はじめに
ヒープリの小説です。
本編
「……え?」
朝起きて,わたしの第一声は驚きの声だった。
キングビョーゲンを浄化して3年。花寺のどかは高校二年生になっていた。
ちゆちゃん,ひなたちゃんとすこやか高校に進学し,勉強もしながら毎日楽しい学校生活が送れている。
入院していたせいで失われていた体の不慣れさなども,退院したばかりの中学二年生の頃と比べると,だいぶ追いついてきたように思える。
そして今,わたしをあのとき苦しめた原因であるダルイゼンが床で寝ているのだ。
「ん……。んぁ」
「ひゃあっ」
ダルイゼンが起き上がると同時に,わたしは反射的に小さく悲鳴を上げてしまう。
「ほんとにダルイゼン,なの……?」
そうつぶやくと,わたしに気がついたようでこちらを向いた。
「はっ? グレース?」
ダルイゼンは顔をしかめ,首をかしげる。
どうやら,本人もこの状況を理解してないらしい。
ということは,ダルイゼンが勝手に入ってきたわけではないということ?
あれ,待って。
「なんでダルイゼンがここにいるの?」
「なんでグレースと一緒にいるんだよ」
偶然重なった声は,明け方の光が差す部屋に響いた。
あるはずのしっぽは見当たらなくて,変わらないのは角や肌,襟の立った長いマントやベストにズボン。
髪も昔と変わらず深い青緑色をしている。
見た目はほんの少し変わったけど,そのままのようだ。
でも不思議と嫌な感じはしない。
むしろ,真反対だった。
胸の奥から,ふつふつとサイダーの泡みたいにぎゅっと気持ちが沸き上がってくる。
「だるっい,ぜん……!」
会えて嬉しい。頭の中はそれだけだった。
なんでそう思うのか。自分にもわからない。
「なに,泣いてんの?なんで」
「ちがう,泣いてなんかないっ」
会えて嬉しいから泣いている。涙が出てくる。
でも,本当にそれだけ?
「生きて,だから」
「は?」
ダルイゼンはキングビョーゲンと一緒に浄化した。
わたしはあなたに都合よく利用されるために生きてるんじゃないんだって,あのときはっきり答えを出した。
本当にそう思っていた。
みんなの生きることへの幸せを,ダルイゼンたった一人のために奪っちゃいけないから。
ダルイゼンにも生きてほしい,そういう願ってもどうにもならない想いをわたしは握り潰した。
「わたしはダルイゼンを信じられなかった。また生きたいという気持ちを奪われるのが怖かったの」
少量だった涙はどんどん溢れてくる。わたしのこころの奥底から出てくる灰色の想いも,言葉を紡ぐなんてきれいなものじゃない。わたしそのままの感情だった。
「……ごめん」
ダルイゼンは下を向いて,唇を噛む。
そして,また口を開いた。
「願ったんだ。お前が」
「……え」
溢れて止まらずにいた涙は,だんだんと枯れていく。
「わたしが,願った……」
この三年間,楽しく幸せに過ごして来たつもりだった。
もちろん辛いこともあったけど,家族やみんなで一緒に乗り越えてきた。
でもどこか違くて,まるで誰かと幸せを共有していないような。
「わたしは、ダルイゼンと一緒に生きたかった……?」
ダルイゼンはわたしの体を苦しめて利用した存在なのに。
「オレは、浄化されきるのを免れたんだ」
小さな声で,ダルイゼンはそっと呟く。
「嫌いだった。おまえ……、のどかが」
プリキュアとして四人で戦ってきた頃を思い出せばわかる。わたしのことが嫌いなことは。
「入院してたときも、心配かけないようにとかいって人前で泣かないとことか、自分が傷ついてもみんなのために大切なもの守ろうとしてるところとか」
ダルイゼンは悲しそうに視線を落とす。
わたしは、ダルイゼンのこと嫌いだったのかな。
少なくとも、昔は嫌いだった。
みんなの生きることへの喜びを奪い、それを糧に生きる。絶対許さない、とさえも思う。
そして、誰かを苦しめる代わりに生きる人なんか、本当に生きていない。
わたしのそういう考えは戦うごとに強くなっていった。
でも、本当は違う。心の中では分かってた。誰も、生きてはいけないなんてことはない。
生きることは幸せ。分かち合えたら、きっともっと幸せなんだ。
「ダルイゼン。わたしはあなたと一緒に生きたい。嫌いでもいいから、生きる喜びを分かち合いたい」
これじゃあ、あの日のダルイゼンと同じだよ。きっと、おまえのためにオレは生きているんじゃないんだって、きっと言われてしまう。
だけど、わたしのこころは胸のつっかえが取れたように晴れやかだった。
「ごめんなさい、ダルイゼンに……」
わたしの気持ちを押し付けるようなこと言って。と続けようとする。
「嫌いじゃない」
その言葉に遮られてしまった。
「じゃなきゃ、のどかの願いを聞いたりしない」
「え?」
さっきも言っていた。わたしが願ったからなんだって。
わたしの願いは……。
「のどかが一緒に生きたいって願ったから、おまえに恩返しがしたいっていう植物たちが叶えた」
ダルイゼンはわたしの座るベッドに腰を下ろす。
わたしが願ったから、ダルイゼンはここにいる。
つまりそういうこと。
でも、そしたらシンドイーネやグアイワルは?
「シンドイーネやグアイワルは、おまえと生きることを望まなかった。もしくは、今の状況に満足しているんだろう」
グアイワルは完全に浄化され、シンドイーネはアスミちゃんが体の中に取り込んだままになっている。今もそのままなのかはわからないけど。
「そうすると、ダルイゼンはわたしと生きることを望んだってこと?」
わたしがちらっと見ると、ダルイゼンは顔を少し赤くして、でもわたしと目を合わせる。
「そう。オレは花寺のどかと生きたい。あんなことして一生許されないことくらい分かってるけど、遠くから見守ることができればいいから」
「うん……!もう一度一緒に生きよう、ダルイゼン!」
わたしはぎゅっとダルイゼンを抱きしめる。
温かくて、優しいぬくもりだった。
しばらくそうしていると、一階からお母さんの声が聞こえてきた。
そっとダルイゼンから体を離し、はーい!と返事をする。
起きたときには低かった太陽も、だんだんと昇り始めていた。
「ふわあ、生きてるって感じ~!」
「これが、のどかの感じる生きる、か」
窓の外を、目を細めて見つめている。
そんなダルイゼンを見ていると、わたしはあることを思いついた。
「ダルイゼン。今日は、お出かけしない?それで、いっぱいお話したいな」
もっとダルイゼンのことを知りたい。今まで対立してた分、同じ目線でダルイゼンの生きるを感じたい。
これが、わたしが本当に望んでいたことなのかな。
「いいよ、行こう。のどか」
生きてくれて。生きたいって思ってくれて。
わたしも一緒に生きたい。
「ありがとう、ダルイゼン」
「ああ、オレも」
優しくそっと手が取られ、握られる。
まだダルイゼンを完全に受け入れることはできないかもしれない。
生きる気持ちを否定されたことを、わたしはまだ覚えている。
それでも、わたしはダルイゼンと一緒に生きたい。ダルイゼンだけじゃない。
家族やちゆちゃん、ひなたちゃん、ヒーリングガーデンにいるラビリンたちやアスミちゃん、動物や植物。地球にいるみんなと。
わたしはゆっくりと生きたい。
生きることを感じながら―。
ダルイゼンがのどかの真っ直ぐな想いに惹かれたことが打ち明けられるのは、まだまだ先の話。