに戻ってしまう。どうにかして海を渡らなければ…)
そんなに時間は経って居ないのにも関わらず、拠点に着く頃にはすっかり暗くなっていた。
「最近1日が過ぎるのが早いですからね。1日の定義を忘れてしまうほどにね。」
「そ、そうか。」
1日が終わろうとしているのにも関わらず全く眠くないのはとても不思議な感覚だ。
「丁度よく空き部屋が1つあるんです。良ければそこを使ってください。」
「…ありがとう。」
「元気ないですね?発生した際にどこか怪我しました?」
「いや…なんでも…」
「それとも、何か辛いことでもありました?」
「な、なんでもないから…!」
「貴女のことは後日聞くとして、お疲れのようですから今日はお休みください。」
「うん…」
自身の部屋に入ると同時に部屋の鍵を閉め、枕にうずくまった。
銀の優しさに触れてしまい、またあの銀達の優しさを思い出してしまい、限界を迎えていた。個体が違うとはいえど、優しさは皆本物。
もっと甘えていたかったけど優しい彼女を守るためにも、断ち切らなければならない。
でも自分の肉体もまだ幼い。本来の年齢は知らないが、それでも甘えていたい精神を持っているのだ。
2つの気持ちがぶつかり合い、声が響かないよう声を上げて泣いた。後に新しい銀が使うかもしれない枕だが、今は気にせず泣いていたい。死ぬための冒険なんてもう止めたいけど、止めるわけにはいかない。
自分のしたいことが、銀の優しさを守ることだけだから。
だから、自分がここにいてはいけない。
気づけば1日は始まりを迎えていた。

第9話【苦悩】

北から南へと橋が架かるように天体が並ぶ昼下がり、転生12は事情聴取を受けていた。
「とりあえずどこで発生しましたか?」
通常発生したばかりの12族に聞くことでは無いが、転生12の場合は地図帳を持っているため具体的に聞くことが出来た。
「ホカイドーのセントラルシティ郊外にあるラボ。」
出来るだけ戻されない範囲で正直に答えることにした。変に嘘を言っても心が苦しくなり、怪しまれるだけである。
幸いにも『鍵』の関係者であるということは知らないようだ。
「へぇ~じゃあモチーフは化学薬品とか元素とかですかね~?いやでも見た感じ文系って見た目ですね。」
「そうなのか…?」
「あ、勘ですよ?モチーフって見た目じゃ分かりにくいですし。そうだ、能力使えますか?」
「能力…分からない。」
「普通は様々な検証やテストを通すことによって初めて分かりますからね。偶然発動したなら別ですが、ほとんどは能力を持っていると自覚できる人はほとんどいません。能力が分かっていればモチーフの推測が付きやすいのですがね。非常に稀有な例のためほとんどスムーズにいくことはありません。」
しっかりしつつ優しく包み込むような声で話しながら横目でメモを取っている。
「1番気になってた事なんですけど、その地図帳どこで手に入れましたか?貴女が最近発生したのであれば地図帳は持ってなくてもおかしくないのですが…」
「迷わないように12族がくれた。」
「良かったですね~その人が12族で。奇妙なモンスターだったらボコボコにされてたかもしれないですよ。あ、不安になること言っちゃいましたね…」
小さく白い手で書き連ねていった。そうこうしている内に事情聴取が終わった。
「ご協力ありがとうございました。少しのあいだ同居することになりますね。」
「あー…それなんだけど。」
「?」
転生12はしばらく銀達と同居になることを予測していたため、ホンシューのトット・リーに行くための理由を考えていた。真っ直ぐで純粋な銀に嘘をつくことはかなり躊躇ったが、銀を守るための嘘として腹を括った。
「実は、この世界魅力的な形をしているように思えて、ちょっとした冒険をしたいんだ。」
「うーん…でも未開拓部分が多いのであまりオススメできませんが…それに保護対象というのを自覚して頂かないと。」
「一般的な12族として定住してしまえば未開拓の部分は立ち入りが禁止されていると地図に書いてあるのだが…そうなれば、私は井の中の蛙状態になってしまう。私は世界を知りたい。お願いしたい。」
「まあ、私が着いていれば大丈夫でしょう!ただ、ホカイドーに向かう途中の"ついで"として旅を行いますが、それでも大丈夫ですか?」
「ああ。感謝するよ。」
計画としては、ホカイドーへ向かうためにまずトット・リーへ上陸し、1日が短いのを利用してイ・シカーワに到着するまでチーバまでの距離が最も短いキャンプポイントで銀達が寝ている間にチーバへと向かう。気をつけなければならないのが、"銀達が寝るポイントの中でチーバまでの最短距離のポイント"である必要があるということ。そしてそのために銀達と就寝時間をずらしておくことが必要だ。
出発までに準備しなければならない。

第10話【優しいあなたにさようなら】

ついに実行の日。寝る時間は銀達と真逆まではいかないものの大幅にずらすことが出来た。その甲斐あって非常に瞼が重い。
「転生さん?寝ちゃったら景色楽しめませんよ?」
「海は…大丈夫…目的はホンシューだから…」
「そうですか…」
船に乗り込み、ドーゴ島まで眠ることにした。
その際、以前と同じような奇妙な夢を見た。違うところは花畑の中に敷かれている石畳を進んでいることくらいだ。
抽象さで作られた12族はどうなる?
外的要因に関係無く少ない寿命で消えてしまう。
このケースは何度もあった。だから、そうならないべく私は研究し続けた。
…生涯を通してな。
なぜなら私は、"阿鼻叫喚"で作られたのだから。
恐怖と絶望で作られた私はそろそろ寿命を迎える。
キーキャラクターはあなたが継いで貰いたい。
「…待て。」
転生12は思わず口を挟んだ。彼には言うべきことが沢山あった。しかし、彼女の声が聞こえなかったかのように男は話し始めた。
実験はほぼ失敗に近い形だが、寿命の継続自体は成功したのだから…
「て…さ…」
「転生…ん…」
「転生さん、もうドーゴ島に着きましたよ。」
目を覚ますと見慣れた人物が多数居た。その内自分を見守っているのはごく少数だ。
「…ああ。」
「お疲れだったんですね。ドーゴ島を見て回るのは明日にしましょう。宿舎に案内しますよ。」
「ありがとう。」
船を降りた途端、森の奥から視線を感じたように思えた。
宿舎へ向かう途中転生12は銀に気になることを質問していた。
「途中で聞いたのだがモチーフとはなんだ?」
「砕いて言うと12族を構成する概念とかです。広い意味を内包するものであったり限定的であったり規則性はないですけどね。もう少し詳しくお話しましょうか?」
「頼むよ。」
「TS(twelve stable)値というのが12族の身体にありまして、普通は100付近なのですが概念が奪われる、過剰に概念を含むなどと様々な要因により上下してしまいます。」
「100から増えすぎたり減りすぎたりするとどうなるんだい?」
「増えすぎるといずれモチーフの中で自己矛盾が起きて崩壊し、減りすぎると器を構成するモチーフが無くなり消滅してしまいます。そして、このTS値は…」
少し言葉を詰まらせて言った。
「安定していなければ時間と共に消えていきます。…正確には通常の概念のように世界に飽和している状態に戻されます。」
「随分と複雑な世界なのだな。」
「はい。不安定ながらも生きながらえてます。」

第11話【侵略】

夜が訪れ、Metafield全域は寝静まっていた。その中のドーゴ島にある宿の一室は、照明がついていた。
転生12は窓の外を見つめ、一人で退屈ながら考え事をしていた。
今自分がしている行動は、自分が12使徒と関係を持っていることを前提としており、自分を12族にとって有害な存在として見ている故に起こしているものだ。だが、もし夢で証言していた『鍵』らしき人物の言っていることが本当だとするならば自分の行動は12族にとって逆効果である。みんなを思って行動しているつもりが、却って皆から希望を奪っていることに他ならない。夢の出来事など所詮自分の理想の視覚化だ。真実が元からそうであったかのように自分の頭が解釈しているのかもしれない。
自分が12使徒との関連性があるのなら、なぜ12族を襲わないのか。初めにであった銀達、今同行してくれている銀達、今絶好の襲撃チャンスだというのにやる気が起きない。それどころか12族達に愛着まで湧いて彼らの為に死のうとまでしている。とても奇妙なことだ。
なんにせよ、現状分からないのであれば今更行動を辞める理由もない。現状私が居なくなれば皆安堵するのだろうか。それとも悲しむのだろうか。
ふと、森の方を見てみた。自分のあの木々のように12族の生活の一員になれたらなと思ってみる。自分が彼らと触れ合い、可愛がられ、仲良くする。考えるだけなら自由だから、今を存分に頭の中で理想を奏でてみる。
木々の隙間に、何か居たような気がした。ドーゴ島に着いた時も、視線を感じていた。
「まさか…追っ手か?私を追っている者は他にも…?」
まるで視線から逃げるように木々の合間を縫って移動する。とても奇怪な動きをしている。
「(…!!?)」
突如転生12のいる部屋の高さまで飛び上がり、窓をすり抜けて部屋に侵入してきた。黒い粘り気のある液体を纏っている『それ』は自身の液体に溺れているような声を発し立ち上がったような姿勢に持ち直す。
とても恐ろしい。言葉にならない恐怖でいっぱいになり立ちすくんでしまう。見ているだけで鼓動が早くなり、呼吸が掠れていく。部屋の角で蹲ることしか出来ない彼女は肺に残った最後の空気を声に繋いだ。
「いやぁぁぁあああ!!!?」
部屋一つ一つが明かりに塗りつぶされていく、声の元へ銀が一人駆け込んだ。
「大丈夫ですか!?一体何が…ッ!?」
銀も同様に恐ろしい『何か』を目撃した。
タールタリアン発生!!直ちに戦闘可能な12族は現場に!
タールタリアンという化け物は、ついに転生12へ襲いかかった。
彼女の胸を掴み、反対の壁へ投げつけ飛びかかり首を絞めにかかった。
「(怖い…誰か…痛い…い、やだ…)」
衝撃で意識が朦朧としていき、視界の確保が出来なくなってゆく。
その途端、激しい銃声と何かを噴射したような音が響いた。
銃声の正体は、影絵のようなシルエットであった。
噴射した音は、生きた風呂のような12族だった。
「転生さん!大丈夫ですか!?」
化け物は消滅し転生12は解放されたが、既に意識は消えかかっていた。
「ひ、酷いです…。こんな…可哀想なことを…とにかく応急処置をしなければ!」
「(救急車のサイレン)」
「頭の出血以外に特になし、だけど首元の絞めあ跡が酷い…」
その後転生12は現場の全員によって一命を取り留めた。

第12話【だから】

私は君の無意識領域に居るとも言える。だが所詮元々自分だったものの無意識領域。そこに自分の意思など無く、記憶にすら触れない。
また『鍵』らしき人物の夢だ。しかし風景は一変し、花畑だったものは荒れた草原になっていた。所々にある木は腐っており空も嵐が訪れたかのような渦巻く雲で溢れていた。遥か彼方には竜巻すら見えるとても同じような内容とは思えない夢だ。
…君は彼らを救いたいと思うか?
何を言っても無視するだろうと思って黙り込んでいた。しかし巨大な赤い目でじっと見つめられ、まるで返答を待っているように見えた。転生12は仕方なく答えた。
「思うよ。 好かない者も居るが、それでも滅ぼすには惜しい種族だ。命からがら逃げてた私でもそう思えたんだ。だからこうやって行動してる。」
目の前の人物は再び背を向け歩き出した。目玉だけの頭部で表情を読み取るのは困難だが、不思議なことに自分のことのように喜んでいることが分かった。
「聞きたいことがあるんだ。」
何だい?答えられる範囲なら、幾らでも答えられるさ。
「なぜ貴方は無責任な終わり方をしたんだ?銀達の話を聞く限り、貴方は12族全体から慕われる程の存在だったそうじゃないか。そのような人物が、この混乱を起こすとは考えにくい。時間が無かったにしろ、資料や遺品を遺したり途中経過を報告したりできたはずだろう?」
必要なことだった。君は『最も重要な役者』になる必要があったのだから。
『役者』。それは物語における構成要素であり重要な部分の1つ。役割は沢山ある。【背景人物】【前座】【終章敵役】…その中で最も重要なものが【特異点】、つまり主人公だ。転生12はそれになる必要があった。その過程を経て『キーキャラクター』と成る。ただ受け継いだだけではなれない。
「っ…はははははっ!!」
高らかに笑った。人生において初めての大笑いがここでとは思わなかった。
何か可笑しいところがあったか?
「全部に決まってるだろう。『役者』?演じてる?彼らは演じてなんかない。その場を生きてるんだ。現実で起きてる何もかもを物語のような言葉で片付けろということか?」
そうとも言えるだろう…滑稽に感じるかもしれないが、この世の出来事は物語で皆演者なんだ。本人にその自覚が無かろうが、自然にそう演じ世界という舞台は動く。
「じゃあ、私は『特異点』なのか?現状を見てもそうだと言えるか?描写にも残らずひっそりと遠くの地で死ぬだけの愚者さ。実に滑稽だよ。この馬鹿げた夢のおかげで君が『鍵』でないと確信でき、私も『鍵』になることは無いと証明された。迷いなく果ての地で息絶えることが出来るだろう。」
まさか、自身を『鍵』になり得る人物だと信じず遥か彼方への旅で絶えるというのか…?考えなさい。なぜ君は私の夢を見ているのだ?理由なく私の夢を見るというのか?
「分からないさ。助かりたいという願望が具現化したのでは?」
転生12は道を示しているであろう敷石の並びから外れ、何も無い草原へ歩き出した。
何処へ…?
「結局私は何者か分からない。だが、我が身が12族を不安に陥れるのなら…」






私は喜んで死ぬさ。






…『道』を外れたか。君は"そういう運命"だったのか?その行為が『役者』という概念そのものへの反抗意思だとしたら、君は逆に肯定してしまっている。出来ないことをできるということは、君はもうそうなっているんだ。


…健闘を祈る。

第13話【旅路の彩り】

転生12は目を覚ました。少し頭が痛んだが、それ以外は特に問題は無かった。待っていたかのように扉が開き、救急車を抱えた銀の姿が見えた。
銀はこちらを見るなりして、すぐさまベッド上へ飛び込んできた。勢いこそ凄まじかったが、ぶつかってもほんの僅かな衝撃だけ。
「うあぁぁぁああぁあ…良かったです…。本当に…!仲間を失わずに済みました…!失うと思うと怖くて怖くて…」
銀の頬に大粒の涙が何度も伝う。転生12は優しく微笑み銀の顔を自分の袖で拭いてあげた。
「そういえば、あの化け物は?」
「あのお2人の活躍により手早く処理することが出来ました。」
ふと扉の外を見てみると、2次元の影のような存在とバスタブがこちらを覗いていた。今までも大概奇怪な形状をした12族を見てきた為、この2人もれっきとした12族だということが一目で分かった。
「そうなのか。助けてくれてありがとう2人とも。感謝させてもらうよ。」
「(何かが膨らむようなSE)」
「なんとか無事で良かったです。ただ、あまり無理をしてはいけませんよ。まだ治りきってませんからね。」
静かに頷いた。
「良ければ朝食をこちらにお持ちしましょうか?動くことが難しいのならこの宿に何日か滞在することも可能ですが…」
「大丈夫。動けるさ。だけど思ったよりも危険なもんだな。早めに出発して身の安全を確保したいところだ。」
移動中の船内で朝食を済ませ、ついにホンシューのトット・リーに到着した。既に半日が経っており惑星の半数が地平線に消えかかっていた。
寒くも何とも感じないが、乾いた雪が降っており、地面に触れるとまるで何も無かったかのように湿りもせず散った。
遠くから乾いて液体のようになった砂が風に運ばれて彼らの身体へ打ち込まれていった。
陸側に見える山々は雪が降っている砂丘とは一変し、暑苦しいような赤黒い色彩を纏っていた。
「信じがたい光景に囲まれているな。」
ため息をつきながら愚痴を零した。これからこの異様な世界の中を旅しなければならないのだから。
「まあ、前日のハコダテプランテーションは農業用に気候が制御されていますし、ホカイドーも中枢都市のため大陸全体の気候が制御されているので、こういった摩訶不思議な光景を見るのは初めてかもしれませんね。」
「ところで移動手段の確認をしたいのだが、まさかこのバスではないだろうね?」
「合ってますよ。多少は揺れるでしょうが景色を見る分には申し分ないかと。」
「…転倒などのリスクは?」
「まあ、大丈夫でしょう。事故例は一度もありませんし。」
先程号哭して心配していたというのが信じられないほど無責任な発言に頭を抱えた。軽傷で済んだものの、まだ包帯を巻いておく必要があり危険に晒すべき容態ではない。舗装されていない海岸線付近を通るのに全く適していないバスで安定した移動をするのは無謀にも程がある。


場面は変わりバスの中。当然の結果だが、揺れが激しい。窓の方を向けば、頻繁に遷移する背景も相まって非常に混沌とした絵画と成り果てている。しかしそれ以上に気になることがあった。
「銀…聞きたいことがあるんだが。」
「なんですか?出来れば会話で済ませられる用事にして欲しいです。今転倒しないよう微細なハンドル捌きが試されてるので。」
「なんで彼らも着いてきたんだ?」
彼らというのは昨夜自身を救ってくれた活気12と浴室12のことを指している。そして今朝見たのは一人ずつだったが、バスの中では少なくとも3人以上ずつ居ることが伺える。居て当然と見ていたが、中華鍋を振るったようにバスの揺れによってかき混ぜられていく彼らを見て不思議に感じていたのだ。
「その場の流れってことですよ。だからバスにしたんです。皆仲良くホカイドーに着きますよ。」
「…そうなのか。」
抽象的な理由だったが、恐らくそういうものなのだろう。そう思うことにした。そう納得させないと着いていけなかった。
揺れに耐えながらふと騒ぎ立てる12族の方を見てみる。誰もが細かいことなど気にせず"その時"を楽しんでいる。彼らが私の正体を知ったらどう思うのだろうか。賑やかな雰囲気は消え去る?それとも自分をその雰囲気に連れ出す?彼らならきっと後者を選ぶだろう。だから彼らを愛惜しく思える。普段真面目な銀達ですら跳ね回り揉みくちゃにされている。皆大切にしたいと思う。不安にさせてはならないと心から感じる。この事実を知っているのは私だけでいい。
「(パーカッションの音)」
「…え、何だい?」
「(盛り上がった動作をしながら踏切の音)」
「何があったか分かんないけど、暗い顔してないで盛り上がろうぜ!…って言ってるんだと思いますよ。」
「わ、私は…」
「この場に居ながら落ち込むなんて許してくれませんよ!怪我には最小限配慮しますがあなたも強制仲間入りです!」
「あ、ああ…」
12族というものはとても素晴らしい。何処の馬の骨かも分からない存在を混沌が鼓舞する愉悦の幕へ引き入れる。暗い顔をしていれば尚更そうする。自分は幸せ者か否かを考える暇も与えず愉しみを与える。正直放っておいてほしかった、優しくされる度に罪悪感と悲しさで胸が満たされる。素直に楽しめなくてごめんなさい。
「…ははっ。」
夢の時とは違う、心からの自然の喜びを感じられた。

第14話【もう後には戻れない】

トット・リー出発から3日後、遂に目標のポイントに到着した。
それまでの間、転生12は他の12族達と楽しく過ごしていた。といっても、ほとんどは荒い道による揺れで跳ね回っていただけだったが。それでも、自分の目標のことは一時的に忘れられた。罪悪感も、近い未来に死を受け入れなければならないということも考えずに済んだ。その時はどんな表情をしていただろうか。困惑もしていただろうし、傷口が開く焦りも感じていただろう。なんにせよ大半は笑顔で居れたと思う。皆にも無駄な心配を掛けずに居られただろう。この3日間のことが殆ど確信できないのはきっと生まれて初めて愉悦に浸っていたからだ。楽しい時が経つのは実に早く感じる。
ずっとそうしていたかったが、依存していけないことも忘れてはならない。このままではホカイドーに送られてしまうから。
夜が訪れ、空に浮かんでいた惑星は全て沈んだ。そこそこの人数が居るのだから1人は起きてるかもしれないが、以外にも全員生活の秩序は保っているようだ。誰も起きていないことを確認し、荷物を手早くまとめる。銀に貰った応急処置の用具、ずっと持っている地図帳、自分に足りる分だけの食料、その他の必要なもの。
ドーゴ島での出来事を思い出すと足が竦む。また襲われるかもしれない気持ちと、果てに到達出来ないかもしれない気持ちが彼女を葛藤させた。それに彼らから離れたくなかった。もし捕まって囚人と成り果てても、彼らとは仲良くできるかもしれないという希望があったからだ。
すごく怖い。捕まってもいいから誰かに甘えたい。躊躇っている暇は無いのに自分の欲望が阻害する。
目を瞑って歩き出した。ある程度離れたところからは走り出した。彼らを足音で起こさないように。
見た目通り精神面も幼稚だ。何度も己の欲望に従いたいという思念が頭の中を交差する。それでも何も考えないように走り続けた。遠くへ、彼らが見えなくなるまで、思い残しを置いてけぼりにできるまで。
途中、何度も周りを確認した。3日前のあんな思いは二度としたくない。怖いのは最期だけでいい。
背中を見られた気がした、全力で走った。
思い残しが自分の背中を見ているようだ。そして、視線で幾度となく戻りたいという思いを打ち込まれる。
もう何一つ見えない。目の前は自分の未来のように真っ暗だ。皆を救うためにはそれが1番いい



1日目の夜、宿舎が近くに無かったためバスの中で眠ることになった。
12族はほとんどが食事を取らずに過ごすことが可能なケースだったため、屋外で焚き火を囲いながら魚を焼くなどの定番なことはしない。あくまで味覚を楽しむだけのものとして食事をしていた。一応、食事を取らなければならない例外のケースもある。転生12もそれに当てはまった。
空気を読んで空腹を耐え忍んでいたが、身体は食べ物を求める声を上げた。幸い活気12達の声で掻き消されていたが、少なくとも隣の浴室12には聞かれていた。
「貴女、食事が必要なタイプ?」
「あ、ああ…すまないね。私の身体は空気を読むことよりも欲望を優先してしまった。」
「気にしないで、12族にも食事が必要な存在はい幾らかいる。」
浴室12はシャワーヘッドを転生12の目の前に近づけた。
「栄養ゼリーならいけるけど、何味がいい?」
「感謝するよ。味はグレープで。」
空腹は満たされた。シャワーヘッドから何かを吸い込んでいるところを見られるのは少し恥ずかしかった。

第15話【無き道の茨古道】

目覚めたすぐ正面の情景は、3日間見つめていた世界がフロントガラスに映し出されたものだった。目を擦り欠伸と同時に全身に力を込め上へ身体を引き伸ばす。ふとバスの出口を見てみると、紙が1つ挟まっているのが見えた。何か適当な用紙が挟まっているのかと思い、紙を手に取った。内容を確認する。
銀は朧気な意識から目覚めた。急いでバスの中を確認する。居るのは、浴室12、活気12、銀細胞12がそれぞれ沢山居るだけだ。そのいずれにも属さない少女の姿はどこにもなかった。


飛び出したのはいいものの、彼女は徒歩だった。少なくとも乗り物を必須とする距離をどう歩くのか進みながら考えていた。ホンシュー内陸部はあまり開拓が進んでいないようで、手摺の代わりに危険を知らせるテープだけが貼られていたり、そもそも一度誰かが通ったような跡すら無い道ばかりだった。異常な世界では普遍的な野生動物は発生しない。獣道すら形成されない危険な自然の世界をただ1人の少女が冒険するにはあまりにも過酷なものだ。
地図によればこのまま暫く進んでいくと、大規模な茨の有刺鉄線が立ちはだかるとの事。地図によれば茨で出来た生垣、通称『裂傷の庭』と呼ばれている【10危険地帯】の1つとの事。迂回するにはかなりの距離を歩かなくてはならないため彼女には茨の道を進むしか無かった。
緑色の生きている蔦は棘に弾力があり少し押し付けられたような感覚だけで済んだ。しかし、死んだ蔦は植物全体から水分が抜け固くなっており、好奇心で少し触れるだけでも出血は免れないほど危険とされていた。
12族は通常怪我を負わない。何が刺さろうとも何かで撃たれようとも損傷は起きなかった。
「うっ…ぐっ…!」
彼女にはそれが許されなかった。無理やり身体を通せば服は裂け、すぐに皮膚にまで到達し裂傷を残した。引っかかってしまえば身を捩る他なく、その度に子どもが落書きをするかのように爪痕が着く。
小柄な体格であっても、猶予が狭く進むためには低い姿勢を取ることしか出来ない。『裂傷の庭』は彼女の進行方向におよそ10km続いていた。その距離を這いつくばって移動しなければならない挙句、少しでも体勢を間違えれば怪我を避けられない状況下に、既に陥ってしまった。
しかし『裂傷の庭』を迂回するより突き進んだ方が確実に早く切り抜けられる。一刻も早く果てへ辿り着かなければならない彼女に後悔は無かった。

第16話【第一発見者】

『裂傷の庭』を進み続けて2時間弱、道のりの風景に変化が見られた。今までは日の入る洞窟のように窮屈で変わり映えのない世界だったが、スペースに少し余裕が生まれ陽の光が蒼や緑、紫色と少し異様な雰囲気を醸し出していた。尚も進み続け、更に異変が見られるようになってきた。蔦は生物のように呼吸が大胆になり、陽の光として見ていたものの光源は、空の惑星でなかったことがわかった。光は奥へ進むほど強さを増していき、その度に茨は光を恐れるようにして減ってゆく。
やがて部屋のような空間に到着した。中心に光源が見える。
転生12は満身創痍だったが、包帯を巻くことよりも中心に光る樹のようなものに触れることを優先した。
手を伸ばし、そっと触れた。
途端に樹の形が崩れ、中から光の玉が現れた。光の玉はそのまま地面に着陸し、光が収まっていく。
次第に、丸まった蔦で構成されているような生物の姿が明らかになった。
生物と植物の中間をとったような容貌は神々しさすらも感じさせる。突如人の形に変形し周囲を見渡すような挙動をとる。最初は丸まっていて分からなかったが、頭部の蔦の塊は植物でありながらもまるで炎そのもののように揺らめいていた。
不思議そうな表情で見つめている転生12に気づいたのか、近づいて倍以上の身長を対話するのに丁度いい高さまで下ろした。
「貴女は…私を見つけたのか?」
「そういう、ことになるね。」
以前銀の口から耳にした12族の発生というものは即ちこのことだろうか。
「君の名前は?」
「分からない。恐らく、私は生まれたばかりなのだろう。だから不明と言うよりは、まだ無いと言った方が正しい。」
「自分の能力は、分かるか?」
「少し試してみる。」
植物の12族はすぐ側にある棘の蔦を見つめた。すると、蔦は激しく蠢き始めた。操り手の感情をそのまま表すかのように、彼が驚くと同時に更に動きが激しくなった。
「能力は…植物を操ることだろうか?」
「きっとそうだ。早速だが、ここら一帯のツタを無くしてくれないか?私にとってかなり危険なんだ。」
「分かった。やってみよう。」
周囲の空間を囲っていたツタの壁は土へ還ってゆき、やがて『裂傷の庭』は一瞬にして姿を消した。
「ありがとう。助かったよ。」
危険地帯が一瞬のうちに消えようものなら混乱は避けられないだろう。銀は『裂傷の庭』だったこの場所に間違いなく駆けつける。急いで先へ向かおうとしたが、新しい12族に引き止められた。
「怪我が酷いじゃないか。助けが来るまで待った方がいいだろう。」
「いや、これがあるからいいよ。」
鞄から包帯を取り出し、身体の裂けたところへ巻いた。多少痛むが、それでも無いよりマシだと思える。
怪我の処置をしている間、植物の12族は彼女の顔を覗き込んだ。
「私はこれからどうすればいい?」
「あっちに真っ直ぐ進んで行けば、仲間達に出会える。そこで新しい12族として仲間入りさせてもらうといいよ。」
「分かった、ありがとう。」
「それと、もう1つお願いがあるんだが…」
「なんだい?」
「あっちの方向へ君の能力を使って運んでくれないか?」
「私が向かうべき方向とは逆ではないか?仲間はあの方向に居るんだろう?」
「私には逆の方に行くべき理由があるんだ。何も聞かず、言わずに私を運んで欲しい。」
「承知した。では、この大きい葉に乗ってくれ。乗り物になるようにしておいた。これなら大きな問題が起きない限り安全なはずだ。」
「感謝するよ。それでは。」
葉に両足を乗せた途端、進行方向へ極めて速い速度で滑り出した。ソリに乗っているような疾走感と共にその場を後にした。

第17話【路線上の荒くれ者】

「あっ!?人影!?」
急いで駆け寄りその姿を確認する。しかしそれは銀の探していた人物ではなかった。
「あのッ…!あなたもしかしてここら辺で"発生"しました!?ああ…その…発生というか気づいたらここにいたというか…」
「確かに、私はここで生まれた。」
「と、とりあえずあなたを保護しますッ!それはそれとして…!」
植物の12族は銀を宥めつつ事情を聞いた。
「(あの人にそんな事情が…)」
「何か…ちょっとでも目撃しませんでした…?」
「ああ、見たさ。このまま向こうへ歩いて行った。」
「…とにかく、あなたの保護を優先します。私に着いてきてください。」
植物で出来た手と小さな手を繋ぎ、銀達が元居た場所へ進んだ。



葉は滞りなく滑走を続ける。目の前に木々が立ちはだかっても幹がしなり、空中の旅路へ招待する。高速で移動しているためか、混沌とした風景の変化が著しく思える。風景だけに留まらず、稀に重力の方向すらも秩序を保たなくなる。影響を受けずとも空へ飛び出したり、本来の道を大きく逸れたりなど、進路にかなり影響を与えていた。そんな中転生12は変化にも順応し、船を操る海兵のように安全かつ確実に移動していた。元々前進する形で落下していたようなものだから早めに対応できるようになっていた。
ついに内陸部の中心に位置する山脈へ到達。そこで問題が発生した。山の表面は、土や木々などではなく完全に岩のみで構成されていた。寧ろ、山脈地帯そのものが大きな岩と形容すべきだろう。
岩場の表面は荒く、葉の表面は摩耗していく。やがて本来葉があるべき運動へ戻り、彼女の身は慣性により前方へ勢いよく投げ出された。『裂傷の庭』よりは比較的軽症で済んだものの、比較的であるため怪我自体は酷かった。
「うう…大胆に擦りむいたな…」
擦りむいた範囲が広すぎたため、特に酷いところに絆創膏を貼った。
この状況は怪我をするよりも深刻な状況と考えられた。山脈地帯であるため、険しい道のりは避けられない。その上専用の装備が無ければ登ることすら許されない傾斜が乱立しているため、遠回りしなければ山脈を抜けられない。隠れられる草花も無いため日が暮れれば身の危険はより一層増す。だからといって引き返す訳にもいかない。
安全に夜を過ごせそうな洞窟を探すため、再び歩き始めた。空に浮かぶ惑星は残り1つ。本来、拓けた場所なら沈む前の惑星は幾つか見ることができるが、山々が光を遮り周りは夜同然に暗くなっていた。最悪目立たぬよう何処かの隅で朝を待つことも考えた。しかし彼女の月のように輝く髪色では夜でも一目瞭然だ。
最後の惑星も山に隠れかかったその時、明かりが灯った洞窟を見つけた。また別の銀かもしれない。それだけは避けたかった。もう"私"を守りたい、"私"の為になることをしたいというあの子達の気持ちを無下にしたくない。
洞窟に駆け込むと、奇妙な形状をした空間だった。異様に広く、大きな溝が2つある。溝は洞窟の広い穴の方へ続いており、その先は低い標高に位置する山々が高いところから見た街並みのように見えるほど広がっていた。よく見るとベンチや、待合室のような部屋まである。改札や線路こそ無いものの、総合的に見ればその洞窟は駅であることが分かった。
数々の疑問が浮かぶ。なぜ地質的に考えて不向きな場所に駅があるのか、線路が無いのなら何処を通るのか、そもそも運行しているのは本当に電車なのか、挙げればキリが無い。罠だとしても、ここで夜を過ごす他ない。
待合室へ向かうと、背後から警笛の音が鳴り響いた。振り向くと、龍のように宙を走行する電車の姿があった。まるで生きているようで正面には顔のような模様すら見えた。ホームに到着し、運転手に話を聞こうとしたが、運転手は居なかった。
数々の奇妙な出来事に、更に疑問が湧く。
身の安全を考え、乗らないことを選択し再び待合室へ向かった。
「おい!乗らねぇのかよ!」
突如背後から声が聞こえた。振り返るも声の主はどこにもいない。疲れてるのだと思い待合室へ向かった。
「顔見なきゃ相手認識出来ねぇってか!?見たきゃ見してやるよ。」
背後にあったはずの電車が、何故か目前にある。
「もしかして…生きてるのか?」

第18話【揺れ揺れ眠れ】

「それ以外に何がある?まさかこんな辺境の地に誰か居るという淡い期待でも抱いていたのか?」
「思ってもいないさ。正直、ここに訪れたこと君と合間見えたこと全てが奇跡さ。」
「んじゃあ乗りに来たんじゃないのな。」
電車は定位置に戻る。
「…ちなみにどこまで乗れるんだい?」
「地面の都合が良ければ何処でも。だがホンシューは離れらんねぇ。」
「それならば…」
地図帳を開き、許容範囲であろう地面の地域かつ、チーバに最も近い位置を指した。
「と言っても、運賃がない以上乗りようがないな。」
「俺ァそんながめつい奴じゃあねぇ。アンタなんか重いものを抱えてそうだし応えてやるよ。」
「ありがとう、君は優しいな。」
「…ッ!早く乗れ!!」
扉が開く。転生12は乗り込んだ。内装は正に電車そのものだった。彼が言葉を発さなければ生きているとは思わないほど精巧だった。
椅子に腰掛けてみる。清潔に保たれており素材も優しいものだ。辺りを見回してみるも、当然ながら誰もいない。向かい側に誰か来ないかと密かな期待も寄せてみるが、もちろん誰も来ない。
「出発だ。」
車内アナウンスのように車内中のスピーカーから声が発せられた。
電子音と共に扉が閉まり、少しずつ電車が動き出す。既に洞窟の明かりは小さくなっていた。
外は闇に包まれ、車内の照明が反射し様子が伺えない。
運ばれている間に寝ようと目を瞑ってみる。しかし眠れなかった。寝ることができるところは金輪際現れないだろう。今のうちに睡眠を取らなければならない。
「…会話はサービスに含まれているか?」
「お前は複雑な車両を運転してる奴に話しかけようってのか?」
「そうか、すまなかった。」
「だが、俺ァ運転手じゃなくて電車そのものだからな。歩きながら話してるのと何ら変わんねぇよ。」
転生12は分かりやすく嬉しそうな表情をした。
「君は、この地を一人で動いているのか?」
「偶に銀が訪れたり、大賢者が訪れたり…だが、基本的に1人だ。ホカイドーで楽しくやってる同族が羨ましく思えるほどにな。」
大賢者…?聞いたことがない。」
「なんだ?知らねぇのか。さてはお前、発生したばかりだな?だが、地図を持ってたり色々と矛盾が生じるな…」
「ああ、12族に貸してもらったまでだ。今ホカイドーに自力で向かっているが、少し寄り道をしたくてね。」
「そりゃ賢い選択だ。ホカイドーで新規12族として登録してしまったが最後、こういった辺境の地域への旅行が制限される。危険な目に遭っておくのも貴重な経験だ。
「私は運が良かったと言うべきかな。それで、大賢者について教えてくれるかい?この世界の予習をしておきたい。」
「いい子ちゃんぶったつもりか?まあいい、教えてやるよ。Metafieldでは必須科目だぞ。」

第19話【大賢者】

大賢者。それはMetafieldの創始者であり、12族を統べる者。ある日、更なる上の世界から降臨し12族に様々な益を齎したという。今日に及び彼は12使徒の襲来に備え万全を尽くし、12族を守る為ならばあらゆる犠牲も厭わない姿勢をとっている。
今、転生12にとって最も危険な人物だろう。
「正直言うところ、今の大賢者に関する詳しいことは俺も知らねぇ。まあ、こんなとこで鉢合わせにならないことを祈るばかりさ。アンタを乗せてることがバレたら叱られるな。」
「私も大賢者に会わないことを祈るよ。」
大きく欠伸をし、目に涙を浮かべる。瞼が重くなるのを感じた。
「ありがとう、よく眠れそうだよ。」
「着いたら問答無用で起こすからな。出来るだけアンタを乗せた証拠を残したくないから。」
「ああ…頼むよ。」
転生12は深く眠りについた。



同時刻、ホカイドー都市部地下。古代人のような衣類を身にまとった石膏像のような風貌をしている人物が、銀髪の幼い少年少女と共に深くへ続く階段を降りていた。
「つまり、今回の命令内容の変化は文書さんによるものなんですか?」
「まだ分からない。だが、もし『最後のページ』が開かれでもしていたら、間違いなくその影響によるものだろう。それはそうと、彼…いや、彼女だろうか?いずれにせよ、捜索は進んでいるか?」
「現在は新規の12族発見に至ったため、そちらの保護と同時に進めています。人員不足の為少し滞りがあるかと思われます。」
「喜ばしいことだが、今はそれどころでは無いな。"あの者"を捜し出してからの歓迎といこう。」
階段は終わり、最下層に到着した。
犯人を探さなければならないな。
銀たちが複雑な暗号を入力し、重い鋼鉄の扉を開く。その先にはなんの変哲もないロッカールームがあった。
その中に一つだけ、開いたロッカーがあった。
「やはり…というかこれしか考えられませんよね。」
ロッカーの中を覗き込むと、開いた冊子のようなものがあった。
冊子のページは、最後のページだった。
「12族はまず『これ』に干渉しようと思わない。彼らにとって非常に恐ろしいものだからだ。とすると外部からの犯行である可能性が高い。12使徒を信仰する者だろうか?12族を滅ぼすべく生まれた存在か?」
冊子の周りの空間が脈動し、紫色の光を放つ。
「こ、『理』が…!」
「被害が拡大する前に閉じなくては。」
冊子は閉じられ、空間は正常に戻った。
「私の命令は捻じ曲げられてしまった。また悪用される前に、処分も念頭に入れておかなければ。」



干上がった湖が広がっていた。その中心に置かれている石畳を進んでいく。青空には雲が点在しており、爽やかな風が月色の髪を靡かせる。
目の前には何度も夢で会ってきた人物が居た。だが背を向けている。
君は自分の『役』を肯定した。『特異点』らしく、その行動で最も力強く証明したんだ。
「…何を言いたい?」
【道】を外れる。それは誰にでもできることでは無い。その行動は、何かを変えられることの証明だ。
「私、心の底では死にたくないと思ってるのかな。ここまで自分の生を正当化するとは思わなかった。」
【運命】は変わらない。
突風が吹き荒れ、干上がった湖は徐々に潤いを取り戻していく。
君が見たのは生きるを渇望する自身の深層意識では無い。12族を守りたいという意思の継承、そして12使徒を討つ意思の継承だ。
「何を言っているんだ…?分からない…」
12族を守りたいという意思はあるだろう?ならば、【特異点】を遂行せよ。
辺りが眩しくなる。視界が眩む。
目を開けると、既に空には惑星が何個も登っていた。
「丁度よく起きたじゃねぇか。」
体を伸ばしながら欠伸をし、外に降りる。少し肌寒いようで、眠気も覚めた。
「うし、さっきんとこ戻るわ。生きてろよ?お前のその怪我具合、すぐ死んじまいそうだ。」
「…ありがとう、分かったさ。」
再び電車は空へ舞い、遥か向こうの山脈へ姿を消した。

第20話【恐怖の道程】

すぐ近くに森林地帯がある。そこからはついにチーバへ進むことができる。銀達は暫く追いつけないだろう。その上自身の体調は休憩したために万全だ。誰も悲しませないために誰にも見つからないよう早く行くことだけに集中しよう。
しかし、彼女の中には迷いがあった。
あれだけ死を否定する自分の深い所の意識
12族をこれからも大切にし、守りたい思い
接してみると、温かく安心できる12族たち
…もう一度銀に会いたい、誰かに甘えたいという欲望
逃げたくないのにも関わらず仲間たちから逃げ、ここまで来たというのに足の動きが度々滞る。そもそもなぜ逃げていたのか。
恐らく彼らは自分を処分せずに仲間として迎え入れるだろう。何とかなることを信じて、自分に潜む脅威だけをどうにか取り除こうとする。仲間意識が強く、誰に対しても友好的であり続ける姿勢の彼らならきっとそうする。そして結局、間に合わず自分がトリガーとなり滅ぼされる。
自分の欲望に身を任せて得た、一時だけの幸せを本当の幸せと言うだろうか。自分を大切に思ってくれている仲間を破滅に差し出してまで得た幸せは心地よいものだろうか。
足を止めない。すべきことはそれだけだ。
ここまで進んで来てようやく分かったことがある。この身体は疲れを感じない。一日中歩き続けても有り余る体力には我ながら驚かされた。とはいえ眠気は抑えられない。睡眠は必須だ。このことからも、自分は彼らと同じような存在だと知ることができて安心する。
暫く歩き続け、明るかった空は惑星1つ分の明かりだけを残した。そろそろ何処かの茂みに隠れるべきだろうか。そう考えていたら…
近くの茂みが激しく揺れる。12族か、危険な存在か、少し離れて様子を伺う必要がある。少し距離を取ろうと後退りをした途端。
背後の茂みも音を立て始めた。鼓舞するように1つ、また1つと茂みは激しくもがく。
「…銀?」
そうであって欲しいと思い、呟いた。これだけの数ならば、12族の中で考えられるのは銀だけだ。活気12の線も考えたが、彼らはこんな場所に来ないだろう。
茂みから何か飛び出してきた。銀でもなく12族でもない。明らかに"狂っている"得体の知れないものだ。
爪のようなものが頬を掠めたのを感じる。得体の知れない何かはじっとこちらを見ており、頭部が小刻みに震えているように見える。ドーゴ島での怪物とは比較にならないほど危険な存在だ。さらに複数体存在し、転生12を囲うように位置している。
ついに、他の個体も動き出した。全体で飛びかかり、逃げ道を無くした。
彼女は小柄な体格を活かし、怪物同士の合間を縫うように逃げ出した。彼女を仕留めることだけを考え、その後のことを何も考えていなかった怪物たちは、空中で頭部がぶつかり合う轟音を響かせた。一部がひっくり返った姿勢のまま動かなくなったのが見える。衝撃が入ったものの意識を保っている個体は、頭部を震わせながら仲間の方を見つめ、そのまま仲間割れが始まった。しかし、最初に飛び出した一体はこちらを見続けている。転生12は仲間割れの隙に全力で走り出した。
怪物を走って撒くのは無謀だった。怪物の肉体はその場の環境に合わせて発生した際に構成される。一方、彼女はほぼ人間の身体。植物が蔓延る世界を駆けるような構造では無い。それどころか、
「ッッッ…!?」
非常に転びやすい。彼女は植物に躓き、怪物に追いつかれてしまった。
前髪を乱雑に掴まれた。
そのまま持ち上げられ、木の幹に後頭部を叩きつけられる。幸い頭蓋骨にヒビは入っていないようだ。まるで死体を弄ぶと言わんばかりの残虐性は彼女の心に恐怖を深く焼き付けた。処刑人気取りの勢いで、腹に拳のようなものを当てられる。少しずつ圧力をかけていき、確実に中を壊すよう腹部に拳が埋め込まれていく。
首を掴まれ、幹に押し付ける。首が絞まってゆき、苦しさのあまり血を吐いた。どこを怪我したのかは分からないが、内部はもうボロボロだったのが分かる。
怪物は手を止め彼女から視線を逸らした。壊れた玩具となった彼女はもう怪物には不要だった。
そのまま暗い森の奥へ向かってゆく怪物。音を立てぬよう地図帳を持ち、見ていない隙に頭上まで持ち上げる。
そのまま振り下ろし、怪物の頭部に致命的な衝撃を与えた。
怪物は甲高い叫び声を上げ、それに反応するよう奥から同様の怪物が湧いて出てきた。

第21話【力の顕現】

とにかく走り、早く森を抜けるのを祈っていた。しかし満身創痍の身体では上手く走ることは出来ない。体に鞭を打ち走るも、痛みでさらに速度が低下する。
「(もう走れない…負った傷が…)」
しかし彼女を追い討ちをかけるようにして行き止まりに到達した。目前に広がるのはただ大きな土の壁のみ。彼女はもう壁にもたれかかることしか出来なかった。目の前の情景はとても恐ろしいものだ。彼女は苦痛を感じながらただ恐怖した。
折角ならば、優しく安らかに、そして誰にも見つかることの無い場所で死にたかった。だけども今は、苦しく、怖く、いずれ見つかるだろう場所で死を待つことしか出来ない。
怪物は恐怖を煽るように森の奥からさらに集まってくる。
確かに私は死ぬことを目標にしていた。これも死とは何ら変わりないはずなのに、どうして抵抗してしまうのだろう。今だけは、誰かに会いたい。冷たく寂しくなった私の傍に誰かいて欲しい。…いや、今だけではなくいつもそう思っていたのかもしれない。



助けを叫んだ。誰も来なかった。
もう一度叫んだ。森に声が響くだけだった。
さらに大きく叫んだ。怪物が集まるだけだった。
ただこの状況に、涙を流すことしか出来ない。恐怖、申し訳なさ、罪悪感、思い通りにならない、どの涙かは分からなかった。
もう腕を伸ばせばすぐ届く距離にまで集まってきている。
立ち上がり、大きく息を吸い込む。












諦めたくない一心で最後に大きく声を上げた。
何が起きたかは分からない。しかし自分から強い光が溢れているのを感じた。眩しくて周りの様子を伺うことが出来ない。
光が消えると、そこに蔓延っていた怪物たちの姿はどこにもなかった。それだけに留まらず、さらに奇妙なことが起きていた。辺りの木々が金色に輝き、奇妙な果実が実っていた。届く位置にあるものを取ると、それは脈動し彼女の空腹を満たした。
誰かの仕業だと思い辺りを見て回るも誰もいない。それに、叫んでも誰も来なかったのが何よりの証拠だ。となればこの数々の奇妙な出来事の元凶は自分であると結論づけられる。
以前、銀に能力が無いか聞かれたことがあった。たった今偶然発動した形で発見したのだろう。この能力が発現した今、1人でも大丈夫だと安心できるようになった。
恐らく日付が変わった時間帯だろう。どのくらい進んだだろうか。空腹も満たせ、能力を使えることも分かった。だが、依然として身体の傷は癒えていない。裂傷の庭で負った傷も開き、腹部あたりも何処か損傷している。この傷では早く海岸に辿り着くことは不可能だ。包帯などを持っているが、暗い中では適切な部位に巻くことが出来ない。
能力の影響か、怪物と遭遇することは二度と無かった。先程の叫び声一つで一帯の怪物を殲滅したということだろう。痛みは感じ続けている彼女だったが、疲れを感じないためここで進み続けるけるしか無かった。

第22話【最後の温かみ】

Metafieldは朝を迎えた。その間一度も怪物と遭遇することはなかった。はずだったのだが、彼女は今茂みに息を潜めていた。彼女の視線の先には、巨大な目玉を持ちその側面から花のように腕を多く生やしたおぞましい生物の姿があった。あれほど巨大な怪物であれば、昨晩の叫び声程度では消滅しないのだろう。
謎の生物が去った隙に、急いで目的地に走り出す。一晩中進み続けたおかげか、明日には到着するであろう距離にまで到達していた。謎の生物が去って一安心した彼女は、自分のペースで進み始めた。怪我の手当ても済ませ、比較的平気になったもののペースは非常に遅い。
その時、空から突如降臨した。さっきまで見つからないよう隠れていた化け物が。
あまりにも唐突だったため、腰を抜かしてしまった。生物は彼女との距離を縮めていく。
しかし彼女は、この生物と何か近しいものを感じた。距離が近づくにつれて親近感が増していく奇妙な心情を胸に問いを投げかけた。
「君は…仲間なのか?」
答えるようにして、人差し指と親指で丸を作る。
見た目こそ恐ろしいものの、彼は12族だと感じ取れた。
「悪いが、私のことは見なかったことにしてくれるかい?その…お互い辛い気持ちにならない為にも…」
目の前の12族は承知したという意を示すかのように親指を立てた。
転生12は去ろうとした。すると、身体の痛みが消えてゆく。腕についた裂傷も、腹部の損傷も、頭の痛みも、全て消えた。振り返ると、12族は腕を車輪のように回し、目を緑色に光らせていた。
「これは…君が?」
動きを止め、もう一度丸を指で作る。
「私を苦しませないように回復してくれたのか?…感謝するよ。」
調子が乗ってきた彼女は、笑顔で手を振り走り抜けて行った。
12族も、全ての腕を振っていた。

第23話【お願い】

調子良く進み、1日が経過した。
その頃、ホカイドーのクシロシティでは様々なメディアを通してある1つの話題が広がっていた。
「これは…随分と酷い事態ですね。誰かが『冊子の最終ページ』を解放し、リーダーの命令をねじ曲げた。到底許されることではありません。犯人、あなたがしたことはリーダーへの侮辱、12族の友好的な姿勢の否定、罪も無き存在を抹消するための陰謀、恐怖を利用した混乱の発生…挙げればキリがありませんね。そうでしょう?」
「許サレナイ。間違イナイ。オデ、謝リタイ。ソシテ、犯人、見ツケル。牢屋イキサセル。ハンセイサセル。」
「ええ、犯人を特定するのも重要ですが、最も優先すべきは謝罪ですね。私は…ああ…例えリーダーの命令だとしても、受け入れることが出来ていれば…!偽の命令を背くことが出来ていれば…!誰もこんな思いしなかったはずですのに…」
「仕方ナイ。リーダーノ命令、ゼッタイ。使徒モ絡ンデルカラ、ナオサラ。ミンナデ仲直リシヨウ。」
「そうですね…ここで取り乱し後悔しても起きてしまった以上仕方ない…。まずは無事を祈り、吉報を待ちましょう。」



「電車さん!この人、見ませんでした…?」
顔写真の載った紙を掲げた少年少女が電車に人を尋ねていた。
「…こいつか。チーバ入口付近に運んだんだが、」
「特急モードでお願い出来ますか?出来れば、チーバ中心付近に着地して欲しいです。」
「はあ!?俺の車体に傷がつくだろ!」
「それならば、私の能力で植物をどうにかする。どうか頼みたい。」
「…そんな深刻なのか?」
銀は2人とも首を振った。表情は極めて必死だった。
「あの人の幸せのためにも…」
「わーったよ。特別だ。アイツを救ってやれるなら俺も協力するさ。」



転生12は、海岸に着いていた。地図を開き、海の渡り方を調べている。
「Bottom12を呼び出す必要があるのか。…なるほど、自然の力を借りると呼び出せるようだな。」
ポシェットからナイフを取り出し、呼び出すための道具を作る作業に取り掛かった。その頃には、昼下がりを過ぎていた。



「肉体さん。この人、見ませんでしたか?」
銀達は同じように紙を12族に向け掲げていた。
それを見た12族は海に続く方向を指さした。
「ありがとうございます。ところで、この人と何かやり取りしました?」
12族は手話で説明をした。
「なるほど…よければ、一緒に来ていただけませんか?」
12族は親指を立てた。



転生12はついに道具を作り上げた。水平線上に光を放つ惑星が3つほど並んでいる。辺りは夕日により紅く染まっていた。
作り上げた道具は、笛のようなもので音を調節する所が3つ付いている。
地図帳を開き、正しい音に合わせて笛を吹いた。
すると、突如周囲に鳴り響く轟音。目の前に岩の表面のようなものが道のように海から浮かび出てくる。
「呼び出してすまなかった。私を外まで運んでくれないだろうか…?」
「…良いだろう。態々この私が深海からやってきたことをしっかりと噛み締め、この経験を未来永劫大切にするがいい。」
そっと頷いた。これで旅は終わる。遥か彼方の地で、ひっそりと死に、そっと12族を見守る。ついにここまで来れた。ここまで協力してくれた12族のことを思い出した。
この巨大な者、回復してくれた奇妙な者、話し相手になってくれた者目の前で生まれた者、移動中ずっと楽しませてくれた者たち、そしてこの地図帳をくれた、最初に発見してくれて尽力してくれた者。
思えば、誰もが親切だった。私を追いかけていた者たちも、出会い方が違えば親切に接してくれただろう。幸せにしてくれただろう。
もし、生まれ変わるのなら…またこのMetafieldに、普通の12族として生まれたい。
Bottom12の体に足を踏み込もうとした途端、背後から幼い叫び声が聞こえた。

第24話【ありがとう、行かないで】

「待って…!待って…待ってください!」
2人の少年少女が駆け寄ってきた。もう会いたくなかった。折角諦めが着いたのに、折角執着せず手放せたのに。
「…銀、すまなかった。勝手に飛び出して。手紙、見たんだね?」
「…手紙?」
銀達は不安気ながら首を傾げた。見た目が同じだから気づかなかったが、彼女はこの銀達と何処で巡り会ったのが気づいた。
「君たちは…最初の…!」
「私たち…謝りたくて…転生さんを失望させてしまったこと…」
「せめて、僕たちであなたを幸せにできないかなと…ずっと…ずっと…」
この子達に自分の運命を委ねたい。きっと何とかしてくれると根拠のない淡い期待をしてしまう。でも言わなければならない。もう決めたことだと。
「私は、君たちに生きてもらいたい。幸せでいてもらいたい。例え自分が危険な存在でないとしても、自分が『鍵』だと証明出来ないなら、もう私が死ねば皆安心して暮らせるんじゃないか?」
「そんな事、誰も思いません…皆、あなたを殺したくもない、仲間として受け入れたい、ずっと思ってるんです。誰も死んで欲しいだなんて頼んでませんし、あなたが死んで安心する人も、喜ぶ人も誰1人いません…!」
「君たち12族は優しすぎる。だからこの道を選んだんだ。誰にも見つからない外の世界でひっそりと死ぬ。誰も悲しまないし。迷惑もかけない。」
再び歩もうとする彼女の両腕を、銀が2人がかりで引っ張った。2人とも今すぐに振りほどけそうなほど弱々しく掴んでいた。涙を浮かべているのが理由だろう。
「嫌です…させません…あなたの望みはなんでも遂行しますが、これだけは…これだけは了承できません…」
だから会いたくなかった。だから避けたかった。君たちを守りたいのに、君たち自身がそれを阻止してくる。私もやめたくなる。行くのが辛くなる。私だって本当は嫌なんだ。
「おいおいおい聞いてねえぞぉ!?」
上空から電車が降りてくる。
「仲間居るんなら相談しろってんだ!」
電車から3日間を共にした仲間たちが降りてくる。
「(笛やピアノなどの音色)」
「脅威も何も関係ない。ただあなたが仲間なのは変わらない。」
「焦りましたよ!運転席から見ても居ないんですもん!」
「私はあなたに感謝したい。見つけなければもっと人々を傷つけていたかもしれないからな。」
上空から、怪我を治してくれた12族も降りてきた。全ての手は親指を立てている。
誰も不明瞭な希望に縋っていない。誰もが仲間だから、全力を尽くしたい、大切にしたい、辛い思いから救いたい、そう思って行動していた。ただ、どうにかなるって思い続けるのではない。ただ仲間だから彼女を救おうとした。仲間だから大切にしていた。
彼女は両腕を掴んでいた銀達を胸に抱き、声を上げて泣いた。
「ありがとう…あ…りがとう…」
「私は、要らないな。」
Bottom12は深海へ眠りについた。
「行きましょう、ホカイドーに。」
「きっと"リーダー"もあなたを救ってくれます。」
涙を拭い安らかな表情を取り戻した。まるで、閉ざされていた本来の表情を取り戻したかのようだった。

第25話【全ての帰結】

Train12の協力もあり、夜を一度跨ぐだけでクシロシティ近郊の平原に辿り着くことができた。
「こっからは歩いてくれ。都市部の奴らに持ち場を離れてここまで来たことがバレたらまずいからな。」
大地を踏み込み遠くを見てみると、背の高い建物が群生地のように乱立しているのが目に入った。
平原は風が少し強いようで、木々の葉が度々流し踊るのが見られる。それらに紛れ、1枚の紙が転生12の顔目掛け飛び込んできた。突然だったため、焦り急いで剥がす。
「ははは、大丈夫ですか?」
「誰だこれを放ったのは…」
紙に書かれている内容に目を通す、急いで内容を銀に共有した。
「わわっ、どうしたんですか?驚いたような顔をして……っ!?」
2人の様子を見かねた仲間たちが、次々に紙の内容を見ていく。
「『何者かによるMetafield全体を巻き込んだ事件』…時刻不明、何者かが秘密倉庫に侵入しClassic12の最終ページを開き放置した。その結果、捻じ曲がった理は大賢者の重要な命令に侵食し大混乱が巻き起こったとの事。現在、本情報はホカイドー全域にのみしか行き渡っておらず、離島やホンシュー等を活動拠点としている者は直ちにこの文書を共有すること。」
「またこの事件により12族の重要な存在である2代目の【鍵】が深刻な被害を受けている。存在を確認した場合は、『捕獲』ではなく『保護』をしセントラルセンターに連絡をすること。怯えさせない、仲間だと認識させる、信用させる、この3つを最低限守ること。」
「これは…」
「どっちにしろ、あなたは私たちにとって必要な存在…もう怯えなくてもいいということなのかもしれない。」
「…向かいましょう。」



クシロシティの中心部に位置し、最も巨大な建物であるセントラルタワーに到着した。
「あっ!見つけたんですね!ではあなたはこちらに…」
「ちょっと待って、私一人だけなのか?」
「はい、一応重要なことなのでこの方だけの立ち入りは禁止させていただきます。」
大きな扉だ。この先に大賢者が居る。振り返ると、同行してくれた仲間たちが笑顔でこちらを見ていた。
「大丈夫ですよ。とても優しい御方なので、寧ろ罪悪感のあまり泣き付かれるかもしれませんね。」
「…本当か?」
扉が開き、先へ進む。少し進むと完全に扉は閉まった。視線の先には背の高い石膏像のようなものがある。しかし微弱に動く。恐らく彼が、大賢者なのだろう。
「失礼するよ。」
「…ああ。」
近くで見てみると、威厳を感じられる。しかしどことなく優しさがあるようにも感じられる。
「私の手違いで君を危ない目に合わせてしまった。12族を代表して謝罪する。本当に、すまなかった。」
「気にする事はないさ。君のせいではないのであれば、謝る必要はないと思うよ。」
「恐らく、君は私の仲間たちにある危険な面を見てしまっただろう。」
「ああ、それらしい面は見たかもしれない。だが、思い返してみれば皆優しかった誰もが温厚で、親切だったんだ。寧ろ今日に至るまで、12族に対する認識が深まったさ。こういった種族として生まれたことも誇らしいし、彼らの中で生まれられたことはとても幸運だと思っているよ。」
「…君は、本当に優しいね。私を許してくれてありがとう。」
「許すもなにも、貴方は最初から悪くなかった。彼らも悪くない。悪いのは犯人だけだ。それだけで済む話ではないかい?」
「その判断は君に委ねよう。私がそれを決定づけることは出来ない。」
「…私はこれからどうすればいい?」
「しばらく君を厳重な保護下に置き、君に関する様々な情報を記録しておく必要がある。その後に、君と問題の解決に向けて協力していくつもりだ。」
「ああ、承知した。頼むよ。」
「こちらこそ、これから頼むよ。」
彼女は部屋を出た。

第26話【その後】

あの後、転生12は専用の建物にて保護されることとなった。と言っても、出入りは自由な上12族の自由な出入りが認められており、ほとんど役割を成していない状態だった。
転生12には、大量の謝意を綴った手紙、応援や激励といった手紙が届いた。あまりにも多かったため、従業員の銀によってほとんど破棄されている。
彼女自身はどうだろうか。
沢山の12族たちと平和に生きるという夢が叶って幸せだった。彼女が頭の中で描いていた理想の日常が今、ここにある。彼女に関するデータは日々集められてゆき、近日中には重要な役割を担うという。
今回の大混乱を招き入れた犯人は未だ特定に至っていない。なぜ強力なセキュリティを突破できたのか、目的は何か、どこから訪れたのか、全て不明のままだ。だが、犯人にとってこの状況は失敗だと言えるだろう。悪い結末を迎えることはなかったのだから。







とある部屋で、1人机に向かっている。
これはハッピーエンドではない。
その人物は、白衣を羽織っており、中は水色のパーカーとラフな短パンを着用している。そして、眼鏡を着用している。
まだ、先はある。
髪色は基本的に透き通るような銀色だが、所々はメッシュのように完全な白髪に染まっている。体格は小柄だが、顔つきは真面目な印象を持つ。
Reincarnation12…あなたはまだ気づいていないでしょうけど、この物語は末永く続く。
読んでいたであろう手紙を折りたたみファイルに入れる。
あなたは、そのまま【特異点】を遂行しなさい。











とある夜、書斎の窓際にて月色の髪をした少女はふと窓を見た。
外にはなにもいない…はずだ。
遠くに影のようなものが見える。白い輪郭を持った奇妙な影。
こちらを見ている。少し笑っているようにも見られる。
「…まさか、この事件の犯人…?」
影は頷いた。小さな声で呟いた上、窓も締め切っていたはずなのに影には聞こえていた。それに、なぜ影を見て犯人だと思ったのかすらも分からない。感覚的に、手に取るように思い込んだ。
気づけば影は消えていた。彼女は急いで読んでいた本を閉じ、机に放置したまま自分の寝室へ駆け込んだ。
𝓕𝓘𝓝