別の小説に差し替えました
本編
春の柔らかな光に顔をなでられて目を覚ます。カーテンのすきまから朝陽が差し込んでいる。
どうして開いてるんだろう。それになんだかいつもよりベッドがぎゅうぎゅうな感じがする。
寝ているのか起きているのかはっきりしない頭を横に向けると、突然人の顔が目に飛び込んできた。一瞬、心臓が強く脈打つ。
わ、なになに? ああ,そうだ,みおだ。
今日はふたりで合わせて取ったオフの日で、みおが泊まりに来てるんだった。遅くまでお喋りに夢中で、カーテンを閉じるのも忘れて眠っちゃっていたらしい。
「ん……」
夜更かしをしていたからか,まだ頭がぼんやりしている。
みおと一緒に朝の情報番組を見る約束をしていた。アイビリーブが新しいアルバムを出すことが決まって、宣伝のためにひびきさんとアリシアさんが出演するらしい。7時半には放送が始まっちゃうから,あまりゆっくりしていると見逃してしまう。
今は何時だろう。外はもう明るいけれど,春はおひさまが昇るのが早いから時間を読みづらい。もしかしてもう8時とか? いやいや,冷たい空気で肌がぴりぴりとする感じ、まだ6時くらいかも。
体を起こすために布団に手をかけようとしたけれど、胸のあたりの何かにつっかえた。
みおの腕、わたしのこと掴んでる。昨晩布団に入ったときにはペンギンのぬいぐるみを抱いていたはずなんだけど……
「みおってぬいぐるみとか抱いて寝る人だったっけ?」
「いや普段はそうじゃないけど!目がさえちゃったから。リラックスのためよ」
「そっち向いちゃうの?」
「別に一緒の布団に入るのが緊張するとかそういうのでは全然ないわ!」
寝る直前のみお,なんだか変だったなあ。そういや、最初にお泊まりしたときに他の人のお家で寝るのに慣れてないって言ってたっけ。あの後にも何回かお互いの家に泊まりに行ったし、ソルベット王国では同じお城の中で生活していたわけだし、今更緊張することでもないと思うんだけど……せっかくなら一緒の布団に入りたいって言い出したの、みおからじゃん。
今はほっぺたをほんのりと赤らめながら、気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。
なんだぐっすり寝てるじゃん。
胸の真ん中がぽかぽかとしてほっぺたが緩む。
そーっと彼女の腕を手にとって体を起こす。カーテンからこぼれ落ちる光は,肌の白さを際立たせる。柔らかな感触,わずかに浮かび上がる骨、しなやかな指、整え磨き上げられた爪。きれいな手だな、と思う。
振り付けでみおの手を握ることもあるけれど、こんなにまじまじと見つめるのはあまりないかもしれない。ライブ中に彼女の手から感情が、熱が、呼吸が伝わってくるのが好きだ。それらはわたしの思いと、ファンの思いと一つになって、やがてビッグバンを起こす。だけど、こうしてふたりっきりのときに握る手のひらは少しだけ特別な気がする。その見た目の美しさ、あたたかさはわたし以外には届かない。
ぬくもりにしばらく身をゆだねていると、みおの瞼がゆっくりと開いた。彼女の眼は、まるで自分の居場所が分からなくなってしまったかのように右、左と移動し、やがてわたしの方を見据える。彼女の口角がフッとわずかに上がった。
「おはよう、あいね」
みおは、まるで頭が物理的な重くなってしまったかのように、片手で頭を支えながら身を起こす。
「おはよう、みお。起こしちゃった?」
いやいや、自然に目が覚め……と言いかけて、彼女の視線が下がる。ほっぺたが赤みを増していく。
「……どうして私の手、握ってるの?」
「あ、いや、これは」
改めてなんでと問われると答えづらい。なんだかいけないことをしてしまったみたいで、枕の方をじっと見つめてしまう。手なんていつも握っているのに。
「そもそも寝ている間にみおがわたしのことぎゅってしてて離してくれなかったんだよ~~」
これ以上追及されると知られたくないところまで知られてしまう気がして、責任という名のパスをみおに投げる。
私の手のひらの中で、彼女の手がぴくんと動く。彼女はばつが悪そうに、でも名残惜しそうに結びをほどきながらあたりを見渡す。
ベッドの下に落ちていたぬいぐるみを見つけたらしい。思わず半開きになった口をそのままに、顔をこちらに向ける。
いたずらが親に見つかってしまった子供のような表情が愛おしくて、クスクスと笑みがこぼれる。みおも照れくさそうに口元を手で押さえながら、ふふっと顔をほころばせている。
「ねえ、今何時かしら」
机の上の時計を見遣ると,針は7時の方向を指していた。いつもよりは遅起きになっちゃったけれど、アイビリーブの出演には余裕で間に合いそうだ。オフなので朝のランニングもお休み。午前中はふたりでテレビを見て、ぺんねに餌をあげて、お花の世話をして、お店のお手伝いをして,午後はショッピングに行って……
「あいね……?」
わたしが中々答えないからか、みおがいぶかしそうにこちらを見ている。
すうっと一息吸い込んでから
「まだちょっと寝たりないし、もうちょっとだけ寝ちゃおうよ」
おそらく彼女にとって想定外の言葉だったのだろう。虚を突かれたような顔をしている。
「それでもいいけど、ひびきさん達の番組始まっちゃうんじゃない?」
トップアイドルとして、そして誰よりもアイドルに真剣なみおにとって新情報を追うことは欠かせない。しかも、それがよく知った顔だとしたらなおさらだよね。
でも……
「番組は録画してあるから後でも見返せるよ。それに、せっかくのオフなんだから。みおだってお仕事や夜更かしで疲れているだろうし」
カーテンを閉め直す。部屋の中が淡い黒に包まれ、わたしたち二人以外の輪郭がぼやける。
それでも視界に映るものがなんだか嫌で、みおの手を握りしめ、布団をかぶる。
え、ちょっとあいね、え???
みおの眼に映ったわたしが、わたしをじっと見ている。なんだ、わたしも顔、赤くなってるじゃん。
くすぐったさが全身を駆け巡る。中々立ち去ってくれないこそばゆさを持て余していると、みおがおでこをわたしのおでこにくっつけてきた。彼女の熱と呼吸を感じる。気持ちもだんだん落ち着いてきて、瞼が自然と下がってくる。
今のわたしたちはピュアパレットでも、アイドルでも、ペンギンカフェの店員さんでも、ショッピングを楽しむお客さんでもない。ただ、友希あいねと湊みおというふたりだけが、ここにいる。